徹底解説:デング熱はうつるのか?感染経路、症状、予防法のすべて
感染症

徹底解説:デング熱はうつるのか?感染経路、症状、予防法のすべて

デング熱は人から人に直接うつるのか?この疑問は、海外旅行や国内での蚊の発生が増える時期に、多くの人々が抱く切実な不安です。JapaneseHealth.org編集委員会は、この問いに明確かつ科学的根拠に基づいた答えを提供します。本記事では、厚生労働省12、国立感染症研究所(NIID)3、そして世界保健機関(WHO)4などの権威ある情報源に基づき、デング熱の正確な感染経路、警戒すべき症状、そしてあなたと家族を守るための最も効果的な予防策まで、包括的かつ詳細に解説します。本記事の目的は、デング熱に関する誤解を解き、正確な知識をもって冷静かつ効果的に対処するための一助となることです。


この記事の科学的根拠

この記事は、インプットされた研究報告書に明示的に引用されている、最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示したリストです。

  • 厚生労働省: 本記事におけるデング熱の基本的な定義、感染経路、一般的な症状、国内の状況、および公衆衛生上の推奨事項に関する記述は、同省が公開しているQ&A12や各種手引き5に基づいています。
  • 国立感染症研究所 (NIID): ウイルスの血清型、詳細な疫学データ、専門的な診断方法、そして日本の研究機関の取り組みに関する記述は、日本の感染症対策の中核を担う同研究所の報告3を根拠としています。
  • 世界保健機関 (WHO): 重症型デング熱の警告サイン、治療の原則、および世界的な流行状況に関する記述は、国際的な保健基準を定める同機関のファクトシート4やガイドライン6に基づいています。
  • 米国疾病予防管理センター (CDC): 治療に関する具体的な注意点、特に使用すべきでない薬剤に関する警告や、患者管理の詳細なガイダンスは、同センターの情報7を参考にしています。

要点まとめ

  • デング熱は、ウイルスを保有する蚊(日本では主にヒトスジシマカ)に刺されることで感染し、人から人へ直接うつることはありません1
  • 主な予防策は「蚊に刺されない」ことと「蚊を発生させない」ことの2点に尽きます。長袖・長ズボンの着用、DEETやイカリジンを含む虫除け剤の使用、家の周りの水たまりをなくすことが重要です8
  • 高熱、激しい頭痛、関節痛が典型的な症状です。解熱後に「警告サイン(激しい腹痛、持続する嘔吐、鼻血や歯茎からの出血など)」が現れた場合は、直ちに医療機関を受診する必要があります79
  • 自己判断でアスピリンやイブプロフェン(ロキソプロフェンなど)系統の解熱鎮痛薬を服用してはいけません。出血傾向を助長する危険性があります。使用が推奨されるのはアセトアミノフェンです10
  • 海外の流行地から帰国後に症状が出た場合は、速やかに医師に相談し、渡航歴を必ず伝えてください2

デング熱とは?日本における世界的な疾患の概観

デング熱は、デングウイルスによって引き起こされる急性の感染症です。このウイルスはフラビウイルス科に属し、日本脳炎、黄熱、ジカウイルスなどと同じ仲間です1。デングウイルスにはDENV-1, DENV-2, DENV-3, DENV-4として知られる4つの異なる血清型が存在します3。免疫学的に極めて重要な点として、一度ある血清型に感染すると、その型に対しては生涯免疫を獲得します。しかし、後に異なる血清型に感染した場合、重症型(デング出血熱)に進行する危険性が著しく高まることが知られています10

世界的に見れば、デング熱は公衆衛生上の深刻な問題であり、毎年数億人規模の感染が推定されています3。日本にとっては、流行地域からの旅行者や帰国者が持ち込む輸入症例の増加に加え、2014年に国内での集団発生が確認されたことにより、もはや「安全地帯」ではないことが証明されました2

