「家事分担しない夫は離婚理由になる？厚労省データと最新研究で解明」

I. 深刻な不均衡：日本の夫婦における家事の実態

議論を始める前に、まず私たちが立っている場所を正確に知る必要があります。家庭内の家事分担に関する不満は、しばしば個人的な感情の問題として扱われがちです。しかし、客観的なデータは、これが日本社会全体が直面する構造的な課題であることを明確に示しています。ここでは、政府の統計や調査から、その深刻な実態を明らかにします。

妻に偏る圧倒的な負担

日本の家庭、特に子育て世帯において、家事と育児の負担が妻に大きく偏っている事実は、数多くの公的データによって裏付けられています。これは単なる「感覚」ではなく、数値化された現実です。

総務省統計局が実施した「令和3年社会生活基本調査」によると、6歳未満の子どもがいる世帯の妻は、1日あたり平均で7時間28分を家事・育児関連の時間に費やしています。これに対して、夫の平均時間はわずか1時間54分です¹。これは約3.9倍という驚くべき差です。近年、夫の家事参加時間は少しずつ増える傾向にはありますが、この巨大な格差を埋めるには全く不十分な状況です。

この問題は、妻が仕事を持つ共働き世帯であっても、決して解消されていません。2024年に株式会社一条工務店が実施した調査では、働く妻の68%が「家事全体の7割以上を自分が担っている」と回答しました³。また、リンナイ株式会社の別の調査でも、共働きの女性の約80%が家事の6割以上を担っていると報告しており⁴、妻が外で働くことが、必ずしも家庭内の公平な労働環境に繋がっていないという厳しい現実を浮き彫りにしています。

認識のズレ：水面下の対立要因

この問題をさらに複雑にしているのが、夫婦間での「認識のギャップ」です。夫と妻は、同じ屋根の下で暮らしながら、家事分担という現実について全く異なる景色を見ている可能性があります。

調査によれば、夫は自身の家事への貢献度を実際よりも高く評価する傾向にあります。パナソニック株式会社の調査では、夫は自分の家事遂行度を100点満点中平均58点と自己評価しています。一方で、妻の働きについては75点と高く評価しており、妻の貢献が大きいこと自体は認識しています。しかし、妻側の自己評価は61点であるのに対し、夫への評価は夫の自己評価とほぼ変わらない62点でした⁵。これは、夫が「自分は結構やっている（58点）」と感じている一方で、妻は「夫はもっとできるはずだ」という期待を込めて評価している可能性を示唆しており、両者の間に明確な温度差が存在することを示しています。

この認識のズレは、夫婦関係の満足度に直接的な影響を及ぼします。前述の一条工務店の調査では、現在の家事分担に「満足している」と答えた夫が86%にのぼるのに対し、「満足している」妻はわずか54%に過ぎませんでした³。この満足度の非対称性は、家庭内に静かに蓄積される時限爆弾のようなものです。夫は「円満だ」と思っているのに、妻は日々不満を募らせている。この状態が、関係の安定を根底から脅かす深刻な要因となるのです。

「手伝い」意識と「当事者」意識の壁

夫が家事に参加する場合でも、その「質」が大きな問題となります。多くの妻が抱える根深い不満は、夫が家事を「自分の仕事」として捉えず、あくまで「妻の仕事を手伝っている」という意識から抜け出せていない点にあります。

夫が担当する家事は、「ゴミ出し」や「風呂掃除」のように、思考や計画を必要とせず、単発で完結するタスクに集中しがちです³。一方で妻は、「一週間の献立を考える」「栄養バランスを考慮して食材を買い出しする」「調理する」といった、計画性、予測、管理能力を要する、遥かに複雑な一連のタスクを担っています³。

妻からの最も根強い不満の一つは、夫が指示待ちであること、つまり「言わないとやらない」という姿勢です³。この状態では、妻は家事の実行者（プレイヤー）であると同時に、夫を管理し、タスクを割り振る「マネージャー」としての役割まで背負うことになります。これは真のパートナーシップとは程遠く、妻の精神的な負担（後述する「メンタルロード」）を増大させるだけなのです⁴。

