【専門医が全解説】心房細動 治療のすべて|薬物療法・カテーテルアブレーション・左心耳閉鎖術の適応と科学的根拠
心血管疾患

【専門医が全解説】心房細動 治療のすべて|薬物療法・カテーテルアブレーション・左心耳閉鎖術の適応と科学的根拠

ある日突然、胸がドキドキと激しく鼓動し、脈が乱れる。あるいは、はっきりとした症状はないものの、健康診断で不整脈を指摘される。心房細動は、かつては「よくある不整脈の一つ」と捉えられがちでしたが、現在ではその認識は大きく変わりました。心房細動は単なる不整脈ではなく、放置すれば脳梗塞や心不全といった生命を脅かす疾患につながる「積極的に管理すべき疾患」であるという考え方が、現代の医療における世界の共通認識となっています1。日本の高齢化社会を背景に、心房細動の患者数はすでに100万人を超え、今後も増加の一途をたどると予測されています2。これは、もはや他人事ではない、日本全体が向き合うべき健康課題です。心房細動の真の脅威は、動悸などの自覚症状そのものよりも、心臓の中にできた血栓(血の塊)が脳に飛んで重篤な脳梗塞を引き起こすリスクにあります。国立循環器病研究センターが主導する日本脳卒中データバンクの解析によれば、心房細動が原因で起こる脳梗塞は重症化しやすい傾向にありますが、近年の治療法の目覚ましい進歩により、その予後は着実に改善しています3。この治療の進歩を象徴するのが、治療パラダイムの大きな転換です。かつては症状がなければ心拍数をコントロールしながら様子を見る「レートコントロール」が主流でしたが、画期的な臨床試験であるEAST-AFNET 4試験によって、診断後なるべく早い段階で正常な脈(洞調律)に戻し、それを維持しようと試みる「早期リズムコントロール」が、心血管イベントのリスクを有意に低下させることが示されました4。これは、心房細動を早期に治療介入し、疾患の進行そのものを抑えるという、より積極的な包括的管理へのシフトを意味します。本稿では、最新の科学的根拠に基づき、心房細動の診断から、すべての治療の土台となる生活習慣の改善、そして薬物療法、カテーテルアブレーション、左心耳閉鎖術といった多岐にわたる治療選択肢のそれぞれについて、どのような患者に推奨されるのか(適応)、その効果とリスクを徹底的に解説します。

要点まとめ

  • 心房細動は、脳梗塞や心不全につながるため、単なる不整脈ではなく「積極的に管理すべき進行性の疾患」と認識されています。
  • 治療の土台は、肥満、飲酒、高血圧、睡眠時無呼吸などのリスク因子を管理する「包括的アプローチ」です。
  • 治療の2大戦略は、生命予後に直結する「脳梗塞の予防」と、QOLを改善する「症状・リズムの管理」です。
  • 脳梗塞予防には、DOAC(直接経口抗凝固薬)が第一選択ですが、出血リスクが高い場合は左心耳閉鎖術も有効な選択肢となります。
  • 症状・リズム管理では、早期診断・早期介入による「リズムコントロール」(特にカテーテルアブレーション)が、従来の「レートコントロール」より予後を改善することが示されています。
  • 治療法は個別化されており、専門医と相談し、自身の状態や希望に合った最適な戦略を選択することが極めて重要です。

第1部:あなたの心房細動を正しく知る

1-1. 心房細動とは?心臓で何が起きているのか

心房細動を理解するためには、まず正常な心臓の動きを知る必要があります。正常な状態では、心臓の上部にある「心房」が規則正しく収縮し、血液を下部の「心室」へと送り出します。このリズムは、洞結節という司令塔からの電気信号によってコントロールされています5

心房細動では、この電気系統に異常が生じ、心房が1分間に400回以上もの頻度で無秩序に興奮し、けいれんするように細かく震える状態になります1。この「震え」が、心房細動における2つの大きな問題を引き起こします。

