この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したリストです。
- クリーブランド・クリニック: 本記事における化膿性筋炎の基本的な定義、原因、診断、治療に関する指針は、同機関が公開する情報に基づいています1。
- 米国感染症学会(IDSA): 抗菌薬の選択や外科的介入のタイミングに関する推奨事項は、同学会が発表した皮膚・軟部組織感染症の診療ガイドラインに基づいています12。
- 日本の臨床報告・学会: 日本国内での症例、特にMRI診断の有用性や類似疾患との鑑別に関する記述は、日本国内の学会誌(J-Stage掲載論文など)や医師会の報告に基づいています45817。
- 国際的な医学雑誌・放射線医学リソース: 壊死性筋膜炎や多発性筋炎との鑑別、画像診断(MRI、CT、超音波)の特徴に関する詳細な解説は、Radiopaedia、AJR、Oxford Academicなどの国際的な査読付き医学雑誌や放射線医学の専門サイトに掲載された論文・記事を情報源としています101320。
要点まとめ
- 細菌性筋炎は、単なる筋肉痛ではなく、細菌が筋肉内で増殖し膿を形成する、生命を脅かす可能性のある重篤な感染症です。
- 「見た目の所見に不釣り合いなほどの激しい筋肉の痛み」と「高熱」が同時に現れた場合、緊急事態のサインです。直ちに救急外来を受診してください。
- 正確な診断にはMRI検査が最も有効とされ、治療は「抗菌薬の点滴投与」と「外科的な膿の排出(ドレナージ)」が二本柱となります。
- 糖尿病や免疫抑制薬の使用など、免疫力が低下している方は発症リスクが高いため、特に注意が必要です。自己判断は極めて危険であり、必ず専門医の診断を受けてください。
第1章:細菌性筋炎とは何か? — 疾患の全体像
細菌性筋炎は、単一の病態ではなく、その重症度や進行様式によっていくつかの異なる側面を持ちます。この章では、疾患の定義、原因となる細菌、そして発症の危険性を高める要因について、医学的に正確かつ体系的に解説します。
1.1. 疾患の定義と種類:化膿性筋炎と壊死性筋膜炎
細菌による筋組織の感染症は、その主座となる部位や病態の進行度によって、主に化膿性筋炎と壊死性筋膜炎に大別されます。これらは時に連続した病態として捉えられることもありますが、臨床的にはその緊急性と治療戦略において重要な違いがあります。
化膿性筋炎 (Pyomyositis)
化膿性筋炎は、細菌性筋炎の最も典型的な形態であり、骨格筋内に細菌が感染し、膿瘍(膿のたまり)を形成する疾患です1。通常、健康な筋肉は感染に対して強い抵抗力を持っていますが、何らかの要因で免疫機能が低下したり、血流を介して大量の細菌が送り込まれたりすると発症します。その進行は、一般的に以下の3つの病期に分けられます1。
- 第1期 (Invasive Stage / 侵入期): 感染の初期段階。細菌が筋肉に定着し、炎症が始まります。患部には局所的な痛みや腫れ、木の板のような硬さ(”wooden consistency”)が生じますが、この時点ではまだ明確な膿瘍は形成されていません。発熱や倦怠感を伴うものの、症状が非特異的であるため診断が難しく、見過ごされやすい時期です。
- 第2期 (Suppurative Stage / 化膿期): 感染が進行し、筋肉内に明確な膿瘍が形成される段階です。この時期になると、高熱や悪寒、そして耐え難いほどの激しい痛みが現れます。多くの患者がこの病期で医療機関を受診し、診断が確定します1。
- 第3期 (Late Stage / 後期): 治療が行われずに放置された場合に訪れる最も危険な段階です。感染が血流に乗って全身に広がり、敗血症性ショックや多臓器不全を引き起こします。この病期に至ると、救命は極めて困難となります。
壊死性筋膜炎 (Necrotizing Fasciitis)
