要点まとめ
- 抗甲状腺薬(メルカゾール等)での治療中は、日本甲状腺学会のガイドラインで「ヨウ素制限は不要」とされています56。ただし、昆布の毎日摂取のような極端な過剰摂取は避けましょう。
- 放射性ヨウ素(アイソトープ)治療の「前」には、治療効果を高めるため厳格な「ヨウ素制限食」が必須です910。
- 代謝が亢進し栄養素が消耗しやすいため、骨の健康を守るカルシウムとビタミンD、体力を回復させる良質なたんぱく質を意識的に摂取することが重要です39。
- 最新の研究では、ミネラルの一種である「セレン」がバセドウ病眼症の改善に役立つ可能性が示唆されています1415。
- 動悸や不安感を増強させる可能性があるカフェインやアルコールは、症状が落ち着くまでは控えるか、少量にすることが推奨されます。
- いかなる食事療法も自己判断で行わず、必ず主治医や管理栄養士に相談の上、個々の病状や治療計画に合わせて進めることが最も重要です。
はじめに:なぜ甲状腺機能亢進症で「食事」が重要なのか?
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで、全身の代謝が異常に活発になる状態です20。このホルモンは、心臓の鼓動、体温調節、エネルギー消費など、生命維持に不可欠な機能をコントロールする「全身のアクセル」のような役割を担っています。このアクセルが踏みっぱなしの状態になると、体重減少、動悸、息切れ、手の震え、多汗、疲労感など、様々な症状が現れます。食事療法は、薬物治療や放射性ヨウ素治療のような根本治療に取って代わるものではありません。しかし、適切に行うことで、以下の3つの重要なゴールを達成し、患者さんのQOL(生活の質)を大きく向上させる助けとなります。
- 症状の緩和:特定の食品(例:カフェイン)を調整することで、動悸や不眠などの不快な症状を和らげます。
- 栄養状態の改善:過剰な代謝によって消耗しやすいエネルギー、たんぱく質、ビタミン、ミネラルを補給し、体重減少や筋肉量の低下を防ぎます。
- 治療効果のサポート:特に放射性ヨウ素治療の前には、特定の食事管理(ヨウ素制限)が治療の成否を左右する重要な鍵となります8。
甲状腺機能亢進症の基本:症状と原因を理解する
食事療法について学ぶ前に、この疾患の基本的な特徴を理解しておくことが重要です。
主な症状チェックリスト(体重減少、動悸、手の震えなど)
甲状腺ホルモンが過剰になると、全身に以下のような多彩な症状が現れることがあります20。複数の症状が当てはまる場合は、内分泌専門医への相談が推奨されます。
- 意図しない体重減少(食欲はむしろ増進することが多い)
- 頻脈(脈が速い)、動悸
- 手や指の震え
- 暑がり、多汗
- 疲労感、倦怠感
- 筋力低下
- 下痢、軟便
- 精神的な不安定(イライラ、集中力低下、不眠)
- 女性では月経不順
- 甲状腺の腫れ(首の付け根の腫れ)
- 眼球突出などの眼の症状(バセドウ病の場合)
最大の原因「バセドウ病」とは?自己免疫との関連
甲状腺機能亢進症の最も一般的な原因は「バセドウ病」です21。これは、本来体を守るべき免疫システムが異常をきたし、自身の甲状腺を「異物」とみなして攻撃してしまう自己免疫疾患の一種です。具体的には、TSH受容体抗体(TRAb)という自己抗体が作られ、これが甲状腺を無秩序に刺激し続けることで、甲状腺ホルモンが過剰に産生されてしまいます。食事療法を考える上でも、この「自己免疫」という側面を理解しておくことが、セレンなどの栄養素の役割を理解する上で役立ちます。
【最重要】ヨウ素(ヨード)との正しい付き合い方:通説のウソとホント
甲状腺機能亢進症の食事療法において、最も混乱が多く、かつ最も重要なのが「ヨウ素」との付き合い方です。多くのウェブサイトで「ヨウ素を控えましょう」と一括りにされていますが1、これは必ずしも正確ではなく、治療法によって対応が全く異なります。
なぜヨウ素が注目されるのか?甲状腺ホルモンの主原料
ヨウ素は、甲状腺ホルモン(チロキシン(T4)およびトリヨードチロニン(T3))を合成するための必須の「原材料」です12。そのため、理論上は、材料であるヨウ素の摂取を制限すれば、ホルモンの産生が抑えられるのではないか、と考えるのは自然なことです。しかし、現代の標準的な治療法と合わせて考えると、この単純な理論は必ずしも当てはまりません。
結論:治療法によってヨウ素の扱いは全く異なる