  • ポンプ機能の低下(心不全の原因): 心房が効率よく収縮できないため、心臓全体のポンプ機能が約20%から30%低下します。これが長く続くと心臓に負担がかかり、息切れやむくみといった心不全の症状につながります6
  • 血栓の形成(脳梗塞の原因): 心房内で血液の流れがよどむことで、血の塊である「血栓」が形成されやすくなります。特に左心房にある「左心耳」という袋状の構造物は、血栓ができる温床として知られています。この血栓が血流に乗って脳の血管を詰まらせると、重篤な脳梗塞(心原性脳塞栓症)を引き起こすのです6

1-2. 心房細動の分類:あなたのタイプは?

心房細動は、その持続時間によって伝統的に分類されてきました。この分類は、治療戦略を立てる上で重要な指標となります7

  • 発作性心房細動: 7日以内に自然に、または治療によって正常なリズムに戻るタイプ。
  • 持続性心房細動: 7日間を超えて持続するタイプ。正常なリズムに戻すには電気ショックや薬物治療が必要です。
  • 長期持続性心房細動: 1年以上持続しているタイプ。
  • 永続性心房細動: 治療を行っても正常なリズムに戻らない、あるいは戻すことを断念した状態。

さらに、2023年に米国心臓協会(AHA)などが発表した最新のガイドラインでは、心房細動を「進行性の病気」として捉える新しい「ステージ分類」が提唱されました8。これは、病気が進行する前に予防や早期介入を行うことの重要性を強調する画期的な考え方です。

  • ステージ1(At Risk): 高血圧や肥満など、心房細動のリスク因子を持つが、まだ発症はしていない段階。
  • ステージ2(Pre-AF): 心臓の構造的・電気的な異常(例:左心房拡大)など、心房細動の前段階。
  • ステージ3(AF): 実際に心房細動を発症した段階。従来の分類(発作性、持続性など)がここに該当します。
  • ステージ4(Permanent): 永続性心房細動。

この新しい分類は、患者自身が自分の状態を疾患の進行過程の中で理解し、早期からの積極的な関与を促すものとして期待されています。

表1:心房細動の分類と特徴

分類 定義 特徴 主な治療目標 AHAステージ分類との関連
発作性 7日以内に停止する 突然始まり、突然止まる。初期段階に多い。 脳梗塞予防、症状緩和、持続性への移行阻止 ステージ3A
持続性 7日を超えて持続する 正常なリズムに戻すには治療介入が必要。 脳梗塞予防、症状緩和、洞調律への復帰・維持 ステージ3B, 3C
長期持続性 1年以上持続する 正常なリズムに戻すのがより困難になる。 脳梗塞予防、心拍数コントロール、症状緩和 ステージ3D
永続性 洞調律維持を断念した状態 心房細動と付き合っていく方針。 脳梗塞予防、心拍数コントロールによる心不全予防 ステージ4

第2部:現代の心房細動治療の羅針盤 – 包括的アプローチ

2-1. すべての治療の土台となる「包括的リスク因子管理」

薬や手術がいかに進歩しても、その効果を最大限に引き出し、再発を防ぐためには、心房細動の「土壌」そのものを改善することが不可欠です。2023年の米国ガイドラインでは「LRFM(Lifestyle and Risk Factor Modification)」、2024年の欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインでは「AF-CARE」という枠組みが提唱され、リスク因子管理が治療の第一歩かつ中心であることが明確に示されました8