感染メカニズムの解明:「うつるのか?」への最終回答

主要な感染経路:ヒトスジシマカの役割

デング熱がなぜ人から人へ直接感染しないのかを理解するためには、完全に蚊を媒介とする「人→蚊→人」という閉じた感染サイクルを把握する必要があります。

  1. ステップ1:蚊が患者を刺す
    Aedes属のメスの蚊(熱帯地域では主にネッタイシマカ、日本のような温帯地域ではヒトスジシマカ)が、ウイルス血症(viremia)の状態にある患者を刺します。この期間は、患者の血液中に高濃度のデングウイルスが存在しており、通常は発症から2〜7日間続きます5。注目すべきは、患者に症状がないか、非常に軽い症状(不顕性感染)であっても、蚊にウイルスを媒介する可能性がある点です11
  2. ステップ2:ウイルスが蚊の体内で潜伏・増殖する
    ウイルスを含んだ血液を吸った後、デングウイルスは蚊の体内で潜伏期間(外因性潜伏期間)を必要とします。この約7〜14日の間に、ウイルスは増殖し、蚊の唾液腺に移動・集結します12。この期間を経ると、その蚊は生涯にわたって病気を媒介する能力を持つことになります10
  3. ステップ3:感染した蚊が健康な人を刺す
    ウイルスを保有した蚊が健康な人を刺す際、唾液と共にウイルスを犠牲者の血中に注入し、新たな感染を引き起こし、サイクルが継続します1

日本における主要な媒介蚊はヒトスジシマカ(Aedes albopictus)です。この蚊は主に日中、特に早朝と夕方に活動します5。植木鉢の受け皿、古タイヤ、空き瓶、詰まった雨どいなど、住居周辺のどんな小さな人工的な水たまりでも繁殖します1。これは、リスクが公園や森林だけでなく、まさに住民の生活圏内に存在することを意味します。

デング熱は人から人へ直接うつるのか?

改めて、絶対的な明確さをもって強調する必要があります:いいえ、うつりません。デング熱は、咳やくしゃみによる呼吸器系の飛沫、皮膚と皮膚の接触、食器や生活用品の共用などを通じて感染することはありません1

このため、デング熱患者に対する院内感染対策では、通常、呼吸器感染症のような厳格な隔離は要求されません。しかし、極めて重要な対策として、入院中の患者を蚊に刺されないように保護すること(例えば、蚊帳の中で寝るなど)が挙げられます。これは、患者が病院内やその周辺の蚊の個体群への感染源となり、医療スタッフや他の患者への新たな感染を引き起こすのを防ぐためです1

その他の稀な感染経路

包括的な視点を提供するために、非常に稀であり、病気の疫学において重要な役割を果たさないものの、記録されている他の感染経路にも言及する必要があります。

  • 垂直感染(母子感染): 妊娠中にデング熱に感染した女性は、妊娠中または出産時に胎児へウイルスを感染させる可能性があります。この感染は、早産、低出生体重児、胎児ジストレスなどのリスクと関連しています13
  • 輸血・臓器移植: ウイルスに感染した血液製剤や臓器を介した感染は理論的に可能ですが、医療スクリーニングプロセスにより極めて稀です14
  • 性行為による感染: 世界で数例の孤立した症例報告がありますが、これは地域社会における重要な感染経路とは見なされていません10

日本における「見えざる脅威」:無症候性の旅行者

日本のデング熱に対する防御システムの最も弱い環の一つが、「症状のない旅行者」です。公式なガイダンスは、旅行後に症状が出た人々に対し、検疫所や医療機関で申告するよう促すことに重点を置いています2。しかし、科学的研究によれば、感染者の非常に大きな割合、おそらく50〜80%にも上る人々が、無症状(不顕性感染)であるか、非常に軽微で一過性の症状しか示さないことが指摘されています3。無症状であっても、その人の血液中にはウイルスが存在し、もし国内の蚊に刺されれば、ウイルスを媒介する能力を完全に持っています3。この旅行者は、自身が完全に健康だと感じているため、医療申告を行ったり、特別な予防措置を講じたりする理由がありません。まさに彼らが、無意識のうちに国内での集団発生を引き起こす潜在的なリスクとなるのです。したがって、より強力で合理的な公衆衛生上の勧告は、デング熱の流行地域から帰国したすべての個人が、症状の有無にかかわらず、帰国後少なくとも2週間は積極的に蚊に刺されない対策を講じることです。これは、症状のあるケースの監視にのみ依存するよりも、はるかに積極的で効果的な戦略です10

デング熱の症状と経過

症状を正確に認識し、軽症と重症の警告サインを区別し、いつ緊急医療を求めるべきかを知ることは極めて重要です。これは生命に直接関わる核心的な内容であり、権威ある情報に基づいて明確に提示されるべきです。

初期症状:どのように気づくか?

