【科学的根拠に基づく】がん化学療法の費用:治療にまつわる「お金」の不安を解消する完全ガイド
がん・腫瘍疾患

【科学的根拠に基づく】がん化学療法の費用:治療にまつわる「お金」の不安を解消する完全ガイド

がん治療、特に化学療法には高額な費用がかかるというイメージがあり、多くの患者様やご家族が経済的な不安を抱えています。「一体いくらかかるのだろうか」「支払いは可能なのだろうか」といった切実な悩みは、治療に専念する上で大きな障壁となり得ます。本稿は、日本の公的医療制度という強力な支援システムを最大限に活用し、こうした「お金」に関する不安を解消するための一助となることを目指すものです。JapaneseHealth.org編集委員会は、最新かつ信頼性の高い情報に基づき、化学療法の費用の全体像から、自己負担を大幅に軽減する公的制度、さらには専門家への相談方法までを、包括的かつ分かりやすく解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、明示的に引用された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。

  • 厚生労働省: 本記事における「高額療養費制度」の仕組み、自己負担限度額、多数回該当、および「限度額適用認定証」に関する記述は、厚生労働省が公開している公式資料に基づいています1119。「先進医療」に関する定義や制度11、肝がん・重度肝硬変治療研究促進事業25、仕事と治療の両立支援16に関する情報も同省のデータを参照しています。
  • 国立がん研究センター: がん治療にかかる費用の内訳、保険適用外の費用、相談窓口としての「がん相談支援センター」の役割、そして「経済毒性(Financial Toxicity)」の概念に関する解説は、国立がん研究センターが提供するがん情報サービスの広範な情報に基づいています791432
  • 各種医学論文・専門家報告: 腫瘍内科医の役割に関する勝俣範之医師の見解2829や、米国国立がん研究所(NCI)によるフィナンシャル・ナビゲーションの重要性に関する指摘3133など、国内外の専門機関や専門家の報告を参考に、多角的な視点を提供しています。

要点まとめ

  • 化学療法の費用は、がんの種類、進行度、使用する薬剤によって大きく変動しますが、日本の公的医療保険が強力な支えとなります。
  • 「高額療養費制度」により、月々の医療費の自己負担額には所得に応じた上限が設けられ、経済的負担が大幅に軽減されます。
  • 治療開始前に「限度額適用認定証」を申請・提示することで、病院窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えられ、一時的な高額な立て替えが不要になります。
  • 治療費の総額には、保険適用外の費用(差額ベッド代、交通費など)も含まれるため、全体像を把握することが重要です。
  • 経済的な不安は一人で抱え込まず、「がん相談支援センター」や医療ソーシャルワーカー、医師などの専門家に積極的に相談することが、安心して治療に臨むための鍵です。

第1章 化学療法の真の費用:包括的な全体像

がん治療、特に化学療法にかかる費用は、患者様やそのご家族にとって大きな懸念事項です。しかし、「化学療法はいくらかかるのか」という問いに対する単一の答えは存在しません。費用は極めて個別性が高く、がんの種類、進行度(ステージ)、使用される薬剤の組み合わせ(レジメン)、治療期間など、多くの要因によって大きく変動します1。この章では、まず費用の全体像を把握し、どのような要素が費用に影響を与えるのか、そして医療費の内訳がどのようになっているのかを詳細に解説します。

