副鼻腔炎(蓄膿症)のすべて:症状・原因から最新治療まで【2025年版・医師監修】国際ガイドラインと日本の最新手引きを徹底解説
耳鼻咽喉科疾患

副鼻腔炎(蓄膿症)のすべて:症状・原因から最新治療まで【2025年版・医師監修】国際ガイドラインと日本の最新手引きを徹底解説

色のついた粘り気のある鼻水が続く、しつこい鼻づまりで息苦しい、頭や顔に重い痛みを感じる、食べ物のにおいが分からなくなった――。このような症状に悩まされてはいませんか。それは単なる長引く鼻風邪ではなく、「副鼻腔炎」かもしれません。副鼻腔炎は、一般に「蓄膿症」としても知られ、放置すると睡眠障害や集中力の低下、さらには不安感やうつ状態を引き起こすなど、生活の質(QOL)を著しく損なう可能性がある疾患であることが、多くの臨床研究で指摘されています1。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、最新の国際的な診療指針と日本の臨床現場の実情に基づき、副鼻腔炎の正しい知識、ご自身の症状がどのタイプに当てはまるかの見分け方、市販薬から画期的な新薬、手術に至るまでのあらゆる治療選択肢、そして高額になりがちな医療費の負担を軽減する公的制度まで、皆様が知りたい情報を網羅的かつ深く掘り下げて解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、最高品質の医学的根拠として明確に引用された情報源にのみ基づいて作成しています。以下は、本記事で提示される医学的指針の根拠となった主要な情報源とその関連性です。

  • EPOS 2020 (欧州副鼻腔炎および鼻茸に関するポジションペーパー): 急性および慢性副鼻腔炎の定義、分類、基本的な治療方針に関する記述は、欧州の診療におけるゴールドスタンダードである本ガイドラインに基づいています234
  • ICAR-RS 2021 (アレルギーおよび鼻科学に関する国際コンセンサスステートメント:鼻副鼻腔炎): 米国主導で作成された本指針は、特にアレルギーとの関連や生物学的製剤などの新しい治療法に関する最新のエビデンスを提供しており、本記事の先進性を担保しています567
  • 日本鼻科学会発行の診療ガイドライン・手引き: 日本の臨床現場における抗菌薬の選択や治療法、特に2024年発行の「鼻副鼻腔炎診療の手引き」は、日本の実情に即した情報を提供するための重要な基盤です8
  • 厚生労働省の公的統計データ: 日本国内の患者数や年齢分布に関する記述は、政府統計の総合窓口(e-Stat)で公開されている「患者調査」のデータに基づいています910

要点まとめ

  • 副鼻腔炎は「急性」「慢性(非好酸球性)」「好酸球性」に大別され、それぞれ原因や治療法が全く異なります。
  • 抗菌薬が効かず、手術をしても再発を繰り返す「難治性」の副鼻腔炎は、「好酸球性副鼻腔炎(ECRS)」の可能性があります。これは国の指定難病であり、特別な治療が必要です。
  • ECRSの診断には、鼻茸の有無や血液検査の結果などを点数化する「JESRECスコア」が重要な指標となります。
  • 治療法は、抗菌薬やマクロライド少量長期療法、内視鏡下副鼻腔手術(ESS)に加え、重症のECRSに対しては「デュピクセント」などの生物学的製剤という画期的な新薬が登場しています。
  • 手術や高額な薬剤治療には、「高額療養費制度」や「指定難病医療費助成制度」といった公的な支援制度を活用できます。つらい症状をあきらめず、専門医への相談が重要です。

1. 副鼻腔炎とは? – 鼻の奥で起きている炎症の正体

副鼻腔とは、鼻の周囲にある骨の中の空洞のことで、「上顎洞(じょうがくどう)」「篩骨洞(しこつどう)」「前頭洞(ぜんとうどう)」「蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)」の4種類が左右一対あります11。これらの空洞は粘膜で覆われており、通常は鼻腔と細い通路でつながって換気されています。副鼻腔炎は、この副鼻腔の粘膜に炎症が起きた状態を指します。

多くの場合、風邪などのウイルス感染が引き金となります。ウイルス感染によって鼻の粘膜が腫れると、副鼻腔と鼻腔をつなぐ自然口が塞がってしまいます。その結果、副鼻腔内の換気ができなくなり、粘液が溜まり、そこで細菌が繁殖して二次的な細菌感染症を引き起こし、膿が溜まるのです12。これが一般的に「蓄膿症」と呼ばれる状態です。

