【科学的根拠に基づく】貧血の10の危険なサインと見分け方|その不調、本当に貧血?
血液疾患

【科学的根拠に基づく】貧血の10の危険なサインと見分け方|その不調、本当に貧血?

はじめに:なぜ今、日本で貧血の正しい知識が不可欠なのか?

健康診断の血液検査では「異常なし」と言われたのに、なぜか続く原因不明の不調。その正体は、貯蔵鉄が枯渇した「かくれ貧血」かもしれません5。近年、日本の成人における衝撃的な実態が明らかになりました。2023年に発表された京都大学の山本洋介教授らが主導した大規模な研究によると、日本の成人貧血患者の15.1%が貧血状態にあるにもかかわらず、そのうちの実に85.3%が適切な治療を受けていないという事実が示されたのです10。これは、多くの人々が自身の状態に気づかないまま、あるいは軽視して、生活の質(QOL)を著しく低下させている可能性を示唆しています。

貧血は単なる「体調不良」ではありません。世界保健機関(WHO)も指摘するように、貧血は世界的に見て重大な健康課題であり、年間で6836万年もの障害生存年数(YLDs)を生み出しています30。巷に溢れる一般的な症状リストにとどまらず、本記事では、読者が抱える症状の不安を解消し、科学的根拠に基づいた具体的な次の一歩を踏み出せるよう、貧血に関するあらゆる情報を網羅的かつ深く解説します。なぜその症状が起こるのかという根本的なメカニズムから、いつ貧血を疑い、いつ他の病気を考えるべきかという専門的な視点まで、最新の科学的知見に基づき、どこよりも深く掘り下げて解説することをお約束します。

要点まとめ

  • 日本の成人貧血患者の85.3%が未治療であり、多くの人が気づかぬうちにQOLを低下させている10
  • 倦怠感や頭痛などの一般的な症状は、貧血だけでなく、うつ病や不眠症など他の疾患の可能性も科学的に示されているため、自己判断は危険7
  • 通常の健康診断で見逃されがちな「かくれ貧血(潜在性鉄欠乏)」が、原因不明の不調の背景にある可能性があり、診断には「フェリチン値」の測定が重要515
  • 貧血治療で最も重要なのは、鉄剤補充だけでなく、その根本原因(婦人科疾患や消化管出血など)を特定し治療すること。
  • 食事療法では、吸収率の高いヘム鉄と、ビタミンCや良質なタンパク質を組み合わせることが、非ヘム鉄の吸収を高める鍵となる4445

第1部:貧血の基本を理解する – 診断基準と見逃されがちな病態

1.1. 貧血とは何か? – 国際基準と日本の定義

貧血とは、血液中のヘモグロビン(Hb)濃度が、性別や年齢で定められた基準値を下回った状態を指します11。ヘモグロビンは赤血球内に存在するタンパク質で、肺で受け取った酸素を全身の細胞に届ける「生命の運び屋」という極めて重要な役割を担っています。このヘモグロビンが減少すると、体は酸素不足に陥り、様々な不調を引き起こすのです。

世界保健機関(WHO)が国際的な基準を設けていますが11、日本の臨床現場では、一般的に日本臨床検査医学会が示す基準が用いられます。具体的には、血液検査におけるヘモグロビン値が成人男性で13.0g/dL未満、成人女性で12.0g/dL未満の場合に貧血と診断されます21

1.2. 「かくれ貧血(潜在性鉄欠乏)」- 症状の裏に潜む真の原因

「どうも体調が優れないのに、健康診断ではヘモグロビン値に異常がない」というケースは少なくありません。その背景には、「かくれ貧血」とも呼ばれる潜在性鉄欠乏症が隠れている可能性があります5。これは、ヘモグロビン値はまだ正常範囲内にあるものの、体内に貯蔵されている鉄分、すなわち「貯蔵鉄」が枯渇してしまっている状態です。

この貯蔵鉄の指標となるのが、血液検査項目の「フェリチン」です15。フェリチンは、いわば体内の鉄の貯金のようなもの。この貯金が底をつくと、ヘモグロビンという日々の生活費を賄えなくなり、やがて本格的な鉄欠乏性貧血へと進行します。しかし、このフェリチン値は、残念ながら日本の一般的な企業の定期健康診断などでは測定されないことが多いのが現状です5。そのため、原因不明の倦怠感、頭痛、集中力低下、気分の落ち込みといった不定愁訴に悩まされている方は、医師に相談し、フェリチン値の測定を検討することが、問題解決の重要な鍵となります。

