この記事を信頼できる理由
本記事は、JapaneseHealth編集部がAI支援ツールを活用し、人間の専門家による厳格な検証を経て作成しました。提示されるすべての医学的情報は、下記のTier A/B(最高品質)の情報源に基づいています。編集プロセスでは、日本国内の診療実態との適合性(Japan-fit)を最優先し、薬機法および医療広告ガイドラインを遵守しています。
医学的レビュー担当者:
櫻井 裕幸 教授 (日本大学医学部附属板橋病院 呼吸器外科)
資格: 日本呼吸器学会 呼吸器専門医・指導医、日本胸部外科学会 外科専門医・指導医、気管支鏡専門医・指導医(79)
この記事の科学的根拠
この記事は、インプットされた研究報告書で明示的に引用されている、最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいて作成されています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 英国胸部疾患学会 (British Thoracic Society, BTS): 本記事における悪性胸水や胸膜感染症の管理に関する推奨は、同学会が発行した2023年の最新ガイドラインに準拠しています(16)。
- 米国胸部疾患学会 (American Thoracic Society, ATS): 悪性胸水の管理、特に在宅留置カテーテル(IPC)と胸膜癒着術の選択に関する指針は、同学会の2018年版診療ガイドラインを参考にしています(18)。
- 日本呼吸器学会・日本胸部外科学会 (JRS/JACSURG): 日本国内における胸水、特に結核性胸膜炎や膿胸の診断・治療に関する記述は、これらの日本の主要な医学会の公式見解やガイドラインに準拠しています(611)。
- AccessMedicine / Harrison’s Principles of Internal Medicine: 胸水の病態生理、漏出性・滲出性の分類といった基本的な医学的概念は、世界的に標準的な医学教科書に基づいています(4)。
この記事の要点
- 胸水は独立した病名ではなく、がん、心不全、肺炎など様々な基礎疾患が引き起こす一つの「徴候」です。
- 診断における最初の重要なステップは、胸水を採取(胸腔穿刺)し、それが全身性の問題を示唆する「漏出性」か、局所的な問題を示唆する「滲出性」かを鑑別することです。
- 症状のある悪性胸水に対しては、在宅で管理可能な留置カテーテル(IPC)とタルクを用いた胸膜癒着術が、肺が膨らむ場合には同等の選択肢とされています(16)。肺が膨らまない「被包肺」の場合は、IPCが優先されます(16)。
- 胸膜感染症の治療は、抗生物質とドレナージが基本です。国際的には線維素溶解療法(tPA–DNase)が考慮されますが、日本では多くが保険適用外です(11)。
- 胸水の予後は原因疾患に大きく左右されます。特に悪性胸水の場合、予後は個々の状況(がん種、全身状態、治療反応性)によって大きく異なるため、画一的な期間を示すことは避けるべきです(20)。
胸水とは何か?基本的なメカニズムを理解する
胸水を正しく理解するためには、まず肺が収められている胸の中の構造を知ることから始めます。
1. 胸水とは?簡単な例えで解説
胸水(きょうすい)とは、肺の外側を覆う「臓側胸膜(ぞうそくきょうまく)」と、胸壁の内側を覆う「壁側胸膜(へきそくきょうまく)」という2枚の薄い膜の間に存在する「胸膜腔(きょうまくくう)」に、液体が異常に蓄積した状態を指します。
この胸膜腔には、健康な人でも通常5〜15mL程度の液体が存在します。これは潤滑油の役割を果たし、呼吸の際に肺が胸壁に対してスムーズに動けるように助けています(4)。この液体の量が正常範囲を超えて増加した状態が、「胸水」または「胸水貯留」と呼ばれるものです(35)。
2. 胸膜腔:体を支える重要な「陰圧」空間
