この記事の科学的根拠
本記事は、明示的に引用された最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示すリストです。
- 世界保健機関(WHO):
本記事における精液検査の基準値に関するガイダンスは、WHOが発行した「ヒト精液検査・処理マニュアル第6版(2021年)」に基づいています5。 - 日本泌尿器科学会(JUA)および日本生殖医学会(JSRM):
精索静脈瘤手術や顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)を含む、日本国内の標準的な治療法に関する推奨事項は、これらの学会が策定した2024年版「男性不妊症診療ガイドライン」に基づいています4。 - 辻村 晃 教授(順天堂大学):
日本の男性不妊治療の現状やガイドライン策定の背景に関する解説は、同ガイドラインの作成委員長である辻村晃教授の見解を参考にしています6。 - NPO法人Fine:
不妊治療の経済的負担や保険適用後の実態に関する記述は、不妊体験者を支援するNPO法人Fineによる当事者アンケート調査の結果に基づいています7。 - 査読付き科学論文: 喫煙や栄養素が精子の質に与える影響など、生活習慣に関する具体的な推奨事項は、PubMedなどで公開されている複数のメタアナリシスや臨床研究によって裏付けられています89。
要点まとめ
- 精子が作られるまでには約74日かかり、今日の精子の質は約3ヶ月前の生活習慣に影響される。
- 不妊原因の約半分は男性側にあり、男性妊活はカップルで取り組むべき課題である。
- 精液検査の基準値は2021年にWHOによって更新されたが、基準値は絶対的なものではない。
- 精子の「見えない質」であるDNAの損傷(断片化)が重要で、主な原因は酸化ストレスである。
- 日本では2024年に初の「男性不妊症診療ガイドライン」が策定され、精索静脈瘤手術などが標準治療として推奨されている。
- 喫煙や過度の飲酒は精子の質を著しく低下させる最大の危険因子であり、禁煙は最も優先すべき生活改善である。
- コエンザイムQ10などの抗酸化サプリメントは有効性が示唆されているが、摂取前に専門家への相談が不可欠である。
- 2022年から不妊治療に保険が適用されたが、経済的負担は依然として大きな課題となっている。
第1部 精子の科学:知っておくべき「精子の質」の基礎知識
男性妊活を始めるにあたり、まずは敵を知ることから始めましょう。ここでは、精子がどのように作られ、その「質」がどのように評価されるのか、科学的な基礎知識を解説します。
1.1 精子が作られる74日間の旅:精子形成(Spermatogenesis)の全貌
精子は、精巣の中にある精細管という非常に細い管の中で、約74日間という長い時間をかけて作られます23。このプロセスは「精子形成」と呼ばれ、非常に複雑で精密な段階を経て進行します。驚くべきことに、健康な男性は1秒あたり約1,000個、1日で約1億個もの精子を生産していると推定されています2。
精子形成は、精子の元となる「精祖細胞」が分裂を始めることからスタートします。その後、遺伝情報を半分にする「減数分裂」という重要な過程を経て、最終的に頭と尾を持つ、私たちがよく知る精子の形へと成熟していきます。この74日間のいずれかの段階で問題が生じると、精子の数や運動能力、形態に影響が及ぶ可能性があります。生活習慣の改善や治療の効果が精液検査の結果に現れるまでに約3ヶ月を要するのは、この精子形成の期間が理由です。
1.2 精液検査の「成績表」を読み解く:WHO最新基準(2021年第6版)
精子の状態を評価する最も基本的な検査が「精液検査」です。世界保健機関(WHO)は、この検査方法と基準値を国際的に標準化するためのマニュアルを発行しており、2021年に11年ぶりに改訂され、第6版が発表されました5。この最新マニュアルは、単に基準値を変えただけでなく、「正常か異常か」という二元論的な考え方から脱却し、精液所見を連続的な値として捉える重要性を強調しています10。つまり、基準値をわずかに下回ったからといって、必ずしも自然妊娠が不可能というわけではないのです。
