この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。
- 日本動脈硬化学会: 本稿における高LDLコレステロール血症を合併する患者への指導は、同学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」で推奨されている食事性コレステロール摂取量の基準に基づいています5。
- 厚生労働省: 日本人全体の健康維持・増進に関する視点は、同省が策定した「日本人の食事摂取基準(2020年版)」におけるコレステロール目標量の考え方を根拠としています6。
- 複数の国際的メタ解析研究: 糖尿病患者における卵の摂取と心血管疾患の危険性に関する記述は、英国医師会雑誌(BMJ)や米国臨床栄養学会誌(AJCN)などに掲載された、複数の大規模コホート研究を統合・分析したメタ解析の結果に基づいています789。
- 日本人を対象とした疫学研究: 日本人における適度な卵摂取の影響については、日本人集団を対象に行われた複数のコホート研究の結果を参考にしています10。
要点まとめ
- 健常者においては、1日1個程度の卵の摂取は心血管疾患の危険性を上昇させないというのが現在の科学的コンセンサスです。
- 糖尿病患者の場合、特に脂質異常症や心血管疾患を合併している方では、卵の高頻度の摂取が心血管疾患の危険性を高める可能性が複数の研究で示唆されています。
- 危険性は卵単体ではなく、「何と一緒に食べるか」という食事パターン全体が極めて重要です。加工肉などとの組み合わせは避け、野菜と組み合わせることが推奨されます。
- 日本の診療ガイドラインでは、高リスク患者に対してコレステロール摂取量を1日200mg未満に制限することを推奨しており、これは患者の安全を最優先する判断です。
- 最終的な摂取量は個人の健康状態によるため、必ず主治医や管理栄養士に相談して、個別のアドバイスを受けることが最も重要です。
卵の栄養価と「コレステロール論争」の真実
卵に関する議論を正しく理解するためには、まずその栄養的価値と、長年続いたコレステロール論争の背景を知ることが不可欠です。
栄養の宝庫としての卵
卵は、その小さな殻の中に生命を育むための栄養素が凝縮された「完全栄養食品」に近い存在です。特に、以下のような点で非常に価値が高い食品と言えます11。
- 良質なタンパク質: 必須アミノ酸をバランス良く含み、体内での利用効率が非常に高い良質なタンパク質の供給源です。筋肉や臓器、免疫物質の材料となり、健康維持に欠かせません。
- 豊富なビタミン・ミネラル: 脂溶性ビタミンであるビタミンA、D、水溶性ビタミンであるビタミンB2、B12、葉酸などを豊富に含みます。また、抗酸化作用を持つセレンや、代謝に関わる鉄、ヨウ素といったミネラルも含まれています。
- 有用な脂質と生理活性物質: 卵黄には、コレステロール値を下げる効果のあるオレイン酸などの不飽和脂肪酸が含まれています12。また、細胞膜の構成成分であり、脳の機能にも関わるコリンや、目の健康に寄与するルテインやゼアキサンチンといったカロテノイドも含有します。
- 低糖質: 卵は糖質をほとんど含まないため、血糖値の管理が重要な糖尿病患者さんにとって、糖質制限(ロカボ)の観点からも非常に有用な食材です13。
一方で、議論の中心となるコレステロールは、Mサイズの卵1個(約50g)におよそ210mgから250mg含まれており、そのすべてが卵黄に存在します3。
栄養素 | 含有量 |
---|---|
エネルギー (Calories) | 約 76 kcal |
たんぱく質 (Protein) | 約 6.2 g |
脂質 (Fat) | 約 5.2 g |
炭水化物 (Carbohydrates) | 約 0.2 g |
コレステロール (Cholesterol) | 約 210 mg |
ビタミンD | 1.9 µg |
ビタミンB12 | 0.5 µg |
セレン (Selenium) | 15 µg |
出典: 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」および関連資料11に基づき作成。 |
食事摂取基準から消えたコレステロール上限値:その背景と正しい理解
長年、「コレステロールの摂りすぎは心臓病の危険性を高める」と考えられてきました。しかし、2015年に大きな転換点が訪れます。米国の「アメリカ人のための食生活指針 2015-2020」および日本の厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2015年版)」が、相次いで食事性コレステロールの摂取上限値(従来は1日300mg未満などが目安とされていた)を撤廃したのです4。この変更の背景には、栄養科学におけるパラダイムシフトがありました。かつての「食品中のコレステロール = 血中のコレステロール値上昇 = 悪」という単純な図式は、より複雑で精緻な理解へと更新されたのです。
