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JHO 病気ペディア

乳腺炎

最終更新: 2026年7月 | 編集: JHO編集部(AI技術活用・公的資料に基づく)

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この症状、放置して大丈夫?次に確認すべきこと 関連記事
この記事では答えていない疑問です — 読み終えたら、続けてご確認ください
痛くても授乳すべき? 記事へ 切開が必要になる基準は? 記事へ 乳腺炎を防ぐ選び方は? 記事へ 冷やすのはいつが効果的? 記事へ

✦ 結論から言うと

乳腺炎は、母乳が乳管の中でうまく流れずにたまる「うっ滞性乳腺炎」と、そこに細菌が入り込んで炎症が強くなる「化膿性乳腺炎」に大きく分かれます[2]。授乳期以外に起こる乳腺炎は乳輪の下に膿がたまる「乳輪下膿瘍」が代表的で、原因も対処もまったく別物です[6]。乳房の赤みや痛みが抗菌薬を使っても1週間ほど改善しない場合は、まれではありますが「炎症性乳がん」という別の病気の可能性があるため、自己判断でケアを続けず医療機関の受診が必要です[2]。

主な原因 母乳のうっ滞(飲み残し・授乳間隔の乱れ)+乳頭の傷などから侵入する黄色ブドウ球菌などの細菌[2]
主な症状 乳房の一部の腫れ・しこり・熱感・痛み、悪化すると38℃以上の発熱や悪寒[2]
受診の目安 38℃以上の発熱が半日〜1日続く/自己対応で24時間以上改善しない/授乳と無関係に赤みが長く続く[2]

乳腺炎とは?母乳がたまって炎症が起きる仕組み

乳腺炎(にゅうせんえん、英:mastitis)は、乳房内の母乳を作る組織(乳腺)や、母乳の通り道である乳管に炎症が起きた状態の総称です。母乳は、乳房の中で小葉と呼ばれる小さな部屋で作られ、細い乳管を通って乳頭まで運ばれます。授乳や搾乳がうまくいかず、この乳管のどこかで母乳の流れが滞ることを「うっ滞(うったい)」と呼び、これが授乳期の乳腺炎の出発点です[2]。

うっ滞が起きると、その部分だけ乳房が張って熱を持ち、軽い痛みを感じるようになります。この段階では細菌感染を伴っていないことが多く、「うっ滞性乳腺炎」と呼ばれます。うっ滞が半日〜1日以上続くと、乳頭の小さな傷(授乳による摩擦や吸われ方の癖でできる浅い切れ目)などから侵入した細菌が、たまった母乳をえさに繁殖しやすくなります。原因菌として最も多いのは皮膚や鼻腔に常在する黄色ブドウ球菌で、これが加わった状態を一般に「化膿性乳腺炎」と呼びます(助産師のガイドラインでは正式には「感染性乳腺炎」という用語が使われています)[2]。産後2〜3週間以内、特に出産して初めての育児となる初産婦に多いとされ、授乳間隔が急に空いたとき(夜間のまとめ寝や卒乳・断乳の時期)や、きつい下着で乳房が圧迫されたときにも起こりやすくなります。仕事復帰や外出などで搾乳のタイミングを逃しやすい時期、赤ちゃんが夜まとめて眠るようになる生後数か月の時期にも、うっ滞が起こりやすくなるため注意が必要です。

一方、授乳期以外(閉経後や思春期を含む)に起こる乳腺炎は、うっ滞とは仕組みが異なります。代表的なのが、乳頭のすぐ下にある乳管の出口が皮脂などで詰まり、そこに細菌が繁殖して膿がたまる「乳輪下膿瘍」です。乳頭が生まれつき陥没ぎみの人、喫煙者、肥満や糖尿病のある人に多くみられる傾向が報告されています[6]。喫煙は乳管の内側の組織を変化させやすく、詰まりを起こしやすくすると考えられています。もうひとつ、原因がまだ十分に解明されていない慢性の炎症性疾患として「肉芽腫性乳腺炎」があり、しこりを繰り返し形成しながら長期間にわたって治療が必要になることがあります。

