【科学的根拠に基づく】糖尿病管理 完全ガイド|最新の診断基準・食事・運動療法から薬物治療、高齢者の目標設定まで
糖尿病

【科学的根拠に基づく】糖尿病管理 完全ガイド|最新の診断基準・食事・運動療法から薬物治療、高齢者の目標設定まで

糖尿病は、現代の日本において最も身近でありながら、多くの人々が漠然とした不安を抱える疾患の一つです。厚生労働省が公表した最新の「令和5年 国民健康・栄養調査」によれば、日本人成人男性の約6人に1人(16.8%)、女性の約11人に1人(8.9%)が「糖尿病が強く疑われる」状態にあり、特に70歳以上の男性においては4人に1人(26.2%)を超えるという事実は、もはや他人事では済まされない日本の国民的課題であることを示しています12。健康診断で血糖値の異常を指摘された方、すでに治療を開始しているものの現状の管理方法に疑問を感じている方、そして大切なご家族の健康を支えたいと願う方々へ。この記事は、巷に溢れる断片的な情報や古い常識を排し、日本糖尿病学会(JDS)の『糖尿病診療ガイドライン2024』や米国糖尿病協会(ADA)の『Standards of Care 2025』といった、国内外の最高権威機関による最新の科学的根拠(エビデンス)に完全準拠した、信頼できる「糖尿病との向き合い方の教科書」です34。診断の基本から、日々の食事や運動、最新の薬物療法、そして日本の実情に即した高齢者の個別化目標に至るまで、あなたの疑問や不安を解消するための知識と実践的な指針を、体系的かつ詳細に解説します。


この記事の科学的根拠

この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいて作成されています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したものです。

  • 日本糖尿病学会 (JDS): 本記事における糖尿病の診断基準、一般成人の治療目標、食事療法、運動療法の推奨事項は、同学会発行の『糖尿病診療ガイドライン2024』に基づいています3
  • 日本老年医学会 (JGS) & 日本糖尿病学会 (JDS): 高齢者における個別化された血糖コントロール目標に関する指針は、両学会が共同で策定した『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』に基づいています5
  • 厚生労働省 (MHLW): 日本国内の糖尿病有病率に関する統計データは、「国民健康・栄養調査」の結果に基づいています12
  • 米国糖尿病協会 (ADA): 最新の薬物療法や持続血糖測定(CGM)に関する国際的な標準治療の動向は、同学会発行の『Standards of Care in Diabetes』に基づいています4
  • 国立国際医療研究センター (NCGM): 国民向けの信頼できる公的な情報源として、同センターの「糖尿病情報センター」の情報を参照しています6

要点まとめ

  • 日本の糖尿病有病率は深刻で、特に高齢層で高い割合を示します。これは国民的な健康課題です12
  • 糖尿病の診断は、血糖値とHbA1c(過去1~2ヶ月の平均血糖値)の検査結果に基づき、日本糖尿病学会の明確な基準に沿って行われます7
  • 血糖コントロール目標は画一的ではなく、一般成人はHbA1c 7.0%未満を目指しますが、高齢者は認知機能や身体能力に応じてより柔軟な個別目標(下限値を含む)を設定することが極めて重要です58
  • 食事療法では、適正なエネルギー摂取が基本です。短期間の炭水化物制限は有効な場合がありますが、専門家の指導が必要です。適量の果物摂取は許容されています3
  • 運動療法は、有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせが最も効果的です。また、30分以上座り続けないようにすることも血糖管理に有効です9
  • 最新の薬物療法は、単に血糖値を下げるだけでなく、心臓や腎臓を保護する効果を持つ薬剤(SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬)が重視される時代になっています310
  • 持続血糖測定(CGM)などの先進技術は、血糖の「見える化」を可能にし、より質の高い自己管理と低血糖の予防に貢献します11

第1章:糖尿病を正しく知る ― 最新の診断基準と血糖値の基本

糖尿病の管理は、まず自身の状態を正確に把握することから始まります。この章では、日本糖尿病学会が定める最新の診断基準に基づき、いつ、どのようにして「糖尿病」と診断されるのか、そして診断に用いられる主要な検査項目の意味を分かりやすく解説します。

糖尿病の診断:いつ、どのように「糖尿病」と判断されるのか?

