【科学的根拠に基づく】その小指のしびれ、肘部管症候群かも?原因・検査・最新治療の完全ガイド
脳と神経系の病気

【科学的根拠に基づく】その小指のしびれ、肘部管症候群かも?原因・検査・最新治療の完全ガイド

ふとした時に感じる、小指や薬指のじんじんとしたしびれ。スマートフォンを長時間使った後や、眠りから覚めた時に特に気になる…。もし、そんな経験に心当たりがあるなら、それは単なる疲れではなく、「肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)」という神経の病気かもしれません。この記事は、その「気になるしびれ」の正体から、最新の科学的エビデンスに基づいた原因、正確な診断方法、そして効果的な治療法まで、日本で最も包括的で信頼できる情報を提供することを目的に、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が専門家の監修のもと作成しました。国内外の権威ある医療機関、例えば日本整形外科学会(JOA)1,2日本手外科学会(JSSH)3、そして米国整形外科学会(AAOS)4などの知見を統合し、あなたの不安を解消し、適切な次の一歩を踏み出すための確かな指針となることをお約束します。

この記事の要点まとめ

  • 小指と薬指のしびれは「肘部管症候群」の典型的な初期症状であり、肘の内側で尺骨神経が圧迫されることで起こります。
  • 原因は、長時間の肘の屈曲(デスクワーク、スマホ操作)、加齢による骨の変形、過去の骨折など多岐にわたります。
  • 進行すると、手の筋肉が痩せてしまい(鷲手変形)、細かい作業が困難になります。この筋萎縮は、手術をしても回復しない可能性があるため、早期発見・早期治療が極めて重要です5
  • 診断は、問診や身体診察に加え、神経伝導速度検査や超音波検査などを用いて正確に行われます。
  • 治療には、まず装具や姿勢改善などの「保存療法」が行われ、多くの場合症状が改善します6。改善しない場合や症状が重い場合には、神経の圧迫を取り除く手術が検討されます。

尺骨神経障害・肘部管症候群とは?基本を理解する

手のしびれや使いにくさを理解するためには、まずその原因となっている「尺骨神経」について知ることが第一歩です。

尺骨神経の役割:指の感覚と動きを司る重要な神経

尺骨神経は、首から出て腕の内側を通り、指先まで伸びる長い神経です。まるで家の隅々まで電気を届ける電気ケーブルのように、私たちの腕や手に重要な信号を送っています。その役割は大きく分けて二つあります1,7

  • 感覚機能:小指全体と、薬指の小指側の半分(薬指の半分)の感覚を脳に伝えます。この領域を触ったときの「触れている」という感覚は、尺骨神経のおかげです。
  • 運動機能:手の内在筋と呼ばれる、手のひらにある多くの小さな筋肉を支配しています。これらの筋肉は、指を閉じたり開いたり、物をつまんだりといった、非常に細かく、巧みな手の動きを可能にします8
尺骨神経の走行と感覚支配域を示す図
図1:尺骨神経の走行と感覚の支配領域(日本手外科学会提供の図を参考に作成)3

肘部管症候群:最も一般的な圧迫の原因

この重要な尺骨神経が、その通り道のある特定の場所で圧迫されたり、引き伸ばされたりしてダメージを受ける状態を「尺骨神経障害」または「尺骨神経麻痺」と呼びます。そして、その圧迫が最も起こりやすい場所が、肘の内側にある「肘部管」と呼ばれるトンネル状の空間です2。この場所で起こる尺骨神経障害が「肘部管症候群」であり、尺骨神経障害の中で最も頻度の高い病態です9。肘部管は骨と靭帯でできており、非常に狭く、肘を曲げるとさらに狭くなり神経が引き伸ばされるため、特に神経がダメージを受けやすいのです。

ギヨン管症候群との違い

尺骨神経が圧迫されるもう一つの代表的な場所に、手首の小指側にある「ギヨン管」があります7。ここで圧迫が起こる状態を「ギヨン管症候群」と呼びます。肘部管症候群との大きな違いは、しびれや感覚障害が現れる範囲です。ギヨン管は、手の甲の感覚を支配する神経の枝が分岐した後に存在するため、ギヨン管症候群では通常、手の甲の小指側にしびれは起こりません1。一方、肘部管症候群では、手のひら側だけでなく、手の甲の小指側にもしびれが起こるのが特徴です。