1.1. 数字と向き合う:費用が大きく変動する理由

化学療法の費用を理解する上で、まずその変動要因を知ることが不可欠です。

  • がんの種類とステージ
    がんの種類やステージは、治療の強度と期間を決定づける最も重要な要素です。早期のがんであれば、手術後の補助化学療法として短期間で終了することもありますが、進行がんや転移がん(ステージIV)の場合、がんの進行を抑制するために、より長期間にわたる、あるいは継続的な治療が必要となり、費用は著しく高額になります3。例えば、ある試算によれば、ステージIIの結腸がんの年間治療費が約85万円であるのに対し、ステージIVの直腸がんでは年間約750万円にも上ることが示されています3
  • 治療レジメン(薬剤の組み合わせ)
    使用される抗がん剤の種類は、費用を左右する主要な駆動要因です。従来の細胞傷害性抗がん剤に加え、近年では特定の分子を標的とする「分子標的薬」や、免疫の力を利用してがんを攻撃する「免疫チェックポイント阻害薬」といった新しい薬剤が登場しています1。これらの新薬は、従来の薬剤に比べて薬価が非常に高い傾向にあります4。例えば、免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボ(一般名:ニボルマブ)は100mgのバイアルで131,811円、キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)は100mgで214,498円という薬価が設定されています(2024年時点)4。治療は患者様の身長と体重から算出される体表面積に基づいて薬剤の投与量が決まるため、個々の患者様によっても費用は異なります1
  • 治療期間と実施場所
    治療が半年で完了するのか、あるいは年単位で継続するのかによって、総費用は大きく変わります2。また、治療を入院して行うか、外来の化学療法室で行うかによっても、入院基本料などの費用が変動します6

1.2. 請求書を分解する:保険適用の費用と適用外の費用

がん治療にかかる費用の総額は、単一の要素で構成されているわけではありません。公的医療保険が適用される費用と、原則として全額自己負担となる適用外の費用に大別されます。この区別を理解することは、家計への影響を正確に把握する上で極めて重要です7

多くの患者様やご家族は、病院から提示された高額な請求額全体に対して、公的支援が適用されると誤解しがちです。しかし、実際には支援の対象となるのは保険適用の医療費のみであり、差額ベッド代や交通費といった保険適用外の費用は、別の資金計画として全額自己負担となります。この現実を早期に認識することが、現実的な資金計画の第一歩となります。

表1:がん治療で発生しうる費用の内訳
公的医療保険の対象となる費用 それ以外にかかるお金(原則として全額自己負担)
化学療法・その他薬剤費6 先進医療7
各種検査費用(血液検査、CT、MRIなど)8 差額ベッド代(個室・少人数部屋の利用料)9
診察費7 入院時食事療養費(一部自己負担)9
入院基本料10 通院・入院のための交通費、宿泊費6
手術費、放射線治療費7 医療用ウィッグ、乳房エピテーゼ(人工物)など6
介護サービス費(一部)7 各種文書料(診断書、保険会社提出書類など)6
入院時の日用品、テレビカードなど10
治療による休業に伴う収入減少

この「見えざる経済的負担」は、治療が長期化するにつれて家計に重くのしかかります。高額な薬価がもたらす価格への衝撃は、後述する公的制度によって大幅に緩和されますが、この保険適用外の費用は、それらの制度の対象外です。したがって、がん治療の経済的負担を考える際には、これら二つの異なる性質の費用を分けて捉え、それぞれに対策を講じる必要があります。

第2章 あなたの主要な経済的盾:高額療養費制度

日本の公的医療保険制度には、医療費の自己負担が過度に重くなることを防ぐための強力な安全網が存在します。その中心となるのが「高額療養費制度」です。この制度を正しく理解し、活用することが、化学療法に伴う経済的な不安を軽減するための最も重要な鍵となります。

2.1. 制度の基本原則:月々の医療費に上限を設ける

高額療養費制度は、医療機関や薬局の窓口で支払った保険適用の医療費が、暦月(月の初めから終わりまで)で所得や年齢に応じた自己負担限度額を超えた場合に、その超えた金額が払い戻される仕組みです11

この制度の強力な点は、たとえ医療費の総額が数百万円に達したとしても、患者様が実際に負担する月々の支払額には明確な上限が設けられている点にあります。例えば、厚生労働省が示す事例では、年収約370万~770万円の69歳以下の人が、総医療費100万円(3割負担で窓口支払額30万円)の治療を受けた場合、自己負担限度額は約8万7,430円となります。この場合、窓口で支払った30万円から限度額を差し引いた約21万2,570円が、後日払い戻されることになります11。この仕組みにより、高額な化学療法を受けても、家計が破綻することを防ぎます。

