「心不全はもう怖くない?2025年新ガイドラインが示す予防と治療の全貌」
心血管疾患

「心不全はもう怖くない?2025年新ガイドラインが示す予防と治療の全貌」

ある日、いつもの坂道を上るのが少し辛くなった。あるいは、夕方になると靴下の跡が足に残りやすくなった。そんな小さな変化に、多くの人は「年のせいかな」と見過ごしてしまいがちです。しかし、それは心臓が発している重要なサインかもしれません。実は、日本の成人の約100人に1人が心不全を抱えていると推定されており1、この数は増え続けています。この記事では、心不全という言葉の本当の意味から、最新の予防法、そして人生を豊かに保つための治療法まで、2025年の最新公式ガイドラインに基づき、専門家がご家族に説明するように、一歩一歩、丁寧に解説していきます。

この記事の信頼性について

この記事は、JapaneseHealth.Org (JHO)編集部が、AI(人工知能)の執筆支援を活用して作成しました。作成プロセスに、医師や薬剤師といった医療専門家の直接的な関与はありません。

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この記事の作成方法(要約)

  • 検索範囲: PubMed, Cochrane Library, 医中誌Web, 日本循環器学会および日本心不全学会の公式サイト、厚生労働省公式サイト (.go.jp)
  • 選定基準: 日本の最新診療ガイドライン(2025年版)を最優先とし、システマティックレビュー/メタ解析、ランダム化比較試験(RCT)を重視。原則として発行から5年以内の文献(基礎科学は10年以内)を採用。
  • 除外基準: 個人のブログ、商業目的のウェブサイト、査読(専門家による審査)を経ていない情報源(プレプリントを除く)、撤回された論文。
  • 評価方法: 主要な推奨事項に対しGRADEシステムを用いてエビデンスの質を評価(高/中/低/非常に低)。治療効果については、可能な限り絶対リスク減少(ARR)および治療必要数(NNT)を算出。単位は国際標準SI単位に統一。
  • リンク確認: すべての参考文献(下記参照)のURLが有効であることを個別に確認済み(2025年10月14日時点)。リンク切れの場合はDOIやアーカイブサイトで代替。

この記事のポイント(お忙しい方へ)

  • 心不全は「終わり」ではなく「管理できる状態」: 心不全は、心臓のポンプ機能が弱り、息切れやむくみが起きる「状態(症候群)」です。早期発見と適切な治療で、長く付き合っていくことが可能です2
  • 予防が最も重要: 高血圧や糖尿病、腎臓病などを持つ人は、症状がなくても「心不全のリスクがある段階(ステージA)」とされます。この段階からの対策が、発症を防ぐ鍵となります3
  • 治療法が劇的に進歩: かつては治療が難しかったタイプの心不全にも、「SGLT2阻害薬」という薬が有効であることが証明されました。これにより、ほぼ全ての心不全患者さんに入院リスクを下げる選択肢が生まれました4
  • 自己管理が不可欠: 毎日の体重測定、塩分制限、処方された薬を確実に飲むことが、再入院を防ぐ最も効果的な方法です。特に数日で2kg以上の体重増加は危険なサインです5
  • 自分の「LVEF」を知ろう: LVEF(左室駆出率)は心臓のポンプ機能を示す重要な数値です。この値によって治療方針が大きく変わるため、医師に確認し、自分のタイプを把握することが大切です6

第1章 課題の再定義:現代日本における心不全

心不全は、単に心臓が悪くなる病気というだけでなく、私たちの生活、家族、そして社会全体に深く関わる、日本が直面する大きな健康問題です。ここでは、最新の医学的な定義から、日本における現状、そして患者さんとご家族が実際にどのような経験をされているのかを紐解き、この問題の全体像を明らかにします。

1.1 新しい定義:なぜ心不全は「単一の出来事」ではなく「症候群」なのか

心不全を正しく理解するための最初のステップは、「心不全」という言葉の本当の意味を知ることです。2025年に日本の専門学会が発表した最新の公式な診療ガイドラインでは、心不全は「心臓の構造的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されています2

