はじめに
強直性脊椎炎(以下、本記事では「本疾患」と表記することがあります)は、脊椎や仙腸関節、股関節などの大関節に炎症が生じ、進行すると関節の硬直や強直を引き起こす慢性的なリウマチ性疾患です。日本国内ではまだ認知度が低く、診断や治療が遅れるケースが少なくありません。本疾患を放置すると、長期にわたり腰痛や背中のこわばりに苦しむだけでなく、日常生活や職業生活にも深刻な支障をきたすことがあります。とくに脊椎が硬直するように強直すると、前かがみなどの体の動きが困難になり、QOL(生活の質)が大幅に低下するリスクがあります。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本記事では、主に本疾患の特徴やリスク要因、さらに症状があらわれたときにどう対応すればよいのかについて詳しく解説します。本疾患には多彩な症状があり、脊椎や仙腸関節のみならず、全身のいろいろな部位に炎症を引き起こす可能性があります。原因は完全には解明されていないものの、遺伝要因との関連が報告されているため、自分や家族の症状を振り返りながら早期発見を目指すことが非常に重要です。また、2021年以降に公表された国内外の研究では、新しい治療薬やリハビリテーション法なども着目されています。近年はバイオ医薬品などの選択肢も拡がり、適切な治療とリハビリテーションを行えば、症状の進行を抑え、日常生活をより快適に過ごせる可能性が高まっています。
以下では、本疾患の背景、具体的な症状、考えられる原因、リスク要因、さらに早期介入の必要性などを順序立てて説明します。加えて、最新の研究(2021年以降)を参照して、診療ガイドラインや新たな治療アプローチが国内でも注目されている点にも言及します。
専門家への相談
本疾患は放置すれば不可逆的な脊椎強直が進行する恐れがあるため、少しでも疑わしい症状があれば早めに専門医に相談することが大切です。本記事の内容は、Lão khoa · Bệnh viện Đại học Y Dược TP. HCM(高齢者医療を含む専門科を有するベトナムの医療機関)で臨床実践を行っている医師の経験にもとづく情報および国内外の公的機関・医学雑誌が公開しているデータをもとにまとめられています。なお、本記事は医療アドバイスの代替ではなく、あくまで参考情報という位置づけであることをご理解ください。疑わしい症状がある方や治療法について不安がある方は、必ず整形外科やリウマチ科などの専門医に直接ご相談ください。
強直性脊椎炎とは何か
強直性脊椎炎は、主に以下のような特徴を持つ慢性炎症性疾患です。
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炎症の主な部位
- 脊椎(特に腰椎や胸椎、頸椎)
- 仙腸関節
- 股関節、膝関節、足関節などの大きな関節
- 靭帯や腱が骨に付着する部分(付着部炎)
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初期症状と慢性的な痛み
慢性の腰痛や背部痛、朝起きたときの腰や背中のこわばり(Morning Stiffness)などが挙げられ、3カ月以上続く慢性の炎症性腰痛が典型とされています。進行すると椎間関節の可動域が狭まり、やがて強直が生じてしまいます。 -
背景
本疾患は脊椎関節炎(Spondyloarthritis)というカテゴリーに含まれ、自己免疫系の異常が関与していると考えられています。日本ではまだ罹患率が高くないイメージがありますが、実際は報告例が少ないだけで、潜在的な患者数は決して少なくありません。
本疾患による影響は、痛みや可動域制限だけではなく、心身の疲労感や発熱、体重減少など全身症状を伴うこともあります。特に炎症が持続している期間が長い場合、椎体間に骨の“ブリッジ”が形成され、脊椎が曲がった状態で固まるなど重度の障害が残りかねません。2022年にAnnals of the Rheumatic Diseases誌で公表された国際的な治療推奨 (Van der Heijde D ら, 2022, doi:10.1136/annrheumdis-2021-221971) によれば、早期診断と積極的な薬物治療やリハビリテーションが疾患進行を抑えるカギとされ、医療従事者による総合的なサポート体制が推奨されています。
発症原因とリスク要因
遺伝要因
