【科学的根拠に基づく】浅層点状角膜炎(SPK)とタイゲソン角膜炎|原因・症状からステロイド・最新治療、再発予防のすべて
眼の病気

【科学的根拠に基づく】浅層点状角膜炎(SPK)とタイゲソン角膜炎|原因・症状からステロイド・最新治療、再発予防のすべて

目のゴロゴロ感、痛み、かすみ、充血。このような不快な症状が続くと、「ただのドライアイや疲れ目ではないのでは?」と不安に感じる方も少なくないでしょう。その症状の背景には、角膜(黒目)の表面に微細な傷が生じている「浅層点状角膜炎(SPK)」という状態が隠れているかもしれません。本記事では、この浅層点状角膜炎とは一体何なのか、そしてその中でも特に慢性的で再発を繰り返す特殊な病型である「タイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)」について、その原因から最新の治療法、再発予防に至るまで、科学的根拠に基づき、網羅的かつ深く解説します。あなたの目の健康を守るための、正確で信頼できる情報がここにあります。

医学監修:
西田 幸二 教授(大阪大学大学院 医学系研究科 眼科学)12
外園 千恵 教授(京都府立医科大学 感覚器未来医療学 / 日本角膜学会 理事長)3
(JAPANESEHEALTH.ORG 編集委員会)


この記事の科学的根拠

本記事は、上記の専門家の監修協力のもと、公開されている最新の医学研究や診療ガイドラインに基づき、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が作成しました。この記事で提示される医学的指導は、引用元として明記された最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下に、参照された主要な情報源とその医学的指導との関連性を示します。

  • 米国眼科学会(American Academy of Ophthalmology): この記事における点状角膜炎の一般的な定義や患者向け解説は、世界最大の眼科医組織である同学会の公式情報に基づいています4
  • 厚生労働省(MHLW): 点眼薬に含まれる防腐剤が角膜障害の原因となり得るという指導は、厚生労働省が発行する「重篤副作用疾患別対応マニュアル」に基づいています5
  • 日本眼科学会/日本眼感染症学会: 感染症との鑑別診断に関する記述は、日本の眼科領域における最高権威団体が策定した「感染性角膜炎診療ガイドライン」に基づいています6
  • 国際的な査読付き学術論文(Ophthalmology, Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol, Indian J Ophthalmol等): タイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)の病態、診断、およびステロイドや免疫抑制剤を用いた最新の治療戦略に関する記述は、Wills Eye Hospitalなどの主要な研究機関から発表された複数の国際的な臨床研究およびレビュー論文に基づいています789

要点まとめ

  • 浅層点状角膜炎(SPK)は特定の「病名」ではなく、ドライアイやコンタクトレンズ障害など多様な原因で角膜上皮に点状の傷が生じた「状態(所見)」です。
  • タイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)は、原因不明で慢性的に再発を繰り返す特異な「疾患」であり、SPKの一因となりますが、その性質は大きく異なります。
  • TSPKの治療では、ステロイド点眼が第一選択ですが、長期使用のリスクを避けるため、免疫抑制剤点眼(シクロスポリン、タクロリムス)が重要な選択肢となります。
  • 目の不快感が続く場合、自己判断は危険です。感染症など他の重篤な疾患との鑑別が不可欠なため、必ず眼科専門医を受診してください。
  • 日常生活における適切なセルフケア(コンタクトレンズの正しい使用、ドライアイ対策など)は、症状の悪化や再発の予防に繋がります。

第1部:多様な原因を持つ角膜のサイン「点状表層角膜症(SPK)」

まず、最も基本的な概念である「点状表層角膜症(SPK)」について理解を深めましょう。これは多くの方が経験しうる状態であり、その正体を正確に知ることが重要です。

SPKとは何か?- 角膜からのSOS信号を理解する

国際的な医学事典であるMSDマニュアルによると、浅層点状角膜炎(SPK)は、特定の「病名」を指すものではありません。これは、角膜(黒目の表面を覆う透明な膜)の最も外側にある層(角膜上皮)の細胞が、様々な原因によって点状に剥がれ落ちたり、傷ついたりした「状態(所見)」を指す総称です10