以下に、WHOが示した主な基準値の比較を示します。
検査項目 | 2010年基準値(第5版) | 2021年基準値(第6版) | この項目が示すこと |
---|---|---|---|
精液量 | 1.5 mL以上 | 1.4 mL以上 | 精液全体の量。少ない場合は精路の閉塞などが疑われる。 |
精子濃度 | 1,500万/mL以上 | 1,600万/mL以上 | 精液1mLあたりの精子の数。精子を作る能力の指標。 |
総精子数 | 3,900万/射精以上 | 3,900万/射精以上 | 1回の射精に含まれる精子の総数。 |
総運動率 | 40%以上 | 42%以上 | 前進している精子と、その場で動いている精子の合計の割合。 |
前進運動率 | 32%以上 | 30%以上 | 卵子に向かって前進できる精子の割合。特に重要視される。 |
正常形態率 | 4%以上 | 4%以上 | 頭部、頸部、尾部が正常な形をした精子の割合。 |
これらの数値はあくまで目安であり、一つの指標に過ぎません。体調によっても変動が大きいため、一度の結果で一喜一憂せず、複数回の検査や他の検査結果と合わせて総合的に判断することが重要です。
1.3 「見えない質」の重要性:精子DNA断片化(SDF)と酸化ストレス
通常の精液検査で分かるのは、精子の数、運動率、形態といった「外見」の情報です。しかし、近年、精子の「見えない質」、すなわち頭部に格納されている遺伝情報(DNA)の状態が、受精やその後の胚発生に極めて重要であることが分かってきました13。
精子のDNAが傷ついている状態を「精子DNA断片化(Sperm DNA Fragmentation)」と呼び、この損傷率が高いと、受精障害、胚の発育停止、流産の原因となる可能性があります。そして、このDNA断片化を引き起こす最大の要因の一つが「酸化ストレス」です9。酸化ストレスとは、体内で発生する活性酸素種(ROS)の産生が、それを打ち消す抗酸化力を上回ってしまい、細胞がダメージを受けてしまう状態を指します。精子は細胞膜に不飽和脂肪酸を多く含むため、この酸化ストレスに対して非常に脆弱です。喫煙、肥満、炎症、環境汚染物質、精神的ストレスなど、現代社会に溢れる様々な要因が酸化ストレスを増大させ、精子のDNAを傷つけてしまうのです。
精子DNA断片化を調べる検査(SDF検査)は、まだ一部の医療機関で自費診療として行われているのが現状ですが、原因不明の不妊や反復流産に悩むカップルにとっては、新たな治療の糸口を見つけるための重要な手がかりとなる可能性があります14。
第2部 日本の標準治療:2024年版診療ガイドラインが示す道筋
もし精液検査の結果が思わしくなかったり、自然妊娠が難しい状況だったりした場合、どのような治療が行われるのでしょうか。ここでは、2024年に日本泌尿器科学会(JUA)と日本生殖医学会(JSRM)によって初めて策定された「男性不妊症診療ガイドライン」4に基づき、日本の標準的な医療アプローチを解説します。
2.1 診断から治療まで:男性不妊の検査と原因
男性不妊の診療は、まず詳細な問診、身体診察、そして複数回の精液検査から始まります。日本の調査によると、男性不妊の最も多い原因は、精子をうまく作れない「造精機能障害」で、全体の82.4%を占めます。その中でも、原因が特定できない特発性が最も多いですが、治療可能な原因として最も重要なのが「精索静脈瘤」で、造精機能障害の約3割を占めると報告されています15。その他、ホルモン異常、射精障害、精子の通り道が詰まっている閉塞性無精子症などがあります。
2.2 手術で改善が期待できる「精索静脈瘤」
精索静脈瘤とは、精巣から心臓へ戻る血液が逆流し、精巣の周りの静脈(つる状静脈叢)がこぶのように腫れてしまう状態です。これにより精巣の温度が上昇したり、酸化ストレスが増大したりして、精子の質を低下させます。2024年のガイドラインでは、精液所見の異常を伴う精索静脈瘤に対する顕微鏡下手術(顕微鏡下低位結紮術)は、精液所見を改善させる効果が科学的に証明されているとして、「強く推奨(推奨度A)」されています46。これは、治療可能な男性不妊原因の中で最も効果が期待できる治療法の一つです。