あなたの症状は?セルフチェックと重症度のサイン

肘部管症候群の症状は、ゆっくりと進行することが多く、初期段階では見過ごされがちです。しかし、適切なタイミングで治療を開始するためには、そのサインに早く気づくことが重要です。

初期症状:見過ごしやすい危険信号

最も一般的な初期症状は、小指と薬指の半分(小指側)に現れる、断続的なしびれやチクチクとした感覚です2,9。これらの症状は、特に肘を長時間曲げた姿勢を続けたときに現れやすいのが特徴です。

「スマホで電話をしていると、決まって小指がじんじんしてくる」「夜、本を読みながらうたた寝をしてしまい、腕のしびれで目が覚める」といった経験はありませんか?これらは肘部管症候群の典型的な初期症状です9

国際的に使用されている患者報告型の評価ツール(PRUNE質問票)でも、「電話中に症状が出ますか?」や「睡眠中に症状で目が覚めますか?」といった項目が含まれており、これらが診断の重要な手がかりとなることがわかります10

進行した症状:筋力低下と巧緻運動障害

病状が進行すると、感覚の異常に加えて、尺骨神経が支配する筋肉の力が弱まっていきます。これにより、日常生活の様々な場面で困難を感じるようになります8,11

  • 握力の低下:瓶の蓋が開けにくい、重いものが持ちにくい。
  • 巧緻運動障害(不器用さ):箸がうまく使えない、シャツのボタンがかけにくい、字が書きにくい、小銭が拾いにくい。

これらの症状は、手の細かい動きを制御する内在筋が弱っているサインです。

重症のサイン:手の変形と筋肉の萎縮(鷲手変形)

さらに重症化すると、手の筋肉が目に見えて痩せてきます。これを「筋萎縮」と呼びます。特に、親指と人差し指の間の水かき部分(母指内転筋・第一背側骨間筋)の筋肉が痩せて、へこんで見えるようになります3。また、指の筋肉のバランスが崩れ、薬指と小指がまっすぐに伸びなくなり、鷲の爪のように曲がった特徴的な手の形になることがあります。これを「鷲手(わして)変形」と呼びます1

【重要】なぜ放置してはいけないのか?回復しないリスク

ここで、肘部管症候群に関して最も重要なことをお伝えします。手根管症候群など他の多くの神経障害とは異なり、肘部管症候群によって一度高度な筋萎縮が起きてしまうと、たとえ手術によって神経の圧迫を取り除いたとしても、筋肉の回復は期待できず、手の機能が永久に失われる可能性があります5,12。これは、多くの手の外科専門医が警鐘を鳴らしている事実です。だからこそ、症状が軽いうちに、あるいは筋力低下に気づいた時点で、決して放置せずに専門医に相談することが、あなたの手の未来を守るために極めて重要なのです。

なぜ起こるのか?肘部管症候群の多様な原因とリスク因子

肘部管症候群は、様々な要因が複雑に絡み合って発症します。原因を理解することは、予防やセルフケアにも繋がります。

日常生活に潜む原因

最も一般的な原因は、日常生活における無意識の習慣です。肘を深く曲げる姿勢を長時間続けると、肘部管内の圧力が上昇し、尺骨神経が引き伸ばされて血流が悪化し、ダメージを受けます4,13

  • デスクワークや勉強:机に肘をつく癖、頬杖をつく姿勢。
  • スマホや電話の長時間使用:肘を曲げたまま保持する。
  • 睡眠時の姿勢:腕を曲げて枕の下に入れる、横向きで肘を深く曲げて寝る。
  • 特定の職業やスポーツ:大工仕事や機械の運転など振動する工具を扱う職業、野球やテニスなど腕を繰り返し使うスポーツ。

