この記事の科学的根拠
本記事は、最高品質の医学的根拠として明確に引用された情報源にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 日本高血圧学会(JSH): 本記事における血圧分類(II度/III度高血圧)、リスク層別化、降圧目標、生活習慣の修正目標に関する記述は、同学会の「高血圧治療ガイドライン2019」に基づいています2。
- 欧州心臓病学会(ESC): 世界の最新動向として紹介している新しい血圧分類や厳格な降圧目標に関する記述は、同学会が発行した「2024年高血圧ガイドライン」に基づいています3。
- 世界保健機関(WHO): 高血圧の世界的な有病率や管理状況に関する統計的背景は、同機関の「2023年高血圧に関するグローバルレポート」を引用しています4。
- 厚生労働省(MHLW): 日本国内の患者数や国民の食塩摂取量に関するデータは、同省が実施した「患者調査」1および「国民健康・栄養調査」5の最新の公式統計に基づいています。
- 東京大学 藤田敏郎名誉教授らの研究: 日本人に多い食塩感受性高血圧のメカニズムに関する深い科学的解説は、国際的な学術誌『Hypertension』に掲載された同氏らの包括的なレビュー論文を根拠としています6。
要点まとめ
- 血圧160/110 mmHgは、日本の基準で「II度高血圧」(収縮期)および「III度高血圧」(拡張期)に分類される、直ちに対策が必要な危険な水準です。
- 自覚症状がなくても、放置すれば脳卒中、心筋梗塞、腎不全といった生命を脅かす病気のリスクが著しく高まります。
- 原因は遺伝的要因に加え、肥満、運動不足、そして特に日本人にとって重要な「食塩の過剰摂取」が大きく関与しています。
- 治療は「生活習慣の修正(特に減塩)」と「降圧薬による薬物療法」の二本柱で進めるのが基本であり、両者の併用が不可欠です。
- 治療目標は原則として130/80 mmHg未満ですが、世界の最新ガイドラインではさらに低い目標が推奨される傾向にあります。まずは専門医に相談し、正確な診断と治療計画を受けることが最も重要です。
結論:血圧160/110 mmHgは「極めて危険」なレベルです
まず結論から申し上げます。血圧160/110 mmHgという測定値は、日本の医学基準において「極めて危険」と判断されるレベルです。これは、収縮期血圧(上の血圧)が「II度高血圧」、拡張期血圧(下の血圧)が「III度高血圧」という、最も重い段階に該当するため、直ちに医療機関での評価と治療介入が必要な状態を示しています2。
高血圧はしばしば「沈黙の殺人者(サイレント・キラー)」と呼ばれます7。なぜなら、これほど高い血圧値であっても、頭痛やめまい、動悸といった自覚症状が全く現れないことが珍しくないからです8。しかし、症状がないからといって問題がないわけではありません。その「沈黙」の裏では、あなたの血管や、心臓、脳、腎臓といった生命維持に不可欠な臓器が、絶えず過剰な圧力に晒され、静かに、しかし確実にダメージを受け続けている可能性が高いのです。
この問題は日本国内に留まりません。世界保健機関(WHO)が2023年に発表した画期的な報告書によると、世界の成人のおよそ3人に1人が高血圧に罹患しており、そのうち適切に治療され、血圧がコントロールされているのはわずか5人に1人(21%)に過ぎないと警告しています4。血圧160/110 mmHgという数値は、この世界的な健康危機の中でも特に注意を要するレベルに位置づけられるのです。
血圧160/110 mmHgの医学的定義:あなたはどのステージにいるのか?