乳房・乳頭・乳輪の位置関係と、母乳がたまるだけの「うっ滞性乳腺炎」(発赤や発熱は軽度〜なし)と、そこに細菌感染が加わった「感染性(化膿性)乳腺炎」(発赤・熱感・38.5℃以上の発熱が出やすい)の違いを示した図[2]。出典:日本助産師会・日本助産学会「乳腺炎ケアガイドライン2020」をもとにJHO編集部が作図

出典:日本助産師会・日本助産学会「乳腺炎ケアガイドライン2020」[2]/乳輪下膿瘍・肉芽腫性乳腺炎に関する乳腺専門医療機関の解説[6]

受診の判断に使える数値・基準

乳腺炎そのものには血液検査の確定的な基準値はなく、体温・症状の持続時間・患部の広がりが目安になります。以下は多くの母乳育児支援の現場で使われている判断の目安です。

目安となるサイン 状態の見立て 対応
37.5℃未満、乳房の一部が張るのみ 軽度のうっ滞 自宅で頻回授乳・搾乳を継続[2]
38℃前後、発赤・熱感あり うっ滞性〜軽度の化膿性の疑い 授乳を続けつつ24時間以内に改善しなければ受診[2]
38.5℃以上が半日〜1日続く、悪寒・強い痛み 化膿性乳腺炎の疑い 早めに産婦人科・乳腺外科・母乳外来を受診[2]
赤みの中心が柔らかく波打つ・膿の排出 乳腺膿瘍の疑い 切開排膿など外科的処置の検討が必要[6]

出典:日本助産師会・日本助産学会「乳腺炎ケアガイドライン2020」[2]/乳輪下膿瘍の治療解説[6]

医療機関を受診すると、まず問診と乳房の視診・触診で赤みの範囲や熱感、しこりの硬さを確認します。膿がたまっているかどうかを見極めるために乳房の超音波(エコー)検査を行うことがあり、内部に液体のたまり(膿瘍)がないかを画像で確認します。血液検査を行う場合は、白血球数やCRP(炎症の程度を示す数値)が炎症の強さの目安として使われますが、これらは「乳腺炎だから何点以上」という確定診断のための基準ではなく、あくまで全身への影響の大きさを見るための補助的な情報です。発赤の範囲が広い、症状の改善が乏しいといった場合には、抗菌薬の選択に役立てるため、膿や分泌物を採取して原因菌を調べる培養検査が行われることもあります。

うっ滞性・化膿性・乳輪下膿瘍・炎症性乳がんの見分け方

「乳腺炎」とひとくくりにされがちですが、授乳期に多い2タイプと、授乳と関係なく起こるタイプでは原因も治療もまったく異なります。さらに、乳腺炎とそっくりの見た目で始まりながら悪性腫瘍である「炎症性乳がん」も存在するため、この4つを分けて考える必要があります。

項目 うっ滞性乳腺炎(授乳期) 化膿性乳腺炎(授乳期) 乳輪下膿瘍(非授乳期)
主な原因 母乳の流れの滞り[2] うっ滞+細菌感染(黄色ブドウ球菌など)[2] 乳管開口部の詰まりに細菌が繁殖[6]
発熱 軽度〜なし 38℃以上、悪寒を伴うことも[2] 乳輪周囲の限局した熱感が中心[6]
誰に多いか 授乳中の女性、特に産後早期[2] 授乳中の女性[2] 乳頭陥没・喫煙・肥満・糖尿病のある人[6]
基本の対応 頻回授乳・搾乳の継続[2] 授乳継続+必要に応じ抗菌薬[2] マッサージ・搾乳、感染兆候なら抗菌薬、膿瘍形成なら切開[6]

見分けるカギ:授乳中かどうかがまず大きな分かれ目です。授乳と無関係に乳輪周囲だけが繰り返し腫れる場合は乳輪下膿瘍を、乳頭が陥没している人はとくにこのタイプを疑います[6]。

