【科学的根拠に基づく】インスリン全種類と治療法の選び方:2025年最新ガイドライン徹底解説
糖尿病

【科学的根拠に基づく】インスリン全種類と治療法の選び方:2025年最新ガイドライン徹底解説

糖尿病治療の中核をなすインスリン療法は、技術の進歩と新たな科学的知見により、日々進化を遂げています。かつては「最終手段」と見なされがちでしたが、現在では早期から適切に使用することで、合併症を効果的に予防し、患者さん自身の生活の質(QOL)を大きく向上させるための積極的な治療法と位置づけられています。本記事は、日本糖尿病学会(JDS)が発行した最新の「糖尿病診療ガイドライン2024」12や、信頼性の高い国内外の研究結果に基づき、インスリンの基本的な役割から、現在日本で利用可能な全種類のインスリン製剤の特徴、次世代インスリンの科学的比較、そして保険適用される最新技術(CGMやインスリンポンプ)に至るまで、包括的かつ専門的に解説します。この記事を通じて、ご自身の治療法を深く理解し、主治医や医療チームとより良いパートナーシップを築くための一助となれば幸いです。

医学監修:
この記事は、特定の医師個人の見解を示すものではなく、以下に示す公的機関のガイドラインおよび査読付き学術論文に基づいています。食事療法に関する部分では、日本の食事療法研究の専門家である山田悟医師(北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長)の公開されている科学的見解を参考にしています3


この記事の科学的根拠

この記事で提示される医学的指導は、入力された研究報告書で明示的に引用された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源のみが含まれており、提示された医学的指導との直接的な関連性も示されています。

  • 日本糖尿病学会(JDS): 本記事における血糖コントロール目標値、インスリン療法の適応、合併症管理、薬物療法アルゴリズムに関する指導は、同学会発行の「糖尿病診療ガイドライン2024」および「糖尿病治療ガイド2024-2025」に基づいています12
  • 日本人を対象とした臨床研究(Yoshioka K, et al., 2019 & Murata T, et al., 2024): 次世代インスリン製剤(トージェオとトレシーバ)の有効性と安全性に関する比較分析は、これらの日本人患者を対象とした査読済み学術論文の結果に基づいています45
  • 厚生労働省(MHLW): 日本国内の糖尿病患者数に関する統計データは、厚生労働省が公表した最新の「患者調査」に基づいています6
  • テルモ株式会社 / 厚生労働省: 持続血糖測定(CGM)システムの保険適用拡大に関する情報は、2022年12月1日に発表された公式情報源に基づいています7

要点まとめ

  • インスリン治療は、1型糖尿病や重度の高血糖だけでなく、経口薬で管理不十分な2型糖尿病にも積極的に用いられる重要な治療法です。
  • インスリン製剤には作用時間によって多様な種類があり、患者の生活様式や病態に合わせて個別化された選択が可能です。
  • 最新の持効型インスリン(トージェオ等)は、従来の製剤と比較して夜間低血糖の危険性を有意に低減させることが日本人対象の研究で示されています4
  • 持続血糖測定(CGM)は2022年12月から保険適用が拡大され、インスリンを1日1回以上使用する全ての患者が対象となり、血糖管理の質が飛躍的に向上しました7
  • 治療の成功には、正しい注射手技の実践、食事・運動療法との組み合わせ、そして低血糖などの副作用への適切な対処法の理解が不可欠です。

はじめに:なぜ今、インスリン治療の理解が重要なのか

厚生労働省の「令和5年(2023)患者調査」によると、日本国内で糖尿病が強く疑われる人の数は増加傾向にあり、国民病としての側面を強めています6。この状況下で、インスリン治療は単なる血糖降下手段にとどまらず、長期的な合併症(網膜症、腎症、神経障害など)を防ぎ、健康寿命を延伸させるための極めて重要な戦略となっています。1921年の発見から100年以上の時を経て、インスリン製剤とその投与技術は目覚ましい進歩を遂げました。現代のインスリン治療は、より安全に、そしてより生理的なパターンに近い形で血糖値をコントロールすることを可能にしています。本記事を通して、最新の科学的根拠に基づいた正しい知識を身につけ、ご自身の治療について主治医と建設的な対話を行い、より良い自己管理を目指すための第一歩を踏み出しましょう。


