心臓の働きとは?構造・仕組みから心不全・心筋梗塞などの病気、科学的予防法まで徹底解説
心血管疾患

心臓の働きとは?構造・仕組みから心不全・心筋梗塞などの病気、科学的予防法まで徹底解説

心臓は、私たちの生命活動のまさに中心に位置する、驚異的な臓器です。休むことなく拍動を続け、全身に血液を送り出すことで、私たちは日々を生きることができます。しかし、その重要性にもかかわらず、心臓が具体的にどのような構造で、どのように機能し、そしてどのような病気が私たちの心臓を脅かすのか、正確に理解している人は多くありません。この記事では、JapaneseHealth.org(JHO)編集部が、世界的な医学的知見と日本の臨床現場における情報、公的機関や査読付き論文のデータを踏まえて、心臓に関するあらゆる疑問に答えるための包括的なガイドをお届けします。日本の主要な死因の一つである心疾患1、そして高齢化社会において患者数が増加し続ける心不全2について、その根本的な理解から最新の治療法、科学的根拠に基づいた予防法まで、丁寧に解説します。本稿が、読者の皆様ご自身の、そして大切なご家族の心臓の健康を守るための一助となることを心から願っています。

要点まとめ

  • 心臓は全身に血液を送り出すポンプであり、1日に約10万回拍動しています。その機能は、全身循環と肺循環という2つの循環システムによって支えられています。
  • 心臓の機能が低下する代表的な病気には、心不全、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、心臓弁膜症、心筋症、不整脈などがあり、多くが「心臓のポンプ機能の低下」という共通のゴールに向かって進行します。
  • 心不全治療は国際的なガイドラインに基づき、「4本柱」と呼ばれる薬物療法(ARNI/ACEi/ARB、ベータ遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)が標準となっており34、日本の診療ガイドラインにも反映されています518
  • 日本のデータによると、高血圧、糖尿病、脂質異常症、そして特に塩分の過剰摂取(1日平均9.8g6)が心臓病の重大なリスク要因です。高血圧予防・治療の観点から、日本高血圧学会は食塩摂取量を1日6g未満に抑えることを推奨しています7
  • 予防には、減塩を中心とした「日本型健康食」8、週150分の中等度の有酸素運動9、禁煙、節酒、十分な睡眠、ストレス管理といった生活習慣の改善が、複数の研究やガイドラインで科学的に支持されています。

1. 心臓の基本:構造と機能の完全ガイド

心臓の働きを理解するためには、まずその精巧な構造と基本的な機能を知ることが不可欠です。ここでは、生命を維持するポンプとしての役割から、その解剖学的特徴、さらに心臓を動かす電気システムと栄養供給網、そして診療現場でよく使われる検査まで、順番に見ていきましょう。

1.1. ポンプとしての心臓:生命を維持する血液循環

心臓の最も基本的な役割は、絶え間なく収縮と拡張を繰り返すことで血液を全身に送り出す「ポンプ」としての機能です1011。このポンプは、大きく分けて2つの循環系を管理しています。

1つは、酸素を豊富に含んだ血液(動脈血)を全身の臓器や組織に送り届け、代わりに二酸化炭素や老廃物を受け取って心臓に戻す全身循環です。もう1つは、全身から戻ってきた二酸化炭素の多い血液(静脈血)を肺に送り、そこで新しい酸素を受け取って心臓に返す肺循環です。この2つの循環が滞りなく行われることで、私たちの体は生命活動に必要な酸素と栄養素を受け取り、不要な物質を排出することができます。

よく用いられるたとえとして、「2階建ての4つの部屋を持つ家」があります。上の階(心房)で血液を受け取り、下の階(心室)から全身や肺へ送り出す、というイメージです。この驚異的な臓器は、安静時でも1分間に約60〜100回、1日にすると約10万回もの拍動を、生涯にわたって続けています12

1.2. 心臓の解剖学的構造:4つの部屋と弁、心臓壁

心臓は、筋肉でできた袋状の臓器で、主に4つの「部屋」(心腔)に分かれています1314。上部にあるのが右心房左心房で、静脈を通じて心臓に戻ってきた血液が最初に入る場所です。下部にあるのが右心室左心室で、血液を肺や全身へ力強く送り出すポンプの役割を担います。特に左心室は、全身に血液を送り出すため、最も厚い心筋(心臓の筋肉)を持っています。

