本記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集部が、肺転移がんと診断された患者様とご家族のために、最新の科学的根拠に基づいた正確な情報を提供することを目的としています。生存期間に関する最新データ、多様化する治療の選択肢、そして「オリゴ転移」という新たな希望について、日本の医療現場の状況を踏まえながら、深く、そして分かりやすく解説します。この記事が、皆様がご自身の状況を理解し、前向きに治療と向き合うための一助となることを心から願っています。
最終更新日: 2025年6月18日
監修者:鈴木 健司 医師(順天堂大学医学部附属順天堂医院 呼吸器外科 教授)1
鈴木教授は、国立がん研究センター中央病院での豊富な臨床経験を持ち、転移性肺腫瘍を含む呼吸器外科領域の日本のトップエキスパートです。その業績は国内外で高く評価されています。
要点まとめ
- 肺転移がんは、他の臓器にできたがん(原発巣)が肺に広がった状態であり、原発性肺がんとは性質が異なります。
- 生存期間は、原発巣のがん種、転移の数や場所、初回の治療から転移発見までの期間(無病期間)など、多くの要因によって大きく左右されます。
- 治療法は手術、放射線治療、薬物療法(化学療法、分子標的薬、免疫療法)など多岐にわたり、専門家チームによって最適な組み合わせが検討されます。
- 「オリゴ転移」という、転移が少数・限定的である状態では、手術や高精度放射線治療(SBRT)などの局所療法を組み合わせることで、根治を目指せる可能性があります。
- 精神的なケアや社会的なサポートも治療の重要な一部です。がん相談支援センターや患者会など、利用できるリソースが日本には数多く存在します。
第1章:肺転移がんの正確な理解 – 原発性肺がんとの違い
「肺がん」と聞くと、多くの方は肺そのものから発生するがんを想像されるでしょう。しかし、「肺転移がん」はそれとは根本的に異なる病態です。正確な知識は、ご自身の状況を理解し、治療方針を決定する上での第一歩となります。
1.1. 肺転移がん(転移性肺腫瘍)とは何か?
肺転移がん、医学的には「転移性肺腫瘍」とは、肺以外の臓器(例えば、大腸、乳房、腎臓など)で発生したがん細胞(原発巣)が、血液やリンパ液の流れに乗って肺に運ばれ、そこで増殖を始めた状態を指します3。重要なのは、転移した先が肺であっても、そのがん細胞の性質は元の原発巣のがん細胞と同じであるという点です。例えば、大腸がんが肺に転移した場合、それは「肺がん」ではなく、あくまで「大腸がんの肺転移」であり、治療法も大腸がんに準じたものが選択されます。
がん細胞が転移するメカニズムは、まず原発巣で増殖した細胞が周囲の組織に侵入し(浸潤)、自らの栄養補給路として新たな血管を作り(血管新生)、その血管やリンパ管に入り込みます。そして血流やリンパ流に乗って全身を循環し、肺のような他の臓器にたどり着いて定着、再び増殖を始めるという複雑な過程を経ます。
1.2. なぜ肺は転移しやすいのか?