国際的な定義に基づくと、副鼻腔炎は症状の続く期間によって大きく二つに分類されます3

  • 急性鼻副鼻腔炎 (Acute Rhinosinusitis: ARS): 症状の持続期間が4週間未満の炎症状態。
  • 慢性鼻副鼻腔炎 (Chronic Rhinosinusitis: CRS): 適切な治療を行っても症状が12週間以上続く状態。

しかし、現代の副鼻腔炎診療において最も重要なことは、これらの分類に加えて、炎症の「質」に着目することです。特に、近年日本で増加している「好酸球性副鼻腔炎」は、従来の慢性副鼻腔炎とは全く異なる病態であり、治療法も大きく異なります。以下の比較表で、その違いを理解することが、適切な治療への第一歩となります。

表1: 急性・慢性・好酸球性副鼻腔炎の比較表

特徴 急性副鼻腔炎 慢性副鼻腔炎(非好酸球性) 好酸球性副鼻腔炎 (ECRS)
主な原因 ウイルス、細菌感染12 細菌感染の遷延化、アレルギー13 2型炎症(アレルギー体質など)14
症状期間 4週間未満3 12週間以上3 12週間以上(難治性)1
主な症状 膿性鼻漏、顔面痛、発熱15 膿性・粘性鼻漏、後鼻漏、鼻閉15 高度な鼻閉、嗅覚障害、粘っこい鼻汁16
鼻茸(ポリープ) まれ 伴うことがある(片側性の場合も)17 両側に多発性16
喘息合併 まれ 関連性は比較的低い 頻繁に合併(特にアスピリン喘息)16
主な治療法 抗菌薬、対症療法12 マクロライド少量長期療法、手術(ESS)17 ステロイド、生物学的製剤、手術(ESS)16
難病指定 なし なし あり(指定難病306)16

2. あなたの症状は? – 副鼻腔炎のサインを見逃さない

副鼻腔炎の診断は、症状の組み合わせによって行われます。国際的なガイドラインであるEPOS 2020では、以下の4つの主要症状のうち2つ以上があり、そのうちの1つが「鼻閉」または「鼻漏」であることが診断の基準とされています3

  • ① 鼻閉・鼻づまり (Nasal obstruction / congestion): 息苦しさやいびき、口呼吸の原因となります。集中力の低下にも繋がります。
  • ② 鼻漏(前鼻漏・後鼻漏)(Nasal discharge): 黄色や緑色の粘り気のある鼻水が前から出る状態(前鼻漏)や、鼻水が喉の奥に落ちてくる状態(後鼻漏)を指します。後鼻漏は、しつこい咳や痰の原因となることがあります。
  • ③ 顔面痛・圧迫感 (Facial pain / pressure): 頬、目の奥、おでこなどに重い痛みや圧迫感を感じます。頭痛として自覚されることも少なくありません。
  • ④ 嗅覚の低下・消失 (Reduction / loss of smell): 食べ物や飲み物の風味が分からなくなる、危険なにおい(ガスの臭いなど)に気づかないなど、生活の質と安全に直結する重要な症状です。

これらの症状は、病気のタイプによって現れ方が異なります。

  • 急性副鼻腔炎に特有の症状: 39℃以上の高熱、悪寒、歯の痛み(特に上の奥歯)、頭を下げると悪化する重度の顔面痛など、比較的激しい症状が突然現れることがあります15
  • 慢性副鼻腔炎に特有の症状: 激しい痛みは少ないものの、しつこい後鼻漏やそれに伴う咳、原因不明の倦怠感、集中力の低下などが長期間にわたって続きます1
  • 子供の副鼻腔炎の症状: 大人のように典型的な症状を的確に訴えられないため、保護者による観察が重要です。2週間以上続く咳や鼻水、不機嫌、いびき、口呼吸などがサインとなることがあります12

3. なぜ治らない? – 日本で増加する難治性「好酸球性副鼻腔炎」の徹底解説

このセクションは、本記事の中核をなす部分です。従来の治療法では改善しない、あるいは手術をしても再発を繰り返すといった「治りにくい副鼻腔炎」の背景には、近年注目されている「好酸球性副鼻腔炎(Eosinophilic Chronic Rhinosinusitis: ECRS)」という特殊な病態が隠れていることが多くあります。

3.1. 好酸球性副鼻腔炎(ECRS)とは?

