はじめに
日常生活のなかで続くしつこい咳や呼吸困難が見られる場合、肺や気道のトラブルが疑われます。そのなかでも、気管支が拡張してしまう「気管支拡張症」は、痰の過剰な蓄積や繰り返す感染症などにより、生活の質が大きく損なわれると報告されています。そこで本記事では、気管支拡張症がどのような原因で起こり得るのか、また人から人へうつる(感染する)可能性の有無について詳しく解説し、あわせて日常で気をつけるべき予防策についてもご紹介します。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本記事では、気管支拡張症に関する背景や症状に加え、気管支を傷めるさまざまな要因に目を向けながら、感染経路に関する理解を深めていきます。さらに、国内で生活するうえで役立つ実践的なセルフケアや医療機関の受診の目安についても、可能な限り掘り下げてみます。
専門家への相談
本記事の内容は、以下に示す複数の信頼性が高い医学文献や公的機関が示す資料(後述の参考文献欄)をもとにまとめています。しかし、あらゆる治療・予防の最終判断には、必ず医師や医療の専門家に相談することが大切です。特に、ここで示される情報だけでは不十分な臨床的根拠しか得られない場合もあるため、個別の症状や既往症がある方は早めの受診をご検討ください。
気管支拡張症とは?
気管支拡張症(Bronchiectasis)は、肺へと空気を運ぶ「気管支」が不可逆的に拡張・損傷を受け、慢性的に炎症や感染を繰り返す疾患です。気管支が拡がってしまうと、粘液が滞留しやすくなり、その結果、細菌やウイルスなどの病原体に感染しやすい環境ができあがります。症状としては、頑固な咳や痰が長く続き、呼吸困難・肺の感染症(肺炎など)を何度も引き起こすことがあります。
以下は、実際に気管支拡張症に至るまでに考えられる主要な原因を大きく2つのグループに分けてまとめたものです。
- 生まれつきの体質や遺伝(先天的要因)
- 後天的に得られる疾患・感染・生活環境など(後天的要因)
これらのうち、感染症が絡むケースは他者への感染可能性がまったくゼロではありません。一方、遺伝的な異常に起因するものなどは伝染性はなく、別のメカニズムで気管支が拡がります。以下で詳しく見ていきましょう。
気管支拡張症はうつるのか?
1. 先天的または遺伝的な要因で生じる場合

生まれつき気管支の機能が正常に働かない状態や、遺伝性の疾患が原因で気管支拡張症を引き起こすことがあります。具体的には下記のような症例が知られています。
-
線毛の異常
気管支表面に存在する細い毛状の突起(線毛)は、気道から異物や過剰な粘液を排出する重要な役割を担います。線毛自体の形成異常や機能不全(たとえば線毛不動症候群)があると、粘液の排出が著しく低下し、気管支が傷つきやすくなります。 -
Mounier-Kuhn症候群
気管支壁を支える結合組織の一部が先天的に異常をきたしているため、気管支が不自然に拡張してしまうまれな病態です。 -
Williams-Campbell症候群
気管支の軟骨構造に先天的な欠陥があり、吸気時に気管支が過度に広がり、呼気時に強く潰れてしまうことで進行的な損傷を負い、拡張へとつながります。 -
Yellow Nail症候群
先天的にリンパ系の発達や機能が低下し、特徴的に爪が黄色がかった色・形状になるほか、気管支拡張症を合併することがあります。 -
嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)
これは欧米で比較的よく知られる遺伝性の病気で、気道や消化管の粘液が強く粘稠化します。結果として肺内に痰が溜まりやすくなり、再発する感染症を経て気管支が拡張しやすくなります。
これらのように遺伝や先天的異常に起因する気管支拡張症は、感染症ではなく遺伝的素因によるものです。そのため、ほかの人にうつる心配はありません。ただし、親から子どもへと遺伝する可能性はあり得ます。
2. 後天的に起こる場合

a) 呼吸器感染症によるもの
気管支拡張症の原因として最も多いのが、細菌・ウイルス・真菌などによる気道感染症です。 統計的には、肺炎や百日咳、結核、はしかなどをきっかけに気管支拡張症が生じるケースが3分の1ほどにのぼるとも報告されています。こうした感染症は、原因微生物が別の人間にも伝播することが多いため、後天的要因で発症する気管支拡張症の中には人から人へうつる可能性があるタイプが確かに存在します。
たとえば、結核を引き起こす細菌(Mycobacterium tuberculosis)や、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)、ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)などは、咳やくしゃみを介して飛沫感染し得ます。こうした微生物の感染をきっかけに気管支が傷み、長年にわたり拡張が進行することもあるのです。よって、周囲の方と飛沫を共有しやすい環境の場合は、感染症対策が重要となります。
b) 免疫低下(HIV/AIDSなど)に伴うもの