【科学的根拠に基づく】貧血の10の危険なサインと見分け方|その不調、本当に貧血?
Asian medical worker wearing face mask when examining test tubes with blood

第2部:貧血のサイン – 10の主要症状の深層分析

注意: このセクションでは、各症状がなぜ起こるのかというメカニズムに加え、貧血以外の重要な原因についても解説します。

2.1. 倦怠感・疲労感:最も一般的だが、最も誤解されやすいサイン

メカニズム: 貧血になると、筋肉や脳といった主要な組織への酸素供給が不足します。これにより、細胞がエネルギー(ATP)を効率的に作り出せなくなり、結果として持続的な倦怠感や疲労感が生じます49

【重要】症状の非特異性: しかし、この倦怠感という症状は、決して貧血に特有のものではありません。2023年に発表された大規模な前向きコホート研究では、倦怠感や集中力の欠如といった症状は、多変量解析の結果、貧血そのものよりも「うつ病」「不眠症」「心不全」といった他の要因と統計的により強く関連することが科学的に証明されました7。これは、「疲れやすいから貧血だろう」という安易な自己判断が、根本的な原因を見逃すリスクを伴うことを示唆しています。

いつ貧血を疑うべきか? 十分な睡眠や休息をとっても全く改善しない場合や、後述する他の特異的な症状(顔面蒼白、動悸、匙状爪など)を伴う場合に、貧血の可能性を強く考慮すべきです。

2.2. 頭痛・めまい・ふらつき(立ちくらみ)

メカニズム: 脳への酸素供給が不足すると、脳は酸素不足を補おうとして血管を拡張させます。この血管拡張が、周囲の神経を刺激し、ズキズキとした頭痛を引き起こすことがあります48。また、脳機能の一時的な低下により、めまいやふらつき、特に急に立ち上がった際の立ちくらみ(起立性低血圧)が生じやすくなります。

鑑別診断: 立ちくらみは貧血の代表的な症状の一つですが、自律神経の乱れが原因であることも非常に多いです。ストレスや不規則な生活で自律神経のバランスが崩れると、起立時の血圧調整がうまくいかなくなり、同様の症状が現れます。

2.3. 動悸・息切れ

メカニズム: 血液の酸素運搬能力が低下すると、体はそれを補おうと必死になります。心臓は、少ない酸素を補うために、より多くの血液を全身に送り出そうと心拍数を上げます。これが「動悸」です。同様に、肺は少しでも多くの酸素を取り込もうと呼吸の回数と深さを増します。これが「息切れ」です。これらは、体が酸素不足に対応しようとする健気な代償作用なのです。

危険なサイン: 以前は平気だった階段の上り下りや、少し早歩きしただけで動悸や息切れがするようになったら注意が必要です。さらに、安静にしている時にも症状が現れる場合は、心臓に相当な負担がかかっている可能性を示唆するため、速やかに医療機関を受診することを強く推奨します。

2.4. 顔面蒼白・爪や粘膜の変化

メカニズム: 血液が赤いのは、赤血球に含まれるヘモグロビンの色に由来します。貧血でヘモグロビンの絶対量が不足すると、皮膚のすぐ下を流れる血液の色が薄くなります。特に、皮膚が薄い顔やまぶたの裏側(眼瞼結膜)ではその影響が顕著に現れ、血の気が引いたように青白く見えます。

匙状爪(スプーンネイル): 長期間にわたる重度の鉄欠乏性貧血に特有の身体所見として、「匙状爪(さじじょうそう・スプーンネイル)」があります21。これは、爪の中央がへこみ、先端がスプーンのように反り返る状態です。爪の形成に必要な鉄分が極度に不足することで、このような変形が起こります。

2.5. 手足の冷え

メカニズム: 体が慢性的な酸素不足に陥ると、生命維持に不可欠な脳や心臓などの中心的な臓器へ優先的に血液を供給しようとします。その結果、四肢末端への血流が後回しにされ、血管が収縮します。これにより、手足の先まで温かい血液が届きにくくなり、冷えを感じるようになります。

他の要因: もちろん、冷えの原因は貧血だけではありません。自律神経の乱れによる血行調節機能の低下も、冷えを引き起こす大きな要因の一つです。

2.6. 異食症(氷、土、紙などを無性に食べたくなる)