ECRSは、通常の慢性副鼻腔炎とは根本的に異なります。細菌感染が主な原因である通常のタイプとは違い、ECRSはアレルギー反応に関わる白血球の一種「好酸球」が副鼻腔の粘膜に異常に集まることで引き起こされる「2型炎症」が病気の本態です14。そのため、細菌を標的とする抗菌薬は効果がありません。さらに、手術で炎症の場である鼻茸(ポリープ)を切除しても、根本の炎症体質が残っているため、非常に高い確率で再発するのが大きな特徴です16。この疾患は、福井大学の藤枝重治教授らが主導した全国規模の大規模疫学研究「JESREC Study」によって、その概念や診断基準が確立された、日本発の重要な知見です1618

3.2. ECRSの疫学:日本における患者数と特徴

厚生労働省の研究班のデータによると、日本の慢性副鼻腔炎患者の総数は約200万人にのぼるとも言われますが、そのうち手術が必要となるような重症例が約20万人、さらにその中でECRSと診断される患者は約2万~4万人と推定されています19。成人、特に50代から60代の男性に多く見られる傾向があります19。この疾患は国の指定難病(指定難病306)に認定されており、重症度などの基準を満たせば医療費の助成を受けることができます16

3.3. ECRSの診断基準:あなたは当てはまる?JESRECスコアでチェック

専門医は、ECRSを診断する際に「JESRECスコア」という診断基準を用います。これは、患者さんの症状や検査結果を点数化し、ECRSの可能性を評価するものです。ご自身の状態を客観的に把握し、専門医への相談の必要性を判断する一助としてください。

表2: 好酸球性副鼻腔炎 診断基準(JESRECスコア)の簡易版

項目 スコア あなたの症状は?(セルフチェック用)
① 病変の側方性 両側:3点 □ 両方の鼻に症状がある
② 鼻茸の有無 あり:2点 □ 医師から鼻茸(鼻ポリープ)を指摘されたことがある
③ CT所見 篩骨洞優位:2点 (医師による画像評価が必要です)
④ 末梢血好酸球率(%) 2%超~5%以下: 4点
5%超~10%以下: 8点
10%超: 10点
(血液検査による評価が必要です)
合計スコア 11点以上でECRSを強く疑う

注記: このスコアはあくまで診断の補助となるものであり、確定診断には手術で摘出した鼻茸の組織を顕微鏡で調べ、多数の好酸球(400倍視野あたり平均70個以上)が確認されることが必要です16

3.4. ECRSと密接に関連する合併症

ECRSは鼻だけの病気ではありません。全身の2型炎症が関与するため、他の疾患を合併することが多くあります。

  • 気管支喘息: ECRS患者の多くが気管支喘息を合併しています。特に、アスピリンやロキソプロフェンといった解熱鎮痛薬によって喘息発作が誘発される「アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息、N-ERD)」を伴うことが多いのが特徴です16
  • 好酸球性中耳炎: 進行すると難聴に至ることもある特殊な中耳炎で、ECRS患者に合併することが知られています16

4. 診断:耳鼻咽喉科ではどんな検査をする?

副鼻腔炎が疑われる場合、耳鼻咽喉科では以下のような検査を行い、正確な診断を下します。

  • 問診: いつから、どのような症状があるか、アレルギーや喘息の有無、過去の治療歴など、診断の基本となる情報を詳しく聞き取ります20
  • 鼻内視鏡検査(ファイバースコープ): 細いカメラを鼻の中に挿入し、粘膜の状態、鼻茸の有無や大きさ、鼻汁の性状(膿性か、粘り気が強いか)、炎症の起きている場所などを直接観察します。この検査は、国際ガイドラインでも推奨される診断に必須の検査です21
  • 画像検査(CTスキャン): 副鼻腔全体の炎症の広がりや程度を、立体的かつ正確に評価するために行われます。骨の構造や病変の範囲を詳細に把握できるため、手術を検討する際には不可欠です。特にECRSでは、頬の奥(上顎洞)よりも目と目の間(篩骨洞)に強い炎症の影が見られることが多いのが特徴です17。子供の場合は放射線被曝を考慮し、診断にどうしても必要な場合に限り、慎重に行われます11