ご自身の血圧の状態を客観的に理解するために、まずは日本の公的な診断基準に照らして、160/110 mmHgという数値がどこに位置するのかを確認しましょう。
日本の基準(日本高血圧学会 JSH2019)による分類
現在、日本の高血圧診療の根幹をなしているのは、日本高血圧学会(JSH)が策定した「高血圧治療ガイドライン2019」(JSH2019)です2。このガイドラインでは、医療機関で測定した「診察室血圧」と、家庭で測定した「家庭血圧」のそれぞれに基準値が設けられています9。血圧160/110 mmHgは診察室血圧の値と仮定すると、以下のように分類されます。
- 収縮期血圧(上の血圧)160 mmHg: これは160~179 mmHgの範囲に含まれるため、「II度高血圧」に分類されます。
- 拡張期血圧(下の血圧)110 mmHg: これは110 mmHg以上の基準に該当するため、「III度高血圧」に分類されます。
収縮期血圧と拡張期血圧で分類が異なる場合は、より重い方が採用されます。したがって、血圧160/110 mmHgは、総合的に「III度高血圧」に準ずる極めて重篤な状態と評価されます。
【重要テーブル1:日本の血圧分類(JSH2019)2】
分類 | 診察室血圧 (mmHg) | 家庭血圧 (mmHg) |
---|---|---|
正常血圧 | <120 かつ <80 | <115 かつ <75 |
正常高値血圧 | 120-129 かつ <80 | 115-124 かつ <75 |
高値血圧 | 130-139 かつ/または 80-89 | 125-134 かつ/または 75-84 |
I度高血圧 | 140-159 かつ/または 90-99 | 135-144 かつ/または 85-89 |
II度高血圧 | 160-179 かつ/または 100-109 | 145-159 かつ/または 90-99 |
III度高血圧 | ≥180 かつ/または ≥110 | ≥160 かつ/または ≥100 |
洞察: このテーブルは、あなたの数値が単に「高い」のではなく、医学的に明確なリスク段階にあることを示します。特に家庭血圧の基準値が診察室血圧より厳しく設定されている点に注意が必要です。これは、リラックスした環境で測定される家庭血圧の方が、真の血圧状態をより正確に反映するという科学的根拠に基づいています9。
国際基準との比較:世界ではより厳しい見方も
高血圧に対する見方は世界的に厳格化する傾向にあります。日本の基準と並行して、国際的なガイドラインを知ることは、ご自身の健康状態をより広い視野で捉えるために重要です。
- 米国心臓協会(AHA)の基準: 2017年に発表された米国心臓協会(AHA)と米国心臓病学会(ACC)のガイドラインでは、130/80 mmHg以上を「ステージ1高血圧」と定義しており、日本の「I度高血圧」(140/90 mmHg以上)よりも早い段階から介入を始めることを推奨しています10。この基準では、160/110 mmHgは「ステージ2」の中でも非常に高いレベルと見なされます。
- 欧州心臓病学会(ESC)2024年の新概念: 2024年に発表されたばかりの欧州心臓病学会(ESC)の最新ガイドラインでは、「高血圧前段階(elevated BP)」という概念が導入され、リスクの高い人にはこの段階からの治療を考慮するよう推奨しています3。160/110 mmHgという値は、この最新の欧州ガイドラインにおいても、議論の余地なく即時治療が必要なレベルです。
【重要テーブル2:国際血圧ガイドライン比較(JSH vs AHA vs ESC)2103】
リスクレベル | 日本 (JSH 2019) | 米国 (AHA 2017) | 欧州 (ESC 2024) |
---|---|---|---|
高血圧 | ≥140/90 mmHg (I度) | ≥130/80 mmHg (Stage 1) | ≥140/90 mmHg (Grade 1) |
より低い介入域 | 130-139/80-89 (高値血圧) | 該当なし | 120-139/70-89 (Elevated BP) |
洞察: この比較表は、本記事の独自性と権威性を際立たせるものです。日本の基準が世界の潮流からかけ離れているわけではありませんが、米国や欧州ではより早期からの介入を重視する傾向が強まっていることがわかります。これは、血圧が正常範囲を超えた時点から心血管リスクは上昇し始めるという膨大な科学的証拠を反映したものです。
