【専門医監修】甲状腺がん完全ガイド:初期症状・検査・最新治療法から日本の現状・過剰診断まで徹底解説
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【専門医監修】甲状腺がん完全ガイド:初期症状・検査・最新治療法から日本の現状・過剰診断まで徹底解説

甲状腺がんは、首の前部にある蝶形の腺、甲状腺に発生するがんです。この臓器は体の新陳代謝を調節する重要なホルモンを分泌しています。多くの場合、甲状腺がんは進行が緩やかで、早期に発見し適切な治療を行えば良好な予後が期待できます。しかし、まれに進行が速く、治療が難しいタイプも存在するため、正しい知識を持ち、体のサインに注意を払うことが極めて重要です。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、日本の甲状腺専門医の監修のもと、最新の医学的知見と日本の診療ガイドラインに基づき、甲状腺がんの基本から最新の治療法、さらには近年議論されている「過剰診断」の問題に至るまで、読者の皆様が知りたい情報を包括的かつ分かりやすく解説します。

要点まとめ

  • 甲状腺がんは日本で年間約18,000人が罹患しますが、5年相対生存率は94.7%と高く、多くは「おとなしいがん」です1, 2。しかし、年間約1,900人が亡くなっている事実もあり、早期発見と適切な治療選択が重要です2
  • 主な初期症状は「首のしこり」「声のかすれ」「飲み込みにくさ」などです。これらのサインに気づいたら、自己判断せずに専門医を受診することが推奨されます。
  • 治療法はがんの種類や進行度に応じて多様化しており、手術、放射性ヨウ素治療、薬物療法などがあります3。特に微小ながんに対しては、すぐに手術せず経過観察(アクティブサーベイランス)という選択肢も国際的に注目されています。
  • 日本では検診技術の向上により、臨床的に問題とならない可能性のある小さながんまで発見される「過剰診断」が課題となっています4。治療の必要性については、専門医と十分に話し合い、納得のいく決定をすることが不可欠です。

1. 日本における甲状腺がんの最新動向(統計データで見る現状)

甲状腺がんについて正確に理解するためには、まず日本国内における最新の統計データを把握することが重要です。国立がん研究センターなどの信頼できる情報源に基づき、日本の現状を見ていきましょう2。これらのデータは、甲状腺がんが私たちの社会でどのような位置づけにあるのか、そしてどのような人々に注意が必要なのかを示唆してくれます。

近年、甲状腺がんの罹患率(新たにがんと診断される人の割合)は増加傾向にあると報告されています1。しかし、この背景には超音波(エコー)検査をはじめとする画像診断技術の進歩が大きく関与していると考えられます。診断技術が向上したことで、これまで発見されなかった微小ながんや早期のがんが診断される機会が増えたことが、罹患率上昇の一因となっているのです。この「発見率」の増加という側面を理解することは、罹患率の数字だけを見て過度に不安になることを避け、冷静に情報を解釈する上で非常に重要です。

また、甲状腺がんの5年相対生存率(がんと診断された人が5年後に生存している割合)は94.7%(2009年~2011年診断例)と非常に高い水準にあり、多くの場合「治りやすいがん」「おとなしいがん」というイメージで語られます2。この高い生存率は患者さんにとって大きな希望となる情報です。しかしその一方で、2023年には日本国内で1,894人の方が甲状腺がんにより亡くなっているという事実も忘れてはなりません2。高い生存率という側面と、依然として命を落とす方がいるという現実をバランス良く提示することで、早期発見と適切な治療の重要性をより深く、そして多角的に伝えることができます。「予後が良いから大丈夫」という安易な楽観論に陥ることも、過度な恐怖心を抱くこともなく、冷静に疾患と向き合う姿勢を育むことが求められます。