甲状腺機能亢進症と診断された方がヨウ素をどう扱うべきかは、現在受けている治療法によって明確に区別して考える必要があります。これは、この記事における最も重要なメッセージです。
ケース1:抗甲状腺薬(メルカゾール、チウラジール等)で治療中の場合
日本甲状腺学会ガイドラインの推奨:「ヨウ素制限は行わない」
現在、日本で甲状腺機能亢進症(バセドウ病)の治療を受けている方の大多数は、メルカゾール(一般名:チアマゾール)やチウラジール/プロパジール(一般名:プロピルチオウラシル)といった抗甲状腺薬を服用しています。この薬物治療を受けている場合、食事からのヨウ素摂取を厳格に制限する必要はありません。2019年に日本甲状腺学会が発表した権威ある『バセドウ病治療ガイドライン』では、「抗甲状腺薬服用中および治療後にヨウ素制限は行わない」と、弱いながらも明確に推奨されています56。
なぜ制限は不要なのか?科学的背景の解説
抗甲状腺薬は、甲状腺ホルモンが作られる過程(ヨウ素が有機化されるステップ)を強力にブロックする働きをします。つまり、工場(甲状腺)の生産ライン自体を止めている状態です。そのため、材料であるヨウ素が多少食事から入ってきても、それがそのままホルモンの過剰産生に直結するわけではないと考えられています6。むしろ、厳格すぎる食事制限による栄養バランスの乱れや、生活の質(QOL)が低下するデメリットの方が大きいと判断されています。
ただし「過剰摂取」は避けるべき:日本の食生活での注意点
「制限は不要」とは言え、「無制限に摂取して良い」という意味ではありません。特に日本人は、昆布だし、海藻類などから、世界的に見ても非常に多くのヨウ素を日常的に摂取していることが知られています32。厚生労働省が定める日本人の食事摂取基準(2020年版)では、ヨウ素の耐容上限量は1日3,000μg(マイクログラム)ですが25、例えば昆布だし汁には100gあたり5,300μgものヨウ素が含まれることがあります30。毎日大量の昆布を食べる、昆布のサプリメントを摂る、イソジンガーグル(うがい薬)を頻繁に使うといった極端な過剰摂取は、薬の効果を減弱させる可能性も指摘されているため、避けるべきです。日常的な食事で味噌汁を飲んだり、焼きのりを食べたりする程度であれば、過度に心配する必要はありません。
ケース2:放射性ヨウ素(アイソトープ)治療の「前」の場合
なぜ厳格な「ヨウ素制限食」が必要なのか?
一方で、放射性ヨウ素(アイソトープ)治療を受ける場合は、話が全く別になります。この治療は、甲状腺がヨウ素を取り込む性質を利用し、放射線を出すヨウ素を甲状腺細胞に集中的に取り込ませて、過剰に働く甲状腺組織を破壊する治療法です8。治療効果を最大化するためには、治療前に体内のヨウ素を枯渇させ、甲状腺が「ヨウ素に飢えた状態」にしておく必要があります。もし体内に食事由来のヨウ素が豊富にあると、放射性ヨウ素が甲状腺に十分に取り込まれず、治療効果が著しく低下してしまいます1011。そのため、通常は治療開始の約2週間前から、厳格な「ヨウ素制限食」が指示されます。
具体的に避けるべき食品リスト(海藻類、加工食品など)
ヨウ素制限食では、以下の食品を徹底的に避ける必要があります。これは、日本のトップ専門病院である伊藤病院や、米国甲状腺学会(ATA)が示す指針に基づいています910。
- 海藻類およびその加工品:昆布、わかめ、のり、ひじき、もずく、ところてん、寒天、昆布茶などすべて
- 魚介類:特に昆布を餌とする貝類(サザエ、アワビ等)や、一部の魚卵。魚の摂取も控えるよう指示されることが多い。
- 乳製品:牛乳、ヨーグルト、チーズ、アイスクリームなど(殺菌工程でヨウ素が使用されることがあるため)
- 卵(特に卵黄):鶏の飼料にヨウ素が含まれるため
- ヨード強化塩、一部の食塩:原材料に「海水」「粗製塩」とあるものは避ける
- 市販のパンやシリアル類:生地改良剤としてヨウ素化合物が使われることがあるため
- 大豆製品:含有量は少ないが、制限対象に含まれることがある
- 赤色に着色された食品:食用赤色3号などの着色料にヨウ素が含まれるため
- その他:昆布エキスや魚介エキスを含む加工食品全般(インスタント食品、レトルト食品、スナック菓子、調味料など)
- 医薬品・サプリメント:総合ビタミン剤、うがい薬(ポビドンヨード)、咳止めシロップ、造影剤など
日本の食生活に特化した注意点:出汁、醤油、味噌の選び方