日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン2024』によると、糖尿病の診断は、血糖値とHbA1cという二つの指標を用いて慎重に行われます7。具体的には、以下の4つの検査項目のいずれかが基準値を超えた場合、その状態は「糖尿病型」と判定されます。

  1. 空腹時血糖値(食事を10時間以上とらずに測定)
  2. 75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値(ブドウ糖の液体を飲んだ2時間後に測定)
  3. 随時血糖値(食事の時間に関係なく測定)
  4. HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)

原則として、初回の検査で「糖尿病型」と判定された後、別の日に実施した再検査でも再び「糖尿病型」が確認された場合に、正式に「糖尿病」と診断されます。ただし、口が渇く、水をよく飲む、尿が多いといった典型的な症状がある場合や、明らかな糖尿病網膜症が確認された場合は、一度の検査で診断が確定することもあります7

診断基準の具体的な数値:あなたの検査結果と見比べてみましょう

診断基準となる具体的な数値を以下の表にまとめました。ご自身の健康診断の結果票と見比べることで、現在の状態を客観的に理解する手助けとなります。

糖尿病の診断基準
検査項目 基準値
1. 空腹時血糖値 126 mg/dL 以上
2. 75g OGTT 2時間値 200 mg/dL 以上
3. 随時血糖値 200 mg/dL 以上
4. HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー) 6.5% 以上

出典: 日本糖尿病学会『糖尿病診療ガイドライン2024』7

HbA1cとは? ― 過去1~2ヶ月の「血糖値の成績表」

HbA1cは、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンというたんぱく質に、ブドウ糖がどれくらいの割合で結合しているかを示す指標です。血糖値がその瞬間瞬間の値を反映するのに対し、HbA1cは赤血球の寿命(約120日)と関連し、過去1~2ヶ月間の平均的な血糖レベルを反映します。そのため、検査直前の食事や運動の影響を受けにくく、長期的な血糖コントロールの状態を評価するための非常に信頼性の高い「成績表」として重視されています1213

糖尿病のタイプ:1型、2型、その他の違いは?

糖尿病にはいくつかのタイプがありますが、主に「1型」と「2型」に大別されます。日本の糖尿病患者の90%以上は「2型糖尿病」であり、この記事も主に2型糖尿病について解説します14

  • 1型糖尿病:自己免疫の異常などにより、インスリンを産生する膵臓のβ細胞が破壊されてしまう病気です。結果としてインスリンがほとんど、あるいは全く分泌されなくなるため、生命維持のためにインスリン注射が不可欠となります。
  • 2型糖尿病:遺伝的に糖尿病になりやすい素因を持つ人が、過食、運動不足、肥満といった生活習慣の乱れが加わることで発症します。インスリンの分泌量が減少したり、分泌されてもその働きが悪くなったり(インスリン抵抗性)することで、血糖値が上昇します15

第2章:あなたに最適な血糖コントロール目標 ― 一般目標と高齢者の個別化目標

糖尿病治療の目的は、単に血糖値を下げることだけではありません。将来起こりうる深刻な合併症を予防し、健康な人と変わらない生活の質を維持することにあります。そのためには、個々の患者さんの状態に合わせた適切な血糖コントロール目標を設定することが不可欠です。

なぜ目標設定が重要なのか? ― 将来の合併症を防ぐための羅針盤

血糖値を長期にわたり良好な状態に保つことは、糖尿病の3大合併症と言われる細小血管障害(網膜症による失明、腎症による人工透析、神経障害による足の切断)や、心筋梗塞、脳卒中といった生命を脅かす大血管障害の発症危険性を著しく低下させることが、数多くの研究で証明されています16。治療目標は、合併症という暗礁を避けて航海するための、まさに「羅針盤」なのです。

【一般成人向け】合併症を防ぐための血糖コントロール目標

日本糖尿病学会は、一般成人(高齢者を除く)の患者さんに対して、目指すべき状態に応じた段階的な血糖コントロール目標(HbA1c値)を定めています。多くの患者さんにとって最も重要な目標は、合併症予防のための「7.0%未満」です。

