【医師・公認心理師監修】催眠療法の科学|効果・エビデンス・費用・保険適用までを徹底解説
精神・心理疾患

【医師・公認心理師監修】催眠療法の科学|効果・エビデンス・費用・保険適用までを徹底解説

多くの方が「催眠」と聞くと、怪しげなショーや意識を操られるといった、非科学的で少し怖いイメージを思い浮かべるかもしれません。しかし、現代の医療や心理学の世界において、催眠療法(ヒプノセラピー)は、その科学的根拠に基づき、心身の様々な問題に対する有効な治療選択肢の一つとして真剣に研究・応用されています。この記事は、催眠療法に対する漠然とした不安や誤解を払拭し、最新の科学的エビデンスに基づいた正しい知識を提供することを目的としています。米国心理学会(APA)のような権威ある機関の定義から1、日本の主要な学術団体である日本催眠医学心理学会の見解2、そして複数の高品質な研究を統合したメタアナリシス3に至るまで、信頼できる情報源のみを基に、催眠療法の効果、安全性、そして日本国内で治療を受ける際の具体的な注意点までを、専門的かつ分かりやすく徹底的に解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、下記に挙げるような最高品質の医学的エビデンスに明示的に依拠しています。本記事で提示される医学的指針は、引用元の研究報告書で言及された実際の情報源のみに基づいています。

  • Rosendahl et al. (2024) メタアナリシス: この記事における、医療処置中の苦痛緩和や疼痛管理に関する催眠療法の有効性の記述は、49のメタアナリシスを統合レビューしたこの研究に基づいています3
  • Thompson et al. (2019) メタアナリシス: 慢性的な痛みに対する催眠療法の有効性に関する記述は、85の臨床試験を分析したこの研究によって裏付けられています4
  • Valentine et al. (2019) メタアナリシス: 不安障害に対する催眠療法の効果に関する記述は、15の研究を統合したこの分析に基づいています5
  • North American Menopause Society (NAMS): 更年期症状(ほてり)に対する催眠療法の推奨に関する記述は、本学会が最高レベルのエビデンス(レベルI)として認めたガイドラインに基づいています4
  • 日本催眠医学心理学会 (JSH): 日本国内における催眠療法の学術的背景、資格制度に関する記述は、1956年に設立されたこの権威ある学会の見解に基づいています2
  • 厚生労働省 eJIM: 過敏性腸症候群(IBS)や禁煙など、複数の症状に対する日本政府の公的かつ中立的な見解は、同省の「統合医療」に係る情報発信等推進事業ウェブサイトの情報を参照しています6

要点まとめ

  • 催眠療法は「意識を失う」ことではなく、米国心理学会(APA)によれば、注意が高度に集中し、暗示に対する反応性が高まる意識状態と科学的に定義されています1
  • 痛みや不安の緩和、更年期のほてりに対しては、複数の研究を統合したメタアナリシスによって「強い科学的根拠(エビデンス)」が示されています34
  • 一方で、禁煙など、現時点では有効性が証明されていない分野もあり、効果には限界があることを理解することが重要です7
  • 日本には「催眠療法士」という国家資格は存在しません。信頼できる専門家を見つけるには、「公認心理師」や「臨床心理士」などの国家資格や、日本催眠医学心理学会の「認定催眠士」資格の有無が一つの目安となります8
  • 保険適用は「心身医学療法」として限定的に認められていますが、実施施設は極めて少なく、多くは自費診療となるのが実情です9

1. 催眠療法(ヒプノセラピー)とは何か?

催眠療法を正しく理解するためには、まず「催眠」という状態が科学的にどのように定義されているかを知ることから始める必要があります。テレビのショーなどで見られる演出とは全く異なる、治療としての催眠療法の本質に迫ります。

1.1. 催眠は「意識を失う」ことではない:現代科学の定義

催眠とは、米国心理学会(APA)によれば「注意が集中し、周辺意識が低下し、暗示に対する反応性が高まる特徴を持つ意識状態」と定義されています110。これは意識を失ったり、眠ったりする状態ではなく、むしろ意識が極めて深く、そして狭く集中した状態です。メイヨー・クリニックやクリーブランド・クリニックなどの主要な医療機関も、これを「トランス状態」と表現しており、治療者が与える暗示やイメージに集中しやすくなる心理状態であると説明しています1112