免疫力が低下する先天的な免疫不全症候群や、後天的にHIV/AIDSにかかることで体内の防御機能が大きく弱まると、気道感染症に繰り返し罹患してしまうリスクが高まります。結果として、肺や気管支の組織に持続的なダメージが加わり、気管支拡張症へ進行しやすくなるのです。免疫力低下それ自体は伝染しませんが、肺感染症の病原体が周囲にうつるリスクは否定できません。
c) アスペルギルス症(Aspergillosis)
特定の真菌(Aspergillus fumigatus)に対してアレルギー反応を起こす「アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)」などは、吸い込んだ胞子により気管支が慢性的に炎症を起こし、最終的に拡張してしまいます。ただしアレルギー反応によって起こるケースそのものはうつりません。他者に伝染するのは菌自体の感染症パターンであって、アレルギーは個人の免疫反応によります。
d) 化学物質や有害な空気、異物の誤嚥
-
喫煙や大気汚染物質
長年にわたる喫煙習慣や、極度に汚染された空気を吸い込み続けることで気管支に障害が生じ、炎症・拡張が誘発される可能性があります。受動喫煙も含め、同じ環境で生活している家族が同時に気管支拡張症になりやすいのは、環境要因が似通っているためであって、感染とは無関係です。 -
誤嚥(食べ物や胃酸の侵入)
食事中に食べかすや液体が誤って肺に入り込むと、粘膜を刺激し、重篤な炎症が引き起こされます。これを繰り返すと気管支構造が変化し、拡張へ至ることがあるとされています。こうしたメカニズムは人から人へ伝染するものではありません。
e) 自己免疫疾患や慢性的な肺疾患
-
自己免疫疾患
関節リウマチやシェーグレン症候群、クローン病、潰瘍性大腸炎など、免疫が自分の組織を攻撃してしまう疾患を抱える場合、気道に炎症が及び気管支拡張症を合併する可能性があります。 -
慢性肺疾患(喘息やCOPDなど)
長年にわたり持続的な炎症や閉塞を生じていると、気管支自体が傷んで拡張へ進行することがあります。
以上から、気管支拡張症は必ずしも他者に感染するわけではありません。しかしながら、原因が感染症に由来するケースでは、その病原体(結核菌、インフルエンザ菌など)が周囲にうつる可能性がありますので、咳エチケットや衛生管理など適切な対策が求められます。
予防のポイント

前述のとおり、後天的に生じる気管支拡張症の多くは感染症が引き金になっており、適切な手段をとることである程度は予防できると考えられます。特に日本国内であっても、冬季や流行期にはインフルエンザやさまざまな呼吸器感染症が拡大しやすいので注意が必要です。以下のような対策を継続することが望ましいとされています。
-
定期的なワクチン接種
麻疹、百日咳、肺炎球菌感染症、インフルエンザなどに対するワクチンを適切な時期に接種すると、呼吸器感染症の発症リスクを大幅に下げられます。 -
呼吸器感染症の早期治療
軽い風邪や上気道炎と侮らず、長引く咳や発熱がある場合は早めに医療機関を受診することで、肺への進展を抑止できる可能性があります。 -
誤嚥事故への対応
食事中にむせることが多い人や、高齢者など嚥下機能が低下している場合は、異物が肺に入り込まないよう、姿勢や食形態(とろみ調整など)に配慮する必要があります。万が一、明らかに気道に入り込んだと思われる事態があれば、ただちに医療機関へ連絡しましょう。 -
喫煙を避ける・受動喫煙を減らす
タバコの煙には、有害物質が多く含まれます。周囲に喫煙者がいる環境では受動喫煙を避ける工夫をし、自分自身の喫煙はできるだけ早期の禁煙を目指すことが大切です。 -
マスク着用や防護
人混みや大気汚染が深刻な場所、化学物質を扱う職場などでは、なるべくマスクや呼吸用保護具を使用し、気管支を刺激する要因を避けましょう。 -
十分な水分と栄養摂取
水分をしっかり摂ることで痰が過度に粘稠化するのを防ぎやすくなります。また、バランスのとれた食事を心がけ、総合的な免疫力を高めることが大切です。
さらに深める最新の知見
気管支拡張症に関しては、ここ数年も研究が進められており、感染対策や合併症へのアプローチ、生活の質(QOL)に関する検証など、さまざまな角度から報告が出されています。いくつかの新しい研究例を挙げながら、その背景を簡単に見てみましょう。
-
代謝異常と気管支拡張症の関係
2022年にBMC Pulmonary Medicine誌に掲載された研究(Kim SYら、doi:10.1186/s12890-022-01884-x)では、大規模データベースを用いて、気管支拡張症の患者が代謝症候群(メタボリックシンドローム)を併発する頻度の増加を示唆しています。栄養バランスや内臓脂肪の蓄積などが気管支への慢性炎症に間接的な影響を与えている可能性が指摘されており、今後は生活習慣の改善が治療の一環としてさらに注目されるかもしれません。 -
心理的負担とQOLへの影響
2023年に同じくBMC Pulmonary Medicine誌で発表された報告(Crichton MLら、doi:10.1186/s12890-023-02321-2)では、気管支拡張症の患者が抱える心理的ストレス(慢性的な咳や周囲からの視線に伴うストレスなど)が、症状コントロールや治療アドヒアランスに大きく影響を与えると論じられています。日本国内でも、患者同士が情報を共有し合ったり、専門医への受診だけでなくカウンセリング体制の整備を検討したりと、多角的なサポートが期待されます。
