【科学的根拠に基づく】低用量ピルの長期服用は安全?がん・血栓症リスクの科学的真実と利益の全貌
性的健康

【科学的根拠に基づく】低用量ピルの長期服用は安全?がん・血栓症リスクの科学的真実と利益の全貌

低用量ピルを毎日、長期間にわたって飲み続けることについて、「本当に体に悪影響はないのだろうか」という漠然とした、しかし切実な不安をお持ちではありませんか。避妊、つらい月経困難症の緩和、あるいはPMS(月経前症候群)の改善など、様々な理由でピルを服用、または検討している多くの女性が同じ疑問を抱いています。その不安は、決して不自然な感情ではありません。本記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、そのようなあなたの不安を解消するために執筆されました。私たちの目的は、曖昧な情報や個人的な体験談ではなく、最新かつ信頼性の高い科学的根拠(エビデンス)に基づいた正確な知識を提供することです。世界保健機関(WHO)や日本産科婦人科学会(JSOG)などの権威ある機関の公式見解と、大規模な長期追跡研究の結果を基に、低用量ピルの長期使用がもたらすリスクと、それを上回る可能性のある利益の全体像を、公平かつ徹底的に解説します。この記事が、あなた自身の体と未来のために、情報に基づいた賢明な選択を下すための「羅針盤」となることを心から願っています。1

本記事の科学的根拠

本記事は、提供された調査報告書に明示的に引用されている、最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下に示すのは、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性です。

  • 日本産科婦人科学会 (JSOG)・日本女性医学学会 (JMHW): 本記事における処方前の検査、禁忌事項、飲み忘れ時の対処法、血栓症の初期症状(ACHES)など、日本の実臨床に即した記述の大部分は、両学会が共同で作成した『OC・LEPガイドライン 2020年度版』に基づいています。23
  • Royal College of General Practitioners’ (RCGP) Oral Contraception Study: 44年間にわたる英国の大規模コホート研究であり、本記事における乳がんや子宮頸がんリスクの一時的な増加と、卵巣がん、子宮体がん、大腸がんリスクの長期的かつ持続的な減少に関する核心的なデータの根拠となっています。4
  • 世界保健機関 (WHO): 避妊法の医学的適格性に関する国際基準(MEC)や、静脈血栓塞栓症(VTE)リスクに関する世界的な見解の根拠として引用しています。5
  • 米国産科婦人科学会 (ACOG): 高血圧、肥満、喫煙といった合併症を持つ女性への処方ガイドラインや、特定のホルモン(ドロスピレノン)を含むピルのVTEリスクに関する見解の根拠としています。6
  • 米国国立がん研究所 (NCI): ピルと各種がんリスクの関連性に関する疫学研究のメタアナリシスの結果を引用し、リスクと利益のバランスを解説する上での科学的裏付けとしています。7

要点まとめ

  • 低用量ピルの長期服用は、血栓症のリスクをわずかに増加させますが、その確率は極めて低く、妊娠時や産後のリスクよりはるかに低いことが科学的に示されています。
  • がんのリスクに関しては、乳がんや子宮頸がんのリスクを一時的にわずかに高める一方、卵巣がん、子宮体がん、大腸がんのリスクを長期にわたり大幅に減少させます。生涯で見ると、がん全体のリスクはむしろ低下または相殺される可能性が示唆されています。
  • 避妊効果に加え、月経困難症、過多月経、月経前症候群(PMS)の改善、ニキビの治療など、生活の質(QOL)を大きく向上させる多くの副効用(ベネフィット)があります。
  • ピルが直接の原因で太ることや、将来の妊娠に悪影響を及ぼすことは科学的に否定されています。服用中止後は速やかに排卵が回復します。
  • 最も重要なのは、個人の健康状態や危険因子を医師と共有し、日本産科婦人科学会のガイドラインに沿って正しく服用することです。自己判断での中断や開始は避けるべきです。