一般成人の血糖コントロール目標
目標 HbA1c (NGSP値) 備考
血糖正常化を目指す際の目標 6.0% 未満 適切な食事・運動療法のみ、または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合
合併症予防のための目標 7.0% 未満 多くの糖尿病患者がまず目指すべき最も重要な目標
治療強化が困難な際の目標 8.0% 未満 低血糖、その他の副作用、サポート体制の不足などにより、治療の強化が難しい場合

出典: 日本糖尿病学会『糖尿病診療ガイドライン2024』などに基づく1317

【高齢者向け】日本の叡智:重症低血糖を防ぐための個別化目標

このセクションは、日本の糖尿病診療における非常に重要な特徴であり、本記事の核となる部分です。高齢者においては、血糖値を厳格に管理しすぎることが、かえって重症低血糖を引き起こす危険性があります。重症低血糖は、意識障害、転倒による骨折、認知機能の低下、さらには不整脈や心筋梗塞といった深刻な事態を招く可能性があり、高血糖そのものよりも危険な場合があるのです8

この重大な課題に対し、日本老年医学会と日本糖尿病学会は、世界に先駆けて画期的な指針『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』を発表しました518。その核心は、患者さんを認知機能やADL(着替えや食事、入浴などの日常生活動作)の状態によって3つのカテゴリーに分け、それぞれに異なる、より柔軟な血糖コントロール目標を設定するという考え方です。特に注目すべきは、血糖値の「下限」を意識し、過剰な治療を戒めている点です。この個別化アプローチは、高齢者の安全を最優先する日本の医療の叡智と言えるでしょう。

高齢者糖尿病の血糖コントロール目標
カテゴリー分類 患者の状態 HbA1c目標値(上限値) 重症低血糖が危惧される薬剤*使用時
HbA1c目標値(上限値)
カテゴリーⅠ 認知機能正常、ADL自立 7.0% 未満 7.5% 未満
カテゴリーⅡ 軽度認知障害~軽度認知症、
手段的ADL低下、基本的ADL自立
8.0% 未満 8.5% 未満
カテゴリーⅢ 中等度~重度認知症、
基本的ADL低下、多くの併存疾患や機能障害
8.5% 未満 9.0% 未満

*インスリン製剤、スルホニル尿素(SU)薬、グリニド薬など。下限値は重症低血糖を避ける観点から、カテゴリーⅠで6.5%、カテゴリーⅡで7.0%、カテゴリーⅢで7.5%を目安とします。
出典: 日本老年医学会・日本糖尿病学会『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』に基づく5818

第3章:治療の根幹① ― 最新エビデンスに基づく食事療法

糖尿病治療において食事療法は基本であり、最も重要な柱です。しかし、「あれもダメ、これもダメ」といった根性論や古い常識に縛られる必要はありません。ここでは、最新の科学的根拠に基づいた、実践可能で効果的な食事療法の要点を解説します。

基本原則:まず、エネルギー摂取量の適正化から

『糖尿病診療ガイドライン2024』では、特に過体重や肥満を伴う2型糖尿病の患者さんにおいて、「体重減少を目的としたエネルギー摂取量の制限」がHbA1cの改善に有効であると明確に推奨されています。適正な体重を目指すことは、血糖値だけでなく、脂質異常や高血圧といった他の生活習慣病の改善にも繋がり、総合的な健康状態を向上させるための第一歩となります3

注目のトピック①:炭水化物(糖質)制限は有効か?

世間で様々な情報が錯綜している炭水化物制限について、ガイドラインは科学的根拠に基づいたバランスの取れた見解を示しています。結論として、「6~12ヶ月の短期間」においては、炭水化物の摂取比率を減らすことが血糖コントロールの改善に有効であると認められています。しかし、1年以上の長期的な安全性や有効性に関する十分な証拠はまだ確立されていません。そのため、極端な制限は推奨されず、もし実施する場合には、必ず医師や管理栄養士といった専門家の指導のもとで、自身の健康状態を確認しながら慎重に行うべきであると強調されています3

注目のトピック②:果物は食べても良いのか?