科学的根拠に基づき、以下のリスク因子の管理が強く推奨されています。

  • 肥満・体重管理: 米国心臓病学会(ACC)のガイドラインによると、体格指数(BMI)が27 kg/m²を超える場合、10%以上の体重減少を目指すことで、心房細動の頻度や症状が軽減されることが示されています9
  • 運動: 同じくACCのガイドラインでは、週あたり210分の中等度から強度の有酸素運動が推奨されています9
  • アルコール: 飲酒は心房細動の明確な誘因です。2024年のESCガイドラインによると、摂取量を週に3杯(純アルコール換算で30g)以下に抑えることが推奨されます10
  • 高血圧: 厳格な血圧管理は、心房への負担を減らし、心房細動の発生・進行を抑制します。
  • 睡眠時無呼吸症候群: いびきや日中の眠気がある場合は検査を受け、診断されればCPAP療法などによる適切な治療が心房細動の治療効果を高めます。
  • その他: 禁煙、糖尿病の管理も同様に重要です9

第3部:治療の2大戦略 -「脳梗塞予防」と「症状・リズム管理」

包括的なリスク管理を土台としつつ、心房細動治療には2つの大きな柱があります。一つは生命予後に直結する「脳梗塞の予防」、もう一つは生活の質(QOL)を改善するための「症状・リズムの管理」です。

3-1. 戦略①:最大の敵「脳梗塞」を防ぐ – 抗凝固療法と左心耳閉鎖術

心房細動治療において、最も優先されるべきは脳梗塞の予防です。症状の有無にかかわらず、リスクのあるすべての患者が対象となります。

3-1-1. 誰が抗凝固薬を飲むべきか?- リスク評価の重要性

抗凝固療法(血液をサラサラにする治療)が必要かどうかは、個々の脳梗塞発症リスクに基づいて判断されます。日本循環器学会のガイドラインでは、そのためのツールとして「CHADS2スコア」や、より詳細な「CHA2DS2-VAScスコア」が用いられています11

CHADS2スコアの項目

  • C (Congestive Heart Failure): 心不全 (1点)
  • H (Hypertension): 高血圧 (1点)
  • A (Age): 年齢75歳以上 (1点)
  • D (Diabetes Mellitus): 糖尿病 (1点)
  • S2 (Stroke): 脳梗塞や一過性脳虚血発作の既往 (2点)

日本のガイドラインでは、このCHADS2スコアが1点以上の場合に抗凝固薬の服用が強く推奨されています12

3-1-2. 薬物による予防:DOAC vs ワルファリン

抗凝固薬には、従来から使用されている「ワルファリン」と、近年主流となっている「直接経口抗凝固薬(DOACまたはNOAC)」があります6

  • DOAC(直接経口抗凝固薬): ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンなどがあり、現在はこちらが第一選択薬です。ワルファリンと比べて、食事制限(納豆や青汁などビタミンKを多く含む食品の制限)がなく、定期的な血液検査による用量調整が不要、そして最も懸念される副作用である頭蓋内出血のリスクが低いという大きな利点があります6
  • ワルファリン: 効果が安定するまで用量調整が難しく、他の薬剤や食品との相互作用も多いですが、機械弁置換術後の患者さんや重度の腎機能障害を持つ患者さんなど、DOACが使用できない特定のケースでは依然として重要な薬剤です11

ここで、日本人にとって極めて重要な点があります。複数の大規模なメタ解析研究から、DOACはワルファリンと比較して、アジア人集団において特に脳梗塞予防効果が高く、かつ出血リスクが低いという、非常に有利な結果が示されています。しかし、その一方で「落とし穴」も存在します。アジアでは出血を過度に恐れるあまり、添付文書で定められた基準を満たしているにもかかわらず、自己判断や不適切な処方で低用量のDOACが使用される「Off-label underdosing」が問題となっています。JACC: Asia誌に掲載された最新のメタ解析では、この不適切な低用量投与は、出血リスクを減らすことなく、逆に脳梗塞のリスクと全死亡率を有意に高めてしまうことが明らかになりました13。DOACの恩恵を最大限に受けるためには、専門医の判断のもと、個々の患者さんの状態(特に腎機能)に応じて「適切な用量を遵守する」ことが絶対条件です。