この定義で最も大切な言葉は「症候群」です。これは、心不全が、例えば「虫垂炎」のような単一の原因で起きる病気ではなく、高血圧や心筋梗塞、弁膜症といった様々な原因が引き金となって現れる、症状や体のサインの「集合体」であることを意味します。例えるなら、「発熱」という症状が、風邪やインフルエンザ、他の感染症など様々な原因で起こるのと同じです。「心不全」もまた、心臓が弱った結果として現れる一つの「状態」なのです。

さらに、この診断は「息が切れる」といった自覚症状だけで決まるわけではありません。心臓に負担がかかると血液中に増えるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)というホルモンの数値や、体に余分な水分が溜まっている客観的な証拠によって裏付けられる必要があります7。この定義の変更は、心不全を「人生の終わり」ではなく、予防が可能で、生涯を通じて管理していく「慢性的な状態」と捉え直す、医療戦略の大きな転換点を示しています。しかし、一般の方の9割以上が心不全という言葉を知っている一方で、その半数以上が「亡くなった時の診断名」と誤解しているという調査結果もあり8、この認識のギャップを埋めることが、予防に向けた最初の大きな一歩となります。

1.2 静かなる流行:日本の罹患率と将来予測を理解する

心不全は、日本において「静かなる流行(サイレント・パンデミック)」と呼べるほど深刻な広がりを見せています。日本の地域住民を対象とした調査によると、急性心不全の年間発症者数は、2015年だけで約16万人と推定されています9。これは、毎日約440人もの人々が、新たに急性心不全を発症している計算になります。

さらに重要なのは、この傾向が日本の急速な高齢化に伴い、今後さらに加速すると予測されている点です。推計によれば、2040年には年間の新規発症者数が約25万人にまで増加すると見込まれています9。これは、医療体制に計り知れない負担をかけるだけでなく、多くの人々が労働市場から離脱し、その家族が介護に時間を費やすという、社会経済的な課題にも直結します。2025年のガイドラインに「就労支援」の項目が新たに追加されたのは7、心不全が単なる個人の健康問題ではなく、日本の社会全体の持続可能性に関わる重要な課題であるという認識の表れです。

1.3 人生のコスト:患者と家族の生きた経験を認識する

統計データだけでは見えてこない、心不全という病のもう一つの側面は、患者さんとご家族が日々直面する「人生のコスト」です。日本で行われた調査では、心不全と診断された患者さんの92%が、発症後に生活満足度が低下したと回答しています10。具体的には、3人に1人以上(36%)がスポーツを諦め、4人に1人近く(23%)が仕事を辞めざるを得ませんでした10

この影響は、患者さん本人だけに留まりません。介護やサポートをするご家族もまた、3人に1人(32%)が旅行を諦め、同じく31%が友人との付き合いを減らしたと答えています10。心不全は、家族という一つの単位全体の社会的なつながりや生活の質をも変えてしまうのです。患者さんたちは、症状の悪化を防ぐための厳しい自己管理と、人生の喜びとの間で常にバランスを取りながら生活しています11。彼らが最も望んでいるのは、「病気について気軽に相談できる相手」と「早期発見につながる社会的な啓発活動」でした10。これらの声は、心不全のケアが、薬や手術だけでなく、患者さんの心や生活に寄り添う包括的な支援を必要としていることを強く示しています。

第2章 予防へのパラダイムシフト:心不全を発症前に食い止める

2025年の診療ガイドラインがもたらした最も大きな変化は、心不全へのアプローチを「治療」から「予防」へと大きく転換させたことです。これは、病気が起きてから対応するのではなく、その芽を早期に摘み取るという考え方です。その中心となるのが、新しい「ステージ分類」と、心臓と密接に関わる「腎臓」への新たな注目です。

2.1 4つのステージを理解する:「リスク群」と「前心不全」への新たな焦点

最新のガイドラインでは、心不全をその進行度に応じてA、B、C、Dの4つのステージに分類します7。この分類の画期的な点は、まだ心不全の症状が全く出ていない段階に光を当てたことです。

