本稿は、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、甲状腺結節と、その危険性を評価する国際的な指標である「TIRADS」、特に「TIRADS 3」について、医学的根拠に基づき、網羅的かつ詳細に解説するものです。TIRADS 3の正確な定義、悪性である確率、そして日本の医療現場における実際の対応について深く掘り下げることで、皆様がご自身の状態を正しく理解し、過度な不安から解放され、適切な次の一歩を踏み出すための一助となることを目的としています。
本記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性が含まれています。
- 米国甲状腺学会(American Thyroid Association): 本記事における成人の甲状腺結節の管理に関するガイダンスは、同学会が発行したガイドラインに基づいています14。
- 米国放射線学会(American College of Radiology): 甲状腺結節の超音波所見を客観的に評価し、悪性リスクを層別化するためのTIRADS(Thyroid Imaging Reporting and Data System)の分類、スコアリング、および管理方針は、同学会が策定した基準に準拠しています2568。
- 日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会: 日本国内の臨床現場における甲状腺腫瘍の診療アプローチ、特にFNA(穿刺吸引細胞診)の適応基準に関する記述は、これらの学会が共同で作成した「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」を参照しています7。
- 国立がん研究センター: 日本における甲状腺がんの罹患率、死亡率、生存率などの統計データは、同センターのがん情報サービスから引用しています310。
- 日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS): 日本独自の超音波診断基準や悪性を示唆する所見に関する記述は、同学会が編集した「甲状腺超音波診断ガイドブック」に基づいています131415161718。
要点まとめ
- TIRADS 3(TR3)は「軽度懸念」とされますが、悪性である確率は国際基準で5%未満と非常に低く、過度な心配は不要です。
- TIRADS 3は、超音波検査の5項目(組成、エコー源性、形状、辺縁、高エコー輝点)の合計スコアが3点となった状態で、悪性度の高い強力な所見は含みません。
- 診断後の方針は結節の大きさが重要で、国際基準では2.5cm以上で精密検査(FNA)が推奨されます。それ未満の場合は定期的な経過観察が基本です。
- 日本の診療ガイドラインはTIRADSを明記していませんが、同様の所見を評価します。ただし、悪性所見がなくても2.0cmを超えるとFNAを考慮することがあり、国際基準と若干異なります。
- 不安を解消し納得のいく選択をするためには、自身の結節のリスク評価や今後の⽅針について、専門医と十分に話し合うことが極めて重要です。
甲状腺結節とは何か:偶然見つかる「首のできもの」
甲状腺結節とは、喉ぼとけの下にある蝶のような形をした臓器「甲状腺」の内部にできる、しこりやできものの総称です。これは決して珍しいものではありません。米国甲状腺学会のガイドラインによると、触診(医師が手で触って調べること)だけでも、ヨウ素が充足している地域に住む成人のうち、女性の約5%、男性の1%に発見されると言われています1。
しかし、近年の医療技術の進歩は、この数値を劇的に変えました。高解像度の超音波(エコー)検査を用いると、無作為に選ばれた人々の19%から68%という非常に高い確率で甲状腺結節が発見されることがわかっています1。この事実は、甲状腺結節の多くが、特定の病気というよりも、個人の「体質」や加齢に伴う変化に近い側面を持つことを示唆しています。発見されるきっかけも、健康診断や人間ドック、あるいは頸動脈エコーなど、別の目的で行われた検査で偶然見つかる「インシデンタローマ(偶発腫)」が大多数を占めています2。
なぜ評価が必要なのか:良性と悪性の見極め
これほど高頻度に見つかる甲状腺結節ですが、そのほとんどは生命に影響を及ぼさない「良性」のものです。しかし、発見された結節のうち、7%から15%は「悪性」、すなわち甲状腺がんである可能性が指摘されています1。したがって、甲状腺結節が見つかった場合、その後の医療における最も重要なステップは、この結節が良性なのか悪性なのかを正確に見極めることにあります。この鑑別のために、超音波検査による詳細な評価が行われるのです。
TIRADSの登場:世界共通の「物差し」が目指すもの
