はじめに
Valsalva法(バルサルバ法)は、胸腔内圧を意図的に変化させる独特な呼吸テクニックとして知られています。血圧や心拍数に影響を与えることで、循環器や自律神経機能の評価・治療に役立つ方法です。本来は耳の奥にある中耳から膿を排出する目的で開発されたとされますが、現代では頻脈(脈拍が速くなる状態)の改善や自律神経機能の評価など、幅広い臨床応用が行われています。さらに、航空機の離着陸やダイビング時に起こる耳のつまり感を和らげるために取り入れられることもあります。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
胸腔内圧を高める際に血圧の変動が大きくなるため、虚血性心疾患や高血圧の方ではリスクが生じる可能性もあり、慎重さが必要です。一方で、侵襲が少ないため、内服薬や電気的処置(電気ショックなど)を行う以前の“第一段階の手技”として重宝されることがあります。本記事では、Valsalva法の基本的な仕組みと実施手順、考慮すべき注意点などを総合的にご説明します。
専門家への相談
本記事では、呼吸法による循環器および自律神経系の変化について詳しく説明いたしますが、初めて試みる際や持病をお持ちの方は必ず医師の指示を仰ぐことが大切です。とくに高血圧、虚血性心疾患、脳血管障害のリスクが高い方や、心臓の弁が狭窄している方などは十分な注意が必要です。本記事の一部情報は以下のような公的機関や医学専門サイト・文献にもとづいています(本文中に示したリンク先も参照ください)。また、内科・循環器の診療に携わる医師(例:Nguyễn Thường Hanh)などの意見を交えて臨床上の意義を解説しています。あくまで情報提供が目的であり、最終的な判断は担当医や専門家との相談をおすすめします。
1. Valsalva法とは何か
Valsalva法は、喉頭蓋や鼻腔を閉鎖した状態で呼気を行うことで胸腔内圧を急上昇させ、それに伴う血圧・心拍数・静脈還流量などの変化を観察・利用するテクニックです。名前の由来は、17~18世紀にかけて活躍したイタリア人解剖学者Antonio Maria Valsalvaにさかのぼります。彼は当初、中耳炎の膿を排出する技術としてこの方法を記載しましたが、19世紀半ばには強い呼気によって失神(失神発作)が生じる症例が報告され、以降、臨床応用が広がっていきました。
現在では以下のような目的で利用されることが多いとされています。
- 心拍数の調整: 頻脈を制御し、正常なリズムへ戻す補助
- 自律神経系の評価: 血圧や脈拍の変化過程から交感神経・副交感神経の機能を確認
- 耳の圧調整: 航空機や高所・水中での耳づまり(耳管の換気不良)を緩和
1850年頃にEduard FriedrichやErnst Heinrich Weberによってバルサルバ法施行中の失神例が学会報告され、その後、急性期の頻脈制御や心不全兆候の評価など、数多くの臨床シーンで役立てられています。
2. 原理と適用の考え方
2.1 原理概説
Valsalva法の核心は「最大吸気した後、呼気を行おうとするが、喉頭蓋や鼻腔を塞ぎ、空気が外に出ないようにする」という動作です。このとき胸腔内圧は急速に上昇します。血液は胸腔へ戻りにくくなり、一時的に拍出量(心臓から送り出される血液量)や血圧が変動するため、それを観察すれば交感神経・副交感神経の反応を推定できるわけです。また、血圧と心拍数の変化を利用して、発作性頻脈(パルスが急激に速くなる症状)を抑制する手段としても使用されます。
ただし、「喉を完全に閉じて無理矢理に息をこらえる」形になりやすいため、血管壁や心臓に負担が大きい可能性があります。何らかの心血管疾患をお持ちの方や高齢者は、事前に医師と相談のうえで行う必要があります。
2.2 注意点と禁忌
Valsalva法は多くの心疾患や頻脈性不整脈に応用される一方、以下のような方には禁忌ないし慎重適用とされています。
- 重度の高血圧(血管に強い圧力が加わるため、脳出血や心筋梗塞リスク増)
- 大動脈弁狭窄
- 最近心筋梗塞を発症した方
- 緑内障および網膜の病気(眼圧変化で悪化の可能性)
- 頭蓋内圧亢進が疑われる場合(脳手術直後など)
- 鼓膜に病変がある場合や最近耳の手術を受けた場合(強い呼気圧で鼓膜破裂のおそれ)
高血圧症の人、脳卒中リスクが高い人、心筋虚血のリスクが高い人などはValsalva法の実施前に必ず医師と協議すべきです。また、試してもうまく効果が出ず、胸の痛みや呼吸困難、失神しそうな感じが続く場合は救急対応が必要になる場合もあります。
3. 実施手順
3.1 実施前の準備
- まず医師が問診・既往歴の確認を行い、Valsalva法が適切かどうかを判断します。
- 手技を患者に実演して理解を深めてもらったうえで、患者自身に行ってもらいます。