壊死性筋膜炎は、細菌性筋炎のスペクトラムの中でも最も重篤で、進行が極めて速い病態です。感染の主座は筋肉そのものよりも、筋肉を包む薄い膜である「筋膜」にあります。細菌はこの筋膜に沿って急速に、かつ広範囲に広がり、周辺の皮下組織、脂肪組織、そして筋肉自体を次々と壊死(組織が死滅すること)させていきます6。化膿性筋炎が比較的限局した膿瘍を形成するのに対し、壊死性筋膜炎は「面」で広がる火事のようなイメージです。その進行速度は数時間単位であり、一刻も早い外科的介入が予後を左右します。
1.2. 主な原因菌:「ありふれた菌」が牙をむく
細菌性筋炎を引き起こす病原体は多岐にわたりますが、その大半は我々の身の回りに常在する細菌です。これらの「ありふれた菌」が、特定の条件下で体内に侵入し、制御不能な感染症を引き起こすのです。
- 黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus): 細菌性筋炎、特に化膿性筋炎の最も一般的な原因菌です。全症例の75%から90%以上を占めると報告されています1。この菌は、健康な人の皮膚や鼻腔にも存在する常在菌ですが、皮膚の傷などから体内に侵入し、筋肉という本来無菌であるべき場所に到達すると、強力な病原性を発揮します。
- メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA): 近年、特に医療現場で問題となっているのがMRSAです。これは多くの抗菌薬(抗生物質)に対して耐性を獲得した黄色ブドウ球菌であり、MRSAが原因の場合、治療はより複雑で困難になります12。
- A群溶血性レンサ球菌 (Streptococcus pyogenes): この菌は、一般的には咽頭炎(のどの風邪)の原因菌として知られていますが、時に「人食いバクテリア」とも呼ばれる劇症型溶血性レンサ球菌感染症を引き起こします。この劇症型感染症の一つの表現型が、極めて進行の速い壊死性筋膜炎です9。
- その他の細菌: 上記以外にも、大腸菌やクレブシエラといったグラム陰性桿菌が原因となることもあります。これらは特に、糖尿病患者や免疫力が著しく低下している患者において、複数の細菌による混合感染(ポリマイクロバイアル感染)の形で認められることがあります12。
1.3. リスク因子:誰が、なぜ罹りやすいのか?
細菌性筋炎は、基礎疾患のない健康な若年者にも発症しうる疾患ですが9、特定の背景を持つ人々ではそのリスクが著しく高まることが知られています。これらのリスク因子は、体内の免疫という「防御システム」を弱めたり、細菌の「侵入経路」を作ったりするものです。
免疫機能の低下:
- 糖尿病: 最も重要なリスク因子の一つです。高血糖状態は白血球の機能を低下させ、細菌と戦う能力を弱めます。また、血流障害を伴うことも多く、組織の修復能力も低下しています1。
- 免疫抑制薬の使用: 関節リウマチや臓器移植後などに用いられるステロイドや免疫抑制薬は、意図的に免疫システムを抑制するため、感染症のリスクを著しく高めます7。
- その他の免疫不全状態: 悪性腫瘍(がん)、HIV感染症、肝硬変や腎不全、アルコール多飲なども、全身の免疫力を低下させる要因となります1。
皮膚バリアの破壊:
- 外傷: 切り傷、擦り傷、打撲など、皮膚の連続性が断たれると、そこから細菌が侵入する扉が開かれます7。
- 注射: 医療行為としての注射はもちろんのこと、特に静脈注射薬物使用者では、非衛生的な注射行為が直接筋肉に細菌を送り込む原因となり、高いリスクとなります1。
- その他: 虫刺され、火傷、手術創なども細菌の侵入経路となりえます7。
これらのリスク因子を理解することは、自身の健康状態を評価し、感染予防策を講じる上で極めて重要です。
第2章:危険なサインを見逃さない — 主な症状と受診のタイミング