かつて、超音波検査による結節の評価は、検査を行う医師の経験や主観に頼る部分が大きく、施設や医師によって診断基準が異なることがありました。この問題を解決し、より客観的で標準化された評価を行うために開発されたのが、TIRADS (Thyroid Imaging Reporting and Data System) です。これは、米国放射線学会(ACR: American College of Radiology)が中心となって提唱したシステムで、超音波所見を点数化し、悪性危険性を段階的に分類する「世界共通の物差し」と言えます2。
TIRADSが目指す最も重要な目的の一つは、「過剰診断」と「過剰治療」の抑制です。日本の「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」でも触れられているように、超音波検査の精度が向上した結果、かつては見過ごされていたような、生命に全く影響を及ぼさない非常に小さながんまで発見されるようになりました7。これを「過剰診断」と呼びます。すべての結節に精密検査(穿刺吸引細胞診)や手術を行えば、患者には身体的、精神的、そして経済的な負担がかかります。TIRADSは、超音波所見に基づいて危険性を層別化し、本当に精密検査が必要な結節を的確に絞り込むことで、このような不要な医療介入を減らすことを目指しているのです2。
TIRADS 3(軽度懸念)の正体 – 超音波画像の詳細な読み解き
TIRADSは、結節の見た目を客観的な数値に置き換えることで、誰が評価しても同じような結論に至ることを目指した画期的なシステムです。その中でも「TIRADS 3(TR3)」は、「軽度懸念(Mildly Suspicious)」と定義され、多くの患者様がこのカテゴリーに分類されます。このセクションでは、TR3がどのように決定されるのか、そのスコアリングシステムの仕組みを詳しく解説します。
ACR TI-RADSのスコアリングシステム:5つの評価項目による点数制
ACR TI-RADSでは、超音波検査で観察される結節の特徴を、以下の5つの主要なカテゴリーに分類し、それぞれに点数を割り当てます。そして、これらの点数を合計したスコアによって、TR1(良性)からTR5(悪性の強い疑い)までの危険度レベルが決定されます5。
5つの評価カテゴリーの詳細:
- 組成 (Composition): 結節が液体成分(嚢胞)と組織成分(充実)のどちらで構成されているかを見ます。完全に液体であれば危険性は低く、組織成分が多いほど点数が高くなります8。
- エコー源性 (Echogenicity): 結節が周囲の正常な甲状腺組織と比較して、超音波画像上でどのように見えるか(明るさ)を評価します。筋肉よりも暗く見える「著しい低エコー」は、より懸念される所見です8。
- 形状 (Shape): 結節の形、特に横断面で見たときの縦横比が重要です。横に広い(Wider-than-tall)形状は一般的ですが、縦に長い(Taller-than-wide)形状は、懸念度が高い所見とされます8。
- 辺縁 (Margin): 結節の輪郭の状態を評価します。滑らかでくっきりとした境界は安心材料ですが、ギザギザしていたり(不整)、周囲の組織に染み出すように見えたりする(甲状腺外浸潤)場合は、点数が高くなります8。
- 高エコー輝点 (Echogenic Foci): 結節内部に見られる白い点状の影(石灰化など)の種類を評価します。特に、砂粒のような非常に細かい点状の石灰化(点状高エコー輝点)は、悪性を強く示唆する所見として最も高い点数が与えられます8。
これらのカテゴリーごとの点数を合計し、最終的なTIRADSレベルが決定されます。
表1: ACR TI-RADSスコアリングシステム詳細
カテゴリー | 所見 | 点数 |
---|---|---|
組成 (Composition) | 嚢胞性 または ほぼ完全な嚢胞性 | 0 |
海綿状 | 0 | |
混合性(嚢胞性および充実性) | 1 | |
充実性 または ほぼ完全な充実性 | 2 | |
エコー源性 (Echogenicity) | 無エコー | 0 |
高エコー または 等エコー | 1 | |
低エコー | 2 | |
著しい低エコー | 3 | |
形状 (Shape) | 横広(Wider-than-tall) | 0 |
縦長(Taller-than-wide) | 3 | |
辺縁 (Margin) | 平滑 または 不明瞭 | 0 |
分葉状 または 不整 | 2 | |
甲状腺外浸潤 | 3 | |
高エコー輝点 (Echogenic Foci) | なし または 大きな彗星の尾様アーチファクト | 0 |
粗大石灰化 | 1 | |
辺縁石灰化 | 2 | |
点状高エコー輝点 | 3 |
