妊娠中のドライアイの原因とは？医師監修で科学的根拠に基づいた効果的な改善方法を徹底解説

なぜ妊娠中に目が乾くの？ドライアイの主な原因

妊娠中に目が乾くのは、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って起こります。その根底には、赤ちゃんを育むために不可欠な、母体のダイナミックな変化があります。ここでは、その主な原因を順を追って詳しく解説します。

1. ホルモンバランスの大きな変化

妊娠中の身体の変化の主役は、ホルモンです。特に、女性ホルモンであるエストロゲン（卵胞ホルモン）は、目の潤いを保つ役割を担っています³。しかし、妊娠すると、胎児の成長を支えるためにプロラクチンなど他のホルモンとのバランスが劇的に変化します。この繊細なバランスが崩れることが、涙の分泌や安定性に影響を与える最初の引き金となります。さらに、近年の先進的な医学研究では、特定のホルモンや成長因子が、涙を産生する「涙腺」の細胞に直接作用し、その機能を一時的に低下させる可能性も指摘されています²。これは、体が赤ちゃんを守るための免疫反応の一部が、意図せずして目の潤いに影響を与えてしまうという、非常に専門的なメカニズムです。

2. 涙の「質」と「量」の変化

「涙」と一言で言っても、それは単なる水分ではありません。目の表面を覆う「涙液層」は、油層、水層、ムチン層という3つの層から成る精密な構造をしています⁹。ドライアイは、この涙の「量」が減るか、「質」が悪くなることで起こります。

• 涙の「質」の低下（蒸発亢進型ドライアイ）: 涙の最も外側にある油層は、まぶたの縁にある「マイボーム腺」という器官から分泌される油でできており、涙が蒸発するのを防ぐ蓋の役割をしています。妊娠中のホルモン変動は、このマイボーム腺の働きを乱し、油の分泌を滞らせることがあります。これを「マイボーム腺機能不全（MGD）」と呼びます¹¹。油層が薄くなると、涙は通常より速く蒸発してしまい、量は十分でも目が乾いてしまいます。これは非常に一般的なドライアイのタイプであり、世界的なMGDの権威である有田玲子医師らの研究によってもその重要性が強調されています¹⁵。
• 涙の「量」の減少（涙液減少型ドライアイ）: 前述のホルモンの影響で、涙腺からの水分の分泌そのものが減少することもあります⁴⁵。これにより、目の表面を潤す涙の絶対量が不足し、乾燥を引き起こします。

妊娠中は、これら両方のタイプが混合して起こることが少なくありません。

3. 妊娠中ならではの身体と生活の変化

ホルモンや涙の変化に加えて、妊娠期間特有の身体的・生活習慣の変化もドライアイを助長します。

• 水分不足: 特に妊娠初期のつわりによる吐き気や嘔吐は、体全体の水分不足（脱水）につながりやすく、当然ながら目の潤いにも影響します²。
• デジタル機器の使用増加: 安静のために自宅で過ごす時間が増えると、スマートフォンやパソコンを見る時間も長くなりがちです。画面に集中すると、無意識にまばたきの回数が減少し、涙の蒸発を促進してしまいます¹。
• 睡眠不足とストレス: 妊娠中の身体的な不快感や、出産・育児への不安からくる睡眠不足や精神的なストレスは、涙の分泌をコントロールする自律神経のバランスを乱し、ドライアイを悪化させる一因となり得ます⁷。
• 角膜の変化: 妊娠中は角膜がわずかに厚くなり、知覚が鈍くなることがあります²。これにより、普段なら違和感を覚える程度の乾燥にも気づきにくくなったり、コンタクトレンズが合わなくなったりすることがあります。

自宅でできる！妊婦さんのための安心セルフケア

専門的な治療が必要になる前に、ご自身で試せる安全かつ効果的なセルフケア方法がたくさんあります。これらの対策は、不快な症状を和らげるだけでなく、ドライアイの悪化を防ぐ上でも非常に重要です。ここでは、日常生活に簡単に取り入れられる方法を具体的に紹介します。