日本の食生活では、調味料や加工食品に「隠れヨウ素」が多く含まれるため、特に注意が必要です9。市販の「風味調味料」「めんつゆ」「白だし」の多くは昆布エキスを含んでおり、使用できません。出汁は、かつお節、しいたけ、昆布を含まない煮干しから自分で取るのが最も安全です。醤油や味噌も、昆布だし入りの製品があるため、原材料表示を必ず確認し、「昆布」「昆布エキス」の記載がないものを選びましょう。外食はヨウ素の含有量が不明なため、この期間は基本的に自炊が中心となります。
症状管理と健康維持のために:積極的に摂りたい栄養素と食品
甲状腺機能亢進症では、全身の代謝が活発になることで、特定の栄養素が大量に消費されたり、体に特別な影響が出たりします。適切な栄養素を補給することは、症状の緩和と全体的な健康維持に繋がります。
1. カルシウムとビタミンD:骨の健康を守るために
なぜ骨密度が低下しやすいのか?
甲状腺ホルモンの過剰な状態が続くと、骨の代謝回転(骨が作られ、壊されるサイクル)も異常に速くなります。特に骨を壊す働き(骨吸収)が骨を作る働き(骨形成)を上回ってしまうため、骨量が減少し、骨粗鬆症のリスクが高まることが知られています39。治療により甲状腺機能が正常化すればこのプロセスは改善しますが、治療中から骨の材料であるカルシウムと、その吸収を助けるビタミンDを十分に摂取しておくことが非常に重要です。
推奨される食品(低脂肪乳製品、小魚、きのこ類など)
- カルシウム:低脂肪の牛乳やヨーグルト、小魚(しらす干し、桜えび)、豆腐や納豆などの大豆製品、小松菜やチンゲンサイなどの緑黄色野菜
- ビタミンD:鮭、さんま、いわしなどの魚類、干ししいたけ、きくらげなどのきのこ類。また、日光(紫外線)を浴びることで皮膚でも生成されます。
2. セレン:最新研究が注目する抗酸化ミネラル
バセドウ病眼症(甲状腺眼症)との関連
セレンは、抗酸化作用を持つ必須ミネラルの一つです。近年の研究で、このセレンがバセドウ病の自己免疫プロセス、特に眼球突出などを引き起こす「バセドウ病眼症(甲状腺眼症)」に対して、有益な効果を持つ可能性が注目されています。
科学的エビデンス:メタアナリシスからわかること
複数の質の高い研究(ランダム化比較試験)を統合・分析した「メタアナリシス」において、セレンの補給がプラセボ(偽薬)と比較して、バセドウ病眼症の活動性を有意に低下させ、患者のQOL(生活の質)を改善したことが報告されています141516。これは、セレンが持つ抗酸化作用や免疫調整作用によるものと考えられています。ただし、サプリメントによるセレンの過剰摂取は毒性を示す可能性もあるため、必ず主治医に相談の上で検討すべきです。
セレンを多く含む食品(ブラジルナッツ、魚介類、肉類など)
セレンは、ブラジルナッツ(1〜2粒で1日分を摂取できるが、過剰摂取に注意)、カツオやマグロなどの魚類、豚肉や鶏肉、卵など、様々な食品に含まれています。バランスの良い食事を心がけることで、必要量を摂取することが可能です。
3. たんぱく質:消耗した体力を回復させる
高代謝による筋肉量減少への対策
甲状腺機能亢進症では、エネルギーだけでなく、体の構成要素であるたんぱく質の分解も進んでしまいます。これにより、筋肉量が減少し、体力の低下や疲労感に繋がります。治療によって代謝が正常化するまでは、意識して良質なたんぱく質を十分に摂取し、筋肉の消耗を最小限に抑えることが大切です。
推奨される良質なたんぱく源(鶏肉、魚、卵、大豆製品)
脂肪の少ない鶏むね肉やささみ、魚、卵、豆腐・納豆などの大豆製品は、良質なたんぱく質を効率よく摂取できるため推奨されます。食事だけで十分な量を摂るのが難しい場合は、医師や管理栄養士に相談の上で、プロテインパウダーなどを補助的に利用することも選択肢の一つです。
4. ビタミン・ミネラル:消耗しやすい栄養素を補う
エネルギー代謝が亢進すると、その過程で補酵素として働くビタミンB群(B1, B2, B6, B12など)が大量に消費されます。また、亜鉛やマグネシウムなどのミネラルも不足しがちになります。これらの栄養素は、特定の食品に偏らず、多様な食品(肉、魚、野菜、果物、穀物)を組み合わせたバランスの良い食事を心がけることで、満遍なく補給することができます。
注意・制限が必要な食品と成分:症状を悪化させないために
一部の食品や成分は、甲状腺機能亢進症の不快な症状を悪化させる可能性があるため、注意が必要です。