2.2. あなたの限度額を計算する:段階的ガイド

自己負担限度額は、年齢と所得によって複数の区分に分かれています。ご自身がどの区分に該当し、限度額がいくらになるのかを事前に把握しておくことが重要です。

表2:69歳以下の方の自己負担限度額(月額)
所得区分(年収の目安) 自己負担限度額の計算式
区分ア(年収約1,160万円~) 252,600円 + (総医療費 − 842,000円) × 1%
区分イ(年収約770万~約1,160万円) 167,400円 + (総医療費 − 558,000円) × 1%
区分ウ(年収約370万~約770万円) 80,100円 + (総医療費 − 267,000円) × 1%
区分エ(~年収約370万円) 57,600円
区分オ(住民税非課税者) 35,400円
出典: 厚生労働省11
表3:70歳以上の方の自己負担限度額(月額、平成30年8月診療分から)
所得区分(年収の目安) 外来(個人ごと) 世帯ごと(入院・外来)
現役並み所得者III(年収約1,160万円~) 252,600円 + (総医療費 − 842,000円) × 1%
現役並み所得者II(年収約770万~約1,160万円) 167,400円 + (総医療費 − 558,000円) × 1%
現役並み所得者I(年収約370万~約770万円) 80,100円 + (総医療費 − 267,000円) × 1%
一般所得者(年収約156万~約370万円) 18,000円 (年間上限144,000円) 57,600円
住民税非課税者など 8,000円 24,600円
住民税非課税者(所得が一定以下) 8,000円 15,000円
出典: 厚生労働省11

2.3. 事前申請か事後申請か:「限度額適用認定証」が不可欠な理由

高額療養費制度の利用方法には、二つの道があります。一つは「事後申請」で、もう一つは「事前申請」です。この選択が、治療中の資金繰りに決定的な違いをもたらします。

  • 事後申請(認定証なし): 医療機関の窓口で、まず3割(または1~2割)の自己負担額を全額支払います。その後、ご自身が加入する健康保険組合や市町村の窓口に申請し、数カ月後に自己負担限度額を超えた分が払い戻されます。この払い戻しには、診療月から少なくとも3カ月以上かかるのが一般的です11。例えば、30万円を一度立て替え、3カ月後に約21万円が戻ってくるという流れになり、一時的に大きな資金負担が発生します。
  • 事前申請(認定証あり): この問題を解決するのが「限度額適用認定証」です15。事前に加入している保険者に申請してこの認定証を入手し、医療機関の窓口に提示するだけで、その月の支払いが自動的に自己負担限度額までとなります。つまり、高額な立て替え払いが不要になり、資金繰りの悪化を根本から防ぐことができます。

この制度は自動的に適用されるわけではなく、患者様ご自身による能動的な行動が求められます。高額な治療が始まると分かった時点で、直ちに自身の保険者(健康保険組合、協会けんぽ、市町村の国民健康保険窓口など)に連絡し、「限度額適用認定証」を申請することが、経済的負担を管理する上で最も重要かつ効果的な一歩です。

2.4. 長期治療をさらに軽減する仕組み

化学療法が長期にわたる場合、負担をさらに軽減するための仕組みが用意されています。

  • 多数回該当: 直近12カ月以内に高額療養費の支給が3回以上あった場合、4回目からは自己負担限度額がさらに引き下げられます11。例えば、年収約370万~770万円の区分の場合、限度額は44,400円に下がります。これは、継続的な治療を受ける患者様にとって非常に大きな助けとなります。
  • 世帯合算: 同じ月に、同一の医療保険に加入しているご家族がそれぞれ医療機関を受診した場合、それらの自己負担額を合算することができます。合算した額が世帯の自己負担限度額を超えれば、その超過分が払い戻されます。ただし、69歳以下の場合は、21,000円以上の自己負担額のみが合算の対象となります11

これらの制度を最大限に活用することで、高額な化学療法という経済的障壁を、管理可能な計画的支出へと変えることが可能になります。

第3章 実例で見る費用シミュレーション:がん種別のケーススタディ

前章までで解説した制度が、実際の治療においてどのように機能するのかを具体的に理解するために、ここでは一般的ながん種を例にとった費用シミュレーションを行います。治療費の「素の金額」と、高額療養費制度を適用した後の「実際の自己負担額」の差を見れば、この制度の重要性が一目瞭然となるでしょう。