ウイルスを保有する蚊に刺された後、潜伏期間は通常3日から14日ですが、最も一般的には4日から7日です10。デング熱の典型的な症状は突然発症し、以下を含みます:

  • 突然の高熱: 体温が38〜40℃に達することがあります1
  • 激しい頭痛: 特に目の奥の痛み(眼窩痛)が特徴的です1
  • 重度の筋肉痛・関節痛: 痛みは非常に激しく、「骨折熱(break-bone fever)」という英語名の由来ともなっています10
  • 吐き気と嘔吐: よく見られる消化器系の症状です2
  • 発疹: 発症後3〜4日目に、胸部や体幹から始まり、四肢や顔に広がる赤く平坦または丘疹状の発疹が現れることがあります1
  • その他の症状: リンパ節の腫れや倦怠感などが含まれることがあります。

小児の場合、症状が非典型的で、他の一般的なウイルス感染症と誤診されやすいことに注意が必要です15

危険な警告サイン:いつ直ちに病院へ行くべきか?

これは最も重要な情報であり、視覚的な警告と共に強調されるべきです。世界保健機関(WHO)6および日本の厚生労働省(MHLW)9のガイダンスによる「警告サイン(Warning Signs)」は、病気が重症化している可能性を示す兆候です。極めて重要な点は、これらのサインが熱が下がり始めた時期、通常は体温が38℃未満に下がってから24〜48時間後に出現することが多いという点です7

以下のいずれかのサインが見られた場合、患者は直ちに救急医療機関に搬送される必要があります:

  • 激しい腹痛または腹部の圧痛
  • 持続的な嘔吐(24時間で少なくとも3回)
  • 粘膜からの出血(鼻血、歯茎からの出血)
  • 吐血または血便(黒色便)
  • 極度の倦怠感、落ち着きのなさ、または嗜眠状態
  • 体液の貯留(胸水による息切れ、腹水による腹部膨満など)
  • 急激な血圧低下、ショック状態

デング熱からデング出血熱(DHF/DSS)へ

通常のデング熱から重症型への進行は、複雑な医学的現象です。中心的な病態は、細い血管の透過性が亢進することです3。これにより、血液の液体成分である血漿が血管内から漏れ出します(血漿漏出)。

血漿が漏出すると、血液は濃縮され(ヘマトクリット値の上昇)、体内の循環血液量が減少します。血漿漏出が重度の場合、循環不全、すなわちショックを引き起こす可能性があります。この状態はデングショック症候群(Dengue Shock Syndrome – DSS)と定義されます3。この重症型は患者のごく一部でしか発生しませんが、診断と治療が遅れると死亡率が非常に高くなる可能性があります3

重症化リスクを高める要因

誰もが同じように重症化するわけではありません。研究により、いくつかの主要なリスク要因が特定されています:

  • 異なるウイルス血清型による再感染: これが最も重要なリスク要因です。一度デングウイルスの一つの型に感染した人が、後に別の型のウイルスに感染すると、既存の抗体が新しいウイルスを中和するどころか、逆にウイルスが免疫細胞に容易に侵入するのを「助けて」しまうことがあります。この現象は「抗体依存性増強(Antibody-Dependent Enhancement – ADE)」と呼ばれ、体内のウイルス量が増加し、より強力な炎症反応を引き起こし、重症化のリスクを高めます10
  • 脆弱な人口集団: 乳児、高齢者、妊婦、そして糖尿病、腎臓病、その他の免疫不全疾患などの基礎疾患を持つ人々は、重症化するリスクが高いとされています16