メカニズム: これは重度の鉄欠乏と強い関連が指摘されている、非常に特異な症状です。特に、氷を無性にたくさん食べてしまう「氷食症」は有名で、妊婦などに見られることがあります。なぜこのような行動が起こるのか、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、鉄欠乏が脳の味覚や食行動を司る神経中枢に何らかの影響を与えるという説が有力です。

2.7. 胸の痛み・不整脈

メカニズム: 貧血が重症化すると、心臓自身を動かしている筋肉(心筋)への酸素供給すら不足することがあります(心筋虚血)。これにより、胸が締め付けられるような痛み(狭心症様の痛み)が生じることがあります51。また、心臓への過負荷が続くと、心臓の電気的なリズムが乱れ、不整脈を引き起こすこともあります。

【警告】 これらの症状は、狭心症や心筋梗塞といった、命に関わる致死的な心臓疾患の症状と非常によく似ています。自己判断は絶対に避け、このような症状が現れた場合は直ちに循環器内科などの専門医の診察を受ける必要があります。

2.8. 爪がもろくなる・髪のトラブル(枝毛・抜け毛)

メカニズム: 爪や髪の毛は、毛母細胞などの活発な細胞分裂によって作られています。この新陳代謝には、十分な酸素と栄養素が不可欠です。貧血によってこれらの供給が滞ると、細胞分裂が正常に行われなくなり、薄くて割れやすい爪や、ツヤがなくなり枝毛や抜け毛の多い、不健康な髪しか作られなくなってしまうのです52

2.9. 集中力の低下・日中の強い眠気

メカニズム: 私たちの脳は、体重の約2%しかないにもかかわらず、体全体の酸素消費量の約20%を占める大食漢です。思考や記憶といった高度な情報処理を行う脳機能の維持には、大量の酸素が常に必要です。貧血による慢性的な脳の酸素不足は、認知機能(集中力、記憶力、判断力)や覚醒レベルの低下に直結し、仕事や勉強のパフォーマンス低下や、日中の耐え難い眠気を引き起こします。

2.10. むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)

メカニズム: 特に夕方から夜にかけて、脚に「むずむずする」「虫が這うような」といった言葉で表現しがたい不快な感覚が生じ、脚を動かさずにはいられなくなるこの症状は、鉄欠乏性貧血の患者さんによく見られます。脳内の鉄不足が、神経伝達物質であるドーパミンの機能不全を引き起こすことが原因であるという説が有力です。この症状は入眠を妨げ、睡眠の質を著しく低下させるため、日中の倦怠感をさらに増悪させるという悪循環を生み出します。

第3部:貧血の多様な原因 – なぜあなたは貧血になったのか?

3.1. 最も多い原因:鉄欠乏性貧血

貧血の中で最も頻度が高いのが、ヘモグロビンの材料である鉄が不足することで起こる「鉄欠乏性貧血」です。その原因は主に3つに大別されます。

出血による鉄の喪失

  • 女性特有の原因: 月経は、鉄欠乏の最大の原因です。特に、経血量が多い「過多月経」は注意が必要です53。また、良性腫瘍である子宮筋腫や、子宮内膜症といった婦人科疾患が不正出血や過多月経を引き起こしている場合もあります。「生理だから仕方ない」と思わず、経血量の異常を感じたら婦人科を受診することが重要です。
  • 消化管出血: 胃潰瘍や十二指腸潰瘍などからの出血も原因となります。さらに、より深刻な問題として、胃がんや大腸がんなどの悪性腫瘍が挙げられます5455。これらのがんからは、目に見えないほどの微量な出血が持続的に起こることがあり、それが鉄欠乏の原因となります。【重要】通常は貧血になりにくいとされる成人男性や閉経後の女性で鉄欠乏性貧血と診断された場合は、消化器系の精密検査(内視鏡検査など)が原則とされています。

鉄の需要増大

体が通常よりも多くの鉄を必要とする時期も、鉄欠乏に陥りやすくなります。代表的なのが、胎児と母体のために血液量が大幅に増える妊娠・授乳期や、体が急激に大きくなる思春期です56。これらの時期は、普段以上に鉄分の摂取を意識する必要があります。

鉄の摂取不足・吸収不良

無理な食事制限を伴うダイエットや、インスタント食品に偏った食生活など、そもそも食事からの鉄分摂取が不足しているケースも少なくありません。また、胃の切除後や、ピロリ菌感染による慢性的な萎縮性胃炎があると、鉄の吸収に必要な胃酸の分泌が低下し、食事から十分な鉄を摂っていても吸収できずに貧血を招くことがあります。

