バルサルバ法とは?頻脈の止め方から危険性まで専門医が徹底解説
脳と神経系の病気

バルサルバ法とは?頻脈の止め方から危険性まで専門医が徹底解説

突然の激しい動悸に襲われたとき、不安や焦りを感じる方は少なくないでしょう。その「発作性上室性頻拍(SVT)」と呼ばれる頻脈の一部は、特定の呼吸法によってご自身で停止させられる可能性があります。その代表的な方法が「バルサルバ法」です。

バルサルバ法は、意図的に胸の中の圧力(胸腔内圧)を高めることで、自律神経を介して心臓の働きや血圧に影響を与える、古くから知られた生理学的な手技です。その歴史は18世紀のイタリアの解剖学者アントニオ・マリア・バルサルバにまで遡ります1

本記事では、権威ある医学雑誌『The Lancet』に掲載された画期的な研究2や日本循環器学会(JCS)の診療ガイドライン3など、信頼性の高い科学的エビデンスに基づいて、バルサルバ法の原理から具体的なやり方、多様な応用例、安全性に関する注意点までをわかりやすく解説します。

本記事は、厚生労働省や日本の専門学会、国立研究機関、査読付き論文などの公的情報をもとに、JHO(JapaneseHealth.org)編集委員会が日本の生活者向けに整理・執筆したものです。頻脈の止め方という実用的な側面だけでなく、ご自身やご家族が安心して医療機関と相談できるようになるための知識も丁寧にお伝えします。

要点まとめ

  • バルサルバ法は、閉じた気道にいきむように息を吐き出すことで、血圧や心拍数を意図的に変化させる生理学的な手技です。
  • 特定タイプの頻脈(発作性上室性頻拍)に対し、仰向けになり脚を上げる「改良型バルサルバ法」が標準的な方法より高い効果を示し、ランダム化比較試験では成功率が17%から43%へと約2.5倍に上昇しました2
  • 頻脈停止以外にも、自律神経機能の診断、心臓の検査、飛行機やダイビングでの耳抜きなど、医療現場から日常生活まで幅広い用途で利用されています。
  • 一般的には安全性の高い手技とされていますが、特定の心臓病や高度の高血圧、眼科疾患、頭蓋内圧亢進が疑われる状態などではリスクが高く、自己判断で行うべきではありません。実施前には必ず医師への相談が不可欠です。
  • 本記事は、日本の循環器治療と自律神経医療を牽引する専門家の知見や、日本循環器学会のガイドライン、日本および海外の最新エビデンスを総合して、JHO編集委員会が構成しています。
  • バルサルバ法は「治療の代わり」ではなく、あくまで適切に評価された患者さんに対する補助的な自己対処法であり、繰り返す動悸や強い症状がある場合には速やかな受診が必要です。

発作性上室性頻拍(SVT)とバルサルバ法の関係

バルサルバ法が特に有効とされるのが、突然心拍数が速くなる「発作性上室性頻拍(paroxysmal supraventricular tachycardia:SVT)」の一部です。SVTは、心臓の上の方(心房や房室結節)で電気信号がぐるぐる回ってしまうことで脈が急に速くなる不整脈で、多くの場合は数分〜数十分で自然におさまりますが、強い動悸や不安を引き起こします。

日本循環器学会や欧州心臓病学会などのガイドラインでは、血圧が保たれており意識障害がない「血行動態が安定した」SVTに対して、まずは薬剤や電気ショックの前に、バルサルバ法などの迷走神経刺激手技を試みることが推奨されています23。ただし、これは医療機関で心電図モニターなどの監視下で行われることを前提としている場合も多く、誰にでも自宅で自由に行ってよいという意味ではありません。

SVTが疑われる主な症状

  • 突然はじまる「ドキドキ」「バクバク」といった強い動悸
  • 脈が非常に速く整っている感じ(規則正しいが速い)
  • 胸の圧迫感や軽い息苦しさ
  • 不安感、胸の違和感、軽いめまい、ふらつき など

こうした症状が数分~数十分でおさまり、受診時の検査で重い心臓疾患が否定されている場合、主治医の指導のもとで改良型バルサルバ法を含む迷走神経刺激手技を「自己対処法」として使うことが検討されます。

救急車を呼ぶべき危険なサイン

  • 胸の強い痛みや締め付け感、圧迫感が続く
  • 冷や汗が出るほどの息苦しさ、呼吸困難
  • 意識が遠のく、実際に倒れてしまう、会話ができない
  • 片側の手足の脱力、ろれつが回らない、顔のゆがみなど脳卒中を疑う症状
  • 動悸が30分以上続き、休んでもおさまらない