3.1. ケーススタディの手法

ここでは、罹患者数の多い4つのがん(胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん)を対象に、異なるステージや治療法を想定したケーススタディを作成します。年間の薬剤費などの総医療費は各種資料のデータを参考にし2、自己負担額は「年収約370万~約770万円(区分ウ)」の患者様が「限度額適用認定証」を利用し、かつ「多数回該当」の適用を受けることを前提に算出します。

3.2. 費用シミュレーション比較表

表4:がん種別・費用シミュレーションの比較概要
がんの種類とシナリオ 保険適用前の年間医療費概算 年間自己負担額の概算(多数回該当適用後)
胃がん ステージII
(術後補助化学療法1年)
約800,000円3 約550,000円
大腸がん ステージIV
(分子標的薬を含む化学療法)
約7,500,000円3 約640,000円
肺がん(小細胞がん)進展型
(化学療法)
約1,600,000円3 約570,000円
乳がん ステージIV
(分子標的薬を含む化学療法)
約3,900,000円3 約620,000円
注:年間自己負担額は、月々の医療費や治療スケジュールによって変動するため、あくまで目安です。計算は(上限額×3ヶ月) + (多数回該当上限額44,400円×9ヶ月)として簡略化しています。

このシミュレーションから浮かび上がる最も重要な事実は、治療選択と経済的破綻の分離です。表4が示す通り、保険適用前の年間医療費が80万円の場合と750万円の場合とで、患者様の年間自己負担額に10倍以上の差は生じません。高額療養費制度(特に多数回該当)の存在により、実際の負担額は年間55万~65万円程度の範囲に収束しています。

これは、患者様と医師が、経済的な破綻を過度に恐れることなく、臨床的に最も適切と考えられる保険適用の治療法を追求できることを意味します。医師が750万円の薬剤レジメンを推奨したとしても、患者様の月々の支払額は、160万円のレジメンを受ける患者様と(所得区分が同じであれば)ほぼ変わりません。この事実を理解することは、患者様が安心して治療方針の決定に参加し、最適な医療を受ける上で、計り知れないほどの心理的支えとなります。

第4章 経済的手段の拡充:追加支援と先進医療

高額療養費制度は強力な安全網ですが、がん治療の経済的負担を管理するための手段はそれだけではありません。税金の還付制度や特定の状況に応じた助成制度、そして公的保険の枠外となる「先進医療」の存在を理解することで、より包括的な資金計画を立てることが可能になります。

4.1. 税負担を軽減する:医療費控除

医療費控除は、1年間(1月1日~12月31日)に支払った医療費が一定額を超えた場合に、確定申告を行うことで所得税の一部が還付され、翌年の住民税が軽減される制度です15

この制度の重要な点は、控除対象となる費用に、高額療養費制度の対象外であった費用の一部が含まれることです。具体的には、公共交通機関を利用した通院交通費、医師が必要と認めた場合の医療用ウィッグの購入費用、薬局で購入した市販の鎮痛剤なども対象となり得ます15。高額療養費制度で補いきれなかった「隠れた費用」を一部取り戻すための重要な手段と言えます。領収書は必ず保管し、翌年の確定申告に備えましょう。

4.2. 保険適用外治療との向き合い方:先進医療

「先進医療」とは、厚生労働大臣が定める高度な医療技術で、将来的な保険適用を目指して評価が行われている治療法です11。この治療を受ける場合、費用は二重構造になります。

  • 先進医療の技術料: 全額自己負担となり、高額療養費制度の対象外です7
  • 先進医療と併用される通常の診察・検査・投薬・入院料: 公的医療保険が適用され、高額療養費制度の対象となります。

つまり、先進医療を選択した場合、患者様は通常の自己負担限度額に加えて、先進医療の技術料を数百万円単位で支払う必要があります。これは、公的制度のみに頼る患者様にとって極めて大きな経済的危険性を伴います。

表5:先進医療の技術料(全額自己負担)の例
先進医療の名称 適応症(例) 患者負担額(技術料)
陽子線治療 根治切除が可能な肝細胞がん など 約2,660,000円20
重粒子線治療 骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍 など 約3,140,000円12
周術期デュルバルマブ静脈内投与療法 肺尖部胸壁浸潤がん 22,427,760円14
イマチニブ経口投与及びペムブロリズマブ静脈内投与の併用療法 進行期悪性黒色腫 5,375,580円14
マルチプレックス遺伝子パネル検査 進行再発固形がん 560,000円14
出典: 国立がん研究センター中央病院14, hoken-navi.docomo.ne.jp12, ナビナビ保険20