出典: ACR TI-RADS Atlas8, Radiopaedia5 の情報に基づき作成。高エコー輝点カテゴリーの点数は、該当する所見すべてが加算されます。
TIRADS 3(TR3)に分類される具体的な所見
上記のスコアリングシステムに基づき、合計スコアがちょうど「3点」になった結節が「TIRADS 3 (TR3)」に分類されます5。では、具体的にどのような所見の組み合わせが3点になるのでしょうか。以下にいくつかの典型的な例を挙げます。
- 例1:
- 組成:充実性(2点)
- エコー源性:等エコー(1点)
- 形状、辺縁、高エコー輝点に懸念所見なし(各0点)
- 合計:3点 → TIRADS 3
- 例2:
- 組成:混合性(嚢胞性および充実性)(1点)
- エコー源性:低エコー(2点)
- 形状、辺縁、高エコー輝点に懸念所見なし(各0点)
- 合計:3点 → TIRADS 3
- 例3:
- 組成:充実性(2点)
- 高エコー輝点:粗大石灰化(1点)
- エコー源性、形状、辺縁に懸念所見なし(各0点)
- 合計:3点 → TIRADS 3
これらの例からわかるように、TR3に分類される結節は、悪性度が高いとされる「縦長の形状(3点)」や「不整な辺縁(2点)」「点状高エコー輝点(3点)」といった強力な悪性を示唆する所見を含んでいません。あくまで、いくつかの軽微な懸念点が組み合わさった結果、合計が3点になった状態です。
「軽度懸念(Mildly Suspicious)」という言葉の真意
この「軽度懸念」という言葉は、決して「がんの疑いが強い」という意味ではありません。むしろ、「100%良性であると断言するにはわずかに気になる点があるため、念のために注意を払いましょう」というニュアンスで捉えるのが適切です。TIRADSのシステムは、危険性をゼロか百かで判断するのではなく、連続的なスペクトラムとして評価します。TR3は、そのスペクトラムの中で、限りなく良性に近い側に位置づけられているのです。
TIRADS 3の悪性リスク:データで見る確率と日本の現状
TIRADS 3と診断されたとき、最も気になるのは「この結節が、がんである確率はどのくらいなのか?」という点でしょう。このセクションでは、国際的なデータと日本の現状を照らし合わせながら、TIRADS 3の悪性危険性を客観的に評価します。結論から言えば、その危険性は非常に低いものです。
国際データに基づくTIRADS 3の悪性率
米国放射線学会(ACR)がTIRADSを策定した際の元データや、その後の多くの研究によると、TIRADS 3(TR3)結節の悪性危険性は5%未満と推定されています5。より具体的には、ACRの最終分析では4.8%という数値が示されました5。一部の研究資料、例えば中国のある病院からの報告では2%未満と言及されることもありますが9、ACRの公式な見解としては「5%未満」が標準的な理解となります。
この「5%未満」という数字は、TIRADS 3と診断された100人のうち、95人以上は良性であることを意味します。確率論的に見ても、悪性である可能性は極めて低いと言えるでしょう。この客観的な事実を理解することが、不要な不安を和らげるための第一歩となります。
日本の甲状腺がん統計データ:客観的な視点を持つ
TIRADS 3の危険性をより深く理解するためには、日本における甲状腺がん全体の状況を把握することが非常に重要です。日本の統計データは、甲状腺がんの「罹患(診断されること)」と「死亡」の間に、ある興味深い矛盾が存在することを示しています。
この背景を理解することで、なぜTIRADSのような危険度分類システムが重要なのか、そしてなぜTIRADS 3という診断を冷静に受け止めるべきなのかが明らかになります。近年、超音波検査の普及と高性能化により、以前なら生涯発見されることのなかった、臨床的に問題とならない小さな甲状腺がん(特に乳頭がん)が数多く見つかるようになりました。これが「過剰診断」と呼ばれる現象です。韓国では、国を挙げたがん検診プログラムによって甲状腺がんの罹患率が急増しましたが、死亡率は変わらなかったという事例があり、過剰診断の問題点を浮き彫りにしました7。
この現象は、診断される甲状腺がんの多くが、生命を脅かすことのない「おとなしいがん」であることを示唆しています。TIRADSシステムは、まさにこの「おとなしいがん」と、治療が必要な可能性のあるがんを区別し、過剰な医療介入を避けるために作られたのです。
日本の最新の統計データを見てみましょう。
表2: 日本の甲状腺がんの主要統計データ
統計項目 | データ | 出典 |
---|---|---|
年間罹患数(2021年) | 17,534例(男性 4,727例、女性 12,807例) | 10 |
年間死亡数(2023年) | 1,894人(男性 632人、女性 1,262人) | 10 |
