B群溶血性レンサ球菌(GBS)の完全ガイド: 新生児・妊婦・成人への影響と予防の最前線
感染症

B群溶血性レンサ球菌(GBS)の完全ガイド: 新生児・妊婦・成人への影響と予防の最前線

B群溶血性レンサ球菌(Group B Streptococcus、GBS)、学名Streptococcus agalactiaeは、多くの健康な成人の体内に常在する一般的な細菌です。GBSは通常、無害な存在ですが、特に新生児にとっては生命を脅かす重篤な感染症の主要な原因菌となります。近年では高齢者や基礎疾患を持つ成人においても、その脅威の深刻さが増しています。この細菌は、特に周産期(出産前後の期間)において特別な注意が必要とされています。

本記事は、JapaneseHealth編集部が最新の科学的知見に基づき、GBSが引き起こす影響を包括的に解説します。GBSの微生物学的な特性から、新生児、妊婦、そして非妊娠成人に至るまでの臨床像、さらには現在の予防戦略の成果と限界、未来の希望とされるワクチン開発の最前線までを、分かりやすく掘り下げていきます。この記事を通じて、GBSに関する正確な知識を得て、ご自身や大切なご家族を守るための一助となることを目指します。

この記事の信頼性について

本記事は、日本の主要な医学的指針(日本産科婦人科学会 2023年版)、国の監視データ(国立感染症研究所 2025年版)、および国際的な権威ある機関(米国産科婦人科学会 2020年版、世界保健機関)の報告に基づき作成されています。主要な医学的主張には、その直後に情報源(Tier A/B)を明記し、可能な限りDOIやPMIDを付記しています。すべての内容は、独立した編集プロセスにより検証されています。(50)

編集・検証プロセス (AI支援・専門家検証済み)

編集プロセスでは、第一にTier A/Bの高品質な情報源(学会ガイドライン、査読付き学術論文など)を選択し、主要な主張に対してTier D(ブログ、個人の意見など)の情報源を排除します。次に、重要な主張については複数の情報源でダブルチェックを行い、GRADEアプローチを用いてエビデンスの質を評価します。最後に、すべての引用に双方向の参照リンク(↩︎)を設置し、情報の追跡可能性を確保しています。

要点まとめ

  • 予防の基本: 妊娠35週から37週のスクリーニング検査と、陽性者への分娩時抗菌薬予防投与(IAP)は、新生児の「早発型」GBS感染症を著しく減少させるための現在の標準治療です。ただし、この方法は「遅発型」の感染症は予防できません。(7)
  • 新たな課題: 高齢者や糖尿病などの基礎疾患を持つ非妊娠成人における侵襲性GBS感染症が増加傾向にあり、新たな公衆衛生上の課題となっています。(17)
  • 未来への希望: 母親へのGBSワクチン(GBS6)が第3相臨床試験段階にあり、米国FDAから画期的治療薬指定を受けています。このワクチンは、早発型と遅発型の両方を予防し、抗菌薬への依存を減らす解決策として大きな期待が寄せられています。(49)
  • 日本国内の視点: GBSに関する主張や推奨事項を検討する際は、国内の最新ガイドライン(産科婦人科診療ガイドライン 産科編2023)やサーベイランスデータ(IASR 2025)を最優先で参照することが推奨されます。(50)

第1章 病原体:Streptococcus agalactiaeの理解

1.1. 微生物学的プロファイルと病原性メカニズム

B群溶血性レンサ球菌(GBS)、すなわちStreptococcus agalactiaeは、健康な女性の最大約35%において、消化管や泌尿生殖器に無症状で定着する常在菌の一種です。(1) 宿主内では通常無害ですが、GBSは特に免疫力が未熟な新生児など、脆弱な人々において侵襲性の疾患を引き起こす、洗練された病原性因子を備えています。(1) これらの因子は、GBSが単なる受動的な定着菌ではなく、宿主の防御機構を巧みに回避し、積極的に病態を引き起こす能力を持つことを示しています。

