腎臓と尿路の病気とは(腎臓・尿管・膀胱・尿道の基礎と役割)

「腎臓」や「尿路」という言葉は、健康診断の結果やご家族の会話の中で耳にすることがあっても、その正確な役割や仕組みについて深く考える機会は少ないかもしれません。多くの方にとって、腎臓は「おしっこを作る場所」という漠然としたイメージかもしれませんが、実際には私たちの生命維持に不可欠な、驚くほど精密で強力な「化学工場」であり「調整役」なのです。

この記事を読んでいる方の中には、健康診断で「eGFRの低下」や「尿タンパク陽性」を指摘されたり、ご自身のむくみや排尿の変化に不安を感じたりしている方もいらっしゃるかもしれません。腎臓や尿路の病気は、初期段階では自覚症状がほとんどない「沈黙の病気」であるため、その仕組みを正しく理解しておくことが、早期発見と予防への第一歩となります。

このセクションでは、まず人間の泌尿器系の全体像、すなわち「腎臓」「尿管」「膀胱」「尿道」という尿の通り道が、それぞれどのような役割を担っているのかを、分かりやすく徹底的に解説します。

医学的免責事項:本記事は、腎臓と尿路の病気に関する一般的な医学情報を提供することを目的としています。個々の読者の具体的な医学的状態に対する診断や治療のアドバイスに代わるものではありません。ご自身の健康に関して不安や症状がある場合は、自己判断せず、必ず医師または資格を持つ医療専門家にご相談ください。

腎臓の「3つの主要な役割」:単なるフィルターではない生命維持装置

私たちの背中側、腰の少し上あたりに左右一対ある「腎臓」は、握りこぶしほどの大きさの臓器です。その重要性は、単に尿を作ることにとどまりません。腎臓が停止すれば、私たちは透析治療なしに数日で生命を維持できなくなるほど、その働きは多岐にわたります。腎臓の全体像を理解するために、その主な3つの役割を見ていきましょう。

  1. 老廃物の排泄(フィルター機能)
    これが最もよく知られた役割です。腎臓には、心臓から送り出される血液の約20〜25%(1分間に約1リットル)という大量の血液が流れ込みます[1]。腎臓はこの血液を「糸球体(しきゅうたい)」と呼ばれる超高性能フィルターでろ過し、体内で発生した老廃物(例えば、筋肉の活動でできるクレアチニンや、タンパク質の代謝でできる尿素窒素)や、体に取りすぎた塩分などを尿として体外に排泄します。
  2. 体液の恒常性維持(調整役機能)
    これは生命維持において極めて重要な役割です。腎臓は、単に老廃物を捨てるだけでなく、体に必要な「水分」「電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)」「酸性・アルカリ性のバランス(pH)」を常に監視し、最適な状態に調整しています。
    • 水分が多すぎれば尿を増やして排泄し(むくみの防止)、水分が足りなければ尿を濃縮して水分を保持します。
    • 塩分(ナトリウム)が多ければ排泄を促し、血圧を安定させようとします。
    • カリウムが増えすぎると心臓に悪影響が出るため、厳密に排泄量をコントロールします。

    腎機能が低下すると、この調整がうまくいかなくなり、体に水が溜まってむくんだり、血圧が上がったり、危険な不整脈が起きたりするのです。

  3. 内分泌(ホルモン産生)機能
    腎臓はホルモンを作る「内分泌臓器」でもあります。
    • エリスロポエチン:赤血球を作るように骨髄に指令を出すホルモンです。腎臓が悪くなるとこのホルモンが減り、貧血(腎性貧血)になります。
    • レニン:血圧を調整するホルモンです。腎臓は血圧が下がりすぎないよう監視しています。
    • 活性型ビタミンD:食べ物から摂取したビタミンDを、骨を強くするために必要な「活性型」に変える働きをします。腎臓が悪いと骨がもろくなるのはこのためです。

このように、腎臓は体内の環境を一定に保つための「司令塔」であり、腎臓病の危険なサインを見逃さないことがいかに重要かがわかります。

尿はどのように作られる?:「ろ過」と「再吸収」の驚異的なリサイクル工場

腎臓が1日に作る尿の量は約1.5リットルですが、驚くべきことに、腎臓が最初に「ろ過」する原尿(げんにょう:尿のもと)の量は、なんと1日に150リットル以上にもなります。では、その差の約99%はどこへ行くのでしょうか。その秘密が「再吸収」のメカニズムです。

ステップ1:糸球体(しきゅうたい)での「ろ過」
腎臓の中には「ネフロン」と呼ばれる尿を作る基本単位が、1つの腎臓に約100万個も詰まっています。ネフロンは、毛細血管が球状になった「糸球体」と、それに続く「尿細管(にょうさいかん)」で構成されます。血液が糸球体に送られると、圧力によって水分、電解質、老廃物、そしてブドウ糖などが、まるで「ふるい」にかけられるように尿細管へと押し出されます(これが原尿です)。この時、タンパク質や赤血球などの大きな成分は「ふるい」を通過できないため、血液中に残ります。健康診断で尿タンパクが陽性となるのは、この「ふるい」が壊れてタンパク質が漏れ出しているサインなのです。

ステップ2:尿細管(にょうさいかん)での「再吸収」
1日に150リットルもの原尿がそのまま尿になれば、私たちは一瞬で脱水症状になってしまいます。そこで活躍するのが、非常に長い管である尿細管です。原尿が尿細管を通過する間に、体に必要な水分(約99%)、ブドウ糖(100%)、そして必要な量の電解質が、まるで「リサイクル」されるかのように血液中へと回収(再吸収)されます。この精密なリサイクル作業の結果、本当に不要な老廃物と余分な水分だけが「尿」として残されます。この一連の作業は、24時間尿検査などでその機能のレベルを評価することができます。

尿の通り道:「尿管」「膀胱」「尿道」の連携プレー

腎臓で作り出された尿は、体外に排泄されるまで「尿路」と呼ばれる一連の管を通ります。この尿路は、腎臓と膀胱をつなぐ「尿管」、尿を一時的にためる「膀胱」、そして体外への出口である「尿道」から成ります。

尿管(にょうかん):尿を運ぶ「筋肉の管」
腎臓(具体的には腎盂)で作られた尿は、左右一対ある「尿管」という細い管を通って膀胱へと送られます。尿管は単なる管ではなく、筋肉(平滑筋)でできており、「蠕動(ぜんどう)運動」という波打つ動きによって、重力に関係なく尿を膀胱へと押し込みます[13]。また、尿管が膀胱につながる部分は、膀胱に尿がたまると自然に閉じる「逆流防止機構」が備わっています[12]。これにより、膀胱内の尿が腎臓へ逆流するのを防ぎ、腎盂腎炎などの感染から腎臓を守っています。

膀胱(ぼうこう):伸縮自在の「貯蔵タンク」
膀胱は、尿を一時的にためておくための筋肉でできた袋状の臓器です。驚くべき伸縮性を持ち、英国NHSの資料によれば、成人の場合、通常300mlから最大600ml程度の尿をためることができます[6]。膀胱にある程度の尿(約200〜300ml)がたまると、その情報が脳に伝わり、「尿意」として認識されます。排尿のタイミングは、脳がコントロールする「随意運動」です。しかし、尿を我慢するリスクも存在し、過度に我慢を続けることは膀胱炎などの原因にもなり得ます。

尿道(にょうどう):尿の「最終出口」
尿道は、膀胱から体外へと尿を排出するための最後の通り道です。尿道の出口には「括約筋(かつやくきん)」という筋肉があり、これが普段はしっかりと閉じることで尿が漏れないようにしています。排尿時には、膀胱の筋肉が収縮すると同時に、この括約筋が緩むという、神経による精密な連携プレーが行われます[5]。男性と女性では尿道の長さに大きな違いがあり、女性は尿道が短いため、細菌が膀胱に侵入しやすく、膀胱炎を起こしやすい解剖学的特徴があります。このあたりに不安がある方は、頻尿の原因に関する情報も参考にするとよいでしょう。

腎機能の基本指標:「eGFR」と「CKD」とは?

健康診断の血液検査の結果に「eGFR」という項目があるのをご存知でしょうか。これは「推算糸球体ろ過量(estimated Glomerular Filtration Rate)」の略で、現在の腎機能を知るための最も重要な指標の一つです。

eGFR(推算糸球体ろ過量)
eGFRは、前述の「糸球体」が1分間にどれくらいの血液をろ過できているかを、血液中のクレアチニン値と年齢、性別から計算して「推算」した値です[3]。健康な腎臓のろ過量は1分間に100ml前後(これを100%とイメージしてください)ですが、eGFRが「60ml/分/1.73m²」を下回る状態は、腎機能が健康な人の60%未満に低下していることを意味します。これが、腎機能低下のサインとして非常に重要視される理由です。

CKD(慢性腎臓病)の定義
CKD(Chronic Kidney Disease)は、特定の病名ではなく、「腎臓の機能が慢性的に低下している状態」を指す総称です。日本腎臓学会の定義によれば、以下のいずれか、または両方が3か月以上続くとCKDと診断されます[9]。

  1. 尿タンパク陽性など、腎臓の障害を示す所見がある。
  2. eGFR(推算糸球体ろ過量)が 60 ml/分/1.73m² 未満である。

つまり、eGFRが60以上であっても、尿タンパクが出ていればCKDとされます。CKDは、進行すると末期腎不全となり、人工透析や腎移植が必要になるだけでなく、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患の重大なリスク因子でもあります。初期の腎不全の段階でいかに早く気づき、対策を講じるかが重要です。

なぜ今、腎臓の知識が重要なのか

腎臓が「沈黙の臓器」と呼ばれる最大の理由は、その予備能力の高さにあります。腎機能は、eGFRが60程度、あるいはそれ以下になるまで、ほとんど自覚症状が現れません。症状が出た時には、すでに病気がかなり進行しているケースも少なくないのです。

厚生労働省の報告や各種調査によれば、日本におけるCKD(慢性腎臓病)の患者数は、成人の5人から8人に1人とも推定されており[8]、新たな「国民病」とも言われています。さらにWHO(世界保健機関)は、腎疾患の世界的負担が増大しており、2050年までに死亡原因の第5位になると予測しています[7]。

しかし、CKDは早期に発見し、適切な治療と生活習慣の改善を行えば、その進行を遅らせることが可能です。腎臓を守るためのガイドを参考に、まずはご自身の腎臓と尿路がどのような働きをしているのか、その基礎知識を持つことが、あなたとあなたの大切な家族の健康を守るための最も確実な一歩となります。

このセクションでは、腎臓と尿路の「正常な働き」について学びました。しかし、これらの臓器が正常に働かなくなった時、私たちの体はどのようなサインを発するのでしょうか。次のセクションでは、「症状からわかる腎臓・尿路の異常サイン」として、血尿、むくみ、腰痛、排尿異常など、見逃してはならない体の警告について詳しく解説していきます。

症状からわかる腎臓・尿路の異常サイン(血尿・むくみ・腰痛・排尿異常など)

前節では腎臓と尿路系の基本的な構造と「沈黙の臓器」と呼ばれるその役割について学びました。しかし、どれほど我慢強い臓器であっても、限界が近づくと何らかのサイン(症状)を発し始めます。このセクションでは、その重要なSOSを見逃さないために、腎臓・尿路系の異常を示す代表的な症状を、なぜそれが起こるのか、そしてどれほど緊急性があるのか、という視点で深く掘り下げて解説します。

多くの場合、症状は曖昧で「年のせい」「疲れのせい」と見過ごされがちです。しかし、早期のサインに気づくことが、将来の人工透析や重篤な合併症を防ぐ鍵となります。ご自身の体調変化、あるいはご家族の様子と照らし合わせながら、注意深く読み進めてください。

「血尿」— 最も見逃してはならない警告

血尿(けつにょう)は、文字通り尿に血液が混じる状態を指し、腎臓・尿路系からの出血を示す最も直接的で、かつ重大なサインの一つです。

肉眼的血尿:目に見える「赤い尿」の恐怖

ある日突然、便器の水が赤く染まっていたら、誰もが強い恐怖と不安を感じるはずです。これが「肉眼的血尿」です。尿の色は、鮮やかな赤色から、ピンク色、濃い茶色(「紅茶のような色」と表現されます)まで様々です。米国国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所(NIDDK)も、血尿は深刻な問題の兆候である可能性があると指摘しています。

多くの方が「痛みがないから大丈夫」「一度きりだったから様子を見よう」と考えがちですが、これが最大の落とし穴です。特に、痛みや他の症状を伴わない肉眼的血尿は、膀胱がんや腎臓がんなど、尿路系の悪性腫瘍の最も重要な初期症状である可能性があります。英国国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインでは、45歳以上で原因不明の肉眼的血尿が見られた場合、がんを疑い2週間以内に専門医の診察を受けるよう強く推奨しています。

もちろん、尿路結石や膀胱炎、腎盂腎炎が原因であることも多いですが、自己判断は絶対に禁物です。肉眼的血尿は、たとえ一回限りであったとしても、量が少なくても、必ず泌尿器科を受診してください。特に女性の場合、月経と見間違えることもありますが、<strong>痛みのない血尿の危険性</strong>については特に注意が必要です。原因を特定するためには、膀胱内視鏡検査など、専門的な検査が必要となる場合があります。

顕微鏡的血尿:健康診断で指摘される「見えない血尿」

一方、見た目には全く異常がないのに、健康診断の尿検査で「尿潜血陽性」と指摘されるのが「顕微鏡的血尿」です。これは、尿を遠心分離機にかけ、沈殿した成分(尿沈渣)を顕微鏡で観察した際に、一定数以上の赤血球(日本泌尿器科学会・日本腎臓学会のガイドラインでは多くの場合「1視野に5個以上」)が認められる状態を指します。

自覚症状がないため、「大丈夫だろう」と放置してしまう方が非常に多いのが問題です。しかし、顕微鏡的血尿も、慢性腎炎(IgA腎症など)、初期の腎臓がん、小さな尿路結石、前立腺の病気など、肉眼的血尿と同じく重大な病気の前触れである可能性があります。

特に重要なのが、「尿たんぱく」も同時に陽性になっていないかという点です。血尿とたんぱく尿が同時に出ている場合、それは腎臓のフィルター機能(糸球体)が壊れているサイン(糸球体性血尿)である可能性が高く、腎臓内科での精密検査(腎生検を含む)が必要になります。たんぱく尿がなく血尿だけの場合は、尿路(腎盂、尿管、膀胱、尿道)からの出血(尿路性血尿)が疑われ、泌尿器科が専門となります。より詳しい尿検査でその原因を探ることがあります。

「むくみ(浮腫)」— 体内水分のバランスが崩れるサイン

「朝起きると、まぶたが腫れぼったい」「夕方になると靴下の跡がくっきり残る」「指輪がきつく感じる」。これらは「むくみ(浮腫)」のサインであり、腎機能低下を疑う重要な症状の一つです。

むくみとは、細胞と細胞の間の水分(間質液)が異常に増加した状態です。腎臓の主な働きの一つは、体内の水分と塩分(ナトリウム)の量を一定に保つことです。腎機能が低下すると、塩分と水分を尿として適切に排出できなくなり、体内に溜め込んでしまいます。これがむくみの主な原因です。

特に腎臓病によるむくみ(腎性浮腫)には特徴があります。それは、「朝、顔やまぶたが特にむくむ」ことです。皮膚が柔らかい顔面、特にまぶた(眼瞼)は、横になっている間に水分が溜まりやすいため、朝に目立ちます。日中は、重力の影響で水分が下半身に移動し、「足のすね(脛骨前)を指で強く押すと、跡がへこんだまま戻らない」(圧痕性浮腫)という症状が現れます。

さらに深刻な状態として、「ネフローゼ症候群」があります。これは、腎臓のフィルターが極度に壊れ、本来は体内に留めておくべき重要なたんぱく質(アルブミン)が大量に尿へ漏れ出てしまう病気です。血液中のアルブミンが減ると、血液が水分を保持する力(膠質浸透圧)が弱まり、水分が血管の外へ逃げ出して全身がむくみます。ネフローゼ症候群では、数日で体重が何キロも増えるほど急速にむくみが進行することがあり、緊急の治療が必要です。

「たかがむくみ」と侮ってはいけません。むくみは、塩分の過剰摂取や不適切な食生活によっても悪化しますが、慢性腎不全の重要な兆候であることも多いのです。むくみが続く、急に体重が増えた、という場合は腎臓内科を受診しましょう。

「腰や背中の痛み」— 腎臓の位置と痛みの種類

「腰痛」と聞くと、多くの人はぎっくり腰や椎間板ヘルニアなどの整形外科的な問題を連想するでしょう。しかし、腎臓や尿管に問題がある場合も、腰や背中、脇腹に痛みが出ることがあります。両者を見分けることが非常に重要です。

腎臓は背中側の、肋骨の一番下あたりに左右一対で位置しています。このため、腎臓自体の問題による痛みは、一般的な腰痛よりもやや高い位置(脇腹から背中にかけて)に感じることが多いのが特徴です。

1. 結石による激痛(疝痛発作)

最も特徴的で激烈な痛みが、尿路結石(特に尿管結石)による「疝痛(せんつう)発作」です。腎臓でできた腎臓結石が尿管に落ちて詰まると、腎臓で作られた尿が流れなくなり、腎臓(腎盂)がパンパンに腫れ上がります(水腎症)。この内側からの圧力が、激しい痛みを引き起こします。

尿路結石診療ガイドラインにも記載されている通り、この痛みは「突然発症」し、「片側」の脇腹や背中に現れ、波のように強弱を繰り返しながら持続します。「じっとしていられないほどの痛み」「痛みの王様(King of Pain)」と形容され、しばしば吐き気や嘔吐、血尿を伴います。このような激痛が突然現れた場合は、我慢せずに救急外来を受診する必要があります。

2. 感染による鈍い痛み(腎盂腎炎)

もう一つの重要な痛みの原因が「腎盂腎炎(じんうじんえん)」です。これは、膀胱炎などを起こした細菌が尿管を逆流し、腎臓(腎盂)で感染・炎症を起こした状態です。腎盂腎炎の痛みは、結石のような「刺すような激痛」とは異なり、「持続的な鈍い痛み」「重苦しい痛み」として背中や脇腹に現れます。

最大の特徴は、「高熱(38℃以上の発熱、悪寒・震えを伴う)」「排尿時の痛みや頻尿」「吐き気」といった他の症状を伴うことです。腎臓のあたりを軽く叩くだけで激痛が走る(叩打痛)のも特徴です。急性腎盂腎炎は、放置すると細菌が血液に入り込み、敗血症という命に関わる状態になる可能性があるため、発熱と背部痛、排尿症状が揃った場合は直ちに内科または泌尿器科を受診してください。

「排尿の異常」— 尿の出し方・回数・感覚の変化

尿は健康のバロメーターです。色や量だけでなく、「出し方」や「回数」、「感覚」の変化も、尿の通り道(尿路)や膀胱、前立腺の異常を示す重要なサインです。

これらの症状は、大きく「刺激症状(尿を溜めることの問題)」と「閉塞症状(尿を出すことの問題)」に分けられます。

1. 刺激症状:膀胱炎や過活動膀胱のサイン

これらは主に、膀胱が過敏になっている状態を示します。

  • 頻尿(ひんにょう):トイレに行く回数が異常に多い。日中8回以上が目安ですが、水分摂取量にもよるため「以前より明らかに増えた」という感覚が重要です。頻尿の原因は様々です。
  • 排尿時痛(はいにょうじつう):排尿時、特に終わりの頃に「ツーン」と染みるように痛む。
  • 残尿感(ざんにょうかん):排尿した後も、まだ尿が残っている感じがする。
  • 尿意切迫感(にょういせっぱくかん):急に我慢できないほどの強い尿意を感じ、トイレに駆け込む(過活動膀胱の主な症状)。

特に女性で、「頻尿」「排尿時痛」「残尿感」「尿の濁り」が揃った場合、日本泌尿器科学会も指摘する通り急性膀胱炎が強く疑われます。この時点で治療すればすぐに治ることが多いですが、我慢して腎盂腎炎へ移行させないことが重要です。

2. 閉塞症状:前立腺肥大症などのサイン

これらは主に、尿の通り道が狭くなっている状態を示し、特に男性で多く見られます。

  • 尿勢低下(にょうせいていか):尿の勢いが弱く、チョロチョロとしか出ない。
  • 排尿困難(はいにょうこんなん):排尿を始めても、すぐに出ない(遷延性排尿)。
  • 腹圧排尿(ふくあつはいにょう):お腹に力を入れないと尿が出ない。
  • 夜間頻尿(やかんひんにょう):夜間に排尿のために1回以上起きる。

これらの症状は、前立腺肥大症(BPH)の典型的な症状です。「年のせい」と諦めず、泌尿器科で相談すれば、生活の質(QOL)を大きく改善できる可能性があります。

3. その他の尿の変化

  • 尿が泡立つ:ビールの泡のように、きめ細かく消えにくい泡が立つ場合、たんぱく尿が出ているサインかもしれません。尿の泡立ちが続く場合は、腎臓内科でご相談ください。
  • 尿の色が濃い・臭いが強い:脱水や感染症の可能性があります。

危険なサイン(レッドフラグ)と受診の目安

ここまで多くの症状を解説しましたが、最後に「どの症状が出たら、いつ、何科を受診すべきか」を整理します。自己判断で「様子見」をすることが最も危険です。

以下の症状は、深刻な状態を示す可能性のある**「レッドフラグ(危険信号)」**です。一つでも当てはまれば、直ちに、あるいはできるだけ早く医療機関を受診してください。

  • 緊急(救急外来を検討)
    • 突然発症した、じっとしていられないほどの片側の腰・脇腹の激痛(尿路結石の疝痛発作の疑い)
    • 38℃以上の高熱 + 背中や腰の痛み + 排尿時の痛みや頻尿(急性腎盂腎炎の疑い)
    • 尿が全く出ない(尿閉)、または、急激に尿量が減った
    • 呼吸困難を伴う、急速に悪化するむくみ(急性腎不全やネフローゼ症候群の疑い)
  • 準緊急(当日~数日以内に必ず受診)
    • 目に見える血尿(肉眼的血尿)(特に痛みを伴わない場合。一回きりでも必ず受診
    • 持続する、あるいは悪化する「まぶた」や「足」のむくみ
    • 排尿痛や頻尿が続き、市販薬で改善しない
  • 近いうちに受診を推奨
    • 健康診断で「顕微鏡的血尿」や「たんぱく尿」を指摘された(特に両方出ている場合)
    • 排尿困難や尿勢低下が徐々に進行している(前立腺肥大症など)
    • 持続する尿の泡立ち

何科を受診すべきか?

