【産婦人科医・皮膚科医監修】妊娠中の爪切り・ネイルの完全ガイド｜迷信から病気の安全な治療まで

## 1. 「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」は本当？迷信の真実と由来

日本では古くから、「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という言い伝えがあります⁴。この言葉を聞いて、夜間に爪を切ることをためらってしまう妊婦さんもいるかもしれません。しかし、結論から言うと、**この迷信に科学的、医学的な根拠は一切ありません。**

この言い伝えの起源は、電気がなかった時代の生活環境に深く関係しています。昔は夜になると明かりが乏しく、手元が非常に暗くなりました。そのような状況で刃物（昔は小刀などが使われていた）を使って爪を切ると、手や指を傷つける危険性が高かったのです⁶。

また、「夜爪（よづめ）」という言葉が「世詰め（よづめ）」、つまり「命を詰める（短くする）」という言葉に繋がるといった語呂合わせも、この迷信が広まった一因と考えられています⁵⁷。つまり、この言い伝えは、暗い中で刃物を使う危険性を戒めるための、昔の人々の知恵だったのです。現代のように明るい照明の下で、安全な爪切りを使える環境であれば、夜に爪を切っても何の問題もありません。安心して、ご自身の都合の良い時間にお手入れをしてください。

## 2. 妊娠中のネイルアート（マニキュア・ジェルネイル）：医学的に見た安全性

妊娠中でもおしゃれを楽しみたいと思うのは自然なことです。特にネイルアートは気分転換にもなりますが、化学物質が胎児に影響しないか心配になる方も多いでしょう。ここでは、医学的な観点から妊娠中のネイルアートの安全性について解説します。

### 2.1. マニキュアやジェルネイルの化学物質は胎児に影響する？

**一般的な使用であれば、マニキュアやジェルネイルが胎児に害を及ぼす危険性は非常に低い**と考えられています。米国産科婦人科学会（ACOG）や、妊娠中の化学物質の安全性に関する情報を提供する専門機関MotherToBabyによると、ネイル製品に含まれる化学物質が皮膚や爪を通して体内に吸収される量はごく微量です¹¹²⁶。

また、施術中に吸い込む可能性のある化学物質の蒸気も、十分に換気された環境であれば、問題になるほどの量ではありません。ただし、ネイリストとして毎日長時間化学物質に接するような職業環境の場合は、雇用主と相談の上、適切な安全対策を講じることが重要です。

以下に、ネイル製品に含まれる代表的な化学物質とその安全性についての情報をまとめます。

**安全に楽しむためのポイント：**
* **換気を行う：** 施術中は窓を開けるなどして、部屋の換気を良くしましょう。
* **”3-Free”や”5-Free”製品を選ぶ：** 上記の代表的な化学物質を含まない、より安全に配慮した製品を選ぶのも良いでしょう。
* **皮膚への付着を避ける：** 甘皮の処理は丁寧に行い、化学物質が直接皮膚に長時間触れないように注意しましょう。

### 2.2. なぜ産院ではネイルオフが推奨されるのか？医療現場からの理由

多くの産院では、出産入院時にマニキュアやジェルネイルを外すように指示されます。これは、ネイル製品の化学物質が胎児に直接危険だからという理由ではありません。主な理由は、**緊急時における母体の健康状態のモニタリングに不可欠**だからです¹。

医療現場では、患者の爪は「健康状態を映す窓」として重要な役割を果たします。
1. **血中酸素濃度の測定：** 出産中や手術中、指先に「パルスオキシメーター」という装置を装着して、血液中の酸素濃度（SpO2）を継続的に測定します。ジェルネイルや濃い色のマニキュアが塗られていると、装置の光が爪を透過しにくくなり、正確な数値が測定できない場合があります²。これは安全管理上、非常に重要です。
2. **チアノーゼの確認：** 爪の色は、体内の酸素が不足している状態（チアノーゼ）を判断するための重要な指標の一つです。酸素が不足すると、爪床が紫色に見えることがあります。ネイルが施されていると、この微細な色の変化を見逃す可能性があります。