第1章:そもそも低用量ピルとは? – 基本の「き」

低用量ピルについて正しく理解することは、漠然とした不安を解消するための第一歩です。ここでは、ピルがどのように作用するのか、そして日本で処方されているピルにはどのような種類があるのかを正確に解説します。

1.1. ピルが作用する3つの仕組み

低用量ピルは、主に2種類の女性ホルモン(卵胞ホルモン:エストロゲンと黄体ホルモン:プロゲスチン)を含んでいます。これらのホルモンが体に作用することで、主に以下の3つの仕組みによって妊娠を防ぎます。8

  1. 排卵の抑制: 脳下垂体に働きかけて、卵巣からの排卵を促すホルモンの分泌を止めます。これが最も主要な避妊作用です。
  2. 子宮内膜の増殖抑制: 受精卵が着床しにくいように、子宮内膜が厚くなるのを防ぎます。この作用により、経血量が減少し、月経痛が軽くなります。
  3. 頸管粘液の変化: 子宮の入り口にある頸管粘液を、精子が子宮内へ侵入しにくい性質に変えます。

1.2. 日本で処方されるピルの種類:世代とホルモンの違い

日本で処方されるピルは、含まれるホルモンの量や種類によっていくつかに分類されます。これを知ることで、医師がなぜそのピルをあなたに選んだのかを理解する助けになります。9

表1:日本の主なOC・LEP製剤の種類と特徴
世代 黄体ホルモン名 製品名例 特徴
第1世代 ノルエチステロン フリウェルLD/ULD 月経困難症治療薬(LEP)として広く使用。子宮内膜を安定させる作用が比較的強い。
第2世代 レボノルゲストレル アンジュ、トリキュラー、ラベルフィーユ 長年の使用実績があり安全性が確立。男性ホルモン作用がややある。
第3世代 デソゲストレル マーベロン、ファボワール 男性ホルモン作用が少なく、ニキビや多毛症の改善が期待できる。
第4世代 ドロスピレノン ヤーズ、ヤーズフレックス 超低用量。利尿作用があり、むくみにくいとされる。PMS/PMDDの症状改善効果も認められている。
ドロスピレノン スリンダ エストロゲンを含まないプロゲスチン単独ピル(ミニピル)。血栓症リスクが極めて低いとされる。10

1.3. OCとLEPの違いは「目的」と「保険適用」

医療機関でピルの話を聞く際、「OC」と「LEP」という言葉を耳にすることがあります。この二つは成分がほぼ同じであるにも関わらず、使用目的と医療保険の適用が異なります。3

  • OC (Oral Contraceptives – 経口避妊薬): 主に避妊を目的として処方されます。自由診療のため、費用は全額自己負担となります。
  • LEP (Low dose Estrogen-Progestin – 低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬): 月経困難症や子宮内膜症の治療を目的として処方されます。治療目的のため、健康保険が適用されます。

あなたがどちらの目的でピルを必要としているかによって、処方される薬剤の名称や費用が変わることを知っておきましょう。

第2章:最大の懸念「血栓症」のリスクを正しく知る

ピルの長期服用において、多くの人が最も心配するのが「血栓症」のリスクです。血栓症は、血管の中に血の塊(血栓)ができて詰まってしまう病気で、稀ではありますが重篤な結果を招く可能性があります。しかし、このリスクを過度に恐れるのではなく、科学的なデータに基づいて正しく理解することが極めて重要です。

2.1. 血栓症(VTE)とは何か?

ピルの副作用として特に注意が必要なのは、「静脈血栓塞栓症(VTE)」です。11 これは、主に足の深い場所にある静脈に血栓ができる「深部静脈血栓症」と、その血栓が血流に乗って肺に達し、肺の血管を詰まらせる「肺塞栓症」を指します。肺塞栓症は、命に関わることもある危険な状態です。

2.2. 「リスクの天秤」:ピルと妊娠、どちらがリスクが高い?