細菌性筋炎の予後は、いかに早くその危険なサインを察知し、医療機関を受診できるかにかかっています。この章では、患者が自覚できる局所の症状と全身の症状を具体的に解説し、一刻を争う受診のタイミングを明確に示します。
2.1. 局所の症状:感染部位に何が起こるか
感染が起きている筋肉やその周辺組織には、特徴的な変化が現れます。これらのサインは、体内で深刻な事態が進行していることを示す直接的な証拠です。
- 3つの主症状(痛み・腫れ・熱感): 細菌性筋炎の最も基本的な局所症状は、感染した筋肉の「痛み(圧痛)」、「腫れ(腫脹)」、そして「熱感」です2。多くの場合、片側の四肢(太もも、ふくらはぎなど)や臀部の大きな筋肉に発症します11。
- 痛みの特徴 — 最も重要な警告: 細菌性筋炎、特に壊死性筋膜炎を強く疑わせる最も重要なサインは、「見た目の所見に不釣り合いなほどの激しい痛み(pain out of proportion to physical findings)」です13。皮膚にはわずかな赤みしかないにもかかわらず、耐え難いほどの激痛を訴える場合、それは感染が皮膚の表面下、筋膜などの深部で急速に広がっていることを示唆しています17。この「解離」は、極めて危険な兆候です。
- 進行に伴う皮膚の変化:
- 硬さの変化: 初期には、筋肉が炎症で腫れ上がり、まるで木の板のように硬く感じられることがあります(wooden consistency)3。病状が進行し、内部に膿が溜まってくると(化膿期)、触った時にブヨブヨとした波動を感じる(fluctuation)ことがあります。
- 皮膚の色の変化: 感染が進行すると、皮膚表面にも変化が現れます。最初は赤みを帯びていますが、やがて血流が悪化し、薄紫色から赤黒く変色していきます9。最終的に組織が壊死すると、皮膚は黒色になります。これは組織が死んでしまったことを意味する、非常に重篤なサインです。
- 水ぶくれ(水疱)の形成: 壊死性筋膜炎などでは、皮膚に火傷のような水ぶくれ(bullae)ができることがあります7。
- ガスの産生: ガス産生菌による感染の場合、患部を指で押すと、皮下でプチプチと空気がはじけるような感触(捻髪音、crepitus)を認めることがあります14。
2.2. 全身の症状:体全体からのSOS
局所の症状と並行して、あるいはそれに先立って、全身にも感染症のサインが現れます。これらは、体内の免疫システムが侵入してきた細菌と激しく戦っている証拠です。
- インフルエンザ様の症状: 多くの症例で、38℃以上の高熱、悪寒、震え、全身の倦怠感、食欲不振といった、インフルエンザや重い風邪によく似た症状が見られます1。筋肉の痛みとこれらの全身症状が同時に現れた場合は、特に注意が必要です。
- 敗血症・ショックの兆候: 感染が制御できず、細菌やその毒素が全身に広がると、生命を脅かす「敗血症(sepsis)」という状態に陥ります。これは医療における最大級の緊急事態であり、以下のような兆候が現れます1。
- 血圧の低下(ショック): ふらつき、めまい、意識が遠のく感じ。
- 頻脈: 心拍数が異常に速くなる。
- 呼吸数の増加: 浅く速い呼吸。
- 意識レベルの低下: 呼びかけへの反応が鈍い、混乱している、意識がもうろうとする。
これらの症状は、多臓器不全へと移行する一歩手前の危険な状態を示しており、一刻も早い集中治療が必要となります。
2.3. 緊急で医療機関を受診すべき時:「いつ」病院に行くべきか
細菌性筋炎の疑いがある場合、「様子を見る」という選択肢は存在しません。以下のいずれかの症状が認められた場合は、時間帯(夜間・休日)や曜日に関わらず、直ちに救急外来のある総合病院を受診してください。
- 手足の腫れと痛みが、数時間という短い単位で急速に悪化・拡大している場合7。
- 皮膚の赤みなどの見た目の変化に比べて、不釣り合いなほどの激しい痛みを伴う場合13。