5. 治療法①:急性副鼻腔炎の治し方

急性副鼻腔炎の治療は、原因と重症度に応じて慎重に行われます。主な原因はウイルス感染であり、必ずしも抗菌薬が必要ではないことを理解することが重要です。これは、不必要な抗菌薬の使用が薬剤耐性菌を生み出す危険性を避けるため、世界的な共通認識となっています12

  • 経過観察(Watchful Waiting): 症状が軽度で発症から10日未満の場合、国際的なガイドラインでは、症状を和らげる対症療法を行いながら自然に治癒するのを待つことが推奨されています22
  • 抗菌薬治療の適応: 細菌感染が強く疑われる以下のような場合に、抗菌薬の服用が検討されます12
    • 症状が10日以上経っても改善しない場合。
    • 39℃以上の高熱と膿性の鼻汁が3~4日以上続く重症の場合。
    • 一度改善しかけた後に、再び発熱や鼻汁が悪化する場合(二峰性経過、”double-sickening”)。

表3: 急性副鼻腔炎の主な治療薬(国際・国内推奨)

治療の種類 主な薬剤・方法 用途・特徴 主な引用元
第一選択抗菌薬 アモキシシリン (AMPC)
アモキシシリン/クラブラン酸 (AMPC/CVA)
細菌感染が強く疑われる場合に推奨される標準的なペニシリン系抗菌薬。近年、薬剤耐性菌が増加しているため、耐性菌にも効果を示すクラブラン酸との合剤が用いられることも多い。 12
支持療法 鼻洗浄(生理食塩水)
鼻噴霧用ステロイド薬
鎮痛薬(アセトアミノフェン、イブプロフェン)
症状緩和の基本。抗菌薬の有無にかかわらず推奨される。痛みや発熱を和らげ、鼻の炎症を抑えることで回復を助ける。 23
去痰薬 L-カルボシステイン 鼻汁の粘り気を下げ、排出しやすくする。後鼻漏や痰の絡む咳を和らげる効果がある。日本で広く用いられている。 24

6. 治療法②:慢性副鼻腔炎の治し方

症状が12週間以上続く慢性副鼻腔炎の治療は、より長期的で多角的なアプローチが必要となります。

  • 基本治療:
    • 鼻洗浄(鼻うがい): 鼻の中に溜まった膿やアレルゲン、炎症物質を物理的に洗い流す、最も基本的かつ重要な治療法です。継続することで症状の悪化を防ぎます25
    • 鼻噴霧用ステロイド薬: 鼻の粘膜の炎症を直接抑える中心的な治療薬です。長期的に使用しても全身への影響が少なく安全性が高いため、全ての国際ガイドラインで強く推奨されています21
  • マクロライド少量長期療法:
    • 日本の慢性副鼻腔炎(非好酸球性)治療で特徴的に行われる治療法です。クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬を、通常の半分程度の少ない量で、3ヶ月から6ヶ月といった長期間にわたって服用します17
    • この治療の主な目的は、細菌を殺す「抗菌作用」ではなく、粘液の分泌を正常化したり、過剰な炎症を抑えたりする「免疫調節作用」や「抗炎症作用」にあるとされています26
    • 注意点: この治療法は、好酸球性副鼻腔炎(ECRS)には効果が乏しいことが分かっているため、治療開始前に正確な診断を受けることが極めて重要です27
  • 手術療法:内視鏡下副鼻腔手術(ESS):
    • 薬物療法で十分な改善が見られない場合や、大きな鼻茸によって鼻づまりがひどい場合に検討される標準的な手術です1
    • 鼻の穴から内視鏡(カメラ)と手術器具を挿入し、モニター画面を見ながら病的な粘膜や鼻茸を切除します。そして、閉鎖された副鼻腔の通り道を広げることで、換気を改善し、膿が溜まりにくい構造にするのが目的です。日本鼻科学会では、手術の範囲に応じてI型からV型までの分類が定められています28
    • 手術をしても、特にECRSでは再発率が高いことが大きな課題です。ある研究では、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎の術後再発率は1年間で38%にものぼると報告されています29。そのため、術後の継続的なセルフケア(鼻洗浄)や薬物療法(ステロイド点鼻薬など)が、再発を防ぐ上で極めて重要であることを強調しておく必要があります30

