この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明記された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。
- 米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS): この記事における「症状のない耳垢は除去不要」という中核的な指針や、イヤーキャンドルの危険性に関する警告は、同学会が発行する臨床診療指針に基づいています1。
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会: 子供の耳掃除に関する注意点や、医療機関での耳垢除去が保険適用となる場合があるという情報は、同学会の公式見解を参考にしています3。
- 独立行政法人国民生活センター: 耳掃除中の事故、特に子供に施術する際の危険性に関するデータは、同センターの報告書に基づいています4。
- 学術論文(楠 威志ら、KAKEN): 日本人に乾性耳垢が多い遺伝的背景(ABCC11遺伝子)に関する解説は、関連する科学研究プロジェクトの成果を引用しています5。
要点まとめ
- 耳垢は「汚れ」ではなく、耳を乾燥や感染から守る「保護者」の役割を担っています。
- 健康な耳には、耳垢を自然に外へ排出する「自浄作用」があるため、原則として耳掃除は不要です。
- 綿棒で奥を掃除する行為は、耳垢を押し込み「耳垢栓塞」を引き起こす最大の原因であり、最も危険です。
- 安全な自己処理は「耳の入口を優しく拭う」程度に留め、痛みや聞こえにくさ等の異常があれば、すぐに耳鼻咽喉科を受診すべきです。
- 日本人に耳掃除好きが多い背景には、乾性耳垢が多いという遺伝的特徴と、江戸時代から続く文化的背景があります。
第1部:耳垢(じこう)の真実 – 「汚れ」ではなく「守護者」だった
耳掃除を語る上で、まず覆すべき最も大きな誤解は、「耳垢=不潔な汚れ」という認識です。事実はその逆で、耳垢は我々の耳を健康に保つために不可欠な役割を担う「守護者」なのです。
1-1. 耳垢とは何か?その驚くべき役割
耳垢(医学用語:耳垢、じこう)は、耳の穴の入口から約3分の1の部分(軟骨部外耳道)に存在する耳垢腺や皮脂腺からの分泌物と、皮膚の新陳代謝によって剥がれ落ちた古い角質、そして外部から侵入した埃などが混ざり合ってできた生理的な産物です6。決して単なる老廃物ではありません。耳垢には、主に3つの重要な役割があります。
- 保護・保湿バリア機能: 外耳道の皮膚は非常に薄くデリケートです。耳垢は、この繊細な皮膚の表面を覆うことで物理的な刺激から守り、乾燥を防ぐ保湿クリームのような役割を果たしています7。
- 感染防御機能: 耳垢は弱酸性に保たれており、リゾチームや免疫グロブリンといった抗菌成分を含んでいます。これにより、細菌や真菌(カビ)が繁殖しにくい環境を作り出し、外耳炎などの感染症から耳を守っています7。
- 異物侵入防止機能: 耳垢が持つ特有の苦味や臭いは、小さな虫などが耳の奥へ侵入するのを防ぐ効果があると考えられています8。
このように、耳垢は耳の健康を維持するための、極めて合理的な生体防御機構の一部なのです。
1-2. 耳の「自浄作用」:耳は自分で掃除している
「耳掃除をしないと耳垢が溜まり続けるのではないか」という心配は、ほとんどの場合不要です。なぜなら、耳には「自浄作用」と呼ばれる、驚くべき自己清掃機能が備わっているからです9。外耳道の皮膚は、鼓膜の中心部から外側に向かって、ベルトコンベアのように移動しています。この皮膚の動き(マイグレーション)によって、古い耳垢は自然と耳の奥から入口へと運ばれていきます。さらに、食事や会話などで顎を動かす日常的な動作が、この排出過程を助けます7。最終的に耳の入口まで運ばれた耳垢は、自然に剥がれ落ちるか、洗顔や入浴の際に洗い流されます。したがって、健康な耳であれば、人間が意図的に掃除をしなくても、耳の中は清潔に保たれるように設計されているのです。