GBSの病原性における最も重要な要素の一つは、その多糖体莢膜(たとうたいきょうまく)です。この莢膜はシアル酸に富んでおり、ヒト細胞の表面構造を模倣しています。この「分子擬態」により、GBSは新生児の未熟な免疫系からの認識を巧みに逃れることができます。新生児の免疫細胞は、この細菌を「自己」と誤認し、効果的な攻撃を開始できない可能性があります。(1) この莢膜の抗原性の違いによって、GBSは血清型(Ia、Ib、II、III、Vなど)に分類され、この分類は疫学調査やワクチン開発において極めて重要です。(3)

莢膜に加えて、GBSは宿主細胞への付着を媒介する線毛(pili)と呼ばれる毛髪様の構造を持ちます。これは、定着とそれに続く侵入の最初の重要なステップです。(1) 付着後、GBSはβ-ヘモリジンと呼ばれる膜孔形成毒素を産生し、宿主の赤血球(溶血)や他の細胞を破壊することで、直接的な組織損傷を引き起こします。(1)

さらに、GBSは宿主の免疫応答を積極的に妨害する能力も有します。その代表的なメカニズムが、C5aペプチダーゼという酵素の産生です。この酵素は、感染部位に好中球(白血球の一種)を誘引する強力な走化性因子であるC5aを不活化します。C5aを無力化することで、GBSは宿主の初期免疫応答の根幹を麻痺させ、好中球の集積を妨げます。(1)

これらの病原性因子が組み合わさることで、GBSの巧妙な生存・侵襲戦略が明らかになります。第一に、シアル酸莢膜を用いて免疫系から身を隠す(擬態)。第二に、C5aペプチダーゼによって宿主の早期警戒システムを解体する(免疫抑制)。そして、線毛を用いて宿主組織に固着し(付着)、β-ヘモリジンのような毒素で直接的な組織損傷を引き起こします。これは偶発的なものではなく、特に新生児の未熟な免疫系に対して極めて効果的に作用するよう進化した一連のツールなのです。

1.2. 保菌と伝播の疫学

世界的に、全妊婦の平均15~18%、年間約2,000万人が、通常は無症状でGBSを保菌していると推定されます。(3) 重篤な新生児感染症の主要な感染経路は、分娩時の保菌母体から児への垂直伝播です。(1) 垂直伝播の発生率は高く、約50%のケースで起こるとされますが、伝播したすべての児が侵襲性疾患を発症するわけではありません。(1)

GBSの負荷は世界的に均一ではありません。母体のGBS保菌率および新生児GBS疾患の発生率は、低・中所得国(LMICs)、特にサハラ以南のアフリカで最も高く、この地域が世界のGBS負荷の約半分を占めています。(3)

この地理的な偏在は、GBSが健康格差を反映する疾患であることを示唆しています。GBSの負荷が最も重いのはLMICsです。(4) 一方で、現在の主要な予防戦略である分娩時抗菌薬予防投与(IAP)は、普遍的な妊婦健診でのスクリーニング、検査機関の能力、そして分娩中に静注抗菌薬を投与できる能力といった、強固な医療インフラを必要とします。これらはまさにLMICsで最も整備が遅れているリソースです。この事実は、医療提供システムへの依存度が低い母親へのワクチン開発が、世界的な健康格差を是正するための急務であることを浮き彫りにしています。

第2章 GBS感染症の臨床スペクトラム

2.1. 新生児GBS疾患:予防の主要ターゲット

新生児GBS疾患は、発症時期によって早発型(Early-Onset Disease, EOD)遅発型(Late-Onset Disease, LOD)に大別されます。この二つは疫学的、臨床的に異なる特徴を持ち、それぞれに適した予防戦略が求められます。

2.1.1. 早発型疾患(EOD)