胸膜腔は単なる潤滑スペースではありません。呼吸器系の重要な構成要素であり、大気圧に対して常に陰圧に保たれています。この陰圧のおかげで、肺はしぼんでしまうことなく(無気肺)、息を吐ききった後でも広がった状態を維持できます。いわば「吸盤」のような役割を果たしているのです(4)。
この空間内の液体は、常に一定のサイクルで循環しています。壁側胸膜の毛細血管から産生され、同じく壁側胸膜にあるリンパ管によって吸収されます。この産生と吸収の繊細なバランスが崩れ、産生が過剰になるか、吸収が低下すると胸水が発生します(4)。
3. 最初の重要な鑑別:漏出性 vs 滲出性
胸水の原因を診断する上で最も重要な最初のステップは、たまっている液体がどのような性質のものかを見極めることです。これは通常、胸腔穿刺(きょうくうせんし)という手技で採取した液体を分析して判断します。胸水は、大きく分けて「漏出性」と「滲出性」の2つのカテゴリーに分類されます(36)。
- 漏出性(ろうしゅつせい)胸水: これは、胸膜自体の問題ではなく、体内の圧力バランスの異常によって血管から「漏れ出てきた」水分の多い液体です。タンパク質が少なく、主な原因はうっ血性心不全による静水圧の上昇や、肝硬変・腎臓病による血中タンパク質の低下などです(4)。
- 滲出性(しんしゅつせい)胸水: こちらは、胸膜に影響を与える局所的な病変によって活発に「分泌された」タンパク質が豊富な液体です。感染症やがんに伴う炎症により、胸膜の毛細血管の透過性が高まり、タンパク質や細胞成分が胸膜腔へ漏れ出すことで生じます。主な原因には、肺炎、結核、がん、自己免疫疾患などがあります(4)。
この2種類を区別することは、その後の検査方針を決定する上で極めて重要です。その鑑別のために世界的に用いられているのが「Lightの基準(Light’s Criteria)」です(5)。
基準(1つ以上満たせば滲出性の可能性が高い) | 詳細 | 典拠 |
---|---|---|
胸水蛋白 / 血清蛋白 比 | 胸水中の蛋白濃度と血清中の蛋白濃度の比が0.5を超える。 | (5) |
胸水LDH / 血清LDH 比 | 胸水中の乳酸脱水素酵素(LDH)値と血清中のLDH値の比が0.6を超える。 | (5) |
胸水LDH値 | 胸水中のLDH値が、血清LDHの正常上限値の3分の2を超える。 | (5) |
注意点として、心不全の患者さんが利尿薬を服用している場合など、本来は漏出性である胸水がこれらの基準によって滲出性と誤分類されることがあります。このような曖昧なケースでは、血清と胸水のアルブミン濃度の差(SPAG)や、胸水中のNT-proBNP値などの追加マーカーを用いて、より正確な診断を行います(5)。
胸水の原因:多岐にわたる疾患のサイン
胸水はそれ自体が病気ではなく、何らかの基礎疾患の存在を示すサインであることを理解することが極めて重要です(35)。原因となりうる疾患のリストは非常に長く、ほぼすべての医学分野に及びます。診断プロセスは、漏出性か滲出性かの鑑別から始まり、患者さんの臨床像や追加検査に基づいて可能性を絞り込んでいきます。原因は数十にも及びますが、特に日本においては、いくつかの疾患が大部分を占めています(4)。
原因カテゴリー | 具体的な疾患 | 種類 | 日本における有病率・特徴 | 典拠 |
---|---|---|---|---|
悪性(がん) | 肺がん、乳がん、リンパ腫、中皮腫、卵巣がんなど | 滲出性 | 滲出性胸水の主要な原因。日本では肺がんが約35-43%、次いで乳がんが23-25%を占める。悪性胸水の治療を要する患者は年間約20,000人と推定される。 | (627) |
感染性 | 肺炎随伴性、膿胸、結核性胸膜炎 | 滲出性 | 肺炎に伴う胸水は一般的。多くの西欧諸国と異なり、日本では依然として結核が胸水の重要な原因であり、常に鑑別に挙げる必要がある。 | (56) |
うっ血性心不全 | 左心不全 | 漏出性 | 世界的に、そして日本においても漏出性胸水の最も一般的な原因。典型的には両側に胸水がたまる。 | (4) |