1. 目を温めて血行を促す（温罨法）

特に涙の「質」の低下、すなわちマイボーム腺機能不全（MGD）に効果的なのが、目を温めることです。約40℃に温めた蒸しタオルや市販のホットアイマスクを、5分から10分ほどまぶたの上にのせます。これにより、マイボーム腺に詰まった油が溶け出し、涙の蒸発を防ぐ油層の分泌がスムーズになります。血行が促進され、目の疲れの緩和にもつながります³。

2. 部屋の環境を整える

空気が乾燥していると、涙はより速く蒸発します。特に冬場やエアコンの効いた室内では、加湿器を使用して室内の湿度を50～60%に保つことが推奨されます¹²。また、エアコンや扇風機の風が直接顔に当たらないように、風向きを調整することも大切です。些細なことに思えるかもしれませんが、目の表面から潤いを奪う外的要因を減らすことは、非常に効果的です。

3. PC・スマホ作業の工夫

デジタル機器との付き合い方を見直すことも、目の健康を守る鍵です。

• 休憩を挟む: 専門家は、1時間の作業ごとに15分程度の休憩を取ることを推奨しています¹³。休憩中は遠くの景色を眺めるなどして、目の筋肉をリラックスさせましょう。
• モニターの位置: パソコンのモニターは、目線がやや下になるように設置します。これにより、まぶたが眼球を覆う面積が広くなり、涙の蒸発を抑えることができます¹³。
• 意識的なまばたき: 画面に集中すると、まばたきの回数は通常の半分以下に減ると言われています。意識的に、そして「しっかりと」まぶたを閉じるまばたきを心掛けることで、涙を目の表面全体に行き渡らせることができます³。

4. 食生活で内側からケア

体の中から目の健康をサポートすることも可能です。

• オメガ3脂肪酸: 青魚（サバ、イワシなど）に多く含まれるDHAやEPAといったオメガ3脂肪酸は、マイボーム腺から分泌される油の質を改善し、涙を安定させる効果が報告されています¹⁴¹⁹。
• ビタミンA: レチノールとも呼ばれるビタミンAは、目の粘膜を健康に保ち、涙の成分であるムチンの生成を助けます。レバーやニンジン、ほうれん草などに多く含まれています¹⁴。

5. コンタクトレンズとアイメイク

妊娠中は、コンタクトレンズの装用やアイメイクにも少し配慮が必要です。

• コンタクトレンズ: ドライアイの症状があるときは、装用時間を短くしたり、眼鏡と併用したりすることをお勧めします¹⁴。レンズが乾きやすい、ゴロゴロするといった不快感は、無理をせず目を休ませるサインです。
• アイメイク: まぶたの縁の内側、粘膜の部分にアイラインを引く「インサイドライン」は、マイボーム腺の開口部を塞いでしまう恐れがあるため、避けるのが賢明です³。

妊娠中の目薬、使ってもいい？安全な選び方と使い方

セルフケアを試しても症状が改善しない場合、目薬の使用を考えるかもしれません。しかし、妊娠中の医薬品の使用は、たとえ目薬であっても、非常に慎重な判断が求められます。ここでは、安全を最優先するための基本的な考え方と注意点を解説します。

1. 大原則：自己判断はせず、必ず医師・薬剤師に相談

これが最も重要かつ絶対的なルールです。市販の目薬であっても、成分が血液を通じて胎児に影響を与える可能性はゼロではありません²¹。実際に、ロート製薬などの大手メーカーも、妊娠中の使用に関しては「医師、薬剤師又は登録販売者にご相談ください」と明記しており、専門家の判断を仰ぐことの重要性を強調しています²²。インターネット上の体験談フォーラムなどでも、安易な自己判断を戒め、医師への相談を勧める声が多く見られます²⁴。ご自身の判断で目薬を選ぶことは絶対に避けてください。

2. 市販薬を選ぶ際の基本的な考え方

医師や薬剤師に相談する上で、知っておくと役立つ知識があります。市販の目薬は、大きく「人工涙液」と「治療用点眼薬」に分けられます。

• 人工涙液: 人の涙に近い成分でできており、不足した水分を補うことを主な目的とします。治療成分を含まないため、一般的に妊娠中でもリスクが低いと考えられており、最初の選択肢となります。
• 治療用点眼薬: 血管収縮剤、抗ヒスタミン剤、抗炎症剤など、特定の症状（充血、かゆみなど）を抑えるための有効成分が含まれています。これらの成分は、種類によっては慎重な使用が求められるため、専門家による処方が不可欠です。