これらの理由から、万全の体制で安全な出産に臨むために、事前にネイルを落としておくことが求められるのです。

## 3. 妊娠中の実践的な爪のケア：トラブルを未然に防ぐ方法

妊娠中は体重の増加やホルモンの変化により、これまでになかった爪のトラブルが起こりやすくなります。ここでは、ご自身でできる予防的なケアの方法をご紹介します。

### 3.1. 巻き爪を防ぐ「スクエアオフ」カットの正しいやり方

妊娠中は体重が増加し、足に重心がかかることで巻き爪や陥入爪（かんにゅうそう）になりやすくなります⁸²³。これを予防するためには、爪の切り方が非常に重要です。最も推奨されるのが**「スクエアオフ」**という切り方です。

**スクエアオフの正しい手順：**
1. **長さを決める：** 指の先端と同じくらいの長さか、白い部分が1mm程度残るくらいが目安です。深爪は絶対に避けましょう²⁴。
2. **まっすぐに切る：** 爪切りを爪に対してまっすぐに当て、数回に分けて少しずつ横に切っていきます。一度に端から端まで切ろうとすると、爪に負担がかかり割れやすくなります。
3. **角を整える：** 最後に、両端の角をやすりで少しだけ削り、丸みを持たせます。これにより、角が皮膚に食い込むのを防ぎます。

この切り方は、爪の両端が皮膚に埋もれるのを防ぎ、爪がまっすぐ伸びるのを助けるため、巻き爪の最も効果的な予防法とされています。

### 3.2. 妊娠後期、お腹が大きくて足の爪が切れない時の対策

妊娠後期になると、お腹が大きくなって前かがみの姿勢が非常に困難になり、自分で足の爪を切ることができなくなる、という現実は多くの妊婦さんが経験します⁹。そんな時は、無理をせず安全な方法を試しましょう。

* **家族に頼む：** 最も安全で確実な方法は、夫や家族にお願いすることです。
* **楽な姿勢を探す：** 椅子に座り、片方の足をもう片方の膝の上に乗せるような「あぐら」に近い姿勢をとると、比較的楽に足先が届く場合があります。
* **プロに任せる：** ネイルサロンやフットケアサロンの中には、爪のカットだけでも対応してくれるところがあります。無理せず専門家の助けを借りるのも賢明な選択です。

## 4. 【最重要】妊娠中の爪の病気：爪囲炎（ひょうそ）と陥入爪の安全な対処法

適切なケアをしていても、爪のトラブルが起きてしまうことがあります。特に注意が必要なのが、細菌感染を伴う「爪囲炎（そういえん）」、通称「ひょうそ」です。

### 4.1. 爪囲炎（そういえん）・ひょうそとは？原因と症状

爪囲炎とは、爪の周囲の皮膚（爪郭）に起こる炎症や感染症のことです¹⁹。ささくれ、深爪、巻き爪、指しゃぶりなどが原因でできた小さな傷から、黄色ブドウ球菌などの細菌や、カンジダなどの真菌が侵入することで発症します¹⁸。

**主な症状：**
* 爪の周りの赤み、腫れ
* ズキズキとした痛み
* 熱感
* 進行すると膿が溜まる（膿疱形成）

放置すると炎症が広がり、治療が長引く可能性があります。

### 4.2. 自宅でできる初期対応と医師に相談すべき時

炎症がごく軽い初期段階であれば、自宅でのケアで改善することもあります。
* **患部を清潔に保つ：** 1日に数回、ぬるま湯で優しく洗い流し、清潔なタオルで水分を完全に拭き取ります。
* **患部を温める：** 1回10〜15分程度、ぬるま湯に指先を浸すことで、血行が促進され、痛みが和らぐことがあります。

しかし、以下の症状が見られる場合は、自己判断で対処せず、**速やかに皮膚科または産婦人科を受診してください**¹⁷。
* 膿がはっきりと見える
* 痛みが強い、またはズキズキとした拍動性の痛みがある
* 赤みや腫れが指全体に広がっている
* 発熱を伴う