肝性胸水 | 腹水を伴う肝硬変 | 漏出性 | 進行した肝疾患の患者に発生。腹腔内の液体(腹水)が横隔膜の小さな欠損孔を通って胸腔内に移動する。 | (4) |
肺塞栓症 | 肺動脈の血栓 | 漏出性または滲出性 | 抗凝固薬による特異的な治療を要するため、迅速な診断が重要。他の原因と症状が似ることがある。 | (4) |
膠原病 | 関節リウマチ、全身性エリテマトーデス(SLE) | 滲出性 | 自己免疫疾患の既往がある患者で重要な鑑別疾患。全身性の炎症の一症状として現れる。 | (4) |
主要な原因の詳細解説
- 悪性胸水 (Malignant Pleural Effusion): 胸水中にがん細胞が存在することは、がんが胸膜に転移したことを意味し、多くのがん(例:肺がん)では進行期(ステージIV)にあることを示します。これは予後に影響しますが、その程度は原発がんの種類、患者さんの全身状態、そして化学療法や分子標的薬などの全身治療への反応性によって大きく異なります(20)。個々の状況を考慮することが極めて重要です。
- 肺炎随伴性胸水・膿胸 (Parapneumonic Effusion & Empyema): これは肺炎に関連した一連の胸膜感染症を指します。最初は単純な無菌性の液体貯留から始まりますが、感染が制御されないと細菌が胸腔内に侵入し、液体はより炎症性が強くなり、小部屋(線維性隔壁)を形成することがあります。最も進行した段階が膿胸(のうきょう)で、これは胸腔内に明らかな膿がたまっている状態です(39)。迅速な診断とドレナージ(排液)が、長期的な合併症を防ぐ鍵となります。
- 結核性胸膜炎 (Tuberculous Pleurisy): この状態は通常、多数の結核菌が直接胸膜を感染させるものではなく、胸膜腔に到達した結核菌のタンパク質に対する体の免疫反応(遅延型過敏反応)が主な原因と考えられています(37)。そのため、胸水の塗抹検査で結核菌が直接検出されることは稀です。胸水は特徴的に、リンパ球が多数を占める滲出性です。日本では依然として重要な鑑別診断となります(6)。
症状と受診の目安
胸水の症状は、貯留した液体の量と炎症の程度に直接関係します。少量の胸水は全く症状を引き起こさず、他の理由で行われた胸部X線検査で偶然発見されることもあります(4)。
1. 一般的な症状
- 息切れ(Dyspnea): 特に多量の胸水で最も一般的な症状です。たまった液体が肺を圧迫し、十分に膨らむ能力を低下させることが原因です(4)。
- 胸痛(Chest Pain): しばしば「胸膜性」と表現される、深呼吸や咳で悪化する鋭い痛みが特徴です。この痛みは胸膜の炎症(胸膜炎)を示唆します(4)。
- 咳(Cough): 痰を伴わない空咳(乾性咳嗽)がしばしば報告されます(4)。
- 発熱(Fever): 悪寒や胸痛を伴う発熱は、肺炎や結核などの感染性の原因を強く示唆します(6)。
2. 受診の目安となる症状
以下のような症状に気づいた場合は、速やかに医療機関を受診することを推奨します。これらは胸水の可能性を含め、精査が必要な徴候です。
- 新たに出現し、原因がはっきりしない息切れ。
- 安静にしていても続く、または徐々に悪化する息苦しさ。
- 深呼吸や咳をすると悪化する、鋭い胸の痛み。
- 原因不明の発熱が続く場合、特に咳や胸痛を伴うとき。
症状が軽度でも持続する場合は、悪性胸水のようにゆっくりと進行する重篤な状態も考えられるため、受診が推奨されます(31)。
診断のプロセス:原因を突き止めるまでの流れ
胸水の診断は、非侵襲的な検査から始め、必要に応じてより専門的な手技へと進む体系的なプロセスです。目標は、液体の存在を確認するだけでなく、その根本原因を特定することにあります。
1. 初診と身体診察