体格や加齢による原因

個人の身体的な特徴や、加齢に伴う変化も大きな原因となります2,3

  • 過去の骨折や脱臼:子供の頃の肘の骨折などが原因で、成人してから肘が変形(外反肘)し、神経が引き伸ばされて発症することがあります。
  • 加齢による関節の変形:変形性肘関節症により骨のトゲ(骨棘)ができ、それが神経を圧迫します。
  • 神経の亜脱臼:肘を曲げ伸ばしする際に、尺骨神経が本来あるべき溝からずれてしまう(脱臼する)体質の人もいます。これを繰り返すことで神経が傷つきます。
  • その他:ガングリオン(ゼリー状の物質が詰まった袋)などの腫瘍が神経を圧迫することもあります。

あなたは大丈夫?主なリスク因子

近年の大規模な研究により、肘部管症候群を発症しやすくするいくつかの危険因子(リスク因子)が特定されています10。これらに当てはまる場合は、より注意が必要です。

  • 肥満:体重指数(BMI)が高いほど、リスクが増加することが示されています。
  • 喫煙:喫煙は神経への血流を悪化させ、ダメージからの回復を妨げます。
  • 糖尿病:糖尿病は末梢神経そのものを脆弱にするため、圧迫によるダメージを受けやすくなります。
  • ダブルクラッシュ現象:首(頸椎)など、肘以外の場所でも神経に圧迫があると、末端の神経がさらにダメージを受けやすくなるという考え方です。

診断プロセス:専門医が行う検査のすべて

正確な診断は、適切な治療への第一歩です。整形外科、特に手の外科を専門とする医師は、以下のような段階的なプロセスで診断を進めます。

問診と身体診察:診断の第一歩

まず医師は、あなたの症状について詳しく尋ねます(問診)。いつから、どのような時に、どの指がしびれるか、仕事や生活習慣などを詳しく伝えることが重要です。その後、視診(手の形や筋肉の萎縮がないか見る)、触診、そして神経学的診察を行います9,13

  • チネル徴候(Tinel Sign):肘の内側を軽く叩くと、しびれが小指と薬指に響くかどうかを調べます。陽性の場合、その部位で神経が刺激されていることを示唆します。
  • 肘屈曲テスト(Elbow Flexion Test):肘を深く曲げたまま1分ほど保持し、しびれが悪化するかどうかを確認します。

フローマン徴候(Froment Sign):筋力低下を客観的に評価

尺骨神経麻痺による筋力低下を評価するための、非常に重要で簡単なテストです1,8。この検査に特化したサブセクションを設ける価値があります。

検査方法:医師が持っている紙の端を、患者が親指と人差し指の先でつまみます。医師が紙を引っ張った際に、親指の第一関節(指先に近い関節)が深く曲がってしまう場合、「フローマン徴候陽性」です。これは、親指を内側に寄せる「母指内転筋」の力が弱っているため、代わりに別の神経(正中神経)が支配する筋肉(長母指屈筋)を無理に使って代償しようとしている状態を示します。これは、筋力低下が客観的に存在することの明確な証拠となります。

電気生理学的検査:神経のダメージを数値で見る

身体診察で肘部管症候群が疑われた場合、診断を確定し、重症度を客観的に評価するために電気生理学的検査が行われます14,15

  • 神経伝導速度検査(NCS):神経を電気で刺激し、その信号が伝わる速度を測定します。肘部管の部分をまたぐ区間で速度が著しく低下していれば、その場所で神経が圧迫されているという客観的な証拠になります。
  • 筋電図(EMG):筋肉に細い針を刺し、筋肉が安静にしている時と力を入れた時の電気的な活動を記録します。神経からの命令が届かなくなった筋肉では、異常な電気活動が見られます。これにより、筋肉のダメージの程度を評価できます。

画像検査:神経の状態を「見る」

神経の圧迫を引き起こしている物理的な原因を特定するために、画像検査も重要です9,10

  • X線(レントゲン)検査:骨折の跡や、加齢による骨の変形(骨棘)など、骨の異常を確認します。
  • MRI検査:ガングリオンなどの軟部組織の腫瘍が疑われる場合や、より詳細な情報が必要な場合に用いられます。
  • 超音波(エコー)検査:近年、非常に有用性が高まっている検査です。リアルタイムで神経そのものの形や動きを観察できます。圧迫された神経は腫れて太くなるため、その断面積を測定します。一般的に、断面積が10mm²を超えると、肘部管症候群の可能性が高いとされています10。また、肘の曲げ伸ばしに伴う神経の亜脱臼の有無も直接確認できます。