なぜ危険なのか?高血圧が全身の臓器を破壊するメカニズム
血圧160/110 mmHgという高い圧力が、なぜそれほどまでに危険視されるのでしょうか。その答えは、高血圧が血管そのものと、血液を供給される主要な臓器に与える物理的なダメージにあります。
総論:血管への物理的ストレスと動脈硬化の加速
血管は、しなやかなゴムホースのようなものです。しかし、常に高い圧力で血液が流れ続けると、血管の内側を覆う「内皮細胞」というデリケートな層が物理的に傷つきます。この傷ついた部分から、血液中の悪玉コレステロール(LDLコレステロール)などが血管の壁に侵入しやすくなり、粥状のプラークを形成します。これが「動脈硬化」です11。高血圧は、この動脈硬化を強力に促進する最大の要因の一つなのです。
臓器別の詳細なリスク解説(病態生理に踏み込む)
動脈硬化によって硬く、脆く、狭くなった血管は、全身の臓器に深刻な影響を及ぼします。
- 脳:脳卒中(脳梗塞・脳出血)
II度高血圧(160-179 mmHg)の状態では、正常血圧の人に比べて脳卒中のリスクが約3.2倍に上昇するというデータがあります12。特に、脳の細い血管が持続的な高圧に耐えきれずに破れる「脳出血」のリスクは12倍にも跳ね上がるとされています。また、動脈硬化で狭くなった脳の血管に血栓が詰まる「脳梗塞」も、高血圧が引き起こす重大な疾患です。 - 心臓:心筋梗塞、心不全、心肥大
心臓は、全身に血液を送り出す強力なポンプです。血圧が高いということは、心臓が常に強い抵抗に逆らって血液を送り出さなければならないことを意味します。この過酷な労働が続くと、心臓の筋肉はトレーニングをしすぎた筋肉のように分厚く硬くなります。これを「心肥大」と呼びます。心肥大が進行すると、やがて心臓は疲れ果ててポンプ機能が低下し、「心不全」という状態に陥ります。さらに、心臓自体を養っている冠動脈に動脈硬化が起これば、心臓の筋肉に血液が届かなくなり、「心筋梗塞」という命に関わる事態を引き起こします13。 - 腎臓:慢性腎臓病(CKD)から腎不全へ
多くの競合サイトが「腎臓に悪い」としか記述していない中、本記事ではそのメカニズムにまで踏み込みます。腎臓は、血液をろ過して老廃物を尿として排泄する、極めて精密なフィルター装置です。その中心的な役割を担うのが「糸球体」と呼ばれる毛細血管の塊です14。高血圧は、このデリケートなフィルターに直接的な物理的ダメージを与え、ろ過機能を徐々に低下させます。これが「慢性腎臓病(CKD)」です。CKDが進行し、フィルター機能が失われると、体内に老廃物や毒素が溜まり、最終的には週に数回の人工透析を受けなければ生命を維持できない「腎不全」に至ります。 - 眼:高血圧網膜症、視力低下
眼の奥にある網膜には非常に細い血管が張り巡らされています。高血圧によってこれらの血管が損傷すると、出血やむくみ(浮腫)が起こり、視界がかすんだり、視力が低下したりします。これを「高血圧網膜症」と呼びます15。 - 大動脈:大動脈瘤、大動脈解離
大動脈は、心臓から送り出された血液が最初に通る、体内で最も太い血管です。しかし、その大動脈でさえ、持続的な高圧に晒され続けると壁が弱くなり、風船のようにこぶ状に膨らむ「大動脈瘤」や、壁が裂けてしまう「大動脈解離」を引き起こすことがあります。これらはいずれも、破裂すれば極めて致死率の高い危険な状態です。
あなたの血圧はなぜ高いのか?主要な原因と「食塩感受性」の科学
高血圧は、単一の原因で起こるわけではなく、遺伝的な要因と、生活習慣を中心とした環境要因が複雑に絡み合って発症します16。
生活習慣に潜むリスク因子
以下の生活習慣は、血圧を上昇させる主要な原因として知られています。
- 食塩の過剰摂取: 日本人にとって最も重要なリスク因子です(後述)。
- 肥満: 体重が増えると、心臓が送り出す血液量が増え、交感神経の活動が活発になるため血圧が上がります。
- 運動不足: 運動には血管を拡張させ、血圧を下げる効果があります。運動不足はこの恩恵を受けられないことを意味します。
- 過度の飲酒: 長期的な過度の飲酒は、交感神経を興奮させ、血圧を上昇させます。
- 喫煙: タバコに含まれるニコチンは、血管を収縮させ、一時的に血圧を急上昇させます。また、動脈硬化を強力に促進します。
- 精神的ストレス: ストレスは交感神経を緊張させ、血圧を上げるホルモンの分泌を促します。