表2:主な抗凝固薬の種類と特徴(日本人患者向け)11

薬剤名(主な商品名) 分類 作用機序 用法 腎機能低下時の用量調節 主な注意点
ワルファリン(ワーファリン) ビタミンK拮抗薬 血液凝固因子の産生を抑制 1日1回 慎重投与 定期的な血液検査(PT-INR)が必要、食事・併用薬に注意
ダビガトラン(プラザキサ) 直接トロンビン阻害薬 血液凝固の中心的な酵素を阻害 1日2回 CCr 30-50mL/minで減量 腎排泄性のため腎機能評価が重要
リバーロキサバン(イグザレルト) 直接Xa因子阻害薬 血液凝固経路の重要な因子を阻害 1日1回 CCr 15-49mL/minで減量 肝代謝・腎排泄
アピキサバン(エリキュース) 直接Xa因子阻害薬 血液凝固経路の重要な因子を阻害 1日2回 特定の基準(年齢、体重、Cr値)で減量 肝代謝・腎排泄
エドキサバン(リクシアナ) 直接Xa因子阻害薬 血液凝固経路の重要な因子を阻害 1日1回 特定の基準(体重、腎機能、併用薬)で減量 腎排泄性
CCr: クレアチニンクリアランス(腎機能の指標)

3-1-3. 非薬物による予防:左心耳閉鎖術(WATCHMAN™など)

抗凝固薬は優れた脳梗塞予防効果を発揮しますが、出血リスクが高い、あるいは転倒を繰り返すなどの理由で、長期的な服用が困難な患者さんもいます。そのような場合の有力な選択肢が「左心耳閉鎖術」です14

  • 原理: 心房細動による血栓の90%以上が発生するとされる左心耳の入口を、カテーテルを用いて「WATCHMAN™」などの傘のような形状のデバイスで閉鎖し、血栓が全身に流出するのを防ぎます15
  • 適応: 主に、出血リスクが高く抗凝固薬の長期服用が難しい非弁膜症性心房細動の患者さんが対象となります14
  • エビデンス: この治療法の有効性と安全性を検証した二つの重要な臨床試験(PROTECT AF試験、PREVAIL試験)の5年間のデータを統合したメタ解析では、ワルファリンと比較して、出血性脳梗塞のリスクと全死亡率を有意に低下させることが示されました。一方で、デバイスに関連する虚血性脳梗塞のリスクは、ワルファリンと同等か、わずかに高い傾向が見られました16。これは、出血のリスクを大きく減らせる一方で、虚血性脳梗塞の予防効果は薬物療法と同等レベルであるという、治療の特性を理解することが重要です。
  • 日本での状況: WATCHMAN™デバイスは、日本では2019年9月から保険適用となり、治療選択肢の一つとして確立されています14

3-2. 戦略②:動悸や息切れを改善する – リズムコントロールとレートコントロール

脳梗塞予防と並行して、動悸や息切れといった症状を改善し、生活の質(QOL)を向上させるための治療が行われます。これには大きく分けて2つのアプローチがあります。

3-2-1. 治療方針の分かれ道:リズム vs レート、そして「タイミング」

  • レートコントロール: 心房細動の状態はそのままに、心拍数が速くなりすぎないように薬でコントロールし、症状を和らげる治療法です17
  • リズムコントロール: 薬やカテーテル治療を用いて、心房細動そのものを停止させ、正常な脈(洞調律)に戻し、それを維持することを目指す治療法です17

かつては両者の予後に大きな差はないとされていましたが、この常識は覆されました。画期的なEAST-AFNET 4試験により、心房細動と診断されてから1年以内の患者さんに対して積極的にリズムコントロールを行う「早期リズムコントロール戦略」が、従来のレートコントロールを中心とした治療に比べて、心血管死や脳梗塞などの有害事象を明らかに減少させることが証明されたのです4。これにより、現代の心房細動治療は「早期発見・早期介入」が極めて重要であるというパラダイムへと大きくシフトしました。