これら4つの部屋の間と心室の出口には、血液が逆流することなく一方向に流れるように制御する4つのが存在します。それぞれ、三尖弁(右心房と右心室の間)、肺動脈弁(右心室と肺動脈の間)、僧帽弁(左心房と左心室の間)、そして大動脈弁(左心室と大動脈の間)と呼ばれます13。これらの弁が協調して開閉することで、ポンプ機能が効率的に果たされます。

心臓の壁は、外側から心外膜、厚い心筋層、そして内側の心内膜という3つの層で構成されています13。心筋層が収縮することでポンプ機能が生まれ、心内膜は弁を含む内側の表面を覆い、血液がスムーズに流れるようにしています。

1.3. 心臓を動かす電気と栄養:刺激伝導系と冠動脈

心臓が規則正しく拍動できるのは、心臓自身が作り出す電気信号のおかげです。この電気信号を生成し、心筋全体に伝えるシステムを刺激伝導系と呼びます15。右心房にある洞結節(SA node)が「自然のペースメーカー」として機能し、ここで発生した電気信号が房室結節ヒス束プルキンエ線維へと順に伝わります。この電気信号が心筋に伝わることで、心臓は秩序正しく収縮するのです。

このシステムに異常が生じると、不整脈が起こります。例えば、洞結節の働きが弱くなると脈が極端に遅くなったり、心房や心室の一部で異常な電気信号が発生すると、脈が極端に速くなったり乱れたりします。

一方で、心筋自体も活動するための酸素と栄養を必要とします。この重要な役割を担っているのが、心臓の表面を王冠のように覆っている冠動脈(冠状動脈)です15。冠動脈が動脈硬化などで狭くなったり詰まったりすると、心筋に十分な血液が供給されなくなり、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患を引き起こします。

1.4. 心臓に関する主な検査:何がわかるのか

心臓病が疑われるとき、あるいは経過観察のために、いくつかの検査が行われます。代表的なものとして、心電図心エコー(心臓超音波検査)胸部X線血液検査(BNP/NT-proBNPなど)があります1517

  • 心電図:心臓の電気的な活動を記録し、不整脈や虚血の有無、過去の心筋梗塞の痕跡などを評価します。
  • 心エコー:超音波を用いて心臓の動きをリアルタイムに観察し、心筋の収縮力、弁膜症の有無、心臓の大きさなどを評価します。心不全診断で重要となる左室駆出率(LVEF)もここで測定されます。
  • BNP/NT-proBNP:心臓に負担がかかったときに分泌されるホルモンで、心不全の診断や重症度評価、治療効果の確認に役立ちます。

これらの検査結果は、単独で判断するのではなく、症状や診察所見と組み合わせて総合的に評価されます。

2. 心機能が低下する主な疾患:診断と最新治療

心臓の精緻な機能に異常が生じると、様々な疾患が引き起こされます。ここでは、日本の医療現場で特に重要視される代表的な心臓病について、その定義から診断、そして国際的な標準治療と日本の実情を踏まえた最新の治療法までを解説します。なお、ここで紹介する治療はあくまで一般的な方針であり、実際の治療内容は個々の患者さんの状態に応じて主治医が決定します。

2.1. 心不全 (Heart Failure)

心不全とは、特定の病名を指すのではなく、「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と日本循環器学会/日本心不全学会によって定義されています16。つまり、心臓のポンプ機能が低下し、全身が必要とする血液を十分に送り出せなくなった状態を指します。

診断は、心臓の超音波検査(心エコー)で測定される左室駆出率(LVEF)に基づいて、国際的に以下の3つのタイプに分類されます34。また、症状の重症度はNYHA心機能分類によって評価されます。

  • LVEFが低下した心不全 (HFrEF): 左室駆出率が40%以下。心臓の収縮力が低下している状態。
  • LVEFが軽度低下した心不全 (HFmrEF): 左室駆出率が41〜49%。
  • LVEFが保たれた心不全 (HFpEF): 左室駆出率が50%以上。主に心臓の拡張機能(血液を取り込む力)が低下している状態。