日本の甲状腺がん 最新統計データ
指標 最新数値 データ年 出典
年間罹患数(男女計) 18,780人 (2019年)1, 16,427例 (2020年)2 2019年、2020年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
人口10万対罹患率(男性) 7.3例 (2020年)2 2020年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
人口10万対罹患率(女性) 18.4例 (2020年)2 2020年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
年間死亡数(男女計) 1,894人2 2023年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
人口10万対死亡率(男性) 1.1人2 2023年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
人口10万対死亡率(女性) 2.0人2 2023年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
5年相対生存率(男女計、2009-2011年診断例) 94.7%2 2009-2011年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
5年相対生存率(男性、2009-2011年診断例) 91.3%2 2009-2011年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
5年相対生存率(女性、2009-2011年診断例) 95.8%2 2009-2011年 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」

2. 甲状腺がんの主な初期症状:見逃してはいけない5つのサインと自己チェック法

甲状腺がんは初期段階では自覚症状がほとんどないことが多いですが、進行すると体に様々なサインが現れます。これらのサインを早期に捉え、専門医に相談することが、良好な治療結果に繋がります。以下に挙げる5つの症状は特に注意が必要です。

首の腫れやしこり

最も一般的で分かりやすい初期症状です。鏡で見てわかる明らかな膨らみがある、触ってみて硬い、飲み込むときに動きにくい、徐々に大きくなっている、などの特徴があれば専門医の診察が推奨されます。ただし、首のしこりがすべてがんというわけではなく、良性の腫瘍や甲状腺炎など他の原因も考えられます。自己判断は禁物です。

ご自身で首の状態を把握する一助として、月に一度の自己チェックを習慣にすることをお勧めします。鏡を見ながら、首の前面、のどぼとけのやや下あたりを指で優しく触れ、左右差やしこりがないかを確認しましょう。唾を飲み込んだときに、しこりが上下に動くかどうかも観察ポイントです。

声の変化

がんが声帯を調節する反回神経に影響を及ぼすと、声のかすれ(嗄声)が生じることがあります。風邪でもないのに2週間以上声のかすれが続く、徐々に声が出しにくくなる、明らかに声質が変わった、といった場合には耳鼻咽喉科や甲状腺専門医を受診しましょう。

喉の痛みと嚥下困難

がんが大きくなり食道を圧迫すると、食事の際に飲み込みにくい、むせる、喉に持続的な痛みや違和感がある、といった症状が現れることがあります。これらの症状が続く場合は注意が必要です。

首の前方の痛み、耳への放散痛

原因不明の首の前方の痛みが続いたり、痛みが顎や耳の方まで広がったりする(放散痛)ことがあります。これも甲状腺の異常を示唆するサインの一つです。

呼吸困難

がんが気管を圧迫するほど大きくなると、安静時にも息苦しさを感じる、横になると呼吸がしづらい、ゼーゼーという音(喘鳴)がするといった症状が現れることがあります。これは速やかな受診が必要な状態です。

これらの症状は必ずしも甲状腺がんだけに見られるものではありません。しかし、万が一の場合の早期発見・早期治療のためには、自己判断せずに専門医の診断を仰ぐことが極めて重要です。

3. 甲状腺がんの種類とそれぞれの特徴:性質と進行の違いを理解する

「甲状腺がん」と一言で言っても、その性質は一つではありません。組織型(がん細胞の顔つき)によって、進行の速さ、転移のしやすさ、治療法、そして予後が大きく異なります。読者がこの多様性を理解し、自身や家族が診断された場合に適切な情報を得るためには、各種類についてより詳細な知識が必要です。ここでは、「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」3や国立がん研究センターの情報5を基に解説します。

特に、日本で最も多い乳頭がんは「進行がゆっくりで予後が良い」「おとなしいがん」と表現されることが多いですが、この一般的なイメージだけでなく、注意すべき点も併せて伝えることが重要です。例えば、乳頭がんの中にはごく一部ではあるものの再発を繰り返すケースや、稀に悪性度の高い未分化がんに変化する(未分化転化)可能性も指摘されています5。このような情報を知ることで、「おとなしいから大丈夫」と安易に自己判断することを防ぎ、診断後の定期的な経過観察や医師の指示に従うことの重要性を理解する助けとなります。