1-3. なぜ日本人は耳掃除が好き?遺伝子と歴史が解き明かす謎
国際的な医学常識が「耳掃除不要」であるにもかかわらず、なぜ日本ではこれほどまでに耳掃除が文化として根付いているのでしょうか。その答えは、日本人の遺伝的特性と、それが育んだ独自の歴史にあります。
- 遺伝子の秘密(ABCC11遺伝子): 耳垢には、カサカサと乾燥した「乾性耳垢」と、ベタベタと湿った「湿性耳垢」の2種類があります。この違いは、ABCC11という一つの遺伝子の型によって決定されることが、楠威志氏らの研究などで明らかにされています5。そして、日本人を含む東アジア人の約70~80%は、世界的には少数派である乾性耳垢を持っています。対照的に、白人や黒人では9割以上が湿性耳垢です10。この乾性耳垢は、湿性耳垢に比べて自然排出されやすく、また竹製の耳かきなどで除去しやすい性質を持っています。
- 歴史的背景: 日本では、古くは江戸時代に、耳掃除を専門とする「耳垢取(みみあかとり)」という職業が存在した記録が残っています11。また、女性が髪にさす「かんざし」の先に耳かきが付いているものもあり、耳掃除が生活に密着した文化であったことがうかがえます12。この文化は、乾性耳垢という日本人の遺伝的背景があったからこそ発展したと考えられます。
このように、日本における耳掃除文化は、単なる衛生観念だけでなく、遺伝子レベルの身体的特徴と、それに応じて形成された長い歴史的背景に深く根差しているのです。
【コラム】あなたの耳垢はどっち?乾性・湿性セルフチェック
自分の耳垢の種類を知ることは、適切な手入れの第一歩です。この種類は生涯変わることはありません13。
- 乾性耳垢: 白っぽく、カサカサ、薄片状。綿棒や耳かきで取ると、ポロポロと落ちる。
- 湿性耳垢: 黄色っぽく、湿っていて粘り気がある。飴状やシロップ状。綿棒にねっとりと付着する。
どちらが良い悪いというものではなく、単なる体質の違いです。
第2部:耳掃除のリスク – やりすぎが招く5つの危険
心地よさから、つい習慣になりがちな耳掃除ですが、その行為には医学的に証明された多くの危険が伴います。特に、誤った方法や過剰な頻度での手入れは、耳の健康を深刻に損なう可能性があります。
2-1. 国際指針の警告:「何もしない」が最善の策
米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)が発行する臨床診療指針は、この分野における世界的な基準とされています。その指針では、「耳垢は正常な物質であり、症状を引き起こしたり、耳道を塞いだりしていない限り、放置すべきである」と明確に結論付けています1。過剰な耳掃除は、前述した耳垢の持つ保護・保湿・感染防御といった有益な機能を根こそぎ奪ってしまいます。これにより、外耳道は無防備で乾燥した状態になり、かえってかゆみや炎症、感染症を引き起こしやすい環境を作り出してしまうのです14。
2-2. やってはいけないNG行為と具体的な危険性
AAO-HNSや日本の専門機関は、以下のような行為を特に危険であると警告しています。
- 綿棒で奥までこする: これが最も一般的で、最も危険な行為です。綿棒は耳垢を掻き出すのではなく、むしろピストンのように奥へ奥へと押し込んでしまいます。これが繰り返されると、耳垢が圧縮・硬化し、自力では排出不可能な「耳垢栓塞」を形成する最大の原因となります9。
- 硬い耳かきや爪で強くかく: 外耳道の皮膚は非常に薄く、わずかな力でも容易に傷つきます。できた傷から細菌が侵入すると、激しい痛みや耳だれを伴う「外耳炎」を引き起こす危険が非常に高くなります15。
- 頻繁すぎる掃除(毎日など): 毎日のように耳掃除を行うと、耳の自浄作用の周期を完全に破壊し、皮膚のバリア機能を低下させます。これにより、皮膚が慢性的に乾燥・荒れてしまう「外耳道湿疹」につながることがあります15。
- イヤーキャンドルの使用: 耳の中に筒状のロウソクを立てて火をつけ、耳垢を吸い出すと謳う民間療法ですが、AAO-HNSは「耳垢を除去する科学的根拠はなく、外耳道や鼓膜に重篤な損傷(火傷など)を引き起こす可能性がある」として、使用しないよう強く勧告しています1。