- 体内でのコレステロール産生: 体内のコレステロールの約70-80%は肝臓などで自ら合成されており、食事から吸収されるのは残りの20-30%に過ぎません。健康な人では、食事からの摂取量が増えれば体内での産生量が減るという、精巧な調整機能が働きます14。
- 個人差の大きさ: 食事性コレステロールに対する血中コレステロール値の反応には、非常に大きな個人差があることがわかってきました。遺伝的要因などにより、影響を受けやすい人(hyper-responder)と受けにくい人(hypo-responder)がいます15。このため、すべての人に当てはまる画一的な上限値を設定することが科学的に困難であると判断されました。
- 飽和脂肪酸の影響: 血中の悪玉(LDL)コレステロール値を上昇させるより強力な要因は、食事性コレステロールそのものよりも、肉の脂身やバターなどに多く含まれる「飽和脂肪酸」であることが明らかになりました16。
- 食事パターンへの着目: 特定の栄養素を単独で評価するのではなく、食事全体のパターンで健康への影響を評価する考え方が主流となりました。地中海食やDASH食といった健康的な食事パターンは、結果的にコレステロールや飽和脂肪酸の摂取量が少なくなる傾向にあります17。
重要なのは、この上限値撤廃が「コレステロールをいくらでも摂取して良い」という許可証ではない、という点です。これは、「健常者において、過剰摂取を心配すべき栄養素ではない」という位置づけの変更であり、食事全体のバランスを重視するよう促すメッセージです17。特に、すでに脂質異常症と診断されている人や、その他の危険因子を持つ人に対しては、依然として慎重な姿勢が求められます。この点は、後のセクションで詳しく解説します5。
世界の研究が示す「卵と病気の危険性」:最新メタ解析の深掘り
個々の研究だけでは結論が揺れ動くため、多くの研究を統合して分析する「メタ解析(メタアナリシス)」は、科学的根拠の中でも信頼性が高いとされています。ここでは、卵の摂取と病気の危険性に関する主要なメタ解析の結果を深掘りします。
一般の人では、卵は糖尿病や心臓病の危険性を上げるのか?
まず、糖尿病ではない一般の人々を対象とした研究を見てみましょう。結論から言うと、「1日1個程度の適度な卵の摂取は、心血管疾患(心臓病や脳卒中)の危険性を上昇させない」というのが、現在の科学的なコンセンサスです。複数の大規模なメタ解析がこの結論を支持しています11。2020年に英国医師会雑誌(BMJ)に掲載された研究では、172万人以上を対象としたメタ解析の結果、1日1個の卵の追加摂取と心血管疾患リスクとの間に関連は見られませんでした9。特にアジア人集団では、むしろ危険性が低下する可能性も示唆されています11。一方で、2型糖尿病の「発症」リスクについては、より複雑な様相を呈します。いくつかのメタ解析では、卵の摂取量が多いと2型糖尿病を発症する危険性が高まるという関連が報告されました15。しかし、より新しい研究で詳しく分析すると、この関連は主に米国で行われた研究に限定されることがわかってきました18。
なぜ米国とアジアで結果が違う? 食習慣という「見過ごせない要因」
この米国とアジア・欧州での結果の違いは、卵と健康の関係を考える上で極めて重要な示唆を与えます。それは、「卵を『何と』一緒に食べるか」、つまり食事パターン全体が、健康への影響を大きく左右する可能性です。
- 米国での食習慣: 米国の研究では、卵の摂取量が多い人は、BMIが高い、赤身肉や加工肉(ベーコン、ソーセージなど)の摂取量が多い、といった傾向が見られます9。つまり、卵がバターを塗ったトーストや加工肉と共に、高飽和脂肪酸・高カロリーな「ウェスタン(欧米型)パターン」の食事の一部として消費されていることが多いのです19。この場合、観察された危険性の上昇が、卵そのものによるものか、あるいは一緒に食べられている不健康な食品や生活習慣全体によるものかを見分けることは困難です。これは「不健康なユーザーバイアス」と呼ばれる現象かもしれません。
- アジアでの食習慣: 一方、アジア諸国では、卵は炒め物やスープ、丼物など、多様な料理の中で野菜などと共に摂取されます。米国のように、朝食で加工肉とセットで食べられる習慣は一般的ではありません。この食事パターンの違いが、アジアでの研究で危険性の上昇が見られない、あるいは危険性の低下が見られる理由の一つと考えられます9。