3-2-2. 薬物によるコントロール:抗不整脈薬と心拍数調整薬

薬物療法は、レートコントロールとリズムコントロールの両方で重要な役割を果たします。

  • レートコントロール薬: β遮断薬や一部のCa拮抗薬が用いられ、心室へ伝わる電気信号の数を減らすことで、心拍数を落ち着かせます11
  • リズムコントロール薬(抗不整脈薬): 心房の異常な電気興奮そのものを抑えることで、正常なリズムを維持します。しかし、時に新たな不整脈を誘発する(催不整脈)などの副作用リスクもあり、どの薬剤を選択するかは、心臓の状態や合併症などを考慮して専門医が慎重に判断します11

表3:主な抗不整脈薬の種類と適応11

分類(Vaughan Williams) 主な薬剤名(商品名) 主な作用 適応(主目的) 主な副作用
I群 フレカイニド、プロパフェノンなど Naチャネル遮断 リズムコントロール 催不整脈、心機能抑制
II群 ビソプロロール、カルベジロールなど β受容体遮断 レートコントロール 徐脈、倦怠感、気管支喘息悪化
III群 アミオダロン、ソタロールなど Kチャネル遮断 リズムコントロール 間質性肺炎、甲状腺機能異常、QT延長
IV群 ベラパミル、ジルチアゼムなど Caチャネル遮断 レートコントロール 徐脈、便秘、心機能抑制

3-2-3. 根治を目指す治療:カテーテルアブレーション

薬物療法でコントロールが難しい場合や、より根治的な治療を希望する場合、カテーテルアブレーションが非常に有効な選択肢となります。特に近年の技術革新は目覚ましく、治療成績は飛躍的に向上しています。

  • 原理と手技: 心房細動の引き金となる異常な電気信号の多くは、肺静脈という血管の付け根から発生します。カテーテルアブレーションでは、足の付け根の血管からカテーテルという細い管を心臓まで進め、その先端で高周波電流を流して組織を焼灼(またはバルーンで冷凍凝固)し、肺静脈と心房の間を電気的に隔離(肺静脈隔離術)します。これにより、異常な電気が心房全体に広がるのを防ぎます1
  • 薬物療法との比較: カテーテルアブレーションと薬物療法を直接比較した最大規模の臨床試験がCABANA試験です。この試験の意図解析(Intention-to-Treat)では、死亡や脳梗塞などの主要評価項目において、アブレーション群と薬物療法群で統計的な有意差は認められませんでした。しかし、この結果を解釈する上で重要なのは、薬物療法群に割り付けられた患者の約28%が、症状が改善しないなどの理由で途中でアブレーション治療を受けたという高いクロスオーバー率です。実際に受けた治療で解析すると、アブレーション群の方が予後が良いという結果も出ており、少なくとも不整脈の再発率の抑制やQOLの改善においては、アブレーションが薬物療法より優れていることが示されています18
  • 日本での実績: 日本不整脈心電学会が主導するJ-ABレジストリは、日本のカテーテルアブレーションの実態を知る上で非常に貴重なデータベースです。このデータによると、日本におけるアブレーション治療の急性期合併症発生率は約3.1%、発作性心房細動患者の1年後の不整脈非再発率は約87%と、国際的に見ても良好な成績が報告されています19
  • 最新技術:パルスフィールドアブレーション(PFA): 従来の高周波(熱)や冷凍(冷気)によるアブレーションと異なり、PFAはごく短時間の電気パルスを用いて心筋細胞にのみ選択的にダメージを与える新しい技術です。これにより、周囲の食道や神経などの組織への熱による損傷リスクを大幅に低減できると期待されています。日本では2024年から保険適用となり、より安全なアブレーション治療として急速に普及が進んでいます20

表4:カテーテルアブレーションと薬物療法の比較(大規模試験に基づく)