症状によって、頼るべき専門科が異なります。

  • 泌尿器科血尿、排尿痛、頻尿、排尿困難、結石による激痛など、「尿の通り道」や「排尿」に関する問題、男性の前立腺の問題が疑われる場合。
  • 腎臓内科むくみ、たんぱく尿、顕微鏡的血尿(特にたんぱく尿を伴う)、高血圧、健康診断での腎機能低下など、「腎臓本体(フィルター機能)」の問題が疑われる場合。

迷った場合は、まずはお近くのかかりつけ医や内科に相談し、適切な専門科へ紹介してもらうのも良い方法です。腎臓はあなたの健康を守る重要な臓器です。これらのサインは、臓器からの助けを求める声です。次のセクションでは、これらの症状がある場合に、医師がどのように原因を突き止めていくのか、「検査法」について詳しく見ていきましょう。

腎臓と尿路の検査法(尿検査・血液検査・エコー・CT/MRI・腎生検)

前節では、血尿やむくみ、排尿時の異常など、腎臓や尿路の不調を示す可能性のある様々な「症状」について詳しく見てきました。健康診断で異常を指摘されたり、ご自身でそうしたサインに気づいたりした時、「自分の体の中で何が起こっているのだろうか」「何か悪い病気なのでは」と、大きな不安を感じるのは当然のことです。

こうした不安を解消し、症状の正確な原因を突き止めて適切な治療方針を立てるために不可欠なのが、これから解説する「検査」です。検査は、目に見えない体の中の状態を可視化し、医師が正しい診断を下すための重要な手がかりとなります。ここでは、最も基本的で重要な尿検査や血液検査から、体の内部を詳しく見るための画像検査(エコー、CT、MRI)、そして最終的な診断を確定するために行われる腎生検まで、それぞれの検査が「何を」「どのように」調べるのか、そしてどのような準備や注意点があるのかを、一つひとつ丁寧に解説していきます。


まずは「尿検査」:腎臓からの最も身近なシグナル

腎臓・尿路の検査において、最も基本でありながら非常に多くの情報を与えてくれるのが「尿検査」です。これは、体から排出される「おしっこ」という、いわば“腎臓からのお便り”を調べることで、腎臓や尿路の健康状態を把握するものです。痛みもなく、簡単に採取できるため、健康診断などでも広く行われています。

1. 尿定性検査(試験紙法)

まず行われるのが、試験紙(ディップスティック)を用いた検査です。これは、尿に試験紙を浸すだけで、数分で結果がわかる迅速なスクリーニング検査です。主に以下の項目を調べます。

  • 尿蛋白:本来、尿にはほとんど排出されないタンパク質が漏れ出ていないかを調べます。陽性の場合、腎臓のフィルター機能(糸球体)がダメージを受けている可能性が疑われます。これが尿の泡立ちの原因となることもあります。
  • 尿潜血:尿に血液(赤血球)が混じっていないかを調べます。陽性の場合、腎臓や尿管、膀胱、尿道など、尿の通り道のどこかで出血があることを示唆します。
  • 尿糖:血液中の糖分が多すぎると、腎臓で再吸収しきれずに尿に漏れ出てきます。糖尿病の重要な手がかりとなります。

2. 尿沈渣(にょうちんさ)

尿定性検査で異常が見られた場合や、さらに詳しく調べる必要がある場合に行われるのが「尿沈渣」です。これは、尿を遠心分離機にかけて沈殿した成分(沈渣)を顕微鏡で直接観察する検査です。試験紙では「あるかないか」しか分かりませんでしたが、こちらでは「何が、どのような形であるか」まで分かります。

  • 赤血球:潜血の原因が赤血球であることを確認します。さらに重要なのはその「形」です。糸球体腎炎など腎臓内部の問題で出血している場合、赤血球はフィルターを無理やり通過するため変形した「変形赤血球」が見られます。一方、結石や膀胱炎など尿路の問題では、きれいな円盤状の「均一赤血球」が見られます。これは原因を推測する上で極めて重要です。
  • 白血球:白血球が多い場合、尿路のどこかで炎症が起きていること、特に尿路感染症(膀胱炎や腎盂腎炎)を強く疑います。尿が白く濁る原因の一つです。
  • 円柱(えんちゅう):腎臓の中にある尿細管という細い管の中でタンパク質などが固まってできる、管の形を写し取ったものです。これが多く見られる場合、腎臓自体に障害がある可能性が高いと判断されます。

3. 尿アルブミン/クレアチニン比(UACR)

特に慢性腎臓病(CKD)の早期発見において、現在最も重要視されている検査の一つが「尿アルブミン/クレアチニン比(UACR)」です。これは、尿中の微量なタンパク質である「アルブミン」と、尿の濃さを補正するための「クレアチニン」の比率を調べるものです。

なぜ重要なのでしょうか。従来の尿蛋白検査では検出できないごく微量のアルブミン(微量アルブミン尿)を捉えることができるためです。アルブミンは、腎臓のフィルターがごく初期のダメージを受けた段階で最初に漏れ出すタンパク質です。この段階で発見し、治療を開始することが、将来の深刻な腎機能低下を防ぐ鍵となります。国際的なガイドラインでは、UACRが30mg/gを超えると異常とされ、CKDの診断や重症度分類に用いられます。時には24時間蓄尿検査で1日の総蛋白排泄量を正確に測定することもあります。


「血液検査」:腎臓の“ろ過能力”を数値で把握する

尿検査が「腎臓から何が漏れ出ているか」を調べるのに対し、血液検査は「腎臓がどれだけの“ろ過能力”を持っているか」を調べるために行われます。腎臓は血液中の老廃物をろ過して尿として排出する役割を担っています。この機能が低下すると、本来捨てるべき老廃物が血液中に溜まってしまうのです。

1. 血清クレアチニン(Cr)とeGFR(推算糸球体濾過量)

腎機能検査の中心となるのが、この二つの項目です。

  • 血清クレアチニン(Cr):クレアチニンとは、筋肉を動かすためのエネルギー源として使われた後の“燃えカス”のような老廃物です。これは腎臓の糸球体でろ過され、尿中に排出されます。腎機能が低下すると、このクレアチニンを排出しきれず、血液中の濃度(血清クレアチニン値)が上昇します。
  • eGFR(推算糸球体濾過量):血清クレアチニン値は腎機能の重要な指標ですが、実は筋肉量の影響を受けやすいという弱点があります。例えば、筋肉質な人と小柄な高齢者では、同じ腎機能でもクレアチニン値は異なります。そこで、このクレアチニン値に「年齢」と「性別」を加味して計算し、より正確な腎臓の働き(糸球体が1分間にどれくらいの血液をろ過できるか)を推算した値が「eGFR」です。

eGFRは、健康な腎臓の働きを100%とした場合の「腎機能のパフォーマンススコア」のようなものだと考えると分かりやすいでしょう。腎機能の低下が疑われる場合、このeGFRの数値が非常に重要です。国際的にはeGFRが60(mL/分/1.73m²)未満の状態が3ヶ月以上続くと、慢性腎臓病(CKD)と診断されます。

2. シスタチンC(Cystatin C)

eGFRは非常に有用な指標ですが、前述の通りクレアチニンを基にしているため、筋肉量が極端に多い、または少ない方(例:高齢で痩せている方、長期臥床の方)では、実際の腎機能とずれが生じることがあります。そこで、より正確な腎機能評価のために用いられるのが「シスタチンC」です。これは全身のほぼ全ての細胞から一定量産生されるタンパク質で、筋肉量の影響を受けません。そのため、クレアチニンベースのeGFRが実態と合っていない可能性がある場合に、シスタチンCを用いたeGFRを測定することで、より精度の高い評価が可能になります。

3. その他の血液検査項目

腎機能が悪化すると、他の数値にも影響が出ます。これらも併せて調べることで、体の全体的な状態を把握します。

  • BUN(尿素窒素):タンパク質が分解された後の老廃物。腎機能低下で上昇します。
  • 電解質(ナトリウム、カリウム、クロール):腎臓は体内のミネラルバランスを調整する重要な役割も担っています。特にカリウムは、腎機能が著しく低下すると体外に排出できなくなり、血中濃度が上がりすぎると不整脈など命に関わるため厳重な管理が必要です。
  • 尿酸値:尿酸も腎臓から排出されます。腎機能が低下すると高尿酸血症(痛風の原因)を合併しやすくなります。これらは腎臓病の警告サインと合わせて総合的に判断されます。

「画像検査」:腎臓や尿路の“形”を直接見る

尿検査や血液検査が腎臓の「機能」を調べる“性能テスト”だとすれば、画像検査は腎臓や尿路の「構造」を直接目で見る“形態テスト”です。「腎臓の形が小さくなっていないか?」「尿の通り道が結石で詰まっていないか?」「腫瘍のような“できもの”はないか?」——こうした情報は、機能検査だけでは分かりません。

1. 超音波(エコー)検査

画像検査の中で、最も手軽で体に負担がなく、最初に行われることが多いのが超音波(エコー)検査です。プローブと呼ばれる装置を体に当て、超音波を体内に発信し、その反響を画像化します。放射線被ばくの心配が全くないため、妊婦さんや小児でも安心して受けることができます。

  • 何がわかるか:腎臓の大きさや形(慢性腎臓病が進行すると腎臓が萎縮して小さくなることがあります)、水腎症(尿路が詰まって腎臓が腫れている状態)の有無、腎嚢胞(水のたまった袋)や腎結石、腫瘍の存在など、多くの情報が得られます。
  • 膀胱の評価:膀胱に尿がたまった状態で検査をすることで、排尿後の「残尿量」を測定したり、膀胱の壁が厚くなっていないか(前立腺肥大症などで見られる)を評価したりすることもできます。

2. CT(コンピュータ断層撮影)検査

CT検査は、X線を使って体を輪切りにしたような詳細な3D画像を作成する検査です。エコーよりも客観的で詳細な解剖学的情報が得られます。

  • 単純CT:造影剤を使わずに撮影します。特に尿路結石の診断において最も信頼性の高い検査です。エコーでは見えにくい小さな結石や、尿管のどの位置に詰まっているかまで正確に把握することができます。
  • 造影CT / CTウログラフィ:ヨード造影剤を腕の静脈から注射して撮影する検査です。造影剤は腎臓でろ過されて尿として排泄されるため、その流れを時間差で撮影することで、「腎臓の血流(腫瘍かどうかの判別)」「腎臓の機能」「尿管・膀胱の形」を詳細に評価できます。特に血尿の精査や、腎臓・尿管の腫瘍が疑われる場合に必須の検査となります。

3. MRI(磁気共鳴画像)検査

MRI検査は、X線ではなく強力な磁石と電波を使って体内の様子を画像化する検査です。放射線被ばくがない利点がありますが、検査時間が長く、大きな音がするのが特徴です。CTが骨や結石の描出に優れるのに対し、MRIは筋肉や脂肪、腫瘍といった「軟部組織」のコントラストに優れています。

  • 何がわかるか:主に、CT検査で偶然見つかった腎臓の腫瘍や嚢胞の「質的診断(それが良性か悪性か、どのような成分でできているか)」をより詳しく調べるために用いられます。また、CTの造影剤にアレルギーがある場合や、腎機能が著しく悪いためにCT造影剤が使えない場合の代替検査としても重要です。

造影剤の安全性:CT・MRI検査の前に知っておきたいこと

画像検査、特に造影CTや造影MRIは、診断に非常に有用ですが、同時に「造影剤」という薬剤を使用することへの不安を感じる方も少なくありません。「造影剤は腎臓に悪いと聞いた」「アレルギーが怖い」といった声はよく聞かれます。こうした不安はもっともなことであり、医療現場では安全性を最大限に確保するために厳格なガイドラインが設けられています。

1. ヨード造影剤(CT用)と造影剤腎症(CA-AKI/CIN)

CTで使用するヨード造影剤は、まれにアレルギー反応を起こすことがありますが、それとは別に「腎機能」への影響が懸念されることがあります。これを造影剤腎症(CA-AKI)と呼びます。これは、造影剤が腎臓を通過する際に一時的に腎機能(eGFR)が低下する現象です。

  • リスクが高い方:このリスクは誰にでも等しくあるわけではありません。元々、慢性腎臓病(CKD)や糖尿病などで腎機能が低下している方、脱水状態の方、高齢の方などでリスクが上昇します。
  • 安全対策:そのため、造影CTを行う前には必ず血液検査でeGFRをチェックします。リスクが高いと判断された場合は、検査前から点滴を行って十分に水分を補給する(予防的輸液)ことで腎臓への負担を軽減したり、可能な限り造影剤の量を減らしたり、あるいは造影剤を使わない他の検査(単純CTやMRI)を検討したりします。日本腎臓学会と日本医学放射線学会の合同ガイドライン [14] に基づき、安全な運用が徹底されています。

2. ガドリニウム造影剤(MRI用)と腎性全身性線維症(NSF)

MRIで使用するガドリニウム造影剤は、過去に、腎機能が著しく低下した(eGFRが30未満)患者さんにおいて、皮膚が硬くなったり関節が動かしにくくなったりする「腎性全身性線維症(NSF)」という非常にまれな副作用が報告され、問題となりました。

  • 現状と安全対策:この報告を受け、世界中で厳格な安全対策が取られています。特に、2024年に改訂された日本の最新ガイドライン [3] では、NSFのリスクが極めて低いとされる「安定性の高い造影剤(Group II)」の使用が推奨されています。
  • 厳格な運用:造影MRIの前にも必ずeGFRをチェックします。eGFRが30未満の方や透析中の方への使用は「可能な限り回避」し、代替検査を優先します。どうしても必要な場合にのみ、リスクとベネフィットを慎重に評価した上で、最も安全な薬剤を使用します。また、短期間に繰り返し投与することを避ける(最低7日間は空ける)といったルールも定められています。

造影剤の使用は、常に「検査によって得られる診断的価値」と「潜在的なリスク」を天秤にかけて判断されます。不安な点は、検査の前に必ず医師や看護師、放射線技師に確認してください。


「腎生検」:病気の“正体”を突き止める最終診断

「生検(せいけん)」、つまり「体の一部を針で採取して調べる」と聞くと、多くの方が痛みや危険性を想像し、強い恐怖を感じるかもしれません。「痛いのではないか」「腎臓に針を刺して大丈夫なのか」と不安になるのは当然です。

1. なぜ腎生検が必要なのか?

尿検査、血液検査、画像検査で「腎臓に障害がある」「炎症が起きている」ということは分かります。しかし、「なぜ障害が起きているのか」「どのような種類の腎炎なのか」という“病気の正体”までは、これらの検査だけでは分かりません。

例えば、血尿や蛋白尿の原因が、IgA腎症なのか、膜性腎症なのか、あるいは全身性の疾患(ループス腎炎など)によるものなのかによって、治療法(ステロイドや免疫抑制剤を使うかどうかなど)が全く異なってきます。腎生検は、採取した腎臓の組織を顕微鏡で詳細に観察することで、この“最終診断”を確定し、最も効果的な治療法を選択するために行う、極めて重要な検査なのです。原因不明の蛋白尿や血尿が続く場合、ネフローゼ症候群、急速に腎機能が悪化している場合などが適応となります。

2. 検査の方法と実際

日本腎臓学会の腎生検ガイドブック [13] によると、現在最も一般的に行われているのは「超音波ガイド下経皮的腎生検」です。これは、お腹を切るような大きな手術ではありません。

  1. うつ伏せの状態で、背中側から超音波(エコー)を当てて腎臓の正確な位置を確認します。
  2. 皮膚に局所麻酔を十分に行い、痛みをほぼ感じない状態にします。
  3. 医師がエコー画像を見ながら、細い生検針を腎臓まで進め、「カチッ」という音ととも瞬時に組織を採取します。通常、数回採取します。
  4. 検査後は、出血を防ぐために背中を圧迫し、数時間~一晩ベッドの上で安静にする必要があります。

3. 合併症と安全性

最も注意すべき合併症は「出血」です。腎臓は血液が非常に豊富な臓器だからです。検査後に一時的に血尿が出たり、腎臓の周りに小さな血腫(血の塊)ができたりすることは比較的よくありますが、多くは自然に止まります。輸血や追加の処置が必要になるような重篤な出血はまれですが、ゼロではありません。そのため、腎生検は必ず入院の上で行われ、検査後は厳重な経過観察が行われます。

コントロール不良の高血圧がある方、血液をサラサラにする薬を飲んでいる方、腎臓が一つしかない方などは、出血のリスクが高まるため、適応をより慎重に判断します。これらの検査を経て、初めて次のステップである「腎臓の主な病気」の診断が確定するのです。

腎臓の主な病気(急性腎炎・慢性腎炎・腎不全・ネフローゼ症候群)

前節では、尿検査や血液検査といった腎臓からのサインを早期に発見するための検査法について詳しく見ました。これらの検査は、自覚症状がないまま静かに進行する腎臓病を発見するために不可欠です。では、これらの検査によって具体的にどのような病気が見つかるのでしょうか。

このセクションでは、腎臓の「実質(フィルター本体)」が障害を受ける主要な病気である「腎炎」「腎不全」「ネフローゼ症候群」に焦点を当てます。「腎臓が悪い」と告げられることは、非常に大きな不安を伴います。一つ一つの病気について、その原因、症状、そして最新の治療法まで、深く掘り下げて解説していきます。

腎不全の基本:急性腎障害(AKI)と慢性腎臓病(CKD)

「腎不全」という言葉を聞くと、すぐに「透析」をイメージし、強い恐怖を感じるかもしれません。しかし、まず知っておくべきことは、「腎不全」には大きく分けて二つの異なる状態があるということです。それが「急性腎障害(AKI)」と「慢性腎臓病(CKD)」です。

  • 急性腎障害 (AKI): これは、数時間から数日の間に急速に腎機能が悪化する状態です。英国国民保健サービス(NHS)によれば、原因は重度の脱水、敗血症(重い感染症)、腎臓に毒性のある薬剤、急な血圧低下、尿路の閉塞など様々です。AKIは、尿量が極端に減る、急にむくみが出る、意識がもうろうとするといった激しい症状を伴うことが多く、緊急の入院治療が必要な状態です。しかし、原因を迅速に取り除き、適切な治療を行えば、腎機能が回復する可能性も十分にあります。
  • 慢性腎臓病 (CKD): こちらは、3ヶ月以上にわたって腎臓の障害(尿蛋白など)が続くか、腎機能(GFR)が低下した状態を指します。米国疾病予防管理センター(CDC)が指摘するように、CKDの最も恐ろしい点は、末期になるまでほとんど自覚症状がないことです。健康診断で偶然指摘されて初めて気づくケースが多く、「全く元気だったのに、なぜ?」と大きなショックを受ける方も少なくありません。CKDは、一度失われた腎機能は基本的に元に戻りません。そのため、治療の目標は「治癒」ではなく、「いかに進行を遅らせ、透析への移行を防ぐか」になります。慢性腎臓病の管理は、病気のステージに応じた血圧管理、食事療法、そして心血管疾患の予防が中心となります。

急性腎炎(急性糸球体腎炎):感染後の急な不調

「腎炎」とは、腎臓のフィルター機能を持つ「糸球体(しきゅうたい)」に炎症が起こる病気の総称です。その中でも「急性腎炎(多くは急性糸球体腎炎)」は、突然発症するタイプの腎炎です。

最も典型的なのは、子供が溶連菌(ようれんきん)による喉の感染症(扁桃炎)や皮膚の感染症にかかった後、1〜2週間してから発症する「溶連菌感染後急性糸球体腎炎」です。突然、まぶたや顔がむくむ、尿の色がコーラのように濃くなる(血尿)、血圧が上がるといった症状が現れます。これは、感染をきっかけに体内で作られた免疫の複合体が糸球体に沈着し、炎症を引き起こすために起こります。

多くの場合、特に小児では予後は良好で、日本腎臓学会の指針によれば約95%が自然に寛解(かんかい:病気が治まった状態)します。治療は、安静にし、塩分や水分を制限しながら、利尿薬や降圧薬で症状をコントロールする「支持療法」が中心となります。

ただし、注意が必要なのは成人での発症や、非典型的な経過をたどる場合です。ごく稀(約1%)ですが、「急速進行性腎炎(RPGN)」という、数週間から数ヶ月で急速に腎不全に至る危険なタイプの腎炎に移行することがあります。この場合は、腎生検(腎臓の組織を採る検査)による迅速な診断と、ステロイドパルス療法などの強力な免疫抑制療法が直ちに必要となります。腎炎の治療は、そのタイプを見極めることが非常に重要です。

慢性腎炎(IgA腎症):日本で最も多い「静かなる腎炎」

慢性腎炎は、急性腎炎とは対照的に、長期間にわたってじわじわと糸球体の炎症が続く病気です。その中で、日本を含む東アジアで最も頻度が高いのが「IgA腎症」です。

この病気もまた、初期には自覚症状が全くありません。多くは学校検尿や職場健診で「尿潜血(血尿)や蛋白尿が続いている」と指摘されて発見されます。IgA腎症は、本来体を守るはずの免疫グロブリンA(IgA)という抗体が、何らかの理由で腎臓の糸球体に沈着し、慢性的な炎症を引き起こす病気です。

かつては「予後良好な疾患」と考えられていた時期もありましたが、現在では、無治療のまま放置すると20年間で約40%の患者さんが末期腎不全に至る可能性がある、進行性の病気であることがわかっています。

治療は、IgA腎症診療ガイドライン2020に基づき、まず降圧薬(RAAS阻害薬)や生活習慣の管理で腎臓を保護します。しかし、尿蛋白が多い場合や腎機能低下のリスクが高いと判断された場合には、より積極的な治療が検討されます。特に日本では、炎症の「火種」と考えられている扁桃(へんとう)を摘出する手術(扁摘)と、ステロイドパルス療法を組み合わせる治療法が広く行われており、良好な成績が報告されています。

腎不全の進行抑制:CKD治療の最新動向(SGLT2阻害薬)