EODは、生後7日未満(生後0日から6日)に発症する感染症と定義され、ほとんどの症例は生後24時間以内に発症します。(1) これは分娩時の垂直伝播の直接的な結果です。広範な予防策が導入される以前は、その発生率は出生1,000人あたり1.7~4.0例と高かったと報告されています。(1) 主要な臨床像は、敗血症(血流感染症)、肺炎、髄膜炎です。(2) 新生児における症状は非特異的であることが多く、呼吸窮迫、嗜眠、哺乳力低下、体温不安定(発熱または低体温)などが含まれます。(1)

2.1.2. 遅発型疾患(LOD)

LODは、生後7日から3ヶ月の間に発症します。(2) EODとは異なり、LODの感染源は、出生時の垂直伝播だけでなく、出生後に母親、他の介護者、または病院環境からの水平感染も含まれます。(2) LODの最も一般的な臨床像は菌血症と髄膜炎であり、髄膜炎はEODよりもLODでより頻繁に見られます。(2) (13)

EODとLODは、疫学的および臨床的に異なる疾患単位であり、それぞれ異なる予防アプローチを必要とします。EODは分娩時の母体保菌に直接関連しているため、分娩時抗菌薬予防投与(IAP)はEODの予防に非常に効果的です。(5) 一方、LODは出生後数週間経ってから産道以外の感染源から発生する可能性があるため、IAPはLODの予防には効果がありません。(3) この根本的な違いは極めて重要であり、ワクチンなどの将来の予防戦略が包括的な解決策と見なされるためには、両方の病型を予防できる必要があります。(3)

2.1.3. 永続的な影響:死亡率と長期的神経学的後遺症

GBSは世界中で新生児死亡の主要な原因の一つであり、年間推定9万人の新生児死亡と5万7,000人の死産に関与しているとの報告もあります。(3) 適切な治療が行われたとしても、先進国における侵襲性GBS疾患の乳児死亡率は約5%です。(11) 生存者の間では、特に髄膜炎を発症した場合、長期的な障害のリスクが著しく高くなります。

日本国内のサーベイランスデータ(IASR 2025年版)によると、GBS髄膜炎から回復した乳児の約20~30%に、脳性麻痺、聴覚・視覚障害、学習障害、てんかん発作などの永続的な神経学的後遺症が認められると報告されています。(51) (2) この事実は、GBSの真の疾病負荷が、急性感染や死亡率をはるかに超えて広がることを示しています。したがって、予防、特にワクチンに対する経済的および社会的な正当性は、救われる命の数だけでなく、回避される障害の数によっても測られるべきです。

2.2. 妊娠中および周産期のGBS

妊婦において、GBSは無症候性の場合もある尿路感染症(UTI)を引き起こすことがあります。(2) より重篤な場合、絨毛膜羊膜炎(胎児を包む膜の感染)のような子宮内感染を引き起こす可能性があり、これは早産、流産、または死産の重要な危険因子です。(1) 分娩後、GBSは子宮内膜炎(子宮内膜の感染)や帝王切開後の創部感染の原因となることもあります。(1)

2.3. 新たな公衆衛生上の課題:非妊娠成人の侵襲性GBS疾患

歴史的に周産期の病原体と見なされてきたGBSは、非妊娠成人における重篤な侵襲性疾患の原因としてますます認識されています。(1) その発生率は過去数十年で着実に増加しており(17)、リスクは年齢とともに著しく増加します。特に65歳以上の高齢者や、糖尿病、心疾患、悪性腫瘍といった基礎疾患を持つ人々でリスクがさらに高まります。(1) (18)

GBSの疫学は変化しており、新たな、予防策のない患者集団を生み出しています。現在の予防フレームワーク(妊婦スクリーニング、IAP)は妊婦向けに設計されており、この増大するリスク集団には全く適用されません。これは、我々が現在、予防戦略を持たない「新たな」GBSの流行を目の当たりにしていることを意味し、GBSを純粋な産科の問題から、より広範な内科および老年医学の懸念事項へと再定義する必要性を示唆しています。