社会的圧力：長時間労働という障壁

この深刻な不均衡の背景には、個々の夫婦の意識だけの問題ではなく、社会構造的な要因も深く関わっています。特に、子育て期にあたる30代から40代の男性の長時間労働は、彼らが家庭生活へ積極的に参加する上での物理的な障壁となっています²。この構造的な問題は、夫婦が「私たちの努力が足りないからだ」と自己責任で抱え込むのではなく、「社会全体が作り出している外部からの圧力」として認識し、共に乗り越える戦略を立てる必要があります。

このセクションで明らかになったのは、単なる時間の不均衡だけではありません。より深刻なのは、夫婦間で共有されていない「現実」の存在です。夫は「自分は協力している」と感じ、現状に満足している一方で、妻は圧倒的な物理的負担と、夫の「当事者意識の欠如」に静かに不満を募らせています。この認識と満足度のギャップこそが、最も破壊的な対立の火種であり、夫婦円満を目指す上で、私たちが最初に取り組むべき最重要課題なのです。

II. 皿洗いの向こう側：公平性の心理的構造

家事をめぐる夫婦の対立は、一見すると「誰が皿を洗うか」という単純な作業分担の問題に見えます。しかし、その水面下では、敬意、価値、そして公平性といった、人間関係の根幹をなす感情が渦巻いています。皿洗いや掃除は、これらの感情がぶつかり合う「代理戦争」の場なのです。このセクションでは、なぜ家事分担がこれほどまでに夫婦の感情を揺さぶるのか、その心理的なメカニズムを深く解き明かします。

結婚における衡平理論

人間関係を理解する上で非常に強力な心理原則の一つに「衡平理論（Equity Theory）」があります。これは、人はある関係において、自分が投入するもの（コスト：時間、労力、感情など）と、そこから得るもの（報酬：愛情、安らぎ、経済的安定など）のバランスが、相手のそれと釣り合っている、つまり「公平だ」と感じる時に、最も高い満足感を得るという理論です。

夫婦関係において、家事労働は疑いようのない明確な「コスト」です。この分担が一方に著しく偏ると、より多くのコストを投入している側（専門的には under-benefitted partner と呼ばれます）は、強い不公平感を抱き、心理的な苦痛や憤りを感じます⁹。興味深いことに、負担が少ない側（over-benefitted partner）も、無意識に罪悪感や気まずさを感じることがあり、それが関係の緊張に繋がることも示唆されています。しかし、最も強い悪影響を受けるのは、言うまでもなく過剰な負担を強いられている側です¹⁰。

認識の力がすべて：「50対50」より「公平感」

ここで極めて重要なのは、ストップウォッチで計測したような機械的な「50対50」の分担を達成することよりも、夫婦双方が主観的に「私たちの家の分担は、これで公平だ」と感じていることの方が、はるかに重要であるという点です。

数多くの社会心理学的研究が、実際の労働時間の配分そのものよりも、「認識された公平性（perceived fairness）」の方が、夫婦関係の満足度、愛情、対立の頻度などを予測する上で、遥かに強力な指標であることを裏付けています⁹。これは、たとえ客観的な時間配分が「80対20」であったとしても、夫婦双方がその取り決めに心から納得し、それを公正な取引だと感じていれば、関係は良好に保たれることを意味します。例えば、一方がキャリアに集中して長時間労働で家計を支える代わりに、もう一方が家事と育児を主に担うという分担に双方が深く合意し、互いの貢献を尊重し合っていれば、問題は生じにくいのです。対立が激化するのは、分担が不均等であり、かつ、少なくとも一方（多くの場合は妻）がそれを「不公平だ」と強く感じている場合なのです。

「第三のシフト」：見えない精神的・感情的労働の重荷

妻が感じている負担の全体像を正確に理解するためには、「第三のシフト（The Third Shift）」という概念が不可欠です。これは、社会学者のアーリー・ホックシールドが提唱した概念で、家庭を円滑に運営するために必要な、目に見えない認知的・感情的な労働を指します。具体的には、以下のような活動です¹⁵。

• 予測と計画: 家族のニーズを先読みし、計画を立てること（例：子どもの予防接種のスケジュールを記憶する、一週間の献立を考える）。
• 管理と監視: 物事の進捗を管理し、在庫を把握すること（例：洗剤やトイレットペーパーの在庫を常に頭の片隅に置く、学校からの提出書類の期限を管理する）。
• 感情のケア: 家族の感情的な安定に配慮し、心配すること（例：子どもの悩みに耳を傾ける、夫の仕事のストレスを気遣う）。