肺が他の臓器からのがん転移の標的となりやすいのには、その生理学的な役割が大きく関わっています。心臓から送り出された全身の血液は、酸素を取り込むために必ず肺を通過します。つまり、肺は体中の血液が集まる「フィルター」のような臓器なのです。そのため、血流に乗って体内を循環しているがん細胞が、このフィルターである肺の毛細血管に引っかかりやすく、定着・増殖しやすい環境にあると考えられています3。特に、大腸がん、乳がん、腎がん、骨や軟部組織の肉腫、膀胱がん、皮膚がんの一種であるメラノーマなどは、肺に転移しやすいがん種として知られています。
1.3. 肺転移の一般的な症状
肺転移の症状は、必ずしも特有のものではありません。多くの場合、症状が全くないことも珍しくなく、原発巣のがんの経過観察中の画像検査で偶然発見されるケースも多いです。症状が現れる場合、以下のようなものが一般的です3。
- 長引く乾いた咳(空咳)
- 血痰(痰に血が混じる)
- 胸の痛み
- 息切れ(特に階段の上り下りなどの労作時)
これらの症状は、風邪や気管支炎など、他の一般的な呼吸器疾患の症状と非常によく似ています。しかし、原発がんの治療歴がある方がこれらの症状に気づいた場合は、単なる呼吸器の不調と自己判断せず、速やかに主治医に相談することが極めて重要です。
第2章:生存期間を左右する要因:原発巣別の最新データと予後因子
【重要】この章で示す生存期間のデータは、多数の患者様の統計に基づくいわゆる「平均値」や「中央値」であり、個々の患者様の余命を正確に示すものでは決してありません。また、医学は日々進歩しており、特に薬物療法の発展により、これらの数値は常に改善され続けていることをご理解ください。データは客観的な指標として参考にしつつ、ご自身の状況については主治医とよく話し合うことが最も大切です。
2.1. 生存期間に影響を与える主要な因子
肺転移がんの予後(今後の病状の見通し)は、単一の要因で決まるのではなく、複数の要素が複雑に絡み合って影響します。治療方針を決定する上で、これらの因子を総合的に評価することが不可欠です。主要な予後因子としては、以下のようなものが挙げられます4。
- 原発巣のがん種とその性質: これが最も重要な因子です。がんの種類によって、増殖の速さや薬物療法への反応性が大きく異なります。
- 転移の状況: 肺転移の個数(少数か多数か)、大きさ、片側の肺のみか両側にあるか、などが影響します。一般的に、転移巣が少なく、小さいほど予後は良好です。
- 無病期間(Disease-Free Interval, DFI): 原発巣の治療が完了してから、肺転移が発見されるまでの期間を指します。この期間が長いほど(例:2〜3年以上)、がんの進行が比較的緩やかである可能性を示唆し、予後が良い傾向にあります。
- 全身状態(Performance Status, PS): 患者様の日常生活の活動度を示す指標です。全身状態が良好であるほど、積極的な治療に耐えることができ、予後も良くなります。
- 治療への反応性: 手術、放射線、薬物療法などの治療が、どの程度効果を示すかという点も予後に大きく関わります。
2.2.【原発巣別】肺転移切除後の5年生存率データ
肺に転移した病巣を手術で切除(肺転移切除術)できた場合の、原発巣ごとの5年生存率の目安を以下の表にまとめます。これはあくまで手術が適用された場合のデータであり、全身の状態や上記の予後因子によって大きく変動します。
原発巣 | 肺転移切除後の5年生存率(目安) | 主要な予後因子 | 出典 |
---|---|---|---|
大腸がん | 30% – 68% | 転移個数、無病期間(DFI)、術前CEA値、縦隔リンパ節転移の有無 | 5, 6 |
乳がん | 27% – 72% | 無病期間(DFI) > 3年、ホルモン受容体の状況、転移個数 < 2個 | 7 |
腎細胞がん | 約91% (切除例) | 無病期間(DFI)、転移の完全切除 | 8 |
軟部肉腫 | 23% – 63% | 無病期間(DFI)、転移個数、組織型、腫瘍径 | 9, 10 |
各がん種について補足します。例えば大腸がんの場合、日本の大腸癌研究会が発行する「大腸癌治療ガイドライン」では、肺転移切除後の5年生存率は30~68%と報告されています5。近年の日本の単施設からの報告では、手術前のCEA(腫瘍マーカー)値が正常で、転移が片肺のみ、そして特に「縦隔リンパ節」という肺の付け根にあるリンパ節への転移がないなど、適切な症例を選択すれば、5年生存率が60.8%に達するという良好な成績も示されています6。これは、予後因子を精密に評価し、手術の適応を慎重に判断することの重要性を示唆しています。