第3章 現在の予防パラダイム:妊婦スクリーニングと分娩時予防投与

3.1. リスクのある妊娠の特定:普遍的スクリーニングプロトコル

EOD予防の礎は、すべての妊婦に対する普遍的スクリーニングです。(6)

  • 時期: 日本では、妊娠35週から37週の間に行うのが最適とされています。(16) (7) この時期は、分娩時の保菌状態を最も正確に予測し、かつ分娩開始までに結果を得るためのバランスが考慮されています。
  • 方法: 推奨される方法は、膣下部と直腸の両方から検体を採取する綿棒による培養検査です。(2) これは膣単独の綿棒よりも感度が高いとされています。
  • スクリーニングの例外: 以前に侵襲性GBS疾患の児を出産したことがある女性、または今回の妊娠中にGBSによる尿路感染症(GBS菌尿)があった女性は、高リスクと見なされ、妊娠後期のスクリーニングなしで自動的にIAPの対象となります。(16)

現在のスクリーニング戦略は非常に効果的ですが、GBSの保菌は一過性である可能性があり、検査時と分娩時で状態が変化することもあります。(15) この「スナップショット」検査の根本的な限界は、ある一点での保菌状態に関わらず継続的な保護を提供するワクチンなどの生物学的介入の強力な論拠となります。

表1: GBSスクリーニングおよびIAPガイドラインの比較(CDC/ACOG vs. 日本産科婦人科学会)

この表は、日本の臨床医に、国内および国際的な基準を明確に比較する手段を提供し、全体的な戦略に関する強いコンセンサスを強調しつつ、推奨される時期や用語における微妙な違いを指摘します。

ガイドライン項目 CDC/ACOG(米国)の推奨 日本産科婦人科学会(JAOG)の推奨 関連情報源
スクリーニング時期 妊娠36週0日~37週6日 妊娠35週~37週 (15), (16), (50)
検体採取部位 膣下部および直腸からのスワブ 膣入口部および肛門内からのスワブ (16)
検査法 培養法(増菌培養を推奨)。分娩時NAATも選択肢。 培養法 (15)
IAPの第一選択薬 ペニシリンG 静注 ペニシリン系薬(アンピシリンなど)静注 (10), (7)
IAPの適応(例外) 既往にGBS感染児の分娩歴、今回の妊娠でGBS菌尿 既往にGBS感染児の分娩歴、今回の妊娠でGBS菌尿 (16)

3.2. 予防の礎:分娩時抗菌薬予防投与(IAP)

3.2.1. 適応と有効性

IAPは、リスクが高いと特定された女性に対し、分娩中に静注抗菌薬を投与することです。(10) この介入は非常に効果的です。IAPを行わない場合、GBS陽性の母親から生まれる乳児のEOD発症リスクは約1~2%ですが、IAPを適切に行うことで、このリスクは大幅に減少することが複数の研究で示されています。(52) (53) IAPの適応は以下の通りです:

  • 今回の妊娠におけるGBSスクリーニング検査陽性。(16)
  • 過去に侵襲性GBS疾患の児を出産した既往。(2)
  • 今回の妊娠におけるGBS菌尿。(2)
  • 分娩開始時にGBSステータスが不明で、かつリスク因子がある場合:早産(37週未満)、前期破水後18時間以上経過、または分娩時発熱(38°C以上)。(2)

予防効果を最大にするためには、分娩開始から理想的には4時間以上前に抗菌薬の投与を開始することが極めて重要です。これにより、薬剤が胎盤を通過し、胎児循環および羊水中で保護的な濃度に達するのに十分な時間が確保されます。(2) 経口抗菌薬の服用や消毒薬による産道洗浄は、効果がないことが示されています。(10)

3.2.2. 抗菌薬レジメンと投与量

第一選択薬として推奨されるのはペニシリンGの静脈内投与であり、アンピシリンも許容される代替薬です。(2) ペニシリンアレルギーのある患者の場合、抗菌薬の選択は、過去のアレルギー反応の重症度と、GBS分離株の薬剤感受性試験の結果に依存します。