診断は問診から始まります。医師は、がん、心臓病、肝臓病などの既往歴や、アスベストなどの職業的曝露歴について詳しく尋ねます。身体診察では、聴診器で呼吸音の減弱を確認したり、胸を指で叩く打診で濁った音を聞き取ったりすることで、胸水の存在を示唆する所見を得ることがあります(4)。
2. 画像検査:液体を可視化する
- 胸部X線検査: ほぼ常に最初に行われる画像検査です。液体の存在や量、さらには肺炎や腫瘍といった原因となりうる肺の異常を明らかにすることができます(24)。
- 胸部CTスキャン: CTスキャンは、より詳細な胸部の断層像を提供します。胸膜の性状(肥厚や結節など)の評価や、小さな液体のポケット(線維性隔壁)の同定において、X線よりも優れています。
- 超音波(エコー)検査: 胸部超音波検査は、胸水管理において極めて重要なツールです。ベッドサイドで液体の存在を確認し、その量や性状を評価し、胸腔穿刺のための安全な穿刺部位を特定するために使用されます。超音波ガイドは、処置の安全性を劇的に向上させ、気胸などの合併症リスクを大幅に減少させるため、すべての主要な国際ガイドラインで強く推奨されています(516)。
3. 胸腔穿刺:診断の鍵を握る手技
胸水の原因がすでに明らかな場合(例:既知の重度の心不全)を除き、診断のためには胸腔穿刺がほぼ常に必要です(4)。この手技は、胸壁を通して胸膜腔に細い針を挿入し、分析のために液体サンプルを採取するものです(30)。診断目的だけでなく、大量の液体を排出することで息切れを即座に緩和する治療目的も兼ねます。
4. 胸水分析:原因を解明する
採取された液体は、一連の臨床検査によって詳細に分析されます。
- 外観: 麦わら色(漏出性)、血性(外傷や悪性腫瘍を示唆)、または膿のような濃厚で不透明な液体(膿胸)など、見た目が初期の手がかりとなります(30)。
- 化学的検査: 蛋白とLDHを測定し、Lightの基準を適用して漏出性と滲出性を鑑別します。グルコース値が非常に低い場合は、感染症、悪性腫瘍、または関節リウマチを示唆することがあります(4)。
- 微生物学検査: 液体を顕微鏡で検査(グラム染色)し、培養して細菌を特定します。胸膜感染が疑われる場合、ベッドサイドで液体を血液培養ボトルに接種すると診断率が向上します(5)。
- 細胞診: 病理医が悪性細胞を探します。悪性胸水に対する1回のサンプルでの診断率は約60%です。2回目の検査で診断率は向上しますが、最初の2回が陰性の場合、3回目のサンプルが診断に寄与することは稀です(5)。
- バイオマーカー: 特定のマーカーも有用です。アデノシンデアミナーゼ(ADA)の高値は結核性胸膜炎を強く示唆し(5)、NT-proBNPの高値は胸水が心不全によるものであることを確認するのに役立ちます(5)。
5. 液体だけでは不十分な場合:胸膜生検
特に悪性胸水が疑われるケースで、胸水分析だけでは確定診断に至らないことがあります。その場合、胸膜自体の組織サンプルを得る胸膜生検が次のステップとなります。
- 画像ガイド下生検: CTスキャンや超音波のガイド下に針生検を行い、胸膜の異常部位から確実にサンプルを採取します。
- 胸腔鏡検査: 原因不明の滲出性胸水を診断するための標準的な最良の方法(ゴールドスタンダード)です。胸部に小さなカメラ(胸腔鏡)を挿入する低侵襲な外科手技で、胸膜表面全体を直接視認し、疑わしい領域から標的生検を行うことができます。この手技は悪性胸水と結核の両方に対して最も高い診断率を誇ります(5)。通常、短期間の入院が必要です(3)。
専門外来という選択肢
胸水の診断や治療は多岐にわたり、専門的な判断を要します。日本では、日本大学医学部附属板橋病院のように、国内でも珍しい「胸水外来」を設置し、診断に難渋する症例や治療に悩む患者さんのための専門診療を行っている施設もあります(78)。原因がはっきりしない、あるいは治療がうまくいかない場合は、このような専門外来への相談も一つの有力な選択肢です。
包括的な治療戦略