これを理解するために、「発熱」を例えに考えてみましょう。発熱は、風邪、インフルエンザ、肺炎など、様々な病気が原因で起こる体のサインです。同様に、SPKもまた、ドライアイ、コンタクトレンズの不適切使用、感染症、アレルギーなど、多岐にわたる原因によって引き起こされる「角膜からのSOS信号」なのです11

眼科では、この微細な傷を正確に診断するために、フルオレセイン染色検査という方法を用います。これは、特殊な黄緑色の染色液を目に点眼し、スリットランプ(細隙灯顕微鏡)と呼ばれる機器で青い光を当てて観察する検査です。この検査により、角膜上皮が剥がれている部分だけが鮮やかな緑色に染まって光るため、肉眼では見えない微細な傷の位置や範囲を正確に捉えることができるのです12

SPKの一般的な症状

SPKが生じると、以下のような様々な自覚症状が現れます。これらの症状がなぜ起こるのかを理解することで、ご自身の状態をより深く把握できます13

  • 異物感(目がゴロゴロ、チクチクする): 角膜の表面にできた微細な凹凸が、まばたきをするたびに瞼の裏側を刺激するために生じます。多くの患者さんが「目に砂が入ったようだ」と表現される不快感です。
  • 目の痛み、ヒリヒリ感: 角膜には知覚神経が豊富に分布しているため、表面が傷つくと直接的な痛みとして感じられます。
  • 羞明(しゅうめい): 光を異常にまぶしく感じる状態です。角膜表面の滑らかさが失われ、光が乱反射してしまうために起こります。
  • 流涙(なみだ目): 痛みや異物感といった刺激に対する目の防御反応として、涙の分泌量が過剰になることがあります。
  • 目の充血: 角膜の炎症反応により、白目の部分の血管が拡張して赤く見えます。
  • 霧視(むし): 視界がかすんだり、ぼやけて見えたりする状態です。本来透明であるべき角膜の透明性が損なわれ、光が正常に網膜まで届かなくなるために生じます。

SPKを引き起こす主な原因:あなたの生活に潜む危険因子

SPKは非常に多くの原因によって引き起こされます。ご自身の生活習慣や環境に当てはまるものがないか、確認してみましょう。

ドライアイ(乾燥性角結膜炎)

SPKの最も一般的な原因の一つです11。涙は角膜の表面を潤し、外部の刺激から守る重要なバリア機能を持っています。しかし、涙の量が減ったり、質が悪くなったりすると(油層の不安定化など)、このバリア機能が低下し、角膜表面が乾燥してむき出しの状態になります。その結果、まばたきの際の摩擦だけでも角膜上皮が傷つきやすくなり、SPKを発症します。特に、長時間のパソコンやスマートフォン作業、エアコンによる室内の乾燥、加齢などは、日本の現代的な生活環境における主要なドライアイ誘発因子です14

コンタクトレンズの不適切使用

コンタクトレンズは便利な視力矯正器具ですが、使い方を誤ると角膜に深刻なダメージを与える可能性があります。消費者庁もコンタクトレンズによる眼障害について注意喚起を行っています15。主な原因は以下の通りです16

  • 酸素不足: 長時間装用により角膜への酸素供給が不足すると、角膜の抵抗力が弱まり、傷つきやすくなります。
  • 物理的刺激: レンズに付着したタンパク質や脂質の汚れ、あるいはレンズ自体の変形や傷が、まばたきの度に角膜をこすり、SPKを引き起こします。
  • 感染: 不適切なレンズケアは、レンズケース内での細菌繁殖の原因となります。汚染されたレンズを装用することで、角膜感染症のリスクが著しく高まります。