治療法の選択肢:保存療法から最新手術まで

肘部管症候群の治療法は、症状の重症度や進行度、そして患者さん自身の生活スタイルなどを考慮して慎重に選択されます。幸いなことに、多くの場合、手術をしない「保存療法」で症状を改善させることができます。

まずは保存療法:手術をしない治療法

軽度から中等度の症例、特に筋力低下や筋萎縮がない場合には、まず保存療法が試みられます4。その目的は、神経への負担を減らし、自然な回復を促すことです。最近の系統的レビューでは、これらの方法の有効性が科学的に示されています6

装具(スプリント)療法と姿勢の改善

最も効果的とされる保存療法の一つです。特に夜間の睡眠中に、肘をまっすぐに近い状態(約30〜45度の屈曲位)に保つための装具(スプリント)を装着します。これにより、睡眠中の無意識な肘の屈曲を防ぎ、神経への圧迫と伸展ストレスを軽減します。あるメタアナリシス(複数の研究を統合した分析)では、装具療法によって89%の患者で症状の改善が見られたと報告されています6。日中も、デスクワーク中に肘を曲げすぎない、電話はスピーカーフォンやイヤホンを使うなど、生活習慣の改善が重要です。

神経滑走訓練(Nerve Gliding)

神経が周囲の組織と癒着するのを防ぎ、スムーズな動きを促すための穏やかな運動です。米国整形外科学会(AAOS)なども推奨しており4、以下のような簡単な運動を、痛みのない範囲でゆっくりと行うことが勧められます。

  1. 腕を前にまっすぐ伸ばし、手首と指もまっすぐ伸ばす。
  2. 手首を曲げ、指先を天井に向ける。
  3. 肘を曲げ、手を肩の近くに持ってくる。

これらの運動は、神経をその通り道の中で優しく滑らせることを目的としています。

薬物療法と注射

炎症を抑えるために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬が処方されることがあります4。また、肘部管にステロイドを注射する方法もありますが、その効果については議論があります。前述のメタアナリシスでは、ステロイド注射による改善率は54%と報告されており、装具療法ほどの高い効果は示されていません6。また、神経そのものを傷つけるリスクもゼロではないため、慎重に行われるべき治療法です。

手術療法:神経の圧迫を根本的に解消する

以下のような場合には、手術が検討されます2,4

  • 数ヶ月間の保存療法を行っても症状が改善しない、または悪化する場合。
  • 筋力低下(フローマン徴候陽性など)や筋萎縮が明らかな場合。
  • 検査で神経の圧迫が重度であると判断された場合。

手術のタイミングが重要な理由

前述の通り、重度の筋萎縮が起こる前に手術を行うことが、良好な回復を得るための鍵です5,12。しびれは改善しても、一度失われた筋肉の力やボリュームは戻りにくいという現実を理解し、医師と相談の上で適切なタイミングを逃さないことが大切です。

主な手術方法:単純除圧術と前方移行術

手術の目的は、物理的に神経の圧迫を取り除くことです。主に2つの方法があります9,13,16

  • 単純除圧術(In Situ Decompression):最も基本的な手術で、神経を圧迫しているトンネルの屋根にあたる靭帯などを切り開いて、トンネルを広げる方法です。「トンネルの屋根を開放する」とイメージすると分かりやすいでしょう。神経の位置はそのままです。
  • 尺骨神経前方移行術(Ulnar Nerve Anterior Transposition):単純除圧術に加えて、尺骨神経そのものを、より圧迫を受けにくい肘の前方へ移動させる方法です。神経が溝から外れやすい「亜脱臼」を伴う場合や、肘の変形が強い場合などに行われることが多いです。「神経をより安全な新しいルートへお引越しさせる」手術です。

どちらの手術方法が優れているかについては、長年議論があります。最新のコクランレビュー(最も信頼性の高いとされる研究手法)でも、一方を他方より強く推奨するだけの明確なエビデンスはないと結論付けています17。最終的には、患者さんの状態や原因、外科医の経験などを総合的に判断して術式が決定されます。

【比較表】あなたに適した治療法は?