読者が状況を容易に評価できるよう、以下の比較表で典型的なデング熱の症状と重症化の警告サインの違いを明確にします。

表1:軽症デング熱と重症化の警告サインの症状比較
症状 典型的なデング熱(自宅での慎重な管理) 重症デング熱の警告サイン(直ちに病院へ)
発熱 38-40℃の突然の高熱が2-7日間続く。 熱が38℃未満に下がり始める。ここが最も危険な時期。
痛み 激しい頭痛、目の奥の痛み、全身の筋肉・関節痛。 持続的で激しい腹痛。
嘔吐 軽い吐き気や数回の嘔吐があるかもしれない。 持続的な嘔吐(24時間で3回以上)、飲食不能。
出血 皮膚の小さな点状出血や、あざができやすいことがある。 鼻や歯茎からの明らかな出血、吐血、黒色便。
全身状態 倦怠感はあるが意識ははっきりしている。 ぐったりしている、嗜眠状態、または逆に落ち着きがない、興奮状態。
呼吸 正常。 呼吸が速い、息苦しい(肺への体液貯留による)。

予防が最優先:包括的な防御策

現在、特異的な治療薬は存在しないため、予防がデング熱に対抗する最も重要かつ効果的な手段です。予防戦略は、「蚊に刺されない」と「蚊を発生させない」という二つの主要な原則に集約されます。

個人での対策:「蚊に刺されない」

これは各個人にとっての第一かつ最重要の防御線です。

  • 服装: 長袖のシャツと長ズボンを着用し、肌の露出を最小限に抑えます。蚊は暗い色に引き寄せられる傾向があるため、明るい色の服を選ぶと良いでしょう1
  • 時間帯: Aedes属の蚊が最も活発に活動する時間帯、すなわち日中、特に早朝と夕方には特に注意が必要です5
  • 屋内: 窓やドアに網戸を設置します。エアコンがあれば使用しましょう。低温と乾燥した空気は蚊の活動を低下させます8
  • 虫除け剤: 適切な虫除け剤を選び、正しく使用することが非常に重要です。日本では、主にDEET(ディート)とイカリジンという2つの成分が推奨されています。
    • DEET (ディート): 数十年にわたり使用されてきた「ゴールドスタンダード」です。多くの吸血昆虫に対して効果があります。DEETの濃度は効果の強さではなく、持続時間に関連します17。日本では子供への使用に厳格な規定があり、生後6ヶ月未満の乳児には使用せず、6ヶ月以上2歳未満は1日1回、2歳以上12歳未満は1日1〜3回までとされています18。成人向けには、流行地への渡航など高リスク状況下で使用するための高濃度製品(最大30%)も市販されています19
    • イカリジン (Icaridin): 2015年に日本で承認された新しい成分です17。イカリジンの主な利点は、年齢や使用回数に制限がなく、無臭で、プラスチックや合成繊維を傷つけにくいことです17。DEETと同様、濃度(5%対15%)が保護持続時間に影響します17
    • 天然・ハーブ成分: レモンユーカリ油などの精油を含む製品も蚊を忌避する効果がありますが、効果の持続時間は通常短く、高リスク地域での使用にはDEETやイカリジンほどの推奨はされない場合があります17

環境管理:「蚊を発生させない」

この対策は、蚊の産卵場所をなくすことで、そのライフサイクルを断ち切ることを目的とします。これは、特にヒトスジシマカが人工的な水容器で繁殖する日本において、重要な地域社会の行動です。以下は、日本政府の勧告に基づく行動チェックリストです8

  • 家の中や周りのすべての水たまりをなくす。
  • 植木鉢の受け皿を定期的にチェックし、清掃する。
  • バケツや植木鉢など、水を溜める可能性のある容器は使用しないときは逆さまにしておく。
  • 空き瓶、空き缶、古タイヤなどの廃棄物を処分する。
  • 雨どいや側溝を清掃し、水が溜まらないようにする。
  • 花瓶やペットの水飲み皿の水は、少なくとも週に一度は交換する。
  • 大きな貯水容器(水槽、水がめなど)は密閉する。