胸水の治療は、液体貯留の原因となっている基礎疾患を管理することと、必要に応じて液体自体に直接対処して症状を緩和するという、二つのアプローチからなります。
1. 基本原則:基礎疾患の治療
治療の最も重要な要素は、胸水の根本原因に対処することです。これが永続的な解決を得る唯一の方法です。具体的には、心不全に対する利尿薬の投与、肺炎に対する適切な抗生物質、結核に対する抗結核薬、またはがんに対する全身治療(化学療法、分子標的薬、免疫療法など)を指します(6)。
2. 対症療法:治療的ドレナージ(排液)
重度の息切れを引き起こす大量の胸水を持つ患者さんにとって、液体を排出することは迅速かつ劇的な症状緩和をもたらします(4)。これは大量胸腔穿刺や胸腔ドレーン留置によって行われます。
排液中の安全上の注意点として、液体を一度に大量に除去しすぎないことが挙げられます。これは「再膨張性肺水腫」という稀ですが重篤な合併症を防ぐためです。伝統的に1,000〜1,500mLという上限が目安とされてきましたが、近年のエビデンスでは、固定された量よりも患者さんの症状や胸腔内圧をモニタリングしながら行うことが重視される傾向にあります(46)。
3. 原因別の特異的治療プロトコル
治療戦略は、胸水の原因によって非常に特異的になります。特に複雑なのは、悪性胸水と胸膜感染症です。
A) 悪性胸水の管理
悪性胸水は進行がんの兆候であるため、治療の主目的は治癒から緩和へと移行します。焦点は、息切れなどの症状を和らげ、患者さんの生活の質(QOL)を改善・維持することに置かれます(20)。
- 無症状の悪性胸水: 発見された悪性胸水が何の症状も引き起こしていない場合、すべての主要なガイドラインで、それを能動的に治療すべきではないとされています。介入はリスクを伴うだけで臨床的な利益をもたらさないためです(18)。
- 症状のある悪性胸水: 息切れが生じている患者さんには、液体の再発を防ぐための2つの主要な第一選択治療があります。
- ガイドラインの統合と共同意思決定: 近年の主要な国際ガイドライン(BTS 2023, ATS 2018)は、肺が完全に膨らむことができる患者において、IPCとタルク胸膜癒着術を同等の第一選択肢と見なしています(1618)。どちらを選択するかは、患者さんの好みやライフスタイルを考慮した共同意思決定のプロセスであるべきです。
- 非膨張性肺(「被包肺」): 悪性胸水の約30%のケースで、肺の表面に線維性の膜が形成され、液体を抜いても肺が完全に膨らまなくなります。このような場合、胸膜癒着術は効果がありません。これらの患者さんには、症状を管理するためにIPCが強く推奨されます(16)。
B) 胸膜感染症(肺炎随伴性胸水/膿胸)の管理
胸膜感染症の管理の基本は、抗生物質とドレナージです。
- 抗生物質: 適切な静脈内抗生物質の迅速な開始が不可欠です(5)。
- ドレナージ: 液体が明らかな膿である場合、グラム染色で細菌が見られる場合、または液体のpHが7.20未満の酸性である場合にドレナージが適応となります(516)。
- 胸腔内線維素溶解療法: 感染した胸水が線維性のポケット(線維性隔壁)を形成し、単純なドレナージを妨げることがあります。このような状況では、国際ガイドラインはt-PA(血栓溶解薬)とDNase(膿を薄める酵素)の併用を胸腔内に注入することを検討するよう推奨しています(16)。(日本国内の状況): ただし、日本のガイドライン(JACSURG)では、この治療法は本邦では多くが保険適用外使用と分類されており、その有効性を認めつつも「推奨度を決定できない」としています(11)。
- 手術: 内科的治療が奏効しない場合、手術が必要になります。低侵襲なVATS(ビデオ支援胸腔鏡下手術)が初期の外科的治療法として好まれます(11)。慢性化した場合は、より広範な肺剥皮術が必要になることがあります(5)。
病態 | 推奨 | 国際ガイドラインの立場 (BTS/ATS) | 日本のガイドラインの立場/ニュアンス (JACSURG/JLCS) |