インスリンとは? 体内での基本的な働き

インスリンは、膵臓にあるβ(ベータ)細胞から分泌されるホルモンの一種で、体内で唯一、血糖値を下げる働きを持つ重要な物質です。食事によって血糖値が上昇すると、インスリンが分泌され、血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪細胞に取り込ませてエネルギーとして利用したり、肝臓でグリコーゲンとして蓄えたりすることで血糖値を正常範囲に保ちます8

健康な人のインスリン分泌には、大きく分けて2つのパターンがあります。この2つのパターンを理解することが、インスリン療法の目的を理解する上で非常に重要です。

  • 基礎分泌 (Basal): 食事をしていない空腹時にも、生命活動を維持するために少量ずつ持続的に分泌されるインスリン。肝臓からの糖の放出を適切に抑制する役割を担います。
  • 追加分泌 (Bolus): 食事による血糖値の急激な上昇に対応して、まとまった量が追加で分泌されるインスリン。食後の高血糖を防ぎます。

糖尿病、特に1型糖尿病ではこのインスリン分泌能力が失われ、2型糖尿病ではインスリンの分泌量が低下したり、インスリンが効きにくく(インスリン抵抗性)なったりします。インスリン療法は、この不足または機能不全に陥ったインスリンを体の外から補うことで、健康な人の分泌パターンを再現し、血糖値をコントロールすることを目的としています。


インスリン療法の目的と対象者:JDSガイドラインに基づく適応

インスリン治療は、もはや「糖尿病治療の最終手段」ではありません。日本糖尿病学会(JDS)の「糖尿病診療ガイドライン2024」では、特定の状況下で積極的にインスリン療法を開始することが強く推奨されており、膵臓のβ細胞を保護し、長期的な予後を改善する効果も期待されています19

インスリン療法の適応

JDSガイドラインでは、インスリン療法の適応を「絶対的適応」と「相対的適応」に分類しています。

  • 絶対的適応(インスリン療法が必須の場合)
    • 1型糖尿病: 自己免疫などにより膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンをほとんど、あるいは全く分泌できないため、生命維持にインスリン補充が不可欠です。
    • 糖尿病ケトアシドーシス、高浸透圧高血糖症候群: 極度のインスリン作用不足による重篤な急性合併症であり、速やかなインスリン投与が必要です。
    • 重症の肝障害・腎障害を合併している場合
    • 重症感染症、外傷、中等度以上の外科手術の前後
    • 糖尿病合併妊娠、または妊娠中の明らかな高血糖
  • 相対的適応(インスリン療法を考慮すべき場合)
    • 経口血糖降下薬を適切に使用しても、血糖コントロール目標(下記参照)が達成できない2型糖尿病。
    • 著しい高血糖(例:空腹時血糖値 250 mg/dL以上、随時血糖値 350 mg/dL以上)を認める場合。これは「糖毒性」と呼ばれる状態で、高血糖自体がインスリン分泌を抑制するため、一時的にインスリンを用いてこの悪循環を断ち切ることが有効です。

血糖コントロールの目標

治療の目標となるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー:過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する指標)の値は、画一的ではありません。年齢、罹病期間、臓器障害の有無、低血糖の危険性、サポート体制などを考慮して、個別に設定されます。JDSは、合併症予防のための目標を7.0%未満としていますが、高齢者においては、重症低血糖の危険性を避けることがより重視されます110


【完全網羅】インスリン製剤の種類と特徴

現在、日本で使用されているインスリン製剤は、作用が発現するまでの時間と持続時間によって、主に5つのタイプに分類されます。この多様性により、患者さん一人ひとりの病態や生活様式に合わせた、きめ細やかな治療計画を立てることが可能になっています8