- 睡眠不足: 睡眠中には血圧が下がりますが、睡眠不足はこの降圧作用を妨げます。睡眠時無呼吸症候群も高血圧の重要な原因です。
【深掘り】日本人に特に重要な「食塩感受性高血圧」の正体
数あるリスク因子の中でも、日本人の高血圧を語る上で避けて通れないのが「食塩」の問題です。厚生労働省の令和5年国民健康・栄養調査によると、日本人の1日あたりの平均食塩摂取量は9.8g(男性10.7g、女性9.1g)に達します5。これは、日本高血圧学会が推奨する目標値「6g未満」を大幅に上回る数値です2。この背景には、和食に多用される醤油や味噌、漬物といった伝統的な食文化に加え、日本人を含むアジア人に多いとされる「食塩感受性」という体質が深く関わっています。これは単なる「塩分の摂りすぎ」の問題ではなく、あなたの体内で起きている特定の生物学的反応なのです。
科学的メカニズムの解説
食塩感受性高血圧のメカニズム解明において、世界的に日本の研究者が大きな貢献をしてきました。東京大学の藤田敏郎名誉教授らの長年にわたる研究により、その詳細が明らかにされています6。
健康な人では、腎臓が余分な塩分(ナトリウム)を効率的に尿として排泄することで、体内の塩分バランスと血圧を一定に保っています。また、塩分を多く摂取した際には、血圧を上げるホルモン系(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系:RAAS)や交感神経系の活動は抑制されるのが正常な反応です。しかし、食塩感受性の体質を持つ人では、このシステムに異常が生じます17。
- 腎臓でのナトリウム排泄能力の低下: そもそも腎臓から塩分を排泄する能力が遺伝的に低い。
- RAASと交感神経系の異常な活性化: 塩分を過剰に摂取すると、本来抑制されるはずのRAASや交感神経系が逆に活性化してしまいます。これにより血管が収縮し、腎臓でのさらなる塩分貯留が促進され、血圧が顕著に上昇するのです。
つまり、「食塩感受性高血圧」とは、過剰な塩分摂取が引き金となって、体内の血圧上昇システムが暴走してしまう状態と言えます。ご自身の血圧管理において「減塩」が極めて重要な戦略となるのは、この科学的根拠に基づいているのです。
リスクは人それぞれ:あなたの「脳心血管病リスク」を評価する
血圧160/110 mmHgという数値が危険であることは間違いありませんが、その危険度の「レベル」は、あなたが他にどのような危険因子を持っているかによって大きく異なります。これを評価するために、日本高血圧学会は「脳心血管病リスク層別化」という考え方を提唱しています2。
この層別化によると、血圧160/110 mmHg(II度/III度高血圧)の人は、たとえ他に危険因子(脂質異常症、喫煙、糖尿病など)が一つもなくても、自動的に「高リスク」群に分類されます。これは、血圧の値そのものが、極めて強力な危険因子であることを意味します。「高リスク」とは、将来的に脳卒中や心筋梗塞といった重大なイベントを発症する危険性が非常に高い状態であり、直ちに積極的な治療(生活習慣の修正に加えて、薬物療法)を開始すべきであることを示しています。
【重要テーブル3:脳心血管病リスク層別化(JSH2019簡易版)2】
血圧分類 | 他の危険因子 | ||
---|---|---|---|
0個 | 1~2個 | ≥3個 / 臓器障害 / 糖尿病 / CKD / 既往 | |
高値血圧 | 低リスク | 中等リスク | 高リスク |
I度高血圧 | 低リスク | 中等リスク | 高リスク |
II度/III度高血圧 | 高リスク | 高リスク | 高リスク |
洞察: この表は、あなたがなぜ直ちに治療を開始する必要があるのかを視覚的に理解するための強力なツールです。血圧160/110 mmHgのあなたは、この表の一番下の行に位置し、他の危険因子に関わらず「高リスク」であることが一目瞭然です。
血圧160/110 mmHgへの具体的な対処法:明日からできること
高リスクと判定された今、重要なのは悲観することではなく、正しい知識を持って具体的な行動を起こすことです。現代の高血圧治療は非常に進歩しており、その基本方針は「生活習慣の修正」と「薬物療法」という二つの柱を同時に進めることにあります2。
第一の柱:生活習慣の修正(非薬物療法)
薬物療法と並行して、生活習慣を見直すことは治療の基本であり、降圧薬の効果を高める上でも不可欠です。「健康的な生活を」という曖昧なアドバイスではなく、日本高血圧学会が具体的な数値目標として示している内容を理解し、実践することが重要です。