また、原発巣が肺がん(肺腺がん)で、他の臓器に転移した場合のデータもあります。ある研究では、肺腺がんが肺の中に転移した場合の平均生存期間は12.60ヶ月であったのに対し、肝臓への転移では8.43ヶ月と最も短く、転移した臓器によっても予後が異なることが示されています11。
第3章:最新の治療選択肢のすべて – 個別化医療の時代
肺転移がんの治療目標は、患者様一人ひとりの状況に応じて「根治(がんを完全に治すこと)」「延命(がんと共存しながら長く生きること)」「QOL(生活の質)の維持・向上」のいずれか、あるいはその組み合わせとなります。現代の治療は、呼吸器内科、呼吸器外科、腫瘍内科、放射線治療科などの専門家が集まる「キャンサーボード(集学的チーム)」で議論し、患者様にとって最善の治療方針を決定することが理想とされています。
3.1. 手術療法(肺切除術)
手術は、肺にある転移巣を物理的に取り除くことで、根治を目指したり、がんの総量を減らしたり(腫瘍減量)することを目的とします。手術が適応となるのは、主に以下のような条件を満たす場合です。
- 原発巣のがんがコントロールされていること
- 肺以外の臓器に転移がない、またはコントロールされていること
- 肺の転移巣が、技術的にすべて切除可能であること
- 手術に耐えられるだけの全身状態と肺機能が保たれていること
近年では、胸に小さな穴を数カ所開けて行う「胸腔鏡下手術(VATS)」が主流となりつつあり、従来の大きく胸を開く手術に比べて患者様の身体的負担が大幅に軽減されています。
3.2. 放射線治療
放射線治療は、高エネルギーのX線などを照射してがん細胞を破壊する局所治療です。主に、手術が困難な場合や、痛み、出血、気道ががんで狭くなることによる息苦しさといった症状を和らげる目的(緩和照射)で行われます。特に近年目覚ましい進歩を遂げているのが、次章で詳しく解説する「定位放射線治療(SBRT)」です。これは、がん病巣にピンポイントで大量の放射線を集中させることで、手術に匹敵する治療効果が期待できる画期的な方法です。
3.3. 薬物療法(全身治療)
薬物療法は、薬剤が血流に乗って全身に行き渡るため、肺の転移巣だけでなく、画像検査では見えない微小な転移にも効果が期待できる全身治療です。原発巣のがんの種類や遺伝子変異の有無などに応じて、様々な薬剤が使い分けられます。
- 化学療法(抗がん剤): 細胞分裂が活発ながん細胞を攻撃する、古くからある標準的な治療法です。多くの場合、複数の薬剤を組み合わせて使用されます。
- 分子標的薬: がん細胞の増殖に関わる特定の分子(遺伝子変異やタンパク質)だけを狙い撃ちにする薬剤です。例えば、非小細胞肺がん(NSCLC)では、EGFR、ALK、ROS1といった「ドライバー遺伝子」の変異が見つかることがあり、それぞれの変異に対応した分子標的薬が劇的な効果を示すことがあります。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)のガイドラインでは、これらの遺伝子変異がある場合、分子標的薬を最優先で使用することが推奨されています12。
- 免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬): 人間が本来持つ免疫細胞が、がん細胞を攻撃する力を再活性化させる新しいタイプの治療薬です。がん細胞は、免疫細胞にブレーキをかけることで攻撃から逃れていますが、この薬はそのブレーキを解除する働きをします。非小細胞肺がんでは、「PD-L1」というタンパク質の発現率を調べることで免疫療法の効果を予測し、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでは、PD-L1の発現率に応じて化学療法と併用するか、単独で使用するかが推奨されています13。
これらの薬物療法には、それぞれ特有の副作用がありますが、近年は吐き気止めや白血球を増やす薬など、副作用を軽減するための「支持療法」も大きく進歩しており、QOLを維持しながら治療を継続することが可能になってきています。
第4章:【希望の光】オリゴ転移と根治を目指す治療
「転移=末期がん」という考え方は、もはや過去のものとなりつつあります。転移があっても、根治を諦めない時代が到来しているのです。その中心的な概念が「オリゴ転移」です。
4.1. オリゴ転移(Oligometastasis)とは?