---|---|---|---|
悪性胸水 (MPE) | 症状があり、肺が膨らむ場合の第一選択治療 | IPCまたはタルク胸膜癒着術。両者は同等の第一選択肢。選択は共同意思決定に基づくべき。(強く推奨)(16) | 症状緩和のための局所療法(ドレナージ/胸膜癒着術)が推奨される。タルクは推奨薬剤。IPCを同等の第一選択肢として明確に強調する考え方は、一部の診療現場ではまだ発展途上。(6) |
悪性胸水 (MPE) | 非膨張性肺の治療 | IPCが明確な治療選択肢。(強く推奨)(16) | 国際ガイドラインと一致。IPCがこのシナリオの標準的アプローチ。 |
胸膜感染症 (膿胸) | 線維性隔壁を伴う胸水の胸腔内治療 | ドレナージが不十分な場合、tPA-DNaseの併用を考慮すべき。(条件付き推奨)(16) | 国際的なエビデンスを認めつつも、日本では保険適用外使用。そのため、推奨度は「決定不能」と記載。(11) |
胸膜感染症 (膿胸) | 外科的管理 | 開胸手術よりもVATSが好ましい。(条件付き推奨)(16) | 急性膿胸に対するVATS剥皮術は強く推奨される。(11) |
予後と日常生活
胸水患者さんの長期的な見通しは、その根本原因に完全に依存します。
1. 予後は原因と連動する
- 感染性/炎症性の原因: 肺炎などが原因の場合、適切かつ迅速な治療により予後は一般的に良好で、多くの患者さんは完全に回復します(6)。
- 全身性疾患(例:心不全): 予後は、基礎となる全身性疾患の重症度と管理に連動します。心不全をコントロールすることが、胸水をコントロールすることにつながります。
- 悪性胸水: 予後はより慎重に考える必要があります。悪性胸水と診断された後の生存期間は、原発がんの種類、全身状態(パフォーマンスステータス)、そして全身治療への反応性によって非常に大きく異なります。特定の期間を一概に示すことはできず、個々の患者さんの状況に基づいた見通しを主治医と話し合うことが重要です(20)。ケアの焦点は、症状を管理し、生活の質を最大化することに置かれます。
2. 生活の質の向上
慢性的または再発性の胸水を持つ患者さん、特にIPCで管理されている悪性胸水の患者さんにとって、QOLの維持は最優先事項です。患者さんとそのご家族は、自宅でカテーテルを管理する方法についてトレーニングを受け、これにより自立を促し、通院の負担を減らすことができます(16)。目標は、患者さんができるだけ充実した生活を送れるようにすることです。
よくある質問 (FAQ)
Q1: 胸水の検査には入院が必要ですか?
A: 必ずしもそうではありません。胸部X線や超音波、診断目的の胸腔穿刺は、多くの場合、外来で行うことが可能です。しかし、胸腔鏡検査のようなより精密な診断手技や、胸膜癒着術のような治療には、通常、短期間の入院が必要です(3)。
Q2: 胸水を抜く処置(胸腔穿刺)のリスクは?
A: この処置は、特に超音波ガイド下で行われる場合、一般的に安全とされています。最も一般的なリスクは気胸(肺の虚脱)ですが、発生率は低いです。その他の稀なリスクには、出血、感染などがあります。医療チームはこれらのリスクを最小限に抑えるために万全の注意を払います(18)。
Q3: 一度治療しても胸水は再発しますか?
A: はい、基礎となる原因が制御されない限り、再発の可能性があります。これは特に悪性胸水で顕著であり、持続的に再発する傾向があります。まさにこの理由から、胸膜癒着術やIPCのような、再発を予防または管理するために設計された確定的な治療が用いられます(20)。
Q4: 悪性胸水で症状がなければ、治療は不要ですか?
A: はい、その通りです。悪性胸水があっても息切れなどの症状が全くない場合は、治療介入は推奨されません。治療にはリスクが伴う一方、症状がないためQOLの改善という利益が得られないためです。経過観察と全身治療が優先されます(18)。
Q5: Lightの基準とは何ですか?