CKD(慢性腎臓病)と診断された方が最も知りたいのは、「どうすれば、これ以上悪化させずに済むのか」ということでしょう。長年にわたり、CKD治療の柱は、血圧を厳格に管理するための「RAAS阻害薬(ARBやACE阻害薬)」と、塩分制限などの食事療法でした。

しかし近年、この分野に大きな変革が起きています。それが「SGLT2阻害薬」の登場です。もともとは糖尿病の治療薬として開発されたこの薬ですが、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査資料にもあるように、大規模臨床試験(DAPA-CKDなど)において、糖尿病ではないCKD患者さんに対しても、腎機能の低下を著しく抑制し、心血管イベント(心不全など)のリスクを減らすことが証明されたのです。

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この薬は、尿中に糖を排出させることで、糸球体にかかる過剰な圧力を(糸球体内圧)を下げ、フィルターの「酷使」状態を改善すると考えられています。日本腎臓学会のCKD診療ガイドライン2023英国NICEガイドラインでも、CKDの進行抑制のための標準治療の一つとして位置づけられています。 [cite: 1] これにより、腎代替療法(透析)への移行を遅らせる新たな希望となっています。

ネフローゼ症候群:大量の蛋白尿と「むくみ」

ネフローゼ症候群は、単一の病名ではなく、ある特有な状態を示す「症候群」です。健康診断で尿蛋白を指摘されることはよくありますが、ネフローゼ症候群はそのレベルが極めて高い状態を指します。

具体的な日本腎臓学会の診断基準では、以下の2つを必須項目としています:

  1. 高度の蛋白尿:1日の尿蛋白が 3.5g 以上(健康な人は0.15g未満)
  2. 低アルブミン血症:血液中のアルブミン(タンパク質の一種)が 3.0 g/dL 以下

なぜこの状態が問題なのでしょうか。アルブミンは血液中に水分を保持する「スポンジ」のような役割をしています。これが尿から大量に漏れ出ると、血液中の水分が血管の外に染み出し、強烈な「むくみ(浮腫)」を引き起こします。足のすねを押すと指の跡がくっきり残る、まぶたが腫れぼったくなる、急に体重が増えるといった症状が特徴です。また、尿が異常に泡立つ(泡沫尿)もサインの一つです。

ネフローゼ症候群には、腎臓そのものに原因がある「一次性」と、糖尿病や膠原病(ループスなど)といった全身の病気が原因となる「二次性」があります。一次性の中で最も多い「微小変化型(MCNS)」は、特に小児に多く、ステロイド(副腎皮質ホルモン)による治療が非常によく効くという特徴があります。 成人でも、まずはステロイド治療が第一選択となりますが、Cochraneレビューにあるように、再発を繰り返す場合や抵抗性を示す場合には、シクロスポリンなどの免疫抑制薬を併用することがあります。

ここまで、腎臓のフィルター自体が障害される主要な病気(腎炎、腎不全、ネフローゼ)について詳しく見てきました。これらは腎臓の「機能」に関わる深刻な問題です。次のセクションでは、腎臓で作られた尿を体外へ運ぶ「通り道」である尿路(腎盂、尿管、膀胱、尿道)に起こる病気、特に一般的な「尿路感染症」について解説していきます。

尿路の主な病気(尿路感染症・膀胱炎・腎盂腎炎・尿道炎)

前節では腎臓そのものに炎症が起こる病気(腎炎など)を見てきましたが、本節では、腎臓で作られた尿が体外に出るまでの「通り道」である尿路(尿管、膀胱、尿道)に焦点を当てます。これらの部位で起こる感染症は「尿路感染症(UTI)」と呼ばれ、特に女性にとっては風邪と同じくらい身近なトラブルの一つです。しかし、「ただの膀胱炎」と軽視していると、時には命に関わる重篤な状態(腎盂腎炎や敗血症)に至ることもあり、正しい知識と早期対処が不可欠です。

尿路感染症の多くは、細菌が尿の出口(尿道口)から侵入し、上流に向かって感染を広げる「上行性感染」によって引き起こされます。特に大腸菌などの腸内細菌が主な原因菌となります。解剖学的に女性は男性よりも尿道が短く、肛門と尿道口が近いため、細菌が膀胱に到達しやすいという特徴があります。このセクションでは、感染が起こる場所によって異なる主要な尿路の病気について、その特徴、危険なサイン、そして対処法を詳しく解説します。

膀胱炎と腎盂腎炎:症状で見分ける「下」と「上」の違い

尿路感染症は、感染が起きた場所によって「下部尿路感染症(膀胱炎、尿道炎)」と「上部尿路感染症(腎盂腎炎)」に大きく分けられます。この二つは症状の重篤度が全く異なり、見極めが非常に重要です。

下部尿路感染症:膀胱炎(ぼうこうえん)

「膀胱炎」は、尿路感染症の中で最も一般的で、特に女性が経験しやすい病気です。これは細菌が尿道から膀胱に侵入し、膀胱の粘膜で炎症を起こした状態を指します。

  • 主な症状:「トイレが近い(頻尿)」「排尿時にツーンとした痛みがある(排尿時痛)」「トイレに行ってもすっきりせず、まだ残っている感じがする(残尿感)」「尿が白く濁る(膿尿)」などが典型的な症状です。
  • 重要な見分けポイント:典型的な膀胱炎では、発熱はほとんどありません。下腹部(膀胱のあたり)に不快感や痛みを感じることはあっても、高熱が出ることはまれです。
  • なぜ女性に多いのか:前述の通り、女性は男性に比べて尿道が短い(約4〜5cm)ため、細菌が膀胱まで簡単に到達できてしまうことが最大の理由です。

上部尿路感染症:腎盂腎炎(じんうじんえん)

「腎盂腎炎」は、膀胱炎を放置したり、治療が不十分だったりした場合に、細菌が尿管を逆流して腎臓(腎盂や腎実質)にまで到達し、炎症を引き起こした状態です。これは「膀胱炎」とは比べ物にならないほど危険な状態です。

  • 主な症状:膀胱炎の症状(排尿時痛など)がある場合もありますが、それらに加えて38℃以上の高熱、悪寒(寒気と震え)、倦怠感といった全身症状が強く出ます。
  • 重要な見分けポイント:背中や腰のあたり(腎臓がある場所)を叩くと響くような痛み(叩打痛)があるのが特徴です。また、吐き気や嘔吐を伴うこともあります。
  • 危険性:腎盂腎炎は腎臓自体が感染の戦場となっているため、細菌が腎臓の豊富な血管網を通って全身の血液中に侵入しやすい状態です。これにより「敗血症(はいけつしょう)」という、命に関わる重篤な全身感染症を引き起こすリスクがあります。

もし排尿時の痛みに加えて「発熱」や「背中の痛み」がある場合は、絶対に放置せず、夜間や休日であっても医療機関(泌尿器科、内科、または救急)を受診してください。これら尿路感染症の全体像を理解しておくことが重要です。

膀胱炎の治療とセルフケア:放置は危険?

膀胱炎のつらい症状を経験すると、「これは自然に治るのか」「薬局の薬で対処できないか」と考えるかもしれません。しかし、膀胱炎の対処法を間違えると、症状を悪化させたり、腎盂腎炎というより深刻な病気につながる可能性があります。

治療の基本は「抗菌薬」

膀胱炎の主な原因は細菌感染であるため、治療の基本は原因となっている細菌を殺す「抗菌薬(抗生物質)」の内服です。医師が処方する抗菌薬を3〜7日間程度、症状が良くなっても途中でやめずに最後まで飲み切ることが非常に重要です。中途半端にやめると、生き残った細菌が耐性を持ち、将来的に薬が効きにくい「耐性菌」を生み出す原因となります。

「自然に治るか?」という疑問については、ごく初期の軽いものであれば、水分を大量に摂ることで細菌が洗い流されて治まることもないとは言えません。しかし、それはリスクのある賭けです。細菌が増殖するスピードが排出を上回れば、症状は悪化の一途をたどります。特に、膀胱炎を放置するリスクは、腎盂腎炎への移行や慢性化につながるため、原則として早期受診・早期治療が推奨されます。

セルフケアで治療をサポート

抗菌薬による治療と並行して、以下のセルフケアを行うことで、回復を早め、再発を防ぐことができます。

  • 水分を十分に摂る:これが最も重要です。水分を多く摂って尿の量を増やし、膀胱内の細菌を物理的に洗い流します。痛みでトイレに行くのが怖いかもしれませんが、逆効果です。水や白湯、ノンカフェインのお茶などを積極的に飲みましょう。
  • トイレを我慢しない:尿意を感じたらすぐにトイレに行きましょう。尿を我慢すると、膀胱内で細菌が繁殖する時間を与えてしまいます。
  • 体を冷やさない:体が冷えると血流が悪くなり、免疫力が低下します。特に下半身を暖かく保ち、ゆっくり入浴してリラックスすることも有効です。
  • アルコールや刺激物を避ける:アルコール、コーヒー、紅茶、香辛料の強い食べ物は、膀胱の粘膜を刺激し、症状を悪化させることがあります。治療中は避けましょう。

再発を繰り返さないための生活習慣の改善や、食事に関する工夫も、長期的な健康維持には重要です。適切な薬剤治療とセルフケアの両輪で、確実な治癒を目指しましょう。

尿道炎(特に性感染症)の特異性

膀胱炎が主に大腸菌によるものであるのに対し、「尿道炎(にょうどうえん)」、つまり尿の出口である尿道に炎症が起きた場合、特に性的に活動的な世代では異なる原因を考慮する必要があります。尿道炎は、膀胱炎と同様に排尿時痛を引き起こしますが、性感染症(STD/STI)が原因であることが多いのが特徴です。

男性の場合、排尿時痛に加えて、尿道から膿(うみ)が出る「尿道分泌物」が典型的な症状です。一方、女性は症状が軽微であるか無症状のことも多く、自覚がないまま感染が進行・拡大(例:子宮頸管炎や骨盤内炎症性疾患)することがあり、注意が必要です。

主な原因菌としては、以下のような性感染症起因菌が挙げられます。

  • 淋菌(N. gonorrhoeae):淋菌性尿道炎。症状が強く出やすい傾向があります。
  • クラミジア(C. trachomatis):クラミジア性尿道炎。症状が比較的軽微なことが多いです。
  • マイコプラズマ・ジェニタリウム(M. genitalium):近年注目されている原因菌で、既存の抗菌薬が効きにくい場合があります。

性感染症による尿道炎で最も重要なことは、「パートナーも同時に検査・治療する」ことです。自分だけが治療しても、パートナーが感染したままでは、再び感染し合う「ピンポン感染」を繰り返してしまいます。また、治療が完了するまでは性交渉を避ける必要があります。通常の膀胱炎とは異なり、性行為によって感染するという点を強く認識し、泌尿器科、婦人科、または性感染症科で適切な検査と治療を受けることが不可欠です。

高齢者とカテーテル:CAUTI(カテーテル関連尿路感染症)のリスク

尿路感染症は、若年女性だけでなく、高齢者、特に尿道カテーテル(尿を排出させるための管)を長期間留置している方にとっても非常に大きな問題です。これを「カテーテル関連尿路感染症(CAUTI)」と呼びます。

カテーテルという異物が膀胱内に留置され続けると、細菌がその表面に付着し、「バイオフィルム」と呼ばれる防御壁を形成しながら繁殖します。このカテーテルが、細菌にとって膀胱内への「高速道路」のような役割を果たしてしまうのです。研究によれば、カテーテルを留置していると、1日あたり3〜7%の確率で細菌尿(尿中に細菌が存在する状態)のリスクが上昇するとされています。

高齢者におけるCAUTIの厄介な点は、典型的な症状(排尿時痛や発熱)が出にくいことです。体力や免疫力が低下しているため、感染が起きていても体が十分な「警告」を出せないことがあります。代わりに、「なんとなく元気がない」「食欲がない」「急に混乱し始めた(せん妄)」「転倒しやすくなった」といった、非特異的な症状が感染の唯一のサインであることも少なくありません。これらのサインを見逃すと、前述の敗血症へと急速に進行する危険があります。

CAUTIの予防原則はシンプルです。

  1. 「入れない」:本当に必要な場合(手術、重度の尿閉など)以外は、安易にカテーテルを留置しない。
  2. 「早く抜く」:留置の必要性を毎日見直し、不要になったら速やかに抜去する。
  3. 「清潔に保つ」:挿入時の無菌操作を徹底し、留置中は尿バッグを膀胱より低い位置に保ち、尿の逆流を防ぐ(閉鎖式ドレナージの維持)。

介護や入院生活においてカテーテル管理は不可欠な場面もありますが、それが慢性的な感染症の温床にならないよう、医療・介護スタッフと家族が連携してリスク管理を行うことが重要です。

尿路感染症に関するよくある質問(FAQ)

Q1:膀胱炎と腎盂腎炎は、具体的にどう違いますか?

A1:最も大きな違いは「感染の場所」と「症状の重さ」です。膀胱炎は「下部尿路」である膀胱の感染で、排尿時痛や頻尿が主症状ですが、発熱は稀です。一方、腎盂腎炎は「上部尿路」である腎臓の感染で、高熱、悪寒、背中の痛みが特徴です。腎盂腎炎は敗血症を引き起こす可能性があり、はるかに危険な状態です。

Q2:抗菌薬を飲み始めて、何日で良くならなければ再受診すべきですか?

A2:通常、適切な抗菌薬が処方されれば、膀胱炎の場合は48時間(2日)、腎盂腎炎の場合でも48〜72時間(2〜3日)以内に、症状(特に発熱や痛み)の改善が見られるはずです。もし3日経っても症状が全く改善しない、あるいは悪化する場合は、処方された薬が効かない耐性菌である可能性や、腎膿瘍(腎臓に膿の袋ができる)などの合併症の可能性があります。すぐに処方元の医療機関に連絡し、再受診してください。

Q3:尿道炎は、自分だけ治療すれば大丈夫ですか?

A3:いいえ、絶対にダメです。尿道炎の原因が性感染症(クラミジア、淋菌など)であった場合、あなたが治療してもパートナーが感染したままでは、性交渉によって再び感染してしまいます(ピンポン感染)。必ずパートナーにも検査を受けてもらい、必要であれば同時に治療することが不可欠です。治療が完了し、医師の許可が出るまでは性交渉を控えてください。

Q4:繰り返す膀胱炎を防ぐには、どうしたらいいですか?

A4:再発予防には生活習慣の見直しが重要です。①水分を十分に摂る、②トイレを我慢しない、③性交渉の後は排尿する習慣をつける、④排便後は「前から後ろ」に拭き、細菌が尿道口に移動するのを防ぐ、⑤下半身を冷やさない、などです。また、食生活の改善も役立つ場合があります。頻繁に繰り返す場合は、抗菌薬の予防内服や他の治療法を検討することもあるため、医師に相談してください。

腎結石と尿路結石:原因・予防・再発防止のポイント

前節では尿路感染症など、主に細菌感染によって引き起こされる病気について解説しました。しかし、腎臓と尿路の病気には、もう一つ、非常に強い痛みを伴うことで知られる一般的なトラブルがあります。それが「尿路結石症(腎結石・尿管結石)」です。

「人生で経験した最大の痛み」「痛みの王様(King of Pain)」などと表現されるほどの激痛(疝痛発作)を引き起こすことがあり、一度経験すると、その再発の恐怖に悩まされる方も少なくありません。このセクションでは、なぜこの痛みを伴う「石」が体内で作られてしまうのか、その根本的な原因と、あの苦しみを二度と繰り返さないための最も重要な予防・再発防止策について、最新の知見に基づき詳しく掘り下げていきます。

結石はなぜできるのか?主な原因とリスク要因

尿路結石の根本的な原因は、尿が「濃すぎる」状態、すなわち「過飽和」になることです。分かりやすく例えるなら、コップの水に塩を溶かし続けていくと、やがて溶け残りが底に溜まるのと同じ現象が、腎臓の中で起こっているのです。尿に溶け込んでいるカルシウム、シュウ酸、尿酸などのミネラル成分が、何らかの理由で溶けきれなくなり、結晶化し、時間をかけて石のように大きく成長します。

この「尿が濃くなる」原因は、主に以下の要因が複雑に絡み合っています。

  • 最大の要因:水分不足(脱水)
    最も強力かつ単純なリスク要因は、水分摂取量の不足です。米国国立衛生研究所(NIDDK)も指摘するように、飲む水の量が少なければ尿の量が減り、尿中のミネラル濃度は必然的に高くなります。夏場に汗を多くかく、運動習慣があるにもかかわらず水分補給が追いつかない、あるいは日常的に水を飲む習慣がない方は、結石のリスクが著しく高まります。
  • 食塩(ナトリウム)の過剰摂取
    結石の大きな引き金となるのが、塩分の摂りすぎです。塩分(ナトリウム)を多く摂取すると、腎臓はそれを体外に排出しようとします。その際、カルシウムも一緒に尿中へ引き連れてしまい(尿中カルシウム排泄増加)、尿がカルシウムで飽和しやすくなります。さらに、塩分は尿中で結石の形成を「防ぐ」役割を持つ「クエン酸」の量を減らしてしまうため、二重にリスクを高めます。
  • 動物性たんぱく質の過剰摂取
    肉や魚などの動物性たんぱく質を摂りすぎると、体内で「尿酸」の産生が増加します。尿酸自体が結石の材料になる(尿酸結石)だけでなく、尿全体を「酸性」に傾けます。尿が酸性になると、最も一般的なシュウ酸カルシウム結石も形成されやすくなります。
  • シュウ酸の多い食品
    ほうれん草、タケノコ、ナッツ類、チョコレートなどに含まれる「シュウ酸」は、尿中でカルシウムと結合しやすいため、結石の主成分となります。ただし、これらの食品を単に避ければ良いというわけではなく、食べ方に工夫が必要です(後述)。
  • その他の要因
    肥満、糖尿病、痛風(高尿酸血症)などの基礎疾患、あるいは特定の薬剤(ビタミンDサプリメントの過剰摂取など)も、結石の危険因子となります。

これらの尿路結石の症状やリスクを理解することは、予防の第一歩です。


「もう二度と…」再発予防の基本戦略【水分・食事・生活習慣】

「あの激痛を二度と経験したくない…」これは、結石を経験したすべての人の切実な願いです。残念ながら、尿路結石は非常に再発しやすい病気であり、一度かかると5年以内に約半数が再発するというデータもあります。しかし、適切な生活習慣を実践することで、そのリスクを大幅に下げることが可能です。

再発予防の柱、その第一は「圧倒的な水分摂取」です。これは、結石の主原因である「尿の濃縮」を物理的に解決する最も効果的な方法です。英国国立医療技術評価機構(NICE)NIDDKなど、世界の主要なガイドラインが一致して推奨しています。

  • 目標は「尿量」:重要なのは「飲む量」ではなく、結果としての「尿の量」です。1日の尿量を2.0〜2.5リットルに保つことを目標にします。これを達成するためには、個人差はありますが1日2.5〜3リットル以上の水分摂取が必要になる場合があります。
  • 飲み方のコツ:一度にがぶ飲みするのではなく、1日を通じてこまめに飲むことが大切です。特に、汗をかく運動中、入浴前後、そして**就寝前**の水分補給は、夜間に尿が濃くなるのを防ぐために非常に重要です。
  • 何を飲むか:基本は「水」または「お茶(麦茶などカフェインの少ないもの)」です。清涼飲料水や甘いジュースは、糖分(特に果糖)が結石リスクを高める可能性があるため、結石予防に適した飲み物とは言えません。

第二の柱は、**「徹底した減塩」**です。前述の通り、塩分は尿中カルシウムを増やし、結石の「ブレーキ役」であるクエン酸を減らします。加工食品、インスタント食品、外食、スナック菓子などに含まれる「見えない塩分」に注意し、薄味を心がけることが、結石を再発させない生活習慣の核となります。

そして、ここで非常に重要かつ、最も誤解されがちなポイントが「カルシウムの摂取」です。「シュウ酸カルシウム結石」という名前から、牛乳や小魚、乳製品などのカルシウムを避けるべきだと考えがちですが、これは大きな間違いです。

食事からのカルシウム摂取が不足すると、腸管内でパートナーを失った「シュウ酸」がフリーになり、体内への吸収が過剰になってしまいます。その結果、尿中へ排出されるシュウ酸が増え、かえって結石ができやすくなるのです。食事中のカルシウムは、腸管内でシュウ酸と結合し、便として体外へ排出するのを助けてくれます。結石予防のためには、カルシウムは制限するのではなく、1日600〜800mg程度を食事から適正に摂ることが推奨されます。

その他、動物性たんぱく質を控えめにすること、レモンや柑橘類に含まれる「クエン酸」を積極的に摂ること(クエン酸は尿中でカルシウムと結合し、結石化を防ぎます)も、結石予防に効果的な飲み物や食事法として推奨されています。


結石の種類別:シュウ酸カルシウム結石・尿酸結石の食事対策

すべての結石が同じ成分でできているわけではありません。予防策の基本(水分摂取・減塩)は共通していますが、結石の成分によって、特に注意すべき食事のポイントが異なります。自分の結石のタイプを知ることは、より効果的な予防につながります。

シュウ酸カルシウム結石(最も一般的)

日本人に最も多いのがこのタイプです。この結石の予防で鍵となるのは、「カルシウムのパラドックス」で触れた通り、シュウ酸とカルシウムの「食べ合わせ」です。

  • 実践ポイント:シュウ酸を多く含む食品(ほうれん草、タケノコ、ナッツ類、紅茶、ココアなど)を食べる際は、必ずカルシウムを豊富に含む食品(牛乳、ヨーグルト、チーズ、小魚、豆腐など)と「一緒に」食べることを意識してください。
  • 理由:シュウ酸とカルシウムが「腸の中」で出会えば、結合して便として排出されます。しかし、別々に摂取すると、シュウ酸が単独で吸収され、後から「腎臓(尿)」でカルシウムと出会い、結石になってしまいます。
  • 例:ほうれん草のおひたしには鰹節(カルシウム)をかける、紅茶にはミルク(カルシウム)を入れる、ナッツとヨーグルトを一緒に摂る、などです。

この結石の食事療法ガイドは、日々の食生活で実践できる具体的なヒントを提供します。例えば、結石予防のための朝食から意識を変えることも有効です。

尿酸結石

痛風の患者さんや、尿が「酸性」に傾きがちな方(pHが低い方)に多い結石です。尿酸結石は、尿が酸性であるほど溶けにくく、アルカリ性であるほど溶けやすい性質を持っています。