患者さんの視点から:
例えば、「70代の男性が、当初は単なる加齢のせいだと思っていた足のむくみや息切れが、実は診断の遅れがちな心不全の典型的な初期症状であった」という架空のケースは、臨床現場でよく見られる状況です17。これらのサインは、医療機関の受診を必要とする重要な警告です。

心不全の最新治療法:
心不全、特にHFrEFの薬物治療は近年大きく進歩しており、現在は「4本柱」と呼ばれる薬剤群を可能な限り早期に導入することが、米国心臓協会(AHA)や欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインで強く推奨されています34。これらの国際標準治療は、日本の診療ガイドラインにも反映されており518、日本の患者さんに対しても同様の考え方が広く用いられています。

  • アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬 (ARNI) / ACE阻害薬 (ACEi) / アンジオテンシンII受容体拮抗薬 (ARB): 血管を広げ、心臓への負担を軽減することで、心不全の悪化や入院を減らす効果が示されています。
  • ベータ遮断薬: 心拍数を抑え、心臓を休ませることで心機能を保護します。
  • ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬 (MRA): 体内の余分な水分を排出し、心臓の線維化(硬くなること)を抑制します。
  • SGLT2阻害薬: もともとは糖尿病治療薬ですが、心不全患者の心血管死や入院を減らす効果が大規模臨床試験で証明され、HFrEFだけでなくHFpEF領域でも有効性が示されつつあります3

これらの治療薬を適切に組み合わせることで、心不全患者さんの予後を大きく改善することが期待されます。さらに、カテーテル治療(冠動脈形成術や弁形成術)、植込み型除細動器(ICD)や心臓再同期療法(CRT)など、デバイス治療が選択されることもあります。治療方針は、心不全のタイプや重症度、併存疾患、患者さんの価値観などを踏まえて、専門医と相談しながら決定していきます。

2.2. 虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)

虚血性心疾患は、冠動脈の動脈硬化が原因で心筋への血流が不足する(虚血)ことによって起こる病気の総称です17。冠動脈の内壁にコレステロールなどが溜まってプラークが形成され、血管が狭くなることが根本的な原因です。運動時などに一時的に胸の痛みや圧迫感が生じるのが安定狭心症です。

一方、プラークが破れて血栓ができ、急激に血流が悪化するのが急性冠症候群で、これには不安定狭心症や、血流が完全に途絶えて心筋が壊死してしまう心筋梗塞が含まれます。心筋梗塞は命に関わる緊急性の高い状態であり、「胸の強い痛みが15分以上続く」「冷や汗が出る」「吐き気がする」「顎や左腕に痛みが広がる」といった症状がある場合は、迷わず救急要請が必要です。

診断には、心電図、血液検査(心筋トロポニンなど)、冠動脈CTや冠動脈造影検査が用いられます。治療は、薬物療法(抗血小板薬、スタチンなど)に加えて、カテーテル治療(PCI)や冠動脈バイパス術(CABG)などが行われます。

2.3. 心臓弁膜症

心臓弁膜症は、血液の逆流を防ぐ4つの弁のいずれかに問題が生じる病気です17。主な病態には、弁の開きが悪くなる狭窄症と、弁の閉まりが悪くなって血液が逆流する閉鎖不全症(逆流症)の2種類があります。

特に高齢者に多く見られるのが大動脈弁狭窄症僧帽弁閉鎖不全症で、進行すると息切れや胸痛、失神などが現れ、心不全の原因となります。治療は、薬物療法で症状を和らげつつ、重症例では開胸手術による弁置換術や、近年では高齢者にも適用が広がっているカテーテル治療(TAVIなど)が選択されます。

2.4. 心筋症(拡張型・肥大型など)

心筋症は、心臓の筋肉(心筋)そのものに異常が起こる病気の総称です17。代表的なものに、心筋が薄く伸びて収縮力が低下する拡張型心筋症や、心筋が異常に厚くなって血液を十分に送り出せなくなる肥大型心筋症などがあります。