また、髄様がんはその発生にRET遺伝子の変異が関与している場合があり、治療方針の決定や血縁者のリスク評価のために遺伝子検査が推奨されることがあります5。遺伝子情報は非常にデリケートであり、検査を受ける際には遺伝カウンセリングを受けることの重要性が強調されています5。このような医学的側面だけでなく、それに伴う倫理的・心理社会的な側面にも触れることが、より包括的で患者に配慮した情報提供に繋がります。

甲状腺がんの種類別特徴・主な治療法・予後
がんの種類 特徴(発生頻度、主な組織像、進行速度など) 主な進行・転移様式 主な治療法(ガイドラインに基づく例) 一般的な予後(目安)
乳頭がん 最も多く約90%5。一般に進行は緩やか。 リンパ節転移(リンパ行性)が多い5。稀に遠隔転移。 手術(葉切除、全摘など)、TSH抑制療法。進行度により放射性ヨウ素内用療法5 5年生存率は非常に良好(例:ステージIで100%6)。ただし長期の経過観察が必要。
濾胞がん 約5%5。良性腫瘍との鑑別が難しい場合がある。 血行性転移(肺、骨など)をしやすい傾向5。リンパ節転移は乳頭がんより少ない。 手術(葉切除、全摘など)、放射性ヨウ素内用療法、TSH抑制療法5 遠隔転移がなければ予後は比較的良好5
髄様がん 約1~2%5。傍濾胞細胞由来。RET遺伝子変異と関連する場合がある。 リンパ節転移、遠隔転移(肺、肝臓など)しやすい5。悪性度は分化がんより高い傾向。 手術(甲状腺全摘およびリンパ節郭清)。進行例では分子標的薬、放射線外照射など5 分化がんに比べ予後がやや不良な場合がある。遺伝子変異の有無も影響。
未分化がん 約1~2%5。進行が非常に速く悪性度が高い。 周囲組織への浸潤、遠隔転移を来たしやすい5 集学的治療(手術、放射線治療、化学療法の組み合わせ)。根治が難しい場合も多い5 予後は極めて不良であることが多い。
低分化がん 1%未満と稀5。乳頭がん・濾胞がんと未分化がんの中間的性質。 乳頭がん・濾胞がんより遠隔転移や再発しやすい5 手術、放射性ヨウ素内用療法、放射線外照射、化学療法など、状況に応じて集学的に検討5 乳頭がん・濾胞がんより予後が不良な傾向。

4. 甲状腺がんの診断:どのような検査が行われるのか?最新ガイドラインに基づいて解説

甲状腺がんが疑われた場合、あるいは検診で異常が指摘された場合に、どのような検査がどのような順序で行われるのかを具体的に知ることは、患者さんの不安を和らげ、検査の意義を理解する上で非常に重要です。ここでは、「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」3などを参照し、日本における標準的な診断プロセスを解説します。

診断のステップ

  1. 問診・触診: 診断は通常、自覚症状、家族歴、既往歴などの聴取と、医師による頸部の触診から始まります。
  2. 超音波(エコー)検査: 甲状腺の大きさ、形状、結節(しこり)の有無や性状を詳細に調べます。結節の大きさ、境界、内部の様子、石灰化の有無などから悪性の疑いを評価します。
  3. 血液検査: 甲状腺ホルモン(FT3, FT4, TSH)を測定して甲状腺機能を評価します。また、サイログロブリンや、髄様がんが疑われる場合にはカルシトニンといった腫瘍マーカーを測定することもあります。
  4. 穿刺吸引細胞診・組織診: 超音波検査で悪性が疑われる結節が見つかった場合、診断を確定するために行われます。細い針を結節に刺して細胞を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を調べます。この結果は治療方針の決定に極めて重要です。
  5. 画像検査(CT, MRI, PETなど): がんの広がり(頸部リンパ節への転移や周囲臓器への浸潤の程度)や、遠隔転移の有無を評価するために、必要に応じて追加されます。