この表は、標準的な保険診療の道から一歩踏み出し、先進医療という選択肢を検討する際には、全く異なる水準の経済的準備が必要であることを明確に示しています。民間の医療保険(がん保険など)は、しばしばこれらの先進医療費用を保障する特約を用意しているため、ご自身の保険内容を確認することが極めて重要です。

4.3. 特定の状況に応じた助成制度

全ての患者様に適用されるわけではありませんが、特定の条件を満たす場合には、さらに手厚い助成が受けられる可能性があります。

  • 肝がん・重度肝硬変治療研究促進事業: B型またはC型肝炎ウイルスを原因とする肝がん・重度肝硬変の患者様で、年収約370万円以下などの要件を満たす場合、月の自己負担額が1万円(または2万円)に軽減される制度があります25
  • 障害者医療費助成制度: 治療の結果、身体に障害が残り、身体障害者手帳の交付を受けた場合、自治体によっては独自の医療費助成制度が利用できることがあります18

これらの制度は、対象者が限られている分、より手厚い支援内容となっていることが多いです。ご自身が該当する可能性がある場合は、医療機関の相談窓口や自治体の担当課に問い合わせることが重要です。

第5章 あなたは一人ではない:専門家への相談と支援体制

ここまで、がん治療費を管理するための様々な制度や知識について解説してきました。しかし、これらの複雑な制度を、治療による心身の負担を抱えながら、たった一人で完璧に理解し、手続きを進めることは容易ではありません。日本の医療制度は、患者様が専門家の助けを借りることを前提に設計されています。この最終章では、あなたを支えるための相談窓口と専門家たちを紹介します。

5.1. 最初の相談窓口:がん相談支援センター

全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」は、患者様やご家族が抱えるあらゆる悩みに対して、無料で相談に応じる専門の窓口です7

特に「お金」に関する相談は、このセンターが最も得意とする分野の一つです。専門の相談員(看護師やソーシャルワーカーなど)が、高額療養費制度の仕組みを分かりやすく説明し、限度額適用認定証の申請手続きを手伝ってくれます。また、前章で述べたような専門的な助成制度や、地域の社会資源についても情報を提供し、患者様一人ひとりの状況に合わせた最適な支援へと繋いでくれます。どこに相談してよいか分からない時、まず訪れるべき場所が、この「がん相談支援センター」です。

5.2. あなたの治療チームという資源

医師や看護師は治療の専門家ですが、彼らもまた、患者様の経済的な不安を理解し、支援するチームの一員です。特に、がん薬物療法を専門とする「腫瘍内科医」は、がん治療の全体を調整する役割を担います。

日本の腫瘍内科の先駆者の一人である勝俣範之医師は、「腫瘍内科医の役割は、単に抗がん剤を投与することではなく、診断から治療方針の決定、緩和ケアまで、がん患者を最初から最後まで支援し、調整する『がんの総合内科』である」と述べています2829。勝俣医師は、患者様の話をじっくりと聴き、不安の正体を突き止め、共に治療方針を決定していく過程を重視しており、これは経済的な不安についても同様です28。治療に関する不安だけでなく、費用に関する懸念も、遠慮なく主治医や看護師に伝えてみましょう。彼らが直接解決できなくとも、院内の適切な専門家(医療ソーシャルワーカーなど)に繋いでくれるはずです。

5.3. 医療と家計の橋渡し役:専門のファイナンシャル・プランナー

近年、医療と金融の専門知識を併せ持ち、がん患者様の経済的な問題に特化して支援する専門家が登場しています。その代表例が「看護師FP®(ファイナンシャル・プランナー)」です。

看護師FP®の黒田ちはる氏は、自身の看護師経験から「高額療養費制度だけでは解決できない、がん治療中のお金の悩み」を痛感し、FPの知識を活かして患者様を支援しています30。彼女のような専門家は、治療による収入減や、保険適用外の費用を含めた家計全体の管理方法など、医療従事者だけでは補いきれない領域で具体的な助言を提供します30