これらの疾患は、日本では厚生労働省によって難病(指定難病)に指定されており、診断された患者さんは公的な医療費助成の対象となる場合があります1920。診断には、心エコー、心電図に加え、心臓MRIや遺伝学的検査が行われることもあります。治療は、心不全治療薬や不整脈治療薬に加え、ICDやCRTなどのデバイス治療、場合によっては心臓移植が検討されることもあります。

2.5. 不整脈(心房細動など)

不整脈は、心臓の電気的な興奮が正常に伝わらないために脈が乱れる状態です21。脈が遅くなる徐脈性不整脈と、速くなる頻脈性不整脈に大別されます。頻脈性不整脈の中で特に重要かつ頻度が高いのが心房細動です。

心房細動では、心房が不規則に細かく震えることで、心房内に血栓(血の塊)ができやすくなります。この血栓が脳に飛んで血管を詰まらせると、重篤な脳梗塞を引き起こす危険性が高まります。この分野の診断と治療においては、日本の循環器医療を牽引する国立循環器病研究センター(NCVC)の不整脈科が中心的役割を担っており、同科を率いる草野研吾医師らのチームは、薬物治療からカテーテルアブレーション、デバイス治療に至るまで、最先端の医療を提供しています2223

2.6. 長期フォローアップとチーム医療

心不全や心筋症、心房細動などの慢性心疾患は、「治れば終わり」ではなく、長期にわたるフォローアップが必要な病気です。再発や悪化を防ぐためには、薬物治療だけでなく、心臓リハビリテーション、看護師・薬剤師・管理栄養士との連携、かかりつけ医と専門医の役割分担など、多職種によるチーム医療が重要です17

3. 【日本における現状】データで見る心臓病のリスク要因

心臓病のリスクを正しく理解し、効果的な予防策を講じるためには、日本国内の具体的な状況をデータに基づいて把握することが不可欠です。厚生労働省が毎年実施している「国民健康・栄養調査」の最新結果は、私たち日本人にとっての心血管疾患リスクを浮き彫りにしています624

表2:日本の主な心血管疾患リスク要因(令和5年国民健康・栄養調査より624
リスク要因 男性 女性 特記事項
高血圧 (収縮期血圧 ≥140mmHg) 27.5% 22.5% 自覚症状が乏しいため、定期的な血圧測定が重要。
糖尿病が強く疑われる者 16.8% 8.9% 血糖コントロールが動脈硬化の進行を抑制する鍵。
脂質異常症 (総コレステロール ≥240mg/dL) データ詳細別途25 悪玉(LDL)コレステロールの管理が特に重要。
食塩摂取量の平均値 9.8g/日 日本高血圧学会が推奨する目標「6g/日未満」7と比べて依然として高い水準。

このデータから明らかなように、特に塩分の過剰摂取は、日本国民全体の極めて深刻な健康課題です。平均摂取量が目標値を大きく上回っている現状は、高血圧の有病率の高さに直結しており、心臓病や脳卒中の大きなリスク要因となっています。これらの具体的な数値は、抽象的なリスクを「自分自身の問題」として捉え、日々の生活習慣を見直す必要性を示唆しています。

3.1. 高血圧・糖尿病・脂質異常症と心臓病

高血圧は、心不全や心筋梗塞、脳卒中など、さまざまな心血管疾患の「起点」となる重要なリスク要因です。長年にわたって高い血圧が続くと、血管の内側が傷つき、動脈硬化が進行しやすくなります。糖尿病や脂質異常症が加わると、その進行はさらに加速します2425

3.2. 日本人と塩分・食習慣

日本では、伝統的な和食の利点(魚・大豆製品・野菜・海藻など)は評価される一方で、味噌汁や漬物、加工食品、外食などに由来する「塩分のとりすぎ」が大きな課題となっています。日本高血圧学会は、高血圧の治療だけでなく予防の観点からも、食塩摂取量を1日6g未満に抑えることを推奨しています7。多くの人にとって「少し薄味かな」と感じる程度が、実はちょうどよい塩分量であることも少なくありません。