  • 実践ポイント:最大のポイントは「尿をアルカリ化する」ことです。野菜、海藻類、きのこ類、果物(柑橘類など)といったアルカリ性食品を積極的に摂取し、尿のpHを6.0〜6.5程度の中性に近い状態に保つことを目指します。
  • 避けるべきもの:尿酸の元となる「プリン体」を多く含む食品(レバーなどの内臓類、魚卵、一部の青魚)や、アルコール(特にビール)の過剰摂取は控える必要があります。

これらの食事療法の原則を守ることが、再発防止の鍵となります。


再発高リスクの評価と薬物療法(24時間尿検査・クエン酸カリウム)

基本的な生活指導を徹底しても、残念ながら再発を繰り返してしまう方がいます。特に、若年で発症した方、結石が両方の腎臓にできる方、短期間で何度も再発する方、サンゴ状結石(腎臓の形に広がる大きな結石)ができた方などは、「再発高リスク群」と考えられます。

このようなハイリスクの方々には、なぜ結石ができやすいのか、その体質的な原因を突き止めるための精密検査が強く推奨されます。それが「24時間尿検査」です。

これは、文字通り1日(24時間)分の尿をすべて溜めて検査室に提出し、その総尿量、pH(酸性度)、尿中に含まれるカルシウム、シュウ酸、尿酸、クエン酸、ナトリウムなどの量を精密に測定する検査です。この24時間尿検査の詳細な目的や方法を理解することで、医師が「なぜあなたの結石ができやすいのか」という根本原因を特定し、画一的な指導ではない、あなた個人に最適化された「個別予防プログラム」を組むことが可能になります。

そして、この検査結果に基づき、食事指導だけでは不十分と判断された場合、薬物療法が選択されます。

  • 低クエン酸尿症(結石を防ぐクエン酸が少ない)の場合:
    クエン酸カリウム製剤(商品名:ウラリットなど)が処方されます。これは尿をアルカリ化し、クエン酸を補充することで、シュウ酸カルシウム結石と尿酸結石の両方をできにくくする薬です。
  • 高カルシウム尿症(尿中へのカルシウム漏出が多い)の場合:
    サイアザイド系利尿薬という種類の降圧薬が少量用いられることがあります。この薬には、腎臓でのカルシウム再吸収を促進し、尿中へのカルシウム排泄を減らす副作用があり、それを結石予防に応用します。(ただし、低カリウム血症などの副作用に注意が必要です)
  • 高尿酸尿症(尿酸が多い)の場合:
    痛風の治療にも使われるアロプリノールなどの尿酸降下薬が、尿酸結石や一部のカルシウム結石の予防に用いられます。

これらの薬物療法は、あくまで結石のリスク管理の一環であり、水分摂取や食事療法の基本を守った上で、医師の厳密な管理のもとで行われるべきものです。


いつ受診すべきか?結石を疑う危険なサイン(レッドフラグ)

結石の痛み(疝痛発作)は、多くの場合、突然やってきます。背中から脇腹、下腹部にかけて、のたうち回るほどの激痛が特徴です。しかし、痛みの強さだけでなく、特定の「危険なサイン(レッドフラグ)」を伴う場合は、単に痛みを我慢するのではなく、直ちに医療機関(泌尿器科または救急外来)を受診する必要があります。

以下の症状が一つでも見られる場合は、緊急性が高い可能性があります。

  • 発熱や悪寒(寒気)を伴う場合:
    これは最も危険なサインの一つです。結石が尿管に詰まって尿の流れが妨げられ、その上流で細菌が繁殖している状態、すなわち感染が合併した「閉塞性腎盂腎炎」の可能性があります。敗血症(血液に細菌が回る)に進展し、命に関わることもあるため、一刻も早い治療(ドレナージによる尿の排出と抗生剤投与)が必要です。
  • 鎮痛剤(市販薬)が全く効かないほどの激痛:
    痛みがコントロールできない場合、結石による圧力が非常に高まっているか、他の重大な病気(大動脈解離など)の可能性もゼロではありません。
  • 吐き気がひどく、水分が全く摂れない場合:
    脱水が進行し、腎機能がさらに悪化する悪循環に陥ります。点滴による水分補給が必要です。
  • 尿が全く出なくなる(尿閉):
    両側の尿管が同時に詰まったか、あるいは腎臓が一つしかない方(単腎)の尿管が詰まった可能性があり、急性の腎不全を引き起こすため、極めて危険です。

結石特有の痛みを感じ、上記のようなレッドフラグを伴う場合は、自己判断で我慢せず、速やかに専門医の診察を受けてください。

前立腺肥大症と排尿障害(男性特有の尿路トラブル)

前節では、激しい痛みを伴う腎結石や尿路結石について解説しました。しかし、尿路の問題は結石だけではありません。特に中高年の男性にとって、より身近で、しかし他人に相談しにくい慢性的な問題が「前立腺肥大症(BPH)」による排尿障害です。

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「最近、夜中に何度もトイレに起きる」「おしっこの勢いがなくなり、時間がかかる」「トイレが終わったはずなのに、まだ残っている感じがする(残尿感)」。これらは非常に多くの中高年男性が経験する悩みです。厚生労働省eJIMによると、良性前立腺過形成(BPH)は加齢とともに増加し、多くの男性の生活の質(QOL)を低下させる要因となります[cite: 1]。多くの方は「もう年だから仕方がない」と諦めてしまいがちですが、これは良性前立腺過形成(BPH)という明確な状態であり、適切な対処が可能です。

前立腺は男性だけにある臓器で、膀胱の出口で尿道を取り囲んでいます。この前立腺が、主に加齢によって肥大すると、尿道を物理的に圧迫(機械的閉塞)したり、前立腺の筋肉が過度に緊張(機能的閉塞)したりして、さまざまな排尿トラブル(下部尿路症状:LUTS)を引き起こすのです。

症状の分類とIPSS(国際前立腺症状スコア)によるセルフチェック

前立腺肥大症による症状(LUTS)は、単に「尿が出にくい」だけではありません。専門的には、大きく3つのタイプに分類されます。ご自身の状態がどれに当てはまるか、整理してみましょう。

  • 蓄尿症状(尿をためる際の問題): 頻尿(トイレが近い)、夜間頻尿(夜中に何度もトイレに起きる)、急に我慢できないような強い尿意を感じる(尿意切迫感)。
  • 排出症状(尿を出す際の問題): 尿の勢いが弱い(尿勢低下)、排尿が始まるまでに時間がかかる(遷延性排尿)、お腹に力を入れないと尿が出ない(腹圧排尿)、尿が途中で途切れる(尿線途絶)。
  • 排尿後症状(尿を出し終えた後の問題): 排尿後も尿が残っている感じがする(残尿感)、排尿直後に尿が漏れる(排尿後尿滴下)。

これらの症状の重症度を客観的に評価するために、世界共通の質問票「IPSS(国際前立腺症状スコア)」が広く用いられます。これは7つの質問(残尿感、昼間頻尿、尿線途絶、尿意切迫感、尿勢低下、腹圧排尿、夜間頻oxy尿)について、それぞれ0点(なし)から5点(ほぼ常時)で評価し、合計点数(0〜35点)で重症度を判定するものです。

一般的に、合計点が7点以下なら軽症、8〜19点が中等症、20点以上が重症と分類されます。このスコアは、治療を開始するかどうか、また治療がどれくらい効果を上げているかを判断するための重要な指標となります。ご自身のIPSSスコアを知ることは、医師に相談する際の第一歩となります。前立腺肥大症の症状チェック(IPSS)について詳しく知ることで、現在の状態を客観的に把握できます。

特に「夜間頻尿」は睡眠の質を著しく低下させ、日中の倦怠感や集中力低下にもつながります。頻尿の原因はBPH以外にも複数ありますが、中高年男性の場合はまず前立腺の関与を疑うことが一般的です。

診断の進め方:PSA検査は「がん検査」だけではない

症状を自覚して泌尿器科を受診すると、まずはIPSSを含む詳細な問診、尿検査(感染や血尿の有無を確認)、そして身体診察が行われます。

身体診察には「直腸診(DRE)」が含まれることがあります。これは医師が肛門から指を挿入し、直腸越しに前立腺の大きさ、硬さ、表面の滑らかさを触診するものです。BPHか、あるいは前立腺がんの硬いしこりの疑いがないかなどを判断する重要な検査です。

さらに、排尿状態を客観的に評価するため、「尿流測定(ウロフロメトリー)」や「残尿量測定(超音波)」が行われます。尿流測定は専用の便器に排尿するだけで尿の勢いや量をグラフ化でき、残尿量測定は排尿直後に下腹部に超音波を当てるだけで、膀胱にどれくらい尿が残っているかを痛みを伴わずに確認できます。

そして、多くの男性が関心を持つのが「PSA(前立腺特異抗原)」検査です。これは血液検査で測定されます。PSAは「前立腺がんの腫瘍マーカー」として有名ですが、PSAが高い=前立腺がん、というわけではありません。PSAは前立腺の細胞から分泌されるため、BPHで前立腺が大きくなっただけでも、あるいは前立腺に炎症があるだけでも数値は上昇します。

したがって、BPHにおけるPSA検査は、がんのスクリーニングという側面だけでなく、前立腺の大きさの推定や、後述する薬物療法(5α還元酵素阻害薬)の適応判断、治療方針の決定補助としても用いられます。前立腺がんとBPHの関係について正しく理解することは、不要な不安を避けるために重要です。

治療の第一歩:生活指導と行動療法

IPSSが軽症(7点以下)か、中等症でも生活への支障が小さい場合、すぐに薬や手術が必要になるわけではありません。まずは生活習慣の見直しと行動療法から開始します。英国のNICE(国立医療技術評価機構)やNHS(国民保健サービス)も、初期介入として生活指導を推奨しています。

  • 水分摂取の調整: 特に夜間頻尿に悩む場合、夕方以降の水分摂取、特にアルコールやカフェイン(コーヒー、緑茶など)の摂取を控えることが推奨されます。
  • 薬剤の見直し: 非常に重要な点として、市販の風邪薬(総合感冒薬)や鼻炎薬、一部の精神安定剤に含まれる抗コリン作用薬や交感神経作動薬は、膀胱の収縮を抑えたり、尿道の緊張を高めたりして、症状を悪化させたり、最悪の場合「急性尿閉(尿が全く出なくなる状態)」を引き起こしたりすることがあります。持病で薬を飲んでいる場合や市販薬を使う場合は、必ず医師や薬剤師に相談してください。
  • 膀胱訓練: 尿意を感じてもすぐにトイレに行かず、少し我慢する時間を設け、排尿間隔を徐々に延ばしていく訓練です。
  • 骨盤底筋体操: 尿道を締める筋肉(骨盤底筋)を鍛えることで、尿意切迫感や尿漏れの改善が期待できる場合があります。

これらの生活指導は、薬物療法や外科治療と並行して行われることも多く、治療の基本となります。BPHと向き合うための食事戦略も併せて確認することが推奨されます。

薬物療法:症状を和らげる薬、進行を抑える薬

生活指導だけでは症状が改善しない中等症以上の場合、薬物療法が中心となります。BPHの薬物療法には大きく分けて、症状を素早く和らげる薬と、前立腺の肥大そのものを抑える薬があり、症状や状態に応じて使い分けられます。

α1遮断薬(アルファワンしゃだんやく)

これは、BPH治療の第一選択薬(ファーストライン)として最も多く使われる薬です(タムスロシン、シロドシン、ナフトピジルなど)。前立腺や尿道にある平滑筋の緊張を緩めることで、尿道の圧迫を解除し、尿を出しやすくします。比較的速やかに効果が現れ、「尿の勢いが良くなった」と実感しやすいのが特徴です。

一方で、血管も拡張させる作用があるため、副作用として立ちくらみやめまい(起立性低血圧)が起こることがあります。また、薬の種類(特にシロドシンなど)によっては、射精時に精液が出にくくなる「射精障害」が起こることが知られています。

5α還元酵素阻害薬(ファイブアルファかんげんこうそそがいやく)

これは、男性ホルモンが前立腺を肥大させるのを防ぐ薬です(デュタステリド、フィナステリド)。前立腺の体積を縮小させる効果があり、長期的に服用することで、症状の進行(尿閉や手術が必要になるリスク)を抑えることが示されています。

ただし、効果が実感できるまでに数ヶ月単位の時間がかかります。また、副作用として性欲減退や勃起機能障害(ED)が報告されています。最も重要な注意点は、この薬を飲むと血液検査のPSA値が約50%低下することです。PSA値を見る際にはこの点を考慮して補正計算する必要があるため、健診などで血液検査を受ける際は、必ずこの薬を服用中であることを申告してください。

その他の薬剤(PDE5阻害薬など)

勃起機能障害(ED)の治療薬として知られるPDE5阻害薬(タダラフィル)も、前立腺や膀胱の血流を改善し、排尿症状を和らげる効果があるとして、BPH治療(特にEDを合併している場合)に承認されています。また、尿意切迫感などの蓄尿症状が強い場合には、過活動膀胱の治療薬(抗コリン薬やβ3作動薬)が併用されることもあります。

外科治療と低侵襲治療(MIST):手術の選択肢

薬物療法を行っても症状が十分に改善しない場合や、残尿が非常に多い、尿閉を繰り返す、腎機能障害が出てきた、膀胱結石を合併した、といった重症例では、外科治療が検討されます。

標準的な外科治療(TURP / HoLEP)

従来から行われている「経尿道的前立腺切除術(TURP)」は、尿道から内視鏡を挿入し、肥大した前立腺組織を電気メスで削り取る手術です。高い治療効果がありますが、出血や性機能障害のリスクも伴います。近年では、レーザー(ホルミウムレーザー)を用いて前立腺をくり抜く「HoLEP(ホーレップ)」が広く行われています。HoLEPは出血が少なく、TURPでは難しかった大きな前立腺にも対応可能という利点があります。

低侵襲治療(MIST)の台頭

近年、体への負担をさらに軽減し、特に性機能(射精機能)の温存を重視した「低侵襲治療(MIST)」が注目されています。これらの治療法は、従来の標準手術と薬物療法の中間に位置づけられます。

  • Rezūm(レジューム): 尿道から挿入した針から高温の水蒸気を前立腺組織に噴射し、組織を壊死・縮小させる治療法です。局所麻酔や日帰りで可能な場合もあり、英国NHSなどでもその有効性と安全性が評価され、導入が進んでいます。
  • Aquablation(アクアブレーション): ロボット支援下に高圧の生理食塩水ジェットで前立腺組織を切除する治療法です。正確な切除が可能で、手術時間が短いとされています。
  • 前立腺動脈塞栓術(PAE): 足の付け根の血管からカテーテルを挿入し、前立腺への血流を遮断(塞栓)することで、前立腺を縮小させる放射線科的治療です。Cochraneレビューでは、TURPと比較した際の長期的な成績や標準化に課題が残るとされています。

どの治療法が最適かは、前立腺の大きさ、症状の重症度、年齢、合併症の有無、そして患者さん自身が「性機能の温存」や「回復期間」をどれだけ重視するかによって異なります。前立腺肥D大症の最新治療の選択肢について、主治医とよく相談することが重要です。

放置するリスクと受診の目安(危険なサイン)

「年だから」とBPHの症状を放置すると、QOLが低下するだけでなく、深刻な合併症を引き起こす可能性があります。前立腺肥大を放置するリスクは決して小さくありません。残尿が増え続けると、膀胱内で細菌が繁殖しやすくなり「膀胱炎」や「腎盂腎炎」などの尿路感染症を繰り返すことがあります。

また、残尿により膀胱内に結石(膀胱結石)ができたり、常に膀胱がパンパンに張った状態(慢性尿閉)が続くことで膀胱の機能自体が損なわれたり、圧力が腎臓にまで及んで「水腎症」や「腎機能障害」に至る危険性もあります。

レッドフラグ(速やかな受診が必要なサイン)

以下の症状(レッドフラグ)が現れた場合は、放置せず速やかに医療機関(泌尿器科)を受診してください。

  • 急性尿閉: 突然、尿が全く出なくなり、下腹部が強く張って痛む。救急受診が必要です。
  • 発熱を伴う排尿痛: 排尿時の強い痛みとともに38度以上の熱が出た場合、急性前立腺炎や腎盂腎炎の可能性があります。
  • 肉眼的血尿: 尿が明らかに赤色やコーラ色になった場合(特に血の塊が混じる場合)。
  • 腎機能障害のサイン: 足のむくみ、強い倦怠感、食欲不振などが続く場合。

BPHによる排尿困難は、生活の質の問題であると同時に、腎臓を守るための重要なサインでもあります。前立腺肥大症は、それ自体が生活習慣病と密接に関連していることが指摘されています。肥満、2型糖尿病、高血圧などのリスク因子は、BPHの発症や進行にも影響を与えると考えられています。排尿トラブルの管理と同時に、これらの全身的な健康状態の管理も重要となります。

糖尿病性腎症と高血圧性腎障害(生活習慣病との関係)

前立腺肥大症など、特定の臓器の問題だけでなく、私たちの日常生活全体に関わる「生活習慣病」が腎臓に深刻な影響を与えることがあります。特に、日本において人工透析導入の最大の原因となっている糖尿病と、最も多くの患者さんがいる高血圧は、腎臓の健康を脅かす二大巨頭です。

これら二つの病気は、しばしば「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれます。なぜなら、初期段階ではほとんど自覚症状がないまま、静かに腎臓の機能を奪っていくからです。多くの方は、健康診断で血糖値や血圧の高さを指摘されても、「まだ痛くも痒くもないから」と放置してしまうことがあります。しかし、その間にも腎臓は確実にダメージを受け続けています。

心臓と腎臓は「心腎連関」と呼ばれるほど密接に関連しており、片方が悪くなるともう片方も悪化するという悪循環に陥りやすいのです。このセクションでは、なぜ糖尿病と高血圧が腎臓を傷つけるのか、そして最も重要な「どうすれば腎臓を守れるのか」について、最新のガイドラインに基づき、深く掘り下げて解説します。

糖尿病性腎症(DKD)とは:なぜ血糖値が腎臓を傷つけるのか?

糖尿病と診断され、血糖コントロールに日々励んでいる方にとって、「腎症」という言葉は非常に重く、不安を煽るものかもしれません。「血糖値の管理だけでも大変なのに、なぜ腎臓まで?」と感じるのは当然のことです。糖尿病性腎症(Diabetic Kidney Disease, DKD)は、高血糖状態が長期間続くことによって引き起こされる、腎臓の合併症です。

メカニズムを簡単に例えるなら、腎臓は「血液を濾過する非常に細かいフィルター(糸球体)」の集まりです。高血糖が続くと、血液はまるで「シロップ」のようにドロドロになります。この粘り気の高い血液が、繊細なフィルターを無理やり通過しようとすることで、フィルター自身が傷つき、徐々に硬くなってしまいます(糸球体硬化)。

初期の最も重要なサインは、「アルブミン尿」です。健康なフィルターは、体に必要なタンパク質(アルブミン)が尿に漏れ出るのを防いでいます。しかし、フィルターが傷つくと、その隙間からアルブミンが漏れ出てしまいます。これは、尿の泡立ちとして現れることもありますが、微量な段階では検査でしかわかりません。この段階では、まだ自覚症状はほとんどありません。

この「漏れ」を放置すると、次にフィルターの「詰まり」が進行します。傷つき硬化したフィルターは、老廃物を濾過する能力そのものを失っていきます。これが「eGFR(推定糸球体濾過量)の低下」として現れます。eGFRは、腎臓が1分間にどれだけの血液をきれいにできるかを示す数値で、腎機能の「成績表」とも言えます。

eGFRが低下し始めても、初期の段階(CKDステージ3aなど)ではまだ自覚症状はありません。しかし、腎機能の低下が進行し、G4、G5(末期腎不全)となると、むくみ、倦怠感、貧血、吐き気といった尿毒症の症状が現れ、最終的には透析や腎移植が必要となります。だからこそ、糖尿病と診断されたら、血糖値だけでなく、年に1回以上の「尿中アルブミン」と「eGFR」のチェックが不可欠なのです。

高血圧性腎障害(腎硬化症):なぜ血圧が腎臓を壊すのか?