7. 治療法③:難治性・好酸球性副鼻腔炎への最新治療

従来の治療ではコントロールが難しかった重症のECRSに対して、近年、画期的な治療選択肢が登場し、多くの患者さんに希望をもたらしています。

  • 経口ステロイド: ECRSの強い炎症を抑え、鼻茸を縮小させ、嗅覚を改善させるのに非常に有効な治療法です。しかし、長期にわたって使用すると糖尿病、骨粗鬆症、肥満、白内障といった全身性の副作用の危険性が高まるため、専門医による慎重な管理のもとで、症状が悪化した際に一時的に使用されるのが一般的です16
  • 生物学的製剤(Biologics):
    • 2型炎症の根本原因に働きかける、画期的な注射薬です。従来の治療法ではコントロールが困難だった重症のECRS患者さんに対する新しい治療の柱となっています31
    • デュピルマブ(商品名:デュピクセント®): 日本で保険適用となっている代表的な薬剤です。この薬は、2型炎症を引き起こす中心的な伝達物質である「IL-4」と「IL-13」というサイトカインの働きを特異的にブロックします31
    • 期待される効果: 多数の臨床試験において、鼻茸を有意に縮小させ、鼻づまりを改善し、失われていた嗅覚を回復させる高い効果が示されています。さらに、生活の質(QOL)の向上や、経口ステロイドの使用量、再手術の頻度を減らすことも期待されています31
    • 対象となる患者: 内視鏡手術を受けても症状の再発を繰り返すなど、既存の治療法では効果が不十分な、鼻茸を伴う重症の慢性副鼻腔炎(主にECRS)の患者さんが対象となります16
    • その他の生物学的製剤: 国際的には、メポリズマブ(抗IL-5抗体)やオマリズマブ(抗IgE抗体)なども研究されており、今後、日本でも治療選択肢がさらに拡大することが期待されています31

8. 患者さんのための情報:費用とセルフケア

治療を選択する上で、費用や自宅でできるケアは重要な関心事です。ここでは、具体的な情報を提供し、皆様の不安を和らげることを目指します。

8.1. 治療にかかる費用と公的支援

手術費用:

表4: 内視鏡下副鼻腔手術(ESS)の費用目安(3割負担)

手術名(片側あたり) 自己負担額(3割)の目安
I型(副鼻腔自然口開窓術) 約10,800円32
II型(副鼻腔単洞手術) 約36,000円32
III型(選択的(複数洞)副鼻腔手術) 約74,730円32
IV型(汎副鼻腔手術) 約96,240円32

注記: 上記は手術料のみの金額です。実際にはこれに加えて、麻酔料、薬剤料、入院基本料などが加算されます33

公的支援制度:

  • 高額療養費制度: 手術や長期の治療で1ヶ月の医療費が高額になった場合に、所得に応じて定められた自己負担限度額を超えた分が、後から払い戻される制度です。事前に「限度額適用認定証」の交付を申請しておけば、医療機関の窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えることも可能です3435
  • 指定難病医療費助成制度: 好酸球性副鼻腔炎(ECRS)が、重症度分類で中等症以上と判定されるなど、一定の基準を満たすと診断された場合に利用できます。この制度を利用すると、自己負担上限額が所得に応じて設定され、医療費の負担が大幅に軽減されます。申請には、難病指定医に「臨床調査個人票」を作成してもらい、必要書類と共に住所地の保健所に提出する必要があります3637

8.2. 自宅でできるセルフケア

  • 鼻うがい(鼻洗浄): 最も推奨されるセルフケアです。鼻腔内に溜まった膿やアレルゲン、炎症物質を物理的に洗い流すことで、症状の改善と悪化予防に繋がります。正しいやり方(体液に近い0.9%の濃度の生理食塩水を使用、専用の洗浄器具を用いる、前かがみの姿勢で「あー」「えー」と発声しながら洗浄する)と注意点(真水は粘膜を痛めるため使用しない、洗浄後に強く鼻をかまない、中耳炎の既往がある方は医師に相談する)を守ることが重要です38
  • 加湿・保温: 蒸しタオルを鼻に当てたり、入浴時の蒸気を吸い込んだりすることで、鼻粘膜の血行が良くなり、粘り気のある鼻汁の排出が促されます38