⚠ 炎症性乳がんとの違い — 抗菌薬で改善しないときに必ず考える

炎症性乳がんは、がん細胞が乳房の皮膚のリンパ管を塞ぐことで起こる特殊なタイプの乳がんで、乳がん全体の中では数パーセントとまれですが、見た目が乳腺炎の発赤・腫れとよく似ているため、乳腺炎と誤診されて発見が遅れることが指摘されています[7]。助産師のガイドラインでも、乳房皮膚の3分の1以上を占めるびまん性の発赤・むくみ・硬結があり、皮膚がオレンジの皮のような質感(橙皮状皮膚)になっている場合は、乳腺炎ではなく炎症性乳がんを疑うべき所見として挙げられています[2]。

最も重要な判断ポイントは「抗菌薬治療への反応」です。細菌性の乳腺炎であれば、適切な抗菌薬を使えば数日以内に発赤や熱感の改善が見られます。助産師のガイドラインでは、乳腺炎の治療開始後1週間を経過しても症状の改善が見られず、膿瘍の形成もない場合は炎症性乳がんを疑う、と明記されています[2]。授乳期であっても炎症性乳がんは否定できないため、「授乳中だから乳がんではない」という思い込みは禁物です。

肉芽腫性乳腺炎について — 診断に時間がかかることがある

肉芽腫性乳腺炎は、出産・授乳から2〜3年ほど経ってから発症することが多いとされる、まれな慢性の炎症性疾患です[2]。硬いしこりを触れ、発赤や圧痛、熱感を伴うことがあり、複数箇所に同時に発症したり、再発を繰り返したりすることがあります。画像検査だけでは乳がんとの区別が難しいことがあるため、確定診断には組織の一部を採取する生検が必要になる場合があります。原因はまだ十分に解明されていません。自然に治まるものから、ステロイドや抗菌薬による治療が必要なもの、難治性のものまで経過には幅があり[2]、通常の細菌性乳腺炎よりも治療期間が長くなる傾向があります。長引く場合は乳腺専門の医療機関でセカンドオピニオンを受けることも選択肢のひとつです。

経過と治療:うっ滞から治るまでのケア

うっ滞性乳腺炎の基本は「母乳を滞らせないこと」です。赤ちゃんに普段どおり授乳を続け、乳房が張って痛む側から先に飲ませる、抱き方(フットボール抱きなど)を変えて詰まっている部分を吸わせやすくする、授乳の間隔を詰める、といった工夫で多くは1〜2日で軽快します[2]。授乳のたびに乳房が軽くなり、発熱がなければ、まずは自宅でのケアを続けて経過をみて問題ありません。

冷却と温罨法の使い分け:授乳直後、痛みや熱感が強い部分を冷やすと症状が和らいだという報告があります。一方、授乳前に軽く温めることは母乳の出をよくする目的で従来から行われてきました[2]。ただし、近年の国際的なプロトコルでは、授乳前後を問わず継続的に温める・強く圧迫するといったケアはかえって組織を刺激し、炎症を長引かせる可能性があると指摘されており、症状が強いときはまず冷却を優先する考え方が示されています[4]。発熱や強い痛みがあれば、授乳中でも使用できる範囲の解熱鎮痛薬の使用について医療機関に相談してください。

搾乳のコツ:「乳房を空っぽにするまで絞り切る」という考え方は見直されつつあります[4]。赤ちゃんが欲しがるタイミングで授乳し、張りが強くて痛い場合のみ、痛みが和らぐ程度に軽く搾乳する、というバランスが現在の一般的な考え方です。強く握ったり、詰まっている部分を指で押し込むように圧迫したりする自己流のマッサージは、組織を傷つけてかえって炎症を悪化させることがあるため避けてください[4]。

