【科学的根拠に基づく】鼻血と血の塊、その原因は?正しい止め方から再発予防、病院での治療まで完全ガイド
耳鼻咽喉科疾患

【科学的根拠に基づく】鼻血と血の塊、その原因は?正しい止め方から再発予防、病院での治療まで完全ガイド

多くの人が一度は経験する鼻血。しかし、突然の出血、特にドロッとした血の塊が混じっていると、誰しも不安や恐怖を感じるものです。その鼻血は単なる一過性のものなのか、それとも何か重大な病気のサインなのか。この不安を解消するためには、正確な医学的知識に基づいた冷静な対処が不可欠です。本記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、読者の皆様が抱える鼻血に関するあらゆる疑問と不安に終止符を打つことを目的に制作しました。最新の科学的根拠に基づき、鼻血が起こる体の仕組みから、考えられる多様な原因、世界標準の応急処置、日常生活での予防策、そして専門的な医療機関での治療法に至るまで、全ての情報を網羅的かつ詳細に解説します。本記事の信頼性は、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)の臨床診療ガイドライン1、日本国内の大学病院による臨床研究2、そして多数の査読付き医学論文といった、最高レベルの権威を持つ情報源によって担保されています。この記事を読み終える頃には、あなたは鼻血に対する正しい知識という「最強の武器」を手にし、いかなる状況でも落ち着いて的確に行動できるようになるでしょう。


この記事の科学的根拠

この記事は、下記に挙げるような、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみを記載しています。

  • 米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS): この記事における「圧迫止血法」「鼻腔パッキング材の選択」「焼灼術」などの標準的な治療法に関する指針は、同学会が発行した2020年版の臨床診療ガイドラインに基づいています1
  • 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会: 日本国内の読者への信頼性を担保するため、特に「子どもの鼻血の対処法」や「正しい止血法」に関する記述は、同学会の公式見解を基にしています34
  • 浜松医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科: 「高齢者の鼻血」に関するセクションは、吉見亘弘氏らによる2021年の臨床研究論文を重要な根拠としています。この研究は、日本の高齢化社会における鼻出血の具体的なリスク(例:後方出血の再出血率)をデータで示しています2
  • 複数のシステマティックレビュー/メタアナリシス: 「最新の薬物療法」として紹介する局所トラネキサム酸(TXA)の有効性については、高齢者の鼻出血制御に関する最新のメタアナリシスの結果を引用しており、情報の先進性を保証しています5
  • MSDマニュアル プロフェッショナル版: 鼻出血の原因、解剖学的位置(キーゼルバッハ部位など)、および各種治療法の詳細に関する医学的正確性は、専門家向けの信頼性が極めて高い本資料を基盤としています6

要点まとめ

  • 鼻血と共に出る「血の塊」は、出血を止めるための正常な身体の防御反応(血栓)であり、塊そのものが病的なわけではありません。しかし、頻繁に大きな塊が出る場合は出血量が多いサインです7
  • 最も効果的な止血法は「圧迫止血」です。うつむき加減で座り、小鼻(鼻の柔らかい部分)を親指と人差し指で強くつまみ、最低5分から15分間圧迫し続けます。上を向いたり、首の後ろを叩いたりするのは誤った対処法です34
  • 鼻血の最も一般的な原因は、鼻をいじるなどの物理的刺激や空気の乾燥です。日本では花粉症などのアレルギー性鼻炎が引き金になることも非常に多くあります89
  • 高齢者の鼻血、特に血液をサラサラにする薬(抗凝固薬・抗血小板薬)を服用中の場合や、高血圧がある場合は、出血が止まりにくく重症化しやすいため特に注意が必要です210
  • 適切な圧迫を20分以上続けても止まらない、出血量が非常に多い、めまいやふらつきがある場合は、ためらわずに医療機関(耳鼻咽喉科または救急外来)を受診してください1