3.2. ビタミン不足による貧血(巨赤芽球性貧血)

鉄分は足りていても、別の栄養素の不足で貧血になることがあります。それが「巨赤芽球性貧血」です。これは、赤血球が骨髄で正常に成熟するために不可欠なビタミンB12または葉酸が不足することで、赤血球が異常に大きく、かつ脆弱な「巨赤芽球」になってしまう病態です。胃を全摘出した後(ビタミンB12の吸収に不可欠な物質が胃から分泌されるため)や、動物性食品を一切摂取しない厳格な菜食主義者(ヴィーガン)の方などで見られることがあります。

3.3. その他の重要な貧血

  • 慢性疾患に伴う貧血 (Anemia of Chronic Disease): 関節リウマチなどの自己免疫疾患、慢性腎臓病(CKD)、がんといった、長期にわたる炎症性の病気があると、体内で炎症反応が続き、骨髄での造血が抑制されたり、体内の鉄分がうまく利用できなくなったりして貧血を引き起こします。
  • 骨髄の異常による貧血: 血液細胞を作り出す工場である「骨髄」そのものに問題が生じるケースです。骨髄の機能が低下してしまう「再生不良性貧血」31や、骨髄ががん細胞に置き換わってしまう「白血病」、あるいは「多発性骨髄腫」20といった血液のがんが原因となります。これらは非常に重篤な疾患であり、専門的な治療が必要です。
  • 赤血球が壊される貧血(溶血性貧血): 赤血球の寿命は通常約120日ですが、何らかの原因でそれよりも早く壊されてしまい(溶血)、骨髄での生産が追いつかなくなる状態です。自己免疫の異常や遺伝的な要因などが原因となります。

第4部:貧血の診断と治療 – 医療機関で行われること

4.1. 診断プロセス:血液検査で何がわかるか

貧血の診断は、血液検査から始まります。主要な検査項目には以下のようなものがあります。

  • CBC(全血球算定): 血液検査の基本中の基本です。ヘモグロビン(Hb)ヘマトクリット(Ht:血液中に占める赤血球の割合)13、そして赤血球の大きさの指標であるMCV(平均赤血球容積)などを測定します。MCVが小さい場合は鉄欠乏性貧血、大きい場合は巨赤芽球性貧血が疑われます。
  • 鉄代謝の評価: 鉄欠乏を正確に診断するために、より専門的な項目を調べます。血清鉄(血液中の鉄の量)、そして特に重要なのがフェリチン(体内の貯蔵鉄の指標)です15。フェリチン値は「かくれ貧血」の診断に不可欠であることを再度強調します。その他、鉄を運ぶタンパク質の空き具合を示すTIBC(総鉄結合能)なども参考にします。
  • 原因検索のための追加検査: 貧血の原因を特定するために、便潜血検査、上部・下部消化管内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)、婦人科検診(超音波検査など)といった追加の検査が必要に応じて行われます。

4.2. 治療の選択肢

貧血の治療は、その種類と原因によって異なります。

  • 鉄剤による補充療法:
    • 経口薬(内服薬): 鉄欠乏性貧血治療の第一選択です。ただし、副作用として吐き気や便秘などの胃腸症状が出ることがあります。その場合は、食後の服用に切り替えたり、薬の種類を変更したりすることで対応します。
    • 注射薬(静脈内投与): 内服薬の副作用が強い場合、消化管からの吸収が悪い場合、あるいは急速に鉄分を補充する必要がある場合に選択されます58
  • ビタミン補充: 巨赤芽球性貧血に対しては、原因となっているビタミンB12や葉酸を補充します。
  • 輸血: 貧血の程度が非常に重く、心不全などの重篤な症状が出ている場合や、急性の大量出血時に、赤血球そのものを直接補充するために行われます。
  • エリスロポエチン(EPO)製剤: 腎臓病に伴う貧血(腎性貧血)などで、赤血球の産生を促すホルモンであるエリスロポエチン(EPO)の産生が低下している場合に、注射で補充する治療です。
  • 原因疾患の治療: 貧血治療で最も重要なのは、その根本原因となっている疾患(例:胃がん、子宮筋腫)を治療することであると、繰り返し強調しなければなりません。原因を放置したままでは、いくら鉄剤を補充しても、穴の開いたバケツに水を注ぐようなものになってしまいます。