抗菌薬が必要になったら:化膿性乳腺炎に進み、38.5℃以上の発熱や強い痛みが続く場合は、多くのケースで抗菌薬による治療が必要になります[2]。抗菌薬を開始しても、母乳を介した薬の心配から自己判断で授乳をやめてしまう人がいますが、授乳を続けたほうが乳腺の詰まりが解消しやすく回復も早いとされており、授乳中でも使用できる抗菌薬が選択されるのが一般的です。自己判断で断乳せず、必ず処方した医療機関に授乳中であることを伝えてください。多くの場合、抗菌薬を開始して2〜3日で発熱や発赤の改善が見られ、医師の指示があった日数(通常は数日〜1週間程度)は自己判断で服用を中断しないことが大切です。

膿がたまってしまったら:すでに膿がたまり「乳腺膿瘍」になっている場合は、抗菌薬だけでは改善しにくく、超音波で膿のたまりを確認したうえで、針を刺して膿を抜く穿刺や、皮膚を小さく切開して膿を排出する処置(切開排膿)が必要になります[6]。処置後も傷が落ち着くまで数日〜1週間ほど通院での経過観察が必要になることがあります。

治療中も授乳・搾乳を続ける理由:切開排膿を行った場合でも、傷の部位を避けながら、多くのケースで反対側の乳房や、傷から離れた部分での授乳・搾乳は継続できます。乳房の中に母乳が滞ったままだと回復が遅れやすいため、痛みが強すぎない範囲で母乳を出し続けることが治癒を助けます。授乳を続けられるかどうか、どの範囲なら搾乳してよいかは処置を行った医師の指示に従ってください。治療を終えたあとも、しこりが完全に消えるまでには数週間かかることがありますが、痛みや発赤が引いていれば徐々に良くなっているサインです。しこりだけが長く残る場合でも心配しすぎず、次回受診時に経過を確認してもらいましょう。

再発を防ぐ生活習慣:授乳姿勢と乳頭ケア

乳腺炎は一度治っても繰り返しやすい病気です。次のポイントを日常のなかで意識すると、うっ滞を起こしにくくなります[2]。

  • 授乳の間隔を極端に空けない。夜間長く眠る赤ちゃんの場合は、就寝前にしっかり飲ませる、必要に応じて軽く搾乳する。
  • 毎回、左右の乳房を交互に、また同じ側でも吸わせ始める向きを変えることで、乳管全体からまんべんなく母乳が出るようにする。
  • サイズの合わないブラジャーやワイヤーで乳房の一部を強く圧迫しない。うつぶせ寝や長時間同じ姿勢での圧迫も避ける。
  • 乳頭に小さな傷やひび割れができたら、授乳姿勢の見直しや保護クリームの使用について助産師に相談し、傷口から細菌が入るのを防ぐ。
  • 卒乳・断乳の際は、急に授乳をやめず、数日〜数週間かけて回数を減らしていく。
  • 長時間の外出や仕事復帰などで授乳・搾乳のタイミングを逃しそうなときは、事前に搾乳器を用意しておき、張りが強くなる前に軽く搾乳する。

これらを行っても繰り返す場合は、赤ちゃんの吸着(くわえ方)に問題がある、乳管の一部が生まれつき狭いといった個別の要因が関わっていることがあるため、助産師外来で授乳姿勢のチェックを受けることをおすすめします。

一人で抱え込まない:公的な産後ケア・母乳相談の活用

乳腺炎を繰り返す背景には、産後の睡眠不足や育児の負担が重なり、授乳間隔が乱れやすいという事情もあります。市区町村が実施する産後ケア事業では、助産師のいる施設への短期入所や、自宅への訪問、日帰りでの相談(デイサービス型)を利用でき、授乳姿勢の確認や搾乳の指導を受けられます。利用料や対象時期は自治体ごとに異なるため、母子健康手帳をもらう際の窓口や、出産した産科施設のソーシャルワーカー・地域の保健センターに相談すると案内を受けられます。里帰り出産をしない場合や、パートナーの育児参加が難しい時期ほど、こうした制度を早めに知っておくことが乳腺炎の重症化予防につながります。