これらのサインがあるときは、バルサルバ法で様子を見るのではなく、ただちに救急要請(119番)を検討する必要があります。バルサルバ法はあくまで「主治医と相談したうえで、一部の安定したSVT患者さんが使える補助的な手段」であり、命に関わる症状を我慢するためのテクニックではありません。

バルサルバ法とは?基本的な原理と4つのフェーズ

バルサルバ法の核心は、「閉鎖した声門(のど)に対して、強く息を吐き出そうと『いきむ』こと」です。この一見シンプルな動作が、体内では血圧と心拍数のダイナミックな連続変化を引き起こします。この一連の反応は、生理学的に4つの明確なフェーズに分けられ、それぞれが診断や治療において重要な意味を持ちます1

フェーズ1:いきみ始め(血圧の一時的上昇)

強く「いきむ」動作を開始した瞬間、胸腔内の圧力が急激に上昇します。これにより、肺にある血液が物理的に左心室へと押し出され、大動脈へと送り出される血液量が増加します。その結果、血圧は一時的に上昇します1

フェーズ2:いきみ中(血圧低下と心拍数増加による代償)

いきみを続けている間、高い胸腔内圧が心臓に戻ろうとする静脈血の流れ(静脈還流)を妨げます。これにより心臓から送り出される血液の量(心拍出量)が減少し、血圧は低下し始めます。この血圧低下を感知した体は、交感神経系を活性化させます。心拍数を増やし、末梢の血管を収縮させることで、血圧を正常範囲に保とうとする代償機構が働くのです1

フェーズ3:いきみ解除(血圧の一時的低下)

いきむのをやめた瞬間、胸腔内圧は急速に正常に戻ります。これにより、それまで圧迫されていた肺の血管が一気に広がり、一時的に血液が肺に溜まるような状態になります。その結果、血圧は4つのフェーズの中で最も低い値まで一過性に低下します1

フェーズ4:回復期(血圧オーバーシュートと心拍数の正常化)

フェーズ3の直後、心臓への静脈還流が急激に回復します。フェーズ2で収縮していた末梢血管に対し、正常に戻った心臓が力強く血液を送り出すため、血圧は基準値を超えて大きく上昇します。この現象は「血圧オーバーシュート」と呼ばれます。この急な血圧上昇を圧受容器が感知し、今度は副交感神経(迷走神経)の活動が活発になります。その結果、心拍数は著しく減少し、血圧も正常値へと戻っていきます。頻拍を停止させる効果は、主にこのフェーズ4での強力な迷走神経刺激によってもたらされます1

やさしく言い換えると

つまりバルサルバ法は、「いきむことで一度血圧と心拍を揺さぶり、その後の反射的な迷走神経の働きを利用して、暴走している心臓のリズムをリセットする」イメージの手技です。こうした生理学的な仕組みを知っておくと、「なぜこの方法で頻拍が止まる可能性があるのか」が理解しやすくなり、主治医と治療方針を話し合う際にも役立ちます。

【最重要】発作性上室性頻拍(SVT)を止めるための「改良型バルサルバ法」

多くの解説サイトが旧来の標準的な方法(座位のまま行うバルサルバ法)のみを紹介しているなか、本記事では科学的根拠に基づき、最も効果が高いとされる「改良型バルサルバ法(modified Valsalva maneuver)」を詳しく紹介します。これは、突然の動悸に襲われた患者さん5にとって、正しく使えば非常に有用な自己対処法となり得る手技です。

2015年に権威ある医学雑誌『The Lancet』で発表されたREVERT試験により、この改良法の有効性が明確に示されました2。その後も同様の手技を用いた臨床研究が発表されており、血行動態が安定したSVTに対する第一選択となる迷走神経刺激手技として、ガイドラインや教育コンテンツで広く紹介されています178

ただし、改良型バルサルバ法を自宅で試してよいかどうかは人によって異なり、「医師から具体的な指示を受けた成人の患者さんで、発作時も血圧や意識が保たれていること」が前提になります。以下の手順は、主治医から実施を許可され、あらかじめやり方の説明やデモを受けた人が、自宅などで再現できるように整理したものです。初めて行う場合は、必ず医療機関で医師や看護師と一緒に練習してください。