1.1.1. 集中した注意力と深いリラクセーション状態

催眠状態にあるとき、私たちの心は一点に集中し、周囲の雑音や気晴らしが気にならなくなります。これは深いリラックス状態を伴うことが多く、心身の緊張が和らぎます。この状態では、普段は意識の表面に上らない感情や記憶にアクセスしやすくなると考えられています。

1.1.2. 日常生活における「催眠状態」の例

実は、私たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちに軽い催眠状態を経験しています。例えば、夢中になって本を読んでいる時に周りの音が聞こえなくなること、映画に没頭して時間の感覚を忘れること、あるいは高速道路を運転していて「いつの間にかここまで来ていた」と感じる「高速道路催眠現象」などがそれに当たります。これらは全て、意識が一点に集中し、他の刺激が遮断された状態であり、催眠の基本的なメカニズムと同じです。

1.2. 催眠療法と「舞台催眠」の決定的違い

催眠療法と、娯楽目的で行われる「舞台催眠」は、全く異なるものです。舞台催眠は観客を楽しませるためのショーであり、被験者が演者の期待に応えようとする心理が大きく働きます。一方、催眠療法は、資格を持つ専門家(医師、公認心理師など)が、クライアントの抱える心身の問題を解決するために行う、明確な治療目的を持った医療・心理療法です。そこにはクライアントの意思を尊重し、安全を確保するという厳格な倫理規定が存在します。

1.3. 催眠療法のメカニズム:脳科学からのアプローチ

催眠がなぜ効果をもたらすのか、そのメカニズムは完全には解明されていませんが、近年の脳科学研究によって少しずつその謎が明らかになってきました。

1.3.1. 前頭前野と前帯状皮質の活動変化

スタンフォード大学の研究チームが機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて催眠状態の脳を分析した研究では、脳の特定の領域の活動に変化が見られました13。特に、論理的思考や自己認識に関わる「前帯状皮質」や「前頭前野」の一部領域の活動が低下することが示唆されています。これにより、普段の「こうあるべきだ」という批判的な思考が弱まり、外部からの暗示(提案)をよりスムーズに受け入れやすくなるのではないかと考えられています。

1.3.2. 潜在意識へのアクセスとは?

催眠療法ではしばしば「潜在意識に働きかける」と表現されます。これは、普段私たちが意識していない、行動や感情の源となっている記憶や信念、価値観の領域を指します。催眠による深いリラックスと集中状態は、意識の「番人」ともいえる批判的な思考を一時的に脇に置くことで、この潜在意識の領域に新しい、より肯定的な情報(暗示)を届けやすくするプロセスであると理解することができます。

1.4. 催眠療法の主な種類

催眠療法には、目的や手法に応じていくつかの種類があります。

1.4.1. 暗示療法

これは、催眠状態にあるクライアントに対し、症状の改善や肯定的な行動変容を促すための言葉(暗示)を投げかける最も基本的な手法です。例えば、痛みをコントロールするための暗示や、自信を高めるための暗示などが用いられます。

1.4.2. 退行療法(年齢退行・前世療法)とその注意点

退行療法は、現在の問題の原因となっている過去の出来事(幼少期の体験など)にさかのぼり、その記憶を再体験することで感情を解放し、問題解決を図ろうとする手法です。一部で「前世療法」なども行われていますが、その科学的根拠は全くなく、偽りの記憶(後述)を生み出す危険性も指摘されています。退行療法、特に前世療法を受ける際には、その非科学性と潜在的なリスクを十分に理解し、極めて慎重になる必要があります。

1.4.3. 自己催眠

専門家の指導のもとで習得し、クライアント自身が日常生活で催眠状態に入る練習をする方法です。リラクセーションを深めたり、痛みを管理したり、ストレスを軽減したりするために、日々の自己管理ツールとして非常に有用です14

2. 【エビデンスレベル別】催眠療法の効果と科学的根拠

催眠療法の効果は、対象となる症状や疾患によって、科学的な裏付けの強さが異なります。「奇跡の治療法」ではなく、あくまで科学的な検証の対象であるという視点から、その効果と限界を冷静に見ていくことが重要です。