これらの「名もなき家事」は、物理的なタスクリストには現れないため、誰からも認識されず、評価されることもありません。そのため、この負担を主に担っている者は、「自分の努力が正当に評価されていない」という強い孤立感や不満を抱きやすく、やがてはストレスや燃え尽き症候群（バーンアウト）に繋がります¹¹。夫が「言われたことはちゃんとやっているのに、なぜ妻はいつも不機嫌なんだろう」と感じる時、その背景には、妻がたった一人でこの過酷な「第三のシフト」を背負っているという現実が隠されていることが多いのです。

不公平感を癒す特効薬：「感謝」の緩衝効果

幸いなことに、不公平な分担がもたらす関係への悪影響を劇的に和らげる、強力な対抗策が存在します。それは、パートナーからの「感謝の表明」です。

近年の心理学研究は、非常に重要な事実を明らかにしました。たとえ家事の負担が多くても、パートナーから自分の貢献に対して心からの感謝を感じている場合、その負担が関係満足度に与える悪影響がほぼ無効化されるのです¹³。

感謝されていると感じることは、心理的な緩衝材（バッファー）として機能します。自分の労働が「やって当たり前」のタスクとして見過ごされるのではなく、その貢献がパートナーによって明確に認識され、その価値を認められることで、たとえ労働時間が不均等であっても、関係性は搾取的なものではなく、「価値ある貢献をしている」というポジティブなものとして再定義されるのです¹³。

このセクションから導き出される結論は、家事分担問題の解決が、単なるタスクの再配分という事務的な作業に留まらないということです。それは、夫婦間の価値観を深くすり合わせ、感情的な繋がりを再確認し、強化するプロセスそのものです。日本で行われた質的研究においても、妻の育児負担に対する夫の物理的な手伝いの「量」よりも、夫の「スタンス」や「理解しようとする姿勢」が、妻の不安や不満を和らげる上で、より重要であることが示されています¹⁸。夫が妻の負担を深く理解し、「何か手伝うことはある？」と尋ねるのではなく、「これは僕がやっておくよ」と自発的に行動を起こす時、彼は単に物理的なタスクをこなしているだけではありません。妻が一人で背負う「第三のシフト」という精神的な重荷を、共に担おうという意思表示をしているのです。この「自発的な関与」こそが、真の公平性を生み出す最も価値ある通貨なのです。

III. 豊かなパートナーシップを築く5つの柱：なぜ分担は機能するのか

このセクションでは、本報告書の核心として、なぜ夫が家事を積極的に分担することが、現代の夫婦関係にとって不可欠なのか、その5つの根拠を具体的なエビデンスと共に詳述します。これらは単なる理由の羅列ではなく、健全で豊かな夫婦関係を支えるために、相互に関連し合った5本の柱です。

柱1：夫婦関係の満足度を強化し、精神的苦痛を防ぐ

論点： 公平な家事分担は、夫婦双方の高い関係満足度を予測する、最も強力な要因の一つである。

エビデンス： 国際的な研究では、家事負担が公平であると認識している夫婦ほど、結婚生活に対する満足度が高いことが一貫して示されています¹⁹。逆に、不公平な分担は、関係の苦悩、うつ症状、そして最終的な関係破綻に繋がる主要な危険因子とされています¹⁰。日本国内の研究においても、夫の家事・育児への参加時間が増加すると、妻の夫婦関係満足度が明確に向上するという強い相関関係が確認されています²¹。慶應義塾大学の研究では、実際の分担「量」が、その分担に対する「満足度」を介して、夫婦関係全体の満足度に影響を与えるというメカニズムが指摘されており、「公平だと感じられること」の重要性が強調されています²²。

柱2：真のパートナーシップを育み、コミュニケーションを深化させる

論点： 家事の共有は、夫婦の関係性を「上司と部下」や「親と子」のような階層的な不健全モデルから、協力的な「チーム」へと変革させる。このプロセスは、より良いコミュニケーションを必要とし、同時にそれを育む。

エビデンス： 家事を「見える化」し、それについて話し合い、分担を交渉するというプロセス自体が、極めて強力なコミュニケーションの実践です⁶。家事分担に関する日々の会話は、関係の質の向上と直接関連していることが示されています¹²。日本の研究で提唱されている「情緒関係仮説」は、夫婦間の良好な情緒的関係（信頼や愛情）が家事における協力を促し、その協力的な行動がさらに情緒的な関係を強化するという、ポジティブな好循環を示唆しています²⁴。この文脈において、家事の共有は良好なパートナーシップの単なる「結果」ではなく、それを生み出し、維持するための「原因」でもあるのです。