5年相対生存率(2009-2011年診断例) | 94.7%(男性 91.3%、女性 95.8%) | 10 |
性別による特徴 | 女性の罹患率は男性の約2.8倍 | 11 |
年齢による特徴 | 女性では30代~50代の罹患率が高い | 10 |
この表が示す事実は非常に重要です。
- 罹患と死亡の矛盾: 年間約1万7千人が新たに甲状腺がんと診断される一方で、死亡者数は約1,900人と、罹患者数に対して極めて少ないことがわかります。これは、診断される甲状腺がんの大部分が、生命予後に影響を及ぼさないことを強く示唆しています。
- 極めて良好な予後: 5年相対生存率が94.7%と非常に高いことも、甲状腺がんが「おとなしいがん」であることの裏付けです。この数値は、がん以外の原因で亡くなるケースも含めて計算されており、がんが直接の死因となるケースはさらに少ないことを意味します。
- 女性と若年層での発見: 女性、特に働き盛りの30代から50代で多く発見されますが、この年代での死亡率は極めて低く、多くの場合、生涯にわたってがんと共存することが可能です。
TIRADS 3という診断を受けたとき、この大きな背景を思い出すことが重要です。あなたの結節は、このような「罹患数は多いが死亡数は少なく、予後が非常に良好」という特徴を持つ甲状腺がんの、さらにその中でも「悪性の可能性が5%未満」という極めて低危険度のグループに属しているのです。
診断後のアクションプラン:経過観察 vs. 精密検査
TIRADS 3と評価された結節に対して、次にどのようなステップを踏むべきか。その方針は、主に「結節の大きさ」によって決定されます。このセクションでは、国際的なガイドラインであるACR TI-RADSが推奨する管理方針と、その根拠となる考え方について具体的に解説します。
ACR TI-RADSに基づく管理方針
ACR TI-RADSは、危険度カテゴリーごとに、精密検査である「穿刺吸引細胞診(FNA)」を行うべきか、あるいは「経過観察」で十分かを、結節の最大径に基づいて明確に推奨しています5。
- FNA(穿刺吸引細胞診)の推奨基準:
- TIRADS 3の結節では、大きさが 2.5cm以上 に達した場合にFNAが推奨されます5。
- 経過観察の推奨基準:
- 大きさが 1.5cm以上2.5cm未満 のTIRADS 3結節では、FNAは行わず、定期的な超音波検査による経過観察が推奨されます5。
- 1.5cm未満のTIRADS 3結節については、通常、積極的な定期フォローアップも不要とされることがあります。
この基準からわかるように、TIRADS 3というだけで直ちに精密検査が必要になるわけではありません。悪性危険性が非常に低いカテゴリーであるため、ある程度の大きさになるまでは、結節に変化がないかを見守る「経過観察」が標準的なアプローチとなります。
表3: ACR TI-RADSレベル別リスクと管理方針の比較
TIRADSレベル | 記述 | 合計スコア | 悪性リスク(推定) | FNA推奨サイズ | 経過観察推奨サイズ |
---|---|---|---|---|---|
TR1 | 良性 | 0点 | ほぼ0% | 不要 | 不要 |
TR2 | 懸念なし | 2点 | < 2% | 不要 | 不要 |
TR3 | 軽度懸念 | 3点 | < 5% | ≥ 2.5 cm | ≥ 1.5 cm |
TR4 | 中等度懸念 | 4~6点 | 5~20% | ≥ 1.5 cm | ≥ 1.0 cm |
TR5 | 高度懸念 | ≥ 7点 | > 20% | ≥ 1.0 cm | ≥ 0.5 cm |
出典: ACR TI-RADS2, Radiopaedia5 の情報に基づき作成。悪性リスクは研究により幅がありますが、一般的な推定値を示しています。
この表は、TIRADS 3が危険性の階層の中でどの位置にあるかを明確に示しています。TR4やTR5といった、より悪性危険性が高く、より小さいサイズでFNAが推奨されるカテゴリーが存在することがわかります。この相対的な位置づけを理解することも、自身の状態を客観的に捉える上で助けとなります。
経過観察中に注意すべき変化とは
経過観察の目的は、結節が安定しているか、あるいは何らかの変化を示しているかを確認することです。では、どのような変化が「注意すべき変化」なのでしょうか。
- 有意な増大 (Significant Growth): ガイドラインでは、フォローアップ期間中に結節が「有意に増大した」と判断する基準が設けられています。具体的には、結節の2つの径がそれぞれ20%以上かつ2mm以上増大した場合、または体積が50%以上増加した場合です5。このような増大が見られた場合、FNAを検討することがあります。