高血糖が「シロップ」なら、高血圧は「高圧洗浄機」に例えられます。腎臓のフィルター(糸球体)は、非常に繊細な毛細血管の塊です。持続的に高い圧力がかかると、その手前にある細い動脈(腎小動脈)は、圧力に耐えようとして壁が厚く、硬くなっていきます。これが「腎硬化症」です。

動脈が硬くなると、その先にあるフィルターへの血流がスムーズに流れなくなります。十分な血液(酸素や栄養)が届かなくなったフィルターは、徐々に酸欠状態に陥り、やがて硬化し、機能しなくなってしまいます(糸球体硬化)。高血圧が腎臓を傷つけるメカニズムは、このようにジわジわと血流を途絶えさせることで進行します。

糖尿病性腎症が初期から「タンパク尿(アルブミン尿)」という分かりやすいサインを出すことが多いのに対し、高血圧性腎障害は、初期にはタンパク尿が軽度であることも少なくありません。そのため、診断が遅れがちになる危険性があります。多くの場合、他の腎臓病(腎炎など)の可能性を除外した上で、臨床的に「高血圧性腎硬化症」と診断されます。

さらに恐ろしいのは、「悪循環」です。腎臓は、血圧を調節するホルモン(レニンなど)を分泌する重要な臓器です。その腎臓が血流不足に陥ると、「もっと血液を送ってくれ!」と勘違いし、血圧を上げるホルモンを過剰に分泌してしまいます。これにより、さらに高血圧が悪化し、腎臓がさらに傷つく…という負のスパイラルに陥るのです。これが、慢性腎臓病の合併症として心血管疾患が筆頭に挙げられる理由であり、心腎連関の核心部分です。

治療の核心:厳格な目標管理(血圧・血糖・塩分)

糖尿病性腎症も高血圧性腎障害も、一度硬化して失われた腎機能(eGFR)を元に戻すことは、現在の医療では非常に困難です。したがって、治療の最大の目標は「いかに進行を遅らせ、残った腎機能を守り抜くか」にかかっています。そのために最も重要なのが、「血圧」「塩分」「血糖」の3つの徹底的な管理です。

1. 最重要課題:血圧コントロール

腎臓を守る上で、血糖コントロール以上に重要とも言えるのが血圧の管理です。日本腎臓学会の最新ガイドライン(2023/2024年版)では、血圧の目標値が「タンパク尿(アルブミン尿)の有無」と「年齢」によって細かく設定されています。

  • タンパク尿(A2, A3分類)がある方

    目標:130/80 mmHg未満

    これは最も厳格な目標です。タンパク尿が出ているということは、フィルターがすでに高圧で傷ついている証拠です。フィルター内の圧力を下げるため、厳格な降圧が求められます。
  • タンパク尿がない(A1分類)方
    • 糖尿病も合併している場合目標:130/80 mmHg未満
    • 高血圧のみ(糖尿病なし)の場合目標:140/90 mmHg未満
  • 75歳以上の高齢者の方

    目標:まず150/90 mmHg未満を目指し、忍容性(ふらつきなどがないこと)があれば140/90 mmHg未満を検討します。

    高齢者の場合、血圧を下げすぎることによる転倒リスクも考慮し、安全性を優先します。

これらの数値は、単なる努力目標ではなく、腎臓の予後を左右する極めて重要な「治療目標」です。家庭血圧を毎日測定し、この数値を主治医と共有することが不可欠です。

2. 最難関の挑戦:塩分制限(1日6g未満)

血圧を下げる上で、薬と同じくらい強力なのが「食塩制限 1日6g未満」です。これは日本腎臓学会が強く推奨する目標値です。

なぜ塩分が悪いのでしょうか?体内の塩分(ナトリウム)が増えると、体はそれを薄めようとして水分を溜め込みます。その結果、体内を循環する血液量が増え、血圧が上がります。また、塩分自体が腎臓に直接的なダメージ(炎症や線維化)を与えることも分かっています。

しかし、ラーメンの汁を一杯飲めば5〜6g、梅干し1個で約2gの塩分が含まれる日本の食生活において、1日6g未満の達成は容易ではありません。「だし」の旨味を活かす、香辛料や酸味を利用する、加工食品を避けるといった具体的な工夫が必要です。腎臓病の食事ガイドを参考に、管理栄養士と相談しながら取り組むことが成功の鍵です。

3. 血糖コントロール(HbA1c)

糖尿病性腎症の進行を抑えるには、もちろん血糖コントロールも重要です。一般的にHbA1c 7.0%未満が目標とされますが、これは年齢や低血糖のリスク、CKDのステージによって個別化されます。腎機能が低下すると、低血糖を起こしやすくなる薬もあるため、主治医と密に連携する必要があります。

現代の腎保護薬:RAS阻害薬・SGLT2阻害薬・MRAの「3本柱」

生活習慣の改善は治療の土台ですが、現在の腎臓病治療は、腎機能の低下を積極的に抑え込む「腎保護薬」の登場によって劇的に進歩しました。特に「RAS阻害薬」「SGLT2阻害薬」「非ステロイド性MRA」は、現代の治療における3本柱と言えます。

  1. 第一の柱:RAS阻害薬(ACE阻害薬 / ARB)

    これは、タンパク尿が出ている方や糖尿病を持つ方における「基礎」となる薬です。ロサルタン(ニューロタン)やオルメサルタン(オルメテック)などのARB、エナラプリル(レニベース)などのACE阻害薬がこれにあたります。

    これらの薬は、全身の血圧を下げるだけでなく、腎臓のフィルター(糸球体)内部の圧力(糸球体内圧)を直接下げる作用があります。フィルターへの負担を軽減し、タンパク尿の「漏れ」を減らすことで、腎臓を強力に保護します。

    注意点:ACE阻害薬とARBの2剤を併用することは、副作用(特に高カリウム血症)のリスクが高まるため、国際的にも推奨されていません
  2. 第二の柱:SGLT2阻害薬

    これは、近年の腎臓病治療における「ゲームチェンジャー」とも呼ばれる薬です。ダパグリフロジン(フォシーガ)やエンパグリフロジン(ジャディアンス)などが含まれます。

    元々は糖尿病治療薬として開発され、尿中に糖を排出させることで血糖値を下げます。しかし、その後の大規模臨床試験(DAPA-CKDなど)で、糖尿病の有無にかかわらず、CKD患者さんの腎機能低下を強力に抑制し、心不全のリスクも下げることが証明されました。

    現在では、RAS阻害薬に次いで、あるいは併用して、早期から使用される標準的な腎保護薬と位置づけられています。
  3. 第三の柱:非ステロイド性MR拮抗薬(フィネレノン)

    フィネレノン(ケレンディア)は、この3本柱の中で最も新しい薬です。

    これは、腎臓の「炎症」と「線維化(硬くなること)」を直接ターゲットにする薬です。2型糖尿病を合併するCKD患者さんにおいて、RAS阻害薬などを使用中でもなおアルブミン尿が残る場合に、追加で用いることが承認されています。

    注意点:この薬も血中のカリウム値を上昇させる可能性があるため、定期的な血液検査によるカリウム値のモニタリングが必須です。

これらの腎不全に効果的な薬を適切に組み合わせ、血圧やタンパク尿をコントロールすることで、腎機能の低下速度を緩やかにすることが現代の治療戦略です。また、腎機能が低下すると貧血(腎性貧血)も合併しやすいため、造血薬(ESA製剤など)による治療も並行して行われます。

自己管理と受診のタイミング:危険なサインを見逃さない

糖尿病性腎症や高血圧性腎障害との付き合いは、長期戦です。医師や薬剤師、管理栄養士がチームとしてサポートしますが、主役は患者さんご自身です。日々の自己管理が、将来の腎臓を守る最大の力となります。

推奨される自己管理:

  • 家庭血圧の測定:朝と晩の2回、決まった時間に測定し、記録します。これが治療方針を決める最も重要な情報源です。
  • 体重測定:毎日決まった時間(起床時など)に測定します。1〜2日で2kg以上急に増える場合は、体内に水分が溜まっている(うっ血)サインかもしれません。
  • むくみのチェック:夕方になると足のスネを指で押してみて、跡が残らないか(浮腫)を確認します。
  • 食事(塩分)の記録:食べたものを記録し、塩分摂取量を見直します。

そして、最も重要なのは「危険なサイン」を見逃さないことです。慢性腎不全はゆっくり進行しますが、時に急激に悪化することがあります(急性腎障害のオンセット)。

すぐに医療機関を受診すべき危険なサイン(レッドフラグ):

  • 急激な尿量の減少(乏尿・無尿):普段より明らかにおしっこの量が減った、または全く出ない場合。これは急性腎障害(AKI)の可能性があります。
  • 急な体重増加と呼吸困難:横になると息苦しい、咳が止まらない場合。心不全や水分過多(肺水腫)が疑われます。
  • 意識障害・強い倦怠感:ろれつが回らない、ひどい吐き気、体がだるくて起き上がれない場合。尿毒症や高カリウム血症が進行している可能性があります。
  • 制御不能な高血圧:収縮期血圧が180 mmHgを超えるような異常な高血圧が続く場合(高血圧緊急症)。

これらの生活習慣病による腎障害は、自覚症状が出た時にはすでに進行していることが多い、手強い病気です。しかし、早期に発見し、血圧・塩分・血糖を適切に管理し、現代の腎保護薬を正しく使用すれば、末期腎不全への進行を大幅に遅らせることが可能です。ご自身の腎臓の状態(eGFRとアルブミン尿)を正確に把握し、根気強く治療を続けることが何よりも大切です。こうした腎臓の管理は、妊娠中など、さらに特別な配慮が必要となる状況もあります。

妊娠と腎臓・尿路の病気(妊娠腎・妊娠中の尿路感染症)

妊娠は、女性の生涯において最も喜ばしく、同時に最もダイナミックな身体的変化を経験する時期の一つです。前節までで解説した糖尿病や高血圧といった基礎疾患は、妊娠中の腎臓管理において重要な要素ですが、妊娠という状態そのものが、腎臓と尿路(尿管、膀胱、尿道)に特有の変化と負荷をもたらします。

お腹の赤ちゃんを育むため、母体の血液量は増加し、腎臓は「2人分」の老廃物を濾過するためにフル稼働します。この劇的な変化は、時に尿路感染症(UTI)や、より重篤な腎盂腎炎のリスクを高めることになります。ここでは、妊娠中に腎臓と尿路で何が起こっているのか、なぜ感染症に注意が必要なのか、そして安全な妊娠期間を過ごすための管理法について、国際的なガイドラインに基づき詳しく解説します。

妊娠で腎機能はどう変わる?(生理的変化)

妊娠が成立すると、母体は胎児の成長を最優先にサポートするため、全身のシステムを調整し始めます。腎臓も例外ではありません。腎臓の主な役割は血液を濾過することですが、妊娠中は胎児の老廃物も処理する必要があるため、この濾過能力が劇的に向上します。

  • 腎血流量と糸球体濾過量(GFR)の増加: 妊娠初期から、腎臓を通過する血液量と、血液を濾過する能力(GFR)は、非妊娠時の約1.5倍(40-60%増)にまで上昇します[1]。これは、母体と胎児の両方の代謝産物を効率よく排出するための適応です。
  • 血清クレアチニンの低下: GFRが上昇するため、老廃物であるクレアチニンの濾過効率も上がります。その結果、妊婦の血清クレアチニン値は、非妊娠時の女性よりも低い値(例:0.4-0.8 mg/dL程度)を示すのが正常です[7]
  • 尿管・腎盂の拡張(生理的水腎症): 妊娠中はプロゲステロンというホルモンの影響で、尿管などの平滑筋が弛緩(ゆるむ)します。さらに、週数が進むと大きくなった子宮が物理的に尿管を圧迫します(特に右側が多い)。これにより、腎臓で作られた尿が膀胱へ流れにくくなり、尿管や腎盂(じんう)が引き伸ばされて拡張します[8]これは「生理的水腎症」と呼ばれ、病的なものではありませんが、尿の流れが停滞する(尿停滞)原因となります。

この「尿停滞」こそが、妊娠中に尿路感染症が起こりやすくなる最大の要因です。流れの悪い水路に藻が発生しやすいように、停滞した尿は細菌が繁殖するための絶好の温床となってしまうのです。

無症候性細菌尿(ASB)はなぜ治療が必要か

妊娠中に最も注意すべき尿路の問題の一つが「無症候性細菌尿(ASB: Asymptomatic Bacteriuria)」です。「無症候性」という名前の通り、排尿時痛、頻尿、残尿感といった膀胱炎の症状が全くないにもかかわらず、尿の中に一定量以上の細菌が存在する状態を指します。

「症状がないなら、放置しても良いのでは?」と思うかもしれません。実際、妊娠していない健康な女性の場合、ASBは必ずしも治療対象とはなりません。しかし、妊娠中においては話が全く別です。妊婦の約2~10%にASBがみられると報告されています[11]

妊娠中にASBを治療せずに放置すると、前述の「生理的水腎症」による尿の停滞が原因で、細菌が尿管を逆流して腎臓に達しやすくなります。その結果、治療しなかった場合、ASBの妊婦のうち約20~35%が、高熱や背部痛を伴う重篤な「急性腎盂腎炎」を発症するとされています[10][3]。これは、一般的な膀胱炎とは比べ物にならないほど深刻な状態で、敗血症(全身の感染症)や早産、低出生体重児のリスクにもつながります。

幸いなことに、ASBの段階で適切に抗菌薬治療を行えば、急性腎盂腎炎への移行リスクを1~4%程度にまで激減させることができます[10]。これが、症状がなくてもASBの治療が強く推奨される理由です。

妊娠初期の尿培養スクリーニングの重要性

ASBは症状がないため、本人が気づくことはできません。そのため、妊婦健診におけるスクリーニング検査が不可欠です。

世界保健機関(WHO)をはじめとする多くの国際的なガイドラインは、すべての妊婦に対して、妊娠初期(通常は初回の妊婦健診時)に1回、尿培養検査によるASBのスクリーニングを行うことを推奨しています[2]

妊婦健診で毎回行う尿試験紙(ディップスティック)検査では、尿中の白血球や亜硝酸塩を見て感染の「疑い」を調べることはできますが、ASBを見逃す可能性があります。一方、「尿培養検査」は、採取した尿を検査室で数日間培養し、細菌が実際に存在するか、また存在する場合はその種類と量を特定する精密検査です。この検査で陽性と判定された場合に、適切な抗菌薬治療が開始されます。

妊娠中UTIの抗菌薬:安全な選択と避けるべき薬

「妊娠中に薬を飲むこと」に強い不安を感じる方は少なくありません。しかし、尿路感染症、特にASBの治療は、薬を飲むリスクよりも、治療しないことで母体と胎児が重篤な感染症(腎盂腎炎)にさらされるリスクの方がはるかに高いと判断されます。

医師は、胎児への安全性が比較的確立されており、かつ原因菌に効果が期待できる抗菌薬を慎重に選択します。ASBまたは症状のある膀胱炎(下部UTI)の場合、治療期間は原則として7日間とされています[4]

妊娠中に比較的安全に使用される主な抗菌薬:

  • 第一世代セフェム系(例:セファレキシン): 多くのガイドラインで第一選択薬の一つとされています[5]
  • アモキシシリン: 感受性(薬が効くこと)が確認されれば使用されますが、近年は耐性菌も増えています。

使用に注意が必要な抗菌薬(時期による):

  • ニトロフラントイン: 妊娠初期・中期には広く使用されますが、妊娠末期(特に36週以降)は、新生児溶血性貧血のリスクがあるため避けるのが一般的です[5]
  • ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム): 妊娠初期(第1三半期)は胎児の葉酸代謝に影響する可能性があるため、妊娠末期は新生児の黄疸(核黄疸)のリスクがあるため、原則として使用を避けます[14]

原則として妊娠中は避ける抗菌薬:

  • フルオロキノロン系: 胎児の軟骨発育への影響が懸念されるため、妊娠期間中は原則として使用されません[13]

急性腎盂腎炎は入院が基本:点滴抗菌薬と母児リスク

もしASBや膀胱炎の段階で管理できず、細菌が腎臓に達して急性腎盂腎炎を発症した場合、これは「待ったなし」の緊急事態です。妊娠中の急性腎盂腎炎は、非妊娠時よりも急速に重症化しやすいため、原則として入院治療が必要となります[6]

急性腎盂腎炎の警告サイン(レッドフラグ):

  • 38℃以上の高熱
  • 悪寒(ガタガタと震える寒気)
  • 片側または両側の背中や腰の強い痛み(腰痛とは異なる激しい痛み
  • 吐き気、嘔吐
  • 全身の強い倦怠感

これらの症状は、腎臓からの危険信号であり、感染が血液中に入り込む敗血症(Sepsis)に移行するリスクがあります[17]。妊娠中の敗血症は、早産や胎児機能不全など、母児ともに極めて危険な状態を引き起こす可能性があります[18]

入院後は、脱水を補正するための点滴(補液)とともに、広範囲の細菌に有効な抗菌薬(多くは第3世代セフェム系)の静脈内投与(点滴)が直ちに開始されます。通常、解熱し全身状態が改善した後に、経口(内服)の抗菌薬に切り替え、合計で10~14日間の治療が行われます[12]

治癒確認(Test of Cure)と再発予防

妊娠中の尿路感染症治療において、非常に重要なのが「治癒確認」です。症状が消えたからといって安心はできません。再発を防ぐため、抗菌薬の内服を終了してから約1週間後に、再び尿培養検査(Test of Cure)を行い、細菌が完全に消失したことを確認する必要があります[15]

一度ASBやUTIを起こした妊婦は、妊娠期間中に再発するリスクが高いため、英国のガイドラインなどでは、その後も分娩まで定期的に(例:毎月)尿培養検査で監視することが推奨される場合もあります[15]

日常生活での予防策も重要です[4]

  • 十分な水分摂取: 尿量を増やし、細菌を洗い流します。
  • 頻回な排尿: 尿を我慢せず、膀胱内に尿が停滞する時間を短くします。
  • 清潔の保持: 排尿・排便後は前から後ろに拭き、会陰部を清潔に保ちます。
  • 性交後の排尿: 性交によって尿道口から入る可能性のある細菌を洗い流します。

薬の不安を相談できる窓口

妊娠中に抗菌薬の服用が必要と診断されても、「本当に赤ちゃんは大丈夫だろうか」という不安が消えないことは、母親として当然の感情です。主治医の説明を受けてもなお疑問が残る場合、日本には専門の相談窓口があります。

国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」[16]は、厚生労働省の事業として、妊娠中・授乳中の薬の影響に関する情報提供や相談を無料で行っています。ここでは、最新の研究データに基づき、個々の状況に応じた薬剤のリスク評価を聞くことができます。不安を抱えたままにせず、こうした専門機関を活用することも、安心して治療を受けるための一つの方法です。

妊娠中の腎臓・尿路の管理は、母体の安全と胎児の健やかな発育の両方にとって不可欠です。適切なスクリーニングと迅速な治療が鍵となります。そして、これらの知識は、生まれてくる赤ちゃんの健康管理へと引き継がれていきます。小児期に見られる尿路の問題も存在するため、次のセクションでは、新生児や小児の腎臓・尿路の異常について詳しく見ていきましょう。

小児の腎臓・尿路異常(先天性疾患・夜尿症・膀胱尿管逆流症)

前節では妊娠中の腎臓・尿路の問題について触れましたが、お子さんの腎臓と尿路の病気は、成人のものとは異なる特徴を持ちます。特に小児期には、生まれつきの形態異常、発達段階に関連する問題、そして将来の腎機能に長期的な影響を及ぼす可能性のある病気が隠れていることがあります。ここでは、小児に特有の主要な3つのトピック:「先天性腎尿路異常(CAKUT)」、「夜尿症」、そして「膀胱尿管逆流症(VUR)」について、その原因、診断、そして最新の治療アプローチを詳しく解説します。

先天性腎尿路異常(CAKUT)とは?

先天性腎尿路異常(CAKUT:Congenital Anomalies of the Kidney and Urinary Tract)は、お子さんが生まれる前に、腎臓や尿管、膀胱、尿道が作られる過程で何らかの形態異常が生じる疾患群の総称です。「異常」という言葉に大きな不安を感じるかもしれませんが、これは非常に幅広い概念であり、症状がほとんどない軽微なものから、早期の治療介入が必要なものまで様々です。

日本では、小児の慢性腎臓病(CKD)の最大の原因となっており、ある報告では小児CKDの約7割をCAKUTが占めるとされています。代表的なものには、腎臓が正常より小さい「低形成腎」、腎臓の組織が正常に作られない「異形成腎」、尿の通り道が狭くなったり詰まったりすることで腎臓が腫れる「水腎症」などがあります。

多くの場合、妊娠中の胎児超音波検査で「腎臓が腫れている(水腎症)」と指摘されることで発見のきっかけとなります。出生後、改めて超音波検査や血液検査を行い、その形態や腎機能の評価を行います。特に重症のCAKUTが疑われる場合、出生直後の血液中のクレアチニン(老廃物の一種)の値が、その後の腎機能の経過を予測する重要な指標となり得ることがわかっています。CAKUTの管理で最も重要なのは、お子さんの成長とともに腎機能がどのように変化していくかを長期的にフォローアップすることです。日本腎臓学会のCKD診療ガイドラインでも、小児CKDの管理の重要性が強調されており、水腎症などの症状の有無にかかわらず、専門医による定期的な評価が不可欠です。

夜尿症(おねしょ):「いつかは治る」と待つべきか?