「果物は甘いからダメ」と思われがちですが、これも誤解を含んでいます。2024年版ガイドラインでは、患者さんから質問の多いこのトピックについて新たな見解が追加されました。確かに果物には糖質が含まれますが、同時にビタミン、ミネラル、そして血糖値の急上昇を抑える食物繊維も豊富です。多くの果物は、血糖値の上がりやすさを示すGI(グリセミック・インデックス)値が比較的低いことが知られています。したがって、過剰摂取を避け、「適量」であれば、血糖コントロールに大きな悪影響を与えることなく、食事の満足度を高めることができると考えられています3

食事療法のポイントまとめ

食事療法の推奨事項の要約
項目 『糖尿病診療ガイドライン2024』に基づく推奨事項
エネルギー摂取量 過体重・肥満があれば、体重減少を目指したエネルギー制限を推奨3
栄養バランス 炭水化物、たんぱく質、脂質のバランスが重要。総エネルギーのうち炭水化物は50-60%、たんぱく質は20%までが目安。
炭水化物制限 短期間(6-12ヶ月)では有効性が示されている。ただし極端な制限は非推奨。専門家と相談の上で行うこと3
果物摂取 糖質を含むが食物繊維も豊富。適量であれば問題ない可能性が高い3
食物繊維 積極的に摂取することが推奨される。血糖値の急激な上昇を抑制する効果がある。

第4章:治療の根幹② ― 科学的に正しい運動療法

食事療法と並ぶ治療のもう一つの柱が運動療法です。「ただ歩けば良い」という単純な考えから一歩進んで、血糖コントロール効果を最大化するための具体的な運動の種類、量、タイミングについて、科学的根拠に基づいて解説します。

運動が血糖値を下げるメカニズム

運動をすると、筋肉細胞が血液中のブドウ糖をエネルギー源として活発に取り込み始めます。これにより直接的に血糖値が下がります。さらに、運動を継続することで、インスリンの働きが良くなる(インスリン感受性が改善する)ため、より少ないインスリンで効率的に血糖をコントロールできるようになります。

最も効果的な運動の組み合わせ:有酸素運動+レジスタンス運動

『糖尿病診療ガイドライン2024』では、「有酸素運動」と「レジスタンス運動(筋力トレーニング)」の両方を組み合わせて行うことが、血糖管理において最も効果的であると強く推奨されています919

  • 有酸素運動:ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなどが含まれます。息が少し弾む程度の「中強度」の運動を、「週に合計150分以上」行うことが目標です。効果を維持するため、運動をしない日が2日以上続かないように、週3回以上に分けて実施することが推奨されます9
  • レジスタンス運動:スクワット、腕立て伏せ、ダンベル体操など、筋肉に負荷をかける運動です。大きな筋肉群を対象とした運動を、「連続しない日程で週に2~3回」行うことが推奨されています。筋肉量が増えることで、基礎代謝が上がり、インスリン感受性の改善にも繋がります9

新常識:「座りすぎ」を防ぐことの重要性

近年の研究で、運動習慣の有無にかかわらず、日中に長時間座り続けること自体が血糖コントロールに悪影響を与えることが明らかになってきました。この「座位行動」のリスクに対し、ガイドラインでも「30分以上座位を継続しないようにし、立ち上がって歩くなどの軽い身体活動で中断すること」が、食後の血糖値上昇を抑える上で有効であると新たに推奨されました9。デスクワーク中心の方でもすぐに実践できる、非常に重要な新常識です。

運動療法のポイントまとめ

運動療法の推奨事項の要約
項目 『糖尿病診療ガイドライン2024』に基づく推奨事項
有酸素運動 中強度で週150分以上。週3回以上に分け、2日以上空けない9
レジスタンス運動 週2~3回、連続しない日程で実施。主要な筋肉群を対象に9
組み合わせ 有酸素運動とレジスタンス運動の両方を行うことが最も効果的9
座位の中断 30分以上座り続けない。軽い身体活動でこまめに中断することが推奨される9
運動実施の注意点 空腹時血糖値が250mg/dL以上でケトン体陽性の場合や、不安定な心疾患がある場合など、運動を禁止・制限すべき病態があります。運動を始める前には、必ず主治医に相談し、許可を得てください16