感染症

ウイルスや細菌の感染もSPKの重要な原因です。日本眼感染症学会が策定した診療ガイドラインによると、特に以下の病原体が問題となります6

  • ウイルス性: アデノウイルス(はやり目、咽頭結膜熱の原因)や単純ヘルペスウイルスが代表的です。これらのウイルスは角膜上皮細胞内で増殖し、細胞を破壊することで特徴的なSPKを引き起こします。
  • 細菌性: 黄色ブドウ球菌などが原因となることがあります。特にコンタクトレンズ装用者や、目に怪我をした場合にリスクが高まります。

アレルギー性結膜炎

花粉やハウスダストなどによるアレルギー反応もSPKの原因となりえます。特に、重症のアレルギー性結膜炎である春季カタルなどでは、上まぶたの裏側に石垣状の巨大乳頭と呼ばれる凹凸が形成されます。この巨大乳頭が、まばたきの度にやすりのように角膜表面をこするため、広範囲にわたる重度のSPKや、さらに進行した角膜潰瘍(盾状潰瘍)を引き起こすことがあります13

物理的・化学的刺激

  • 紫外線: 強い紫外線に長時間さらされることも角膜障害の原因です。スキー場での「雪目(ゆきめ)」や、適切な保護具なしでの電気溶接作業などが原因で起こる紫外線角膜炎(Photokeratitis)は、激しい痛みと広範囲のSPKを特徴とします17
  • 薬剤性: これは非常に重要な点ですが、治療のために使用する点眼薬自体がSPKの原因となることがあります。厚生労働省の「重篤副作用疾患別対応マニュアル」では、多くの点眼薬に含まれる防腐剤、特に塩化ベンザルコニウム(BAK)が、長期間の使用により角膜上皮細胞に毒性を及ぼし、角膜障害(薬剤性角膜障害)を引き起こす可能性があると明確に指摘されています518

その他の要因

上記以外にも、逆さまつげ(睫毛乱生)が角膜を常に刺激する場合、まぶたの縁の炎症(眼瞼炎)、顔面神経麻痺などにより目が完全に閉じられなくなる兎眼(とがん)など、様々な要因がSPKを引き起こす可能性があります10

第2部:慢性的・再発性の特異的疾患「タイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)」

ここからは、SPKの中でも特殊な位置づけにある「タイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)」について、より深く掘り下げていきます。これは一般的なSPKとは異なり、診断も治療もより専門的なアプローチが必要となる独立した疾患です。

TSPKとは何か?- SPKとの決定的な違い

まず最も重要な点は、TSPKが一般的なSPKとは異なる、独立した「疾患」であるということです。SPKが様々な原因によって生じる角膜の「状態(所見)」であるのに対し、TSPKは、現在のところ原因が不明(特発性)で、多くは両方の目に、慢性的に寛解(症状が落ち着くこと)と増悪(症状が悪化すること)を繰り返す、特異な臨床経過をたどる「病名」です8

この疾患は、1950年に米国の著名な眼科医であったフィリップス・タイゲソン博士(Dr. Phillips Thygeson)によって初めて詳細に報告されたことから、その名が付けられました。この歴史的背景を知ることは、この疾患概念の成り立ちを理解する上で役立ちます19