  1. 姿勢の準備: まず、ベッドやソファに、上半身を45度起こした状態(半座位)で座ります。めまいや転倒を防ぐため、なるべく安全に横になれる環境を整え、可能であれば家族などの介助者にそばにいてもらいましょう。
  2. 息こらえ(約15秒間): 約40mmHgの圧力で15秒間、強く「いきむ」必要があります。医療機関では10mLの注射器の先端を口にくわえ、プランジャーがわずかに動く程度の強さで息を吹き込み続けることでこの圧力を実現します2。ご家庭に注射器がない場合は、お腹に力を入れて、便秘のときにいきむような感覚で、声を出さずに強く息をこらえてください。
  3. 迅速な体位変換: 15秒間の息こらえが終わった直後、介助者に素早く仰向けの姿勢(水平)にしてもらい、同時に両脚を約45度の角度に持ち上げてもらいます。この下肢挙上が、心臓への血液還流を増やし、フェーズ4での血圧オーバーシュートと迷走神経反射を強める鍵となります。
  4. 姿勢の維持(約15秒間): 脚を上げた仰向けの姿勢を15秒間維持します。この間は、過度に力まないように注意しつつ、できるだけリラックスを心がけます。
  5. 回復: その後、元の半座位の姿勢にゆっくり戻ります。通常、この一連の動作の直後〜数十秒以内に頻拍が停止し、動悸が治まるのが感じられます。視覚的なガイドは、英国の医療機関が公開している教育動画なども参考になります6

前述のREVERT試験では、従来の標準的なバルサルバ法(座位のまま行う)の成功率が17%であったのに対し、この改良法の成功率は43%と、2.5倍以上の有効性が示されました278。さらに、この結果は日本の臨床現場にも大きな影響を与えています。日本循環器学会(JCS)と日本不整脈心電学会が共同で発行した「不整脈薬物治療ガイドライン(2020年改訂版)」においても、血行動態が安定しているSVTに対して、迷走神経刺激手技は最も推奨度が高い「クラスI」と位置づけられており、特に「下肢挙上を行うと効果が高まる可能性がある」と明記されています3。これは、国際的なエビデンスが日本のトップレベルの専門家にも支持され、臨床実践に反映されていることを示しています。

自宅で改良型バルサルバ法を使う前に確認しておきたいこと

  • 主治医から「SVTであること」「血行動態が安定していること」が確認されているか。
  • 医療機関で実際に手技を一緒に行い、やり方と中止すべきサイン(めまい、胸痛、息苦しさなど)を説明されているか。
  • 発作時に一人きりにならないよう、家族や同居人に手技の存在と注意点を共有しているか。
  • 持病(高血圧、心臓病、眼科疾患、神経疾患など)や服薬内容が変わった場合に、その都度医師に「まだバルサルバ法を使ってよいか」を再確認しているか。

これらの点を確認せずに「ネットで見たから」「以前は大丈夫だったから」と自己判断で繰り返すことは、YMYL(Your Money Your Life)の観点から非常にリスクが高い行為です。迷ったときは、必ず医師に相談してください。

バルサルバ法のその他の応用例

バルサルバ法は頻脈停止以外にも、医療のさまざまな場面で診断や治療に応用されています。また、日常生活においても、その原理が活用されることがあります。

自律神経機能障害の診断

糖尿病性神経障害や起立性低血圧など、自律神経の異常が疑われる際の検査に用いられます。いきみの最中(フェーズ2)と回復期(フェーズ4)の心拍数の変化率を「バルサルバ比(Valsalva ratio)」として数値化し、心臓迷走神経の機能を客観的に評価します1。専門的な検査では、40mmHgの圧で15秒間いきむという厳密なプロトコルが定められており9、検査室で医師や検査技師の監視下で実施されます。

心臓疾患の評価

心不全患者では、正常な血圧応答(特にフェーズ4でのオーバーシュート)が見られず、「方形波応答(square wave response)」と呼ばれる平坦なパターンを示すことがあります。これは左心室の機能低下を示唆する所見です1。特に、日本の心筋症診療ガイドラインでは、肥大型心筋症(HCM)の診断において、心エコー検査中にバルサルバ負荷を行い、心臓内の異常な圧力差を誘発・評価することが推奨されています10。この分野では、高知大学の北岡裕章教授11のような専門家が研究をリードしています。

耳抜き(航空機・ダイビング)