この事実は、私たちに科学リテラシーの重要性を教えてくれます。観察研究の結果は「相関関係」を示しているに過ぎず、必ずしも「因果関係」を意味するわけではありません。卵は、複雑な生活習慣という方程式の中の一つの変数なのです。
【最重要】糖尿病患者における卵摂取と心血管疾患の危険性
ここからが、本記事の核心部分です。すでに糖尿病と診断されている人が卵を摂取した場合、危険性はどうなるのでしょうか。この点に関しては、複数のメタ解析や大規模コホート研究が、より一貫した、そして注意を要する結果を示しています。それは、「糖尿病患者において、卵の高頻度の摂取は、心血管疾患(CVD)の発症リスク上昇と関連する」というものです15。例えば、2013年に米国臨床栄養学会誌(AJCN)に掲載されたメタ解析では、糖尿病患者が1日1個以上卵を摂取する場合、週に1個未満の人に比べてCVDを発症する危険性が69%高くなる(ハザード比 1.69)と結論付けています8。他の研究でも同様の傾向が報告されており、この集団においては、一般の人々とは異なる特別な配慮が必要であることを示唆しています15。
なぜ糖尿病患者では危険性が高まるのでしょうか。そのメカニズムとして、以下のような可能性が考えられています。
- 脂質代謝異常(糖尿病性脂質異常症): 糖尿病患者、特に血糖管理が不良な場合、特有の脂質代謝異常(高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症、小型高密度LDLコレステロールの増加など)を呈することが多く、動脈硬化が進行しやすい状態にあります20。
- コレステロールへの感受性亢進: このような状態では、健常者であれば問題にならないようなわずかな血中コレステロール値の上昇でも、動脈硬化プラークの形成を助長し、心血管イベントの引き金となり得る可能性があります21。食事から摂取されたコレステロールの影響を、より受けやすい体内環境になっていると考えられるのです。
研究/メタ解析 (出典) | 対象集団 | 2型糖尿病リスク | 心血管疾患リスク | 重要な注意点/地域差 |
---|---|---|---|---|
Shin et al. 20138 | 一般/糖尿病患者 | 一般集団でリスク増 | 一般集団では関連なし。糖尿病患者ではリスク増。 | 解析対象の研究は主に欧米で実施。 |
Wallin et al. 201618 | 一般集団 | 全体では関連なし。米国研究では週3個以上でリスク増。 | – | 地域差が顕著であることを指摘。 |
Drouin-Chartier et al. 2020 (AJCN)19 | 一般集団 | 全体では関連なし。米国ではリスク増、欧州・アジアでは関連なし。 | – | 食事パターンの違いが結果に影響している可能性を示唆。 |
Drouin-Chartier et al. 2020 (BMJ)9 | 一般集団 | – | 全体では関連なし。アジアではリスク低下の可能性。 | 米国では卵摂取と赤身肉摂取が関連。 |
Zhao et al. 202222 | 一般集団 | – | 卵の高摂取は総死亡およびCVD関連死亡のリスク増と関連。 | 1日50g(約1個)の卵の追加摂取でCVDリスクが上昇。 |
この表は、科学的知見が常に更新され、研究によって結論が異なる場合があることを示しています。特にZhaoらの研究は、他の多くの研究とは異なる厳しい結果を示しており、議論が続いていることを表しています。 |
日本の現状と専門家の推奨:私たち日本人はどう考えるべきか
世界的な研究動向を踏まえ、日本の医療現場ではこの問題がどのように捉えられているのでしょうか。日本のガイドライン、日本人を対象とした研究、そして日本特有の食文化を考慮して、私たちがとるべき姿勢を考えます。
日本の診療ガイドラインの見解