- 専門家以外の人に掃除してもらう: 日本の消費者庁や国民生活センターの報告によると、耳掃除中の事故の多くは、本人がじっとしていられない子供を、保護者などが掃除している際に発生しています164。予期せぬ動きにより、鼓膜を損傷するなどの重大な事故につながる危険性があります。
これらの行為は、良かれと思って行ったことが、結果的に耳に深刻な損害を与える「逆効果」となり得ることを強く認識する必要があります。
第3部:【実践編】科学的根拠に基づく安全な耳の手入れ方法
では、耳垢がどうしても気になる場合や、除去が必要な場合はどうすればよいのでしょうか。ここでは、科学的根拠に基づき、危険を最小限に抑えるための安全な自己処理方法を段階的に解説します。
3-1. 基本原則:手入れは「耳の入口」だけ
自己処理を行う上での絶対的な原則は、「掃除するのは、自然に外に出てきた、目に見える範囲の耳垢のみ」ということです。多くの耳鼻咽喉科医は、耳の穴の入口から1センチメートル程度の深さまでを安全な範囲として推奨しています17。それより奥は、自浄作用に任せるべき領域であり、器具を挿入すべきではありません。
3-2. 状況別・安全な自己処理3つの段階
段階1:日常的な手入れ(最も安全で推奨される方法)
方法: 入浴やシャワーの後、耳の周りが自然に湿っているタイミングで行います。清潔で柔らかいタオルやガーゼを指に巻き、耳の入口(耳介と耳の穴のすぐ手前)を優しく拭います18。
要点: 耳の穴の中に指やタオルを無理に押し込む必要はありません。あくまでも、外にあふれ出てきた水分や、ふやけて柔らかくなった耳垢を拭き取る程度に留めます。
段階2:耳垢が少し気になる時
方法: 綿棒を使用する場合は、その危険を十分に理解した上で、細心の注意を払って行います。綿棒の先端を耳の入口から数ミリメートル程度入れ、壁をなでるように優しく拭います。
要点: 奥へ押し込まないように、一方向(外側へ向かって)に動かすのがコツです。乾燥した耳垢の場合は、綿棒の先端にベビーオイルやワセリンを少量つけると、滑りが良くなり皮膚への刺激を軽減できます6。ただし、決して奥まで挿入してはいけません。
段階3:耳垢が硬い、または多いと感じる時(注意が必要)
方法: 市販の耳垢除去液(耳垢水)を使用する方法があります。これは、硬化した耳垢を化学的に柔らかくしたり、分解したりするものです19。
要点: 必ず製品の説明書を熟読し、指定された用法・用量を厳守してください。過度の使用は、耳内の正常な環境を乱す可能性があります。
【重要】以下の場合は絶対に使用しないでください: 鼓膜に穴が開いている(またはその疑いがある)、過去に中耳炎の手術歴がある、現在耳に痛みや耳だれがある。これらの状態で液体を入れると、中耳に感染を引き起こすなど、深刻な事態を招く恐れがあります1。
3-3. 比較表:自己処理方法の利点・欠点
読者が自身の状況に最適な自己処理方法を客観的に判断できるよう、各方法の特徴を以下の表にまとめます。
方法 | 対象となる状況 | 利点 | 欠点・危険性 | 専門家の推奨度 |
---|---|---|---|---|
清潔なタオルで拭う | 日常的な手入れ、入浴後 | 最も安全で危険が低い。耳の自然な機能を妨げない。 | 耳の奥の耳垢は除去できない。 | ★★★★★ (非常に推奨) |
綿棒(入口のみ) | 見える範囲の耳垢が気になる時 | 手軽で簡単に入手・使用できる。 | 耳垢を奥に押し込む危険が非常に高い。皮膚を傷つけやすい9。 | ★★☆☆☆ (注意して行うなら可) |
市販の耳垢除去液 | 耳垢が硬く、溜まっている時 | 固まった耳垢を効果的に柔らかくできる。 | 鼓膜穿孔など禁忌事項がある。皮膚への刺激感。過度な使用は禁物20。 | ★★★☆☆ (禁忌を確認の上、慎重に) |
注射器での洗浄(非推奨) | – | – | 水圧や水温の調整が難しく、鼓膜を損傷する危険が極めて高い。めまいを引き起こす可能性。家庭での自己判断による実施は絶対に避けるべき21。 | ☆☆☆☆☆ (絶対に行わない) |