オリゴ転移とは、ギリシャ語で「少数」を意味する「Oligo」に由来する言葉で、転移が少数(一般的に5個以下)かつ限られた臓器(例:肺のみ、あるいは肺と脳のみ)に留まっている状態を指します14。この状態は、がんが制御不能に全身に広がった状態とは異なり、転移巣に対して手術や放射線治療といった「根治的局所療法」を積極的に行うことで、長期生存、さらには根治が期待できる特別な病態として、近年世界的に注目されています。この考え方は、日本の「肺癌診療ガイドライン」でも重要視されており、例えば定位放射線治療(SBRT)は、2020年4月の診療報酬改定で「5個以内のオリゴ転移」にも保険適用が拡大されるなど、日本の実臨床にも着実に浸透しています9。
4.2. オリゴ転移に対する積極的治療(根治的局所療法)
オリゴ転移に対する治療戦略の基本は、「全身治療(薬物療法)」と「局所治療」の組み合わせです。まず薬物療法でがんの勢いをコントロールし、画像上見えない微小な転移を叩いた上で、残っているオリゴ転移巣を手術や放射線で根絶やしにする、という考え方です。特に注目されているのが、定位放射線治療(SBRT)です。
- 定位放射線治療(SBRT): コンピュータ制御により、多方向から放射線を病巣にピンポイントで集中させる技術です。周囲の正常な組織へのダメージを最小限に抑えつつ、病巣には手術に匹敵するほどの高線量を照射できます。治療期間が短く、身体的負担も少ないため、高齢の患者様や手術が困難な方にも良い適応となります。
実際に、オリゴ転移の患者様を対象とした複数の臨床試験で、薬物療法単独の群に比べて、SBRTなどの局所療法を追加した群で、がんが進行しない期間(無増悪生存期間)や生存期間(全生存期間)が有意に延長したという結果が報告されています15。これは、転移があっても諦めずに局所治療を検討する価値があることを科学的に示しています。
4.3. 自分がオリゴ転移の可能性があるかを知るには?
オリゴ転移かどうかを正確に診断するためには、全身の転移の状況を詳細に把握する必要があります。そのためには、PET-CTや造影CT、脳転移の有無を確認するための頭部MRIといった精密な画像検査が不可欠です。ご自身の病状説明を受ける際には、主治医やセカンドオピニオンを利用して、次のような質問を具体的に投げかけてみることが重要です。
- 「私の状態は、オリゴ転移の可能性に当てはまりますか?」
- 「SBRT(定位放射線治療)のような、根治を目指せる局所療法の適応はありませんか?」
これらの質問は、ご自身の治療の可能性を最大限に引き出すための鍵となります。
第5章:患者体験談と心のケア – ひとりで抱え込まないために
「告知された時は目の前が真っ白になり、生きる力すら失いました。…でも、同じ病気の方々のブログを読んで、『自分もこのままではダメだ』と立ち上がることができました。」
— 肺がんステージIV患者様の声16
5.1. 診断後の心の変化と向き合い方
がんと診断された時、特に転移を告げられた時の衝撃は計り知れません。怒り、不安、恐怖、孤独感、抑うつなど、様々な感情が津波のように押し寄せるのは、ごく自然な反応です。大切なのは、そうした感情を否定せず、自分自身の心の反応として受け入れることです。そして、その辛い気持ちを一人で抱え込まないでください。日本では、がん診療連携拠点病院などにいる「精神腫瘍科医」や「臨床心理士」といった、がん患者様の心のケアを専門とする専門家に相談することができます。
5.2. 家族や周囲の人の関わり方
患者様本人だけでなく、支えるご家族もまた、大きな精神的ストレスを抱えます。何をどうサポートすれば良いのか分からず、戸惑うことも多いでしょう。ご家族にできる大切なことは、まず患者様の言葉に真摯に耳を傾ける「傾聴」の姿勢です。無理に励ましたり、安易なアドバイスをしたりするのではなく、ただそばにいて不安な気持ちを受け止めることが、大きな支えになります。また、治療に関する情報を共有し、一緒に治療方針を考える姿勢も、患者様が孤独感から抜け出す助けとなります。
第6章:日本の患者が利用できるサポート体制
治療の道のりは一人で歩むにはあまりに過酷です。幸い、日本には患者様とご家族を支えるための様々な公的・民間のサポート体制が整っています。これらのリソースを積極的に活用することで、多くの負担を軽減することができます。
6.1. 公的な相談窓口と患者支援団体
情報収集や悩み相談のために、ぜひ以下の窓口や団体にアクセスしてみてください。
- がん診療連携拠点病院の「がん相談支援センター」: 全国のがん診療連携拠点病院に設置されており、その病院にかかっていなくても、誰でも無料で相談できます。病気のこと、治療のこと、療養生活の不安、経済的な問題など、がんに関するあらゆる相談に専門の相談員が対応してくれます。