### 4.3. 妊娠中でも安全な治療法：専門医の選択

爪囲炎の治療は、妊娠中でも安全に行うことができます。ただし、使用する薬剤は慎重に選ぶ必要があるため、**必ず医師の診断と処方に従ってください。**

* **塗り薬（外用薬）：** 軽度から中等度の細菌性爪囲炎には、まず抗生物質の塗り薬（例：ムピロシン、フシジン酸など）が処方されます。これらは局所的に作用するため、全身への影響はほとんどなく、妊娠中でも安全に使用できると考えられています。
* **飲み薬（内服薬）：** 炎症が広範囲に及んでいたり、発熱を伴ったりする重症例では、抗生物質の飲み薬が必要になることがあります。複数の研究により、ペニシリン系やセファロスポリン系（例：セファレキシン）、クリンダマイシンといった抗生物質は、妊娠の全期間を通じて比較的安全に使用できることが示されています²⁰²¹。
* **避けるべき抗生物質：** 一方で、テトラサイクリン系（例：ドキシサイクリン）やフルオロキノロン系の抗生物質は、胎児の骨や歯の発育に影響を与える可能性があるため、妊娠中は原則として使用を避けるべきとされています²⁰。

日本には、厚生労働省の事業として国立成育医療研究センターに設置されている**「妊娠と薬情報センター」**という専門機関があります¹⁴²²。医師は、こうした専門機関の情報も参考にしながら、個々の妊婦さんにとって最も安全で効果的な治療法を選択します。

## 5. 出産後と赤ちゃんの爪のケア

無事に出産を終えた後も、爪のケアは続きます。新米ママ自身のケアと、デリケートな赤ちゃんの爪のケアについて解説します。

### 5.1. 新米ママの爪ケア：頻繁な手洗いによる乾燥を防ぐ

赤ちゃんのお世話が始まると、授乳やおむつ替えで一日に何度も手を洗うことになります。これにより、手や爪が乾燥し、ささくれやひび割れが起きやすくなります。産後のママ自身の爪と手のケアも、赤ちゃんのケアと同じくらい大切です¹⁰。

* **保湿の習慣化：** 赤ちゃんの保湿をした後、その手で自分自身の手にも保湿クリームを塗る習慣をつけましょう。
* **優しいマッサージ：** クリームを塗る際に、爪の根元を優しくマッサージすると血行が促進され、健康な爪の育成に繋がります。

### 5.2. 新生児の爪切り：安全な方法とコツ

赤ちゃんの爪は薄くて鋭く、自分の顔を引っ掻いてしまうことがよくあります。定期的な爪切りが必要ですが、小さな指先はとてもデリケートです。

* **専用の道具を使う：** 赤ちゃん用の、先端が丸くなったハサミ型の爪切りが安全で使いやすいです。
* **タイミング：** 赤ちゃんが眠っている時や、授乳中で落ち着いている時が狙い目です。
* **切り方のコツ：** 指先の肉を軽く押さえて爪と指を離し、爪の白い部分を1mm程度残すように、指のカーブに沿って少しずつ切ります。入浴後は爪が柔らかくなりすぎて深爪しやすいので、避けた方が良いとされています²⁵。

よくある質問

結論

妊娠中の爪のケアは、多くの女性が抱える身近な悩みです。本記事で解説したように、「夜の爪切り」といった迷信には科学的根拠はなく、ネイルアートも適切な配慮をすれば安全に楽しむことが可能です。より重要なのは、巻き爪や爪囲炎といった医学的なトラブルを予防し、万が一発症した際には正しい知識を持って対処することです。妊娠中は、ご自身の体と心の変化に寄り添いながら、安心して美しいマタニティライフを送ることが何よりも大切です。この記事で得た情報を参考にしつつ、どんな些細なことでも不安があれば、かかりつけの産婦人科医や皮膚科医に相談し、ご自身の健康状態に合わせた最適なアドバイスを受けてください。