3-4. 子供の耳掃除:特に注意すべき点
子供の外耳道は大人よりも狭く、皮膚も非常にデリケートです。また、子供は予期せぬ動きをするため、家庭での耳掃除は特に高い危険を伴います9。
- 原則: 子供が嫌がったり、動いたりする場合は、絶対に無理強いしないでください17。
- 方法: 家庭で行う場合は、子供の頭をしっかりと固定できる体勢(例:膝の上に寝かせる)をとり、明るい場所で、耳の入口に見える汚れを乳児用綿棒などでそっと拭う程度に留めます6。
- 推奨: 少しでも不安があれば、無理をせず小児科または耳鼻咽喉科を受診することが最も安全で確実な方法です。専門医は、子供を安全に保持し、適切な器具を用いて迅速に処置を行うことができます6。
第4部:専門医による治療 – 迷わず受診すべき危険な兆候
自己処理には限界があり、場合によっては専門家による介入が不可欠です。特定の症状は、耳垢だけの問題ではなく、より深刻な病気の兆候である可能性もあります。自己判断で放置することなく、適切な時期に医療機関を受診することが、耳の健康を守る上で極めて重要です。
4-1. 「耳垢栓塞(じこうせんそく)」とは?
耳垢栓塞とは、耳垢が外耳道内で過剰に蓄積し、圧縮・硬化して、耳の穴を完全に、あるいはほぼ完全に塞いでしまった状態を指します22。これは、不適切な耳掃除で耳垢を奥に押し込んだり、加齢により耳の自浄作用が低下したり、補聴器の使用で耳垢が排出されにくくなったりすることで起こりやすくなります10。
主な症状には、以下のようなものがあります7。
- 難聴(聞こえにくさ)
- 耳閉感(耳が詰まった感じ)
- 耳鳴り
- 自声強聴(自分の声が頭に響く)
- まれに、めまいや咳
プールや入浴後に、水が耳垢に吸収されて膨張し、突然症状が現れることもあります22。
4-2. これは危険!自己処理を中止し、すぐに耳鼻咽喉科を受診すべき症状一覧
以下の症状が一つでも見られる場合は、耳垢栓塞やその他の病気の可能性があります。自己処理を直ちに中止し、速やかに耳鼻咽喉科を受診してください。
- 耳の痛み、耳だれ(液体や膿が出る)、出血: これらは単なる耳垢の症状ではなく、外耳炎や中耳炎、鼓膜の損傷など、積極的な治療が必要な状態を示唆しています1。
- 急な聞こえにくさ、突然の耳鳴り: 耳垢栓塞でも起こりえますが、治療を急ぐべき「突発性難聴」の可能性も否定できません。突発性難聴は、治療開始が遅れると聴力が回復しなくなる可能性がある緊急性の高い疾患です。耳垢のせいだと自己判断することは非常に危険です23。
- めまい、ふらつき: 耳垢が三半規管を圧迫している場合や、内耳に問題が生じている可能性があります。
- 強いかゆみが長期間続く: 慢性的な外耳道湿疹や、真菌(カビ)感染(外耳道真菌症)の可能性があります15。
4-3. 耳鼻咽喉科では何をする?専門的な耳垢除去法
耳鼻咽喉科では、安全かつ効果的に耳垢を除去するための専門的な設備と技術があります。「耳掃除くらいで受診するのは申し訳ない」と考える必要は全くありません。耳垢の除去は、保険適用もされる立派な医療行為です23。
- 観察: まず、顕微鏡や内視鏡を用いて耳の中の状態を詳細に観察し、耳垢の量や硬さ、鼓膜の状態を正確に把握します。
- 除去: 観察しながら、以下のような専門器具を使い分けて安全に耳垢を除去します21。
- 吸引器: 細い管で耳垢を吸い取る方法。
- 耳垢鉗子(じこうかんし): 小さなピンセットのような器具で耳垢をつまみ出す。
- 耳垢鉤(じこうこう): フック状の器具で耳垢を引っ掛けて掻き出す。
- 耳垢水の利用: 耳垢が非常に硬く、外耳道に固着している場合は、無理に剥がそうとすると痛みや出血を伴うため、まず「耳垢水」と呼ばれる薬を点耳して数日間耳垢を柔らかくしてから、後日除去することもあります6。
これらの処置は専門医の管理下で行われるため、自己処理とは比較にならないほど安全かつ確実です。
【参考】耳垢除去は保険適用?