- 筋肉の激しい痛みに加え、高熱、悪寒、気分不快、意識がもうろうとするといった全身症状を伴う場合7。
これらのサインは、体が出している最大の警告です。ためらうことなく行動することが、最良の結果につながります。
第3章:診断のプロセス — 医療機関で行われること
細菌性筋炎が疑われて医療機関を受診すると、医師は迅速かつ正確に診断を下すために、体系的な診察と検査を進めます。診断プロセスを理解することは、患者自身の不安を和らげ、検査の必要性を受け入れる助けとなります。
3.1. 問診と身体診察:医師は何を尋ね、何を見るか
診断の第一歩は、患者からの情報収集と、医師による直接的な診察です。
- 問診: 医師は、症状の正確な把握とリスク因子の特定のために、症状の開始時期や進行速度、発熱などの全身症状の有無、糖尿病や免疫抑制薬の使用歴5、最近の怪我の有無7などを詳しく尋ねます。
- 身体診察: 医師は患部を注意深く観察し、触診します。皮膚の発赤、腫れ、水ぶくれ、色の変化9を確認し、熱感、筋肉の硬さ、皮下のガス産生(捻髪音)14の有無を確かめます。特に、発赤の範囲を超えて圧痛が広がっていないかは、深部感染を示唆する重要な所見です17。
3.2. 血液検査:体内の炎症を数値で捉える
血液検査は、体内で起きている炎症の程度を客観的な数値で評価し、診断の裏付けを得るために不可欠です。
- 炎症マーカー: 白血球数(WBC)とC反応性タンパク(CRP)は、細菌感染による強い炎症を示す代表的な指標で、細菌性筋炎では著しく高値となります4。
- 筋逸脱酵素: クレアチンキナーゼ(CK)は筋肉の細胞が破壊されると血液中に漏れ出す酵素です。細菌性筋炎でも上昇しますが、自己免疫疾患である多発性筋炎などで見られるような極端な高値にはならないこともあります11。
3.3. 画像診断:筋肉の内部を「見る」
問診、診察、血液検査で細菌性筋炎が強く疑われた場合、次に行われるのが画像診断です。これにより、感染の深さや範囲を視覚的に評価します。
- MRI(磁気共鳴画像法): 細菌性筋炎の診断において、現在最も有用で「ゴールドスタンダード」とされる検査です12。MRIは、筋肉内部の炎症による浮腫(むくみ)や、膿瘍の形成を極めて正確に描き出すことができます4。
- CT(コンピュータ断層撮影): MRIが緊急で実施できない場合や、ガスの産生の有無を迅速に確認したい場合に有用です8。造影剤を使用すると、膿瘍の輪郭がリング状に強調されて見えることがあります。
- 超音波(エコー)検査: 簡便でベッドサイドでも実施できるため、初期評価に用いられます。皮下の浅い部分の膿瘍の確認や、針を刺して膿を吸引する際のガイドとして役立ちます10。ただし、深部の感染や初期の炎症を見分ける能力には限界があります3。
3.4. 細菌学的検査:敵の正体を突き止める
効果的な治療を行うためには、原因菌の種類を特定し、どの抗菌薬が有効かを調べる必要があります。
- 培養検査:
- 感受性試験: 特定された細菌に対し、様々な抗菌薬を作用させ、どの薬が最も効果的か(感受性があるか)を判定します。この結果に基づき、最適な抗菌薬が選択されます。
3.5. 試験的切開(確定診断)
特に壊死性筋膜炎が強く疑われるケースでは、最終診断と治療方針決定のために、感染が疑われる部位の皮膚を小さく切開し、筋膜の状態を直接目で見て確認する「試験的切開」が行われることがあります9。筋膜の壊死が確認されれば、直ちに広範囲の外科的処置へと移行します。
第4章:鑑別診断 — 類似疾患との決定的な違い
細菌性筋炎の診断における最大の難関は、症状が他の疾患と非常に似ている点にあります。原因も治療法も全く異なるため、正確な鑑別診断が患者の予後を大きく左右します。特に、細菌感染症に対して自己免疫疾患の治療薬であるステロイドを誤って投与すると、感染が爆発的に悪化し、致命的な結果を招く可能性があります20。