4. 心臓を守るための科学的根拠に基づく予防法

幸いなことに、心臓病のリスクの多くは、日々の生活習慣を改善することで管理・低減することが可能です。ここでは、科学的根拠に基づき、特に日本の生活文化に合わせて実践できる具体的な予防法を紹介します。

4.1. 食事療法:減塩を鍵とする「日本型健康食」の実践

心臓を守る食事の基本は、伝統的な日本食の長所を活かしつつ、最大の弱点である塩分を管理することです。日本動脈硬化学会が提唱する「The Japan Diet」8は、魚、大豆製品、野菜、海藻、未精製の穀物を豊富に摂り、動物性脂肪を控えることを推奨しています26。これに加え、以下の具体的な減塩の工夫を実践することが極めて重要です72728

  • 味噌汁やスープは、具沢山にして汁の量を減らす。出汁の風味を活かし、味噌や塩の使用を控える。
  • 醤油やソースは「かける」のではなく、「小皿に出してつけて食べる」習慣をつける。
  • 漬物や加工食品(ハム、ソーセージなど)の摂取頻度を減らす。
  • 香辛料、香味野菜(生姜、ネギ、シソなど)、酸味(酢、レモン)を上手に使い、薄味でも満足感を得られるように工夫する。

4.2. 運動療法:心臓に良い運動の種類と強度

定期的な運動は、血圧や血糖値を改善し、体重を管理し、心肺機能を高める効果があります。米国心臓協会(AHA)や日本の循環器関連団体は、週に150分以上の中等度の有酸素運動を推奨しています929。中等度の運動とは、「会話はできるが、歌うのは難しい」程度の強さで、具体的には早歩き、サイクリング、水泳などが挙げられます。

大切なのは、「完璧な運動」を目指すのではなく、「無理なく続けられる強さと頻度」を見つけることです。例えば、1日10分のウォーキングから始めて、体調を見ながら少しずつ時間や距離を増やしていく方法も有効です。

4.3. 生活習慣の改善:禁煙・節酒・睡眠・ストレス管理

禁煙は、心臓病予防において最も効果的な手段の一つです。喫煙は血管の内皮を直接傷つけ、動脈硬化を急速に進行させます2930。また、過度のアルコール摂取も血圧を上昇させ、心臓に負担をかけます。節酒を心がけることが大切です。

さらに、精神的なストレスも自律神経やホルモンバランスを乱し、心臓に悪影響を与えることが知られています。趣味やリラクゼーションの時間を持つ、十分な睡眠をとる、深呼吸やストレッチを生活の中に取り入れるなど、自分に合ったストレス解消法を見つけることが重要です。

4.4. 健康診断・健診を活用した早期発見

高血圧や糖尿病、脂質異常症は、症状がほとんどないまま進行することが多いため、年1回程度の健康診断・特定健診で血圧、血糖、コレステロール値を定期的にチェックすることが重要です30。異常を早期に発見できれば、生活習慣の見直しや薬物療法によって、心臓病や脳卒中を未然に防げる可能性が高まります。

5. 心臓病に関するよくある誤解と専門家の見解

心臓病に関しては、多くの誤解や神話が存在します。ここでは、代表的な誤解を取り上げ、科学的根拠に基づいた専門家の見解を示します。

誤解1:「心臓病は男性の病気だ」

専門家の見解:これは大きな誤解です。確かに若い世代では男性の罹患率が高いですが、女性は閉経後に女性ホルモン(エストロゲン)の保護作用が失われるため、心臓病のリスクが著しく増加します31。実際、心疾患は日本人女性の主要な死因の一つであり、男女ともに注意が必要な病気です1

誤解2:「胸が痛くならなければ、心臓は大丈夫」

専門家の見解:胸痛は心臓病の典型的な症状ですが、唯一の症状ではありません。特に心不全では、息切れ、足のむくみ、原因不明の倦怠感が初期症状として現れることが多くあります17。また、糖尿病患者や高齢者では、心筋梗塞を起こしても典型的な胸痛を感じない「無痛性心筋梗塞」も稀ではありません。普段と違う体のサインに気づくことが重要です。