耳垢が外耳道を塞いでいる「耳垢栓塞」と診断された場合、その除去は「耳垢栓塞除去術(複雑なもの)」として健康保険が適用されます。費用は医療機関や初診・再診によって異なりますが、3割負担の場合、両耳でおおよそ1,000円から1,500円程度が目安となります(診察料などは別途)17。
よくある質問
質問1:耳掃除はどれくらいの頻度で行うのが良いですか?
質問2:綿棒の代わりに、赤ちゃん用の細い綿棒を使えば安全ですか?
乳児用の綿棒は先端が細いため、より耳の奥深くまで届きやすく、かえって危険な場合があります。どのような綿棒であっても、耳の奥まで挿入する行為は耳垢を押し込んだり、外耳道や鼓膜を傷つけたりする危険が伴います9。使用する場合は、必ず見える範囲、入口から数ミリメートルの部分のみに限定してください。
質問3:耳鼻科で耳掃除だけをお願いすることは可能ですか?
はい、全く問題ありません。耳垢が溜まって聞こえにくい、気になる、などの症状があれば、それは受診の十分な理由になります。「耳垢栓塞」と診断されれば、耳垢の除去は健康保険が適用される正式な医療行為です23。自分で無理に行うよりも、専門医に任せる方がはるかに安全で確実です。遠慮なくご相談ください。
質問4:イヤホンをよく使うのですが、耳掃除で気をつけることはありますか?
イヤホン、特に耳の穴を密閉するカナル型イヤホンを長時間使用すると、耳の中が蒸れて湿度が高くなり、細菌が繁殖しやすくなる可能性があります。また、イヤホンが耳垢を奥に押し込んでしまうこともあります18。定期的にイヤホンを清潔に保ち、長時間の連続使用を避けることが推奨されます。耳掃除自体は、これまで説明した原則通り、やりすぎないことが重要です。
結論
本稿を通じて明らかになったように、耳垢は決して不潔な「悪者」ではなく、我々の耳を外部の脅威から守る重要な「守護者」です。そして、耳には本来、その守護者を適切に管理・排出する優れた自浄作用が備わっています。日本に深く根付く耳掃除の文化は、日本人の遺伝的特性と歴史的背景から生まれた興味深い生活習慣ですが、現代の医学的知見に照らし合わせると、その多くは「やりすぎ」であり、かえって耳の健康を損なう危険をはらんでいます。耳の健康を守るための最も賢明な取り組みは、「ゼロにすること」を目指すのではなく、「耳が持つ本来の力を信頼し、過剰な介入を控えること」に他なりません。日常の手入れは、入浴後に耳の入口を優しく拭う程度で十分です。そして何よりも重要なのは、自身の耳の状態に注意を払い、痛み、聞こえにくさ、めまいといった異常な兆候を感じた際には、決して自己判断で放置したり、不適切な自己処理を続けたりせず、速やかに耳鼻咽喉科の専門医に相談することです。本記事で得た科学的根拠に基づく知識が、皆様一人ひとりの耳掃除習慣を見直し、ご自身の耳とより良く付き合っていくための一助となれば幸いです。
参考文献
- Schwartz SR, et al. Clinical Practice Guideline (Update): Earwax (Cerumen Impaction). Otolaryngology–Head and Neck Surgery. 2017;156(1_suppl):S1-S29. Available from: https://doi.org/10.1177/0194599816671491
- 中京テレビ. 「耳かき」は江戸時代からあった?驚きの進化を遂げた“究極の耳かき”とは【解説】. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-2762
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会. 耳垢. こどものみみ・はな・のどの病気Q&A. [インターネット]. 2022年11月29日更新. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.jibika.or.jp/modules/disease_kids/index.php?content_id=2
- 独立行政法人国民生活センター. 油断しないで!耳掃除-思わぬ事故につながることも-. [インターネット]. 2016年2月25日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20160225_2.html
- 楠 威志, 他. 耳垢決定遺伝子ABCC11多型における耳垢の細菌叢と中耳真珠腫の発症リスク. KAKEN. [インターネット]. 2021-2025年. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K09589/
- 松原耳鼻咽喉科. 【医師監修】子どもの耳掃除はいつから?安全なやり方や注意点、耳鼻科で耳垢をとる方法について解説. [インターネット]. 2024年6月7日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://matsubara-ent.clinic/column/2024060704607
- 馬場耳鼻咽喉科. 耳そうじのやりすぎ注意. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://baba-jibika.jp/blog/%E8%80%B3%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%98%E3%81%AE%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%99%E3%81%8E%E6%B3%A8%E6%84%8F