- 公益財団法人 日本対がん協会: 電話による無料相談「がん相談ホットライン」や、がん経験者の就労支援など、幅広い活動を行っています17。
- 認定NPO法人 5years(ファイブイヤーズ): 同じがん種や年代、地域のがん経験者と繋がることができる日本最大級のオンラインコミュニティです。同じ境遇の仲間と情報交換をしたり、悩みを分かち合ったりすることは、大きな精神的支えになります18。
- NPO法人 肺がん患者の会 ワンステップ: 肺がんに特化した患者会で、患者や家族の交流会、専門家を招いた勉強会などを通じて、ピアサポート(仲間による支え合い)と情報発信を行っています19。
6.2. 経済的支援制度
がん治療は長期にわたることが多く、医療費の負担は大きな心配事の一つです。しかし、日本には医療費の自己負担を軽減するための公的制度があります。
- 高額療養費制度: 医療機関や薬局の窓口で支払った額が、暦月(月の初めから終わりまで)で一定の上限額を超えた場合に、その超えた金額が支給される制度です。所得に応じて上限額は異なります。
- 傷病手当金: 会社員などが病気やけがのために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に支給されます。
- 障害年金: 病気やけがによって生活や仕事などが制限されるようになった場合に、現役世代の方も含めて受け取ることができる年金です。
これらの制度の詳細は複雑なため、前述のがん相談支援センターの相談員や、病院のソーシャルワーカーに相談することをお勧めします。
よくある質問 (FAQ)
Q1: 肺転移が見つかりました。もう手術はできないのでしょうか?
A1: 肺転移が見つかったからといって、必ずしも手術ができないわけではありません。第3章で解説したように、原発巣がコントロールされており、転移の数が少なく、全身の状態が良ければ、手術(肺転移切除術)が良い適応となる場合があります。特に「オリゴ転移」という状態であれば、根治を目指した積極的な手術が検討されます。主治医と手術のメリット・デメリットについてよく話し合うことが重要です。
Q2: 治療法の選択肢がたくさんあって、どれを選べばいいか分かりません。
A2: 現代のがん治療は非常に専門的で複雑化しており、患者様ご自身で最善の治療法を判断するのは困難です。大切なのは、ご自身の病状(原発巣の種類、遺伝子変異の有無、転移の状況など)を正確に把握し、それぞれの治療法の目的、効果、副作用について専門家から十分な説明を受けることです。その上で、ご自身の価値観やライフスタイル(「多少辛くても積極的に治療したい」「副作用は最小限に抑えたい」など)を医療者に伝え、一緒に治療方針を決めていく「共同意思決定(Shared Decision Making)」のプロセスが推奨されています。
Q3: 「オリゴ転移」と診断されました。本当に治る可能性があるのでしょうか?
A3: はい、その可能性は十分にあります。「オリゴ転移」は、転移が少数に限局している特別な状態であり、全身にがんが広がっている状態とは区別して考えられます。薬物療法と、手術や高精度放射線治療(SBRT)などの局所治療を組み合わせることで、がんを完全にコントロールし、根治に至るケースも報告されています15。これは大きな希望と言えます。ただし、治療成績は原発巣の種類や他の予後因子にも影響されるため、具体的な見通しについては主治医と詳細に話し合う必要があります。
結論:絶望から希望へ – あなたの人生を生きるために
肺転移がんは、確かに厳しい病気です。しかし、本記事で見てきたように、治療法は分子標的薬や免疫療法、そしてオリゴ転移に対する根治的局所療法といった目覚ましい進歩を遂げており、もはやひとくくりに「不治の病」と決めつけられる時代ではありません。10年、20年前では考えられなかったような治療の選択肢が、今、あなたの目の前にはあります。
最も重要なことは、溢れる情報に惑わされず、ご自身の病状に関する正確な情報を得ること。そして、それを基に、ご自身の価値観や人生観に合った治療を、信頼できる医療チームと共に選択していくことです。日本の10年生存率は全体で53.3%に達しており、がんと長く付き合っていく時代になっています20。この記事で得た知識が、あなたが主治医と深く対話し、希望を持って次の一歩を踏み出すための力強い支えとなることを、JHO編集部一同、心より願っています。
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