TSPKの典型的な症状と臨床的特徴

TSPKは、他の角膜疾患とは異なるいくつかの特徴的な臨床像を示します20

  • 発症年齢と性差: 20代から30代の若年成人に最も多く見られますが、実際には幼児から高齢者まで、あらゆる年齢層で発症する可能性があります。男女間に発症率の明確な差はないとされています。
  • 臨床経過: この疾患の最大の特徴は、その再発性です。症状が数週間から数ヶ月、時には数年にわたって良くなったり悪くなったりを不規則に繰り返します。多くの場合、治療によって症状は改善しますが、治療を中断すると再発することがあります19
  • 自覚症状: 症状自体は一般的なSPKと類似しており、異物感、羞明、流涙などが主ですが、興味深いことに、角膜の所見が派手である割には、患者さんが訴える痛みは比較的軽度であることが多いと報告されています20
  • 専門的な眼科所見: 眼科医が細隙灯顕微鏡で角膜を詳細に観察すると、非常に特徴的な所見が見られます。それは、角膜の中央部分に、白くて細かい顆粒状の濁りが集まったような、多数の点状病変が散在している様子です。これらの病変はわずかに盛り上がっており、その見た目から「星屑状」や「雪の結晶様(snowflake-like)」と表現されることもあります21。重要な点として、TSPKでは通常、結膜(白目)の強い充血や炎症は見られません。

TSPKの原因:なぜ起こり、なぜ繰り返すのか?(最新の科学的知見)

「原因はまだ完全には解明されていませんが」という前置きが必要ですが、長年の研究により、その病態の核心に迫るいくつかの有力な科学的仮説が提唱されています。

  • 免疫学的仮説(最有力説): 現在、最も有力視されているのが、免疫システムの異常が関与しているという説です。2022年に発表された包括的なレビュー論文によると、何らかのウイルス感染(例えば、ありふれた風邪のウイルスなど)が引き金となり、体の免疫システムが過剰に反応し、誤って自分自身の角膜上皮細胞を攻撃してしまう「自己免疫」に近いメカニズムが働いているのではないかと考えられています8。これが、TSPKが慢性的に再発を繰り返す理由を説明する上で、最も説得力のある仮説です。
  • 遺伝的素因: この免疫反応の異常が起きやすい背景には、個人の遺伝的な体質が関係している可能性が示唆されています。これは競合する情報サイトではほとんど触れられていない高度な知見ですが、2021年にインドのL V Prasad Eye Instituteから発表されたレビュー論文では、特定の遺伝的マーカーである白血球の型「HLA-DR3」を持つ人が、TSPKを発症しやすいという強い関連性が報告されています9
  • ウイルス説: 過去には、単純ヘルペスウイルスやアデノウイルスなどが直接的な原因ではないかと考えられた時期もありましたが、現在までのところ、病変部から特定のウイルスが一貫して検出されたという決定的な証拠はなく、ウイルスが直接の原因である可能性は低いと考えられています19

第3部:正確な診断への道すじ

目の不快な症状の原因を突き止め、適切な治療を受けるためには、専門家による正確な診断が不可欠です。

眼科での検査プロセス

眼科を受診すると、通常は以下のような流れで検査が進められます。これにより、症状の原因を特定していきます12

  1. 問診: いつからどのような症状があるか、コンタクトレンズの使用状況、過去の病歴、アレルギーの有無などについて詳しく聞かれます。
  2. 視力検査: 症状が視力に影響を与えていないかを確認します。
  3. 細隙灯顕微鏡検査: 角膜、結膜、まぶたなどを詳細に観察し、SPKの有無や特徴、その他の異常がないかを確認します。
  4. フルオレセイン染色: 前述の通り、角膜の傷の状態を正確に評価するために行われます。

【専門医の視点】鑑別診断の重要性

特にTSPKの診断は、他の類似した症状を示す疾患を一つひとつ丁寧に見分け、除外していく「除外診断」というプロセスを経て下されます。なぜなら、症状が似ていても、原因や治療法が全く異なる病気が数多く存在するからです。例えば、ウイルス性角膜炎にステロイド点眼を誤って使用すると、病状を著しく悪化させる危険性があります。そのため、専門医による正確な鑑別診断が極めて重要なのです1922