第1部:なぜ鼻血は起き、血の塊ができるのか? – 体の仕組みを理解する

突然の鼻血に冷静に対処するためには、まず私たちの体がどのようにして出血し、そしてそれを止めようとするのか、その基本的なメカニズムを知ることが第一歩となります。

1.1. 鼻血が出る場所:90%以上は「キーゼルバッハ部位」から

鼻血のほとんどは、鼻の入り口から約1~1.5cm内側にある「キーゼルバッハ部位」という場所から発生します11。この部位は、いくつかの動脈が網の目のように集まっており、血流が非常に豊富な一方で、粘膜が非常に薄いという特徴があります。そのため、ほんのわずかな刺激でも血管が傷つきやすく、鼻血の好発部位となっているのです8。キーゼルバッハ部位からの出血は、鼻の前方からの出血であり、見た目は派手で驚くことが多いですが、その多くは深刻なものではなく、適切な圧迫で止血が可能です。この事実を知っておくだけでも、パニックに陥るのを防ぐことができます。

1.2. 血の塊(血栓)の正体:身体の正常な防御反応

鼻血と一緒に出てくるドロッとした血の塊は、多くの人を不安にさせますが、実はこれは体が正常に機能している証拠です。出血が始まると、私たちの体は傷ついた血管を修復するために、血液中に含まれる血小板と凝固因子という成分を活性化させます。これらが集まって網を作り、赤血球などを捕まえて固まることで、傷ついた血管に蓋をする「血栓(けっせん)」を形成します。これが血の塊の正体です7。つまり、血の塊は出血を止めるための「自然な絆創膏」のようなものであり、その存在自体は正常な治癒過程の一部なのです。ただし、非常に大きな血の塊が頻繁にできたり、次から次へと出てきたりする場合は、出血量が多い、あるいは血液が固まりにくい状態を示唆している可能性があり、注意が必要です。

第2部:鼻血の多様な原因 – あなたはどれに当てはまる?

鼻血の原因は一つではありません。日常的な習慣から季節的な要因、さらには年齢や全身の状態まで、様々な要素が複雑に関与しています。ご自身の状況と照らし合わせながら、原因を探っていきましょう。

2.1. 最も一般的な原因:物理的な刺激と環境要因

鼻血の最大の原因は、キーゼルバッハ部位の粘膜への直接的な物理的ダメージです。特に、無意識に鼻をいじる癖や、鼻を強くかむ習慣は、粘膜の血管を傷つける最も一般的な行為です12。また、環境要因も大きく影響します。日本の冬場や、夏場のエアコンが効いた室内など、空気が乾燥している環境では、鼻の粘膜も潤いを失い、乾燥して脆弱になります。乾いた粘膜は傷つきやすく、わずかな刺激でも出血を引き起こす原因となります13

2.2. 【日本で特に多い】アレルギー性鼻炎(花粉症)と鼻血の悪循環

スギやヒノキの花粉症が国民病ともいえる日本では、アレルギー性鼻炎が鼻血の大きな引き金となります9。アレルギー反応が起きると、鼻の粘膜に慢性的な炎症が生じ、血管が拡張して傷つきやすい状態になります14。この状態で、アレルギー症状である「くしゃみ、鼻水、鼻のかゆみ」に悩まされ、「鼻を頻繁にかむ、目をこすると同時に鼻もこする」といった物理的な刺激が加わることで、炎症を起こした脆弱な粘膜が容易に出血してしまいます。これは多くの人が経験する「アレルギーによる鼻血の悪循環」であり、鼻血を防ぐためには、アレルギー症状そのものを適切にコントロールすることが不可欠です8

2.3. 年齢で異なる鼻血のリスク:子どもと高齢者の特徴

2.3.1. 子どもの鼻血:なぜ頻繁に起きるのか?