人間ドックでの甲状腺検査と注意点

近年、人間ドックのオプションとして甲状腺超音波検査を提供する施設が増えています7。これにより、自覚症状がない段階で異常が発見され、早期診断に繋がる可能性があります。しかし、人間ドックの検査項目は施設によって異なり、すべての異常が網羅的に発見されるわけではない点も理解しておく必要があります8。また、人間ドックなどを通じた甲状腺検査の普及は、臨床的に問題とならない可能性のある小さながん(いわゆる「おとなしいがん」)を発見し、結果として過剰な検査や治療に繋がる「過剰診断」のリスクも内包しています。この点は後ほど詳しく述べます。検診で異常を指摘された場合は、いたずらに不安になることなく、必ず甲状腺専門医の診察を受け、精密検査の必要性や結果の解釈について十分な説明を受け、適切な判断を仰ぐことが極めて重要です。

5. 甲状腺がんの治療法:最新の選択肢と副作用、患者さんの意思決定支援

甲状腺がんの治療は、がんの種類、進行度(ステージ)、患者さんの年齢や全身状態、そして患者さん自身の希望や価値観などを総合的に考慮して、医師と患者さんが共に話し合って決定されます(共同意思決定)。ここでは、「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」3に基づき、日本の標準的な治療法を患者さんの視点も交えながら解説します。

手術療法

多くの場合、甲状腺がん治療の中心となります。主な術式には「甲状腺葉切除術」(がんのある片葉のみ切除)と「甲状腺全摘術」(甲状腺をすべて摘出)があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します9。リンパ節への転移が疑われる場合は、同時にリンパ節郭清も行われます5

甲状腺がんの主な手術法:腺葉切除(温存)と甲状腺全摘の比較
比較項目 甲状腺葉切除(甲状腺温存) 甲状腺全摘
メリット – 甲状腺機能が温存される可能性が高い
– 術後のホルモン薬服用が不要な場合がある
– 合併症(反回神経麻痺、副甲状腺機能低下)のリスクが比較的低い
– 甲状腺内のがんの取り残しリスク低減
– 術後の放射性ヨウ素治療が行いやすい
– 再発チェック(サイログロブリン値)が容易
デメリット – 温存した甲状腺に微小がんが残る可能性
– 放射性ヨウ素治療を行う場合、再手術が必要になることも
– サイログロブリン値が再発マーカーになりにくい
– 生涯の甲状腺ホルモン薬服用が必須
– 合併症(反回神経麻痺、副甲状腺機能低下)のリスクが葉切除よりやや高い
術後の甲状腺ホルモン薬服用 不要な場合が多い 必須
再発チェックの容易さ サイログロブリン値での評価は限定的 サイログロブリン値で評価可能
合併症のリスク 全摘より低い傾向 葉切除より高い傾向

手術に伴う主な合併症としては、声を調節する反回神経の麻痺(声のかすれなど)や、血液中のカルシウム濃度を調節する副甲状腺の機能低下(手足のしびれなど)があります10。これらを最小限に抑えるため、手術中には神経モニタリング装置を用いたり、副甲状腺を温存したりするなどの工夫がなされます。

放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)

手術後に残存している可能性のある微小ながん細胞や、遠隔転移に対する治療として行われます5。甲状腺がん細胞がヨウ素を取り込む性質を利用した治療法で、主に分化がん(乳頭がん、濾胞がん)が対象です。日本では実施できる専門施設が限られているという指摘もあります9

薬物療法

進行・再発甲状腺がんに対して、がん細胞の増殖に関わる特定の分子を狙い撃ちする分子標的薬が使用されるようになっています。また、甲状腺全摘後や分化がんの再発予防を目的として、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌を抑えるTSH抑制療法(甲状腺ホルモン薬をやや多めに服用)が行われることもあります5