「おねしょ(夜尿症)」は、多くのお子さんやご家族が経験する問題です。医学的には、5歳を過ぎても月に数回以上の頻度で夜間の睡眠中に尿が漏れてしまう状態を「夜尿症」と定義します。多くは成長とともに自然に改善していきますが、ご本人やご家族の生活の質(QOL)に大きな影響を与えることも少なくありません。

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ご家族が最も悩むのは、「いつ医療機関に相談すべきか」という点でしょう。日本の夜尿症診療ガイドライン[cite: 1]では、7歳を過ぎても続く場合や、以下の特徴がある場合には、一度専門医に相談することを推奨しています。

  • 日中にも頻尿や尿失禁(おもらし)がある
  • 一度おねしょが治っていたのに、再び始まった(二次性夜尿)
  • 便秘や睡眠時無呼吸症候群など、他の病気が疑われる

治療の基本は、まず生活指導です。「寝る前に必ずトイレに行く」「夕食以降の水分摂取を控える(特にカフェインや糖分の多いもの)」「便秘を治療する」といった対策を徹底します。日中のおしっこの我慢も、膀胱の訓練としては重要ですが、過度な我慢は逆効果になるためバランスが必要です。

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生活指導で改善しない場合、次のステップとして「アラーム療法」や「薬物療法(デスモプレシン)」が選択されます[cite: 1]。アラーム療法は、パンツに取り付けたセンサーが尿漏れを感知するとアラームが鳴り、お子さん自身が「膀胱がいっぱいになった」感覚を学習する方法です。家族の協力が不可欠ですが、副作用が少なく、再発率が低いとされています。一方、デスモプレシンは夜間の尿量を減らすホルモン剤で、即効性がありますが、水中毒などの副作用に注意が必要です。どちらの治療法も有効性が示されており、お子さんの状況やご家族の希望に応じて選択されます。

膀胱尿管逆流症(VUR)と繰り返す尿路感染症

膀胱尿管逆流症(VUR)は、通常は一方通行であるべき尿が、膀胱から尿管や腎臓へ逆流してしまう病態です。VUR自体が直接的な症状を引き起こすことは稀ですが、最大の問題は「発熱性尿路感染症(腎盂腎炎)」を繰り返しやすくなることです。

膀胱内の細菌が逆流によって腎臓まで達し、腎盂腎炎を引き起こします。この腎盂腎炎を繰り返すと、腎臓の組織がダメージを受けて「腎瘢痕(じんぱんこん)」と呼ばれる傷跡が残ることがあり、これが将来的な高血圧や腎機能障害の原因となり得ます。そのため、特にお子さんが発熱を伴う尿路感染症を繰り返す場合、VURの存在を疑って検査を進めます。

診断には、超音波検査のほか、排尿時膀胱尿道造影(VCUG)という造影剤を使ったレントゲン検査で逆流の有無と程度(グレード)を評価します。また、腎臓へのダメージ(腎瘢痕)を評価するためにDMSA腎シンチグラフィーという核医学検査が行われることもあります。これらの腎機能検査は、治療方針を決定する上で非常に重要です。

治療方針は、逆流のグレードや年齢、尿路感染症の頻度によって異なります。軽度(グレードI〜II)の場合は、成長とともに自然に改善することが多いため、生活指導(排尿習慣、便秘治療)を行いながら経過を見ます。中等度以上(グレードIII〜V)や尿路感染症を繰り返す場合には、抗菌薬の予防内服(CAP)が行われることがあります。RIVUR試験という大規模な臨床研究では、CAPが尿路感染症の再発リスクを約半分に減らすことが示されましたが、腎瘢痕の新たな発生を完全に防ぐ効果は限定的であることも報告されています。そのため、CAPの適応は慎重に判断され、英国のNICEガイドラインなどでは、再発を繰り返す場合や腎瘢痕のリスクが高い場合に手術(逆流防止術)も選択肢として考慮されます。

受診の目安とご家庭での注意点

お子さんの腎臓・尿路の異常を見逃さないためには、日頃の観察が重要です。特に以下の「レッドフラグ(危険な兆候)」が見られる場合は、速やかに小児科を受診してください。

    • 発熱を伴う排尿時痛や不快感:特に乳幼児が機嫌悪く泣き、尿の臭いが強い、色が濁る場合は、発熱性尿路感染症(腎盂腎炎)の可能性があります。
    • 血尿や、尿が出にくい様子:結石や閉塞、重度の感染が疑われます。
    • まぶたや足のむくみ、体重がなかなか増えない:腎機能が低下しているサイン(ネフローゼ症候群やCKD)かもしれません。

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  • 一度治ったおねしょが急に再発した:ストレスや生活環境の変化だけでなく、糖尿病や尿崩症などの内分泌疾患が隠れている可能性もあります [cite: 1]。

夜尿症やVURの管理において、ご家庭で最も重要なのは「排便コントロール」と「排尿習慣」です。便秘は膀胱を圧迫し、排尿障害や尿路感染症の大きなリスク因子となります。また、学校などでトイレを我慢しすぎる習慣も膀胱の機能を損なうため、時間を決めてトイレに行くよう促す(定時排尿)ことが予防につながります。小児期の腎臓・尿路の問題は、将来の腎機能という「一生の財産」に関わります。気になる兆候があれば、「そのうち治る」と自己判断せず、かかりつけの小児科医に相談することが、次のステップ(腎不全や透析治療)に進ませないための第一歩となります。

腎不全の段階と人工透析・腎移植の選択

これまでのセクションでは、腎臓や尿路に起こるさまざまな病気について解説してきました。ここでは、それらの病気が進行し、腎臓の機能が日常生活を維持できないレベルまで低下した状態、すなわち「末期腎不全(End-Stage Renal Disease: ESRD)」に焦点を当てます。この段階に至ると、自身の腎臓の代わりとなる治療、すなわち「腎代替療法(RRT)」が必要となります。これは、人工透析や腎移植といった、生涯に関わる重大な選択を迫られる時期でもあります。

「腎不全」「透析」といった言葉を聞くと、多くの方が強い不安や恐怖を感じ、先の見えない暗い気持ちになるかもしれません。しかし、現代医療において、腎代替療法は「終わり」ではなく、生活の質を維持しながら社会生活を続けるための「新しい始まり」と捉えられています。どのような選択肢があり、それぞれにどんな特徴があるのか、そして自分にとって何が最適なのかを深く理解することが、不安を和らげ、前向きに治療と向き合うための第一歩となります。

腎不全の最終段階「CKDステージG5」とは?

腎臓の機能低下は、多くの場合、ゆっくりと進行します。この進行度を示す世界共通の尺度が「慢性腎臓病(CKD)」のステージ分類です。これは、腎臓が1分間にどれくらいの血液をろ過できるかを示す「eGFR(推算糸球体ろ過量)」という値に基づいて、G1(正常または高値)からG5(末期腎不全)までの5段階に分けられます。

このうち、CKDステージG5とは、eGFRが15 mL/分/1.73m² 未満の状態を指します[1]。これは、健康な腎臓の機能が15%未満にまで低下したことを意味し、腎臓が体内の老廃物や余分な水分を十分に排泄できなくなった状態です。この段階に至ると、腎代替療法の導入が現実的な選択肢として検討されます。

ただし、「ステージG5になったら、すぐに透析を始めなければならない」というわけではありません。これはあくまで「準備を開始する段階」と理解することが重要です。医師は、eGFRの値だけでなく、患者さん自身の体調や症状、合併症の有無などを総合的に判断して、最適な治療開始時期を探っていきます。初期の腎不全の段階から適切な管理を続けることが、このG5ステージに至るまでの時間をできるだけ引き延ばす鍵となります。ステージG3(eGFR 30~59)の段階でも、CKDステージ3の治療法を遵守し、進行を遅らせる努力が重要です。しかし、一度ステージG5に至ると、末期腎不全ステージ5としての具体的な治療計画が必要になります。

透析開始のタイミング:「いつから」始めるべきか

患者さんやご家族にとって、最も大きな関心事の一つが「透析はいつから始めるのか」という点でしょう。かつてはeGFRの値(例えば10を切ったら)を目安に開始する考え方もありましたが、現在は国際的なガイドラインでも、eGFRの値だけで開始時期を決めるべきではないとされています[4]。

最も重要な判断基準は、**「尿毒症(にょうどくしょう)」に基づく症状**です[5]。尿毒症とは、腎機能の低下によって体内に老廃物や毒素が蓄積し、全身にさまざまな悪影響を及ぼす状態を指します。具体的には、以下のような症状が現れます。

  • 消化器症状: 食欲不振、吐き気、嘔吐、口の中が臭う(アンモニア臭)、味覚異常(金属のような味)
  • 精神・神経症状: 倦怠感、集中力の低下、不眠、日中の眠気、イライラ、頭痛、手足のしびれ
  • 皮膚症状: 治りにくい強いかゆみ、皮膚の乾燥、色素沈着
  • 体液貯留: むくみ(浮腫)、体重の増加、息切れ、呼吸困難(肺水腫)、高血圧

これらの腎臓からの危険信号が日常生活や社会生活に支障をきたすようになった場合、透析の開始が強く推奨されます。また、症状がはっきりしなくても、血液検査でコントロール不能な高カリウム血症や重度の代謝性アシドーシス(体が酸性に傾く状態)が続く場合も、命に関わる不整脈などを防ぐために透析が必要です[5]。

症状がない場合でも、一般的にはeGFRが5~7 mL/分/1.73m² 前後になると、将来的なリスクを考慮して透析の開始が検討されます[4]。

一方で、透析そのものの準備は、もっと早い段階から始める必要があります。多くのガイドラインでは、eGFRが20 mL/分/1.73m² 未満になった時点で、患者さんやご家族への十分な情報提供(教育)を開始し、後述する血液透析のためのシャント(内シャント)作成や、腎移植の評価を始めることが推奨されています[2]。これにより、いざ透析が必要になった時に、慌てずにスムーズに治療へ移行できます。腎機能の低下は慢性腎臓病の合併症を伴うことが多いため、これらの管理と並行して準備が進められます。

腎代替療法の選択肢①:血液透析(HD)

血液透析(Hemodialysis: HD)は、日本で最も多くの患者さん(約34万人以上[8])が受けている治療法です。これは、血液を体外に取り出し、「ダイアライザー」と呼ばれる人工のフィルター(人工腎臓)を通して老廃物や余分な水分を除去し、浄化された血液を再び体内に戻す方法です[7]。

一般的に、週3回(月・水・金または火・木・土)、1回あたり約4時間、病院やクリニックなどの医療機関に通院して治療を受けます[7]。この治療を安全かつ効率的に行うため、通常は事前に腕の血管(動脈と静脈)をつなぎ合わせる「内シャント(AVF)」と呼ばれる手術が必要です。これにより、透析に必要な十分な血液量を確保できる太い血管を作ります。

血液透析の利点は、医療スタッフが治療のすべてを行ってくれるため、自己管理の負担が比較的少ないこと、そして定期的な通院により医療者との接点が多く、体調の変化に気づいてもらいやすいことです。一方、欠点としては、週3回の通院が必須であるため、時間的な制約が大きいこと、治療中の数時間はベッド上で過ごす必要があること、そして治療後に一時的な倦怠感(透析疲れ)を感じることがある点などが挙げられます。また、日本では導入が限られていますが、機械を自宅に設置して行う「在宅血液透析(HHD)」という選択肢もあります[9]。

腎代替療法の選択肢②:腹膜透析(PD)

腹膜透析(Peritoneal Dialysis: PD)は、自分自身のお腹の中にある「腹膜(ふくまく)」をフィルターとして利用する治療法です。腹膜とは、胃や腸などの内臓を覆っている薄い膜で、毛細血管が豊富に存在します。この腹膜の性質を利用し、お腹に埋め込んだ専用のカテーテルから透析液を入れ、一定時間(4~8時間)溜めておくことで、血液中の老廃物や余分な水分が透析液側に移動します。その後、老廃物を含んだ透析液を排出し、新しい透析液と交換します[7]。

この治療は、基本的に毎日、自宅や職場、学校など、清潔な場所であればどこでも自分で行うことができます。交換方法には、日中に3~5回、手動で透析液を交換する「CAPD(連続携行式腹膜透析)」と、夜間寝ている間に専用の機械が自動的に交換を行う「APD(自動腹膜透析)」があります[7]。

腹膜透析の最大の利点は、通院が月1~2回程度と少なく、在宅での生活の自由度が高いことです。そのため、仕事や学業、趣味などを続けやすいとされています。また、血液透析に比べてゆっくりと時間をかけて老廃物を除去するため、体への負担が少なく、残っている腎機能(残腎機能)を長く保ちやすいという利点もあります。一方で、自分自身または家族が操作をすべて行う必要があり、カテーテルの出口からの感染や腹膜炎のリスクが常に伴います。また、長期間(5~10年程度)続けると腹膜の機能が低下し、血液透析への移行が必要になる場合があります。

腎代替療法の選択肢③:腎移植

腎移植は、ドナー(臓器提供者)から健康な腎臓の提供を受け、手術によって体内に移植する治療法です。これは、失われた腎機能を根本的に回復させる唯一の治療法であり、多くの適応患者にとって、透析よりも優れた生命予後(長生きできる可能性)と生活の質(QOL)をもたらします[11]。

実際に、米国のデータ(USRDS)によれば、透析患者の死亡率が1,000人年あたり187.7であるのに対し、腎移植患者の死亡率は74.3と、半分以下であることが示されています[10]。透析から解放されることで、食事や水分の制限が大幅に緩和され、旅行や運動なども含めて、ほぼ健康な人と同じ生活を送ることが可能になります。

腎移植には、亡くなった方から提供を受ける「献腎移植」と、健康な家族や親族(配偶者含む)から提供を受ける「生体腎移植」の2種類があります。

  • 生体腎移植: 日本では腎移植の多くを占めています。ドナーが見つかれば、比較的短期間で手術の計画を立てることができます。
  • 献腎移植: 日本臓器移植ネットワークに登録して待機しますが、日本のドナー不足は深刻で、腎臓移植の平均待機期間は約14.5年(2021年時点の目安)と非常に長いのが現状です[13]。

最も理想的なのは「先行的腎移植(せんこうてきじんいしょく)」と呼ばれる方法です。これは、血液透析や腹膜透析を一切経験することなく、腎不全が進行した段階で(透析導入前に)腎移植を受ける方法です[12]。透析による体への負担や合併症を回避できるため、移植後の腎臓の生着率や生命予後が最も良いとされています[11]。生体ドナーが見つかる場合は、この先行的腎移植を第一に検討することが強く推奨されます。

選択肢④:保存的腎臓療法(透析を選ばない選択)

腎代替療法には大きなメリットがありますが、すべての人にとって最善の選択とは限りません。特に、ご高齢の方や、心臓病、がんなど、他の重篤な併存疾患を多く抱えている方にとって、透析治療そのものが体に大きな負担となり、かえってQOL(生活の質)を低下させてしまう可能性もあります。

このような場合に、患者さんやご家族の価値観に基づき、あえて透析や移植を行わず、症状緩和を最優先にする医療を選択することも、尊重されるべき一つの「治療」です。これを「保存的腎臓療法(Conservative Kidney Management: CKM)」と呼びます[9]。

これは「治療を放棄する」ことでは決してありません。医師、看護師、栄養士などの専門家チームが連携し、薬物療法(腎性貧血の治療など)、食事療法、水分管理などを駆使して、尿毒症による苦痛(息苦しさ、かゆみ、吐き気など)をできる限り和らげ、最期の時までその人らしい生活が送れるよう支援する、積極的な医療的ケアです[9]。

意思決定(SDM):あなたにとって最適な選択とは

血液透析、腹膜透析、腎移植、そして保存的腎臓療法。これら4つの腎不全の治療選択肢に、絶対的な「正解」はありません。医学的な適応(移植が受けられるか、お腹の手術歴がないか等)はもちろんですが、それ以上に「患者さん自身がどのような生活を送りたいか」という価値観が最も重要になります。

このプロセスを「Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)」と呼びます。医師は医学的な情報(各治療法の利点・欠点・予後)を提供し、患者さんはご自身の生活(仕事、家庭、趣味、大切にしたい時間)に関する希望を伝えます。そして、両者が対話を重ね、一緒に最善の道を選んでいきます[4]。

例えば、以下のような点を考えてみましょう。

  • 仕事や学業を最優先したいか? → 在宅でのPDや、先行的腎移植が有利かもしれません。
  • 自己管理に自信がない、医療者に任せたいか? → 施設でのHDが安心かもしれません。
  • 通院の負担を減らしたいか? → PDや腎移植が有利です。
  • 手術(シャント作成、カテーテル留置、移植)への抵抗感は?
  • 家族のサポートはどれくらい期待できるか?

この重要な対話は、eGFRが20を下回り、準備段階に入った時点から始めることが理想です[2]。ご自身の人生観に基づき、納得のいく選択をすることが、これからの長い透析生活や移植後の人生の質を大きく左右します。医師や医療スタッフに、ご自身の希望や不安を遠慮なく伝えてください。

どの治療法を選択するにせよ、あるいは保存的療法を選ぶにせよ、慢性腎臓病の進行を管理し、QOLを維持するために共通して不可欠な要素が「食事療法」と「生活改善」です。透析患者さんのための食事療法には、HDやPDといった治療法に応じた特有の注意点があり、厳密な食事管理が求められます。次のセクションでは、この重要な食事療法と生活改善について、詳しく掘り下げていきます。

食事療法と生活改善(減塩・たんぱく質・水分制限・サプリの是非)

前節では、腎機能が低下した際の腎代替療法(透析や腎移植)について詳しく見てきました。しかし、透析や移植に至る前の「保存期」と呼ばれる段階、あるいは透析導入後や移植後においても、腎臓の負担を最小限に抑え、合併症を防ぐための基盤となるのが「食事療法」と「生活改善」です。

「腎臓病の食事」と聞くと、「あれもダメ、これもダメ」という厳しい制限を想像し、不安になる方が非常に多いかもしれません。「何を食べたら良いのか分からない」「楽しみが奪われてしまう」と感じることもあるでしょう。しかし、食事療法は単なる「制限」ではなく、残された腎機能を守り、より良い体調で長く生活するための「戦略的な調整」です。このセクションでは、日本腎臓学会のガイドライン[1]や最新の研究に基づき、食事療法の核となる「減塩」「たんぱく質」「水分」、そして見落としがちな「サプリメント」の考え方について、その理由と実践のコツを深く掘り下げて解説します。

CKDの減塩目標は「6 g/日未満」— なぜそれが最優先か

腎臓病の食事療法において、最も重要かつ最優先で取り組むべき課題が「減塩」です。日本腎臓学会の「CKD診療ガイドライン2023」では、慢性腎臓病(CKD)患者さんに対し、性別や年齢を問わず1日6g未満の食塩制限を推奨しています[1]。

なぜ減塩がこれほど重要なのでしょうか。その理由は大きく二つあります。

  1. 血圧のコントロール:
    腎機能が低下すると、体内の余分な塩分(ナトリウム)と水分を尿として排泄する能力が落ちます。塩分が体内に溜まると、それを薄めようとして血液中の水分量が増え、結果として血圧が上昇します。高血圧は、腎臓の細い血管(糸球体)に強い圧力をかけ、腎機能の悪化をさらに加速させる最大の危険因子の一つです。減塩は、この高血圧による腎臓へのダメージを防ぐための最も効果的な手段です。
  2. 尿蛋白の減少:
    減塩は、血圧を下げる効果とは別個に、尿中に出るたんぱく質(尿蛋白)を減らす効果があることも分かっています[1]。尿蛋白が多いほど腎機能の低下速度は速まるため、減塩によって尿蛋白を抑えることは、腎臓を直接保護することにつながります。

厚生労働省の調査[3]でも、日本人の食塩摂取量は依然として目標値を上回っており、特に外食や加工食品に依存しがちな現代の食生活では、意識的な減塩が不可欠です。ラーメンのスープを飲み干さない、漬物や干物を控える、ソースや醤油は「かける」のではなく「つける」といった小さな工夫から始めることが大切です。だし(旨味)、酸味(酢、レモン)、香辛料(こしょう、生姜)、香味野菜(しそ、みょうが)などを上手に使うことで、薄味でも満足感のある食事は可能です。まずは腎臓病の食事の基本を理解し、無理なく続けられる方法を見つけましょう。

たんぱく質は「制限」か「維持」か?病期で異なる最適量

減塩の次に重要なのが「たんぱく質」の管理です。たんぱく質は体を作る上で不可欠な栄養素ですが、摂取すると体内で分解され、「尿素窒素」などの老廃物が作られます。この老廃物を排泄するのが腎臓の役割であるため、たんぱく質の摂取量が多すぎると、腎臓はそれだけ多くの仕事を強いられ、疲弊してしまいます。

このため、透析に至っていない「保存期CKD」の患者さん(特にCKDステージ3以降や尿蛋白が多い方)には、腎機能の悪化を抑制するためにたんぱく質制限が推奨されます[1]。

しかし、ここには非常に重要な注意点があります。それは、「エネルギー(カロリー)不足を絶対に避ける」ということです。たんぱく質を減らした結果、総摂取カロリーまで減ってしまうと、体はエネルギー源を求めて自分自身の筋肉を分解し始めます。これでは老廃物が減らないばかりか、筋肉量が落ち、体力や免疫力が低下する「PEW(たんぱく質・エネルギー消耗状態)」や「サルコペニア」という危険な状態に陥ってしまいます[1]。

たんぱく質制限は、「十分なエネルギーを確保した上で」行う必要があります。自己流での極端な制限は非常に危険です。必ず医師や管理栄養士の指導のもと、目標量(例:標準体重あたり0.6〜0.8g/日)を定め、その分、脂質や炭水化物でエネルギーをしっかり補給することが求められます[1, 5-3]。

なお、前節で触れた血液透析や腹膜透析を導入した場合は、逆に透析によってたんぱく質(アミノ酸)が失われるため、制限は緩和され、むしろ「しっかり食べること」が推奨されます。病期によってたんぱく質の必要量は大きく変わるため、定期的な栄養指導が不可欠です。

カリウムとリンの管理:見落とされがちな「隠れリン」と調理のコツ

減塩とたんぱく質に加え、CKDが進行すると「カリウム」と「リン」の管理も必要になってきます。

カリウム(K)

カリウムは主に野菜や果物に多く含まれ、神経や筋肉の働きに不可欠なミネラルです。しかし、腎機能が低下するとカリウムが尿に排泄されにくくなり、血液中に蓄積して「高カリウム血症」を引き起こすことがあります。血清カリウム値が極端に高くなると(例:6.0 mEq/L以上)、不整脈や、最悪の場合は心停止を招く危険があります[1]。

ただし、「腎臓病=生野菜・果物禁止」と考えるのは早計です。高カリウム血症がなければ、野菜や果物に含まれるアルカリ性が、体内の酸性化(アシドーシス)を補正し、腎保護的に働く可能性も指摘されています[1]。大切なのは、血液検査で自身のカリウム値(目標値は4.0〜5.5 mEq/L程度[1])を把握することです。数値が高い場合は、カリウムの少ない果物を選んだり、野菜は生食を避け、細かく刻んでから「茹でこぼす(ゆで汁を捨てる)」または「水にさらす」ことで、カリウムを減らす調理の工夫 [8] が有効です。

リン(P)

リンは骨や歯を作る重要なミネラルですが、腎機能が低下すると排泄されず、血液中に溜まります。高リン血症は、骨がもろくなる「腎性骨症」や、血管の石灰化(動脈硬化)を進め、心血管疾患のリスクを高める原因となります[8]。

リンはたんぱく質(肉、魚、卵、乳製品)に多く含まれますが、本当に注意が必要なのは、加工食品(インスタント麺、スナック菓子、ハム、ソーセージ)や清涼飲料水に含まれる「無機リン(食品添加物)」です。これら「隠れリン」は、天然の「有機リン」よりも腸からの吸収率が非常に高く、血清リン値を急激に上昇させます[8]。成分表示を見て「リン酸塩」などの記載がある食品は、なるべく避けることが賢明です。

水分摂取のパラドックス:「CKD(保存期)」と「尿路結石」で異なる指針

「腎臓のために水は多く飲むべきか、控えるべきか」— これは患者さんを最も混乱させる点の一つであり、答えは病態によって全く逆になります。

ケース1:CKD(保存期)の場合

「水をたくさん飲んで腎臓を洗い流す」という考えは、残念ながらCKDの進行抑制には有効であるという証拠がありません[2]。逆に、尿を出す能力が落ちているのに無理に水分を摂りすぎると、体内に水が溜まって「溢水(いっすい)」状態となり、むくみ(浮腫)、高血圧、心不全を引き起こす危険があります。
一方で、脱水も厳禁です。水分摂取が少なすぎると(例:1L/日未満)、腎臓への血流が減り、急性腎障害(AKI)を引き起こすリスクが高まります[2]。
結論として、CKD保存期でむくみがなく、尿量が保たれている場合は、「原則として水分制限は行わない」[2]、つまり「喉が渇いたときに適度に飲む」が基本です。1日1〜1.5 L程度の飲水量が、末期腎不全リスクが最も低いという観察研究もあります[2]。