4.1. vs. 蜂窩織炎(ほうかしきえん, Cellulitis)
蜂窩織炎は皮膚の浅い層の感染症ですが、細菌性筋炎はより深い筋肉の感染症です21。決定的な違いは、蜂窩織炎では皮膚の赤みと痛みの範囲がほぼ一致するのに対し、細菌性筋炎では、目に見える赤みの範囲を超えた部分にまで痛みが認められることがある点です17。この「発赤と圧痛の範囲の解離」は、深部感染を強く示唆する重要なサインです。
4.2. vs. 壊死性筋膜炎(Necrotizing Fasciitis)
壊死性筋膜炎は、細菌性筋炎のより重篤な病態です。進行が極めて速く(数時間単位)、血圧低下や意識障害といった全身状態の悪化も急激かつ顕著です6。「見た目以上の激しい痛み」は、壊死性筋膜炎でより典型的に見られる症状です。診断され次第、緊急の広範囲な外科的デブリードマン(壊死組織の完全切除)が必須となります9。
4.3. vs. 多発性筋炎・皮膚筋炎(Polymyositis/Dermatomyositis, PM/DM)
これは最も重要な鑑別です。細菌性筋炎が「細菌感染」であるのに対し、多発性筋炎・皮膚筋炎(PM/DM)は「自己免疫」が原因の疾患です2。細菌性筋炎は急性に発症し、片側の筋肉が非対称に侵されることが多いですが、PM/DMは通常、数週間から数ヶ月かけて、体幹に近い筋肉が左右対称性に侵され、筋力が低下します2023。皮膚筋炎では、まぶたの腫れ(ヘリオトロープ疹)や指の発疹(ゴットロン徴候)といった特徴的な皮膚症状を伴います18。治療法は正反対で、PM/DMには免疫を抑えるステロイドなどが用いられます24。
表1:細菌性筋炎と類似疾患の比較一覧
特徴 | 細菌性筋炎(化膿性筋炎) | 蜂窩織炎 | 壊死性筋膜炎 | 多発性筋炎・皮膚筋炎 (PM/DM) |
---|---|---|---|---|
主な原因 | 細菌感染(主に黄色ブドウ球菌)1 | 細菌感染(主に黄色ブドウ球菌、レンサ球菌)21 | 細菌感染(A群レンサ球菌、混合感染など)9 | 自己免疫2 |
発症様式 | 急性(数日) | 急性(数日) | 超急性(数時間〜数日)7 | 亜急性〜慢性(数週〜数ヶ月)20 |
痛みの特徴 | 局所の激しい圧痛、拍動痛 | 圧痛と発赤の範囲が一致 | 見た目に不釣り合いな激痛13 | 筋力低下が主体、痛みは軽度なことも |
主な症状 | 膿瘍形成、発熱、局所の腫脹・熱感1 | 皮膚の発赤・腫脹・熱感 | 急速な組織壊死、水疱、皮膚の変色、重篤な全身症状 | 対称性の近位筋筋力低下、特徴的な皮膚症状23 |
キーとなる検査 | MRI(膿瘍の描出)、培養検査4 | 身体所見、超音波検査 | 緊急の試験的切開、CT(ガス像)、MRI | 自己抗体、筋生検23 |
基本治療 | 抗菌薬+外科的ドレナージ12 | 抗菌薬 | 緊急の広範囲デブリードマン+抗菌薬9 | ステロイド+免疫抑制薬24 |
第5章:治療戦略 — 命を救うためのアプローチ
細菌性筋炎の治療は、時間との戦いです。診断が下され次第、感染を制御し、生命を守るために、「①抗菌薬による原因菌の攻撃」「②外科的処置による感染源の除去」「③全身管理による生命維持」という三本柱から成る集学的アプローチが迅速に開始されます6。
5.1. 抗菌薬治療:原因菌を叩く
抗菌薬の投与は、細菌の増殖を抑え、感染をコントロールするための基本治療です。
- 初期治療(経験的治療): 診断直後、原因菌が特定される前に、最も可能性の高い原因菌(黄色ブドウ球菌、特にMRSA)を標的とした抗菌薬(バンコマイシンなど)を点滴で開始します12。
- 標的治療(De-escalation): 培養検査の結果が判明し、原因菌と有効な抗菌薬が特定されると、治療薬をより的を絞ったもの(例えば、通常の黄色ブドウ球菌であればセファゾリンなど)に変更します29。