また、出産した産科施設に「母乳外来」や「乳房ケア外来」が設けられている場合は、退院後も予約制で相談・ケアを受けられることが多く、乳腺炎の初期症状に気づいた時点で気軽に問い合わせられる窓口として活用できます。里帰り出産などで出産施設が遠方になった場合は、現在住んでいる地域の助産院や、地域の産婦人科が実施する母乳相談を探すとよいでしょう。1人で判断に迷ったまま様子を見続けるより、早めに専門職に相談したほうが、うっ滞から化膿性乳腺炎への進行を防ぎやすくなります。産後の心身の疲労が重なっている時期は、乳房の異変に気づきにくいこともあるため、パートナーや家族にも乳腺炎の初期サインを共有しておくと、早期発見につながります。入浴時に自分で乳房に触れて張りや熱感がないか確認する習慣をつけておくのもよい方法です。

受診の目安:今すぐ病院か、自宅で様子を見てよいか

乳腺炎の多くは自宅でのケアで軽快しますが、次のサインがあれば早めの受診が必要です[2][7]。

目安 状態 行動
🔴 今日〜翌日に受診 38.5℃以上の発熱が半日以上続く/悪寒・全身の震え/乳房の赤みが急速に広がる 産婦人科・乳腺外科・出産した施設の母乳外来へ
🟡 数日以内に受診 頻回授乳・搾乳を24〜48時間続けても改善しない/しこりの中心が柔らかくなってきた 助産師外来・かかりつけ産婦人科に相談
🟢 まず自宅ケア 軽い張り・微熱程度で、授乳のたびに楽になる 頻回授乳・搾乳を続けながら経過観察

とくに注意すべきサイン:抗菌薬による治療を1週間続けても発赤や腫れが改善せず、膿瘍も形成されていない場合は、炎症性乳がんなど悪性腫瘍の除外のため乳腺外科での画像検査・生検が検討されます[2]。何科を受診すべきか迷う場合は、産後であれば出産施設の母乳外来や産婦人科、それ以外の時期であれば乳腺外科(乳腺クリニック)が窓口になります。深夜や休日でどちらを受診すればよいか判断に迷う場合は、お住まいの地域の救急電話相談(#7119など、地域により番号は異なります)に相談し、緊急度の目安を確認する方法もあります。受診の際は、いつから症状が出たか、体温の推移、どちらの乳房のどのあたりが痛むか、直近の授乳・搾乳の状況をメモしておくと、診察がスムーズになります。

日本と海外(ABM)のガイドライン比較

乳腺炎のケアは近年、国際的な考え方が変わりつつある分野です。日本の助産師業務の土台となっている「乳腺炎ケアガイドライン2020」は、うっ滞の解消を重視し、頻回授乳・搾乳・マッサージによる乳房ケアを中心に据えています[2]。一方、米国の母乳育児医学会(Academy of Breastfeeding Medicine, ABM)が2022年に改訂した臨床プロトコル第36号では、「乳房を空にしようとしない(do not aim to ‘empty’ the breasts)」「授乳は赤ちゃんの欲しがるままに(feed the infant on demand)」という考え方を打ち出し、強い圧迫を伴うマッサージや搾りすぎる搾乳はかえって組織の炎症を悪化させる可能性があるとして、従来の「しっかり絞り出す」対応からの転換を示しました[4]。

項目 日本(日本助産師会・日本助産学会 2020年) 米国ABM(2022年改訂)
乳房マッサージ うっ滞解消のための乳房ケアを重視[2] 強い圧迫マッサージは慎重に、リンパドレナージなど軟らかい手技を優先[4]
搾乳の目安 頻回授乳・搾乳による排乳を積極的に推奨[2] 「空にしようとしない」— needに応じた授乳を優先し過剰な搾乳は避ける[4]
冷罨法・温罨法 症状に応じた冷却・温罨法の使い分けを紹介[2] 症状緩和には温めより冷却(ice)を優先する記載[4]