ケース2:尿路結石の予防の場合

CKDとは対照的に、尿路結石の予防と再発防止において最も重要なのは、「十分な水分摂取」です[5]。目標は「尿を薄める」こと。尿が濃縮されると、結石の成分(シュウ酸カルシウムなど)が飽和して結晶化しやすくなります。1日の尿量が2〜2.5L程度になるよう、食事以外に1日2L以上の水分(主に水)を摂ることが推奨されます[4, 5]。どのような飲み物を選ぶかも重要ですが、まずは量を確保することが優先です[5]。

このように、ご自身の状態がCKDなのか、結石予防なのかによって水分の方針は180度異なります。腎臓に優しい飲み物を選びつつ、必ず主治医の指示に従ってください。

尿路結石のタイプ別食事戦略:シュウ酸・尿酸への対策

水分摂取と並び、尿路結石の予防には結石の「成分」に合わせた食事の調整が有効です。結石の成分は、尿検査や排出された結石を分析することで特定できます。

  • シュウ酸カルシウム結石(最も多いタイプ):
    「カルシウム結石」と聞くと、カルシウムを控えるべきだと誤解しがちですが、これは間違いです。食事から摂取するカルシウムは、腸管内でシュウ酸と結合し、便として排泄されるのを助けるため、むしろ結石予防に役立ちます[5]。乳製品や小魚など、食事から適正なカルシウムを摂ることが推奨されます。
    控えるべきは「シュウ酸」そのものです。ほうれん草、たけのこ、ナッツ類、紅茶、チョコレートなどに多く含まれるため、これらの過剰摂取を避ける必要があります[5]。
    また、「減塩」も非常に重要です。塩分を摂りすぎると、尿中へのカルシウム排泄量が増加し、結石ができやすくなるためです[7]。
  • 尿酸結石:
    高尿酸血症(痛風の原因)と関連が深く、尿が酸性に傾くとできやすくなります。レバーや魚卵などの「プリン体」を多く含む食品や、動物性たんぱく質の過剰摂取を控えることが基本です[5]。

結石のタイプに合わせた食事療法を実践し、再発予防に努めることが何よりも大切です。

サプリメントの「是非」:安易な使用に潜むリスク

「体に良いから」「不足しがちだから」と、サプリメントや健康食品を利用している方も多いかもしれません。しかし、腎機能が低下している場合や結石の既往がある場合、良かれと思って摂取したものが逆効果になるケースがあり、細心の注意が必要です[10, 11, 12]。

  • ビタミンC:
    風邪予防や美容のために高用量のビタミンCサプリメント(例:1,000 mg/日以上)を摂取している方もいますが、これは危険を伴います。体内で使いきれなかったビタミンCは「シュウ酸」に代謝されます。高用量の摂取は、高シュウ酸尿症を引き起こし、シュウ酸カルシウム結石のリスクを著しく高めることが報告されています[9]。CKD患者さんや結石既往者は、高用量のビタミンC摂取を避けるべきです。
  • クエン酸カリウム:
    尿中のクエン酸が少ない「低クエン酸尿症」による結石の再発予防には、尿をアルカリ化し結晶化を抑える「クエン酸カリウム」が医療用として処方されます[6]。これは有効な治療法ですが、当然ながら「カリウム」製剤です。腎機能が低下している方(CKD患者)が自己判断で使用すると、重篤な高カリウム血症を招く危険があり、禁忌です。
  • その他の健康食品:
    「パイナップルが石を溶かす」といった民間療法や、成分不明の「腎臓に良い」とうたう健康食品には科学的根拠がないものが多く、予期せぬミネラルの過剰摂取や腎障害につながる恐れもあります。

食事療法は、単に「減らす」ことだけではありません。適切な「質」と「量」を見極め、必要な栄養素は確保し、過剰なものを避けるというバランスの技術です。こうした腎臓に優しい食生活は、次のセクションで解説する運動療法や体重管理と組み合わせることで、その効果を最大化できます。不安な点は抱え込まず、必ず主治医や管理栄養士に相談してください。

再発予防とセルフケア(運動・体重管理・感染予防)

前節の食事療法に続き、ここでは腎臓や尿路の病気の再発を防ぐための、もう一つの重要な柱である「セルフケア」について詳しく解説します。特に「運動」「体重管理」、そして見落とされがちな「感染予防」は、腎臓の負担を減らし、健康な状態を長く維持するために不可欠です。

一度、腎臓や尿路のトラブルを経験すると、「またあの痛みが来るのではないか」「運動しても大丈夫だろうか」「生活で何を変えればいいのか」といった不安を抱える方も少なくありません。しかし、正しい知識に基づいたセルフケアを毎日続けることが、再発のリスクを確実に低減させます。ここでは、国内外のガイドラインに基づいた、今日から始められる具体的な実践方法を、その理由とともに見ていきましょう。

腎臓を守る運動習慣:なぜ「有酸素+筋トレ」が重要か

腎臓病の患者さんにとって、「運動はかえって体に負担ではないか」と心配になるかもしれません。しかし、厚生労働省のガイドライン(2023年版)英国国民保健サービス(NHS)などが推奨しているのは、適切な強度の運動が腎機能の維持に非常に有益であるということです。

なぜ運動が重要なのでしょうか。その最大の理由は、運動が腎臓病の進行を早める「高血圧」と「糖尿病」を強力にコントロールできるためです。運動は血管を広げて血圧を下げ、インスリンの効きを良くして血糖値を安定させます。これらはすべて、腎臓のデリケートなフィルター(糸球体)にかかる圧力を減らすことに直結します。

  • 有酸素運動:ウォーキング、軽いジョギング、水泳、サイクリングなど。血圧や血糖値の改善に効果的です。目標は「ややきつい」と感じる中等度の強度で、週に合計150分(例:30分×週5回)です。
  • レジスタンス運動(筋トレ):スクワット、腕立て伏せ(膝をついても可)、ダンベル体操など。筋肉量を維持・増加させることで、基礎代謝が上がり、血糖のコントロールが容易になります。週に2〜3回、無理のない範囲で行いましょう。

大切なのは「継続」です。激しい運動は必要ありません。自宅でできる簡単な体操から始め、まずは「座りっぱなしの時間」を減らすこと(例:30分に一度立ち上がる)から意識してみてください。ただし、心臓病や重度の腎不全がある場合は、必ず主治医に運動の強度と種類を相談してください。

体重管理の本当の意味:BMI25未満を目指す腎臓へのメリット

「体重管理」と聞くと、厳しい食事制限やダイエットを想像しがちですが、腎臓病における体重管理は「腎臓の仕事量を減らして、長持ちさせる」ための重要な戦略です。日本腎臓学会は、慢性腎臓病(CKD)患者の管理目標の一つとして、肥満の是正(BMI25未満)を挙げています。

肥満、特に内臓脂肪が増えると、体内で軽い「炎症」が持続します。この炎症が腎臓の組織を傷つける一因となります。さらに、肥満は高血圧や糖尿病の最大の危険因子であり、これらが腎機能低下のアクセルを踏んでしまいます。体重を適切にコントロールすることは、このアクセルから足を離すことに他なりません。

体重管理は、前節で解説した食事療法(特に減塩)と、今述べた運動習慣の組み合わせによって達成されます。急激な減量は腎臓に負担をかけることもあるため、月1〜2kg程度の緩やかな減量を目指しましょう。CKDのステージに応じた適切なエネルギー摂取と栄養バランスを守りながら、身体活動を増やすことが、腎臓に優しい体重管理の鍵です。

腎結石の再発予防:最大の鍵は「水分」と「塩分」

尿路結石、特に腎結石の痛みを一度経験した方は、「あの我慢できないほどの痛みを二度と繰り返したくない」と心から願っていることでしょう。朗報は、腎結石の再発予防は、生活習慣の改善によってかなりの効果が期待できるということです。

1. 水分摂取(最重要)
結石予防の基本は「尿を薄く保ち、結石の成分が結晶化するのを防ぐ」ことです。そのためには、十分な水分摂取が不可欠です。NICE(英国国立医療技術評価機構)や多くのガイドラインでは、1日に2.5〜3.0リットルの水分摂取(食事以外で)を推奨しています。目標は「1日の尿量を2.0〜2.5リットル」に保つことです。

  • 暑い日や運動時、発熱時は、失われる水分が増えるため、さらに多くの水分補給が必要です。
  • 何を飲むかも重要です。水や麦茶が最適です。コーヒーや紅茶は適量なら問題ありませんが、糖分を多く含むジュースや炭酸飲料は、結石(特にシュウ酸カルシウム結石)のリスクを高める可能性があるため避けるのが賢明です。
  • レモンなどに含まれるクエン酸は、尿中でカルシウムと結合し、結石の形成を防ぐ働きがあります。水にレモンを搾って飲むのも良い方法です。

2. 塩分制限
意外に思われるかもしれませんが、塩分(ナトリウム)の過剰摂取は、腎結石の強力な再発因子です。塩分を多く摂ると、腎臓はそれを排泄しようとしますが、その際に「カルシウム」も一緒に尿中へ排泄してしまいます。尿中のカルシウム濃度が上がると、結石ができやすくなるのです。目標は、CKD予防とも共通する「1日6g未満」です。

石のタイプ別・食事の微調整(カルシウム・シュウ酸・動物性たんぱく質)

結石予防の食事では、結石の成分(タイプ)によって、特に注意すべき点が異なります。結石の食事療法で最も重要なのは、バランスです。

シュウ酸カルシウム結石(最も多いタイプ):

  • カルシウムの誤解:「カルシウム結石だからカルシウムを控える」というのは大きな誤解です。食事からのカルシウム摂取が不足すると、腸管でのシュウ酸の吸収が増加し、かえって結石ができやすくなります。サプリメントからの過剰摂取は推奨されませんが、食事(牛乳、ヨーグルト、小魚など)から適量(1日600〜800mg)のカルシウムを摂ることが予防につながります。
  • シュウ酸の管理:シュウ酸を多く含む食品(ほうれん草、たけのこ、ナッツ類、チョコレートなど)の過剰摂取は控えます。食べる際は、カルシウムを多く含む食品(例:ほうれん草のおひたしにかつお節をかける)と一緒に摂ると、腸内でシュウ酸とカルシウムが結合し、体内に吸収されにくくなります。

尿酸結石:

  • 動物性たんぱく質の制限:プリン体を多く含む食品(レバー、白子、魚卵、干物など)や、肉・魚全般の過剰摂取を控えることが重要です。プリン体は体内で尿酸に変わり、尿が酸性だと尿酸結石ができやすくなります。
  • 尿をアルカリ化する:野菜や海藻類をしっかり食べ、尿をアルカリ性に保つことも予防に役立ちます。

結石のタイプは尿検査や結石の分析でわかります。どのような食事指導が自分に最適か、医師や管理栄養士に相談しましょう。

尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)を繰り返さないためのセルフケア

膀胱炎や腎盂腎炎といった尿路感染症(UTI)は、特に女性にとって非常に一般的でありながら、再発しやすい厄介な病気です。「なぜ自分ばかり繰り返すのか」と悩む方も多いですが、CDC(米国疾病予防管理センター)などが推奨するいくつかの生活習慣を見直すことで、再発リスクを大きく下げることができます。

繰り返す膀胱炎の背景には、細菌が膀胱に定着しやすい状況が隠れています。

  • 水分を十分に摂る:結石予防と同様に、水分を多く摂って尿量を増やし、膀胱内の細菌を物理的に洗い流すことが最も効果的な予防策です。
  • 排尿を我慢しない:尿意を感じたら我慢せず、すぐにトイレに行きましょう。尿が膀胱に溜まっている時間が長いほど、細菌が繁殖しやすくなります。
  • (女性の場合)排便後の拭き方:排便後は、細菌が尿道口に移動するのを防ぐため、必ず「前から後ろ」に向かって拭くように徹底します。
  • (女性の場合)性交渉後の排尿:性交渉によって細菌が尿道口から入ることがあります。性交渉の後は、できるだけ速やかに排尿することで、細菌を洗い流す効果が期待できます。
  • デリケートゾーンの清潔と刺激回避:清潔に保つことは重要ですが、殺菌性の石鹸での洗いすぎやビデの使いすぎは、常在菌のバランスを崩して逆効果になることがあります。刺激の少ない石鹸で優しく洗い、入浴よりもシャワーを優先することが推奨される場合もあります。女性特有の解剖学的な特徴も、UTIが再発しやすい要因の一つです。

医療・介護における感染予防(カテーテル管理の注意点)

入院中や介護が必要な状況で、尿道カテーテル(尿の管)を留置している場合、尿路感染症のリスクは格段に高まります(カテーテル関連尿路感染症:CAUTI)。これは、カテーテルという異物が細菌の侵入経路となるためです。

患者さんご本人やご家族ができることは限られていますが、以下の点を意識することが予防につながります。

  • カテーテルの必要性を確認する:医師や看護師に対し、「このカテーテルはまだ必要ですか?」と定期的に確認することは、不要な留置期間を短縮するために重要です。CDCのガイドラインでも、カテーテルは真に必要な場合にのみ使用し、可能な限り早期に抜去することが最も重要な予防策とされています。
  • 清潔操作の確認:医療スタッフや介護者がカテーテルを操作する(例:蓄尿バッグを交換する)際に、手指衛生(手洗いやアルコール消毒)を行っているか、清潔な手袋を使用しているか、さりげなく確認することも大切です。
  • ドレナージシステムの維持:蓄尿バッグ(尿を溜める袋)が、常に膀胱よりも低い位置にあること、バッグの排出口が床についていないこと、チューブがねじれていないことを確認します。これにより、尿の逆流を防ぎます。

神経因性膀胱などで自己導尿(一定時間ごとに自分で清潔なカテーテルを挿入して排尿する)を行っている方は、指導された清潔な手技を厳守することが感染予防の鍵となります。

糖尿病・高血圧と再発予防の深い関係

最後に、これらすべてのセルフケアの基盤として、併存疾患、特に「糖尿病」と「高血圧」の管理が極めて重要であることを強調します。

糖尿病と感染症:
血糖コントロールが悪いと、尿中にも糖が漏れ出ることがあります(尿糖)。この糖は、細菌にとって格好の栄養源となり、尿路感染症を爆発的に引き起こしやすく、また重症化させやすくします。糖尿病をお持ちの方がUTIを繰り返す場合、まずは血糖コントロールを見直すことが最優先の予防策となります。

高血圧・糖尿病と腎機能:
前述の通り、高血圧と糖尿病は、慢性腎臓病(CKD)の最大の原因です。腎結石や尿路感染症の治療が成功しても、根本にある高血圧や糖尿病の管理が不十分であれば、腎機能そのものが徐々に失われていきます。尿の泡立ち(蛋白尿)などのサインを見逃さず、食事、運動、そして適切な服薬を継続することが、腎臓を守るための最も確実なセルフケアとなります。

これらのセルフケアは、次のセクションで解説する、高齢者や女性、持病を持つ方々にとって、特に重要な意味を持ってきます。

高齢者・女性・持病を持つ人の注意点と生活の工夫

前節までで運動や体重管理といった一般的なセルフケアについて解説しましたが、腎臓や尿路の病気のリスクは、すべての人に一様ではありません。年齢、性別、そして既往歴によって、注意すべき点は大きく異なります。特に高齢者、女性、そして糖尿病や高血圧などの持病を持つ方は、特有のリスクを抱えています。

このセクションでは、これらの特定のグループに焦点を当て、最新の診療ガイドラインに基づき、日常生活で本当に役立つ具体的な注意点と生活の工夫を深く掘り下げて解説します。ご自身やご家族の状況と照らし合わせながら、日々の健康管理にお役立てください。

高齢者の腎臓を守る3本柱:脱水対策・減塩・薬の見直し

高齢者の腎臓ケアは、若い世代とは異なる配慮が必要です。最大の理由は、加齢に伴う身体の変化、特に腎機能の予備力の低下にあります。

1. 脱水対策(急性腎障害の予防)
高齢者にとって最大の脅威の一つが「脱水」です。体内の水分量が減ると、腎臓を流れる血液量も減少し、腎機能が急激に悪化する急性腎障害(AKI)を引き起こすことがあります。急性腎障害は、それ自体が慢性腎臓病(CKD)への移行リスクを高めるため、徹底した予防が不可欠です(PMDAマニュアル[6])。

高齢者は喉の渇きを感じにくくなるため、自覚がないまま脱水が進むことが少なくありません。特に夏場の発汗、あるいは発熱や下痢・嘔吐といった体調不良時は危険です。尿の色が濃くなった、口の中が乾く、ふらつくといったサインは脱水の警告です。心臓や腎臓の病気で水分制限を指示されていない限り、こまめな水分補給(例:1〜2時間ごとにコップ半分の水)を習慣づけましょう。

2. 薬の見直し(特にNSAIDs)
高齢者は関節痛などで痛み止め(鎮痛薬)を常用していることが多く、これが腎臓への負担となります。特に注意が必要なのが、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と呼ばれるタイプの市販薬です。これらは腎臓の血流を低下させる可能性があり、長期間の使用や脱水時の使用は腎機能を悪化させるリスクがあります(PMDA指針[5])。

複数の医療機関から多くの薬(ポリファーマシー)を処方されている場合、腎機能に応じた薬の調整が不可欠です。かかりつけ医や薬剤師に「お薬手帳」を見せ、腎臓に負担のかかる薬がないか定期的に確認してもらうことが賢明です。

3. 栄養管理(減塩と低栄養のバランス)
CKDの進行予防には減塩が重要ですが、高齢者の場合は「フレイル(虚弱)」や「サルコペニア(筋肉減少)」の予防も同時に考えなければなりません。厳格すぎる食事制限、特にたんぱく質やエネルギーの不足は、低栄養や筋力低下を招き、かえって全体の健康状態を悪化させる可能性があります。

日本のガイドライン(JSN[2])では、CKDステージG3a(eGFR 45-59)ではたんぱく質0.8–1.0 g/kg/日、G3b以降(eGFR 44以下)では0.6–0.8 g/kg/日を推奨しつつ、高齢者やフレイル合併時は栄養状態を優先し、制限を緩和することを推奨しています。自己判断での極端な食事制限は避け、必ず医師や管理栄養士と相談してください。また、夜間頻尿や尿失禁も生活の質(QOL)に直結する問題であり、適切な泌尿器科的評価が必要です。

シックデイルール:体調不良時に中止を検討する薬

「シックデイルール」は、特に高齢者や腎機能が低下している方が知っておくべき非常に重要な知識です。これは、発熱、下痢、嘔吐、あるいは食欲不振で水分や食事がとれない「体調不良の日(シックデイ)」に、腎臓を守るために一時的に特定の薬の服用を中止する(あるいは主治医に相談する)というルールです(PMDAマニュアル[6])。

なぜこのルールが必要か?
体調不良で脱水状態になると、腎臓への血流が減少します。その状態で普段通りに薬を飲み続けると、腎臓に追い打ちをかけ、急性腎障害(AKI)を誘発する危険性が高まるためです。

対象となる主な薬剤:

  • ACE阻害薬・ARB(血圧の薬):例)〜プリル、〜サルタン
  • 利尿薬(むくみや血圧の薬):例)フロセミド、スピロノラクトン
  • NSAIDs(痛み止め):例)ロキソプロフェン、イブプロフェン
  • SGLT2阻害薬(糖尿病の薬):例)〜グリフロジン
  • メトホルミン(糖尿病の薬)

具体的な行動:
これらの薬を服用中の方が、「水分が全く摂れない」「下痢や嘔吐が止まらない」という状況になった場合、自己判断で中止せず、まず主治医や薬剤師に電話で相談してください。事前に「体調が悪い時は、この薬はどうしたらいいですか?」とかかりつけ医と話し合い、個別のルールを決めておくことが最も安全です。

女性のUTI予防:日常の衛生と閉経後の選択肢

女性は解剖学的な特徴(尿道が短い、尿道口が腟や肛門と近い)から、男性に比べて圧倒的に尿路感染症(UTI)、特に膀胱炎になりやすいという宿命があります。全女性の約半数が生涯に一度はUTIを経験すると言われています。

日常の衛生とライフスタイル(CDC推奨[10])

  • 水分を十分に摂る:尿量を増やし、膀胱内の細菌を洗い流します。
  • 排尿を我慢しない:尿が膀胱に溜まる時間が長いと、細菌が繁殖しやすくなります。
  • 性交後の排尿:性行為によって尿道口付近の細菌が押し上げられることがあるため、性交後は速やかに排尿し、細菌を洗い流すことが推奨されます。
  • 拭き方:排便後は、肛門から尿道口へ細菌が移動しないよう、「前から後ろ」に拭く習慣をつけます。
  • 局所のケア:殺菌性の強い石鹸やビデでの洗いすぎ、刺激の強いスプレーや製品の使用は、腟の自浄作用(常在菌のバランス)を乱し、かえって感染リスクを高めることがあるため避けます。

これらは、女性が膀胱炎を予防するために非常に基本的な対策です。

閉経後の再発性UTI
特に閉経後の女性は、膀胱炎を繰り返す(再発性UTI)方が増えます。これは、女性ホルモン(エストロゲン)の減少により、腟内の常在菌バランスが崩れ、自浄作用が低下するためです。

英国のNICEガイドライン(NG112[8])では、こうした上記の行動療法で効果がない閉経後女性に対し、**腟エストロゲン(局所投与)**の使用を検討するよう推奨しています。これはホルモン補充療法とは異なり、ごく少量のエストロゲンを腟内に直接作用させ、腟の環境を改善し感染防御機能を高めることを目的とします。

クランベリージュースやD-マンノース(サプリメント)については、「希望があれば試しても良いが、効果は不確実」とされており、特に高齢女性ではクランベリーの効果は認められていません(NICE[8])。繰り返すUTIに悩む場合は、泌尿器科専門医への相談が必要です。

妊娠と尿路感染症:受診の目安と安全な治療

妊娠中は、ホルモンの影響や大きくなった子宮が尿管を圧迫することで尿の流れが滞りやすくなり、尿路感染症(UTI)のリスクが著しく高まります。妊婦健診で尿検査を頻回に行うのはこのためです。

無症候性細菌尿でも治療が必要
妊娠中のUTIで最も注意すべき点は、排尿痛や頻尿などの自覚症状がない「無症候性細菌尿」でも、治療の対象となることです(StatPearls[15])。