放射線外照射療法

体の外から高エネルギーの放射線を照射する治療法で、主に手術が困難な場合や、骨転移による痛みの緩和などを目的に行われます。

健康に関する注意事項

  • 上記に挙げた治療法には、それぞれ副作用や合併症のリスクが伴います。治療法の選択にあたっては、必ず担当医から十分な説明を受け、ご自身の状況や希望を伝えた上で、納得のいく決定をしてください。
  • ここに記載されている情報は一般的なものであり、個々の患者さんの状態に当てはまるとは限りません。治療に関する最終的な判断は、必ず専門医にご相談ください。

6. 治療後の生活とQOL(生活の質):患者さんの声と共に知る現実と希望

がん治療の進歩は、単に病気を治すだけでなく、治療後の生活の質(QOL: Quality of Life)をいかに高く保つかという点にも焦点が当てられています。甲状腺がんの治療を経験された方々が、どのような課題に直面し、どのように乗り越えているのかを知ることは、これから治療に臨む方々にとって大きな支えとなります。

身体的な変化への対応

  • 声の変化: 手術後に一時的あるいは長期的に声のかすれや高い声が出しにくいといった症状に悩まされることがあります11。言語聴覚士によるリハビリテーションが有効な場合もあります。
  • 傷跡のケア: 手術後の首の傷跡は、整容的・心理的な負担となることがあります。これに対しては、形成外科的な縫合技術の工夫や、ケロイド予防の内服薬・テープ、傷跡を目立たなくするカバーメイクといったアピアランスケアの重要性が認識されています5
  • 甲状腺ホルモン補充療法: 甲状腺を全摘した場合は、生涯にわたり甲状腺ホルモン薬(チラージンSなど)を服用し続ける必要があります。適切な量の調整が重要となり、定期的な血液検査でコントロールしていきます。
  • だるさ・体調管理: 術後に身体のだるさや倦怠感が続くことがあります11。また、首の違和感やつっぱり感、嚥下時の不快感を感じることも報告されています12。無理のない範囲で日常生活を送り、体調管理を心がけることが大切です。

精神的なサポート

がんと診断されたことによる精神的な不安や、治療後の再発への恐怖など、心理的なサポートの必要性も指摘されています。実際に治療を経験した患者さんの体験談に触れることは、孤独感を和らげ、前向きな気持ちを持つための助けとなります13。家族や友人、医療者に加え、患者会やがん相談支援センターなどの専門機関に相談することも有効な選択肢です。

「手術を経験したAさん(40代女性)は、術後一時的に声のかすれに悩まれましたが、言語聴覚士によるリハビリテーションを継続することで、数ヶ月後には日常会話に支障がない程度まで回復されました」

– (患者さんの体験談に基づく例13

治療後の生活は、一人ひとり異なります。大切なのは、自身の体の変化と向き合い、必要なサポートを活用しながら、自分らしい生活を再構築していくことです。

7. 甲状腺がんの原因とリスク因子:何が影響し、何が予防に繋がるのか?

甲状腺がんの明確な原因は、多くの場合特定されていません。しかし、いくつかの因子が発症リスクと関連している可能性が指摘されています。これらの因子を知ることは、過度に恐れるためではなく、自身の健康状態を正しく理解するために役立ちます。

確立された、あるいは関連が強いとされるリスク因子

  • 放射線被ばく: 若年期(特に20歳以下)の放射線被ばくは、確立されたリスク因子です14。チェルノブイリ原発事故後の周辺住民で甲状腺がんが増加したことが知られています。ただし、成人における関連は若年者ほど明確ではありません14
  • 遺伝的要因: 髄様がんの約25%は家族性(遺伝性)で、RET遺伝子の変異が原因となることが知られています14。また、甲状腺がんの家族歴がある場合も、発症リスクが若干高まる可能性が示唆されています。
  • 生活習慣: 体重増加や肥満が甲状腺がんのリスクを上げるという報告がいくつか存在します14。一方で、喫煙や飲酒との明確な関連は確立されていません14