このような「フィナンシャル・ナビゲーション」は、米国国立がん研究所(NCI)などもその重要性を指摘しており、現代のがん治療において、身体的・精神的苦痛と並ぶ「経済毒性(Financial Toxicity)」を緩和するための標準的な医療の一部となりつつあります313233

5.4. 相談を成功させるための質問チェックリスト

いざ相談に行っても、何から話せばよいか分からなくなってしまうこともあります。以下のチェックリストを活用し、要点を整理して相談に臨むことで、より効果的な支援を得ることができます。

表6:あなたの支援チームへの質問チェックリスト
相談相手 確認・質問すべきこと
主治医・看護師
  • 私の治療レジメンの名称と、予定される治療期間を教えてください。
  • 推奨される治療法の中に、保険適用外の「先進医療」などは含まれていますか?
  • 副作用を緩和するための薬剤費は、どの程度見込んでおけばよいですか?
がん相談支援センター
医療ソーシャルワーカー
  • 高額療養費制度の仕組みについて、改めて説明してください。
  • 「限度額適用認定証」の申請を手伝ってもらえますか?
  • 私の状況で利用できそうな、国や自治体の助成制度は他にありますか?(例:肝がん助成、障害者医療費助成など)
  • 傷病手当金や障害年金など、収入を支える制度について教えてください。
ファイナンシャル・プランナー(FP)
  • 治療費の支出と収入の減少を踏まえて、家計の見直しを手伝ってください。
  • 医療費控除の申請方法と、対象となる費用の範囲を具体的に教えてください。
  • 加入している民間保険(がん保険など)の内容を確認し、請求漏れがないか見てください。

よくある質問

Q1. 化学療法の費用は、結局のところ月々いくらになりますか?

A1. 実際の自己負担額は、ご加入の公的医療保険と所得によって決まる「自己負担限度額」で上限が定められています。例えば、年収約370万~770万円の方の場合、月々の負担は約8~9万円が上限となります。さらに、治療が長引き「多数回該当」が適用されると、4ヶ月目からは上限が44,400円まで下がります11。ただし、これは保険適用の医療費に対してのみであり、差額ベッド代や交通費などの保険適用外費用は別途必要です。

Q2. オプジーボのような高額な新薬を使うと、支払いができなくなりますか?

A2. いいえ、その心配はほとんどありません。たとえ薬剤費だけで月に数百万円かかったとしても、「高額療養費制度」があるため、最終的な自己負担額は所得に応じた上限額を超えません11。この制度のおかげで、患者様は経済的な心配を過度にすることなく、臨床的に最善とされる高額な新薬治療を受けることが可能です。重要なのは、事前に「限度額適用認定証」を取得しておくことです。

Q3. 「がん相談支援センター」では、具体的に何を手伝ってもらえますか?

A3. 全国の「がん相談支援センター」では、医療ソーシャルワーカーなどの専門家が無料で相談に応じてくれます7。高額療養費制度や医療費控除といった公的制度の説明、限度額適用認定証の申請手続きの支援、ご自身の状況で利用可能な他の助成制度の案内など、お金に関する悩みを総合的に支援してくれます。どこに相談すればよいか分からない場合の最初の窓口として、非常に頼りになる存在です。

結論

がん化学療法の費用は、一見すると非常に高額で、患者様やご家族に大きな不安を与えるかもしれません。しかし、本稿で詳述したように、日本には世界に誇るべき手厚い公的医療保険制度、特に「高額療養費制度」が存在します。この制度を正しく理解し、「限度額適用認定証」を事前に申請することで、経済的な負担は管理可能な範囲に大きく軽減されます。

がん治療における経済的な道のりを乗り越えるための最大の秘訣は、すべてのルールを暗記することではなく、「誰に、何を尋ねるべきかを知る」ことです。がん相談支援センター、主治医や看護師、そしてファイナンシャル・プランナーといった専門家は、あなたを支えるための強力なチームです。これらの支援を積極的に活用することは、弱さの表れではなく、賢明で戦略的な行動です。経済的な不安を専門家の力で解消し、心穏やかに治療に専念することが、何よりも大切です。あなたは、一人ではありません。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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