飛行機の上昇・下降時や、ダイビング中に感じる耳の詰まり(耳閉感)は、中耳と外部の気圧差によって生じます。鼻をつまんで軽く息を送り込む「耳抜き」は、バルサルバ法の原理を応用したもので、耳管を開いて圧力を均等にする効果があります。JAL(日本航空)12などの航空会社も紹介している非常に身近な例ですが、鼓膜を傷つける可能性があるため、必ず「優しく」行うことが重要です。ダイビングにおいては特に重要なスキルとされており13、インストラクターの指導のもとで正しい方法を習得する必要があります。

ウェイトリフティングでの利用と危険性

重量挙げの選手などが高重量を持ち上げる際に息を止めていきむのは、バルサルバ法によって腹圧と胸腔内圧を高め、体幹を固定して最大筋力を発揮するためです。日本の健常者を対象とした研究でも、この方法が瞬間的な筋力を増強させることが示されています14。しかし、この行為は血圧を安全域を超えて急激かつ大幅に上昇させるため、特に高血圧や心臓病のある人にとっては非常に危険を伴います。眼底出血15などのリスクも報告されており、米国心臓協会(AHA)は、心臓に疾患を持つ人々に対し、このような高負荷のトレーニングを避けるよう強く勧告しています16。健康な方でも、「限界までいきむ」ようなトレーニングを自己流で続けるのは避け、トレーナーや医師と相談しながら安全性を確保することが大切です。

その他の専門的応用

バルサルバ法は、産科領域で分娩を補助するために限定的に用いられることがあるほか17、内視鏡検査時に咽頭の視野を広げて微小な病変の観察を助ける目的18など、専門的な臨床現場でも応用されています。また、日本国内でも、心臓の欠損孔(卵円孔開存)の評価19や硬膜の閉鎖補助20など、本手技を用いた臨床試験が厚生労働省(MHLW)のデータベースに登録されており、その臨床的意義が現代においても探求され続けています。

安全な実施のために:禁忌と注意すべき点

バルサルバ法は多くの人にとって比較的安全ですが、特定の状態にある方にとっては深刻なリスクを伴う可能性があります。とくに以下のような背景を持つ方は、原則として自己判断でバルサルバ法を行うべきではなく、医師の厳密な指示のもとでのみ実施が検討されます。このリストは、StatPearlsなどの権威ある医学情報源に基づいています1

  • コントロールが極めて不良な重度の高血圧
  • 最近(例:3ヶ月以内)の心筋梗塞や不安定狭心症
  • 重度の僧帽弁狭窄症や大動脈弁狭窄症など、重い弁膜症
  • 増殖性糖尿病網膜症など、眼圧上昇が危険な眼科的疾患
  • 眼内レンズ(特に水晶体前方)を挿入している場合
  • 脳圧亢進が疑われる状態(例:脳腫瘍、最近の頭部外傷)
  • その他、医師が不適当と判断した場合

【重要】持病(特に心臓病、高血圧、脳血管疾患、緑内障など)をお持ちの方や、ご自身の状態に不安がある方、初めて試す方は、必ず事前にかかりつけの医師に相談し、その指示に厳密に従ってください。自己判断での実施は絶対に避けてください。とくに、胸痛や呼吸苦、神経症状を伴う動悸は救急受診の対象となり得るため、「バルサルバ法で様子を見る」こと自体が危険な場合があります。

よくある質問 (FAQ)

Q1: 改良型バルサルバ法は一人でもできますか?

介助者がいるのが最も安全かつ効果的ですが、もし一人で行う場合は、息を止めた後、素早く床やベッドに仰向けになり、近くの壁などに脚を高くかけることで体位変換を代用できる可能性があります。ただし、特に初めての場合や持病がある場合、体位変換中にめまいなどを起こすリスクも考えられます。

安全性と効果を確実にするため、まずは医師に相談し、医療機関で正しい方法を指導してもらうことが極めて重要です。「どのような状況で試してよいか」「どの症状が出たら中止すべきか」についても、必ず事前に確認しておきましょう。

Q2: 何回まで試してよいですか?効果がなかったら?

Cleveland Clinicなどの専門機関は、1〜2回試しても頻脈が止まらない場合、または胸の痛み、強いめまい、息苦しさといった他の症状が現れた場合は、それ以上繰り返さずに直ちに医療機関を受診するか、救急車(119番)を要請することを推奨しています21

この手技で時間を浪費し、専門的な治療の開始を遅らせることは危険です。「何度もやればそのうち止まるだろう」と考えるのではなく、決めた回数で打ち切り、必要に応じて早めに受診することが大切です。

Q3: 子どもにも使えますか?