柱3：憤りを解消し、対立を減少させる

論点： 家事は、夫婦間の対立における主要かつ慢性的な火種である。公平なシステムを構築することは、この大きなストレス要因を関係性から予防的に取り除くことに等しい。

エビデンス： 家事をめぐる問題は、夫婦が対立する原因のトップに常に挙げられます¹³。家事分担における不公平感は、父母双方において、関係上の対立が増加することと直接的に関連していることが、米国の低所得世帯を対象とした縦断研究で明確に示されています⁹。日本の心理学研究においても、「家事や子育ての分担に関する不満」は、夫婦間の葛藤（けんか）の中心的なテーマとして特定されています¹⁸。不公平な分担は、一度の大きな爆発よりも、日常的に関係の土台を静かに、しかし確実に侵食し続ける、低レベルながらも持続的な刺激物（chronic irritant）なのです。

柱4：感情的・身体的な親密さを深める

論点： 一部の古いジェンダー規範とは直感に反するかもしれないが、現代の robust な研究は、平等主義的なパートナーシップがより深い親密さと満足度の高い性生活を育むことを示している。

エビデンス： まず、このテーマには少し複雑な背景があります。2013年の古い研究（Kornrich et al.）では、伝統的な役割分担（夫が稼ぎ、妻が家事）をしている夫婦の方が性交渉の頻度が高いという結果が示されました。これは、特定の性役割を演じることが「性的スクリプト」を誘発するという「ジェンダー・ディスプレイ」理論に基づいています²⁶。

しかし、より新しい、より頑健なエビデンスは、この傾向が完全に逆転したことを示しています。 2016年に発表された研究では、現代においては、家事を平等に分担する関係を持つ夫婦が「最も」性交渉の頻度が高く、長期的に見てその頻度が増加している唯一のグループであることが判明しました²⁸。

そのメカニズムは非常に明快です。平等な関係は、より幸福で満足度の高いパートナーを生み出し、幸福なカップルはより多くの性交渉を持ちます²⁸。現代の女性にとって、公平性と責任の共有は、かつての収入のような伝統的な指標よりも、結婚満足度における遥かに重要な要素となっています²⁹。妻が家庭内で「無給の家政婦」としてではなく、「対等なパートナー」として扱われていると感じる時、彼女はより「恋人」としての感情を抱きやすくなるのです。この変化は、家事の分担が何を象徴するかが、社会の進化と共に変わったことを示しています。かつては伝統的な性役割の遂行が性的魅力を喚起したかもしれませんが、現代では、敬意と公平性を示す協力的な姿勢こそが、多くの女性にとっての新たなアフロディジアック（媚薬）となっているのです。

柱5：次世代のために平等の遺産を築く

論点： 夫婦がどのように家庭内労働を分担するかは、単に二人の問題に留まらない。それは、子どもたちがジェンダー、パートナーシップ、そして相互尊重について学ぶ、最も強力な生きた教科書となる。

エビデンス： この柱は、社会学や心理学における社会的学習理論やモデリング理論に深く根ざしています。子どもたちが、父親が料理をし、洗濯物をたたみ、家庭生活のあらゆる側面に積極的に関与する姿を日常的に見ることで、ジェンダー平等が「特別なこと」ではなく「当たり前のこと」として内面化されます。それは、息子には「将来、パートナーシップを築く上では家庭への貢献が不可欠である」と無言のうちに教え、娘には「自分も家事を共に担ってくれるパートナーを期待してよいのだ」という健全な期待を育むことになります。公平な家事分担は、家庭内で実践できる最も効果的で、かつコストのかからないジェンダー教育です。それは、子どもたちの未来の人間関係の質を向上させるための、親から子への最も価値ある投資と言えるでしょう。

これら5つの柱が示すのは、家事分担が「結婚生活という長期プロジェクトの健康を維持するための予防医療」であるという事実です。不公平な分担は、関係を蝕む「憤り」という名の病原体を育む温床となります。公平なシステムを意識的に構築することは、この病原体を予防的に取り除き、夫婦という共同体の健康と安定に投資する、極めて合理的で賢明な行為なのです。