表1:インスリン製剤の種類と特徴の比較
分類 主な製品名 作用発現時間 作用ピーク時間 作用持続時間 主な役割と使用法
超速効型 ノボラピッド、ヒューマログ、ルムジェブ 10~20分 1~3時間 3~5時間 食事による血糖上昇を抑える「追加分泌」を補う。食直前に注射する。
速効型 ノボリンR、ヒューマリンR 30分~1時間 2~4時間 5~8時間 「追加分泌」を補う。食前30分に注射する。
中間型 ノボリンN、ヒューマリンN 1~3時間 4~10時間 約18~24時間 「基礎分泌」を補う。作用に山がある。
持効型溶解 ランタス、レベミル、トレシーバ、トージェオ 1~4時間 ほぼ無し 約24時間以上 「基礎分泌」を補う。作用が平坦で安定しており、1日1回の注射で済む。
混合型・配合溶解型 ノボラピッド30/50/70ミックス、ライゾデグ 10~20分 2つの山がある 約24時間 「基礎分泌」と「追加分泌」を1本の注射で補う。注射回数を減らせる。

注:上記は一般的な目安であり、実際の作用は個人差があります。出典: 米国疾病予防管理センター(CDC)8および日本糖尿病学会9の情報を基にJHO編集委員会が作成。


【最先端の比較】次世代の持効型インスリン:どちらが優れているか?

近年のインスリン療法の最大の進歩の一つが、より作用が安定し、低血糖のリスクを著しく低減させた「次世代」の持効型インスリン製剤の登場です。中でも、インスリングラルギンU300(製品名:トージェオ)とインスリンデグルデク(製品名:トレシーバ)は、広く使用されています。では、科学的根拠に基づくと、これらの薬剤にどのような違いがあるのでしょうか。

インスリングラルギンU300(トージェオ) vs. インスリンデグルデク(トレシーバ)

日本人患者を対象とした複数の臨床研究が、これらの薬剤の比較を行っています。

  • 有効性(血糖降下作用): 多くの研究で、HbA1cを下げる効果については、両者に有意な差はないと結論づけられています。どちらも強力かつ安定した血糖降下作用を示します4
  • 安全性(低血糖リスク): ここに最も重要な違いが現れます。2019年に発表された、日本人2型糖尿病患者を対象としたランダム化クロスオーバー試験では、持続血糖測定(CGM)を用いて血糖変動を詳細に分析した結果、トージェオはトレシーバと比較して、夜間低血糖の発生頻度が有意に低いことが明らかになりました4。低血糖は患者さんが最も恐れる副作用の一つであり、このリスクを低減できることは大きな利点です。
  • 血糖変動の安定性: 2024年に報告された日本人1型糖尿病患者を対象とした後ろ向き研究では、血糖変動が大きい患者において、トレシーバからトージェオに切り替えることで、血糖変動が改善し、夜間低血糖が減少した可能性が示唆されました5

結論として、どちらか一方が絶対的に優れているわけではありません。しかし、夜間の低血糖を頻繁に起こす患者さんや、血糖値の変動が大きい患者さんにとっては、トージェオがより良い選択肢となる可能性があります。最終的な薬剤の選択は、ご自身の血糖値のパターンや生活様式、合併症のリスクなどを総合的に評価し、必ず主治医と相談して決定することが重要です。


【実践ガイド】インスリン自己注射の正しい手順とコツ

インスリン治療の効果を最大限に引き出し、安全性を確保するためには、正しい自己注射の手技を習得することが不可欠です。ここでは、準備から廃棄までの具体的な手順と、痛みを和らげ副作用を防ぐためのコツを解説します。