2.3 無精子症でも諦めない:顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)
精液中に精子が全く見られない「無精子症」と診断された場合でも、子どもを授かる道が閉ざされたわけではありません。無精子症には、精子は作られているものの通り道が詰まっている「閉塞性無精子症」と、精巣での精子を作る能力が著しく低下している「非閉塞性無精子症」があります。特に後者の場合でも、精巣の中をくまなく探せば、ごく一部で精子が作られていることがあります。
このわずかな精子を回収するために行われるのが、「顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)」です。これは、手術用顕微鏡を用いて、精子が存在する可能性の高い太い精細管を狙って組織を採取する非常に高度な手術です。日本のガイドラインでは、非閉塞性無精子症に対するmicro-TESEは、最も精子回収率が高い方法として「強く推奨(推奨度A)」されています4。この手術を主導してきた順天堂大学の辻村晃教授は、この手技の確立が日本の男性不妊治療を大きく前進させたと述べています6。
2.4 薬物療法と漢方、サプリメントの位置づけ
手術以外の治療法として、薬物療法やサプリメントがあります。ガイドラインでは、特定のホルモン異常(低ゴナドトロピン性性腺機能低下症)に対するホルモン補充療法は「強く推奨(推奨度A)」されています。また、原因不明の乏精子症でテストステロン値が低い患者に対して、排卵誘発剤としても使われるクロミフェンクエン酸塩を投与する治療が「選択肢として推奨(推奨度B)」されています4。
【注意】サプリメントや漢方の自己判断は危険です
一方で、抗酸化サプリメントや一部の漢方薬については、精液所見を改善する可能性を示唆する研究報告はあるものの、その科学的根拠はまだ十分とは言えず、ガイドラインでは「弱いエビデンスしかない(推奨度C)」、または「行わないことを提案する」と位置づけられています4。これらを利用する際は、必ず専門医に相談し、標準治療の妨げにならないよう注意が必要です。
第3部 今日から始める:精子の質を高める生活習慣の科学
専門的な治療と並行して、あるいは治療を始める前に、自分でできることは何かないのでしょうか。答えは「イエス」です。約74日間の精子形成の旅は、あなたの生活習慣から大きな影響を受けます。ここでは、科学的根拠に基づいた生活改善のポイントを具体的に解説します。
3.1 喫煙と飲酒:最も避けるべき2大リスク
精子の質にとって、最大の敵と言えるのが「喫煙」です。タバコの煙に含まれる有害物質は、強力な酸化ストレス源となり、精子のDNAを直接的に損傷させます。複数の研究を統合したメタアナリシス(質の高い科学的根拠)においても、喫煙は精子DNA断片化(SDF)を増大させる最も確実なリスク因子の一つであることが繰り返し示されています916。妊活を決意したら、まず最初に禁煙に取り組むべきです。
「飲酒」もまた、精子にとって好ましくありません。特に、慢性的な多量飲酒は、精子を作る精巣の機能を直接的に抑制し、テストステロンの産生を低下させることが知られています16。適度な飲酒であれば影響は少ないとする報告もありますが、「適度」の定義は曖昧です。妊活期間中は、可能な限り飲酒を控えるか、量を大幅に減らすことが賢明です。
3.2 熱から精巣を守る:下着、サウナ、PC操作の注意点
精巣は「熱」に非常に弱い臓器です。精子を正常に作るための至適温度は、体温よりも2〜3℃低い状態に保たれる必要があります。そのため、精巣を温めすぎる生活習慣は避けるべきです。
- 下着の選択:
体に密着するブリーフよりも、通気性の良いトランクスの方が精液所見が良いという研究結果があります17。 - 長風呂やサウナ:
頻繁なサウナの利用や長時間の入浴は、精巣の温度を上昇させ、精子の質を一時的に低下させる可能性があります18。 - ノートパソコンの膝上使用:
ノートパソコンを長時間、膝の上で操作することも、局所的な温度上昇の原因となり得るため注意が必要です。
3.3 食事、運動、睡眠、ストレス管理
特定の食品だけを食べるのではなく、バランスの取れた健康的な生活全体が、精子の質を支える基盤となります。
- 食事:
魚、野菜、果物、ナッツ類を豊富に含む地中海式の食事が、精子の質の改善に寄与する可能性が示唆されています19。抗酸化物質を多く含む食品を意識的に摂ることが重要です。 - 運動:
適度な運動は血流を改善し、酸化ストレスを軽減しますが、過度な運動は逆にストレスとなり得るため注意が必要です。 - 睡眠:
睡眠不足はホルモンバランスを乱し、精子の質に悪影響を与える可能性があります。質の良い睡眠を十分にとることが大切です。 - ストレス:
精神的なストレスもまた、酸化ストレスを増大させる要因です。リラックスできる時間を見つけ、ストレスを上手に管理することが求められます。
カテゴリ | チェック項目 | はい / いいえ |
---|---|---|
基本的生活 | 禁煙している | |
過度な飲酒を避けている | ||
温度管理 | 長風呂やサウナを避けている | |
通気性の良い下着(例:トランクス)を着用している | ||
ノートパソコンを膝の上で長時間使用しない | ||
健康全般 | バランスの取れた食事を心がけている | |
適度な運動を習慣にしている | ||
十分な睡眠時間を確保している | ||
ストレスを効果的に管理できている |
第4部 栄養とサプリメント:エビデンスに基づいた賢い選択
「精子に良い」とうたわれるサプリメントは数多く存在しますが、その効果は玉石混交です。ここでは、比較的科学的根拠が豊富な栄養素と、サプリメントを選ぶ際の注意点について解説します。
4.1 科学的根拠のある栄養素とは?
酸化ストレスから精子を守る「抗酸化物質」が、男性妊活サプリメントの中心的な役割を担います。複数の研究報告を統合・解析したメタアナリシスにより、以下の成分が精液所見を改善する可能性が示されています。
- コエンザイムQ10 (CoQ10):
強力な抗酸化作用を持ち、精子のエネルギー産生にも関与します。複数のメタアナリシスで、精子濃度、運動率、正常形態率を改善する効果が報告されています920。 - L-カルニチン:
精子の成熟と運動機能に必須のアミノ酸の一種。精子の運動率改善に効果が期待されます。 - 亜鉛:
精子の形成やテストステロンの産生に不可欠なミネラル。亜鉛欠乏は精子数の減少や機能低下につながる可能性があります。 - セレン、ビタミンC、ビタミンE: これらも強力な抗酸化物質であり、相乗的に働くことで酸化ストレスから精子を守る効果が期待されます。
ただし、これらの研究の多くは小規模であり、結果も常に一貫しているわけではありません。2024年の日本版ガイドラインが示すように、サプリメントの有効性はまだ限定的(推奨度C)と考えるのが妥当です4。
4.2 日本国内での臨床研究
海外の研究だけでなく、日本人男性を対象とした研究も行われています。例えば、複数の抗酸化物質を含む複合サプリメント(商品名:メネビット®)を摂取した日本人男性において、精液中の酸化ストレスレベル(sORP)が有意に低下し、精子濃度が改善したという臨床研究が2024年に発表されています21。このような国内データは、日本人にとっての有効性を考える上で参考になります。
4.3 サプリメント摂取の注意点
サプリメントはあくまで「食品」であり、医薬品ではありません。過剰摂取はかえって健康を害する可能性もあります。また、効果を実感できるまでには、精子形成期間を考慮して少なくとも3ヶ月以上の継続が必要とされます。最も重要なことは、安易な自己判断でサプリメントに頼るのではなく、まずは生活習慣の改善を基本とし、サプリメントを利用する際は必ず医師や薬剤師などの専門家に相談することです。
第5部 実践編:妊活のタイミングとパートナーシップ
精子の質を高める努力と並行して、妊娠の可能性を最大限に高めるための具体的な実践方法も重要です。ここでは、射精の頻度やパートナーとの協力体制について解説します。
5.1 「禁欲すれば精子が増える」は本当か?