A: 胸水が「滲出性」か「漏出性」かを鑑別するための、世界的に用いられている3つの指標セットです。胸水と血液中のタンパク質とLDH(乳酸脱水素酵素)の比率や絶対値に基づいています。この分類は、その後の診断アプローチを決定する上で非常に重要です(5)。
(研究者・医学生向け)Q6: RAPIDスコアとは何ですか?
A: RAPIDスコアは、胸膜感染症患者の死亡リスクを層別化するための予後予測ツールです。項目は、腎機能(Renal, Urea)、年齢(Age)、膿性の有無(Purulence)、感染源(Infection source)、食事性アルブミン(Dietary albumin)の頭文字から成り立っています。このスコアは、治療方針の決定や患者さんへの説明に役立つ可能性があります(16)。
結論
胸水は、それ自体が病気ではなく、心不全、肺炎、そしてがんといった多岐にわたる基礎疾患の重要なサインです。診断の鍵は、胸腔穿刺によって採取した液体を分析し、全身性の問題(漏出性)か局所的な肺や胸膜の問題(滲出性)かを迅速に判断することにあります。治療は、原因疾患へのアプローチが基本となりますが、息切れなどの苦痛な症状を和らげるためのドレナージも同様に重要です。特に、繰り返し貯留する悪性胸水の管理においては、患者さんの生活の質(QOL)を最優先に考え、在宅での管理が可能なIPCや胸膜癒着術といった選択肢について、医師と患者さんが十分に話し合い、共に最適な治療方針を決定する「共同意思決定」が現代医療の主流となっています。胸水と診断された場合、その原因や治療法、そして今後の見通しについて不安を感じることは当然です。本記事が提供する正確で詳細な情報が、ご自身の状態を理解し、前向きに治療に取り組むための一助となることを心から願っています。
免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
- メディカルノート. 胸腔鏡検査. メディカルノート. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://medicalnote.jp/checkups/191021-005-WH ↩︎
- Bhatt M, Bollu PC. Pleural Effusion. In: Papadakis MA, McPhee SJ, Rabow MW, McQuaid KR, eds. Current Medical Diagnosis & Treatment 2024. McGraw Hill; 2024. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://accessmedicine.mhmedical.com/content.aspx?bookID=3343§ionId=279903172 (Paywalled) ↩︎
- Porcel JM, Valdés L, Bover-Lleal A, et al. Diagnosis and Treatment of Pleural Effusion. Recommendations of the Spanish Society of Pulmonology and Thoracic Surgery. Update 2022. Arch Bronconeumol. 2023;59(3):171-181. doi:10.1016/j.arbres.2022.12.013 ↩︎
- 一般社団法人日本呼吸器学会. G-01 胸膜炎 – G. 胸膜疾患. 日本呼吸器学会. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/g/g-01.html ↩︎
- 日本大学医学部附属 板橋病院. 肺がん 呼吸器外科. 日本大学医学部附属 板橋病院 がんの治療法. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.itabashi.med.nihon-u.ac.jp/cancer_treatment/lung/surgery.html ↩︎
- 日本大学医学部内科学系 呼吸器内科学分野. 2019年7月1日より「外科・胸水外来」を新たに開設いたしました. [インターネット]. 2019年7月1日. [2025年6月20日引用]. Available from: https://nichidai-kokyukigeka.com/2019/07/01/2019%E5%B9%B47%E6%9C%881%E6%97%A5%E3%82%88%E3%82%8A%E3%80%8C%E5%A4%96%E7%A7%91%E3%83%BB%E8%83%B8%E6%B0%B4%E5%A4%96%E6%9D%A5%E3%80%8D%E3%82%92%E6%96%B0%E3%81%9F%E3%81%AB%E9%96%8B%E8%A8%AD%E3%81%84/ ↩︎
- 日本大学医学部内科学系 呼吸器内科学分野. スタッフ紹介 – 教室紹介. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://nu-respiratory.jp/about/staff/ ↩︎
- 日本呼吸器外科学会. 膿胸治療ガイドライン. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: http://www.jacsurg.gr.jp/info/guideline/empyema2022.pdf (Note: 原稿の/committee/…リンクは不安定なため、より安定した/info/…下のリンクに更新) ↩︎
- Roberts ME, Rahman NM, Maskell NA, et al. British Thoracic Society Guideline for pleural disease. Thorax. 2023 Nov;78(11):1143-1162. doi:10.1136/thorax-2023-220304 ↩︎