準備から廃棄までのステップ

  1. 物品の準備と確認: 使用するインスリン製剤、注射針、アルコール綿を準備します。インスリンの種類(名前)と有効期限を声に出して確認する習慣をつけましょう。
  2. インスリンの混和(中間型・混合型の場合): 白く濁っているインスリンは、均一にするために混和が必要です。激しく振るのではなく、両方の手のひらで挟み、ゆっくりと10回以上転がしてください。
  3. ペン型注入器の操作:
    • 新しい注射針をまっすぐに取り付けます。
    • 空打ち(プライミング): 毎回必ず、2単位程度を空打ちし、針先からインスリンが出ることを確認します。これにより、針の詰まりや内部の空気を除去し、正確な量を注射できます。
    • ダイヤルを回して、医師に指示された単位数に合わせます。
  4. 注射部位の選択と消毒: 注射部位は、腹部、大腿部、上腕部、臀部です。毎回同じ場所に注射すると皮膚が硬くなる「リポジストロフィー」を引き起こし、インスリンの吸収が不安定になる原因となります。指2本分(約2~3cm)ずつずらしながら、広範囲にローテーションすることが極めて重要です。部位を決めたらアルコール綿で消毒し、乾くのを待ちます。
  5. 正しい注射手技:
    • 注射部位の皮膚を軽くつまみ上げます。(痩せている方や子供の場合)
    • 皮膚に対して針を垂直(90度)に、根元までしっかりと刺します。
    • 注入ボタンを最後までゆっくりと押し、単位が「0」に戻ったことを確認します。
    • インスリンが逆流しないように、針を刺したまま10秒程度数えてから、まっすぐに抜きます。
    • 注射後は揉まないでください。揉むと吸収が速くなりすぎ、低血糖の原因となることがあります。
  6. 安全な廃棄: 使用済みの針は、キャップをせずに(リキャップは針刺し事故の原因になります)、専用の廃棄容器に捨ててください。

これらの手技は、医療機関で看護師などから直接指導を受けることが最も重要です。不明な点があれば、遠慮なく医療スタッフに質問してください。


【技術革新】インスリン治療を変える新技術:CGMとインスリンポンプ

近年の技術革新は、糖尿病の自己管理に革命をもたらしました。従来の指先穿刺による「点」の血糖測定から、持続的な「線」での血糖管理へと移行し、より安全で質の高い治療が可能になっています。

持続血糖測定(CGM)とフラッシュグルコースモニタリング(FGM)

CGM/FGMは、腹部などに装着した小さなセンサーで皮下の間質液中のグルコース濃度を5分ごとなど、自動的かつ持続的に測定するシステムです。これにより、以下の大きな利点がもたらされます。

  • 血糖トレンドの可視化: 血糖値の現在値だけでなく、上昇中か下降中かといった「トレンド(傾向)」が矢印で表示されます。これにより、高血糖や特に危険な低血糖を事前に予測し、早めに対処することが可能になります。
  • 指先穿刺の回数激減: 頻繁な指先穿刺の痛みや手間から解放され、患者の負担を大幅に軽減します。
  • 夜間低血糖の検出: 睡眠中など自覚しにくい時間帯の無自覚性低血糖を発見するのに非常に有効です。

日本の保険適用: 最も重要な情報として、2022年12月1日より、日本国内での保険適用が大幅に拡大されました。これにより、1型・2型を問わず、インスリン自己注射を1日1回以上行っている全ての患者さんが、保険診療でCGM/FGMを利用できるようになりました711。これは治療の質を向上させる大きな一歩であり、ご希望の場合は主治医に相談することをお勧めします。

インスリンポンプ療法(CSII)

インスリンポンプは、携帯型の小型ポンプから、細いチューブを通して皮下に留置したカニューレ(針)に、インスリンを持続的に注入する治療法です。超速効型インスリンのみを使用し、健康な人の分泌パターンをより忠実に模倣します。

  • 基礎注入(ベーサル): 24時間にわたり、プログラムされた量のインスリンを少量ずつ持続注入します。
  • 追加注入(ボーラス): 食事の際に、炭水化物量に応じて必要な量のインスリンをボタン操作で注入します。

CSIIは、特に血糖コントロールが不安定な1型糖尿病患者さんや、厳格な管理が必要な妊娠中の患者さんにとって、生活の自由度を高め、より良い血糖コントロールを達成するための強力な選択肢となります。


インスリン治療と生活習慣:食事と運動の最新知識

インスリン治療を行っていても、食事療法と運動療法が糖尿病治療の根幹であることに変わりはありません。これらを適切に行うことで、インスリンの必要量を減らし、体重増加を防ぎ、より良好な血糖コントロールを目指すことができます。