第5章:現代の薬物療法 ― 血糖値を下げるだけではない、心臓と腎臓を守る選択へ

食事療法や運動療法を行っても目標の血糖値に達しない場合、薬物療法が開始されます。近年の糖尿病治療薬の進歩は目覚ましく、治療の考え方は「単に血糖値を下げる」ことから、「心臓や腎臓といった重要な臓器を守る」ことへと、大きなパラダイムシフトを遂げています。

薬物療法の新しい考え方:心血管疾患・腎臓病のリスクを減らす

かつて薬物療法の主目的は、HbA1cを下げることでした。しかし、糖尿病患者さんの生命予後や生活の質を大きく左右するのは、心筋梗塞や心不全、そして人工透析に至る腎不全といった合併症です。近年の大規模な臨床試験により、「SGLT2阻害薬」と「GLP-1受容体作動薬」という2種類の薬剤が、優れた血糖降下作用に加えて、これらの心血管イベントや腎臓病の進行を抑制する効果(心血管・腎保護効果)を持つことが次々と証明されました。この結果、日本および国際的な最新のガイドラインでは、患者さんが持つ合併症のリスク(特に心血管疾患や慢性腎臓病の有無)に応じて、これらの保護効果を持つ薬剤を積極的に選択することが強く推奨されるようになりました。これは、糖尿病治療における革命的な変化と言えます320

主な糖尿病治療薬の種類と特徴

2型糖尿病治療には様々な種類の薬剤があります。基本薬と位置づけられるメトホルミン(ビグアナイド薬)をはじめ、心血管・腎保護効果で注目されるSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬、低血糖を起こしにくいDPP-4阻害薬、古くから使われているSU薬など、それぞれに異なる作用機序、利点、注意点があります3

あなたに合った薬の選び方:合併症リスクに応じた個別化治療

最新の治療では、患者さん一人ひとりの背景(心臓病や腎臓病の有無、肥満の程度、低血糖の危険性など)を考慮して、最適な薬剤が選択されます。以下の表は、その選択基準の考え方を簡潔にまとめたものです。ご自身の処方薬がどのような目的で選ばれているのかを理解し、医師との対話を深めるための一助としてください。

患者背景に応じた薬剤選択の考え方(例)
患者の状況 推奨される薬剤クラスの例 根拠となる考え方
心血管疾患(動脈硬化性)の既往あり GLP-1受容体作動薬 または SGLT2阻害薬 心血管イベントの再発予防効果が証明されている3
心不全(特にHFrEF) SGLT2阻害薬 心不全による入院リスクを著明に低下させる効果が示されている10
慢性腎臓病(CKD) SGLT2阻害薬 または GLP-1受容体作動薬 腎機能の悪化を抑制し、末期腎不全への進行を遅らせる効果が証明されている10
肥満が顕著 GLP-1受容体作動薬 または SGLT2阻害薬 優れた体重減少効果が期待できる。
低血糖のリスクを避けたい DPP-4阻害薬, GLP-1受容体作動薬, SGLT2阻害薬など これらの薬剤は単独使用では原理的に低血糖を起こしにくい。

出典: JDS『糖尿病診療ガイドライン2024』、ADA『Standards of Care 2025』などに基づく31020

第6章:先進技術の活用 ― 持続血糖測定(CGM)がもたらす日常の変化

テクノロジーの進歩は、糖尿病の自己管理のあり方を大きく変えつつあります。その代表格が「持続血糖測定(Continuous Glucose Monitoring, CGM)」です。

持続血糖測定(CGM)とは?

1日に数回、指先を穿刺して血液を採取し、その瞬間の血糖値を点として測定する従来の自己血糖測定(SMBG)とは異なり、CGMは上腕などに装着した皮下の細いセンサーによって、間質液中のグルコース濃度を5分ごとなど連続的に測定するデバイスです。これにより、24時間の血糖値の変動を「線」として「見える化」することが可能になります11

CGMがもたらすメリット:見えなかった血糖変動を捉える

CGMの最大の利点は、従来のSMBGでは見逃しがちだった血糖変動を明確に捉えられることです。例えば、自分では気づかない夜間の低血糖(無自覚性低血糖)や、食後の急激な血糖値の上昇(血糖値スパイク)といった、危険な状態を発見することができます。これらの情報を基に、インスリン量の微調整や食事内容の見直し、運動のタイミングの最適化などが可能となり、低血糖のリスクを避けながら、より質の高い血糖コントロールを目指すことができます。