- Feller-Kopman D, Reddy CB, DeCamp MM, et al. Management of Malignant Pleural Effusions. An Official ATS/STS/STR Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2018 Oct 15;198(8):e72-e92. doi:10.1164/rccm.201807-1415ST ↩︎
- Reddy C, Feller-Kopman D, DeCamp M, et al. Summary for Clinicians: Clinical Practice Guideline for Management of Malignant Pleural Effusions. Ann Am Thorac Soc. 2018 Dec;15(12):1377-1380. doi:10.1513/AnnalsATS.201809-601CME ↩︎
- Asciak R, Breen RA, Feller-Kopman DJ, et al. Management of Malignant Pleural Effusion in 2024: A Definitive and Unified Global Approach. JCO Oncol Pract. 2024 Oct;20(10):OP2400925. doi:10.1200/OP.24.00925 ↩︎
- 日本肺癌学会. Ⅱ.治 療 – 肺癌診療ガイドライン2020年版. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.haigan.gr.jp/publication/guideline/examination/2020/2/2/200202030100.html ↩︎
- 厚生労働省. 重篤副作用疾患別対応マニュアル. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1b17.pdf ↩︎
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 (PMDA). ユニタルク胸膜腔内注入用懸濁剤 4 g に関する資料. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.pmda.go.jp/drugs/2013/P201300109/620095000_22500AMX01801000_G100_1.pdf ↩︎
- MSDマニュアル家庭版. 胸水 – 07. 肺と気道の病気. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/07-%E8%82%BA%E3%81%A8%E6%B0%97%E9%81%93%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E8%83%B8%E8%86%9C%E7%96%BE%E6%82%A3/%E8%83%B8%E6%B0%B4 ↩︎
- メディカルノート. 胸膜炎について. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://medicalnote.jp/diseases/%E8%83%B8%E8%86%9C%E7%82%8E ↩︎
- みんなの家庭の医学 WEB版. 胸水. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://kateinoigaku.jp/disease/840 ↩︎
- 今日の臨床サポート. 胸水 | 症状、診断・治療方針まで. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. Available from: https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=869 ↩︎
- Jany B, Welte T. Pleural effusion in adults-etiology, diagnosis, and treatment. Dtsch Arztebl Int. 2019 May 24;116(21):377-386. doi:10.3238/arztebl.2019.0377 ↩︎
- Corlateanu A, et al. Pleural Infection: Diagnosis, Management, and Future Directions. J Clin Med. 2025 Feb 28;14(5):1685. doi:10.3390/jcm14051685 ↩︎
- American Thoracic Society. Management of Malignant Pleural Effusions. 1987. [インターネット]. [2025年6月20日引用]. (注: 本参考文献は歴史的背景として保持しますが、現代の臨床推奨には新しいガイドライン(16, 18)を優先して引用しています) ↩︎
- Feller-Kopman D, Berkowitz D, Boiselle P, Ernst A. Large-volume thoracentesis and the risk of reexpansion pulmonary edema. Ann Thorac Surg. 2007 Nov;84(5):1656-61. doi:10.1016/j.athoracsur.2007.06.038 (Note: 1987年の情報源より新しいエビデンスとして引用) ↩︎
更新履歴 (Update Log)
本記事は、最新の医学的エビデンスを反映するために定期的に更新されます (Living Review)。
- 2025-10-03: JP-ADAPT V4.4Jのレビューに基づき全面改訂。参考文献を最新の国際・国内ガイドライン(BTS 2023, ATS 2018, JACSURG 2022)に更新。特に「予後」に関する記述を中立化し、Tier A/B典拠に準拠。可読性向上のため、診断・治療のセクションをマイクロフラグメンテーション化。E-E-A-T強化のため、Why Trust Box、参考文献の双方向リンク(↩︎)を追加。