食事療法:2024年JDSの新推奨

日本糖尿病学会の最新ガイドラインでは、食事療法に関していくつかの新しい知見が示されています1213

  • 糖質制限食: 2型糖尿病患者において、短期間(6~12ヶ月程度)であれば、エネルギー(カロリー)制限食と同様にHbA1cを改善する効果があると認められました。ただし、長期的な安全性や効果についてはまだ十分なデータがないため、実施する際は医師や管理栄養士の指導のもとで行う必要があります。
  • 低GI食と食物繊維: GI(グリセミック・インデックス)の低い食品(玄米、全粒粉パン、葉物野菜など)の選択や、食物繊維を豊富に含む食事は、食後の血糖上昇を緩やかにするため、引き続き推奨されています。
  • 専門家の視点(ゆるやかな糖質制限): 北里大学の山田悟医師らが提唱する「ロカボ」は、1食あたりの糖質量を20~40g、1日の合計を70~130gに抑えるという、無理なく続けやすいアプローチです314。これは厳格な糖質制限ではなく、安全かつ効果的な選択肢として注目されています。

運動療法

運動はインスリンの効きを良くし(インスリン感受性の改善)、血糖値を下げる効果があります。有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)と、レジスタンス運動(筋力トレーニング)を組み合わせることが最も効果的です。

注意点: 運動による低血糖を防ぐため、運動前後の血糖測定が重要です。特にインスリン作用がピークになる時間帯の激しい運動は避けるべきです。必要に応じて、運動前に補食(ビスケットや果物など)を摂るなどの対策を主治医と相談しましょう。


安全な治療のために:副作用と緊急時の対応

インスリン治療を安全に継続するためには、起こりうる副作用を正しく理解し、緊急時の対処法をあらかじめ知っておくことが極めて重要です。

最も注意すべき副作用:低血糖

低血糖は、血糖値が下がりすぎた状態(一般に70mg/dL未満)で、インスリン治療で最も頻度が高く、注意が必要な副作用です。

  • 症状:
    • 初期症状(交感神経症状): 冷や汗、動悸、手の震え、不安感、顔面蒼白など。
    • 進行した場合(中枢神経症状): 強い空腹感、眠気、めまい、集中力の低下、言葉が出にくい、異常な行動。
    • 重篤な症状: 意識障害、痙攣、昏睡。
  • 対処法:
    • 初期症状を感じたら、すぐにブドウ糖を10g摂取します。ブドウ糖がない場合は、砂糖20gや、ブドウ糖を含むジュースや清涼飲料水を150~200mL飲みます。
    • 15分経っても症状が改善しない場合や、血糖値が回復しない場合は、もう一度同じ量を摂取します。
    • α-グルコシダーゼ阻害薬(経口薬)を服用している場合は、必ずブドウ糖を摂取してください(砂糖では分解が遅れるため効果がありません)。
  • 重症低血糖時の家族の対応: 患者が意識を失っている場合は、無理に飲食物を口に入れると窒息の危険があるため、絶対にやめてください。処方されていればグルカゴン注射を行い、直ちに救急車を要請してください。

その他の副作用と対応

  • 注射部位の皮膚トラブル(リポジストロフィー): 同じ場所に注射を繰り返すことで皮膚が硬くなったり、へこんだりする状態です。予防法は、前述の通り注射部位を毎回ずらす(ローテーション)ことです。
  • 体重増加: インスリンには体脂肪を合成する働きがあるため、体重が増加することがあります。食事療法や運動療法を適切に見直すことで対応します。

シックデイと災害時への備え

  • シックデイ(病気の日): 発熱、下痢、嘔吐、食欲不振などで食事が摂れない日を「シックデイ」と呼びます。このような時でも、体はストレスに対抗するために血糖値が上がりやすいため、自己判断でインスリンを中断するのは非常に危険です。必ず医療機関に連絡し、指示を仰いでください。これを「シックデイルール」と呼びます。
  • 災害への備え: 災害時に備え、インスリン、注射針、血糖測定器の消耗品、低血糖時の補食などを、最低でも1~2週間分は余分に備蓄しておくことが推奨されます。

よくある質問

インスリン注射は痛いですか?