表2: GBS予防のためのIAPレジメン(ペニシリンアレルギー対応を含む)

この表は、臨床医にとって重要な行動指向のツールです。ペニシリンアレルギーは一般的であり、この表は複雑な決定アルゴリズムを明確なフローチャート形式で提示します。

状況 推奨される抗菌薬レジメン 関連情報源
ペニシリンアレルギーなし 第一選択: ペニシリンG(初回500万単位、その後4時間毎に250万単位を静注)
代替薬: アンピシリン(初回2g、その後4時間毎に1gを静注)
(16)
ペニシリンアレルギーあり
アナフィラキシーリスクが低い場合(例:皮疹のみ) セファゾリン(初回2g、その後8時間毎に1gを静注) (25)
アナフィラキシーリスクが高い場合(例:血管性浮腫、呼吸困難) GBS分離株の感受性を確認。
・クリンダマイシンに感性の場合:クリンダマイシン
・クリンダマイシンに耐性または感受性不明の場合:バンコマイシン
(28)

3.3. 特殊な産科的状況における管理

  • 予定帝王切開: GBS陽性の女性が、陣痛発来前かつ前期破水(卵膜が破れていない状態)で予定帝王切開を受ける場合、垂直伝播のリスクは非常に小さいため、IAPは通常推奨されません。(16) しかし、手術前に陣痛が始まったり破水した場合は、IAPを投与すべきです。(29)
  • 切迫早産 / 前期破水(PPROM): これらの状況は複雑です。GBSステータスが不明な女性が切迫早産で入院した場合、スクリーニングを行い、IAPを開始すべきです。PPROMの場合、妊娠期間を延長するために投与される抗菌薬レジメンが、通常はGBS予防にも十分な効果を持つことが多いです。(16)

第4章 GBS確定診断後の管理

4.1. 新生児敗血症および髄膜炎に対する治療戦略

GBS疾患が確定または強く疑われる新生児は、医学的緊急事態であり、高用量の静注抗菌薬の迅速な投与が必要です。初期の経験的治療には、アンピシリンとアミノグリコシド系薬(ゲンタマイシンなど)の併用がしばしば用いられます。GBSが原因菌として確定されると、治療は通常、高用量のペニシリンGに絞られます。治療期間は臨床症候群によって異なり、菌血症では10日間、髄膜炎では14~21日間が目安です。新生児集中治療室(NICU)での支持療法が不可欠となります。(54) (50)

4.2. 成人における侵襲性GBSの治療

成人侵襲性GBSの治療も、高用量の静注ペニシリンまたはアンピシリンが第一選択薬となります。(33) 髄膜炎のような重篤な感染症に対しては、一部の国際ガイドラインではメロペネムのような薬剤の超高用量を推奨していますが、これは日本の承認用量を超える可能性があり、臨床的な課題となっています。(34) 皮膚・軟部組織感染症や肺炎の治療には、重症度や地域の耐性パターンに基づいて他の薬剤が使用されることがあります。(35)

表3: 対象集団別GBS疾患の臨床的特徴

この表は、本記事で述べた多様な臨床情報を単一の比較可能な参照資料として統合し、臨床医がGBSのライフステージを通じた異なる現れ方を迅速に認識するのに役立ちます。

特徴 新生児早発型(EOD) 新生児遅発型(LOD) 妊婦・周産期女性 非妊娠成人
年齢層 生後0~6日 生後7日~3ヶ月 妊娠・産褥期 主に高齢者(65歳以上)
主要な伝播経路 垂直伝播(分娩時) 垂直または水平伝播 内因性 内因性
一般的な症候群 敗血症、肺炎、髄膜炎 菌血症、髄膜炎 尿路感染症、絨毛膜羊膜炎 敗血症、皮膚軟部組織感染
主要なリスク因子 母体のGBS保菌、早産 早産、環境曝露 妊娠 高齢、糖尿病、心疾患
死亡率/予後 死亡率約5%、神経学的後遺症のリスク 髄膜炎の場合、高い神経学的後遺症リスク 通常は良好だが、早産のリスク 死亡率約5%、基礎疾患に依存