これらの研究は欧米やアジア各国のデータが中心ですが、日本人にも一定の関連性があると考えられています。少なくとも、気管支拡張症と他の合併症との相互作用、あるいは精神的負担を軽減する医療連携の強化などは、国内でも今後ますます重要になるでしょう。
注意点と医師に相談すべきタイミング
-
長期にわたる咳や痰が続く
一般的な風邪や軽度の気道炎であれば、1~2週間程度で自然に回復することが多いですが、それ以上に慢性化している場合は、気管支拡張症の可能性を含め専門医の診断が必要です。 -
血痰や激しい呼吸困難
重症化しているサインかもしれません。気管支拡張症に限らず、結核や肺がん、心不全など、ほかの疾患が隠れている可能性も考えられます。 -
既存の自己免疫疾患や肺疾患を持っている
リウマチや炎症性腸疾患、喘息やCOPDなどの基礎疾患がある場合は、気管支拡張症を併発しているかどうか、定期的に医師と相談するのが望ましいでしょう。
結論と提言
気管支拡張症は、肺へ空気を運ぶ通路である気管支が不可逆的に拡張し、慢性的な炎症や感染を繰り返す疾患です。原因としては大きく二つに分けられ、
- 先天的または遺伝性
- 後天的な呼吸器感染症、免疫低下、生活環境、自己免疫疾患など
が挙げられます。感染症が誘因となった気管支拡張症に関しては、病原体が周囲にうつるリスクは確かに存在します。しかし、遺伝性やアレルギー反応などによるものは伝染性がないため、周囲への感染はほぼ起こりません。
一方で、日常生活においては、以下の点に気を配るだけでも感染や悪化を防ぎやすくなります。
- ワクチン接種(百日咳、肺炎球菌、インフルエンザなど)
- 感染症の早期治療・適切な対処
- 喫煙や有害物質の吸入を控える
- 誤嚥防止や栄養バランスの確保
- マスクや防護具を適宜使用する
症状が軽度であっても、長く続く咳や痰、あるいは呼吸困難などを感じたら、自己判断で放置せず医療専門家に相談してみてください。特に、基礎疾患がある方や高齢者の方は、より注意が必要です。
参考文献
- Giãn phế quản. http://www.benhvien103.vn/gian-phe-quan/ (アクセス日不明)
- Bronchiectasis. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK430810/ (アクセス日不明)
- Causes-Bronchiectasis. https://www.nhs.uk/conditions/bronchiectasis/causes/ (アクセス日不明)
- Overview-Bronchiectasis. https://www.nhs.uk/conditions/bronchiectasis/ (アクセス日不明)
- Bronchiectasis. https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/21144-bronchiectasis (アクセス日不明)
- Why have I got bronchiectasis? https://bronchiectasis.azurewebsites.net/learn/why-have-i-got-bronchiectasis/ (アクセス日不明)
- Kim SY, Shin J, Kim JH, et al. “Association between bronchiectasis and metabolic syndrome: A nationwide population-based study.” BMC Pulmonary Medicine. 2022;22(1):99. doi:10.1186/s12890-022-01884-x
- Crichton ML, Shoemark A, Chalmers JD. “Psychological burden in bronchiectasis.” BMC Pulmonary Medicine. 2023;23(1):72. doi:10.1186/s12890-023-02321-2
免責事項(重要)
本記事は、国内外の医学文献および公的機関の情報を参考に、一般的な知識として提供しています。診断や治療を含む具体的な医療行為を開始・変更する際は、必ず医師や医療専門家にご相談ください。 本記事はあくまで情報提供を目的としており、個別の病態やリスクに対する最終的な判断を示すものではありません。すでに慢性の呼吸器疾患や自己免疫疾患などをお持ちの方、咳・痰・胸部の違和感が長期間続いている方は、早めに医療機関を受診し、専門医の指導のもとで適切な検査や治療方針を検討することを強く推奨いたします。
以上の内容を踏まえ、気管支拡張症に関する知識が少しでも多くの方の健康管理に役立つことを願っています。くれぐれもご自身の判断だけで対処するのではなく、医師や専門家の意見を取り入れたうえで最善のケアを続けてください。