この違いは「どちらが正しい/間違い」という単純な話ではありません。ABMの2022年改訂は、母乳の微生物叢(マイクロバイオーム)研究の進展を踏まえた比較的新しい考え方であり、従来の「絞り出せば治る」というアプローチを見直す提案として国際的にも議論が続いています。実際、この改訂内容自体に対して「根拠が不十分なまま推奨を強めすぎている」という専門家からの批判的検証も発表されています[5]。日本国内で助産師のケアを受ける場合は、まず国内ガイドラインに基づく指導に従いつつ、疑問があれば担当の助産師・医師に相談するのが現実的な進め方です。

抗菌薬の使い方についても両者の考え方には重なりと違いがあります。日本国内の実地医療では、発熱を伴う化膿性乳腺炎に対して比較的早期から抗菌薬が検討される場面が多い一方、ABMの2022年改訂では、細菌感染がはっきりしないうっ滞の段階でむやみに抗菌薬を使うことには慎重で、「抗菌薬は細菌性乳腺炎のために温存する」という考え方が示され、症状が24時間以上続く場合に医学的評価を受けることを目安としています[5]。どちらの国のガイドラインも、最終的な治療方針は個々の症状の強さや経過によって医師・助産師が判断するものであり、この記事の内容だけで抗菌薬の要不要を自己判断しないようにしてください。

医療費の目安

乳腺炎の診療(診察・投薬・切開排膿などの処置)には公的医療保険が適用されます。自己負担割合は年齢・所得により異なり、産後の受診では出産した医療機関の産婦人科で対応してもらえることが多いです。1か月の自己負担額が高額になった場合に利用できる制度は次のとおりです。

💰 高額療養費制度の自己負担限度額(医療費100万円の例)
自己負担限度額(70歳未満・区分別)— 適用時期に注意
適用時期年収の目安計算式100万円の場合
~2026年7月診療分
現行
年収約370万~770万円(区分ウ) 80,100円+(医療費-267,000円)×1% 87,430円
2026年8月診療分から
見直し後(第1段階)
年収約370万~770万円(区分ウ) 85,800円+1%(PDF原文の表記) 約92,940円<br><small>(編集部試算)</small>
+ 年間上限 53万円(新設)

※「100万円の場合」の金額のうち、現行(~2026年7月)欄は出典PDFに記載の計算例そのものです。2026年8月欄について、出典PDFに印字されているのは「85,800+1%」という表記のみです。1%を乗じる基準額(現行の267,000円に相当する部分)と、100万円の場合の約92,940円は、PDFに印字されておらず、現行制度と同じ計算方法にもとづくJHO編集部試算です。正確な金額は加入されている健康保険組合等にご確認ください。
※ 制度は改定されることがあります。受診・手術の時期によって自己負担額が変わるため、最新の情報は 厚生労働省の高額療養費制度ページで必ずご確認ください。
出典:厚生労働省「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」(令和7年12月16日) (PDF) |JHO確認日:2026-07-16


よくある質問(FAQ)