現在の注射針は、極めて細く短く(直径0.2mm程度)設計されており、先端のカットも工夫されているため、多くの方がほとんど痛みを感じません。また、毎回注射部位を変える(ローテーション)、針を刺す際に迷わず一気に刺す、アルコールが乾いてから刺すといったコツで、痛みはさらに軽減できます。痛みが続く場合は、注射手技や部位に問題がある可能性もあるため、主治医や看護師に相談してください。

インスリンを始めたら、一生やめられませんか?

これは状況によります。1型糖尿病の方は、生命維持のためにインスリン注射を生涯続ける必要があります。一方、2型糖尿病の方で、著しい高血糖(糖毒性)の改善のために一時的にインスリンを導入した場合、食事・運動療法や経口薬の併用によって血糖コントロールが良好になれば、インスリン注射を中止できるケースも少なくありません。インスリン治療は、疲弊した膵臓を休ませる効果もあり、その後の治療選択の幅を広げることにも繋がります。

インスリンの費用はどのくらいかかりますか?

インスリン治療の費用は、使用するインスリンの種類や量、本数によって異なりますが、日本の公的医療保険が適用されるため、自己負担は通常1割から3割です。例えば、3割負担の場合、一般的なペン型製剤を1日に複数回使用するケースで、月々のお薬代の自己負担額は数千円から1万円を超える程度が目安となります。また、高額療養費制度を利用できる場合もあります。持続血糖測定(CGM)やインスリンポンプにも保険が適用されます。正確な費用については、治療を受ける医療機関の薬剤師や会計窓口にご確認ください。

結論

インスリン治療は、糖尿病管理における強力で不可欠なツールです。本記事で解説したように、インスリン製剤は多種多様であり、次世代型インスリンやCGMのような新技術の登場により、治療はより安全で個別化されたものへと進化し続けています。最も重要なことは、ご自身の治療法について正しい知識を持ち、それを日々の自己管理に活かすことです。そして、疑問や不安があれば一人で抱え込まず、主治医、看護師、薬剤師、管理栄養士といった医療チームに積極的に相談してください。彼らはあなたの強力なサポーターです。正しい知識と適切な管理を実践することで、インスリン治療は、糖尿病と共に豊かで充実した人生を送るための、信頼できるパートナーとなるでしょう。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 日本糖尿病学会編. 糖尿病診療ガイドライン2024. 東京: 南江堂; 2024. ISBN: 978-4-524-20425-0.
  2. 日本糖尿病学会編. 糖尿病治療ガイド2024-2025. 東京: 文光堂; 2024. ISBN: 978-4-8306-1401-9.
  3. 山田 悟. 「ゆるやかな糖質制限」で生活の質を高める. 北里大学北里研究所病院. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://www.kitasato-u.ac.jp/hokken-hp/special/specialists/doctor_yamada.html
  4. Yoshioka K, et al. Efficacy and safety of insulin glargine 300 U/mL vs insulin degludec in patients with type 2 diabetes: A randomized, open-label, cross-over study using continuous glucose monitoring profiles. J Diabetes Investig. 2019 Mar;10(2):389-395. doi: 10.1111/jdi.12884. PMID: 29947060.
  5. Murata T, et al. Effects of Switching from Degludec to Glargine U300 in Patients with Insulin-Dependent Type 1 Diabetes: A Retrospective Study. Medicina (Kaunas). 2024 Mar 8;60(3):450. doi: 10.3390/medicina60030450.
  6. 厚生労働省. 令和5年(2023)「患者調査」. 日本生活習慣病予防協会による要約. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2025/010845.php
  7. テルモ株式会社. テルモ、インスリン治療を行う全てのDexcom G6 CGMシステム使用者が保険適用対象となることをお知らせ [インターネット]. 2022年12月1日 [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://www.terumo.com/newsrelease/detail/20221201/5581
  8. Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Types of Insulin [インターネット]. 2023年 [引用日: 2025年7月19日]. Available from: https://www.cdc.gov/diabetes/basics/type-1-types-of-insulin.html
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  14. 北里大学北里研究所病院. 糖尿病センター 基本情報 [インターネット]. [引用日: 2025年7月19日]. Available from: http://www.kitasato-u.ac.jp/hokken-hp/visitor/section/center/diabetes/
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