- TIRADSカテゴリーの上昇: 大きさに変化がなくても、超音波で見たときの結節の「顔つき」が悪化することもあります。例えば、以前は滑らかだった辺縁が不整になったり、内部に点状の石灰化が出現したりするなどです。これにより、TIRADSのスコアが上昇し、カテゴリーがTR3からTR4などに上がった場合も、方針を見直すきっかけとなります5。
多くの良性結節は、長期間にわたって大きさが変わらないか、むしろ縮小することさえあります。ある研究では、約5年間の自然経過で、結節が増大したのは12%、不変だったのが69%、縮小したのが15%であったと報告されています3。このデータは、経過観察が非常に有効かつ安全な管理方法であることを裏付けています。
穿刺吸引細胞診(FNA)とはどのような検査か
FNA(Fine-Needle Aspiration Cytology、穿刺吸引細胞診)は、甲状腺結節の良悪性を判断するための「ゴールドスタンダード(最も信頼性の高い基準)」とされる精密検査です12。超音波で結節の位置を確認しながら、採血に用いるような細い針を結節に刺し、内部の細胞を吸引して採取します。採取された細胞はスライドガラスに塗り付けられ、病理専門医が顕微鏡で観察し、がん細胞の有無を診断します。
この検査は外来で短時間に行うことができ、体への負担も少ない非常に有用な検査です。しかし、100%完璧な検査というわけではありません。採取された細胞の量が不十分で診断できない「検体不適正」や、良性とも悪性とも断定できない「判定困難(意義不明な異型など)」といった結果が出る可能性も数パーセント存在します3。FNAを勧められた際には、このような可能性についても理解しておくことが大切です。
日本の診療ガイドラインとの比較:国内の実臨床
これまで国際的な標準であるACR TI-RADSを中心に解説してきましたが、日本の医療現場では、必ずしもこのTIRADSという言葉が全面的に使われているわけではありません。このセクションでは、日本の診療ガイドラインの考え方と、それが実際の臨床にどのように反映されているかを解説します。国際基準と国内の実情の違いを理解することは、主治医とのコミュニケーションを円滑にし、提示される方針に納得感を持つために不可欠です。
日本のガイドラインはなぜTIRADSを明記しないのか
日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会が共同で作成した最新の「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」を調べても、TIRADS分類に関する具体的な記述は見当たりません7。その代わりに、このガイドラインは超音波診断の基準として、日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)が編集した「甲状腺超音波診断ガイドブック」を参照するよう促しています7。
この事実は、日本にはACR TI-RADSが普及する以前から、独自の経験とデータに基づいて確立された超音波診断のフレームワークが存在することを示唆しています。日本のシステムは、ACR TI-RADSのような定量的な「点数制」ではなく、悪性を疑う特徴的な所見をリストアップし、それらの有無を総合的に評価する「定性的」なアプローチを重視する傾向があります18。
JABTSが重視する悪性を示唆する超音波所見の例:18
- 形状不整
- 境界不明瞭・粗雑
- 内部エコーレベルが低い(低エコー)
- 内部エコーが不均一
- 微細な点状の石灰化(微細多発高エコー)
- 結節の縁の黒い帯(ハロー)が不整または欠損している
このため、日本の医療機関で受け取った超音波検査のレポートには、「TIRADS 3」というスコアが記載されておらず、代わりに「辺縁は平滑」「内部に微細石灰化は認めず」といった記述的な表現が用いられていることがよくあります。これは、どちらのシステムが優れているかという問題ではなく、診断に至るアプローチ哲学の違いです。ACR TI-RADSが標準化と客観性を追求する一方で、日本の伝統的なアプローチは、熟練した検査者の総合的なパターン認識能力を重視していると言えるかもしれません。
患者様にとっては、ご自身の結節がACR TI-RADSの基準に照らすとどのレベルに相当するのかを理解しておくことが有用です。例えば、「充実性で、周囲と同じ明るさ(等エコー)で、他に懸念される所見がない」と記述されていれば、それはACR TI-RADSのスコアリングでは合計3点となり、「TIRADS 3相当」の低危険度結節であると解釈できます。
日本のガイドラインにおけるFNAの基準
このアプローチの違いは、FNAを行うかどうかの判断基準にも微妙な差異となって現れます。