乳腺炎になったら授乳をやめたほうがいいですか?
いいえ、多くの場合は授乳を続けたほうが乳管のうっ滞が解消しやすく、回復も早いとされています[2]。抗菌薬が処方された場合も、授乳中に使用できる薬が選ばれるのが一般的です。ただし膿が乳頭から出ている、医師から一時的な中断を指示された場合はその指示に従ってください。
うっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎はどう見分けますか?
うっ滞性は乳房の一部が張って軽い熱感がある程度で発熱がないか軽度、化膿性(感染性)は38.5℃以上の発熱・悪寒・強い痛みを伴うことが目安です[2]。判断に迷う場合は自己判断せず産婦人科・母乳外来に相談してください。
乳腺炎で高熱が出ましたが、市販の解熱剤を飲んでも大丈夫ですか?
授乳中に使用できる解熱鎮痛薬の種類は限られています。自己判断で市販薬を使う前に、薬剤師または処方医に授乳中であることを伝えて相談してください[2]。38.5℃以上の発熱が半日以上続く場合は自宅対応より受診を優先してください。
授乳中ではないのに乳房が赤く腫れて痛みます。乳腺炎ですか?
授乳期以外の乳腺炎は「乳輪下膿瘍」であることが多く、乳頭が陥没している人・喫煙者に多いとされています[6]。ただし非授乳期の乳房の赤み・腫れは炎症性乳がんの可能性も否定できないため、自己判断せず乳腺外科の受診が推奨されます[7]。
抗菌薬を飲んでいるのに赤みが引きません。悪化していますか?
通常の細菌性乳腺炎であれば数日で改善が見られます。抗菌薬治療を続けても改善しない、あるいは赤みが広がる場合は、乳腺炎ではなく炎症性乳がんなど別の病気の可能性を考える必要があるため、速やかに乳腺外科を受診してください[7]。
乳房のしこりが柔らかくなってきました。これは何のサインですか?
しこりの中心が柔らかく波打つように感じる場合、内部に膿がたまる「乳腺膿瘍」に進んでいる可能性があります[6]。抗菌薬だけでは改善しにくく、穿刺や切開排膿が必要になることがあるため、早めの受診が必要です。
乳腺炎を繰り返します。予防する方法はありますか?
授乳間隔を詰めすぎない・空けすぎない、乳頭の傷を早めにケアする、きつすぎるブラジャーや長時間同じ姿勢での圧迫を避けることが、うっ滞を防ぐ基本とされています[2]。頻繁に繰り返す場合は助産師外来で授乳姿勢のチェックを受けることも有効です。
マッサージは強く押したほうが早く治りますか?
従来は積極的な乳房マッサージが勧められてきましたが、近年の国際的なプロトコルでは強い圧迫マッサージや絞りすぎる搾乳はかえって組織を傷め炎症を長引かせる可能性があると指摘されています[4]。痛みを感じるほどの強いマッサージは避け、担当の助産師の指導を優先してください。
乳腺炎で入院になることはありますか?
多くは通院での抗菌薬治療で改善しますが、膿瘍を形成して外科的な切開排膿が必要な場合や、全身状態が悪い場合は入院での治療が検討されることがあります[6]。担当医の判断に従ってください。
次の子の授乳のときも乳腺炎になりやすいですか?
一度乳腺炎を経験すると、同じ側の乳房で繰り返しやすい傾向があるといわれています。授乳間隔の乱れや乳頭の傷、きつい下着による圧迫など、以前に乳腺炎を起こしたときの要因を振り返り、次回の授乳では早めに助産師へ相談しながら予防的にケアを行うと安心です[2]。

乳腺炎に関する記事一覧


肉芽腫性乳腺炎など、乳輪下膿瘍よりもさらにまれな非授乳期の乳腺炎については、原因がまだ十分に解明されておらず、今回参照した資料には確立した予防法の記載が見当たりませんでした。

参考文献

  1. 厚生労働省作成・こども家庭庁公開「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定版、母乳育児支援の全般的な位置づけの根拠)cfa.go.jp
  2. 公益社団法人日本助産師会・一般社団法人日本助産学会「乳腺炎ケアガイドライン2020」(本記事のうっ滞性・感染性(化膿性)乳腺炎の定義・発熱基準・炎症性乳がんとの鑑別の主な典拠)midwife.or.jp
  3. Mitchell KB, Johnson HM, et al. Academy of Breastfeeding Medicine Clinical Protocol #36: The Mastitis Spectrum, Revised 2022. Breastfeeding Medicine. 2022. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
  4. Douglas P, et al. Does the Academy of Breastfeeding Medicine’s Clinical Protocol #36 ‘The Mastitis Spectrum’ promote overtreatment and risk worsened outcomes for breastfeeding families? Commentary. International Breastfeeding Journal. 2023. pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  5. 乳腺専門クリニックによる乳輪下膿瘍の解説(危険因子・治療方針)aikabreastclinic.com
  6. 炎症性乳がんに関する解説(乳腺炎との鑑別・抗菌薬無反応時の対応)gan-medical-chiryou.com