デング熱ワクチン:日本の希望と現実

長年にわたり、デング熱を予防するワクチンはない、というのが標準的な答えでした10。しかし、近年その状況は変化しています。

  • ワクチンの新時代: ワクチン開発において著しい進歩がありました。最も注目すべきは、武田薬品工業のQdenga(開発コードTAK-003)で、これは4つのウイルス血清型すべてに対して防御効果を持つ、4価弱毒生ワクチンです20。このワクチンは欧州連合、インドネシア、ブラジル、ベトナムなど多くの国で承認されています20
  • 日本での状況: 武田薬品は日本の企業ですが、Qdengaワクチンはまだ国内の定期予防接種プログラムには導入されていません。しかし、厚生労働省によって審査され、特定の規制から除外されており、トラベルクリニックなどを通じて自費診療として提供される可能性があります21。サノフィ社の別のワクチン、Dengvaxiaも日本で承認されていますが22、需要の低さからメーカーが世界的に製造を中止しており、将来的にはQdengaがより有力な選択肢となります23
  • 現実的な勧告: 日本の一般市民にとって、主要な予防戦略は依然として蚊に刺されるのを避け、蚊の繁殖環境を管理することです。ワクチンの接種は、主に重度の流行地域へ長期滞在または居住を計画している人々にとって検討されるべきであり、トラベルクリニックの医師と十分に相談することが推奨されます。
表2:虫除け剤の選択・使用ガイド(DEET vs. イカリジン)
基準 DEET (ディート) イカリジン (Icaridin)
効果 非常に効果的。多くの種類の昆虫に広いスペクトルで作用。「ゴールドスタンダード」と見なされる。 非常に効果的。蚊に対してはDEETと同等。
使用対象・年齢制限 制限あり: 生後6ヶ月未満には使用不可。12歳未満の子供には使用回数制限あり。 年齢・回数制限なし。乳児や妊婦にも安全に使用可能。
匂い・肌触り 特有の匂いがあり、べたつきを感じることがある。 ほとんど無臭で、べたつかない。
持続時間 濃度に依存。10%濃度で約3-4時間、30%濃度で約5-8時間。 濃度に依存。5%濃度で約6時間、15%濃度で約6-8時間。
素材への影響 プラスチック、合成繊維(レーヨン)、革、塗装面を傷める可能性がある。 ほとんどの素材に対して安全性が高く、プラスチックや布を傷めない。
推奨される使用場面 高リスク地域(森林、重度流行地)へ行く成人。 小さな子供のいる家庭、日常的な使用、匂いに敏感な人に第一選択

診断と治療:感染が疑われる場合の対処法

疑わしい症状がある場合、迅速かつ適切な行動をとることが、特に重篤な合併症を防ぐ上で大きな違いを生むことがあります。

日本における診断プロセス

  • いつ医師に相談すべきか: 発熱に加え、デング熱の他の症状(頭痛、筋肉痛、発疹)があり、特に蚊に刺された後や流行地域からの帰国後である場合2
  • 医師に伝えるべき情報: 最も重要なのは、最近の渡航歴(訪問国と滞在期間)を医師に伝えることです2。この情報は、医師が類似症状を持つ他の疾患と鑑別診断を行う上で極めて重要です。
  • 診断の流れ: 診断は、臨床評価(症状、身体診察)と臨床検査の両方に基づいて行われます。一般的な検査には以下が含まれます:
    • NS1抗原検査: ウイルスのタンパク質の一種を検出し、発症初期に高い感度を示します。
    • PCR検査: ウイルスの遺伝物質(RNA)を検出します。
    • IgM抗体検査: ウイルスに対抗するために体が生成する抗体を検出し、通常は発症後数日で陽性になります3

全てのクリニックや病院がこれらの検査をその場で実施できるわけではないことに注意が必要です。血液検体は、分析のために保健所や国立感染症研究所(NIID)に送られることがあります10

軽症例の在宅治療の原則

警告サインがなく軽症のデング熱の場合、患者は自宅で経過観察および治療が可能です。治療は主に対症療法であり、症状の緩和と脱水の予防を目的とします7

  • 安静: できるだけベッドで安静にします。
  • 水分補給: 高熱や嘔吐による脱水を防ぐため、水、ジュース、経口補水液(ORS)などを十分に摂取します13
  • 経過観察: 特に解熱後の期間に、重症化の警告サイン(前述の3.2節を参照)を注意深く監視します7