お子さんが頻繁に鼻血を出すことに、心配される保護者の方は少なくありません。子どもの鼻の粘膜は大人よりも薄く、血管が表面近くに分布しているため、ごくわずかな刺激で出血しやすいという特徴があります15。アレルギー性鼻炎の存在や、かゆみなどから無意識に鼻をいじってしまう癖が主な原因であることがほとんどです12。しかし、こうした子どもの鼻血の大部分は、成長とともに鼻の構造がしっかりしてくるにつれて自然に減少していく一過性のものであることが多いです16。過度に心配する必要はありませんが、正しい止血法を身につけておくことが大切です。

2.3.2. 高齢者の鼻血:注意すべき背景

高齢者の鼻血は、子どもとは異なる注意が必要です。背景には、加齢に伴う血管の脆弱化(動脈硬化など)があります17。さらに、以下の二つの要素が大きく関わってきます。

  • 高血圧との関係: 一般的に高血圧が鼻血の直接的な「原因」になると誤解されがちですが、医学的には、一度始まった出血を「悪化させ、長引かせる」重要な要因であると理解されています。テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターのBradley F. Marple教授によれば、高血圧自体が鼻の血管を破るわけではないものの、血圧が高い状態では出血の勢いが強く、止まりにくくなるのです18。また、出血による不安や興奮がさらに血圧を上昇させるという悪循環に陥ることもあります19
  • 服薬の影響: 心疾患や脳血管疾患の予防のために、抗凝固薬(ワーファリンなど)や抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレルなど)、いわゆる「血液をサラサラにする薬」を服用している高齢者は少なくありません。これらの薬は血栓ができるのを防ぐ作用があるため、一度出血すると血液が固まりにくく、鼻血が止まりにくくなる傾向があります10
  • 後方出血のリスク: 高齢者では、鼻の奥深くにある比較的太い血管からの出血(後方出血)の割合が高くなります。浜松医科大学の吉見亘弘氏らが行った臨床研究では、後方からの鼻出血は、キーゼルバッハ部位からの出血に比べて再出血するリスクが約5.6倍も高いことが報告されており、専門的な治療が必要になることが多い危険なタイプの鼻血です2

2.4. まれだが注意すべき原因:全身疾患や腫瘍の可能性

頻度は低いものの、繰り返す鼻血の背景に重大な病気が隠れている可能性もゼロではありません。血液が固まりにくくなる血液疾患(白血病、血友病、フォン・ヴィレブランド病など)、肝機能障害、腎不全といった全身性の病気の一症状として鼻血が現れることがあります。また、鼻腔内にできた良性または悪性の腫瘍や、遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT、オスラー病)なども原因となり得ます10。これらの疾患は専門的な検査と診断が不可欠ですが、まずは一般的な原因を考え、過度に不安になりすぎないことも大切です。

第3部:【最重要】エビデンスに基づく正しい鼻血の止め方(応急処置)

いざ鼻血が出たとき、慌てて誤った対処をしてしまうと、かえって出血を長引かせたり、気分が悪くなったりすることがあります。科学的根拠に基づいた、世界標準の正しい止血法を身につけましょう。

3.1. やってはいけないNG行動とその理由

まず、昔から伝わる民間療法や、直感的にやってしまいがちな行動の中には、医学的に誤っているものが多くあります。

  • 上を向く: これは最もよくある間違いです。上を向くと、鼻血が喉の方へ流れ落ちてしまいます。それを飲み込むと、吐き気を催したり、気分が悪くなったりする原因になります。最悪の場合、血液が気管に入り、窒息を引き起こす危険性すらあります4
  • 首の後ろを叩く: 「首の後ろをトントン叩くと止まる」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これには医学的根拠が全くありません。何の止血効果も期待できないため、行う意味はありません。
  • ティッシュを奥まで固く詰める: ティッシュペーパーを固く丸めて鼻の奥深くまで詰め込むと、取り出す際に、せっかくできかかった血の塊(かさぶた)を一緒に剥がしてしまい、再出血の原因となります。また、粘膜をさらに傷つけてしまう可能性もあります16

3.2. これが世界標準!5~15分間の圧迫止血法

米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)1および日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会4がそろって推奨する、最も効果的で安全な方法は以下の通りです。手順を一つずつ確認し、落ち着いて実践してください。