「禁欲期間が長いほど、精子がたくさん溜まって妊娠しやすくなる」というのは、よくある誤解の一つです。確かに、禁欲期間が長くなれば精子の「数」は増えますが、その一方で、古い精子が長くとどまることで酸化ストレスにさらされる時間も長くなり、DNAの損傷が進んで精子の「質」が低下してしまう可能性があります22。
様々な研究結果を総合すると、妊活中の最適な射精頻度は、2〜3日に1回程度が推奨されています323。これにより、常に新鮮で質の良い精子を供給することができます。排卵日に合わせて1回だけタイミングを取るのではなく、排卵期の前後に数回タイミングを持つことが、妊娠の確率を高める上で効果的です。
5.2 パートナーとの協力体制を築く
妊活は決して一人で行うものではなく、カップルの「チーム戦」です。特に、排卵日に合わせて性交を行わなければならないというプレッシャーは、男性にとって大きなストレスとなり、時には性交がうまくいかなくなる「心因性ED(勃起不全)」の原因となることもあります。
NPO法人Fineの調査でも、不妊治療における精神的な負担を訴える声は多く、カップル間のコミュニケーションと支え合いが極めて重要であることが示されています24。男性も治療の主体的な当事者であるという意識を持ち、検査や治療の情報を共有し、お互いの気持ちを率直に話し合うことが、困難を乗り越えるための力となります。
第6部 日本の男性不妊を取り巻く環境
最後に、日本で男性不妊治療を受ける上で知っておくべき、経済的な問題や社会的なサポート体制について解説します。
6.1 経済的負担と保険適用の現状
2022年4月から、人工授精、体外受精、顕微授精といった主要な不妊治療が公的医療保険の適用対象となり、患者の経済的負担は大幅に軽減されました25。タイミング法や精液検査、一部の薬物療法なども保険診療で受けることができます。
【知っておきたい現実】保険適用後の課題
しかし、すべての治療が保険でカバーされるわけではありません。精子DNA断片化指数(SDF)検査や、保険適用外の薬剤・サプリメントなどは自費診療となります。また、保険診療と自費診療を組み合わせる「先進医療」もあります。NPO法人Fineが2022年に行った調査によると、保険適用後であっても、回答者の4人に1人(25.0%)が「全て自費で治療を受けた」と回答しており、高額な費用が依然として大きな負担となっている実態が浮き彫りになっています7。治療を始める前に、費用について医療機関とよく相談することが重要です。
6.2 心理的影響とサポート体制
不妊、特に男性不妊と診断されることは、男性の自尊心やアイデンティティを揺るがし、大きな心理的ストレスとなることがあります。罪悪感、不安、孤立感に苛まれることも少なくありません。このような精神的な負担は、パートナーとの関係にも影響を及ぼす可能性があります。
一人で抱え込まず、専門家や同じ経験を持つ人々と繋がることが大切です。多くの不妊治療クリニックではカウンセリングを提供しています。また、NPO法人Fine26のような当事者による支援団体は、電話相談や交流会などを通じて、ピアサポート(仲間による支え合い)の機会を提供しています。信頼できる情報源や相談窓口を活用し、心理的なサポートを得ることも、妊活を乗り越える上で非常に重要です。
よくある質問
Q1. 精液検査はどこで受けられますか?費用は?
精液検査は、泌尿器科や産婦人科、不妊治療を専門とするクリニックで受けることができます。不妊症の診断のために医師が必要と判断した場合は保険適用となり、自己負担額は数千円程度です。ブライダルチェックなど、特に症状がない場合の検査は自費診療となり、施設によって異なりますが1万円〜2万円程度が目安です。
Q2. 1回の検査結果が悪くても、改善する可能性はありますか?