- 悪性所見がない場合: 日本のガイドラインでは、上記のような明らかな悪性所見がない充実性の結節であっても、大きさが20mm (2.0cm) を超える場合は、一度はFNAを考慮することが推奨されています7。
- 悪性所見がある場合: JABTSの基準で悪性を疑う所見が1つでも認められる場合は、結節の大きさが10mm (1.0cm) を超えた段階でFNAを考慮することが一般的です18。
ここに、国際基準との重要な違いが見られます。ACR TI-RADSでは、TIRADS 3という「見た目の危険度が低い」結節に対しては、2.5cmという比較的大きなサイズになるまでFNAを推奨しません。一方、日本のガイドラインでは、見た目に悪性所見がなくても、2.0cmというサイズ自体を一つの節目と捉え、細胞レベルでの確認を考慮する傾向があります。
この違いは、危険度評価に対する考え方のバランスの違いを反映しています。ACR TI-RADSは「所見(特徴)」による危険度層別化をより重視し、低危険度の所見であれば、ある程度の大きさの増大は許容します。対照的に、日本のガイドラインは、「大きさ」を独立した危険因子としてより重視し、一定のサイズに達した結節は、念のため細胞レベルでの確認を行うという「安全策」的な思想が強いと解釈できます。
このため、例えば2.2cmのTIRADS 3相当の結節が見つかった場合、日本の医師は国内のガイドラインに基づきFNAを勧める可能性があります。一方で、国際的な情報を調べた患者様は「基準は2.5cmではないのか?」と疑問に思うかもしれません。本稿で両者の違いを理解しておくことで、このような混乱を避け、主治医の方針提案の背景にある臨床哲学を理解し、信頼関係を築く助けとなります。
専門医との対話:不安を解消し、納得のいく選択をするために
検査結果を受け取り、診断について説明を聞く時間は限られています。不安や疑問を抱えたまま診察室を後にしてしまわないよう、事前に準備をして臨むことが、納得のいく医療を受けるための鍵となります。このセクションでは、専門医との対話をより有意義なものにするための具体的な質問リストや、セカンドオピニオンについて解説します。
診察時に確認すべき質問リスト
主治医に質問することは、ご自身の状態を深く理解し、治療方針の決定に主体的に関わるための第一歩です。以下の質問リストを参考に、メモを持参して診察に臨むことをお勧めします。
- 危険度評価について
- 「私の結節の超音波所見を、国際的な基準であるTIRADSで評価すると、どのカテゴリー(何点)に相当しますか?」
- 「そのスコア(または危険度評価)の根拠となった具体的な超音波所見(組成、エコーレベル、辺縁の状態など)を教えていただけますか?」
- 結節の状態について
- 「結節の正確な大きさは何cmですか?」
- 「結節の位置は、気管や食道、声帯の神経に近いですか?」
- 今後の⽅針について
- 「先生の施設では、この所見と大きさの場合、どのような方針(経過観察/FNA)を推奨していますか?その判断の根拠となるガイドラインや臨床経験について教えてください。」
- 「経過観察を選択した場合、次回の超音波検査はいつ頃が適切でしょうか?」
- 「どのような変化(大きさや見た目)があれば、方針の変更(FNAの実施など)を検討しますか?」
これらの質問をすることで、医師との間に共通の理解が生まれ、今後の見通しが明確になります。
超音波レポートの読み解き方
もし手元に超音波検査のレポートがあれば、そこに重要な情報が記載されています。「所見(Findings)」や「診断・結論(Impression/Conclusion)」といった項目に注目してください。そこには、「TIRADS 3」といったカテゴリーが直接記載されている場合もあれば、「辺縁平滑な等エコー結節」のように、所見を記述する形で危険性が示されている場合もあります。本稿の「TIRADS 3の正体」のセクションと照らし合わせながら読むことで、内容の理解が深まるでしょう。
セカンドオピニオンを考えるべき時
主治医から十分な説明を受けても、診断や提案された方針に疑問や不安が拭えない場合、あるいは他の選択肢がないか知りたい場合には、セカンドオピニオンを検討することをお勧めします。セカンドオピニオンは、現在の主治医との関係を損なうものではなく、患者が最善の選択をするために別の専門家の意見を聞くという、正当な権利です。
特に、甲状腺疾患は専門性の高い分野であるため、甲状腺を専門とする内分泌内科医や甲状腺外科医の意見を聞くことが非常に有益です。日本には、隈病院19や伊藤病院20のように、甲状腺疾患の診断と治療を専門とする世界的に著名な医療機関も存在します。セカンドオピニオンを希望する場合は、まず主治医にその旨を伝え、紹介状やこれまでの検査データ(画像データを含む)を提供してもらうのがスムーズです。
よくある質問
TIRADS 3と診断されましたが、がんですか?