誤解3:「一度、心臓の薬を飲み始めたら、一生やめられない」

専門家の見解:多くの心臓病、特に高血圧や心不全の治療薬は、病状をコントロールし、将来の深刻なイベント(心筋梗塞や脳卒中)を防ぐために継続的な服用が必要です。自己判断で中断すると、病状が急激に悪化する危険があります。しかし、生活習慣の改善によって病状が大きく改善した場合など、医師の監督のもとで薬の量を調整したり、変更したりすることは可能です。必ず専門医と相談してください。

誤解4:「薬だけきちんと飲んでいれば、生活習慣は変えなくてよい」

専門家の見解:薬物療法は重要ですが、それだけで十分とは言えません。高血圧や糖尿病、脂質異常症では、減塩や食事内容の改善、運動、禁煙などの生活習慣の見直しと薬物療法を組み合わせることで、はじめて大きな効果が期待できます729。薬に頼るだけで生活を変えないと、将来的なリスクは十分に下がらないまま残ってしまいます。

誤解5:「心臓が悪いと言われたら、運動は一切してはいけない」

専門家の見解:重い心不全の急性期など、一時的に安静が必要な場面はありますが、安定した心不全や心臓病の多くでは、適切に管理された有酸素運動や心臓リハビリテーションが推奨されます929。ただし、どの程度の運動が安全かは病状によって異なるため、必ず主治医と相談しながら進めることが大切です。

6. いつ医療機関を受診するか:受診の目安と相談のポイント

「どの程度の症状で受診すべきかが分からない」という声は少なくありません。以下はあくまで一般的な目安ですが、次のような症状がある場合には受診を検討してください。

  • 階段や坂道で、以前より明らかに息切れがひどくなった。
  • 足やすね、くるぶし周りがむくみ、靴下の跡が強く残るようになった。
  • 急に体重が2〜3日で2kg以上増えた(むくみや水分貯留のサインのことがあります)。
  • 動悸や脈の乱れを頻繁に自覚するようになった。
  • 胸の痛み・圧迫感・締め付け感が繰り返し起こる。

特に、強い胸痛が15分以上続く・冷や汗や吐き気を伴う・意識がもうろうとするなどの症状がある場合は、迷わず救急車を呼ぶことが推奨されます。受診の際には、症状がいつから、どのような状況で、どれくらい続くのか、既往歴や服薬状況、喫煙歴などを簡単にメモして持参すると、診察がスムーズになります。

結論:生涯にわたる心臓の健康管理

本稿で見てきたように、心臓は私たちの生命を支える、精巧で力強い臓器です。その構造と機能は複雑ですが、その健康を脅かす要因の多くは、私たちの日常生活の中に潜んでいます。心不全や心筋梗塞といった深刻な疾患は、もはや他人事ではありません。しかし、現代医学の進歩により、これらの病気は早期に発見し、適切に治療すれば、その進行を抑え、良好な生活の質を維持することが十分に可能になりました。

最も重要なメッセージは、心臓の健康は「予防が可能であり、また予防こそが最善の治療である」ということです。日々の食事におけるわずかな減塩の意識、少し長めに歩く習慣、そして禁煙といった小さな一歩が、将来の大きなリスクを確実に低減させます。ご自身の心臓から発せられる小さなサイン(息切れ、むくみ、動悸など)を見逃さず、年に一度の健康診断や特定健診で血圧やコレステロール、血糖値をチェックし、気になる点があれば早めにかかりつけ医に相談することを強くお勧めします。

この記事を通じて得られた知識が、皆様一人ひとりがご自身の心臓と向き合い、生涯にわたって健やかな心臓と共に生きるための羅針盤となることを、JHO編集部一同、心より願っております。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  29. 公益財団法人循環器病研究振興財団. 心臓病の予防法と負担の少ない治療法. https://www.jcvrf.jp/general/pdf_arekore/arekore_158.pdf.
  30. 政府広報オンライン. 生活習慣病とは?予防と早期発見のために定期的な受診を!. https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201402/1.html.
  31. American Heart Association. Top 10 Myths About Cardiovascular Disease. https://www.heart.org/en/health-topics/consumer-healthcare/what-is-cardiovascular-disease/top-10-myths-about-cardiovascular-disease.
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