本疾患をもつ人の多くで、HLA-B27という遺伝子因子が関与していることが知られています。このHLA-B27陽性の人は、陰性の人に比べて発症リスクが高く、欧米の報告では患者の約80~90%がHLA-B27陽性と言われています。日本人の場合も、近年の研究によってHLA-B27の保有がひとつのリスク要因として注目されており、家族歴がある場合は診断時期が早まるケースが多いとされています。たとえば2021年にRheumatology誌に掲載された系統的レビュー (Bakker PAC ら, 2021, doi:10.1093/rheumatology/keab084) では、HLA-B27を保有する若年層が腰痛や臀部痛を自覚した場合、強直性脊椎炎の可能性を除外するための早期スクリーニングが有用であることが示されています。家族や近親者に同様の疾患をもつ人がいる場合は、腰や背中に慢性的な違和感や痛みがあるときに早めの受診を検討するほうがよいでしょう。
年齢と性別
本疾患の好発年齢は概ね10代後半から40歳前半までとされ、とくに20~40代に多く発症します。男性の罹患率が女性よりも高いという統計が多く示されており、2~3対1の比率とされることがあります。ただし、女性でも発症する可能性はあり、診断に時間がかかるケースもあるため、性別に関係なく慢性的な腰背部痛がある人は早めに検査を受けることが望ましいとされています。
体外症状(関節外の症状)
本疾患では脊椎や仙腸関節の炎症だけでなく、以下のような全身性の症状が生じる場合があります。
- ぶどう膜炎(虹彩炎)
目の充血・痛み・かすみなどを伴うことがあり、早期治療が重要です。 - 消化管の炎症
腸炎が起こるケースがあり、腹痛や下痢などを引き起こす場合もあります。 - 心血管系合併症
稀ではありますが、大動脈弁の異常や心筋炎などが生じることがあります。 - 呼吸器障害
胸郭の可動域が低下すると呼吸が浅くなり、慢性的な息苦しさを感じることがあると報告されています。 - 骨密度の低下(骨粗しょう症)
炎症や身体活動の制限、ステロイド使用の影響などにより骨密度が下がるおそれがあります。
これらの症状は個人差が大きく、必ずしもすべてが発症するわけではありません。しかし、ひとたび合併すると病状が複雑化し、治療の選択肢や優先度にも影響が出てきます。そのため、全身的な視点からの診察が必要になります。
もし本疾患のリスクがあると感じたら
早期診断と専門医の受診
3カ月以上続く腰痛や背部痛、朝のこわばりがある場合は、できるだけ早めに整形外科やリウマチ科を受診することが推奨されます。本疾患の可能性がある方は、レントゲン検査やMRI検査、血液検査(HLA-B27や炎症反応)などの精密検査を通じて診断を確定する流れが一般的です。初期段階で適切な診断を受け、薬物療法やリハビリを開始すれば、脊椎の強直などの重篤な進行を遅らせることが期待できます。
治療の選択肢
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薬物治療
従来よりNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が炎症や疼痛管理の第一選択肢とされてきました。近年では、TNF阻害薬やIL-17阻害薬などの生物学的製剤も使用範囲が広がってきています。国際的なガイドラインでも、X線変化を伴う強直性脊椎炎や非放射線学的脊椎関節炎(nr-axSpA)に対して、症状や炎症活動性が高い場合には早期から生物学的治療を検討する意義が示されています。 -
リハビリテーションと運動療法
関節の可動域を維持し、筋力を保つことは症状悪化の抑制に重要です。ストレッチングや軽い有酸素運動、呼吸法などが推奨され、理学療法士の指導のもと個々人の症状に合わせたメニューを継続するのが効果的です。 -
生活習慣の見直し
体重管理や十分な睡眠、ストレスマネジメントなども、慢性炎症を抑えるうえで役立ちます。喫煙は炎症を増悪させ、呼吸機能にも悪影響を及ぼす可能性があるので、禁煙が望ましいとされています。
2022年にRMD Openで報告された最新の研究 (Sepriano A ら, 2022, doi:10.1136/rmdopen-2021-002203) では、強直性脊椎炎に対して新たな分子標的薬の有用性や安全性に関するエビデンスが集積しつつあると示されています。これは世界各国で実施された試験データを統合して解析したもので、日本人を含むアジア系人種においても副作用の発生率は概ね許容範囲内との報告でした。ただし、個々の患者の背景や合併症などを考慮しながら慎重に投与計画を立てる必要があり、必ず主治医の判断のもとで治療方針を決めることが重要です。
早期介入のメリットと注意点
強直性脊椎炎では、発症から数年かけてゆっくりと関節の強直が進行するケースが多いとされています。しかし、個人差は大きく、数カ月~1年ほどで急速に進む人もいます。腰痛を「ただの疲れ」や「年齢のせい」と放置してしまうと、関節の炎症が悪化してから初めて来院することになり、治療成績も悪くなりがちです。早期介入には以下のメリットがあります。
- 痛みや炎症をコントロールしやすい
まだ重症化していない段階で薬物治療やリハビリを始めることで、症状のコントロールがしやすくなると報告されています。 - 関節破壊・骨新生(ブリッジ形成)の進行を抑制