  • ステージA(心不全リスク群): 心臓自体に異常はないものの、高血圧、糖尿病、肥満、そして新たに加えられた慢性腎臓病(CKD)など、将来心不全になる可能性のある危険因子を持っている段階です12
  • ステージB(前心不全): 症状はないものの、検査をすると心臓の壁が厚くなっていたり、心臓の機能を示す血液マーカー(BNPなど)が上昇していたりする段階です13
  • ステージC(症候性心不全): 息切れやむくみといった心不全の症状を、現在経験している、あるいは過去に経験したことがある段階です。
  • ステージD(末期心不全): 最善の治療を行っても、重い症状が続き、日常生活に大きな支障が出ている段階です。

この分類の真の狙いは、ステージAとB、つまり「症状のない人たち」にあります。これにより、例えば健康診断で高血圧を指摘されただけの何百万人もの人々が、「心不全の予防を始めるべき公式な対象者」として位置づけられました。これは、心不全との闘いの最前線を、病院の集中治療室から、地域のかかりつけ医の診察室へと大きく前進させる、公衆衛生上の革命と言えます。ただし、健康だと思っていた人に「あなたは心不全のリスクステージです」と伝えることは、大きな不安を与えかねません。これを「病気の宣告」ではなく、「健康な未来を守るための絶好の機会」として伝える、医療者の丁寧なコミュニケーションが成功の鍵となります。

2.2 「心腎連関」:なぜ慢性腎臓病(CKD)はステージAとされたのか

今回のガイドライン改訂で特に注目すべきは、慢性腎臓病(CKD)がステージAの危険因子として明確に位置づけられたことです7。この背景には「心腎連関(しんじんれんかん)」という、心臓と腎臓が互いに深く影響し合うという重要な考え方があります。

心臓と腎臓は、体内の血液循環と水分バランスを調整するパートナーのような関係です。心臓というポンプが血液を送り出し、腎臓というフィルターが血液から老廃物や余分な水分を濾し取ります。どちらか一方の機能が衰えると、もう一方にも大きな負担がかかり、共倒れになってしまうのです12。実際に、腎機能が低下している人ほど、心不全で再入院したり、亡くなったりするリスクが著しく高まることがデータで示されています14。腎臓を守ることは、すなわち心臓を守ることなのです。この改訂は、心臓の専門医だけでなく、すべての医師、そして国民全体に対し、「腎臓の検査結果は、心臓の未来を映す鏡である」という強力なメッセージを送っています。

2.3 一次予防のための実践的戦略

では、ステージAやBの段階で、具体的に何をすればよいのでしょうか。科学的根拠に基づいた予防戦略は明確です。

  1. 危険因子の徹底管理: 特に高血圧と肥満は心不全の強力な引き金です。正常な血圧の人に比べ、血圧が高い(160/90 mmHg以上)と心不全リスクは1.6倍に、肥満(BMI 30以上)の人は2倍になると報告されています15。医師の指導のもと、血圧と体重を目標値内にコントロールすることが最も重要です。
  2. 生活習慣の改善: 禁煙、塩分を1日6g未満に控える、バランスの取れた食事、そして週に150分程度(例:1回30分の早歩きを週5回)の定期的な運動は、心臓を守るための基本です12
  3. ステージBでの薬物治療: 症状がなくても、心エコー検査で心臓のポンプ機能の低下が見つかった場合(LVEF低下)、ACE阻害薬やβ遮断薬といった薬を早期に開始することが強く推奨されます15。これらの薬は、心臓の負担を和らげ、病気の進行を遅らせる「守りの治療」です。

これらの予防策は、心不全が決して避けられない運命ではなく、私たちの選択と行動によって未来を大きく変えることができる、という希望のメッセージでもあります。

第3章 診断と分類:汝の敵を知れ

心不全と効果的に付き合っていくためには、まず自分の状態を正確に知ることが不可欠です。ここでは、どのような症状をきっかけに診断が進むのか、そしてその後の治療方針を決定づける最も重要な「分類」について解説します。特に「LVEF」という少し専門的な言葉の意味を理解することは、自分の治療の羅針盤を手に入れることと同じくらい重要です。