1. カフェイン:動悸や不安感を増強させる可能性
カフェインには中枢神経を興奮させる作用があり、甲状腺機能亢進症の症状である動悸、頻脈、手の震え、不安感などを増強させてしまうことがあります3。症状が強く出ている時期や、ご自身で動悸などが悪化すると感じる場合は、摂取を控えるか、量を減らすのが賢明です。
対象となる飲料・食品(コーヒー、紅茶、エナジードリンク等)
コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶、コーラ、ココア、チョコレート、そして特に高濃度のカフェインを含むエナジードリンクなどが対象となります。
代替案:デカフェ、ハーブティー、麦茶など
代替としては、デカフェ(カフェインレス)のコーヒーや紅茶、カフェインを含まない麦茶、ルイボスティー、カモミールティーなどのハーブティーがおすすめです。
2. アルコール:ホルモンバランスと肝臓への影響
アルコールは心拍数を増加させる作用があるため、頻脈や動悸を助長する可能性があります。また、抗甲状腺薬は、稀に肝機能障害の副作用を引き起こすことがあります23。アルコール自体も肝臓に負担をかけるため、薬物治療中は肝臓への二重の負担を避ける意味でも、飲酒は控えるか、主治医に許可された量に留めるべきです。
3. ゴイトロゲン(大豆製品、アブラナ科野菜)に関する正しい知識
ゴイトロゲンとは何か?
ゴイトロゲンとは、甲状腺ホルモンの生成を阻害する可能性のある天然の化合物です2840。大豆製品(イソフラボン)、アブラナ科の野菜(キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなど)に含まれています。
日本のようなヨウ素充足地域では過度な心配は不要
ゴイトロゲンが臨床的に問題となるのは、主にヨウ素の摂取量が不足している地域です28。材料であるヨウ素が少ない上に、ホルモン生成を邪魔する物質が入ってくることで、甲状腺機能低下症のリスクが高まります。しかし、前述の通り、日本人は世界的に見てもヨウ素の摂取量が非常に多い国民です25。そのため、通常の食事で豆腐や納豆、ブロッコリーなどを適量食べる分には、甲状腺機能に悪影響を及ぼす心配はほとんどないと考えられています。むしろ、これらの食品が持つ他の栄養的なメリット(良質なたんぱく質、ビタミン、食物繊維など)の方が大きいと言えるでしょう。
大豆製品(豆腐、納豆、味噌)との適切な付き合い方
結論として、抗甲状腺薬で治療中の方は、大豆製品を神経質に避ける必要はありません。バランスの取れた食事の一部として、日常的に摂取して問題ありません。
実践編:甲状腺機能亢進症の方向けの食事プラン例
ここでは、抗甲状腺薬で治療中の方を想定した、栄養バランスの良い1日の食事モデルをご紹介します。エネルギー消費が多いことを考慮し、十分なエネルギーとたんぱく質を確保しつつ、各種ビタミン・ミネラルを補給することを目指します。
一日の食事モデル(朝・昼・晩)
- 朝食:全粒粉パン、スクランブルエッグ(卵2個使用)、ヨーグルト(低脂肪)、少量のフルーツ(ビタミン補給)
- 昼食:鶏むね肉のグリル(たんぱく質源)、玄米ごはん、具沢山の味噌汁(昆布だしは避ける)、ほうれん草のおひたし(カルシウム、ミネラル)
- 夕食:焼き鮭(ビタミンD、たんぱく質)、豆腐の冷奴、きのこのソテー(ビタミンD)、緑黄色野菜のサラダ
- 間食:ナッツ類(セレン、マグネシウム)、牛乳(カルシウム)
外食やコンビニ食を選ぶ際のポイント
外食が続く場合でも、いくつかのポイントを押さえることで、バランスの取れた食事に近づけることができます。
- 定食スタイルを選ぶ:主食(ごはん)、主菜(肉・魚)、副菜(野菜)が揃った定食は、栄養バランスが取りやすいです。
- たんぱく質を意識する:焼き魚定食、生姜焼き定食、唐揚げ定食(衣は少なめ)などを選び、たんぱく質を確保しましょう。
- コンビニでは「組み合わせ」を:おにぎりやサンドイッチだけでなく、サラダチキン、ゆで卵、ヨーグルト、野菜サラダなどを組み合わせることで、栄養バランスが向上します。
- カフェインに注意:セットドリンクでは、コーヒーや紅茶ではなく、水やお茶(麦茶など)を選ぶようにしましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. サプリメントを飲んでも良いですか?