いいえ、TIRADS 3は「がんの宣告」ではありません。「軽度懸念」を意味しますが、悪性である確率は国際的な基準で5%未満と非常に低いです5。100人いれば95人以上は良性であり、過度に心配する必要はありません。
TIRADS 3の結節は、必ず精密検査(FNA)が必要ですか?
経過観察とは、具体的に何をするのですか?
定期的に(例えば1年後など)、超音波検査を受けて結節の大きや見た目(所見)に変化がないかを確認することです。多くの良性結節は大きさが変わらないか、むしろ縮小することもあります3。有意な増大や、悪性を疑う所見が出現した場合に、FNAなどの次のステップを検討します。
日本の医師がTIRADSという言葉を使わないのはなぜですか?
結論:TIRADS 3と賢く向き合う – 過度な不安から適切な管理へ
本稿を通じて、甲状腺結節「TIRADS 3」の正体と、それを取り巻く医学的な背景について、多角的に掘り下げてきました。最後に、最も重要なメッセージを再確認し、皆さまが今後、この診断と賢く向き合っていくための指針をまとめます。
TIRADS 3は「がんの宣告」ではない
本稿で繰り返し強調してきた通り、TIRADS 3は「がんの宣告」では決してありません。これは、悪性の可能性を評価する危険度分類システムの中で、「悪性である可能性が非常に低い(5%未満)」ことを示すカテゴリーです5。言い換えれば、100人いれば95人以上は良性であり、過度に心配する必要のない状態であることを、まず心に留めてください。
日本の統計が示すように、仮に結節が悪性であったとしても、甲状腺がんの多くは進行が非常に緩やかで、生命予後が極めて良好な「おとなしいがん」です10。特にTIRADS 3のような低危険度の結節は、その中でもさらに穏やかな性質を持つ可能性が高いと考えられます。
適切な経過観察の重要性
TIRADS 3と診断された後の最も標準的で賢明なアプローチは、専門医の指導のもとで適切な経過観察を続けることです。多くの良性結節は、長年にわたって大きさが変わらないことがデータで示されています3。慌てて精密検査や治療に進む必要はありません。
しかし、放置してよいということでもありません。主治医が提案する間隔(例えば1年後など)で定期的に超音波検査を受けることで、万が一、結節に有意な増大や懸念される所見の変化が生じた場合でも、適切なタイミングで次のステップ(FNAなど)に進むことができます。この「見守る」というアプローチこそが、不要な医療介入を避けつつ、安全を確保するための最善策なのです。
信頼できる情報と共に
情報化社会において、私たちは様々な医療情報にアクセスできますが、その中には不正確なものや、いたずらに不安を煽るものも少なくありません。不確かな情報に惑わされず、ご自身の状態を正しく理解するためには、信頼できる情報源を参照することが不可欠です。
これらのウェブサイトは、日本のトップレベルの専門家によって監修されており、科学的根拠に基づいた正確な情報を提供しています。
甲状腺結節という診断は、誰にとっても不安なものです。しかし、TIRADS 3という評価は、その不安を大きく和らげてくれる客観的な指標です。本稿で得た知識を武器に、過度な心配を手放し、主治医と良好なパートナーシップを築きながら、冷静かつ適切にご自身の健康管理を続けていかれることを心より願っています。不安が強い場合は、決して一人で抱え込まず、主治医や信頼できるご家族、友人と気持ちを分かち合うことも忘れないでください。
参考文献
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