IV. 設計者の道具箱：公平なシステムを構築するための実践ガイド

これまでの分析で、なぜ家事の公平な分担が重要なのかを理論的に理解しました。このセクションでは、その知見を現実世界の変化に繋げるための、具体的で、誰にでも実行可能な5つのステップからなるフレームワークを提供します。これは、対立を乗り越え、協力的なシステムを設計するための「道具箱」です。

ステップ1：監査 – 見えないものを見える化する

最初の、そして最も重要なステップは、家庭を維持するためにどれだけの労働が必要なのか、その総量を夫婦で共有認識することです。多くの対立は、この全体像が見えていないことから生じます。

行動： 夫婦が一緒に時間をとり、家庭運営に必要な「すべてのタスク」をリストアップします。料理や掃除といった明白なタスクから、請求書の支払いや子どもの予定管理、親戚付き合いといった管理業務まで、思いつく限り書き出します⁷。

重要点： このリストには、「トイレットペーパーの芯を替えて、新しいものを補充する」や「シャンプーや洗剤の詰め替え」といった、普段は意識さえされない「名もなき家事」を必ず含める必要があります。これらは一つ一つは小さいですが、積み重なると多大な精神的エネルギー（メンタルロード）を消費するからです⁶。

ステップ2：対話 – 不満から協働へ

リストが完成したら、次はそのリストを基に対話を行います。この対話が非難の応酬に終わるか、建設的な協力の始まりになるかは、コミュニケーションの技術にかかっています。

行動： 「家族会議」として公式な時間を設けます。週末のカフェなど、リラックスできる環境を選ぶのも良いでしょう。監査リストを冷静かつ建設的にレビューします⁷。

技術： ここで重要なのは、非難的な「あなた（You）」を主語にした表現（例：「あなたは決して皿洗いをしない」）を避けることです。代わりに、「私（I）」を主語にした表現（Iメッセージ）を用います（例：「夕食後、疲れている時に洗い物が残っていると、私はとても圧倒されていると感じるの」）。これにより、相手は防御的にならずに、こちらの感情を受け止めやすくなります³⁰。共有された課題に「私たち（We）」というチームとして取り組む姿勢を強調することが、対立を協働へと転換させる鍵です。また、要求は命令ではなく、「〜してもらえると、とても助かるのだけど、お願いできる？」といった丁寧な依頼の形で伝えることが、相手の自発性を引き出します³⁰。

ステップ3：設計 – 硬直的でなく、公平なシステムを

全ての家庭にフィットする完璧な分担方法は存在しません。タスクの配分は、その夫婦にとって最も機能し、双方が公平だと感じられる方法で行うべきです。

方法：

• 好み・スキルに基づく分担： 料理が好きな方が調理を担当し、整理整頓が得意な方が片付けを担当するなど、得意な方、あるいは比較的苦痛を感じない方がそのタスクを担当します³²。例えば、几帳面な夫が完璧に洗濯物をたたむことを担当する、といった具合です³⁴。
• 生活リズムに基づく分担： 朝、家を出るのが遅い方が洗濯物を干し、早く帰宅する方が夕食の準備を始めるなど、お互いの生活サイクルに合わせて分担する方法です³³。
• 領域（ドメイン）による分担： 個別のタスクを細かく分けるのではなく、責任範囲ごと分担する方法です。例えば、一方が「キッチン関連（献立、買い物、調理、片付け）」の全責任を負い、もう一方が「子ども関連（スケジュール管理、送迎）と洗濯」の全責任を負う、といった形です。この方法の最大の利点は、一方のパートナーがもう一方の「マネージャー」になる負担を劇的に軽減できることです。

基本原則： 目標は、完璧に時間を等分することではありません。夫婦双方が「このシステムは公平で、これなら続けていける（持続可能だ）」と感じられるシステムをオーダーメイドで構築することです¹¹。

ステップ4：最適化 – 全員の総負担を軽減する

家事は夫婦だけで全てを完璧にこなさなければならないものではありません。外部のリソースを賢く活用し、家庭内労働の総量を減らすという視点が非常に重要です。

行動：

• テクノロジーの活用： ロボット掃除機、食器洗い乾燥機、乾燥機付き洗濯機といった「三種の神器」と呼ばれる時短家電を積極的に導入します。これらは初期投資が必要ですが、長期的に見て計り知れない時間と心の余裕を生み出します³。
• サービスの活用： ミールキットの宅配、ネットスーパー、家事代行サービス、ベビーシッターなどを戦略的に利用します。これは「浪費」ではなく、夫婦関係の健全性や家族の時間という、お金では買えない価値への「投資」であるという発想を持つことが重要です⁷。