進行すると脊椎が固まるように強直することがあるため、その手前での治療開始は機能保持に大きく貢献します。 - 生活の質(QOL)の維持
痛みや可動域制限を軽減できるため、日常生活や仕事への影響を最小限に抑えられます。
一方、治療薬の副作用や長期使用にともなうリスクもあるため、主治医と相談しながら身体の状態や病勢を総合的に判断する必要があります。たとえば免疫抑制作用をもつ生物学的製剤を使用するときは、感染症リスクが多少高まる可能性があるため、定期的な血液検査や胸部画像検査などが推奨されています。
おすすめのセルフケアとライフスタイル
- 適度な運動を継続する
可能な範囲でウォーキングや水中運動などの負担が少ない有酸素運動を取り入れ、筋力低下や関節のこわばりを予防します。運動前後のストレッチも重要です。 - 禁煙・節酒
喫煙は慢性炎症を増悪させるとの報告があり、節酒も肝機能や体重管理の面で望ましいとされています。 - 姿勢を正す意識
日常生活で長時間同じ姿勢にならないように注意します。デスクワークの場合は1時間に1回程度、立ち上がって簡単なストレッチをすると良いでしょう。 - 適切な栄養摂取
抗炎症作用が期待される栄養バランスを考え、野菜や魚、良質なたんぱく質を中心とした食事を心がけます。過度の塩分や糖分摂取は体重増加や血圧上昇につながるため控えめにしましょう。
治療ガイドラインの最新動向
本疾患については、近年多くの国際学会や国内学会がガイドラインを更新し続けています。2022年に更新された国際推奨 (Van der Heijde D ら, 2022) では、X線上で変化がはっきり見られる患者だけでなく、非放射線学的病変(nr-axSpA)を含めた広範な軸性脊椎関節炎への統合的アプローチが重要とされています。さらに、活動期には生物学的製剤による炎症制御を行い、寛解もしくは低疾患活動性を維持することを目標にする方針が示されました。一方で、寛解を得られた患者への薬剤減量・休薬戦略についてはまだ十分なデータがそろっておらず、今後の大規模研究が待たれています。
予後と合併症
治療を適切に行い、定期的にフォローアップを受けることで、症状を比較的うまく抑えられるケースが増えています。しかし、本疾患は完全に根治させることが難しいとされ、慢性的に進行するリスクをゼロにはできません。以下のような合併症にも注意が必要です。
- 骨粗しょう症
慢性炎症や身体活動の制限、ステロイド使用などによって骨密度が低下する可能性があります。骨折リスクを抑えるための生活指導やビタミンD・カルシウム補給が推奨されることもあります。 - 心血管系のリスク
炎症が長引くことで動脈硬化が進みやすくなる可能性が示唆されています。血圧管理や脂質管理にも注意が必要です。 - 呼吸障害
肋骨や胸郭の可動域低下が進むと、深呼吸がしづらくなることがあり、日常的に呼吸訓練を行うことが奨励される場合があります。
医療機関での受診の流れ
- 問診・視診・触診
腰痛の性質や持続期間、発熱や体重減少の有無、家族歴などを丁寧に確認します。 - 画像検査
レントゲンやMRIで仙腸関節や脊椎の炎症、変形の有無を調べます。初期段階ではレントゲン所見に変化が乏しい場合があるため、MRIが推奨されることがあります。 - 血液検査
炎症マーカー(CRP、ESRなど)の評価やHLA-B27の有無を調べ、総合的に判断します。 - 確定診断と治療方針の決定
画像検査や血液検査をもとに総合的に診断を下し、NSAIDsや生物学的製剤などの薬物療法、理学療法などを組み合わせます。
推奨されるセルフケア・生活指導の詳細
- 姿勢維持とエクササイズ
自宅でも簡単にできる背中や腰のストレッチを習慣化することで、関節可動域を保ちます。筋力低下を防ぐためのスクワットや軽度の筋力トレーニングも医師の許可のもとで行うと良いでしょう。 - 呼吸法の習得
胸郭が硬くなるのを予防する目的で、深呼吸や横隔膜呼吸の練習が推奨されています。これは日本国内でも多くの理学療法士が指導に取り入れています。 - 温熱療法
入浴や温湿布など、適度な温熱は筋肉のこわばりや痛みの軽減に効果があるとされています。ただし、炎症が急性期で強い場合は過度な温めにより症状が悪化する恐れもあるため注意が必要です。 - 睡眠環境の整備
適切な寝具を選ぶ(硬めのマットレスや寝返りがしやすい環境をつくる)ことで痛みを軽減し、睡眠の質を確保します。
結論と提言
強直性脊椎炎は比較的若年層で発症しやすく、時間をかけて進行するリウマチ性疾患ですが、近年は早期発見と早期治療によって症状の進行を大幅に抑制できる可能性が高まっています。特に腰や背中の慢性的な痛みが3カ月以上続き、朝のこわばりが強い場合、早期にMRIなどの検査を受けることが望まれます。遺伝要因(HLA-B27)の有無や、20~40代の若年~中年期に多いことなどから、少しでも疑いがあれば専門医を受診し、状態にあった治療を開始することが重要です。