【最重要警告】絶対に使用してはならない薬

これはデング熱患者に対する最も重要な安全情報の一つです。解熱鎮痛薬の誤用は、深刻な結果を招く可能性があります。

アスピリンまたは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は絶対に使用しないでください。

日本で一般的に市販されているNSAIDsには、イブプロフェンロキソプロフェンなどがあります。

理由: これらの薬は抗凝固作用を持ち、出血のリスクを高め、病状を悪化させる可能性があります。また、胃を刺激することもあります10

使用が推奨される唯一の解熱鎮痛薬は、アセトアミノフェン(商品名:タイレノール、パラセタモールなど)です10

重症例の入院治療

患者が警告サインを示すか、高リスク群に属する場合、入院して積極的な監視と治療を受ける必要があります。入院治療により、合併症に迅速に対処することが可能になります。治療法には以下が含まれます:

  • 失われた血漿を補充し、電解質バランスを維持するための静脈内輸液(IV)。
  • 血圧およびその他のバイタルサインの継続的なモニタリング。
  • ヘマトクリット値や血小板数などの血液指標の監視。
  • 重度の出血がある非常に稀なケースでは、輸血が必要になることがあります3

適切な医療ケアを受けることで、重症デング熱による死亡率は1%未満にまで下げることが可能です12

表3:デング熱が疑われる時の行動概要:すべきこと・してはいけないこと
すべきこと (DO) 絶対にしてはいけないこと (DO NOT)
✅ 直ちに医師の診察を受け、最近の渡航歴を明確に伝える。 ❌ 自己判断で治療したり、ただの風邪だと軽視したりする。
✅ 十分に休息をとり、多くの水分(水、経口補水液)を摂取する。 ❌ 無理な活動をする。体をさらに疲弊させる可能性がある。
✅ 解熱や鎮痛にはアセトアミノフェンのみを使用する。 アスピリン、イブプロフェン、ロキソプロフェンを服用する。
✅ 特に解熱後、警告サイン(激しい腹痛、持続する嘔吐、出血)を注意深く監視する。 ❌ 警告サインを見過ごす。熱が下がったから治ったと油断する。
✅ 地域社会への感染源とならないよう、さらに蚊に刺されないように自己防衛する。 ❌ 蚊にウイルスをうつす可能性のある期間(発症後1週間)に、人が多い場所へ出かける。

日本におけるデング熱の状況と未来

リスクの度合いを正しく評価するためには、この世界的な疾患を日本の具体的な文脈に置き、歴史、現状、そして未来に向けた科学的予測を考慮する必要があります。

国内感染のリスク:輸入症例から地域流行へ

日本におけるデング熱の歴史は、明確に二つの時期に分けることができます。第二次世界大戦中には、東南アジアの流行地から兵士や市民が帰還したことにより、数十万人の患者を出す大規模な流行がありました24。その後、約70年間にわたり、日本国内での感染例はほとんど記録されませんでした24

しかし、この平穏は2014年の夏に破られました。東京の代々木公園を中心にデング熱の集団発生が起こり、160人以上の確定症例が報告されました2。この出来事は、輸入されたウイルス、地域に生息する媒介蚊、そして免疫を持たない住民コミュニティという、国内流行に必要なすべての要素が日本に揃っていることを証明する強力な警鐘となりました。

現在、日本で報告されるデング熱症例の大部分は輸入症例、すなわち海外で感染して帰国した人々です3。しかし、蚊の活動期(5月から10月)における一つ一つの輸入症例は、地域における「山火事」の火種となる可能性を秘めています。

気候変動の影響:増大するリスク

日本におけるデング熱のリスクは一定ではありません。科学的モデルは、気候変動の影響によりリスクが増大していることを示唆しています。

  • 科学的根拠: 全球的な気温上昇は、Aedes属の蚊にとって好都合な環境を作り出しています。気温の上昇は、蚊の生息域を北方へ拡大させ、活動期間を延長させ、蚊の体内でのウイルスの潜伏期間を短縮させることで、感染伝播の速度を速めます25
  • 日本での具体的な研究: 日本の科学者たちは、MIROC6のような複雑な気候モデルを用いて、将来のデング熱リスクを予測しています26
    • 予測シナリオ: 高排出シナリオ(RCP 8.5)によれば、21世紀末(2100年)までには状況が著しく変化する可能性があります:
      • 感染リスクのある季節が春の終わり(4-5月)や秋(10-11月)にも広がる可能性がある。
      • 感染リスクのある地域が、北の北海道を含む日本全土を覆う可能性がある。
      • 沖縄県のような最南端の地域では、年間を通じて感染リスクに直面する可能性がある26