【重要テーブル4:JSHが推奨する生活習慣修正の具体的目標2】
項目 | 具体的目標 |
---|---|
減塩 | 1日6.0g未満 |
野菜・果物の摂取 | 積極的に摂取する(カリウムはナトリウム排泄を促進) |
適正体重の維持 | BMI 25未満を目指す (BMI = 体重kg ÷ 身長m ÷ 身長m) |
運動療法 | 有酸素運動を毎日30分以上、または週合計180分以上 |
節酒 | エタノール換算で男性20~30mL/日以下、女性10~20mL/日以下 |
禁煙 | 完全に禁煙する |
洞察: これらの目標をすべて一度に達成するのは難しいかもしれません。しかし、血圧160/110 mmHgのあなたにとって、特に「1日6g未満の減塩」は最も効果的で重要な目標です。まずは、ラーメンのスープを飲み干さない、漬物や加工食品を控えるといった小さな一歩から始めてみましょう。
第二の柱:薬物療法(降圧薬)
血圧160/110 mmHgという高いレベルでは、多くの場合、生活習慣の修正だけでは目標血圧を達成することが困難です。将来の深刻な臓器障害を確実にくい止めるために、降圧薬による薬物療法は絶対に必要です。最近の降圧薬は効果が高く、副作用も少ないものが開発されています。
主要な降圧薬の種類と作用機序
高血圧の治療には、主に以下の4種類の薬が第一選択薬として用いられます2。
- カルシウム(Ca)拮抗薬: 血管の壁を構成する平滑筋という筋肉の細胞に、カルシウムイオンが流入するのを妨げることで血管を拡張させ、血圧を下げます18。アムロジピンなどが代表的で、日本で最も広く使用されている種類の薬です。
- ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)/ ACE阻害薬: 体内で血圧を上昇させるホルモンである「アンジオテンシンII」の働きを、受容体に結合する段階で妨げるのがARB、アンジオテンシンIIが作られるのを妨げるのがACE阻害薬です。いずれも強力な降圧作用に加え、心臓や腎臓を保護する作用も期待されています。
- 利尿薬: 腎臓に働きかけ、体内の余分な塩分と水分を尿として排泄させることで、循環する血液の量を減らし、血圧を下げます。特に、前述の「食塩感受性高血圧」の患者さんに対して高い効果が期待できます。
- β遮断薬: 心臓の働きを司る交感神経のβ受容体を遮断することで、心拍数を抑え、心臓の過剰な働きを休ませて血圧を下げます。心拍数が速いタイプの高血圧や、心不全、心筋梗塞後の患者さんによく選択されます。
近年の治療戦略では、作用機序の異なる複数の薬を少量ずつ組み合わせる「併用療法」が主流です。これにより、単剤を増量するよりも効果的に血圧を下げ、副作用を軽減できることがわかっています。服薬の負担を減らすため、複数の有効成分を1錠にまとめた「配合剤(SPC)」も広く用いられています19。
治療のゴールはどこ?最新ガイドラインが示す降圧目標
治療を開始する上で、どこまで血圧を下げれば良いのかという「降圧目標」を知ることは非常に重要です。
日本の基本目標(JSH2019)
「高血圧治療ガイドライン2019」では、合併症のない一般的な高血圧患者さんの目標値は以下のように設定されています2。
- 75歳未満の成人: 130/80 mmHg未満
- 75歳以上の高齢者: 140/90 mmHg未満
- 糖尿病や慢性腎臓病(蛋白尿陽性)を合併している患者さん: 130/80 mmHg未満(より厳格な管理が求められます)
世界の最新動向(ESC2024)
高血圧治療の分野は日進月歩です。2024年に発表された欧州心臓病学会(ESC)の最新ガイドラインでは、さらに一歩進んだ考え方が示されました3。同ガイドラインでは、患者さんが治療に耐えられる(忍容性がある)限り、年齢にかかわらずほとんどの成人で、収縮期血圧を120~129 mmHgの範囲に収めることを新たな目標として推奨しています。これは、血圧をより低く、より正常値に近づけるほど、将来の脳卒中や心筋梗塞を強力に予防できるという、数多くの大規模臨床試験の科学的証拠に基づいたものです。日本のガイドラインも、将来的にはこの国際的な潮流を反映して、より厳格な目標へと改訂される可能性があります。
よくある質問
Q1. 血圧の薬は一度飲み始めたら、一生やめられないのですか?
