【科学的根拠に基づく】皮下血腫の危険性｜原因・症状から正しい治し方、病院へ行くべきサインまで

皮下血腫とは何か？あざ（内出血）との違いを理解する

一般的に「あざ」や「内出血」と呼ばれる状態と、「皮下血腫」は医学的には区別されます。どちらも血管が破れて血液が漏れ出すことで生じますが、その状態には違いがあります。¹

あざ（斑状出血、Ecchymosis）は、血液が皮膚組織の間に薄く広がり、皮膚の色が変化した状態を指します。触っても明らかな塊や腫れは感じられません。

一方、皮下血腫（Subcutaneous Hematoma）は、皮膚の下の空間（皮下組織）に血液が溜まり、ポケット状の血の塊を形成した状態です。そのため、触るとプヨプヨとしたり、硬い「こぶ」や「しこり」として感じられ、しばしば明らかな腫れを伴います。本記事では、この触知可能な血液の集合体である「皮下血腫」に焦点を当てて解説します。

皮下血腫の多岐にわたる原因：外傷から全身疾患まで

皮下血腫はなぜ起こるのでしょうか。その原因は、単純な打撲から、服用中の薬剤、そして生命に関わる病気まで多岐にわたります。

直接的な原因：外傷と物理的圧迫

皮下血腫の最も一般的な原因は、転倒、衝突、打撲などの物理的な外傷です。¹ 衝撃によって皮下の血管が破れ、血液が周囲の組織に漏れ出して血腫を形成します。ほとんどの場合は軽度で済みますが、特に強い外力や特定の状況下では、緊満性血腫（Tension Hematoma）と呼ばれる危険な状態に発展することがあります。これは血腫内部の圧力が非常に高まり、周囲の皮膚組織への血流を阻害し、皮膚壊死（皮膚が死んでしまうこと）を引き起こす可能性がある緊急性の高い状態です。¹⁵ 実際に、ある研究では、このような外傷性の緊満性血腫に対して24時間以内に早期の外科的ドレナージ（排液）を行うことが、合併症や死亡率を大幅に改善させると報告されています。²²

医原性の原因：薬剤による出血リスクの増大

特定の薬剤の服用は、出血傾向を高め、皮下血腫のリスクを著しく増大させます。これらは「医原性（医療行為が原因となる）」の原因と呼ばれます。特に高齢化社会の日本では、心房細動や脳梗塞後の患者さんなどがこれらの薬剤を服用しているケースが多く、注意が必要です。³

• 抗凝固薬（血液をサラサラにする薬）: ワルファリン（ワーファリン）、直接経口抗凝固薬（DOACs）などは、血液が固まるのを防ぐ作用があるため、わずかな打撲でも大きな血腫を形成しやすくなります。
• 抗血小板薬: アスピリン、クロピドグレルなどは、血小板の機能を抑制し、出血を止めにくくします。
• 非ステロイド性抗炎症薬（NSAIDs）: イブプロフェンやロキソプロフェンなどの一般的な鎮痛薬も、長期間の使用により血小板の機能に影響を与え、出血しやすくなることがあります。

日本の厚生労働省（MHLW）が発行する「重篤副作用疾患別対応マニュアル」でも、これらの薬剤が皮下出血を引き起こす可能性のある医薬品として挙げられており、特に腎機能が低下している患者などではリスクが高まることが指摘されています。²³

危険なサインとしての内科的・全身的原因

明らかな外傷がないのに皮下血腫ができたり、非常に軽い衝撃で不釣り合いなほど大きな血腫ができる場合、それは体内に潜む病気の警告サインかもしれません。このセクションは、見逃してはならない重要な原因を解説します。

血液の異常：止血機能の破綻

血液自体に問題があり、正常な止血ができない状態です。

• 白血病・再生不良性貧血: これらの疾患では、骨髄の正常な造血機能が阻害され、血液を固めるために不可欠な血小板が十分に作られなくなります（血小板減少）。²⁷ 血小板が極端に減少すると、自発的に皮下出血が起こりやすくなります。²⁸
• 血友病（先天性・後天性）: 血液凝固因子が欠乏する病気です。特に注目すべきは「後天性血友病A（AHA）」で、それまで出血傾向のなかった成人に突然発症し、広範囲にわたる重篤な皮下血腫を引き起こすことがあります。日本血栓止血学会（JSTH）の診療ガイドラインによれば、後天性血友病Aの診断には、活性化部分トロンボプラスチン時間（APTT）の単独延長と、第VIII因子（FVIII）に対するインヒビター（阻害物質）の存在を確認することが不可欠です。⁷

肝機能の低下：凝固因子の産生不全

肝臓は、血液凝固に不可欠な多くの凝固因子を産生しています。そのため、肝硬変などで肝機能が著しく低下すると、凝固因子が十分に作られなくなり、出血傾向（凝固障害）が生じます。³¹³² これにより、皮下血腫ができやすくなります。

血管壁の脆弱性

血管そのものが脆くなり、破れやすくなっている状態です。

• 老人性紫斑: 加齢により皮膚が薄くなり、血管を支える組織が弱くなることで、非常に軽い刺激でも容易に内出血を起こす状態です。³³
• 血管炎: 血管に炎症が起こる病気の総称です。炎症によって血管壁が脆くなり、血液が漏れ出して紫斑（触れることのできる発疹）や血腫を形成することがあります。日本皮膚科学会のガイドラインでは、多種多様な血管炎とその皮膚症状について詳述されています。⁸