以下に、主な鑑別疾患との違いを視覚的に分かりやすくまとめます。

特徴 タイゲソン角膜炎 (TSPK) アデノウイルス角結膜炎 単純ヘルペス角膜炎 ドライアイによるSPK
経過 慢性・再発性 急性(1~2週間でピーク) 再発性だが、経過は異なる 慢性的だが、環境に左右される
結膜炎 伴わないか、非常に軽度 強い充血、濾胞(ぶつぶつ) 伴うことが多い 軽度の充血を伴うことがある
角膜病変 上皮内の星状・点状混濁 上皮下混濁(後に残る) 樹枝状(木の枝状)潰瘍が特徴的 角膜下半分の点状びらんが多い
痛み 軽度~中等度の異物感 強い異物感、痛み 強い痛み、知覚低下を伴うことも ゴロゴロ感、乾燥感が主
その他 特になし 耳前リンパ節の腫れ、咽頭痛を伴う 顔面や口唇のヘルペスを伴うことも 特になし
引用元: 日本眼感染症学会6, Nagra PK, et al.7, Priyadarshini SR, et al.9, 高田眼科13

第4部:治療法の現在地と未来 – あなたの選択肢を理解する

診断が確定したら、次はいよいよ治療です。ここでは、一般的なSPKの治療と、より専門的なアプローチが求められるTSPKの治療戦略について解説します。

SPK(一般的な角膜障害)の治療

一般的なSPKの治療は、その「原因を取り除くこと」が基本となります。原因に応じた治療法を以下に簡潔にまとめます13

  • ドライアイが原因の場合: 人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼液(例:ヒアレイン®)などで角膜を保湿・保護します。重症例では、涙の排出口を塞ぐ涙点プラグなども考慮されます。
  • コンタクトレンズが原因の場合: まずはコンタクトレンズの使用を中止し、角膜が回復するまで眼鏡に切り替えることが最優先です。
  • 感染症が原因の場合: 原因菌やウイルスに応じた抗菌薬や抗ウイルス薬の点眼・眼軟膏が処方されます。

TSPKの治療戦略:症状緩和と再発コントロール

TSPKの治療目標は、現在のところ「根治」させることではなく、「症状をコントロールし、QOL(Quality of Life:生活の質)を良好に維持すること」にあります。寛解と増悪を繰り返すこの疾患と、いかに上手く付き合っていくかが鍵となります。

以下に、TSPKの主要な治療選択肢とその特徴をまとめます。

治療法 主な目的 利点 注意点 / 副作用(日本での状況)
人工涙液・保湿点眼 角膜表面の保護、軽度の症状緩和 副作用がほとんどない、基本のケア 根本治療ではない。薬剤によっては防腐剤アレルギーのリスクがある19
低濃度ステロイド点眼 急性期の強い炎症・症状を迅速に抑制 効果が非常に高い(第一選択薬) 長期使用で眼圧上昇(緑内障)、白内障、感染症のリスク増大。自己判断での中断・再開は極めて危険7
免疫抑制剤点眼 ステロイドの減量・離脱、再発抑制 副作用がステロイドより少なく、長期管理に適している 効果発現が緩やか。灼熱感や刺激感が出ることがある。日本ではタクロリムス(タリムス®)、シクロスポリン(パピロックミニ®)などが使用される723
治療用ソフトコンタクトレンズ 痛みの緩和、角膜保護 強い異物感や痛みに対して即効性がある 感染リスクの管理が必要。定期的な交換と眼科医による診察が必須19

治療のステップ

TSPKの治療は、一般的に以下のステップで進められます。

  1. Step 1: 症状の緩和(急性期治療): 症状が強い急性期には、まず角膜の炎症を速やかに抑えることが最優先されます。世界的に見ても、低濃度のステロイド点眼薬(例:フルオロメトロン点眼液、商品名:フルメトロン®など)が第一選択薬として標準的に用いられます21。多くの場合、ステロイド治療は劇的な効果を示し、数日から数週間で症状は大きく改善します。
  2. Step 2: 再発の抑制とステロイドからの離脱(維持期治療): これが本記事の核心部分の一つであり、現代のTSPK治療における重要なテーマです。ステロイドは非常に有効な薬剤ですが、長期にわたって漫然と使用し続けると、眼圧上昇(緑内障のリスク)、白内障、易感染性(感染しやすくなること)といった無視できない副作用の危険性があります7。そのため、症状が落ち着いたらステロイドを徐々に減量し、最終的には中止することを目指します。