自己判断でのサプリメント摂取は推奨されません。特に、ヨウ素を含む昆布エキスや海藻由来のサプリメントは避けるべきです。ビタミンやミネラルのサプリメントであっても、過剰摂取のリスクや薬との相互作用の可能性があるため、必ず主治医や薬剤師に相談してください。唯一、セレンに関してはバセドウ病眼症への有効性が示唆されていますが15、これも医師の指導の下で使用を検討すべきです。
Q2. グルテンフリーの食事は効果がありますか?
バセドウ病は自己免疫疾患であるため、同じく自己免疫疾患であるセリアック病で有効なグルテンフリー食が注目されることがあります。しかし、現時点では、セリアック病を合併していないバセドウ病患者に対して、グルテンフリー食が有効であるという質の高い科学的エビデンスは確立されていません。もしグルテン不耐症の症状がある場合は別ですが、そうでない限り、厳格なグルテンフリー食を行う必要はないでしょう。
Q.3 治療で体重が増えてしまいました。どうすれば良いですか?
これは非常によくある悩みです。治療によって甲状腺機能が正常化すると、それまで異常に高まっていた代謝が元に戻ります。しかし、亢進していた時期と同じ食欲や食事量のままだと、消費エネルギーが減った分だけ体重が増加しやすくなります。これは治療が順調に進んでいる証拠でもあります。体重が安定してきたら、食事量を亢進前のレベルに戻し、ウォーキングなどの適度な運動を取り入れることが推奨されます。急激な食事制限はせず、バランスの取れた食事を維持しながら、摂取カロリーを調整していくことが大切です。
Q4. 妊娠中・授乳中の食事で気をつけることは?
妊娠中・授乳中の甲状腺機能亢進症の管理は、専門医による非常に慎重なコントロールが必要です。食事に関しても、胎児や乳児への影響を考慮する必要があります。特にヨウ素の過剰摂取は、胎児の甲状腺機能に影響を与える可能性があるため、通常時よりも注意が必要となる場合があります41。必ず産婦人科医と内分泌専門医の両方と密に連携をとり、個別の指示に従ってください。
結論:主治医と相談しながら、あなたに合った食事療法を
甲状腺機能亢進症の食事療法は、画一的な「禁止リスト」に従うことではありません。最も重要なのは、ご自身の治療段階(薬物治療中か、放射性ヨウ素治療前かなど)を正確に理解し、科学的根拠に基づいた正しい知識を持つことです。抗甲状腺薬での治療中は、神経質にヨウ素を避ける必要はなく、むしろ消耗した栄養素を補うバランスの良い食事が求められます。一方で、放射性ヨウ素治療前には、専門家の指導のもとで厳格なヨウ素制限が不可欠です。この記事で提供した情報が、あなたの不安を和らげ、日々の食事をより前向きに捉える一助となれば幸いです。しかし、最終的には、あなたの病状を最もよく知る主治医や、専門知識を持つ管理栄養士に相談することが、最も安全で効果的な道です。次の診察の際に、この記事を元に具体的な質問をしてみてはいかがでしょうか。
免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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