- 投与期間: 通常2〜3週間、あるいはそれ以上にわたって点滴での投与が継続され、状態が安定すれば経口薬に切り替えます12。
5.2. 外科的処置:膿と壊死組織を取り除く
外科的処置は、抗菌薬治療と並ぶ、あるいはそれ以上に重要な根幹治療です。膿瘍の内部は血流が悪く、抗菌薬が十分に到達しないため、物理的に感染源を除去する必要があります。米国感染症学会(IDSA)のガイドラインでも、「膿性物質の早期ドレナージ」が最高レベルの強さで推奨されています12。
- 切開排膿 (Incision and Drainage): 膿瘍が形成されている場合、皮膚を切開して膿を体外に排出し、洗浄します6。
- デブリードマン (Debridement): 壊死してしまった組織を外科的に切除・除去する処置です8。特に壊死性筋膜炎では、この処置が救命の鍵を握ります。
5.3. 全身管理:生命を維持する
感染が重症化し、敗血症性ショックなど全身に影響が及んだ場合、集中治療室(ICU)での高度な全身管理が必要となります。大量の輸液や昇圧薬による循環管理7、人工呼吸器による呼吸管理7、適切な栄養管理などが含まれます。
表2:細菌性筋炎の治療法の概要
治療法 | 目的 | 具体的な内容 | キーポイント |
---|---|---|---|
抗菌薬治療 | 細菌の増殖抑制、全身への波及防止 | 点滴による広域抗菌薬の投与、培養結果に基づく薬剤変更(標的治療) | 経験的治療の迅速な開始が重要。原因菌特定後のデ・エスカレーションが理想。 |
外科的処置 | 感染源の除去、抗菌薬の効果増強 | 切開排膿、デブリードマン(壊死組織の切除) | 治療の根幹。早期介入が強く推奨される12。 |
全身管理 | 重症化した際の生命機能の維持 | 輸液、昇圧薬、人工呼吸器、栄養管理 | 敗血症性ショックなど、生命の危機が迫った場合にICUで実施9。 |
第6章:回復への道のり — 予後とリハビリテーション
細菌性筋炎との戦いは、急性期の治療が終わった後も続きます。治療のタイミングがその後の人生をどう左右するのか、そして失われた機能を取り戻すために何が必要なのかを解説します。
6.1. 予後:治療のタイミングが未来を決める
細菌性筋炎の予後は、診断と治療がどれだけ迅速に行われたかに大きく依存します。
- 良好な予後: 感染が筋肉内に留まり、早期に適切な治療が行われれば、多くの患者は後遺症なく完全に回復することが期待できます1。
- 不良な予後: 診断が遅れ、敗血症や壊死性筋膜炎にまで進行した場合、死亡率は決して低くなく8、救命できても深刻な後遺症が残ることがあります。広範囲の組織破壊により、関節の動きが制限される「瘢痕収縮」や永続的な「筋力低下」2、最悪の場合、手足の切断に至ることもあります9。
6.2. 回復期とリハビリテーション:失われた機能を取り戻す
急性期の激しい炎症が治まった後、失われた身体機能を取り戻すためのリハビリテーションが重要な役割を果たします。炎症が強く残っている時期は安静を保ち6、医師の許可が出てから、理学療法士などの専門家の指導のもとで28、関節可動域訓練や筋力増強訓練を開始します。自己流でのリハビリは再損傷のリスクがあるため、必ず医療従事者の指導のもとで慎重に進めることが不可欠です18。
6.3. 再発予防:二度と繰り返さないために
一度、細菌性筋炎を経験した患者にとって、再発の予防は重要な課題です。
- 基礎疾患の管理: 糖尿病などの基礎疾患がある場合は、その治療を適切に継続し、良好なコントロール状態を維持することが最も重要です7。
- 創傷管理: 皮膚に怪我をした際は、決して放置せず、速やかに洗浄・消毒し、必要であれば医療機関を受診してください7。
- 生活習慣の改善: バランスの取れた食事、十分な休養と睡眠を心がけ、免疫力を高く保つことが基本です7。
よくある質問
細菌性筋炎と単なる筋肉痛との一番の違いは何ですか?