表:肘部管症候群の治療選択肢の比較
治療法 対象となる主な症状 内容 メリット デメリット・注意点
保存療法 軽度~中等度のしびれ(筋力低下なし) 装具、姿勢改善、神経滑走訓練、薬物療法 身体への負担が少ない。多くの場合、これで改善する6 効果が出るまでに時間がかかることがある。進行した症例には無効。
手術療法(単純除圧術) 保存療法で改善しない症状、軽度の筋力低下 神経を圧迫している靭帯を切開し、除圧する。 比較的侵襲が少なく、手術時間も短い。 神経の亜脱臼がある症例には不向きな場合がある。
手術療法(前方移行術) 重度の圧迫、神経の亜脱臼、肘の変形 除圧に加え、神経を肘の前方に移動させる。 再発のリスクが低い可能性がある。亜脱臼も同時に治療できる。 単純除圧術より侵襲が大きく、手術後の回復に時間がかかることがある。

手術後の回復とリハビリテーション

手術が成功しても、すぐに症状が消えるわけではありません。特に神経の回復には時間がかかります。正しい知識を持って、焦らずにリハビリに取り組むことが重要です。

回復期間の目安:神経の再生は「1日1ミリ」

これは、患者さんが回復への期待を現実的に管理する上で、非常に重要な概念です。手の外科専門医である前田圭介医師が指摘するように、ダメージを受けた神経は、1日に約1ミリという非常にゆっくりとしたスピードでしか再生しません8。例えば、肘から指先までの距離が30cm(300mm)だとすると、神経が指先まで再生するには、単純計算で約300日(10ヶ月近く)かかることになります。しびれの改善には数ヶ月から1年以上かかることも珍しくなく、特に筋力の回復はさらに長い時間を要することを理解しておく必要があります。

術後の生活での注意点

手術後の回復を妨げないために、医師の指示に従うことが大切です4

  • 装具の使用:術後しばらくは、神経を守るために装具で腕を固定することがあります。
  • 活動制限:手術した腕で重い物を持ったり、強く手をついたりすることは、一定期間避ける必要があります。
  • 創部ケア:傷口を清潔に保ち、感染を防ぎます。

機能回復のためのリハビリ

手術後は、理学療法士や作業療法士の指導のもとでリハビリテーションを行います。目的は、固くなった関節の動き(可動域)を回復させ、徐々に筋力を取り戻し、最終的には日常生活や仕事での手の機能を再獲得することです。

日常生活でのセルフケアと予防法

一度症状が改善しても、再発を防ぐためには、尺骨神経に負担をかけない生活習慣を心がけることが重要です。これは、発症の予防にも繋がります4,13

  • デスクワーカー向け:椅子の高さを調整し、肘が90度以上深く曲がらないようにする。柔らかいアームレストを使用する。定期的に休憩を取り、腕を伸ばすストレッチを行う。
  • スマホ・PCユーザー向け:長時間の使用を避け、イヤホンやスタンドを活用する。
  • 睡眠時:横向きで寝る場合は、抱き枕などを利用して腕が体の下敷きにならないように工夫する。肘を曲げて寝る癖がある人は、タオルを緩く巻いたり、市販のサポーターを利用したりするのも良いでしょう。
  • サイクリストや運転手向け:ハンドルからの振動を減らすために、パッド付きのグローブを着用する。定期的にハンドルの握り方を変える。

よくある質問 (FAQ)

Q1: 小指のしびれは、すべて肘部管症候群が原因ですか?

いいえ、そうとは限りません。小指のしびれの原因は他にも考えられます。例えば、首の骨(頸椎)の問題(頸椎症性神経根症など)や、より稀ですが手首での神経圧迫(ギヨン管症候群7)、さらには血行障害や糖尿病による神経障害などもあります。自己判断は危険ですので、症状が続く場合は必ず整形外科を受診し、正確な診断を受けることが重要です。

Q2: 手術は必ず必要になりますか?