    しかし、再発を頻繁に繰り返す症例では、ステロイドを完全にやめることが難しい場合があります。そのような「ステロイド依存」の状態を避けるための重要な選択肢が、免疫抑制剤の点眼薬です。米国Wills Eye Hospitalからの報告など、多くの国際的なエビデンスにより、シクロスポリンやタクロリムスの点眼が、ステロイドの使用量を減らし、再発を抑制する上で有効であることが示されています724。日本国内においても、これらの免疫抑制剤点眼薬(タクロリムス点眼液:タリムス®、シクロスポリン点眼液:パピロックミニ®など)が臨床応用されており23、TSPKの長期管理において中心的な役割を担いつつあります。

予後について

最後に予後、つまり病気の今後の見通しについてです。TSPKは慢性・再発性の経過をたどるため、完全に「治癒」させることは難しいとされています。しかし、米国眼科学会の情報などによると、この病気が原因で重篤な視力障害を残すことは極めて稀であり、適切な治療管理を続けることで、症状を十分にコントロールしながら、ほとんどの人が通常の日常生活を送ることが可能であるとされています420。過度に悲観的になる必要はありません。

第5部:再発を防ぎ、快適な毎日を送るためのセルフケアと予防

専門的な治療と並行して、日常生活の中でご自身で実践できるセルフケアも、症状の悪化や再発の予防において非常に重要です。

  • コンタクトレンズの正しい使い方: 装用時間や使用期間を厳守することはもちろん、レンズの洗浄・消毒・保存といったケアを毎日正しく行うことが不可欠です。少しでも目に異常を感じたら、直ちに装用を中止し、眼科を受診してください。また、眼科医の指示に従い、定期的な検診を必ず受けましょう16
  • 徹底したドライアイ対策: 日本の生活環境では、意識的なドライアイ対策がSPK予防に直結します。京都府立医科大学の専門家も指摘するように、パソコン作業中は1時間に10分程度の休憩を取り遠くを見ること、意識的にまばたきの回数を増やすこと、加湿器を使用して室内の湿度を適切に保つこと、ディスプレイを目線より下に設置することなどが有効です14
  • 紫外線対策: 紫外線の強い季節や場所では、UVカット機能のあるサングラスや帽子、日傘を活用しましょう。最近ではUVカット機能を持つコンタクトレンズも普及しています17
  • 生活習慣の改善: 免疫機能の安定は、自己免疫的な側面が疑われるTSPKのコントロールにも良い影響を与える可能性があります。十分な睡眠時間を確保し、栄養バランスの取れた食事を心がけ、ストレスを溜めすぎないようにリラックスする時間を持つことも大切です14

結論

本記事では、浅層点状角膜炎(SPK)とタイゲソン点状表層角膜炎(TSPK)について、その定義の違いから原因、最新の治療法までを包括的に解説しました。最後に、あなたの目の健康を守るために最も重要なポイントを改めて要約します。

  • SPKは「状態」、TSPKは「疾患」です。 この二つは似て非なるものであり、その違いを正しく理解することが、適切な対応への第一歩です。
  • 自己判断は禁物です。 目のゴロゴロ感や痛みといった症状が続く場合は、その裏に感染症などの重篤な病気が隠れている可能性もあります。必ず眼科専門医を受診し、正確な診断を受けてください。
  • TSPKは適切に管理できる病気です。 慢性的で再発を繰り返す性質がありますが、ステロイド点眼に加え、免疫抑制剤点眼といった新しい治療選択肢も登場しています。専門医と相談しながら、最適な治療法を見つけることが可能です。
  • 日常生活でのセルフケアが鍵となります。 コンタクトレンズの正しい使用やドライアイ対策など、日々の少しの心がけが、症状の悪化を防ぎ、再発のリスクを減らすことに繋がります。

あなたの目の健康を守るためには、信頼できる情報源に基づき、専門家と密に連携し、正しい知識を持って行動することが何よりも大切です。この記事が、その一助となれば幸いです。

よくある質問

Q1: この病気で失明することはありますか?