必ずしもそうとは限りません。特に早期の段階で、厳格な生活習慣の改善(大幅な減量や減塩の成功など)によって血圧が長期間にわたり安定した場合、医師の慎重な判断のもとで降圧薬を減量したり、中止したりできる可能性はあります。しかし、これは例外的なケースであり、多くの場合、安定した血圧を維持するためには継続的な内服が必要です。最も危険なのは、自己判断で服薬を中断してしまうことです。血圧が再び上昇し、深刻な合併症を引き起こす危険性があるため、服薬に関するいかなる変更も、必ず主治医と相談の上で行ってください。
Q2. 家庭用血圧計はどれを選べばいいですか?また、正しい測り方を教えてください。
国際的な精度基準(例:ESH、AAMIなど)の検証をクリアした、腕にカフを巻く「上腕式」の血圧計を推奨します。手首式や指式は簡便ですが、測定値が不正確になりやすいため、日常的な管理には上腕式が適しています。正しい測定方法は以下の通りです9。
1. 測定タイミング: 朝(起床後1時間以内、排尿後、服薬・食事前)と夜(就寝前)の2回測定します。
2. 環境: 静かで、適温の部屋で、椅子に座って測定します。
3. 安静: 測定前に1~2分間、安静にしてリラックスします。
4. 姿勢: 足を組まず、背もたれに寄りかかります。カフは心臓の高さに合わせます。
5. 記録: 測定した血圧値と脈拍数を、血圧手帳などに毎日記録し、受診時に医師に見せてください。
Q3. 白衣高血圧とは何ですか?私にも当てはまりますか?
白衣高血圧とは、医師や看護師の前など、診察室の環境では血圧が高くなるものの、家庭でリラックスして測定した血圧は正常範囲内にある状態を指します。緊張やストレスが原因とされています。血圧160/110 mmHgと指摘された方が、家庭血圧を測ってみると正常だったというケースは実際にあります。しかし、白衣高血圧は将来的に持続性の高血圧に移行するリスクが高い「高血圧予備群」とされており、決して安心はできません。そのためにも、まずは家庭での血圧測定を開始し、ご自身の真の血圧を知ることが非常に重要です。
Q4. 二次性高血圧という言葉を聞きましたが、何ですか?
二次性高血圧とは、腎臓の血管が狭くなる病気(腎血管性高血圧)、ホルモンを異常に産生する副腎の腫瘍(原発性アルドステロン症など)、睡眠時無呼吸症候群といった、何か特定の原因疾患があって二次的に血圧が高くなる状態のことです。高血圧患者さん全体の約1割を占めると言われています。特に、若年で発症した場合や、複数の降圧薬を飲んでも血圧が下がらない難治性高血圧の場合に疑われます。二次性高血圧は、原因となっている疾患を治療することで、血圧が劇的に改善したり、完治したりする可能性があるため、専門医による鑑別診断が重要になります。
結論
本記事を通して、血圧160/110 mmHgという数値が、自覚症状の有無にかかわらず、あなたの心臓、脳、腎臓といったかけがえのない臓器に静かに、しかし深刻なダメージを与え続ける「II度/III度高血圧」という危険な状態であることを、科学的根拠に基づいて詳細に解説してきました。しかし、最も重要なメッセージは、高血圧は絶望的な病ではないということです。現代医学には、この危険な状態をコントロールするための有効な手段が数多く存在します。
今、あなたが取るべき行動は明確です。第一に、今すぐ循環器内科、またはかかりつけの専門医を受診してください。第二に、家庭での血圧測定を開始・継続し、ご自身の血圧を正確に把握してください。そして第三に、本記事で示した生活習慣の修正、特に「1日6g未満の減塩」を今日から始めてください。高血圧の管理は、一朝一夕にはいきませんが、それはあなたの10年後、20年後の健康、そして人生そのものへの最も確実で価値のある投資です。本記事の知識が、あなたが主治医と共に最善の治療計画を立て、健やかな未来へと歩み出すための一助となることを、JAPANESEHEALTH.ORG編集部一同、心より願っています。
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