日本の公的な指針には、大きく分けて二つのレベルがあります。一つは、厚生労働省が策定する国民全体の健康維持・増進を目的とした「日本人の食事摂取基準」。もう一つは、各医学会が特定の疾患を持つ患者の治療・管理のために策定する「診療ガイドライン」です。前述の通り、「食事摂取基準(2020年版)」では、健常者におけるコレステロールの目標量(上限)は設定されていません6。しかし、これはあくまで「発症予防」の観点からのものであり、すでに疾患を持つ人には別の基準が適用されます。ここで重要になるのが、日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」です。このガイドラインでは、高LDLコレステロール血症の患者に対して、食事からのコレステロール摂取量を1日200mg未満に制限することを推奨しています5。卵1個に約210mg以上のコレステロールが含まれていることを考えると23、これは実質的に、この集団に対して卵の摂取を厳しく制限するよう求めるものです。糖尿病患者は、心血管疾患のハイリスク群であり、脂質異常症を合併しているケースも非常に多いため24、この動脈硬化学会の厳しい基準が、多くの糖尿病患者の食事指導の現場で参考にされています25。この一見矛盾するような状況(一般向けには上限撤廃、患者向けには厳しい制限)は、日本の臨床現場における「予防原則」の表れと解釈できます。つまり、高リスクで脆弱な患者集団に対しては、科学的根拠が完全に確立されていなくても、潜在的な危険性を回避するために安全策をとる、という責任ある臨床判断なのです。これは時代遅れの指導ではなく、患者の安全を最優先する姿勢の表れと言えるでしょう。
日本人対象の研究と「1日1個」説の妥当性
では、日本人を対象とした研究ではどのような結果が出ているのでしょうか。複数の研究で、日本人においては1日1個程度の卵の摂取は、糖尿病発症や心血管疾患の危険性を上昇させないことが示唆されています10。日本の医療機関や健康情報サイトでしばしば見られる「1日1個までなら安心」というアドバイスは、この日本人での研究結果や、前述した臨床現場の慎重な姿勢を反映した、非常に実践的でバランスの取れた指針と言えます10。すべての人に当てはまる厳密な科学的ルールではないかもしれませんが、健康に不安を抱える人々にとって、節度を保ち、安全性を確保するための分かりやすい目安として機能しています。
日本の卵はなぜ安全?世界に誇るサルモネラ管理体制
卵の危険性を語る上で、日本特有の文化的背景にも触れておく必要があります。それは「卵の生食文化」と、それを支える高度な衛生管理体制です。日本では「卵かけご飯」に代表されるように、生で卵を食べる習慣が根付いています。これが可能なのは、世界でも類を見ないほど徹底されたサルモネラ菌対策のおかげです26。農林水産省や厚生労働省の指導のもと、生産農場からGPセンター(鶏卵格付選別施設)での洗浄・殺菌、流通、販売に至るまで、多段階での衛生管理が行われています26。これにより、日本の市販卵のサルモネラ汚染率は極めて低く抑えられています26。ただし、本記事で議論しているのは、食中毒の危険性ではなく、卵に含まれるコレステロールや脂質が体内で引き起こす「代謝的リスク」です。日本の卵が衛生的で安全であることと、糖尿病患者が摂取する際の代謝的リスクは、分けて考える必要があります。この点を明確に区別することが、冷静な判断につながります。
糖尿病患者さんのための実践的な卵の食べ方
これまでの科学的知見と日本の状況を総合し、糖尿病を持つ方々が実生活でどのように卵と付き合っていけば良いのか、具体的な指針を提示します。
結論:結局、1日に何個まで?個人の健康状態に合わせた目安
最も重要な結論は、「すべての糖尿病患者に当てはまる唯一の正解はない」ということです。卵を何個まで食べられるかは、個々の血糖管理の状態、脂質異常症や心血管疾患の合併の有無によって大きく異なります。したがって、推奨は個別化されるべきです。
以下の表は、ご自身の健康状態に合わせて摂取量を考えるための一つの目安です。必ず、最終的な判断は主治医や管理栄養士と相談の上で行ってください。
患者さんの状態 | 推奨摂取量 | 注意点 | 主な科学的根拠 |
---|---|---|---|
A) 血糖コントロール良好で、脂質異常症や心血管疾患の合併がない方 | 1日1個程度 | 食事全体のバランスを最も重視する。卵を食べる日は他の高コレステロール食品を控えめにするなどの工夫も有効。 | 日本人での研究やアジアでの疫学研究では、この程度の摂取でリスク増は見られない9。 |
B) 脂質異常症(特に高LDLコレステロール血症)を合併している方 | 2日に1個程度、または医師・管理栄養士の指示に従う | 日本動脈硬化学会の指針(コレステロール200mg/日未満)を遵守することが望ましい。飽和脂肪酸の多い肉の脂身なども同時に制限する。 | 日本動脈硬化学会の診療ガイドラインに基づく推奨5。 |
C) 虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症など)の既往がある方 | 摂取を控えるか、必ず主治医に相談する | 心血管疾患の再発予防が最優先。卵の摂取によるわずかなリスク上昇も避けるべきという考え方が基本となる。 | 糖尿病患者における卵の高摂取とCVDリスク増の関連を示したメタ解析の結果を重視する8。 |