  1. 姿勢: まずは椅子に座り、リラックスします。そして、顔を少し前に傾け、うつむき加減の姿勢をとります。これにより、血液が喉に流れ込むのを防ぎます。
  2. 圧迫部位: 親指と人差し指で、小鼻(びよく)、つまり鼻の先の柔らかい部分を両側から強くつまみます。(重要)鼻の硬い骨の部分(鼻根部)を押さえても、出血点であるキーゼルバッハ部位は圧迫できず、効果はありません。
  3. 圧迫時間: ここが最も重要なポイントです。最低でも5分間、理想的には10分から15分間、圧迫を続けます。途中で「止まったかな?」と手を離してしまうと、固まりかけた血の塊が剥がれてしまい、また一からやり直しになってしまいます。時計を見ながら、時間をしっかり計りましょう。
  4. 血液の処理: 口の中に流れてきた血液は、飲み込まずに洗面器などに静かに吐き出してください。

3.3. 応急処置後に鼻に残った血の塊の対処法

無事に止血ができた後、鼻の中に血の塊が残って不快に感じることがあります。しかし、ここで無理やり指やティッシュで取り除こうとすることは絶対に避けてください。血の塊は傷ついた血管を保護する「かさぶた」の役割を果たしているため、これを剥がすと再出血のリスクが非常に高まります20。基本的には、自然に体外に排出されるのを待つのが最も安全です。もし不快感が強い場合は、市販の生理食塩水ミストなどで鼻の中を湿らせ、塊を柔らかくしてから、ごく優しく片方ずつ鼻をかむ程度に留めましょう。

第4部:繰り返す鼻血を防ぐために – 日常生活でできる予防策

一度きりの鼻血であれば適切な応急処置で十分ですが、頻繁に繰り返す場合は、日常生活の中に原因が潜んでいる可能性があります。日々の少しの工夫で、鼻血のリスクを大幅に減らすことができます。

4.1. 鼻粘膜を健やかに保つ

  • 保湿が鍵: 鼻粘膜の乾燥は、鼻血の最大の敵です。特に空気が乾燥する季節や冷暖房を使用する環境では、加湿器を使って室内の湿度を50~60%に保つことが非常に効果的です13。就寝時に濡れマスクを着用することも、睡眠中の鼻の乾燥を防ぐのに役立ちます21
  • 直接保湿: 白色ワセリンや市販されている鼻用の保湿ジェルなどを、清潔な綿棒で鼻の入り口(キーゼルバッハ部位あたり)に優しく薄く塗布することも、粘膜を保護し、乾燥や刺激から守る有効な手段です21
  • 刺激を避ける: 鼻をいじる癖がある場合は、意識してやめるようにしましょう。鼻をかむ際は、片方ずつ、優しくかむことを心がけてください。アレルギー性鼻炎がある方は、抗ヒスタミン薬の内服や点鼻ステロイド薬の使用によって症状をしっかりとコントロールすることが、結果的に鼻粘膜への刺激を減らし、鼻血の根本的な予防に繋がります8

4.2. 全身状態の管理

  • 血圧コントロール: 高血圧は鼻血を悪化させる要因です。健康診断などで高血圧を指摘されている方は、定期的な医療機関の受診と適切な降圧薬の服用、そして減塩や適度な運動といった生活習慣の改善が、鼻血の予防においても極めて重要です22
  • 禁煙: 喫煙は血管を収縮させ血流に悪影響を与えるだけでなく、鼻の粘膜を乾燥させ、刺激することが知られています。禁煙または節煙を強く推奨します20
  • 出血後の注意点: 無事に止血できた後も、しばらくは鼻の血管が再出血しやすい状態にあります。米国国民保健サービス(NHS)は、止血後少なくとも24時間は、熱い飲み物やアルコール飲料の摂取、激しい運動、重い物を持ち上げる、長時間の熱い入浴やシャワーなどを避けるよう推奨しています23。これらは血圧を上昇させ、血管を拡張させることで再出血のリスクを高めるためです。

第5部:病院へ行くべき? – 受診のタイミングと専門的な治療法

ほとんどの鼻血は家庭での応急処置で対応可能ですが、中には専門的な治療が必要なケースや、危険なサインが隠れている場合があります。ためらわずに医療機関を受診すべきタイミングを正しく知りましょう。