最新の国際ガイドライン(ADA 2025)での推奨

かつてCGMは主に1型糖尿病や強化インスリン療法の患者さんに用いられてきましたが、その有用性が広く認知されるにつれ、適応が拡大しています。米国糖尿病協会(ADA)の最新ガイドラインでは、インスリンを使用している全ての患者さんへの使用が推奨されるだけでなく、インスリンを使用していない一部の2型糖尿病患者さんにおいても、血糖目標を達成するための一つの選択肢としてCGMの使用を考慮することが推奨されています10

日本での活用と今後の展望

日本においても、インスリンポンプと連動するCGMを中心に、特に1型糖尿病の患者さんで活用が広がっています21。近年では、様々なメーカーからより使いやすいデバイスが登場しています。さらに、テルモ社の血糖値管理アプリとGoogle社の「ヘルスコネクト」が連携を開始するなど、測定されたデータをスマートフォンなどで一元管理し、家族や医療者と安全に共有する仕組みも整いつつあります22。このような技術の活用は、患者さんと医療者の連携を深め、より個別化された治療を実現する未来へと繋がっています。

第7章:日本の公的情報・サポート体制を使いこなす

糖尿病との長い付き合いにおいては、信頼できる情報源を知り、必要な時に専門家のサポートを得られる体制を整えておくことが非常に重要です。ここでは、日本国内で利用できる公的な情報源と専門家を探す方法をご紹介します。

迷ったらここへ:最も信頼できる情報源

  • 国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター: 国が運営する、最も信頼性が高く、中立的な情報ポータルサイトです。一般の方向け、医療者向けの情報が非常に豊富に掲載されており、多言語に対応したパンフレットや、ご自身の糖尿病発症危険度をチェックできる「糖尿病リスク予測ツール」といった、非常に有用なコンテンツが全て無料で利用できます623
  • 日本糖尿病学会・日本糖尿病協会: 両学会・協会も、患者さんやご家族向けに、病気に関する分かりやすい情報や、日本各地で開催される講演会・イベント情報などを提供しています。こちらも信頼できる情報源です5

地域の専門家を探すには?

専門的な治療や相談を希望する場合、日本糖尿病学会が認定する「糖尿病専門医」を探すことが一つの有効な方法です。日本糖尿病学会の公式ウェブサイトには、認定専門医の名簿が公開されており、都道府県別に地域の専門医が在籍する医療機関を検索することができます24。かかりつけ医と相談の上、必要に応じて専門医の意見を聞くことも検討しましょう。

結論:糖尿病は「管理できる」病気です

本記事を通じて、糖尿病の診断から最新の治療、そして日本の実情に合わせた目標設定まで、多岐にわたる情報を提供してきました。糖尿病は、一度診断されると生涯にわたる管理が必要となる慢性疾患ですが、もはや不治の病としてただ恐れる時代ではありません。最新の科学的根拠に基づいた正しい知識を持ち、ご自身の年齢や健康状態に合わせた個別化された目標を設定し、日々の食事や運動といった生活習慣を主体的に見直すことで、深刻な合併症の発症や進行を防ぎ、健康な人と何ら変わらない豊かな人生を送ることは十分に可能です。最も重要なことは、決して一人で悩まず、主治医、管理栄養士、看護師、薬剤師といった専門家チームと密に連携し、信頼関係を築きながら、自分に合った治療を根気強く継続していくことです。この記事が、あなたのその第一歩を踏み出すための一助となることを心から願っています。

        免責事項本記事は、医学的情報の提供を目的としており、専門的な医学的助言、診断、治療に代わるものではありません。ご自身の健康状態に関する懸念や、治療に関する決定を下す前には、必ず資格を有する医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  23. 「糖尿病リスク予測ツール(国立国際医療研究センター)」を活用して糖尿病を防ごう! – 愛川町. [インターネット]. [引用日: 2025年6月26日]. Available from: https://www.town.aikawa.kanagawa.jp/soshiki/minsei/kokuho/kokuho/info/16000.html
  24. 専門医検索:一般社団法人日本糖尿病学会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月26日]. Available from: https://www.jds.or.jp/modules/senmoni/
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