- 使用機器は、血圧計(カフ付きの電子式またはアネロイド式など)が基本です。血圧や心拍の変化を客観的に観察するため、必要に応じて超音波検査(携帯型ドップラー)を併用することがあります。
ある研究(Aboelattaら 2019, Anesthesia, Essays and Researches, 13(1):21–25, doi:10.4103/aer.AER_140_18)では、Valsalva法施行中の血行動態の変化を綿密にモニタリングすることで、特に高齢患者や循環器疾患を持つ人における安全性の評価が行われています。この研究はエジプトの医療施設で実施された前向き観察研究で、被験者全員に血圧変化と心拍変動を詳細に記録した上で解析を行い、ある程度の安全性と有用性が示唆されました。ただし、高血圧リスクや合併症の有無により結果は左右されるため、日本人にも全てそのまま当てはめられるわけではなく、個別の注意が要ります。
3.2 実際の手順
以下は一例であり、医師が患者の状態に合わせてアレンジを加えることがあります。
- 血圧計のカフを上腕に巻き、血圧を測定して安静時の収縮期血圧を確認。
- その収縮期血圧より約15mmHg高い圧力でカフをしばらく維持する(研究や臨床により設定が異なる場合あり)。
- 患者は深呼吸をして最大吸気し、鼻をつまんだり口を閉じたりして空気が漏れないようにする。
- その状態で腹筋や胸の筋肉に力を入れる(いわゆるいきむ状態)ようにして5~10秒程度キープする。
- その後、息を解除し、通常の呼吸に戻る。
上記の間、医師は聴診器やドップラー装置を用い、上腕動脈音(Korotkoff音)の出現や消失をモニターします。この音の変化が血圧の上下を間接的に反映します。座位・臥位いずれの体位でも行われますが、患者の状態によって最適な姿勢を選択します。
3.3 4つのフェーズ
Valsalva法には古典的に4つのフェーズがあるとされます。
- 第1相: 力強く息を吐き出そうとした瞬間、胸腔内圧が上昇して血液が肺循環から左心房に一時的に送り出され、心臓の拍出が一瞬増大。結果、血圧が一時的に高くなる。
- 第2相: 胸腔内圧が高い状態が続くため、大静脈還流が阻害され拍出量が減少する。これを補うため自律神経系(主に交感神経)が興奮し、心拍数上昇・血管収縮を促し、血圧をなんとか維持する。この一連の反応が正常に起こるかどうかで神経系機能を推測できる。
- 第3相: 息こらえを解除して通常呼吸に戻ると、一気に胸腔内圧が低下。肺や心臓への還流が回復するが、一時的に拍出量がさらに減少する可能性があるため、血圧が一瞬下がる。
- 第4相: 交感神経反射による血圧上昇が過剰気味に起こり、血圧が一度グッと高くなったのち、最終的に正常レベルに戻る。この段階で拍出量や心拍数も平常化し、終息する。
4. Valsalva法の結果判定
4.1 正常なValsalva応答
通常は、
- 第1相と第4相でKorotkoff音が聴取される
- 第2相と第3相ではKorotkoff音が消失する
- 第2相・第3相では心拍数が上昇し、第4相で減少する
このようなパターンが「正常」と考えられ、交感神経と副交感神経のバランスが比較的良好であることを示します。
4.2 異常なValsalva応答
心不全や構造的心疾患などがあると、第4相で血圧が十分に上昇せずKorotkoff音が聴こえない「応答なし」や、連続的に音が聴こえ続ける「square wave応答」が見られることがあります。具体例としては:
- 第4相で血圧が上昇せず、第1相でしかKorotkoff音が聞こえない
- 胸腔内圧上昇に応じて血圧も上昇しっぱなしで、第1相および第2相を通じて常に音が聞こえる
これらは心臓の収縮機能や拍出制御が不十分である可能性を示唆し、臨床的には駆出率(左室駆出率など)の低下が推測されます。たとえば、左室のポンプ機能が衰えている患者では、Valsalva法の第2相~第4相で十分な代償が起こりません。こうした結果は治療方針を立てる上で参考になります。
5. 具体的にどんな場面で役立つのか
Valsalva法は以下の状況で活用されることが多いです。
- 頻脈の抑制
発作性上室性頻拍などで心拍が急激に速くなったとき、まずは薬剤投与や電気的除細動の前にValsalva法を試みることがあります。深呼吸をして胸に圧をかけることで副交感神経が優位になり、心拍数が落ち着く例が報告されています。ある近年のランダム化比較試験(Badawyら 2021, The Egyptian Heart Journal, 73(1):99, doi:10.1186/s43044-021-00228-x)では、従来のValsalva法に補助動作を加えた“modified Valsalva”が、発作性上室性頻拍を効果的に緩和する可能性が示唆されました。エジプトの複数医療機関で実施された研究であり、被験者数は100人弱と大規模ではないものの、短時間での発作停止率向上に寄与したと報告されています。 - 自律神経機能の診断