血糖管理に配慮した調理法と「賢い食べ合わせ」
卵の食べ方一つで、健康への影響は変わります。
- 推奨される調理法: 油やバターを多量に使わない調理法が望ましいです。ゆで卵、温泉卵、ポーチドエッグなどは、余分な脂質を加えずに卵の栄養を摂取できます。フライパンで調理する場合は、油を使いすぎない目玉焼きや、だしを効かせた卵焼きが良いでしょう。バターをたっぷり使ったスクランブルエッグや、マヨネーズを多用する卵サラダは注意が必要です27。
- 賢い食べ合わせ: 「何と一緒に食べるか」が鍵です。卵を食べる際は、食物繊維が豊富な野菜(ほうれん草、ブロッコリー、きのこ類など)や海藻をたっぷりと組み合わせることを意識してください。食物繊維は、脂質やコレステロールの吸収を穏やかにする働きがあります。逆に、ベーコン、ソーセージ、バターを塗ったパンといった飽和脂肪酸の多い食品との組み合わせは、最も避けるべき食べ方です28。
糖尿病食事療法のための食品交換表での卵の扱い
食事療法で「食品交換表」を活用している方のために、卵の位置づけを確認しておきましょう。卵は、魚介、大豆製品、肉などと共に、主にタンパク質の供給源として「表3」に分類されています29。Mサイズの卵1個(約50g)は、食品交換表の「1単位(80kcal)」に相当します25。1日の指示単位数の中で、肉や魚の一部を卵に置き換える、といった形で計画的に食事に取り入れることが可能です。
よくある質問
結局、糖尿病患者は卵を1日に何個まで食べていいのですか?
すべての人に当てはまる明確な答えはありません。個人の健康状態によります。血糖コントロールが良好で、脂質異常症や心臓病の合併症がない場合は「1日1個程度」が目安とされています。しかし、脂質異常症がある場合は「2日に1個程度」かそれ以下に、心臓病の既往がある方は摂取を控えるか、必ず主治医に相談することが推奨されます。最終的な判断は、ご自身の検査データを把握している主治医や管理栄養士と相談して決めることが最も安全です。
卵を食べると、血糖値やコレステロール値は必ず上がりますか?
どのような調理法や食べ合わせがおすすめですか?
日本の卵は生で食べても安全なのに、なぜ糖尿病患者は注意が必要なのですか?
日本の卵が世界最高水準の衛生管理により、サルモネラ菌などの食中毒の危険性が極めて低いことは事実です26。しかし、ここで議論しているのは食中毒の危険性ではなく、卵に含まれるコレステロールなどが体内で引き起こす「代謝的リスク」です。糖尿病患者さんは、脂質代謝が健常者と異なる場合があり、動脈硬化が進行しやすい状態にあるため、代謝的な観点から慎重な摂取が求められます。衛生的な安全性と代謝的な危険性は、別の問題として考える必要があります。
結論
本稿では、糖尿病患者と卵の関係について、最新の科学的根拠から日本の実情まで、多角的に掘り下げてきました。最後に、重要なポイントを改めて整理します。
- 一般論と個別論の区別: 健常者では「卵は心臓病リスクを上げない」が定説ですが、糖尿病患者、特に脂質異常症や心臓病を合併している方では、卵の高頻度摂取は心血管疾患の危険性を高める可能性が複数の研究で示唆されています。
- 食事パターンの重要性: 危険性は卵単体で決まるのではなく、「何と一緒に、どのような食事全体の中で食べるか」が極めて重要です。野菜と共にバランスの取れた食事の一部として摂るのと、加工肉とセットで食べるのとでは、意味が全く異なります。
- 日本の臨床現場の慎重な姿勢: 日本の専門医は、高リスク患者に対して安全性を最優先する「予防原則」に基づき、コレステロール制限を推奨しています。これは、科学的根拠に基づいた責任ある判断です。
- 個別化されたアプローチ: 最終的な摂取量の目安は、個人の健康状態によって異なります。合併症のない方は1日1個程度、脂質異常症などがある方はより慎重な対応が必要です。
この記事が提供するのは、あくまで客観的な情報と科学的な知見です。皆様一人ひとりにとっての最適な答えは、ご自身の詳細な健康データ(血糖値、HbA1c、LDLコレステロール値など)を最もよく理解している主治医や、食事の専門家である管理栄養士との対話の中にあります。本稿で得た知識を元に、ぜひ次の診察で主治医に「私の場合は、卵はどのくらいなら食べても良いでしょうか?」と尋ねてみてください。その対話こそが、美味しく、安全で、豊かな食生活を送りながら、糖尿病と賢く付き合っていくための最も確かな一歩となるでしょう。
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