3.1 診断への道筋:症状から確信へ

心不全の診断は、多くの場合、患者さん自身が「何かおかしい」と感じる体のサインから始まります。代表的な症状は、息切れ、倦怠感、足のむくみの3つです16。特に、以前は平気だった階段や坂道で息が切れるようになったら、注意が必要です。

医療機関では、まず問診と診察が行われ、次に客観的な検査に進みます。ここで鍵となるのが、心臓に負担がかかると分泌されるホルモン、BNP(またはNT-proBNP)を測る血液検査です6。この数値が高いほど、心不全の可能性が高まります。最終的な確定診断には、心エコー(心臓超音波)検査が欠かせません6。この検査で、心臓の部屋の大きさや動き、そしてポンプ機能の強さを直接、痛みなく見ることができます。この一連のプロセスを通じて、自覚症状という主観的な情報が、血液データと画像という客観的な証拠によって裏付けられ、診断が確定します。

3.2 極めて重要な指標:左室駆出率(LVEF)を理解する

心不全と診断されたら、まず知っておくべき最も重要な数値が「LVEF(左室駆出率)」です。これは、心臓のメインポンプである左心室が、1回の拍動でどれだけの割合の血液を全身に送り出しているかを示すパーセンテージです2

健康な人のLVEFは通常50%以上です。この数値が、いわば心臓の「元気度」を示すバロメーターとなります。LVEFが重要なのは、この数値によって心不全がいくつかのタイプに分類され、タイプごとに効果のある薬や治療法が大きく異なるからです。自分のLVEFを知ることは、医師と治療方針について話し合う上での共通言語を持つことであり、主体的に治療に参加するための第一歩です。

3.3 4つの心不全タイプを解読する

最新のガイドラインでは、LVEFの値に基づいて心不全を主に4つのタイプに分類します26。自分のタイプがどれに当たるのかを把握しましょう。

  • HFrEF(ヘフレフ)- LVEFの低下した心不全 (LVEF 40%以下): 心臓の筋肉が弱り、血液を送り出す「ポンプ機能(収縮力)」そのものが低下している、典型的なタイプの心不全です。
  • HFpEF(ヘフペフ)- LVEFの保たれた心不全 (LVEF 50%以上): ポンプ機能は保たれているものの、心臓の筋肉が硬くなり、血液を十分に取り込む「拡張機能」が悪化しているタイプです。硬くてうまく広がれないため、結果的に十分な血液を送り出せなくなります。心不全患者の約半数を占めます。
  • HFmrEF(ヘフムレフ)- LVEFが軽度低下した心不全 (LVEF 41-49%): HFrEFとHFpEFの中間に位置するタイプです。
  • HFimpEF(ヘフインプEF)- LVEFの改善した心不全: もともとLVEFが40%以下だった人が、治療によって40%以上に改善した状態です。これは「治った」のではなく「良くなっている状態(寛解)」であり、治療の継続が極めて重要です。このタイプが新たに独立して分類されたのは、「良くなったからといって自己判断で薬をやめてはいけない」という強いメッセージが込められています。治療を中断すると非常に高い確率で再発することが分かっているためです17

第4章 現代治療の柱:ガイドラインに基づく薬物療法(GDMT)

心不全治療の世界は、ここ数年で劇的な進歩を遂げました。科学的根拠に基づき、生命を守り、生活の質を改善することが証明された薬(ガイドラインに基づく薬物療法:GDMT)が次々と登場しています。ここでは、あなたの心不全タイプ(LVEF)に応じて、どのような薬が標準治療とされているのかを解説します。

4.1 HFrEF(LVEF低下型)– 4つの基本治療薬

LVEFが40%以下のHFrEFと診断された場合、現在の標準治療は「4つの柱(Four Pillars)」と呼ばれる4種類の薬を基本とします13。これらの薬は、それぞれ異なる角度から心臓の負担を減らし、予後を改善する効果が確立されています。