5.1. この症状は危険信号!すぐに医療機関(救急外来)を受診すべきケース

以下のチェックリストに一つでも当てはまる場合は、自己判断で様子を見ることなく、速やかに耳鼻咽喉科または救急外来を受診してください。これは、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)のガイドライン1などでも示されている国際的な基準です。

  • 適切な圧迫止血(うつむいて小鼻をつまむ)を20~30分以上行っても、出血が止まる気配がない。
  • 出血量が非常に多い(血液を次々と飲み込んでしまい、嘔吐する、など)。
  • めまい、ふらつき、気が遠くなる感じ、顔面蒼白、冷や汗など、貧血やショックを疑う全身症状がある。
  • 頭や顔面を強くぶつけた後に起きた鼻血。
  • 血液をサラサラにする薬(抗凝固薬・抗血小板薬)を服用中で、出血が止まりにくい。
  • 鼻血以外の場所からも出血がある(歯茎など)。

5.2. 耳鼻咽喉科で行われる検査

医療機関では、まず出血の原因と場所を正確に特定するための診察が行われます。鼻鏡という器具や、細いカメラである内視鏡(ファイバースコープ)を使って鼻の奥まで詳しく観察し、どこから出血しているのかを突き止めます。これにより、前方からの出血か、あるいはより専門的な処置が必要な後方からの出血かを判断します。また、必要に応じて、貧血の程度や血液の凝固機能を調べるための血液検査や、副鼻腔や腫瘍の有無を確認するための画像検査(CTスキャンなど)が行われることもあります。

5.3. 専門的な止血治療の選択肢

家庭での応急処置で止血できない場合、耳鼻咽喉科では以下のような専門的な治療が行われます。

5.3.1. 焼灼(しょうしゃく)療法:出血点をピンポイントで塞ぐ

これは、出血している血管そのものを焼き固めてしまう治療法です。MSDマニュアルによると、最も一般的に行われるのは硝酸銀という薬品を用いる化学焼灼で、外来で比較的簡便に行うことができます24。より確実な止血が必要な場合には、電気メスを用いる電気焼灼(バイポーラなど)が行われます。この方法は強力ですが、まれに鼻の左右を隔てる壁(鼻中隔)に穴が開く(鼻中隔穿孔)リスクもあるため、医師による慎重な判断が必要です25

5.3.2. 鼻腔パッキング(タンポン):鼻に詰め物をして圧迫止血する

焼灼療法が困難な場合や、出血点が特定できない場合に用いられる方法です。特殊なガーゼやスポンジ状の素材を鼻の中に隙間なく詰め込み、内側から出血点を圧迫して止血します。素材にはいくつかの種類があります。

  • 非吸収性パッキング: 従来から用いられているガーゼなどがこれにあたります。数日後に医師が取り出す必要があります26
  • 吸収性パッキング: ジェルフォームや酸化セルロースといった、体内で自然に溶けて吸収される素材です。抜去の必要がないため患者の苦痛が少なく、AAO-HNSのガイドラインでは特に抗凝固薬を使用している患者に推奨されています1

この処置は効果的ですが、数日間は鼻づまりや頭痛、涙が止まらないといった不快な症状を伴うことがあります。

5.3.3. 最新の薬物療法:トラネキサム酸(TXA)の局所使用

近年、その有効性が多くの研究で示されている新しい選択肢が、止血作用のあるトラネキサム酸(TXA)という薬液を染み込ませた綿などを直接出血部位に当てる局所療法です。2023年に発表されたシステマティックレビューおよびメタアナリシスでは、特に高齢者の鼻出血において、この方法がプラセボ(偽薬)や他の局所薬に比べて有意に高い止血成功率を示したと報告されています5。これは、従来の治療法に加わる有望な選択肢として注目されています。

5.3.4. 難治性の場合:外科的治療・血管内治療

上記のような方法を尽くしても止血が困難な、ごくまれな難治性のケースでは、より高度な治療が検討されます。内視鏡を使って鼻の奥深くで出血に関わる動脈をクリップで留めたり、焼き固めたりする「内視鏡下蝶口蓋動脈結紮術」などの外科的治療や、足の付け根などからカテーテルという細い管を血管内に挿入し、出血している動脈まで進めて塞いでしまう「血管塞栓術」といった血管内治療が行われることがあります1

よくある質問

なぜ朝起きると鼻血が出ていることがあるのですか?