ピルがVTEのリスクを増加させることは事実ですが、そのリスクを他の状況と比較することで、客観的な視点を得ることができます。米国産婦人科学会(ACOG)などが示すデータによれば、リスクの大きさは「ピルを服用していない女性 < ピル服用女性 << 妊娠中の女性 <<< 産後の女性」の順になります。12 これは、ピルを服用することのリスクは、妊娠・出産に伴う体の自然な変化によるリスクよりもはるかに低いことを意味します。

表2:静脈血栓塞栓症(VTE)のリスク比較(年間1万人あたり)
対象となる女性 VTEを発症する人数 出典
OC非使用の健康な女性 1~5人 12
OC使用者 3~12人 126
妊娠中の女性 5~20人 12
産後12週間の女性 40~65人 12

この表が示すように、ピル服用者のリスクは非服用者に比べて高くはなりますが、その絶対数は非常に少なく、妊娠・出産がもたらす生理的なリスク上昇と比較すると低いレベルに留まります。この「リスクの天秤」を理解することは、ピルの安全性を考える上で非常に重要です。

2.3. あなたは当てはまる?血栓症リスクを高める要因【JSOGガイドライン準拠】

ピルのVTEリスクは誰にでも同じようにあるわけではありません。日本産科婦人科学会(JSOG)は、安全な処方のためのガイドラインを定めており、特定の危険因子を持つ女性には処方をしない(禁忌)、あるいは特に注意して処方する(慎重投与)としています。23

血栓症リスクを高める主な要因

  • 年齢と喫煙: 35歳以上で1日15本以上喫煙する方は、心血管系の病気のリスクが非常に高いため「禁忌」となります。
  • 肥満: 高度の肥満(BMI 30以上など)は血栓症の独立した危険因子です。
  • 高血圧: 管理されていない高血圧がある場合、処方はできません。
  • 片頭痛: 特に「前兆(閃輝暗点など、頭痛の前に視野にキラキラしたものが見える等)」を伴う片頭痛がある方は「禁忌」です。
  • 既往歴・家族歴: ご自身やご家族に血栓症にかかった方がいる場合。
  • 手術前後: 長時間体を動かせない予定手術の前後は、一時的に休薬が必要です。

これらの危険因子がないかを確認するため、ピルの処方前には医師による詳細な問診が不可欠です。正直に自分の健康状態を伝えることが、安全な服用への第一歩です。

2.4. ピルの世代と血栓症リスク:ドロスピレノン(ヤーズ等)は危険?

「新しい世代のピルは血栓症のリスクが高い」という情報を耳にしたことがあるかもしれません。特に第4世代の黄体ホルモンであるドロスピレノンを含むピル(ヤーズ、ヤーズフレックスなど)について、第2世代のレボノルゲストレルを含むピルに比べてVTEリスクがわずかに高い可能性を示唆する研究が存在します。13 しかし、米国生殖医学会(ASRM)などの専門機関は、その差は臨床的に非常に小さく、絶対的なリスク増加はごくわずかであるとの見解を示しています。12 重要なのは、どの世代のピルであってもVTEリスクは依然として低く、妊娠時のリスクを大きく下回るという事実です。

2.5. 見逃さないで!血栓症の初期症状「ACHES」

万が一の事態に備え、血栓症の初期症状を知っておくことは極めて重要です。日本産科婦人科学会は、注意すべき症状の頭文字をとった「ACHES(エイクス)」という覚え方を推奨しています。2 もしピル服用中に以下の症状のいずれかが現れた場合は、直ちに服用を中止し、救急外来など医療機関を受診してください。

  • A: Abdominal pain (激しい腹痛)
  • C: Chest pain (激しい胸痛、息苦しさ、押しつぶされるような痛み)
  • H: Headache (激しい頭痛)
  • E: Eye / Speech problems (見えにくい、視野が狭い、舌がもつれる、失神)
  • S: Severe leg pain (ふくらはぎの激しい痛み・むくみ・腫れ・赤み)