第5部:自分でできる貧血対策 – 食事と生活習慣の改善

5.1. 鉄分補給の科学:効率的な食事戦略

鉄分を多く含む食品をただやみくもに食べるだけでは、効率的とは言えません。食品に含まれる鉄分の種類と、その吸収を助ける・妨げる栄養素について理解することが重要です。

ヘム鉄 vs 非ヘム鉄

食品に含まれる鉄分には、「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の2種類があります4445

  • ヘム鉄: レバーや赤身の肉、魚など、動物性食品に多く含まれます。体内への吸収率が15~25%と高く、非常に効率的な鉄分供給源です。
  • 非ヘム鉄: ほうれん草や小松菜などの野菜、ひじきなどの海藻、大豆製品など、植物性食品に多く含まれます。吸収率は2~5%とヘム鉄に比べて低いですが、様々な食品に含まれているため、日々の摂取量の多くを占めます。

吸収率を高める「味方」と妨げる「敵」

非ヘム鉄の吸収率の低さをカバーするためには、食べ合わせが鍵となります。

  • 吸収を高める味方:
    • ビタミンC: ピーマン、ブロッコリー、柑橘類などに豊富なビタミンCは、非ヘム鉄を体に吸収されやすい形に変えてくれます。
    • 良質なタンパク質: 肉や魚などの動物性タンパク質は、それ自体がヘム鉄を供給するだけでなく、非ヘム鉄の吸収も助ける働きがあります。
  • 吸収を妨げる敵:
    • タンニン: 緑茶、コーヒー、紅茶などに含まれるタンニンは、鉄と結合してその吸収を妨げます。食事中や食後すぐの摂取は避けるのが賢明です。
    • フィチン酸・リン酸塩: 玄米や豆類に多いフィチン酸や、加工食品に添加物としてよく使われるリン酸塩も、鉄の吸収を阻害することが知られています。

【実践編】鉄分豊富な食品リスト&簡単レシピ

日本の食生活で取り入れやすい、鉄分豊富な食品と具体的な摂取量の目安、そして簡単レシピをご紹介します。

表5.1.1: 鉄分豊富な食品トップ10(100gあたり)
食品名 種類 鉄分含有量 (mg)
豚レバー ヘム鉄 13.0
鶏レバー ヘム鉄 9.0
パセリ 非ヘム鉄 7.5
あさり(水煮缶) ヘム鉄 37.8
乾燥ひじき 非ヘム鉄 6.2
高野豆腐 非ヘム鉄 6.8
小松菜(ゆで) 非ヘム鉄 2.1
納豆 非ヘム鉄 3.3
牛赤身肉 ヘム鉄 2.8
卵黄 ヘム鉄 4.8
表5.1.2: 1日の鉄推奨摂取量(日本人の食事摂取基準2020年版より)17
年齢 性別 推奨量 (mg/日)
18~49歳 男性 7.5
18~49歳 女性(月経あり) 10.5
50~64歳 女性(月経なし) 6.5
妊婦(初期) +2.5
妊婦(中期・後期) +9.5
授乳婦 +2.5

簡単レシピ例:

  • レバーとニラの炒め物: 定番ですが、ヘム鉄と、鉄の吸収を助けるビタミンCを豊富に含むニラを一緒に摂れる、非常に合理的な組み合わせです。
  • あさりと小松菜の和風パスタ: あさりのヘム鉄と小松菜の非ヘム鉄、さらにパプリカなどを加えればビタミンCも補給できる栄養満点のメニューです。
  • ひじきと大豆の煮物: 日本の伝統的な常備菜。非ヘム鉄が豊富で、人参(ビタミンA)などを加えることで栄養バランスがさらに向上します。
  • コンビニエンスストアで手軽に入手できる食品としては、レバーパテ、焼き鳥(レバー)、ほうれん草のおひたし、納豆巻きなどがおすすめです22

5.2. 造血をサポートする他の必須栄養素

鉄分以外にも、健康な血液を作るために不可欠な栄養素があります。

  • ビタミンB12: 正常な赤血球の合成に不可欠。しじみ、あさりなどの貝類や牛・豚のレバーに豊富に含まれます。
  • 葉酸: ビタミンB12と共に働くため「造血のビタミン」とも呼ばれます。枝豆、ブロッコリー、ほうれん草などの緑黄色野菜に多く含まれます59
  • 銅: 摂取した鉄をヘモグロビンに組み込む際に必要な酵素の成分となります。魚介類やナッツ類に含まれます。
  • タンパク質: ヘモグロビンそのものや、赤血球を包む膜の主成分となる、最も基本的な栄養素です。肉、魚、卵、大豆製品などから、毎食しっかりと摂取することが大切です。