一番の違いは、「痛みの激しさ」と「全身症状の有無」です。単なる筋肉痛は運動後に起こり、数日で和らぎますが、細菌性筋炎の痛みは非常に激しく、安静にしていても治まりません。さらに、38℃以上の高熱や悪寒、強い倦怠感を伴うことが大きな特徴です1。これらの症状が揃った場合は、単なる筋肉痛ではない可能性が高いです。
糖尿病なのですが、特に気をつけることはありますか?
糖尿病は細菌性筋炎の最も重要なリスク因子です1。血糖コントロールを良好に保つことが、免疫機能を維持し、感染を予防する上で最も重要です。また、足などに小さな傷や水虫ができた場合でも、そこから細菌が侵入しやすいため、放置せずに速やかに適切な処置を受けるようにしてください。日頃からご自身の足の状態をよく観察する習慣も大切です。
抗菌薬を飲んでいるのに、なぜ手術が必要になるのですか?
一度、筋肉内に膿瘍(膿のたまり)が形成されてしまうと、その内部は血流が非常に乏しくなります。そのため、点滴で投与した抗菌薬が膿瘍の中心部まで十分に届かず、効果を発揮できません12。膿瘍という「細菌の巣」を物理的に取り除く(切開して膿を出す)ことで、初めて感染を完全にコントロールできるのです。外科的処置は抗菌薬治療を助ける、不可欠な治療法です。
結論
本稿では、細菌性筋炎という稀でありながら生命を脅かす可能性のある疾患について、その原因から症状、診断、治療、そして回復に至るまでの全貌を解説してきました。複雑な医学情報の中から、読者の皆様が自身の健康を守るために、最低限覚えておくべき最も重要なポイントを以下に要約します。
- 細菌性筋炎は、単なる筋肉痛ではありません。細菌が筋肉に侵入し、膿がたまる非常に危険な感染症です。
- 「見た目以上の激しい筋肉の痛み」と「原因不明の発熱」が同時に現れたら、それは救急事態のサインです。夜間や休日であっても、ためらわずに救急外来のある総合病院を受診してください1。
- 正確な診断と迅速な治療が予後を決定します。診断にはMRIが極めて有効であり、治療は「抗菌薬」と「外科的処置(膿の排出)」の二本柱が基本となります4。
- この病気は、蜂窩織炎や自己免疫性の筋炎(多発性筋炎など)とは全く異なる疾患です。治療法が正反対であるため、自己判断は絶対に避け、必ず専門医による正確な診断を受けてください。
私たちの体は、異常がある時に様々なサインを発してくれます。その小さな、しかし重要な声に耳を傾け、無視しないこと。そして、この記事で得た知識を、いざという時に行動に移す勇気を持つこと。それが、最悪の事態を回避し、あなた自身やあなたの大切な人の命と未来を守るための、最も確実な方法です。
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