  1. ARNI / ACE阻害薬 / ARB: 心臓に負担をかけるホルモンを抑え、血管を広げることで、ポンプの仕事を楽にします。ARNIはそれに加え、心臓を守るホルモンを増やす作用も持ちます。
  2. β遮断薬: 心臓を過剰なストレスから守り、心拍数を穏やかにすることで、心臓を休ませ、長期的に機能を回復させます。
  3. MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬): 心臓や血管が硬くなるのを防ぎ、余分な水分を排出するのを助けます。
  4. SGLT2阻害薬: もとは糖尿病の薬ですが、心臓を保護し、心不全による入院と死亡のリスクを大幅に減少させることが分かりました12。糖尿病がない人にも有効です。

HFrEFの患者さんにとって最も重要なことは、特別な理由がない限り、これら4種類の薬をできるだけ早く開始し、継続することです。これが現在の世界標準の治療法です。

4.2 HFpEF & HFmrEF(LVEF保持型・軽度低下型)– 治療の新時代

長年、心不全患者の半数を占めるHFpEFには、予後を改善する決定的な治療薬がありませんでした。しかし、この状況は近年、革命的に変わりました。

SGLT2阻害薬:すべての心不全患者の希望
この革命の主役がSGLT2阻害薬です。複数の大規模な臨床試験により、この薬はHFrEFだけでなく、これまで治療が難しかったHFpEFやHFmrEFの患者さんにおいても、心不全による入院リスクを一貫して減少させることが証明されました1218。これにより、SGLT2阻害薬はLVEFの値を問わず、ほぼ全ての心不全患者さんに利益をもたらす最初の薬となり、2025年の日本のガイドラインでも強く推奨されています7

肥満を伴うHFpEFへの新たな選択肢:GLP-1受容体作動薬
さらに、2025年ガイドラインでは、肥満(BMI 30以上)を合併するHFpEF患者さんに対し、GLP-1受容体作動薬(主に減量や糖尿病治療に用いられる薬)が新たに推奨されました12。この薬は、体重を大幅に減少させると同時に、心不全の症状や生活の質を劇的に改善することが示されました12。これは、HFpEFという多様な病態を持つ症候群に対し、画一的な治療ではなく、「肥満」という個々の患者さんの特徴(フェノタイプ)に合わせた個別化治療が有効であることを示す、重要な一歩です。

4.3 HFimpEF(LVEF改善型)– 治療継続の絶対的必要性

治療によってLVEFが改善し、症状が楽になったHFimpEFの患者さんにとって、最も危険な落とし穴は「治った」と自己判断し、薬をやめてしまうことです。様々な研究が、基本治療薬を中断すると、高い確率で心機能が再び悪化することを明確に示しています17。LVEFの改善は、治療がうまくいっている証拠であり、その状態を維持するためにこそ、治療の継続が不可欠なのです。医師の指示なく薬を中断することは、せっかく取り戻した健康を自ら手放すことに等しいと理解してください。

よくある質問

心不全と診断されましたが、もう治らないのでしょうか?

簡潔な回答: 心不全は「治癒」する病気ではありませんが、適切な治療と自己管理で症状をコントロールし、長く元気に生活することは十分に可能です。

心不全は、高血圧や糖尿病と同じように「長く付き合っていく慢性的な状態」と考えるのが適切です。治療の目標は、病気を完全になくすことではなく、症状を和らげ、病気の進行を抑え、入院を防ぎ、生活の質を維持することにあります。最新の治療薬やリハビリテーションによって、多くの方が活動的な生活を取り戻しています。

塩分はなぜ、どのくらい制限する必要があるのですか?

簡潔な回答: 塩分(ナトリウム)を摂りすぎると、体内に水分が溜まりやすくなり、心臓に大きな負担がかかるためです。一般的に1日6g未満が推奨されます。

私たちの体は、体内の塩分濃度を一定に保とうとします。塩辛いものを食べると喉が渇くのは、水分を摂って塩分濃度を薄めようとする体の反応です。心不全の心臓はポンプ機能が弱っているため、体内の水分量が増えると、それを全身に送り出すのが大変になり、息切れやむくみ(うっ血)が悪化します。1日6g未満という目標は、日本人の平均塩分摂取量(約10g)よりかなり少ないですが、薄味に慣れる工夫や減塩調味料の活用で達成可能です。

運動はしてもよいのでしょうか?安静にしていた方がよいのでは?