- あまのがわ耳鼻咽喉科クリニック. 耳あかについて. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.amanogawa-jibika.com/news/%E8%80%B3%E5%9E%A2%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
- American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery Foundation. Earwax: Do’s and Don’ts. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.entnet.org/wp-content/uploads/2021/04/earwax_dos-donts_current.pdf
- 公益財団法人長寿科学振興財団. 耳垢(じこう). 健康長寿ネット. [インターネット]. 2019年6月13日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/jibikashikkan/mimiaka.html
- 大村市医師会. 医師会だより 第49号. [インターネット]. 2023年2月21日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: http://www.nagasaki.med.or.jp/oomura/dayori/img/dayori49.pdf
- RadiChubu-ラジチューブ-. 数千年変わらなかった耳かきが、日本で大進化していた!. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://radichubu.jp/kibun/contents/id=44630
- よし耳鼻咽喉科. 耳掃除で綿棒が黄ばむ・臭い原因は?病気のリスクや正しい耳掃除の方法についても解説. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.yoshijibika.com/archives/36635
- The Hearing Review. AAO-HNS Updates Best Practices for Diagnosis and Treatment of Earwax Impaction. [インターネット]. 2017年1月4日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://hearingreview.com/practice-building/aao-hns-updates-best-practices-diagnosis-treatment-earwax
- よし耳鼻咽喉科. 実は… 耳掃除は不要! 実施する場合の正しい方法や頻度・注意点・関連する病気について解説. [インターネット]. 2024年5月31日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.yoshijibika.com/archives/29291
- 消費者庁. Vol.620 耳掃除中のけがに注意!. [インターネット]. 2023年2月28日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/child/project_001/mail/20230228/
- ふじわら耳鼻咽喉科. 耳垢・耳掃除の正しい方法とよくある病気. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.fujiwara-jibika.com/earwax/
- エキサイトニュース. 【耳鼻科医が教える】「外耳炎」にならないための、夏の耳ケア3選. [インターネット]. 2025年6月20日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.excite.co.jp/news/article/Prtimes_2025-06-20-106079-68/
- なかいまち薬局. 耳掃除の正しい方法と注意点. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nakaimachi-yakkyoku.co.jp/topics/earcleaning/
- Aaron K, et al. Cerumen Impaction. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024 Jan-. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK448155/
- MSDマニュアル プロフェッショナル版. 耳垢の用手的除去および洗浄による除去. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/16-耳鼻咽喉疾患/耳の処置/耳垢の用手的除去および洗浄による除去
- きど耳鼻咽喉科. 耳垢. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://kido-ent.com/ear/earwax/
- 池袋ながとも耳鼻咽喉科. 耳掃除は必要?正しいやり方や頻度、耳鼻科での耳掃除について. [インターネット]. 2025年3月28日. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nagatomo-ent.jp/ear-cleaning