A: 適切に治療・管理されていれば、SPKやTSPKが直接の原因で失明に至ることは極めて稀です。ただし、背景にある単純ヘルペス角膜炎や細菌性角膜炎といった重症の感染症を治療せずに放置した場合には、角膜混濁などの後遺症により、重篤な視力障害が残る可能性があります。だからこそ、症状があれば早期に専門医を受診することが非常に重要なのです20

Q2: ステロイドの目薬はずっと使い続けなければいけませんか?

A: 必ずしもそうではありません。TSPKの治療戦略の基本は、症状が強い急性期にステロイドで炎症を抑え、症状が落ち着けば可能な限り減量し、中止を目指すことです。再発を頻繁に繰り返す場合でも、本記事で解説した免疫抑制剤点眼などを併用することで、ステロイドの使用量を最小限に抑えたり、ステロイドから離脱したりすることが目標となります。治療方針については、必ず主治医とよく相談してください20

Q3: 子供でもこの病気になりますか?

A: はい、TSPKは小児でも発症することが報告されています。実際に、小児症例をまとめた学術報告も存在します25。ただし、小さなお子さんは症状をうまく言葉で訴えられないことや、診察を嫌がることなどから、診断が難しい場合があります。お子さんの目の充血が長引いたり、頻繁に目をこすったり、光をまぶしがるような様子が続く場合は、念のため小児の診察に慣れた眼科医にご相談ください。

健康に関する注意事項

この記事を読んでご自身の症状に心当たりがある場合は、決して自己判断せず、お近くの眼科専門医にご相談ください。専門医をお探しの場合は、日本眼科学会や日本角膜学会のウェブサイトが参考になります。2627

免責事項本記事は、医学的知識の普及を目的とした情報提供を行うものであり、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。ご自身の健康状態に関する懸念や、診断・治療については、必ず医療機関を受診し、専門医の判断を仰いでください。