はい、十分にあります。精液所見は、その日の体調、ストレス、睡眠時間などによって大きく変動します。1回の結果だけで判断せず、期間をあけて2〜3回検査を受けることが推奨されます。また、本記事で解説したような生活習慣の改善(禁煙、節酒、適度な運動など)を3ヶ月以上続けることで、精液所見が改善する可能性は十分にあります。
Q3. 産み分けは可能ですか?
現時点では、精子の選別によって男女の産み分けを確実に行うための、科学的に証明された医学的方法は存在しません。インターネット上には様々な情報がありますが、その多くは医学的根拠に乏しいものです。
Q4. 漢方薬は効果がありますか?
一部の漢方薬(例:補中益気湯)が精液所見を改善したという報告はありますが、質の高い臨床研究は少なく、科学的根拠はまだ確立されていません。2024年版の診療ガイドラインでも、その有効性は限定的とされています。漢方薬は体質によって合う・合わないがあるため、使用する際は必ず漢方に詳しい医師や薬剤師に相談してください。
結論
本記事では、2024年版の最新診療ガイドラインや世界的な科学的エビデンスに基づき、男性妊活のすべてを網羅的に解説しました。最も重要なメッセージは、今日の精子は約3ヶ月前の生活習慣の集大成であるということ、そして男性不妊は決して珍しいことではなく、科学に基づいた正しい知識と行動によって改善の可能性があるということです。
妊活は、時に先の見えない暗いトンネルのように感じられるかもしれません。しかし、今は男性が主体的に情報を得て、行動できる時代です。この記事が、あなたとパートナーにとって希望の光となり、今日から始めるべき具体的な一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。一人で、あるいは二人だけで悩まず、専門家への相談をためらわないでください。あなたの前向きな行動が、未来へと繋がる最も確かな道筋となるでしょう。
参考文献
- ロート製薬株式会社. ロート製薬『妊活白書2024』を公開。妊活に主体的な「妊活男子」… [インターネット]. 2025 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.rohto.co.jp/news/release/2025/0304_01/
- Griswold MD. Spermatogenesis: The Commitment to Meiosis. Physiol Rev. 2016 Jan;96(1):1-17. doi: 10.1152/physrev.00013.2015. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26537427/
- はらメディカルクリニック. 不妊治療におけるベストな禁欲期間とは?精子の質を高める方法も解説 [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.haramedical.or.jp/column/staff/000866.html
- 日本泌尿器科学会, 日本生殖医学会. 男性不妊症診療ガイドライン 2024年版. メディカルレビュー社; 2024.
- World Health Organization. WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen. 6th ed. Geneva: World Health Organization; 2021. Available from: https://www.who.int/publications/i/item/9789240030787
- HOKUTO. 【日本初】男性不妊症診療GLが発刊 : 委員長・辻村晃氏に聞く [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://hokuto.app/post/eiluLqGqVMwBDdcne3g7
- NPO法人Fine. 「保険適用後の不妊治療に関するアンケート 2022」 調査結果概要・グラフ集 [インターネット]. 2022 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://j-fine.jp/prs/fineprs_hokentekiyougo_anketo-2022_data-shu.pdf
- Fallah A, Mohammad-Hasani A, Colagar AH. The impact of selected modifiable lifestyle factors on male fertility in the modern world. Reprod Biol. 2021 Feb;21(1):100473. doi: 10.1016/j.repbio.2021.100473. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33552585/
- Evgeni E, Lymouris G, Goudakou M, et al. Lifestyle-, environmental-, and additional health factors associated with an increased sperm DNA fragmentation: a systematic review and meta-analysis. Arch Gynecol Obstet. 2023 May;307(5):1337-1351. doi: 10.1007/s00404-022-06899-2. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36653793/
- Leisegang K, Finelli R, Agarwal A. The Sixth Edition of the WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen: is everything new a well-forgotten old?. Andrologia. 2022 May;54(4):e14381. doi: 10.1111/and.14381. Available from: https://doaj.org/article/e9fa806a29d14505b91d0c5d254cc4f0
- Maldonado-Rosas I, González-Martínez M, Martínez-Gómez M, et al. Sixth edition of the World Health Organization laboratory manual of semen analysis: Updates and essential take away for busy clinicians. Actas Urol Esp (Engl Ed). 2024 May;48(4):257-264. doi: 10.1016/j.acuroe.2024.01.002. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10929669/