第3章:ピルと「がん」の真実 – 長期的なリスクと利益のバランス

ホルモン剤であるピルが、がんのリスクに与える影響は、多くの女性にとって大きな関心事です。結論から言うと、ピルの長期使用は「一部のがんのリスクを一時的にわずかに高める一方で、別のがんのリスクを長期的かつ大幅に低下させる」という二面性を持っています。生涯という長い視点で見ると、その収支は必ずしもマイナスではないことが、大規模な研究によって明らかになっています。

3.1. リスクが「わずかに増加」するがん

米国国立がん研究所(NCI)などの分析によると、以下の二つのがんについて、リスクのわずかな増加が報告されています。7

  • 乳がん: ピルを現在使用している、または使用を中止して間もない女性では、非使用者に比べて乳がんのリスクがわずかに(相対リスクで約1.2~1.3倍)高まるとされています。しかし、このリスク上昇は永続的なものではなく、服用を中止してから5~10年経つと、非使用者との差はなくなります。4 近年の研究では、エストロゲンを含まないプロゲスチン単独ピル(ミニピル)でも、同様の傾向が見られることが示唆されています。14
  • 子宮頸がん: 5年以上の長期使用でリスクが増加することが知られています。しかし、これも服用中止後10年でリスクは非使用者と同レベルに戻ります。また、子宮頸がんの最大の危険因子はヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染であり、ピルの服用が性行動に影響を与える可能性(交絡因子)も考慮する必要があります。7 定期的な子宮頸がん検診を受けることが、リスク管理において最も重要です。

3.2. リスクが「大幅に減少」するがん【持続的な利益】

一方で、ピルの長期使用は、以下の主要ながんのリスクを顕著に、そして長期間にわたって減少させるという、非常に大きな利益をもたらします。この事実は、しばしば見過ごされがちですが、生涯の健康を考える上で極めて重要です。

  • 卵巣がん: 服用期間が長ければ長いほどリスクは低下し、10年以上の服用でリスクは約80%も減少します。特筆すべきは、この予防効果が服用を中止した後も30年以上にわたって持続することです。4
  • 子宮体がん: リスクが約50%低下し、この効果も同様に服用中止後30年以上持続します。4
  • 大腸がん: リスクが約15~20%低下することも、大規模な研究で示されています。4

3.3. 結論:生涯を通してみた「がんリスクの収支決算」

この複雑な関係を解き明かしたのが、英国の王立一般開業医協会(RCGP)による、44年間にもわたる大規模な追跡調査です。4 この研究は、ピル使用者の生涯にわたるがんリスクを分析し、「乳がんや子宮頸がんの一時的なリスク増加を考慮しても、卵巣がんや子宮体がんなどのリスクが大幅かつ持続的に減少するため、全体としてのがんリスクはニュートラル(相殺される)、あるいはむしろ有益である可能性が高い」と結論付けています。つまり、短期的な視点だけでなく、生涯という長い時間軸で見た場合、ピルの服用はがん予防という観点からもメリットがあると考えられるのです。

表4:低用量ピルの長期使用とがんリスクの増減まとめ
がんの種類 リスクの変化(相対リスクの目安) リスク変化の期間 主な出典
乳がん わずかに増加 (約1.2-1.3倍) 一時的(中止後5-10年で元に戻る) 4, 7
子宮頸がん 増加 (長期使用で) 一時的(中止後10年で元に戻る) 7
卵巣がん 大幅に減少 (最大80%減) 持続的(中止後30年以上) 4
子宮体がん 大幅に減少 (約50%減) 持続的(中止後30年以上) 4
大腸がん 減少 (約15-20%減) 持続的 4

第4章:知っておきたい!避妊以外のメリットと主な副作用

低用量ピルの価値は、決して避妊だけに留まりません。多くの女性の生活の質(QOL)を劇的に向上させる可能性のある「副効用(ベネフィット)」と、多くの人が経験するものの、ほとんどが一時的な「マイナートラブル」について理解を深めましょう。