食事との関連:日本の食文化とヨウ素

特に日本の読者にとって関心が高いのが、海藻類に多く含まれるヨウ素の摂取との関連です。ヨウ素は甲状腺ホルモンの必須成分であり、不足しても過剰でも甲状腺の健康に影響を及ぼしうる、デリケートな栄養素です。

日本の大規模コホート研究(JPHC研究)からは、海藻をほとんど毎日食べる閉経後の女性において、週に2日以下しか食べない女性と比較して、甲状腺乳頭がんのリスクが統計学的に有意に高かったという結果が報告されています15。しかし、この関連は閉経前の女性では見られず、結果の解釈には慎重さが求められます。また、別の情報源では、ヨウ素の過剰摂取が他の甲状腺疾患のリスクを高める可能性も指摘されています16

重要なのは、「海藻は危険」あるいは「積極的に摂るべき」と一概に断定することはできないという点です。現時点では、特定の食品を極端に避けたり過剰に摂取したりするのではなく、バランスの取れた食生活を心がけることが最も賢明なアプローチと言えるでしょう。

8. 日本における甲状腺医療の現状と課題:過剰診断問題も含めて考える

日本は質の高い医療へのアクセスが保障されており、甲状腺医療も高い水準にあります。しかし、その一方で、現代ならではの課題も浮き彫りになっています。その一つが「過剰診断」の問題です。

「過剰診断」とは何か?

過剰診断とは、生命予後に影響しないような、治療の必要性が低いかもしれない小さながんを発見し、結果として不必要な検査や治療を行ってしまうことを指します。甲状腺がん、特に微小な乳頭がんは進行が非常に緩やかで、生涯症状を引き起こさないケース(いわゆる「ラテントがん」)も少なくないと考えられています4。超音波検査などの診断技術の進歩は、このような小さながんの発見率を著しく向上させましたが1、それが過剰診断のリスクを高める要因ともなっています。

福島第一原子力発電所事故後に行われた福島県民健康調査では、予想を上回る数の小児甲状腺がんが発見され、これが放射線の影響なのか、あるいはスクリーニング効果による過剰診断なのかについて、専門家の間で活発な議論が続いています4

専門家の視点:「昼寝うさぎ」の考え方

一部の専門家(例:髙野徹医師)は、発見される甲状腺がんの多くは、成長が非常にゆっくりな「Self-limiting Cancer(自己限定性がん)」であり、イソップ物語に例えて「昼寝うさぎ」と表現しています17。このようながんに対して画一的に手術を行うことは、手術に伴う合併症のリスクや生涯にわたるホルモン補充の必要性など、患者さんのQOLを低下させる不利益をもたらしかねないと警鐘を鳴らしています17

患者としてどう向き合うか

この過剰診断の問題は、「早期発見・早期治療」というがん検診の理念が、必ずしも全ての甲状腺がんに当てはまらない可能性を示唆しています。特に検診などで偶然発見された無症状の小さな結節であった場合には、その結節が悪性か、悪性であった場合にどのような性質か、そして治療の必要性やタイミングについて、複数の専門医の意見を聞くことも含め、十分な情報を得て、納得のいくまで話し合うことが極めて重要です。実際に、一定の基準を満たす微小乳頭がんに対しては、直ちに手術を行わずに厳重な経過観察(アクティブサーベイランス)を行うという選択肢が、日本のいくつかの専門施設で導入され、国際的にも注目されています。

日本の甲状腺医療は、日本甲状腺学会が中心となり、未診断患者の発見、検査の標準化、若手医師の育成、新薬開発への協力など、質の向上に向けた努力を続けています18。患者さん自身も、正しい情報を得て医療者と積極的にコミュニケーションを取ることが、最善の医療を受けるために不可欠です。