- Boitrelle F, Shah R, Saleh R, et al. The Sixth Edition of the WHO Manual for Human Semen Analysis: A Critical Review and SWOT Analysis. Life (Basel). 2021 Dec 14;11(12):1368. doi: 10.3390/life11121368. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8706130/
- Schulte RT, Ohl DA, Sigman M, Smith JF. Updates to Male Infertility: AUA/ASRM Guideline (2024). J Urol. 2024 Aug 14:101097JU0000000000004180. doi: 10.1097/JU.0000000000004180. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39145501/
- 高崎ARTクリニック. 新しい精液検査を開始しました。 [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.takasakiartclinic.jp/%E7%94%B7%E6%80%A7%E4%B8%8D%E5%A6%8A/873/
- 日本泌尿器科学会. 我が国における男性不妊に対する 検査・治療に関する調査研究 平成27年度総括・分担研 [インターネット]. 2017 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.urol.or.jp/lib/files/info/ministries/20170105_research_report.pdf
- Radwan M, Jurewicz J, Radwan P, et al. The impact of selected modifiable lifestyle factors on male fertility in the modern world. Cent European J Urol. 2021;73(4):517-522. doi: 10.5173/ceju.2020.0270.R1. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7848840/
- Mínguez-Alarcón L, Gaskins AJ, Chiu YH, et al. Type of underwear worn and markers of testicular function among men attending a fertility center. Hum Reprod. 2018 Sep 1;33(9):1749-1756. doi: 10.1093/humrep/dey259.
- Garolla A, Ghezzi M, De Toni L, et al. The combination matters – distinct impact of lifestyle factors on sperm quality: a study on semen analysis of 1683 patients according to MSOME criteria. Reprod Biol Endocrinol. 2013 Feb 15;11:6. doi: 10.1186/1477-7827-11-6. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3575231/
- Skoracka K, Eder P, Łykowska-Szuber L, et al. Diet and Nutritional Factors in Male (In)fertility-Underestimated Factors. J Clin Med. 2020 May 13;9(5):1400. doi: 10.3390/jcm9051400.
- Salas-Huetos A, Rosique-Esteban N, Becerra-Tomás N, et al. The Effect of Nutrients and Dietary Supplements on Sperm Quality Parameters: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Clinical Trials. Adv Nutr. 2018 Nov 1;9(6):833-848. doi: 10.1093/advances/nmy057.
- Ogawa S, Matsushita Y, Ota S, et al. Effect of an Antioxidant Supplement in Japanese Men with High Seminal Oxidative Stress. Antioxidants (Basel). 2024 May 23;13(6):635. doi: 10.3390/antiox13060635. Available from: https://doi.org/10.3390/antiox13060635
- Hanson BM, Aston KI, Hotaling JM, et al. The effect of ejaculation frequency on sperm quality. Cent European J Urol. 2018;71(2):232-237. doi: 10.5173/ceju.2018.1633.
- にしたんARTクリニック. 精液量を増やすには?妊活のために質の良い精子を作る方法を解説 [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nishitan-art.jp/cmc/column/202407220340-2/
- NPO法人Fine. 当事者の経済的負担増! 不妊治療が高額化 [インターネット]. 2018 [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://j-fine.jp/prs/prs/fineprs_Keizaiteki_anketo2018.pdf
- 厚生労働省. 不妊治療に関する取組 [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/funin-01_00004.html
- NPO法人Fine. NPO法人Fine 現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会 [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://j-fine.jp/