4.1. QOLを向上させる多くの副効用(ベネフィット)

厚生労働省の報告書や日本産科婦人科学会のガイドラインでも、ピルには避妊以外に以下のような多くの有益な効果があると認められています。159

  • 月経困難症の緩和: 子宮内膜の増殖を抑えることで、月経痛の原因となるプロスタグランジンの産生を減少させ、つらい痛みを和らげます。
  • 過多月経の改善: 経血量が著しく減少し、それに伴う貧血の予防・改善につながります。
  • 月経周期の安定化: 毎月決まった時期に月経が来るようになり、予定が立てやすくなります。連続服用が可能なピル(ヤーズフレックスなど)では、月経の回数を年に数回に減らすことも可能です。
  • 月経前症候群(PMS)/月経前不快気分障害(PMDD)の軽減: ホルモン変動を安定させることで、イライラ、気分の落ち込み、体の不調といったPMS/PMDDの症状を和らげます。
  • ニキビの改善: 男性ホルモンの働きを抑える種類のピル(第3、第4世代など)は、大人ニキビの治療に効果的です。
  • 子宮内膜症の治療・悪化予防: 子宮内膜症の病巣の増殖を抑え、痛みを緩和し、病気の進行を防ぎます。
  • その他の利益: 良性の乳房疾患や骨盤内感染症のリスクを低下させることも報告されています。

4.2. 飲み始めに多い「マイナートラブル」

ピルを飲み始めると、体が新しいホルモンバランスに慣れるまでの「慣らし期間」に、いくつかの不快な症状が出ることがあります。これらは「マイナートラブル」と呼ばれ、ほとんどの場合、1~3シート(1~3ヶ月)服用を続けるうちに自然に軽快していきます。9

  • 不正出血(点状出血): 最もよく見られる症状です。少量の出血が続いたり、断続的に起こったりします。
  • 吐き気・嘔吐: 特に飲み始めに感じやすい症状です。
  • 頭痛: エストロゲンの影響で起こることがあります。
  • 乳房の張り・痛み: ホルモンの影響で乳腺が刺激されるために起こります。
  • 気分の変動: 気分が落ち込んだり、イライラしやすくなったりすることがあります。

これらの症状がつらい場合、服用時間を就寝前に変更するなどの工夫で軽減できることがあります。3ヶ月以上経っても症状が改善しない、または悪化するような場合は、ピルの種類が体に合っていない可能性もあるため、処方医に相談しましょう。

4.3. よくある誤解:「太る?」「将来妊娠しにくくなる?」

ピルに関しては、科学的根拠のない誤解が広まっていることがあります。特に多い二つの疑問について、ここで明確にお答えします。

  • 体重増加について: 「ピルを飲むと太る」というのは、多くの研究で否定されています。9 飲み始めにホルモンの影響でむくみが生じたり、食欲が増進したりすることで一時的に体重が増えるように感じることはありますが、ピル自体に脂肪を増加させる作用はありません。
  • 将来の妊孕性(にんようせい)について: ピルの服用が、将来の妊娠しやすさに悪影響を与えることはありません。16 服用を中止すれば、体のホルモンサイクルは自然な状態に戻り、通常1~3ヶ月以内に排卵が再開します。むしろ、子宮内膜症の進行を防いだり、計画的に妊娠のタイミングを考えられるようになったりするなど、将来の妊娠にとってプラスに働く側面もあります。

第5章:安全に続けるための実践ガイド【JSOG準拠】

低用量ピルの効果を最大限に引き出し、安全性を高めるためには、ガイドラインに沿った正しい使い方を学ぶことが不可欠です。ここでは、日本産科婦人科学会(JSOG)のガイドラインに基づいた実践的な知識を紹介します。2

5.1. いつから始める?飲み忘れたらどうする?