参考文献

  1. 西田 幸二 ≪眼科学≫ iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートを移植する世界初の臨床研究を完了 ~安全性の問題が発生せず、患者の視力回復に成功~. 大阪大学医学系研究科・医学部. [インターネット]. [2024年11月8日公表;2025年6月25日引用]. Available from: https://www.med.osaka-u.ac.jp/activities/results/2024year/nishida2024-11-8
  2. 本学会について. 日本角膜移植学会. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: http://www.kerapla-jpn.jp/profile/index.html
  3. 役員・評議員・名誉会員. 日本角膜学会. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://cornea.gr.jp/about-society/officer/
  4. American Academy of Ophthalmology. What is punctate keratitis? [インターネット]. [2024年公表;2025年6月25日引用]. Available from: https://www.aao.org/eye-health/ask-ophthalmologist-q/what-is-punctate-keratitis
  5. 厚生労働省. 重篤副作用疾患別対応マニュアル 角膜混濁. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1o09_r01.pdf
  6. 日本眼感染症学会. 感染性角膜炎診療ガイドライン(第3版). [インターネット]. 日本眼科学会; 2023. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/infectious_keratitis_3rd.pdf
  7. Nagra PK, Rapuano CJ, Cohen EJ, Laibson PR. Thygeson’s superficial punctate keratitis: ten years’ experience. Ophthalmology. 2004 Jan;111(1):34-7. doi: 10.1016/j.ophtha.2003.05.002. PMID: 14711711.
  8. Iovieno A, Lambiase A, Dart JKG. Thygeson’s superficial punctate keratitis. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 2022 Sep;260(9):2835-2841. doi: 10.1007/s00417-022-05617-6. Epub 2022 Mar 14. PMID: 35286434.
  9. Priyadarshini SR, Roy A, Das S. Thygeson’s superficial punctate keratopathy: A review and case series. Indian J Ophthalmol. 2021 Apr;69(4):806-811. doi: 10.4103/ijo.IJO_1624_20. PMID: 33727439.
  10. MSD Manual Professional Version. Superficial Punctate Keratitis. [インターネット]. [2024年更新;2025年6月25日引用]. Available from: https://www.msdmanuals.com/professional/eye-disorders/corneal-disorders/superficial-punctate-keratitis
  11. しんかい眼科クリニック. 点状表層角膜炎について知っていますか? [インターネット]. [2023年4月10日公表;2025年6月25日引用]. Available from: https://shinkai-eye.com/blog/2023/04/10/%E7%82%B9%E7%8A%B6%E8%A1%A8%E5%B1%A4%E8%A7%92%E8%86%9C%E7%82%8E%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F/
  12. 関西医科大学附属病院. 点状表層性角膜炎. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://hp.kmu.ac.jp/hirakata/visit/search/sikkansyousai/d22-029.html
  13. 高田眼科. 点状表層角膜症(SPK). [インターネット]. [2024年更新;2025年6月25日引用]. Available from: https://gankenkasui.takada-ganka.com/spk/
  14. たるみ眼科. 「SPK(点状表層角膜炎)の診方、考え方、治し方@西明石」を聴講しました。. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://tarumi.co.jp/blog/?p=2063
  15. 消費者庁. コンタクトレンズによる眼障害について-カラーでも必ず眼科を受診し、異常があればすぐに使用中止を-. [インターネット]. [2021年9月10日公表;2025年6月25日引用]. Available from: https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_054/assets/consumer_safety_cms205_210910_01.pdf
  16. 池袋サンシャイン通り眼科診療所. 点状表層角膜炎. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.ikec.jp/eye_disease/051/
  17. EyeWiki. Photokeratitis. [インターネット]. American Academy of Ophthalmology; [2025年6月25日引用]. Available from: https://eyewiki.org/Photokeratitis
  18. 厚生労働省. 重篤副作用疾患別対応マニュアル 平成23年3月. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1o09.pdf
  19. Thygeson P. Superficial punctate keratitis. J Am Med Assoc. 1950 Oct 28;144(18):1544-9. doi: 10.1001/jama.1950.02920180008004. PMID: 14783515.
  20. 池袋サンシャイン通り眼科診療所. タイゲソン角膜炎. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.ikec.jp/disease/ikec-kakumaku/types/disease14/
  21. ぐちょぽい. Thygeson点状表層角膜炎について. 眼科医ぐちょぽいのオンライン勉強会. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://guchopoi.com/thygeson/
  22. 川本 晃司, ほか. Thygeson点状表層角膜炎. 臨床眼科. 2004;58(7):1173-1176. doi: 10.11477/mf.1410100632.
  23. 中安眼科クリニック. 角膜. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.nakayasu-eye-clinic.com/column/?cat=%E8%A7%92%E8%86%9C
  24. m3.com. 治療不応タイゲソン角膜炎にタクロリムス点眼が有効. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://sp.m3.com/clinical/journal/21409
  25. Reid J, Shah S, Jarrin-Alvarado V, Mian SI, Shtein RM. Thygeson’s superficial punctate keratitis (TSPK): a paediatric case report and review of the literature. BMJ Case Rep. 2021 Feb 2;14(2):e239745. doi: 10.1136/bcr-2020-239745. PMID: 33514353.
  26. 日本眼科学会. 専門医制度. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://www.nichigan.or.jp/senmon/
  27. 日本角膜学会. [インターネット]. [2025年6月25日引用]. Available from: https://cornea.gr.jp/
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