8.3. 市販薬との上手な付き合い方

  • 漢方薬: 「辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)」は、体力中等度以上で、濃い鼻汁や鼻づまりがあるタイプの慢性副鼻腔炎や鼻茸に適応がある代表的な市販薬(第2類医薬品)です39
  • 解熱鎮痛薬: 副鼻腔炎に伴う顔面痛や頭痛に対しては、ロキソプロフェンやイブプロフェンなどの市販薬が有効な場合があります40。ただし、アスピリン喘息を合併している方は使用できないため注意が必要です。
  • 点鼻薬: 血管収縮薬を含むスプレータイプの点鼻薬は、一時的な鼻づまりに即効性がありますが、長期間(1~2週間以上)連用すると、かえって鼻粘膜が腫れて症状を悪化させる「薬剤性鼻炎」を引き起こす危険性があります。使用は短期間に留めるべきです41

【重要】市販薬はあくまで症状を一時的に和らげるための手段です。症状が改善しない、あるいは繰り返す場合は、自己判断を続けずに必ず耳鼻咽喉科を受診し、正確な診断を受けることが根本的な解決への近道です。

よくある質問

Q1: 子供の副鼻腔炎で抗菌薬は必要ですか?

必ずしも必要ではありません。日本の「小児急性鼻副鼻腔炎診療ガイドライン」によると、急性副鼻腔炎の多くはウイルス性が原因であり、重症度に応じて治療方針が定められています。軽症の場合は抗菌薬を使わずに、鼻水を吸引したり去痰薬を使用したりしながら経過観察することが推奨されています42。ただし、高熱が続く、症状が悪化するなど、細菌感染が強く疑われる場合は抗菌薬が必要となります。長引く咳や鼻水が続く場合は、自己判断せず小児科または耳鼻咽喉科にご相談ください。

Q2: 妊娠中に副鼻腔炎になりました。赤ちゃんへの影響はありますか?

副鼻腔炎という病気自体が、直接お腹の赤ちゃんに影響を及ぼすことはありません。しかし、鼻づまりによる不眠や咳、痛みなどの症状は、母体の体力消耗やストレスにつながる可能性があるため、我慢せずに治療することが推奨されます。妊娠中は使用できる薬が限られますので、市販薬などを自己判断で使用せず、必ずかかりつけの産婦人科と耳鼻咽喉科の医師に相談し、安全な治療法を選択してください43

Q3: 副鼻腔炎の手術後の生活で、特に気をつけることは何ですか?

術後の出血を防ぐため、飲酒、激しい運動、長時間の入浴やサウナなどは、医師の許可が出るまで(通常は術後2週間程度)避ける必要があります。食事に大きな制限はありませんが、香辛料などの刺激物は控えた方がよいでしょう。そして最も重要なのは、医師の指示に従い、術後の鼻洗浄や点鼻薬を根気よく続けることです。特にECRSの患者さんでは、これが再発防止の鍵となります44

Q4: 副鼻腔炎は他の人にうつりますか?

副鼻腔炎という「炎症が起きている状態」そのものが、感染症のように人から人へうつることはありません。しかし、急性副鼻腔炎のきっかけとなった風邪のウイルスや細菌は、咳やくしゃみなどの飛沫によって周囲の人に感染する可能性があります。一般的な感染対策を心がけることが大切です。

結論

副鼻腔炎は、多くの人が経験するありふれた病気ですが、その中には「急性」「慢性」、そして近年増加している難治性の「好酸球性副鼻腔炎」といった、原因も治療法も異なる多様なタイプが存在します。特に、従来の治療ではなかなか治らない、手術をしても再発してしまうといったつらい経験をお持ちの方は、好酸球性副鼻腔炎という特殊な病態の可能性を疑い、専門的な診断を受けることが極めて重要です。

幸いなことに、診断技術と治療法は日々進歩しています。内視鏡手術(ESS)の技術はより低侵襲で安全なものになり、さらに生物学的製剤という画期的な治療選択肢が登場したことで、これまで治療が困難であった重症の患者さんにも、症状の改善と生活の質の向上が期待できるようになりました。つらい症状を「いつものこと」「体質だから」とあきらめずに、ご自身に合った最適な治療法を見つけるため、ぜひ一度、耳鼻咽喉科の専門医に相談してください。

免責事項本記事は、医学的情報の提供を目的としており、専門的な医学的アドバイスを提供するものではありません。健康に関する問題や治療に関する決定を行う前には、必ず資格を有する医療専門家にご相談ください。

参考文献

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