小児科領域でも、SVTに対しては氷袋を顔に当てるなどの迷走神経刺激手技が用いられますが、バルサルバ法を含め、その適応や方法は年齢、体重、協力度、そして全身状態によって大きく異なります。

保護者の方が自己判断でお子さんに行うことは絶対に避けてください。小児の頻脈は、必ず小児科医、特に小児循環器専門医の診断と指示のもとで対処されるべきです。救急外来やかかりつけ小児科で、「どのようなときにどの対処をしてよいか」を事前に相談しておきましょう。

Q4: 妊娠中や産後にバルサルバ法をしても大丈夫ですか?

妊娠中は、子宮や血管、心臓への負担が平常時と大きく異なります。分娩時にはいきみ(バルサルバ様の動作)が限定的に用いられることがありますが17、これは産科医や助産師の管理下で行われる医療行為です。

妊娠中・産後に動悸や頻脈が気になる場合でも、自己判断でバルサルバ法を行うのではなく、まず産科・循環器内科の医師に相談してください。「妊娠中も含めてこの手技を使ってよいか」「代わりにどのような対処法があるか」を個別に評価してもらうことが重要です。

Q5: 日常的なトレーニング目的でバルサルバ法を繰り返してもよいですか?

バルサルバ法は、本来は検査や治療、あるいはSVTなどの特定の症状に対する一時的な対処として用いられる手技です。心肺機能のトレーニングやリラックス目的で、頻繁にいきみを繰り返すことは推奨されません。

特に高血圧や心臓病、眼科疾患を持つ方では、血圧の急上昇や眼底出血などのリスクが高まる可能性があります115。呼吸法やリラクゼーションのトレーニングを行いたい場合は、医師や理学療法士、トレーナーに相談し、より安全な方法を選びましょう。

Q6: どのようなときに救急車を呼ぶべきですか?

動悸に加えて、次のような症状がある場合は、バルサルバ法を試す前に、あるいは試した直後であっても、ためらわずに救急要請(119番)を検討してください。

  • 胸の強い痛み、締め付け感、圧迫感が続く
  • 呼吸が苦しい、息が吸えない、会話ができないほどの息切れ
  • 意識が遠のく、実際に倒れる、意識がぼんやりして受け答えができない
  • 片側の手足の脱力、しびれ、ろれつが回らない、顔のゆがみなど
  • 脈が非常に速い状態が30分以上続き、安静にしてもおさまらない

これらは、心筋梗塞や危険な不整脈、脳卒中などのサインである可能性があります。「一度バルサルバ法を試してからでよい」と判断してしまうと、適切な治療開始が遅れてしまうおそれがあります。

Q7: バルサルバ法をしたあとに気分が悪くなった場合はどうすればよいですか?

めまい、ふらつき、気分の悪さ、胸の痛み、息苦しさなどが出た場合は、ただちに手技を中止し、安全な姿勢(仰向けや横向きなど)で安静にしてください。そのうえで、可能であれば血圧や脈拍を測定し、症状が強いときや改善しないときは、救急外来やかかりつけ医に連絡しましょう。

「毎回バルサルバ法をすると具合が悪くなる」「以前よりも気分不良が強くなってきた」と感じる場合は、その時点で手技がご自身に適していない可能性があります。医師に相談し、以後は自己判断で行わないようにしてください。

結論

バルサルバ法、特にその改良版は、発作性上室性頻拍(SVT)に対して科学的に有効性が証明された、非常に有用な自己対処法です。生理学的な原理と4つのフェーズを理解し、正しい手順で行えば、多くの患者さんが薬物治療や電気的除細動を受けずに発作を止められる可能性があります。

一方で、その強力な効果の裏には、無視できないリスクも存在します。特定の心疾患、高血圧、眼科疾患、神経疾患などを持つ方では、わずかな負荷の違いが重篤な合併症につながることもあります。安全な実施のためには、禁忌事項の理解と、事前に医師から「この手技をどの場面で使ってよいか」について明確な指示を受けておくことが不可欠です。

本記事は、皆さまに信頼できる最新の情報を提供することを目的としており、個々の患者さんに対する医学的アドバイスや診断を直接行うものではありません。繰り返す動悸やその他の気になる症状がある場合は、自己判断に頼ることなく、必ず循環器専門医などの医療機関を受診し、正確な診断とご自身に合った治療計画について相談してください。

免責事項

この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイス、診断、治療に代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合、または本記事の内容について不明点や不安がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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