結論

甲状腺がんは、その多くが良好な予後を期待できる一方で、多様な側面を持つ複雑な疾患です。本記事を通じて、最新の統計データから初期症状、種類別の特徴、診断、治療、そして治療後の生活、さらには「過剰診断」という現代的な課題まで、包括的な情報を提供してまいりました。最も重要なメッセージは、ご自身の体の変化に敏感になり、気になる症状があれば自己判断せずに速やかに専門医に相談すること、そして、診断された場合には、正確な情報に基づいて医師と十分に話し合い、ご自身が納得できる医療を選択することです。この記事が、甲状腺がんという疾患への深い理解を促し、読者の皆様がご自身とご家族の健康を守るための一助となれば幸いです。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

よくある質問

甲状腺のしこりは、すべてがんなのですか?

いいえ、すべてががんというわけではありません。甲状腺に見つかるしこり(結節)の多くは、腺腫様甲状腺腫や濾胞腺腫といった良性のものです。しかし、一部に悪性、すなわち甲状腺がんの可能性があるため、超音波検査や穿刺吸引細胞診などで良性か悪性かを鑑別することが重要になります。自己判断せず、専門医の診断を仰いでください。

手術で甲状腺を全部取ったらどうなるのですか?

甲状腺をすべて摘出(全摘)した場合、体内で甲状腺ホルモンを作れなくなります。そのため、生涯にわたって甲状腺ホルモン薬(チラージンSなど)を毎日服用する必要があります9。この薬を適切に服用すれば、甲状腺があったときとほとんど変わらない日常生活を送ることが可能です。定期的な血液検査でホルモン値をチェックし、薬の量を調整していきます。

手術後は必ず声が出にくくなりますか?

必ずしもそうとは限りません。声のかすれ(嗄声)は、手術の際に声帯を動かす反回神経が影響を受けることで起こる合併症の一つです10。経験豊富な外科医による丁寧な手術や、神経モニタリング装置の使用により、この合併症のリスクは最小限に抑えられます。一時的に声がかすれることはあっても、多くは時間と共に回復します。回復を促すためのリハビリテーションもあります。

放射性ヨウ素治療はどのような場合に行うのですか?

放射性ヨウ素内用療法は、主に分化がん(乳頭がん、濾胞がん)で、ヨウ素を取り込む性質を持つがん細胞に対して行われます5。主な目的は、①手術後に残っている可能性のある微小ながん細胞を破壊する(術後補助療法)、②肺や骨などへの遠隔転移を治療する、の2つです。甲状腺を全摘した後に、より効果的に行われます。

食事でヨウ素(海藻)は摂らない方がいいのですか?

一概に「摂らない方がいい」とは言えません。ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料となる必須栄養素であり、不足は甲状腺機能低下症などを引き起こします。一方で、極端な過剰摂取が一部の甲状腺疾患のリスクを高める可能性も指摘されています15, 16。放射性ヨウ素治療を受ける前には、治療効果を高めるために一時的にヨウ素を制限する必要がありますが、それ以外の場合は、特定の食品を極端に避けたり過剰に摂取したりせず、バランスの取れた食生活を心がけることが推奨されます。

「過剰診断」が心配です。検診で異常を指摘されたらどうすれば良いですか?

検診で偶然、無症状の小さな結節が見つかることは珍しくありません。重要なのは、パニックにならず、甲状腺の専門医に相談することです。専門医は、結節の大きさや超音波検査での見え方などから、すぐに精密検査(細胞診など)が必要か、あるいはしばらく経過観察でよいかを判断します。もし小さながんと診断された場合でも、すぐに治療が必要とは限りません。進行が非常にゆっくりなタイプであれば、手術をせずに厳重に経過観察(アクティブサーベイランス)するという選択肢もあります。治療のメリットとデメリットについて医師とよく話し合い、納得できる道を選ぶことが大切です。

参考文献

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  17. ハフポスト. 「昼寝うさぎ」が引き起こした福島甲状腺検査の過剰診断問題…. [インターネット]. 2024. [引用日: 2025年6月10日]. 以下より入手可能: https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_67655836e4b018cc0606f299
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