5.3. 生活習慣のポイント

  • 質の良い睡眠: 睡眠不足は自律神経のバランスを崩し、胃腸の働きを低下させ、ひいては鉄の吸収を妨げる可能性があります。
  • 適度な運動: ウォーキングなどの軽度な有酸素運動は、全身の血行を促進し、骨髄の造血機能を適度に刺激する効果が期待できます60。ただし、マラソンなどの激しい運動は、汗からの鉄損失や足裏での赤血球破壊(溶血)を招くことがあるため、貧血傾向のある方は注意が必要です。
  • ストレス管理: 慢性的なストレスは胃酸の分泌を抑制し、鉄の吸収を低下させる一因となり得ます。自分なりのリラックス方法を見つけ、ストレスを溜め込まないことが重要です。

結論:貧血を正しく理解し、質の高い生活を取り戻すために

本記事で解説してきたように、貧血が引き起こす症状は非常に多様であり、特に倦怠感や頭痛といった一般的な不調は、他の重要な疾患との鑑別が極めて重要です。「きっと貧血だろう」という安易な自己判断は、深刻な病気を見逃すリスクを伴います。

日本では、多くの人々、特に月経のある女性が、未診断・未治療の貧血またはその一歩手前の「かくれ貧血」の状態にあるという社会的な課題があります1053。健康で活力に満ちた毎日を取り戻すための第一歩は、定期的な健康診断を欠かさず受け、気になる症状があれば放置せず、専門医に相談することです。

医療機関での薬物療法は非常に効果的ですが、それと同時に、本記事で紹介したような食事や生活習慣の改善に取り組むことが、治療効果を高め、再発を予防するために不可欠です。あなたが感じている不調の裏にある本当の原因を突き止め、科学的根拠に基づいた適切な対策を講じることで、質の高い生活を取り戻すことは十分に可能なのです。

よくある質問 (FAQ)

Q1. 鉄剤のサプリメントを自己判断で飲んでも良いですか?

A. いいえ、推奨されません。まず医療機関で貧血の原因を特定することが最も重要です。原因が鉄欠乏でない場合に鉄剤を摂取しても効果がないばかりか、鉄過剰症という肝臓などに障害をきたす病態を引き起こすリスクがあります。特に、通常は鉄欠乏になりにくい男性や閉経後の女性の場合は注意が必要です。サプリメントを利用する場合でも、必ず医師や薬剤師に相談の上、適切な製品を適切な量で使用してください。

Q2. 貧血かもしれないと思ったら、何科を受診すれば良いですか?

A. まずは、かかりつけの内科、または一般内科を受診するのが最も一般的です。医師が問診や診察、血液検査を行い、貧血の有無や種類を診断します。月経に関する問題(経血量が多いなど)が主な原因と考えられる場合は、婦人科を受診することも良い選択です。より専門的な診断や治療が必要と判断された場合には、日本の血液学領域の第一人者である東京大学医学部附属病院の黒川峰夫教授のような専門家がいる血液内科に紹介されることもあります32

Q3. 妊娠中の貧血で特に気をつけることは何ですか?

A. 妊娠中は、胎児の発育と母体の血液量増加のために、鉄の必要量が平常時の約1.5倍から2倍に増加するため、非常に貧血になりやすい状態です56。重度の貧血は、早産や低出生体重児のリスクを高める可能性も指摘されています。そのため、妊婦健診で定期的に血液検査を受け、産婦人科医の指導のもと、食事指導や必要に応じた鉄剤の服用など、適切な管理を受けることが極めて重要です。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  24. 貧血に良い食べ物は5種類に分けられる!おすすめの献立も紹介. リペアセルクリニック [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://fuelcells.org/topics/53862/
  25. 貧血予防に良い食事・食べ物・調理方法とは. 健康長寿ネット [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyou-shippei/hint-hinketsu.html
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  27. 貧血とは?原因と予防方法について知ろう. 太陽生命 [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.taiyo-seimei.co.jp/net_lineup/colum/basic/025.html
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