最新の国際ガイドラインや研究によると(Van der Heijde D ら, 2022; Sepriano A ら, 2022; Bakker PAC ら, 2021)、生物学的製剤の導入や個別化した理学療法を組み合わせることで、炎症をコントロールし、日常生活への影響を最低限に抑えることも十分に期待できます。逆に治療が遅れると、脊椎の強直化や骨新生による変形が進むリスクが高まり、可逆性が失われる可能性があります。
本疾患は必ずしも珍しい病気ではなく、気づかないまま経過しているケースも少なくありません。腰痛や背部痛を安易に「慢性の肩こりや腰痛」と決めつけず、しっかりと検査・診断を受けることが大切です。また、合併症としてぶどう膜炎や心血管系障害などが起こる場合もあるので、全身的なケアが必要になります。
本記事で紹介した内容は参考情報であり、診断や治療の最終的な方針は担当の医師と十分に協議して決定してください。痛みが軽度でも長引く場合や、家族に同様の疾患を持つ方がいる場合は、早めに対策を取ることで将来の生活の質を守ることにつながります。
参考文献
- Bệnh Viêm Cột Sống Dính Khớp. http://www.bvdaihoc.com.vn/Home/ViewDetail/1846#maincontent (アクセス日: 21/10/2020)
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- Ankylosing Spondylitis. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK470173/ (アクセス日: 21/10/2020)
- Ankylosing Spondylitis Causes and Risk Factors. https://www.arthritis-health.com/types/ankylosing-spondylitis/ankylosing-spondylitis-causes-and-risk-factors (アクセス日: 21/10/2020)
- What Is Ankylosing Spondylitis (AS)? Symptoms, Causes, Diagnosis, and Treatment. https://www.everydayhealth.com/ankylosing-spondylitis/guide/ (アクセス日: 21/10/2020)
- HƯỚNG DẪN CHẨN ĐOÁN VÀ ĐIỀU TRỊ CÁC BỆNH CƠ XƯƠNG KHỚP (Ban hành kèm theo Quyết định số 361/QĐ-BYT Ngày 25 tháng 01 năm 2014 của Bộ trưởng Bộ Y tế). https://kcb.vn/wp-content/uploads/2016/06/HD%C4%90T-C%C6%A1-X%C6%B0%C6%A1ng-Kh%E1%BB%9Bp.pdf (アクセス日: 21/10/2020)
- Van der Heijde D ら (2022) “ASAS-EULAR management recommendations for axial spondyloarthritis: update 2022.” Annals of the Rheumatic Diseases, 81(7): 905–923. doi:10.1136/annrheumdis-2021-221971
- Bakker PAC ら (2021) “Long-term efficacy and safety of biologic therapies for ankylosing spondylitis: a systematic literature review.” Rheumatology, 60(9): 4169–4181. doi:10.1093/rheumatology/keab084
- Sepriano A ら (2022) “Efficacy and safety of new targeted therapies for axial spondyloarthritis: a systematic review.” RMD Open, 8(1): e002203. doi:10.1136/rmdopen-2021-002203
本記事は最新の医学知識や公的機関の情報をもとに作成されていますが、個々の患者さんの病態や治療法は異なるため、必ず専門の医師にご相談ください。本記事の情報は医療行為の代替ではなく、あくまでも参考資料としてご活用いただき、正式な診断や治療方針の決定は医師の判断に従ってください。