比較項目 カテーテルアブレーション 薬物療法(抗不整脈薬)
対象患者 薬剤抵抗性、または第一選択として希望する症候性AF患者。特に早期AFで有効性が高い4 症候性AF患者。アブレーションを希望しない、または適応とならない場合。
主要評価項目 CABANA試験: 薬物療法に対し有意差なし(ITT解析)18。 EAST-AFNET 4試験: 早期治療戦略の一環として予後を改善4 CABANA試験: アブレーションに対し有意差なし(ITT解析)18。 EAST-AFNET 4試験: 早期リズムコントロール群に劣る4
不整脈再発率 薬物療法より有意に低い18 アブレーションより高い。
QOL改善 薬物療法より有意に良好21 アブレーションより劣る。
主な合併症・副作用 手技関連合併症(心タンポナーデ、血管損傷、脳梗塞など、計3%程度)19 催不整脈、心外性副作用(肺、甲状腺、肝臓など)11

第4部:よくある質問 (FAQ) とまとめ

4-1. よくある質問

Q1. 治療にはどのくらいの費用がかかりますか?保険は使えますか?

A1. はい、カテーテルアブレーションや左心耳閉鎖術(WATCHMAN™)といった高度な治療は、公的医療保険の適用対象です。また、医療費の自己負担額が高額になった場合には、高額療養費制度を利用することで負担を軽減できます14。具体的な自己負担額は、ご自身の所得や年齢、加入している健康保険によって異なりますので、詳しくは医療機関の相談窓口やご加入の保険者にご確認ください。

Q2. 高齢者でもアブレーション治療は受けられますか?

A2. はい、受けられる可能性は十分にあります。かつては高齢者へのアブレーションは慎重に行われていましたが、現在ではJ-ABレジストリのデータや日本循環器学会のガイドラインにおいても、80歳以上の患者さんに対するアブレーション治療の有効性と安全性が示されています6。年齢だけで判断するのではなく、個々の患者さんの全身状態や併存疾患、そして治療への意欲などを総合的に評価して、治療の適応が慎重に判断されます。

Q3. 治療後、薬はすべてやめられますか?

A3. 治療内容によります。カテーテルアブレーションが成功し、心房細動が再発しなければ、動悸などを抑えるための抗不整脈薬は中止できることがほとんどです。しかし、脳梗塞を予防するための抗凝固薬については、アブレーションの成功とは別に、個々の患者さんが持つ脳梗塞のリスク(CHADS2スコアなど)に基づいて継続の要否が判断されます。リスクが高いと判断されれば、安全のために抗凝固薬の服用を続けることが推奨されます1。自己判断で薬を中断することは絶対に避けてください。

結論

心房細動の治療は、この10年で劇的に進化し、個別化医療の時代を迎えました。もはや画一的な治療法はなく、患者さん一人ひとりの年齢、症状、合併症、ライフスタイル、そして価値観に応じて、最適な治療戦略を組み立てていくことが求められます。

重要なのは、心房細動を「進行する病気」と正しく理解し、専門医と緊密に連携することです。この記事で得た知識は、医師との対話をより深く、実りあるものにするための強力なツールとなるはずです。

ご自身の状態を把握するために、日頃の症状や生活習慣、治療に対する希望や不安をメモにまとめてみましょう。そして、それを基に医師に質問するリストを作成し、診察に臨んでください。信頼できる循環器専門医と納得のいくまで話し合うことが、あなたにとって最善の道を見つけるための最も確実な一歩です。

免責事項本記事は、心房細動に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別の診断や治療方針を提示するものではありません。記載されている内容は、すべての患者さんに当てはまるわけではなく、治療の選択は個々の状態に応じて専門医が判断するものです。ご自身の健康状態や治療に関する具体的な相談は、必ず循環器内科をはじめとする専門の医療機関を受診し、医師の指示に従ってください。本記事の情報に基づいて行われたいかなる行為の結果についても、JAPANESEHEALTH.ORGおよびその監修者は一切の責任を負いかねます。

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