第5章 将来の展望と未解決の課題

5.1. 抗菌薬耐性の脅威:世界的および日本の動向

IAPの広範な使用は、抗菌薬耐性の発現に関する懸念を引き起こしています。(11) GBSは依然としてペニシリンに対してほぼ普遍的に感受性ですが、ペニシリンアレルギー患者に使用される第二選択薬、例えばクリンダマイシンやエリスロマイシンに対する耐性は増大する問題となっています。(28) 日本のサーベイランスデータは、これらの薬剤に対する耐性率の上昇傾向を示しています。(37) 最も懸念されるのは、ペニシリンに対する感受性が低下した稀な株(ペニシリン低感受性GBS、PRGBS)の出現であり、日本国内でもその存在が報告されています。これはIAP戦略全体を脅かす可能性があります。(55)

5.2. 究極の予防戦略:母親へのGBSワクチン開発

妊娠中に投与される母親へのGBSワクチンは、WHOや他の世界的な保健機関によって、最優先事項であり、最も有望な将来の解決策として特定されています。(3)

  • メカニズム: ワクチンは母親に抗GBS抗体の産生を促し、その抗体は胎盤を通過して胎児に移行し、新生児に生後からの受動免疫を提供します。(3)
  • IAPに対する利点: ワクチンはEOD、LOD、およびGBS関連の死産や早産を予防できる可能性があります。(3) また、広範な抗菌薬使用の必要性を減らし、抗菌薬耐性の問題に対処し、LMICsにとってより実行可能な戦略となるでしょう。(4)
  • 現状: 最も開発が進んでいるのはファイザー社の6価結合型ワクチン(GBS6)です。これは世界のGBS疾患の98%を引き起こす6つの主要な血清型を標的としています。(42) 第2相臨床試験では良好な結果が示され、現在、有効性を評価するための第3相臨床試験(NCT07160244)が進行中です。(49) このワクチンは、米国食品医薬品局(FDA)から画期的治療薬指定(Breakthrough Therapy Designation)を受けており、開発の加速が期待されています。(44)

表4: 開発中の主要なGBSワクチン候補

この表は、GBS研究の最も重要な分野に関する簡潔で将来を見据えた要約を提供し、議論を問題から解決策へと移行させます。

ワクチン候補 開発企業 ワクチンタイプ 対象血清型 現在の開発段階
GBS6 Pfizer 6価多糖体結合型ワクチン Ia, Ib, II, III, IV, V 第3相臨床試験 (NCT07160244)
(その他の候補) MinervaX, etc. (タンパク質ベースなど) (異なる抗原) (第1/2相臨床試験)

5.3. ギャップへの対応:遅発型および成人GBS疾患

既に確立されているように、IAPはLODや成人GBS疾患を予防しません。(3) LODの予防は確立された効果的な戦略がないため特に困難ですが、手洗いのような基本的な衛生管理が重要です。(7) 増加する成人疾患に対しては、現在、標的とされた予防戦略は存在しません。

母親へのワクチンは、EOD、LOD、そして成人疾患という3つの異なるGBS問題に対する「統一的な解決策」となりうる可能性を秘めています。胎盤を通過する抗体を提供する母親へのワクチンは、EODとLODの両方に対する脆弱な期間全体を通じて乳児を保護するでしょう。さらに、同じワクチン技術をリスクのある成人集団(例:高齢者、糖尿病患者)に展開することで、その集団に対する予防への道を開く可能性も考えられます。

第6章 統合と戦略的提言

6.1. 主要な知見と既存の知識・実践におけるギャップ

本報告書で明らかになった主要な知見は、EOD予防戦略の顕著な成功、その本質的な限界(LODや成人疾患への無効性)、そして母親へのワクチン接種という計り知れない将来性です。現在の戦略は、抗菌薬への依存と耐性のリスクという課題も抱えています。