いいえ、必ずしも必要ではありません。実際、多くの患者さんは手術をしない保存療法で症状が改善します4,6。手術が検討されるのは、保存療法で効果が見られない場合や、診断の時点で既に筋力低下や筋萎縮が進行している場合です2。最も大切なのは、適切なタイミングで専門医の診断を受け、自分に合った治療方針を相談することです。

Q3: 手術後の回復にはどれくらいかかりますか?

回復期間は個人差が大きく、手術前の症状の重症度に大きく左右されます。軽いしびれだけであれば数週間から数ヶ月で改善することが多いですが、筋力低下や筋萎縮があった場合、その回復には1年以上かかることもあります8。神経の再生速度は1日に約1mmと非常にゆっくりであるため、焦らずにリハビリに取り組むことが大切です。

Q4: 何科を受診すればよいですか?

まずは、お近くの「整形外科」を受診してください。整形外科の中でも、特に「手の外科(てのかげか)」を専門とする医師がいる医療機関であれば、より専門的な診断と治療が期待できます。日本手外科学会(JSSH)のウェブサイトなどで専門医を探すことも可能です18

結論:早期相談で、手の機能と未来を守る

小指や薬指のしびれから始まる肘部管症候群は、決して珍しくない、しかし放置すると深刻な結果を招きかねない病気です。初期の「気のせいかもしれない」と感じるような軽い症状を無視せず、それが身体からの重要なサインであると認識することが何よりも大切です。幸いなことに、この病気には装具療法から手術まで、科学的根拠に基づいた効果的な治療法が存在します。しかし、その効果を最大限に引き出し、かけがえのない手の機能を守るためには、「タイミング」が決定的に重要です。特に、筋肉が痩せてしまう前に治療を開始することが、良好な回復への鍵となります。

もしあなたが、小指や薬指のしびれ、手の使いにくさを感じたら、決して自己判断で放置せず、お近くの整形外科、または手の外科を専門とする医師に相談してください。早期の的確な診断と治療が、あなたの手の機能と、その先にある生活の質を守るための最も重要な一歩です。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  7. はればれ鍼灸整骨院. 「船堀で神経障害でお悩みの方へ(尺骨神経障害:肘部管・ギヨン管)」. はればれ鍼灸整骨院ブログ. Available from: https://harebare-seikotsuin.net/blog/shakkotusinkei/
  8. 前田整形外科・手の外科. 「手がしびれる病気 ~肘部管症候群って何?~」. 前田整形外科・手の外科ブログ. Available from: https://maeda-seikei.jp/blog/%E6%89%8B%E3%81%8C%E3%81%97%E3%81%B3%E3%82%8C%E3%82%8B%E7%97%85%E6%B0%97%E3%80%80%E3%80%9C%E8%82%98%E9%83%A8%E7%AE%A1%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E3%81%A3%E3%81%A6%E4%BD%95%EF%BC%9F%E3%80%9C/
  9. 森本大二郎, 金景成. 「肘部管症候群」. 日本脊髄外科学会ウェブサイト. Available from: https://www.neurospine.jp/sp/original65.html
  10. Dahlin LB, et al. Ulnar Nerve Entrapment at the Elbow—An Update and Novel Insights. Biomedicines. 2024 Mar; 12(3): 563. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10931116/
  11. 福岡の弁護士による後遺障害・等級認定サポート. 「尺骨神経麻痺 (しゃくこつしんけいまひ)」. Available from: https://www.kouishougai.jp/example/%E5%B0%BA%E9%AA%A8%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA%E3%80%80%EF%BC%88%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%8F%E3%81%93%E3%81%A4%E3%81%97%E3%82%93%E3%81%91%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%B2%EF%BC%89
  12. 日本手外科学会. 「出版物|一般社団法人 日本手外科学会」. Available from: https://www.jssh.or.jp/doctor/jp/publication/pdf/8hiji.pdf
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  18. 日本手外科学会. 「出版物|一般社団法人 日本手外科学会」. Available from: https://www.jssh.or.jp/doctor/jp/publication/tenogekaleaf.html
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