ピルの服用開始は、通常、月経が始まった日(月経初日)から5日目までの間に行います。これにより、初日から確実な避妊効果が期待できます。そして、最も重要なのが「飲み忘れ」への対処です。JSOGのガイドラインでは、飲み忘れた錠剤の数や時期によって対処法が定められています。

表5:ピルを飲み忘れた場合の対処法(JSOGガイドライン準拠)
状況 具体的な対処法 追加の避妊
1錠の飲み忘れ (24時間以上48時間未満の遅れ) 気づいた時点ですぐに飲み忘れた1錠を飲み、その日の分も通常通りの時間に飲む。(1日に2錠飲むことになる場合もある) 不要。
2錠以上の飲み忘れ (48時間以上の遅れ) 直近に飲み忘れた1錠だけを飲み、残りの飲み忘れた錠剤は破棄する。その日の分も通常通り飲む。 必要。飲み忘れ後、7日間連続でピルを服用するまで、コンドームを使用するか、性交渉を避ける。
飲み忘れがシートの第1週に起こった場合 上記対処に加え、飲み忘れ後の性交渉があった場合は、緊急避妊薬(アフターピル)の使用を検討する。 必要。
飲み忘れがシートの第3週に起こった場合 上記対処に加え、現在のシートの実薬を飲み終えたら、休薬期間を設けずに次のシートを飲み始める。 必要。

※これは一般的な指針です。ピルの種類によって対処法が異なる場合があるため、必ずご自身の処方薬の説明書を確認し、不明な点は医師や薬剤師に相談してください。

5.2. 定期検診と医師に相談すべき時

ピルを安全に長期間使用するためには、定期的な健康チェックが欠かせません。世界保健機関(WHO)などの国際機関も、定期的な婦人科的評価を推奨しています。5

  • 定期検診: 少なくとも年に1回は、婦人科を受診し、問診、血圧測定、体重測定などを受けましょう。また、子宮頸がん検診も定期的に受けることが強く推奨されます。
  • 医師に相談すべき時:
    • 第2章で解説した血栓症の初期症状「ACHES」が現れた場合(→救急受診)。
    • マイナートラブルが3ヶ月以上経っても改善しない、またはひどくなる場合。
    • これまでになかった不正出血が起こった場合。
    • 手術の予定が決まった場合や、長期間の旅行などで体を動かせなくなる場合。

5.3. 手術や他の薬との飲み合わせ

他の薬やサプリメントとの飲み合わせによっては、ピルの効果が弱まったり、副作用のリスクが高まったりすることがあります。特に注意が必要なものを知っておきましょう。5

  • 手術: 予定されている手術の種類にもよりますが、一般的に、長時間体を動かせなくなるような手術の前には、血栓症のリスクを避けるために4週間前からピルを休薬する必要があります。
  • 効果を弱める可能性のある薬: 一部の抗てんかん薬、抗結核薬、抗真菌薬など。
  • 効果を弱める可能性のあるサプリメント: セント・ジョーンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)は、ピルの代謝を早めて効果を減弱させるため、併用は避けるべきです。

医療機関で他の薬を処方してもらう際や、市販薬・サプリメントを購入する際は、必ずピルを服用していることを医師や薬剤師に伝えてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ピルは何歳から何歳まで飲めますか?

A1. 初経を迎えていれば、10代からでも服用は可能です。閉経期に関しては、日本産科婦人科学会のガイドラインでは、一般的に40歳以上の女性への投与は個々の健康状態を評価した上で慎重に行う「慎重投与」とされています。そして、50歳以上または閉経を迎えた後は、心血管系のリスクが高まるため「禁忌(処方できない)」とされています。2 年齢だけでなく、喫煙習慣や肥満、高血圧の有無など、個人の危険因子を総合的に判断することが重要です。40歳を過ぎたら、よりリスクの低い他の避妊法や治療法への切り替えを医師と相談することが推奨されます。

Q2. 授乳中に飲めますか?