簡潔な回答: 医師の許可のもと、無理のない範囲での適度な運動は、心臓の機能を助け、体力をつけるために非常に推奨されます。

かつては安静が第一とされていましたが、現在ではその考えは完全に変わりました。適切な運動は、心臓だけでなく全身の筋肉を鍛え、血液の循環を助けます。これにより、心臓はより効率的に働くことができるようになります。ただし、病状が不安定な時期や、自己流での激しい運動は危険です。必ず主治医に相談し、「心臓リハビリテーション」の専門家の指導のもとで、自分に合った安全な運動プログラムを始めるのが最も良い方法です。

(研究者向け) HFpEF治療におけるSGLT2阻害薬の主要なエビデンスと、その臨床的意義は何ですか?

主要エビデンス:

  • EMPEROR-Preserved試験 (Empagliflozin): LVEF >40%のHF患者において、プラセボと比較して心血管死または心不全入院の複合主要評価項目リスクを21%有意に減少させました (HR: 0.79; 95% CI: 0.69-0.90)。効果は主に心不全入院の減少によるものでした18
  • DELIVER試験 (Dapagliflozin): LVEF >40%のHF患者において、プラセボと比較して心血管死または心不全悪化の複合主要評価項目リスクを18%有意に減少させました (HR: 0.82; 95% CI: 0.73-0.92)。LVEF 60%以上の患者群でも一貫した効果が認められました4

臨床的意義:

これらの試験は、長年有効な予後改善薬がなかったHFpEFおよびHFmrEFに対する初のクラスI(強く推奨)エビデンスを提供し、治療パラダイムを根本的に変えました。SGLT2阻害薬は、LVEFスペクトラム全体(HFrEFからHFpEFまで)で心不全入院リスクを一貫して低減する最初の薬剤クラスとなり、GDMTの基盤としての地位を確立しました。その作用機序は完全には解明されていませんが、利尿作用、代謝改善、抗炎症作用、心筋エネルギー効率の改善などが複合的に関与すると考えられています。

(臨床教育向け) HFimpEF患者においてGDMTを継続すべき根拠と、減薬・中止を検討しうる例外的な状況はありますか?

GDMT継続の根拠:

  • TRED-HF試験: LVEFが改善したHFrEF患者でGDMTを段階的に中止したところ、半年以内に44%の患者でLVEFが10%以上低下し、心不全が再発しました。これは、LVEFの改善が基礎にある心筋の脆弱性の治癒を意味するわけではなく、GDMTによる持続的な薬理学的サポートに依存していることを示唆しています17
  • 観察研究: 複数の観察研究でも、β遮断薬やRAS阻害薬の中止が、心機能の再悪化や長期的な有害事象のリスク増加と関連していることが一貫して報告されています。

減薬・中止を検討しうる例外的状況:

原則としてGDMTの継続が標準治療ですが、以下のような状況では、専門医の厳密な監督下で慎重な減薬・中止が検討されることがあります。

  • 重篤な副作用・不耐容: 薬剤の忍容性が著しく低く、代替薬もない場合(例:難治性の低血圧、高度徐脈、重度の腎機能障害や高カリウム血症)。
  • 合併症による禁忌の出現: 他の疾患の進行により、特定の薬剤が禁忌となった場合。
  • 緩和ケアへの移行: 患者の治療目標が予後改善から症状緩和へと完全に移行し、多剤併用(ポリファーマシー)による負担が利益を上回ると判断される場合。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を通じて、患者・家族と十分に話し合うことが不可欠です。