なぜなら、これを放置すると約30%が腎盂腎炎(腎臓の感染症)に進行するリスクがあるからです。妊娠中の腎盂腎炎は、早産や低出生体重児のリスクを高める重篤な合併症であり、点滴治療のための入院が必要となることが多いため、早期の介入が求められます(NHS[16])。

受診の目安と治療
妊婦健診で細菌尿を指摘された場合はもちろん、排尿時痛、頻尿、残尿感、あるいは発熱や背部痛を感じた場合は、自己判断で様子を見ず、直ちに産科または泌尿器科を受診してください。

治療は、尿培養検査で原因菌を特定し、胎児への安全性が比較的高いとされる抗菌薬(例:セファレキシン、ニトロフラントイン短期間など)を用いて行われます(NHS Scotland[16], NICE[8])。

持病がある人の食事:塩分6g/日未満、たんぱくは段階的に

糖尿病や高血圧、心血管疾患などの持病がある方にとって、腎臓は「合併症が真っ先に現れる臓器」の一つです。これらの持病を持つ方の腎臓ケアは、病気の進行そのものを抑えることと直結します。

1. 厳格な減塩(食塩6g/日未満)
高血圧は腎臓を傷つける最大の要因の一つです。日本のCKD診療ガイドライン(JSN[2])では、CKD患者に対し食塩6g/日未満を推奨しています。これはWHOが推奨する一般成人の目標値(5g/日未満)[12]とも近い、厳格な目標です。高血圧や蛋白尿がある場合は、この目標を達成することが腎保護に極めて重要です。

しかし、日本の食生活で6g未満を達成するのは容易ではありません。管理栄養士による具体的な食事指導を受け、加工食品の表示確認や「だし」の活用などで、無理なく継続することが鍵となります。

2. たんぱく質の段階的管理
たんぱく質の過剰摂取は腎臓に負担をかけ、CKDの進行を早める可能性があります。一方で、不足は前述の通りフレイルやサルコペニアのリスクとなります。JSNガイドライン([2])では、CKDのステージに応じて段階的な管理を推奨しています。

  • CKD G3a (eGFR 45-59): 0.8–1.0 g/kg/日
  • CKD G3b以降 (eGFR <45): 0.6–0.8 g/kg/日

例えば、CKDステージ3と診断された場合、自身の体重とeGFRの値に基づいた、個別のたんぱく質目標量を設定する必要があります。これは自己判断で行うべきではなく、定期的な血液検査(アルブミン値など)で栄養状態をモニタリングしながら、医師や管理栄養士と調整していくものです。

カテーテルと感染対策:必要最小限と早期抜去が鍵

尿道カテーテル(尿道留置カテーテル)は、手術後や排尿が困難な場合に用いられる医療器具ですが、特に高齢者や女性においては、カテーテル関連尿路感染症(CAUTI)の重大なリスク因子となります(CDC[14])。

カテーテルは体外と膀胱を直接つなぐ「道」を作るため、細菌が侵入しやすくなります。カテーテル留置期間が長くなるほど、感染リスクはほぼ確実に上昇します。

CAUTI予防の原則(CDC[14]):

  • 適応の厳格化:本当に必要な場合にのみ挿入する。
  • 早期抜去:不要になったら、1日でも早く抜去する。
  • 閉鎖式ドレナージの維持:カテーテルと採尿バッグの接続部を不必要に外さない。
  • 適切な管理:採尿バッグは常に膀胱より低い位置に保ち、尿の逆流を防ぐ。

入院中はもちろん、在宅介護でカテーテルを使用している場合も、これらの原則を守ることが感染予防、ひいては腎盂腎炎や敗血症といった重篤な合併症を防ぐために極めて重要です。

このように、個々の状況に応じたリスク管理と生活の工夫は、腎臓と尿路の健康を守るための基盤となります。しかし、予防や生活改善だけでなく、医学は日々進歩しています。次のセクションでは、腎臓・尿路の病気に関する最新の治療法や研究について見ていきましょう。

腎臓と尿路の病気に関する最新治療と臨床研究(新薬・再生医療・AI診断)

前節では、ご高齢の方、女性、そして特定の持病をお持ちの方々が日常生活で直面する特有の課題と、それらに対応するための具体的な工夫について詳しく見てきました。個々の状況に合わせたきめ細やかな管理が、QOL(生活の質)を維持する上でいかに重要であるかをご理解いただけたかと思います。

さて、本章では視点を未来に向け、腎臓・尿路の病気と闘う患者さんたちに新たな希望をもたらす「最新の治療法と臨床研究」の最前線に焦点を当てます。医学の進歩は日進月歩であり、昨日まで「難しい」とされていたことが、今日には「可能」になる時代です。特にここ数年、腎臓病学の分野では、治療の選択肢を根本から変えるような画期的な進展が相次いでいます。

このセクションでは、特に注目すべき3つの柱—「新しい治療薬」「再生医療」、そして「AI(人工知能)による診断支援」—について、日本の最新の動向や国際的な研究成果(NEJMNature Biotechnologyなどの主要医学誌)に基づき、その可能性と現状を深く掘り下げて解説します。


CKD治療の新潮流:SGLT2阻害薬・フィネレノン・GLP-1の登場

慢性腎臓病(CKD)の治療は、長らくの間、血圧管理と食事療法が中心でした。しかし、この数年でその常識は大きく覆されました。もともとは糖尿病治療薬として開発された薬剤が、慢性腎臓病そのものの進行を抑制する強力な効果を持つことが証明され、治療の主役となりつつあります。

1. SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、エンパグリフロジン)

最も大きな変革は「SGLT2阻害薬」です。これは、尿中に糖を排出させることで血糖値を下げる薬ですが、その後の大規模臨床試験(DAPA-CKD試験[2]など)で、糖尿病の有無にかかわらず、CKD患者の腎機能低下を抑制し、末期腎不全への移行リスクを大幅に下げることが示されました。

この結果を受け、日本でもダパグリフロジン(フォシーガ)[1]やエンパグリフロジン(ジャディアンス)[3]が、糖尿病のないCKDに対しても保険適用が拡大されました。これは、腎臓を守るための新たな「標準治療」が加わったことを意味します。ただし、尿量が増えるため脱水に注意が必要なほか、稀にケトアシドーシス(体が酸性に傾く危険な状態)のリスクがあるため、医師の指導のもと正しく使用することが不可欠です。

2. 非ステロイド性MRA(フィネレノン)

次に注目されるのが「フィネレノン(ケレンディア)」[4]です。これは「非ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)」という新しいタイプの薬で、腎臓の炎症や線維化(硬くなること)を直接抑える働きがあります。従来の高血圧治療薬(ARB/ACE阻害薬)だけでは抑えきれなかった腎機能の悪化を防ぐ効果が期待されています。

2022年に日本で「2型糖尿病を合併するCKD」に対して承認され、SGLT2阻害薬との併用効果についても最新の研究(NEJM 2025[5])で良好な結果が報告されています。ただし、この薬は血中のカリウム値が上昇するリスクがあるため、定期的な血液検査によるモニタリングが非常に重要です。

3. GLP-1受容体作動薬(セマグルチド)

SGLT2阻害薬と同様に、もともと糖尿病治療薬であった「GLP-1受容体作動薬」も腎保護効果で脚光を浴びています。特にセマグルチド(オゼンピック、ウゴービなど)は、FLOW試験[6]という大規模試験で、腎臓関連のイベント(透析導入や腎機能の大幅な低下)や心血管死のリスクを著しく低下させることが示されました。これにより、CKD治療、特に糖尿病合併例において、腎不全治療薬としての役割がますます重要になっています。これらの薬は、CKDの合併症管理においても中心的な役割を担うことになるでしょう。


免疫・希少疾患治療の進歩(ループス腎炎・C3腎症)

CKDの原因は糖尿病や高血圧だけではありません。自身の免疫システムが腎臓を攻撃してしまう自己免疫疾患や、非常に稀な遺伝的要因による腎臓病も存在します。こうした希少疾患の患者さんにとって、「新しい薬が承認される」ことは、単なるニュースではなく、未来を繋ぐ希望そのものです。

ループス腎炎の新薬:ボクロスポリン

ループス腎炎は、全身性エリテマトーデス(SLE)という自己免疫疾患の合併症で、免疫の異常により腎臓の糸球体に強い炎症が起こる病気です。従来のステロイドや免疫抑制剤だけでは効果が不十分なケースも多く、腎炎の治療が難航することが課題でした。

2024年9月、日本において「ボクロスポリン」がループス腎炎治療薬として承認されました[7]。これは新しいタイプの免疫抑制剤で、従来の治療に上乗せすることで、より強力に炎症を抑え、腎機能の悪化を防ぐ効果が示されています。治療の選択肢が増えたことは、多くの患者さんにとって大きな福音となります。

C3腎症と補体阻害薬

C3腎症(C3G)は、免疫システムの「補体(ほたい)」と呼ばれる部分が過剰に働いてしまい、腎臓の糸球体にC3というタンパク質が沈着し、腎機能を悪化させる非常に稀な病気です。IgA腎症など他の腎炎とも異なるメカニズムのため、特異的な治療法がありませんでした。

現在、この異常な補体の働きをピンポイントで抑える「補体経路阻害薬(因子B阻害薬など)」の開発が進んでいます。日本国内でもC3腎症を対象とした新薬が希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)に指定され、承認審査が進められています[8]。病気の根本原因に直接アプローチする治療法として、実用化が待たれます。


再生医療の最前線:iPS細胞から「腎臓」は作れるか

失われた腎機能は、現在の医療では回復させることができません。だからこそ、「腎臓そのものを作り出す」再生医療に大きな期待が寄せられています。この分野はSFのように聞こえるかもしれませんが、研究は着実に進んでいます。

iPS細胞由来の「腎オルガノイド」

「オルガノイド」とは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などから試験管の中で作られる「ミニ臓器」のことです。日本の京都大学iPS細胞研究所(CiRA)[9]などは、この腎オルガノイドの作製技術で世界をリードしています。

現時点での主な目的は、「治療」そのものよりも「創薬」と「病態解明」です。例えば、多発性嚢胞腎(ADPKD)やアルポート症候群といった遺伝性の腎臓病患者さんご自身のiPS細胞から腎オルガノイドを作製します。これにより、「なぜ病気が起こるのか」を詳細に研究したり、その「ミニ腎臓」を使って「どの薬が効くか」を試したりすることが可能になります。これは、患者さん一人ひとりに最適な治療法を見つける「個別化医療」の実現に向けた大きな一歩です。

もちろん、将来的な移植への応用も研究されていますが、作製したオルガノイドをいかに成熟させ、体内で機能させるか(血管とどう繋ぐかなど)が大きな課題です[10]。ヒトとブタの細胞を組み合わせたキメラオルガノイドの研究[11]など、腎臓の機能を代替するための基礎研究が精力的に続けられています。


腎移植の未来:異種移植と「人工腎」の実現可能性

末期腎不全の根本治療は腎移植ですが、ドナー不足は世界的に深刻な問題です。日本でも多くの患者さんが移植を待機しています。この問題を解決する切り札として、「異種移植」と「人工腎」の研究が加速しています。

異種移植(ブタ腎移植)

「異種移植(ゼノトランスプランテーション)」とは、ヒト以外の動物の臓器をヒトに移植することです。特にブタは、臓器の大きさや生理機能がヒトに近いことから研究が進められてきました。最大の壁は、ヒトの免疫がブタの臓器を「異物」として激しく攻撃する「拒絶反応」でした。

しかし近年、遺伝子編集技術が進歩し、この拒絶反応を起こしにくくしたブタが作製できるようになりました。そして2024年、米国で遺伝子改変ブタの腎臓を脳死ではない生きた患者さんへ移植する手術が初めて成功し[15]、2025年には米国食品医薬品局(FDA)がブタ腎移植の臨床試験を正式に承認しました[16]。移植された腎臓がヒトの体内で機能したという報告[17]もあり、実用化に向けたハードルはまだ多いものの、ドナー不足解消の大きな一歩として世界中が注目しています。日本では倫理面や規制面での議論が慎重に進められています。

携行型・植込み型「人工腎」

透析治療は腎機能を代替する素晴らしい治療ですが、週3回の通院や時間的拘束、食事・水分制限など、患者さんのQOLへの影響は甚大です。もし、透析装置を小型化し、持ち運べたり、体内に植り込めたらどうでしょうか。

「ウェアラブル人工腎(WAK)」[12]や「植込み型人工腎」は、まさにそれを目指す研究です。現在の血液透析や腹膜透析の装置を、技術革新によって劇的に小型化・効率化しようという試み[13]が世界中で進められており、ヒトでの試験も開始されています[14]。これが実現すれば、透析患者さんの生活は一変する可能性があります。


AIが変える腎臓医療:早期予測と診断支援

AI(人工知能)は、医師の「目」や「経験」をサポートする強力なツールとして、医療現場に急速に浸透しています。腎臓・尿路の分野でも、病気の「早期発見」や「最適な治療法の選択」にAIが貢献し始めています。

急性腎障害(AKI)の早期予測

急性腎障害(AKI)は、入院患者さんなどに突然発症し、急速に腎機能が悪化する危険な状態です。発症してから対応するのでは手遅れになることもあります。

最新の研究では、患者さんの電子カルテ情報(血液検査、バイタルサインなど)をAIがリアルタイムで解析し、AKIを発症する48時間も前にそのリスクを予測するモデルが開発・検証されています[18][19]。これにより、医師は危険な兆候が現れる前に、脱水を補正したり、腎臓に負担をかける薬を中止したりといった「先手の治療」が可能になり、AKIの発症そのものを防げる可能性があります。

尿路結石の治療方針決定支援

尿路結石が見つかった際、「この石は自然に排出されるのか?」「手術(TULやPNL)が必要か?」を判断するのは、医師の経験が頼りでした。AIは、CT画像から結石の大きさ、形状、位置、密度などを詳細に読み取り、「自然に排出される確率」や「手術で取り残し(残石)が発生するリスク」を予測するモデルに応用されています[20][21]。これにより、患者さんにとって不要な手術を避け、最適な治療法を選択するための客観的な判断材料を提供します。

腎エコー(超音波)の自動解析

腎臓の大きさや形態を評価する腎エコー検査[22]においても、AIが腎臓の輪郭を自動で認識し、容積や血流を即座に測定する技術が実用化されています。これにより、検査の精度が向上し、医師の負担も軽減されます。

このように、最新の治療法や研究は、これまで「進行を遅らせる」ことが主だった腎臓病治療に、「進行を止める」、さらには「回復させる」という新たな可能性をもたらそうとしています。これらの情報が急速に変化しているため、患者さんご自身も主治医とよく相談し、ご自身の状態に最適な選択肢は何かを常に確認していくことが重要です。

よくある質問(FAQ)と参考ガイドライン・専門医への相談目安

これまで腎臓と尿路の病気について、その仕組み、症状、検査、そして様々な病気(腎炎、腎不全、尿路感染症、結石など)について詳しく見てきました。この最後のセクションでは、多くの方が抱える疑問にお答えするとともに、どのような場合に、いつ医療機関を受診すべきか、そして専門医への相談が必要となる基準について、日本の公的なガイドラインを交えて具体的に解説します。

よくある質問(FAQ)

Q1. 健康診断で「血尿」と指摘されました。すぐに病院へ行くべきですか?

A: はい、症状がなくても一度は医療機関(泌尿器科または内科・腎臓内科)を受診してください。血尿は、目に見えないほど微量なもの(顕微鏡的血尿)から、目で見てわかるもの(肉眼的血尿)まであります。原因は、一時的で心配のないもの(激しい運動後など)から、尿路感染症、腎結石、あるいは腎炎や膀胱がんといった重大な病気のサインである可能性まで様々です。女性の血尿が示すサインについて知っておくことも重要です。特に、高熱や激しい背中の痛みを伴う場合は、腎結石の症状かもしれませんので、早急な受診が必要です。自己判断せず、一度専門家に相談することが安心につながります。

Q2. トイレが近い、排尿時にツンと痛む、尿が濁る…これは膀胱炎ですか?

A: 可能性が非常に高いです。それらの症状は、膀胱炎の典型的な症状です。特に女性は尿道が短いため、細菌が膀胱に侵入しやすく、膀胱炎を繰り返す方も少なくありません。ほとんどは抗生物質の服用で速やかに改善しますが、放置は禁物です。我慢していると、細菌が腎臓まで逆流し、高熱や悪寒、背中の痛みを伴う「腎盂腎炎」に進行することがあり、これは入院が必要になる重篤な状態です。症状が軽いと感じても、早めに内科や泌u-k-i-kaを受診しましょう。

Q3. 妊娠中に膀胱炎のような症状があります。市販薬で対処しても良いですか?

A: いいえ、絶対に自己判断で市販薬を使用しないでください。妊娠中はホルモンバランスの変化や、大きくなった子宮が膀胱を圧迫することで尿路感染症(UTI)を起こしやすくなります。妊娠中の尿路感染症は、早産や低体重児のリスクを高める可能性が指摘されており、母子ともに危険が及ぶことがあります。症状があれば、すぐに産婦人科のかかりつけ医に相談してください。妊娠中でも安全に使用できる薬剤を処方してもらえます。

Q4. 健康診断で「腎機能が低下している」「蛋白尿が出ている」と言われました。

A: これは、慢性腎臓病(CKD)の可能性を示す重要なサインです。腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、機能がかなり低下するまで自覚症状が出ません。健康診断での尿中のタンパク質や血液検査のeGFR(推算糸球体濾過量)の値は、腎臓の健康状態を知る唯一の手がかりです。慢性腎臓病(CKD)は、早期に発見し、食事療法や血圧管理を行うことで、進行を遅らせることが可能です。まずは、かかりつけ医に相談し、必要であれば腎臓専門医を紹介してもらいましょう。

Q5. 腎結石は一度なると再発しやすいと聞きました。どうすれば防げますか?

A: はい、腎結石は生活習慣と深く関連しており、再発しやすい病気の一つです。あの激しい痛みを伴う腎結石を繰り返さないためには、まず水分補給が最も重要です。1日2リットル以上の水分(水や麦茶など、糖分のないもの)を摂り、尿を薄く保つことが予防の基本です。また、食事も重要で、特にシュウ酸(ほうれん草、たけのこ、チョコレートなど)の過剰摂取を避け、カルシウム(牛乳、小魚など)を適度に摂取することが推奨されます。腎結石の食事療法は複雑な面もあるため、一度専門医や管理栄養士の指導を受けると良いでしょう。

参考となるガイドラインと受診の目安

多くの腎臓病は初期症状がありません。そのため、いつ専門医に相談すべきか、判断が難しいものです。日本では、厚生労働省や日本腎臓学会が、かかりつけ医から腎臓専門医へ紹介する基準を定めています。

これらは専門的な内容を含みますが、一般の方にも知っておいてほしい基準は以下の通りです。

  • 持続する蛋白尿や血尿:複数回の検査で尿に異常が続く場合。
  • eGFRの低下:腎機能を示すeGFRの値が60未満(G3a)になった場合、または年齢に関わらず急速に低下している場合。
  • コントロール不良の高血圧:腎臓は血圧調整にも関わるため、薬を飲んでも血圧が下がりにくい場合、腎臓専門医の介入が必要なことがあります。

まずは、健康診断の結果を持ってかかりつけ医に相談することが第一歩です。かかりつけ医は、これらの基準とあなたの全体的な健康状態を考慮し、最適なタイミングで専門医(腎臓内科)への紹介を判断します。専門的な24時間尿検査などで、より詳細な評価が必要になる場合もあります。

受診が必要な症状(レッドフラグ)

以下の症状は、腎臓や尿路の重大な問題を示している可能性があり、速やかな医療機関の受診(場合によっては救急)が必要です。「レッドフラグ(危険信号)」として覚えておいてください。

  • 1. 高熱(38℃以上)と悪寒、背中や腰の痛み:

    排尿時の痛みや頻尿を伴う場合、細菌が腎臓に達した「腎盂腎炎」の可能性が非常に高いです。重症化すると敗血症(血液に細菌が回る)を引き起こす危険があります。
  • 2. 突然の激しい腰痛・側腹部痛:

    「王様級の痛み」と表現されるほどの激痛で、冷や汗や吐き気を伴う場合、「尿路結石」が尿管に詰まった(嵌頓した)可能性があります。
  • 3. まったく尿が出ない(無尿)、または極端に少ない:

    脱水だけでなく、尿路の完全な閉塞や、急激な腎機能の悪化(急性腎障害)が考えられる緊急事態です。
  • 4. 肉眼でわかる血尿(特に痛みを伴わないもの):

    結石や感染の可能性もありますが、痛みを伴わない血尿は、膀胱や腎臓のがんの初期症状である可能性も否定できません。
  • 5. 妊娠中の発熱、背部痛、排尿症状:

    前述の通り、妊娠中の腎盂腎炎は母子ともに危険なため、直ちに産婦人科に連絡してください。
  • 6. 高齢者の急な意識障害や「ぼんやり」:

    高齢者の場合、尿路感染症が発熱や排尿痛といった典型的な症状を示さず、急な意識状態の変化(せん妄)として現れることがあります。

これらの症状に気づいたら、「様子を見よう」と自己判断せず、必ず医療機関に連絡・受診してください。

まとめ

これまで腎臓と尿路の病気について、その全体像を解説してきました。最後に、あなたの腎臓を守るために最も大切なことをまとめます。

  1. 腎臓は「沈黙」の臓器です。

    慢性腎臓病(CKD)は、自覚症状が出た時にはすでにかなり進行しています。症状がないから大丈夫、ではありません。
  2. 年に一度の「尿検査・血液検査」が命綱です。

    腎臓の悲鳴を早期にキャッチできるのは、健康診断だけです。「蛋白尿」や「eGFRの低下」を見逃さないでください。
  3. 「急な症状」は我慢しないでください。

    排尿時の痛み、発熱、激しい腰痛などは、尿路感染症や結石といった「急性の」問題のサインです。これらは早期治療が鍵となります。
  4. 生活習慣が腎臓を守ります。

    高血圧や糖尿病は、腎臓の最大の敵です。適度な運動、そして何より腎臓の健康を意識した食生活(特に減塩)が、腎機能の維持に直結します。
  5. 不安を抱え込まないでください。

    健康診断の結果や体の小さな変化に気づいたら、まずはかかりつけ医に相談してください。早期の介入が、あなたの未来の健康を守ります。

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