ステップ5：維持 – 感謝と柔軟性

優れたシステムも、メンテナンスなしでは機能しなくなります。一度作った分担ルールを長期的に機能させるためには、日々の心がけが必要です。

行動： パートナーの貢献に対して、具体的かつ日常的に感謝の言葉を伝えます。「お風呂掃除してくれてありがとう、ピカピカで気持ちいいよ」といった一言が、相手のモチベーションを維持する最も強力なツールです³¹。

心構え： 相手のやり方に対する完璧主義やマイクロマネジメントを避けます。例えば、夫の洗濯物のたたみ方が自分の基準と違っていても、まずは「やってくれたこと」に感謝し、任せることが不可欠です³⁰。任せたタスクは、相手のやり方を尊重し、信頼することが真のパートナーシップを育みます。また、このシステムは固定的なものではなく、転職、子どもの進学、親の介護といったライフステージの変化に応じて、定期的に見直す柔軟性を持つべきです。

V. 基盤にひびが入る時：離婚要因としての家事不均衡

この最終セクションでは、これまで議論してきた家事の不均衡が、改善されずに慢性化した場合に起こりうる最悪の結末について考察します。日常の小さな不満や憤りが、いかにして「離婚」という深刻で最終的な事態にまでエスカレートしうるのか、日本の法制度の文脈で冷静に分析します。

日本における法的枠組み

まず理解すべき最も重要な点は、単に「夫が家事をしない」という理由だけで、相手の合意なく一方的に離婚を成立させることは、日本の法律上、非常に困難であるという点です。

日本の法律では、離婚は夫婦双方の合意（協議離婚）によって成立するのが全体の約9割を占める大原則です。合意に至らない場合、家庭裁判所の調停を経て、それでも合意できなければ裁判で離婚を求めることになります。しかし、裁判で離婚を認めてもらうには、民法第770条で定められた5つの法定離婚事由のいずれかに該当することを証明する必要があります³⁷。

1. 配偶者に不貞な行為があったとき。
2. 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3. 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
4. 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
5. その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき。

夫が家事をしないというだけでは、特に彼が主たる生計維持者として経済的に家庭を支えている場合、これらの事由に直接該当すると裁判所が判断する可能性は低いのが実情です³⁷。

不均衡が離婚事由となりうる場合

しかし、夫の家事不参加が、単なる「非協力」というレベルを超え、より広範な夫婦関係の破綻の一部であると証明できる場合、状況は変わります。それは、既存の法的概念の下で離婚事由として主張できる可能性が出てくるからです。

1. 「悪意の遺棄」に該当するケース

これは、夫の家事放棄が、夫婦の基本的な協力扶助義務（民法第752条）を意図的に放棄していると見なされる場合です。これは非常に極端なケースに限られますが、例えば、妻が病気で長期間寝込んでいる、あるいは産後で心身共に極度に疲弊しているにもかかわらず、夫が一切の家事・育児を拒否し、生活費も渡さず、協力する姿勢を全く見せないといった状況は、婚姻関係を維持する意思がない「悪意の遺棄」に該当する可能性があります³⁹。

2. 「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当するケース

これが、家事不参加が離婚原因となる場合に、最も可能性の高い主張の根拠となります。この主張が認められるのは、家事の問題が原因で、夫婦関係が「もはや回復の見込みがないほどに破綻している」と客観的に裁判所が判断した場合です⁴⁰。具体的には、以下のような要素が組み合わさった場合に、その可能性が高まります。

• 深刻かつ継続的な不均衡： 一時的なものではなく、長期間にわたって妻に一方的な負担が強いられている事実。
• 協議の拒否： 妻が何度も改善を求めて話し合いを提案しているにもかかわらず、夫がそれを無視、あるいは拒否し続ける態度。
• モラルハラスメントの存在： 家事をしないだけでなく、「家事は女の仕事だ」「稼いでいるのは俺だ」といった暴言や、妻の努力を蔑ろにするような言動が伴う場合。
• 結果としての関係破綻： 上記のような状況の結果、夫婦間の会話がなくなり、長期間の家庭内別居状態にあるなど、客観的に見て夫婦としての実態が失われている場合。