いずれの場合も、自己判断による中止は絶対に避け、綿密なモニタリング(定期的な心エコーやバイオマーカー測定)のもとで行われるべきです。

まとめ

心不全は、日本の高齢化社会が直面する大きな健康課題ですが、決して希望のない病気ではありません。最新の医学研究により、その理解と治療法は飛躍的に進歩しました。

エビデンスの質: 本記事で紹介した情報は、2025年版の日本循環器学会/日本心不全学会の公式ガイドラインを主軸とし、複数の国際的な大規模臨床試験やシステマティックレビューといった、GRADE評価で「高」または「中」レベルの質の高い科学的根拠に基づいています。

実践にあたって:

  • 予防が治療に勝る: 高血圧や腎臓病の段階から、心不全は始まっているという意識を持ち、早期対策を心がけましょう。
  • 自分のタイプを知る: 医師にLVEFを確認し、自分の心不全タイプに合った最新の標準治療を受けているかを確認することが重要です。
  • 自己管理が鍵: 日々の体重測定と塩分管理は、薬と同じくらい効果的な「治療」です。あなた自身が、治療チームの最も重要な一員なのです。

最も重要なこと: 本記事は正確な情報提供を目指していますが、個人の状態は一人ひとり異なります。具体的な治療や健康に関する判断は、必ず主治医と十分に相談の上で行ってください。

免責事項

本記事は、心不全に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別の患者様に対する医学的アドバイス、診断、または治療を推奨するものではありません。掲載された情報に基づいて自己判断で治療を開始、変更、または中断することは絶対におやめください。

記事の内容は2025年10月14日時点の情報に基づいており、医療情報は日々進歩するため、将来的には内容が古くなる可能性があります。ご自身の健康状態や症状に不安がある場合は、速やかに医療機関を受診し、専門家である医師の診察と指導を受けてください。

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  11. CiNii Research. 慢性心不全患者の症状悪化予防に関する生活調整. 2021. URL: https://cir.nii.ac.jp/crid/1050288547183082368 ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 2 (学術情報) |最終確認: 2025年10月14日
  12. 蕨循環器内科. 心不全は治療から予防へ 2025年改訂 最新の知見. 2025. URL: https://warabi-t.com/blog/… ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 2 (医療機関サイト) |最終確認: 2025年10月14日
  13. Heidenreich PA, Bozkurt B, Aguilar D, et al. 2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure. J Am Coll Cardiol. 2022;79(17):e263-e421. DOI: 10.1016/j.jacc.2021.12.012 | PMID: 35379503 ↩︎ ↩︎
    ステータス: OK |GRADE: 高 |Tier: 1 (国際ガイドライン) |最終確認: 2025年10月14日
  14. ベーリンガープラス. 心不全予防と治療のアルゴリズムが一新された『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』. 2025. URL: https://pro.boehringer-ingelheim.com/jp/… ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 3 (企業サイト) |最終確認: 2025年10月14日
  15. Varma P, Mamas MA, Dehbi HM, et al. The AHA/ACC/HFSA 2022 Heart Failure Guidelines. Eur Heart J. 2023;44(31):2885-2887. DOI: 10.1093/eurheartj/ehad296 | PMID: 37326532 ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 1 (解説) |最終確認: 2025年10月14日
  16. 日本循環器協会. ESC 診療ガイドライン – 急性・慢性心不全管理. 2022. URL: https://j-circ-assoc.or.jp/… ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 1 (国際ガイドライン翻訳) |最終確認: 2025年10月14日
  17. 北摂オンラインクリニック. 心不全ガイドライン(2025)の改訂点〜気になる8つのポイント〜. 2025. URL: https://hokusetsu-onlineclinic.com/news/1254/ ↩︎
    ステータス: OK |Tier: 2 (医療機関サイト) |最終確認: 2025年10月14日
  18. Anker SD, Butler J, Filippatos G, et al. Empagliflozin in Heart Failure with a Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med. 2021;385(16):1451-1461. DOI: 10.1056/NEJMoa2107038 | PMID: 34449189 ↩︎
    ステータス: OK |GRADE: 高 |Tier: 1 (RCT) |最終確認: 2025年10月14日

 

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