症状の観察と危険なサインの見分け方

皮下血腫ができたとき、それが自然に治るものなのか、それとも医療機関を受診すべき危険なサインなのかを見分けることが非常に重要です。

一般的な症状：色の変化と痛み

一般的な打撲による皮下血腫は、時間の経過とともに特徴的な色の変化を見せます。これは、漏れ出た血液中のヘモグロビンが分解されていく過程を反映しています。³

1. 受傷直後（赤紫色）: 漏れ出たばかりの新鮮な血液の色です。
2. 数日後（青色〜黒色）: ヘモグロビンから酸素が失われた色です。
3. 1週間前後（緑色）: ヘモグロビンがビリベルジンという物質に分解された色です。
4. その後（黄色〜茶色）: ビリベルジンがさらにビリルビンに分解され、徐々に吸収されていきます。

痛みは通常、受傷後2〜3日をピークに徐々に和らいでいきます。

【重要】病院へ行くべき危険なサイン

以下の症状が見られる場合は、自己判断せずに直ちに医療機関を受診してください。迅速な評価と比較のために、以下の表にまとめました。これは読者が自身の状況を客観的に判断するための、この記事の中核となる「有用な（Helpful）」情報です。

正しい治療法と対処法：セルフケアから専門治療まで

皮下血腫の治療法は、その原因と重症度によって大きく異なります。

外傷による軽度の皮下血腫：家庭でできる応急処置

軽い打撲による皮下血腫の場合、家庭での適切な応急処置が回復を助けます。基本となるのは「RICE処置」です。¹²

• Rest（安静）: 患部を無理に動かさず、安静にします。
• Ice（冷却）: 受傷後24〜72時間は、氷嚢や保冷剤をタオルで包み、1回15〜20分程度患部を冷やします。血管を収縮させ、内出血と腫れを抑える効果があります。
• Compression（圧迫）: 弾性包帯などで患部を軽く圧迫し、内出血が広がるのを防ぎます。ただし、しびれや変色が現れるほど強く締め付けてはいけません。
• Elevation（挙上）: 患部を心臓より高い位置に保ち、重力を利用して腫れを軽減させます。

受傷後48〜72時間を過ぎ、腫れのピークが過ぎたら、今度は温める「温熱療法」に切り替えることが推奨されます。¹¹ 温めることで血行が促進され、溜まった血液の吸収が早まります。

専門的な医療機関での治療

自己判断で対処できない場合や、危険なサインが見られる場合は、専門的な治療が必要です。

• 穿刺・吸引 (Puncture/Aspiration): 血腫が大きく、液体状である場合に、注射針を刺して内部の血液を抜き取ります。¹
• 外科的除去 (Surgical Removal): 血腫が古くなって硬い塊（器質化血腫）になった場合や、皮膚壊死のリスクがある緊満性血腫の場合に、皮膚を切開して血腫を取り除きます。¹⁵ 早期の介入が良好な結果につながることが示されています。
• 原因疾患の治療: 白血病や後天性血友病などが原因の場合、血腫の処置と並行して、原因となっている病気そのものの治療（化学療法、免疫抑制療法など）が最も重要となります。⁷

市販薬（塗り薬）は有効か？

ヘパリン類似物質などを含む市販の塗り薬は、毛細血管の血行を促進し、血液の吸収を助ける効果が期待できます。¹ 軽度のあざや小さな血腫には補助的に有効な場合がありますが、大きな血腫や重篤な原因が疑われる場合には効果は限定的であり、医療機関での診断と治療を優先すべきです。

診断プロセス：病院ではどのような検査が行われるか

「病院へ行ったらどんな検査をされるのだろう？」という不安を和らげるため、一般的な診断プロセスを解説します。これにより、患者さんは安心して受診に臨むことができます。

【特に注意】高齢者の皮下血腫：転倒リスクと薬剤の影響

日本の超高齢社会において、高齢者の皮下血腫は特に注意を要する公衆衛生上の課題です。日本の消費者庁の統計によると、高齢者の事故のうち「転倒」が最も多く、その多くが住み慣れた自宅で発生しています。¹⁶

この高い転倒リスクに、心疾患や脳血管疾患の予防のために抗凝固薬や抗血小板薬を服用している高齢者が多いという事実が重なります。³ この組み合わせは、些細な転倒でも重篤な皮下血腫、特に命に関わる頭蓋内血腫につながる危険性を飛躍的に高めます。ある研究では、高齢者の外傷性緊満性血腫は、若年者に比べてより重篤化しやすく、外科的介入を必要とするケースが多いことが示唆されています。²²

このため、高齢者本人だけでなく、その家族や介護者も、原因不明のあざや軽い打撲後の過剰な腫れに常に注意を払い、異変に気づいた際には速やかに医療機関に相談することの重要性を認識する必要があります。「いつものこと」と見過ごすことが、深刻な事態を招く可能性があるのです。

よくある質問（FAQ）

日本のQ&Aサイトなどから収集した、実際の患者さんが抱える具体的な疑問にお答えします。⁴

結論

皮下血腫は、多くが心配のいらない一過性のものですが、その背後には見過ごしてはならない危険なサインが隠されていることがあります。重要なのは、単なる「あざ」と安易に考えず、その大きさ、痛みの強さ、部位、そして原因を注意深く観察することです。特に、明らかな原因がなく発症した場合や、危険なサインが見られる場合には、躊躇なく専門医の診断を仰ぐことが、あなた自身やあなたの大切な人の健康を守る鍵となります。この記事が、皮下血腫に対する正しい知識を提供し、適切な行動を促す一助となれば幸いです。