就寝中は、寝室の空気が乾燥していることや、無意識のうちに布団などで鼻をこすってしまっていることが主な原因として考えられます27。また、アレルギーの原因となるハウスダストなどは夜間に舞い上がりやすく、就寝中にアレルギー反応が強まって鼻粘膜が傷つきやすくなっている可能性も指摘されています。加湿器の使用や、就寝前の寝室の清掃が予防に繋がることがあります。

血液をサラサラにする薬を飲んでいますが、鼻血が出たら自己判断で中止しても良いですか?

絶対に自己判断で薬を中止しないでください。 これらの薬は心筋梗塞や脳梗塞といった命に関わる病気の再発を防ぐために処方されています。安易に中止すると、血栓症のリスクを急激に高める危険があります1。まずは本記事で紹介した圧迫止血法を通常より長い時間(15分~20分)試みてください。それでも止まらない場合は、薬を中断せずに、速やかに医療機関を受診し、処方した主治医と耳鼻咽喉科医の両方の指示を仰ぐことが極めて重要です。

鼻血で貧血になることはありますか?

一度の通常の鼻血で重篤な貧血になることは稀です。しかし、一度の出血量が非常に多い場合や、少量でも頻繁に出血を繰り返している場合は、体内の鉄分が失われて鉄欠乏性貧血になる可能性があります23。立ちくらみやめまい、動悸、息切れ、顔色が悪いといった貧血症状を伴う場合は、鼻血の治療と並行して貧血の検査・治療が必要になるため、必ず医師に相談してください。

レバーのような大きな血の塊が出てきましたが、病気でしょうか?

ほとんどの場合、それは病的なものではなく、鼻腔内で出血した血液が固まったものです。前述の通り、これは体を守るための正常な止血反応の結果です7。特に、横になっている間に鼻の奥でじわじわと出血していた場合、朝起きた時に大きな塊となって出てくることがあります。ただし、そのような大きな塊が頻繁に、あるいは毎日続くようであれば、それは出血量が多い、または出血が止まりにくい状態を示唆しているサインかもしれません。一度、耳鼻咽喉科で出血の原因を詳しく調べてもらうことをお勧めします。

結論

鼻血、そしてそれに伴う血の塊は、多くの人にとって不安をかき立てる出来事ですが、その大部分は体の正常な反応であり、正しい知識を持って対処すれば過度に心配する必要はありません。この記事を通じて、キーゼルバッハ部位からの出血が一般的であること、血の塊が自然な止血メカニズムであること、そして何よりも「うつむいて小鼻をしっかり圧迫する」という世界標準の応急処置の重要性をご理解いただけたことと思います。しかし同時に、その背景には乾燥やアレルギー、高血圧、服用中の薬剤など、多様な原因が潜んでいることも事実です。日々の生活における保湿や体調管理といった予防策を地道に心がけることが、繰り返す鼻血からの解放に繋がります。そして最も大切なことは、「止まらない」「量が多い」「頻繁に繰り返す」といった危険なサインを見逃さないことです。これらのサインに気づいたときは、決して自己判断で放置せず、ためらわずに専門医に相談してください。その勇気ある一歩が、あなた自身と、あなたの大切なご家族の健康を守る上で最も確実で重要な行動なのです。

重要:専門医への相談この記事で提供された情報は、ご自身の症状を理解するための強力なツールとなります。しかし、最終的な診断や治療方針は、必ず専門医による診察に基づいて決定されるべきです。不安な症状が続く場合や、本記事の「危険信号」に当てはまる場合は、決して自己判断せず、速やかに耳鼻咽喉科を受診してください。

        免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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  27. Ubie株式会社. 大人で朝起きたら鼻血が出る場合、どのような原因が考えられますか? [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/symptom/zcfrbqirkv4
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