6.2. 臨床実践、公衆衛生政策、および将来の研究への提言

  • 臨床医へ: ペニシリンアレルギーに対する適切な対応を含む、現在のスクリーニングおよびIAPガイドラインの厳格な遵守を継続することが重要です。また、特に併存疾患を持つ非妊娠成人における侵襲性GBSの認識を高め、早期診断を促進する必要があります。
  • 公衆衛生へ(特に日本国内): 侵襲性GBS疾患(全年齢対象)および抗菌薬耐性パターンのサーベイランスシステムを維持・強化することが求められます。(46) 母親へのGBSワクチンの導入可能性に備え、医療経済学的モデリングと国民への啓発キャンペーンを開始することが推奨されます。
  • 研究へ: 第3相ワクチン臨床試験の完了を優先し、迅速な承認と世界的な実施に向けて取り組むべきです。LODの伝播経路と潜在的な予防戦略をよりよく理解するための研究、そしてGBSの抗菌薬耐性の動向を継続的に監視する必要があります。

よくある質問 (FAQ)

IAP(分娩時抗菌薬予防投与)は、遅発型(LOD)のGBS感染症も予防できますか?

いいえ、予防できません。IAPは主に出生直後に発症する早発型(EOD)のリスクを低減させるためのものです。遅発型(LOD)は、多くが出生後の環境からの水平感染によって起こるため、IAPの対象外となります。(52)

妊娠36週の検査で陰性でも、分娩時にリスクはありますか?

はい、可能性はあります。GBSの保菌状態は変動することがあるためです。そのため、日本の診療ガイドラインでは、検査結果に加えて、早産や前期破水などのリスク因子を総合的に評価して、IAPの必要性を判断します。(7)

ペニシリンアレルギーがある場合、どうすればよいですか?

ペニシリンにアレルギーがある場合は、必ず事前に医師や助産師に伝えてください。アレルギー反応のリスクが低い場合はセファロスポリン系、リスクが高い場合はクリンダマイシン(感受性がある場合)やバンコマイシンなどが代替薬として検討されます。(7)

GBSワクチン(GBS6)は、もう承認されていますか?

いいえ、まだ承認されていません。現在、有効性と安全性を確認するための最終段階である第3相臨床試験が進行中です。米国FDAからは画期的治療薬の指定を受けており、開発が促進されています。(56)

GBS髄膜炎になった後、赤ちゃんに後遺症は残りますか?

はい、後遺症が残る可能性があります。日本の最近の監視データによると、GBS髄膜炎を発症した赤ちゃんの約20~30%に、永続的な神経学的後遺症が認められると報告されています。(51)

IAPは、分娩のどのくらい前に始めるのが理想的ですか?

理想的には、出産時刻の4時間以上前に投与を開始することです。これにより、抗菌薬が胎盤を通過して赤ちゃんを保護するのに十分な濃度に達するための時間が確保されます。(6)

結論

B群溶血性レンサ球菌は、新生児の健康に対する静かなる脅威であり続けています。普遍的スクリーニングと分娩時抗菌薬予防投与(IAP)は、早発型GBS疾患の予防において公衆衛生上の大きな勝利を収めましたが、この戦略は完全ではありません。遅発型新生児疾患や増加する成人疾患という予防のギャップ、そして抗菌薬耐性の出現という課題が残されています。これらの未解決の問題に対する最も包括的で持続可能な解決策は、母親へのGBSワクチンにあります。現在開発が進むワクチンは、GBS疾患のあらゆる側面から母子を守り、世界中の家族に希望をもたらす可能性を秘めています。臨床医、公衆衛生当局、そして市民が一体となり、現在のガイドラインを遵守しつつ、この有望な未来の予防法への道筋を支持していくことが不可欠です。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、または健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  32. MSDマニュアル プロフェッショナル版 – B群レンサ球菌(GBS)感染症. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/19-小児科/新生児における感染症/b群レンサ球菌-gbs-感染症 ↩︎
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