血圧や脈拍の変化推移を精密に測定することで、交感神経と副交感神経それぞれの応答がどれほど適切に機能しているかを確認できます。糖尿病性神経障害やパーキンソン病などの自律神経障害が疑われる場合に客観的データを得るための補助検査として用いられます。 - 耳の圧調整(耳抜き)
飛行機の離着陸時、あるいはスキューバダイビングなどで耳管が詰まるときに行うと、内耳と外部の圧力を均衡にし、耳閉感や痛みを軽減できる場合があります。ただし、強く息を吐きすぎると鼓膜にダメージを与える恐れがあるため、適度に行う必要があります。 - ウェイトトレーニング
ベンチプレスやスクワットなど重量負荷の高い運動時、意図的に胸腔内圧を上げて体幹を安定させるためにValsalva法が用いられることがあります。特にパワーリフティングやハイレベルな筋トレでは支持的要素がある反面、血圧が過度に上がりやすい点もあり、循環器系への負担を考慮しなければなりません。
6. 患者への推奨事項と注意点
Valsalva法は、頻脈発作や一時的な耳の不快感を和らげるために比較的簡単に行える方法です。ただし、以下の点に留意してください。
- 安全性の確認: 高血圧、心臓病、脳血管障害のリスクがある方は必ず医師に相談すること。
- 効果がない場合の対処: 繰り返しValsalva法を行っても心拍数や症状が改善しないときは、ただちに医療機関を受診。胸部痛や呼吸困難、失神の前兆がある場合は緊急度が高い可能性があります。
- 耳への負担: 耳抜き目的で力任せに行うと鼓膜損傷の危険性があるため、強さは加減する。
- 手技の習得: 初めて行う場合は、実際に医師や医療従事者の前で練習するのが望ましい。
近年の研究(Ghiasiら 2022, Journal of Clinical Anesthesia, 81:110915, doi:10.1016/j.jclinane.2022.110915)では、救急外来における点滴穿刺時の疼痛やストレス軽減にValsalva法が応用できる可能性が示唆されています。イランの医療施設で実施された無作為化対照試験で、Valsalva法施行群では痛みの自己評価スコアが低下したとの報告があります。ただし適用範囲は限定的であり、全員に効果を保証するわけではないため、あくまで補助的な方法と捉えるべきです。
参考文献
- Valsalva Maneuver (アクセス日: 2023年06月27日)
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- Cerebral hemodynamics during graded Valsalva maneuvers (アクセス日: 2023年06月27日)
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- Aboelatta Y, Shafie M, Kamel A, Elensary M, El-Sherif O. Hemodynamic changes during Valsalva maneuver: A prospective observational study. Anesthesia, Essays and Researches. 2019;13(1):21–25. doi:10.4103/aer.AER_140_18
- Badawy M, Gomaa M, Bassiouny M. Efficacy of the modified Valsalva maneuver in adults with paroxysmal supraventricular tachycardia: A randomized controlled trial. The Egyptian Heart Journal. 2021;73(1):99. doi:10.1186/s43044-021-00228-x
- Ghiasi P, Salehi R, Shad B, Fakhri R, Kasaei MS. The effect of Valsalva maneuver on pain intensity and physiologic parameters during intravenous cannulation in emergency patients: A randomized controlled trial. Journal of Clinical Anesthesia. 2022;81:110915. doi:10.1016/j.jclinane.2022.110915
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