これらの予測は空想科学ではありません。気候科学の問題を、日本の市民に対する直接的かつ具体的な公衆衛生上の警告へと変えるものです。これは、デング熱からの脅威が、主に国際旅行に関連する問題から、国内の環境衛生上の課題へと徐々に移行していることを示しています。雨どいの清掃や水たまりの除去といった蚊の管理対策は、もはや些細な市民の務めではなく、重要な公衆衛生上の防衛戦略となりつつあります。

日本政府と研究機関の取り組み

この脅威に直面し、日本は決して受動的ではありません。政府と主要な研究機関は、デング熱の監視と対策に積極的に取り組んでいます。

  • 政府の対応: 厚生労働省と地方自治体は、厳格なサーベイランスシステムを運営しています。これには、公園、空港、港湾などの高リスク地域での蚊の個体群の監視や、捕獲した蚊のウイルス検査が含まれます27。日本はまた、詳細な対応マニュアルを策定し、国民の意識向上のためのキャンペーンを展開しています6
  • 研究努力: 日本の主要な研究機関は、デング熱との戦いの最前線に立ち、公衆の医療システムへの信頼を築く上で貢献しています。
    • 長崎大学熱帯医学研究所: ワクチン開発や病気の重症度に影響を与える遺伝的要因の研究など、熱帯病に関する世界トップクラスの研究センターです28
    • 東京大学医科学研究所: 新しい抗ウイルス治療法(例:キメラ核酸の使用)や先進的な診断技術の研究を先導しています29
    • 国立感染症研究所 (NIID): ウイルス学、診断、疫学に関する中央機関であり、国全体への専門的指導を提供しています。NIIDの高崎智彦博士のような専門家が、国の研究と対応努力を主導しています3
免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

よくある質問

デング熱は人から人にうつりますか?

いいえ、うつりません。デング熱は、ウイルスを保有する蚊に刺されることによってのみ感染します。インフルエンザのように咳やくしゃみで感染したり、握手や会話、食器の共用で感染したりすることはありません1

日本にいてもデング熱にかかる可能性はありますか?

はい、可能性はあります。現在、日本で報告される症例のほとんどは海外で感染した輸入症例ですが、2014年には国内での集団感染も発生しました2。デング熱を媒介するヒトスジシマカは日本の広範囲に生息しているため、輸入症例をきっかけとした国内での感染拡大のリスクは常に存在します。

デング熱が疑われる場合、どの薬を飲めばいいですか?

解熱や鎮痛のためには、アセトアミノフェンを使用してください。アスピリン、イブプロフェン、ロキソプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、出血のリスクを高める可能性があるため、絶対に使用しないでください10

デング熱は一度かかったら二度とかかりませんか?

一度かかったウイルスと同じ型(血清型)に対しては生涯免疫ができます。しかし、デングウイルスには4つの異なる型があり、以前かかった型とは別の型に感染する可能性があります。そして、2回目以降の感染では重症化するリスクが高くなることが知られています10

結論

デング熱は、蚊との戦いそのものです。その感染は人との直接接触ではなく、もっぱら蚊の媒介によります。この単純明快な事実を理解することが、不必要な恐怖を和らげ、的を射た予防行動へと繋がります。個々人が「蚊に刺されない」努力をし、地域社会が一体となって「蚊を発生させない」環境を作る。この二つの防衛線こそが、気候変動により増大しつつある国内感染のリスクに対する最も現実的で強力な盾となります。もし感染が疑われる場合は、警告サインを見逃さず、適切な医療機関に速やかに相談し、自己判断での服薬を避けることが、自身の安全を守る鍵です。正確な知識は、私たち一人ひとりに力を与え、この世界的な健康課題に立ち向かうための最良の武器となるでしょう。

参考文献

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