A2. エストロゲンを含む低用量ピルは、母乳の量を減少させたり、質に影響を与えたりする可能性があるため、通常、授乳中の服用は推奨されません。世界保健機関(WHO)の指針では、産後6週間までは禁忌、産後6週間から6ヶ月までは慎重投与とされています。5 産後6ヶ月以降であれば服用可能とする見解が多いですが、赤ちゃんの健康を第一に考え、必ず医師と相談の上で決定する必要があります。なお、エストロゲンを含まないプロゲスチン単独ピル(ミニピル)は、授乳中でも比較的安全に使用できるとされています。

Q3. 不正出血が続くのですが、大丈夫ですか?

A3. 飲み始めの1~3ヶ月間に少量の不正出血が続くのは、体がホルモン状態に慣れる過程で起こる非常によくある現象(マイナートラブル)です。17 ほとんどの場合は、服用を続けるうちに自然に収まります。しかし、出血量が多かったり(月経2日目のような量)、痛みを伴ったり、3シート目を終えても出血が続く場合は、ピルの種類が合っていない、飲み忘れがある、あるいは子宮筋腫やクラミジア感染症など他の病気が隠れている可能性も考えられます。自己判断せず、必ず婦人科を受診してください。

Q4. オンライン処方だけで問題ないですか?

A4. 近年、日本でもオンライン診療によるピル処方が普及し、利便性が大幅に向上しました。18 初診からオンラインで対応してくれるサービスもあり、忙しい方や婦人科へのアクセスが難しい方にとっては非常に有用です。しかし、ピルの安全な服用には、定期的な血圧測定や体重測定、そして年に1回の子宮頸がん検診などが不可欠です。2 オンライン診療の利便性を活用しつつも、少なくとも年に1回は対面の婦人科を受診し、必要な検査を受けるという「賢い使い分け」が、ご自身の健康を守る上で最も重要です。

Q5. ピルをやめたら、いつから妊娠できますか?

A5. ピルの服用を中止すると、抑えられていた排卵機能は速やかに回復します。多くの女性は、中止後1ヶ月から3ヶ月以内に自然な月経周期と排卵が戻り、妊娠が可能になります。16 ピルの服用期間が長かったからといって、排卵の回復が遅れるということはありません。ピルの服用が将来の妊娠能力に悪影響を及ぼすことはなく、むしろ服用中に子宮内膜症などの進行が抑えられることで、将来の妊孕性が保たれるというメリットも期待できます。

結論

低用量ピルの長期服用は、「体に悪い」あるいは「絶対に安全」といった、単純な二元論で語れるものではありません。本記事で見てきたように、それは科学的根拠に裏付けられた明確な「リスク」と、それを上回る可能性のある多くの「利益」のバランスの上に成り立っています。最大の懸念である静脈血栓塞栓症のリスクは実在しますが、その確率は極めて低く、妊娠・出産に伴う自然なリスクよりもはるかに小さいのが事実です。がんに関しても、一部のがんリスクを一時的に微増させる一方で、複数のがんのリスクを長期的かつ大幅に減少させ、生涯という視点で見れば利益が上回る可能性が示唆されています。そして何より、つらい月経症状から解放され、望まない妊娠への不安なく人生を計画できるという、生活の質(QOL)の向上という計り知れない利益があります。最も重要なことは、あなた自身の健康状態、生活習慣、そして将来の計画を、専門家である産婦人科医と率直に話し合うことです。本記事で得た知識を基に、ご自身の危険因子を正しく理解し、医師との対話を通じて、あなたにとって最適な選択をしてください。低用量ピルは、正しく理解し、賢く付き合うことで、現代女性の健康と幸福を力強く支える選択肢となり得るのです。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  2. 日本産科婦人科学会, 日本女性医学学会編. OC・LEPガイドライン 2020年度版. 日本産科婦人科学会; 2021.
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  6. ACOG Releases Guidelines on Hormonal Contraceptives in Women … [インターネット]. [2025年6月25日参照]. 入手先: https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2007/0415/p1252.html
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  18. ピルのオンラインクリニックおすすめ13選!安さ・口コミ比較 – Hit The Knee – 時事メディカル. [インターネット]. [2025年6月25日参照]. 入手先: https://medical.jiji.com/hittheknee/pill-online/
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