また、頻繁に使用する場合は、角膜を傷つける可能性のある防腐剤が含まれていない「防腐剤フリー」の製品を選ぶことが推奨されます。

3. 安全に使用するための注意点

• 避けるべき製品を知る: 一部の製品は、メーカーが妊娠中の使用を明確に避けるよう注意喚起しています（例：ロート製薬の「アルガード クリニカルショット」）²²。こうした情報は、購入前に必ず確認し、専門家に伝えるべきです。
• 「記載なし」の意味を理解する: 添付文書に妊娠中の使用について「記載なし」とある場合、それは「安全」という意味ではありません。「安全性が確認されていない」という意味であり、使用には医師の判断が必須となります²⁰。
• 正しい点眼方法を実践する: 目薬が全身へ吸収される量を最小限に抑えるため、点眼後は目頭にある涙嚢部（るいのうぶ）を1分ほど軽く押さえましょう。また、点眼後にパチパチと過剰にまばたきをすると、薬が鼻や喉に流れて吸収されやすくなるため、静かに目を閉じるのが正しい方法です⁴⁶。

なお、眼科では、涙やムチンの分泌を促進する「ジクアホソルナトリウム」や「レバミピド」といった処方薬が治療に用いられることがあります²⁵。これらの薬剤の妊娠中の使用は、利益とリスクを考慮した上で、医師が慎重に判断します。

これは危険のサイン？すぐに眼科・産婦人科を受診すべき症状

多くの妊娠中のドライアイは不快ではあっても良性のものですが、中には母子の健康に関わる重篤な病気のサインとして目の症状が現れることがあります。以下の症状が見られた場合は、セルフケアで様子を見るのではなく、直ちに医療機関に連絡してください。

1. 妊娠高血圧症候群（旧：妊娠中毒症）の可能性

これは最も注意すべき危険なサインです。ドライアイの症状に加えて、以下のいずれかの視覚症状が現れた場合は、ためらわずに産婦人科に連絡してください。

• 目がチカチカする、光の点が見える
• 視界が急にかすむ
• 普段より異常に光がまぶしく感じる¹

これらの症状は、高血圧によって網膜の血管が影響を受けているサインである可能性があり、母子ともに危険な状態（常位胎盤早期剥離や子癇発作など）につながる恐れがあります。迅速な対応が不可欠です。

2. その他の注意すべき目の症状

以下のような症状も、稀ではありますが重篤な目の病気の可能性を示唆しており、眼科の緊急受診が必要です²。

• 突然、大幅に視力が低下した
• 我慢できないほどの強い目の痛みがある
• 視野の一部が欠けて見える

これらの症状は、網膜剥離や視神経の病気など、迅速な治療を要する状態の可能性があります。

産後のギモンとよくある質問

出産後も、目の不調に悩まされる方は少なくありません。ここでは、産後によくある疑問にお答えし、皆様の不安を解消します。

結論

妊娠中のドライアイは、多くの女性が直面する、ホルモンバランスの変化を主因とする生理的な現象です。しかし、「よくあること」だからと我慢する必要はありません。本記事で解説したように、目を温める、生活環境を整えるといった安全なセルフケアを実践することで、その不快感は十分に和らげることが可能です。最も重要なのは、医薬品の使用、特に目薬に関しては、決して自己判断せず、必ず医師や薬剤師という専門家に相談するという原則です。そして、「目がチカチカする」などの特定の症状は、より深刻な健康問題のサインである可能性を認識し、迅速に行動することが母子の安全を守ります。妊娠は、ご自身の身体と向き合う貴重な機会です。これらの知識を武器に、変化を正しく理解し、ご自身を安全にケアすることで、この特別な時期をより快適に、自信を持って乗り越えてください。どんな些細なことでも、不安や疑問があれば、かかりつけの医療チームに相談することをためらわないでください。