2.1. 科学的根拠の強さを示す「エビデンスレベル」とは

医療の世界では、治療法の有効性を示す科学的根拠(エビデンス)の強さをレベル分けして評価します。最も信頼性が高いのは、複数の質の高い研究結果を統計的に統合・分析した「メタアナリシス」や「システマティック・レビュー」です。本記事では、このエビデンスレベルを基準に、催眠療法の効果を「強」「中」「弱/否定的」に分類して解説します。

2.2.【エビデンス:強】確かな効果が示されている分野

以下の分野は、質の高い複数の研究によって、催眠療法の有効性が一貫して示されています。

2.2.1. 医療処置に伴う痛みや不安の軽減

2024年に発表された、過去20年間における49のメタアナリシスを統合した極めて大規模なレビューでは、催眠療法が医療処置(手術、歯科治療、出産、侵襲的な検査など)に伴う患者の苦痛(痛みや不安)を和らげる上で、最も強力で頑健なエビデンスを持つ分野の一つであることが報告されました3。特に小児や思春期の患者に対する効果が高いことも示されています。また、2016年のコクラン・レビューでは、分娩時の催眠療法が鎮痛剤全体の使用を減らす可能性が示唆されていますが、硬膜外麻酔の使用率を減らすほどの効果は確認されていません15

2.2.2. 慢性的な痛みの管理(線維筋痛症、頭痛など)

慢性的な痛みに対する催眠療法の有効性も、強力なエビデンスによって支持されています。2019年に行われた85件のランダム化比較試験(対象者3,632人)を分析したメタアナリシスでは、催眠療法は「安全かつ効果的な鎮痛の選択肢」であると明確に結論付けられています4。MSDマニュアル家庭版でも、線維筋痛症、頭痛、がんに関連する痛みなど、様々な慢性痛の管理に有用であると記載されています16

2.2.3. 更年期症状(ホットフラッシュ)の緩和

特筆すべきは、更年期障害の代表的な症状であるホットフラッシュ(ほてり)に対する効果です。北米閉経学会(NAMS)は、2015年および2023年のガイドラインにおいて、この症状に対する非ホルモン療法として、催眠療法を最高レベルのエビデンス(レベルI:良好で一貫した科学的エビデンスが存在する)で推奨しています4。これは、催眠療法が特定の症状に対しては標準的な治療選択肢として認められていることを示す強力な事例です。

2.3.【エビデンス:中】効果が期待されるが、さらなる研究が必要な分野

以下の分野では、有効性を示唆する研究結果が多数存在するものの、エビデンスの質や一貫性の観点から、さらなる検証が必要とされています。

2.3.1. 不安障害(全般性不安障害、恐怖症など)

不安の軽減は、催眠療法が最も頻繁に用いられる領域の一つです。2019年のメタアナリシスでは、不安障害を持つ人が催眠療法を受けた場合、受けなかった人と比較して不安が大幅に軽減されることが示されました5。この研究における効果量(d=0.79)は、統計的に見て中程度から大きな効果があることを意味します。他の心理療法との併用でさらに効果が高まる可能性も指摘されています。

2.3.2. 過敏性腸症候群(IBS)

過敏性腸症候群(IBS)は、ストレスとの関連が深いとされる消化器系の疾患です。コクラン・レビューや厚生労働省のeJIMサイトでは、催眠療法がIBSの症状(腹痛、不快感、膨満感など)を改善する可能性を示唆する研究結果が紹介されています617。しかし、米国消化器病学会(ACG)は2018年の勧告で、エビデンスは「弱い」としており6、まだ確立された治療法とは言えないのが現状です。

2.3.3. 不眠症の改善

催眠療法は深いリラクセーションを導くため、不眠症の改善にも応用されます。暗示によって睡眠に対する不安を軽減し、入眠を促すことが期待されます。有効性を示唆する研究は存在しますが、不眠症治療の第一選択肢である認知行動療法(CBT-I)と比較してどの程度の効果があるかなど、さらなる質の高い研究が待たれます。

2.4.【エビデンス:弱/否定的】現時点では効果が証明されていない分野

催眠療法は万能ではありません。以下の分野では、現在のところ、その有効性を支持する十分な科学的根拠は得られていません。

2.4.1. 禁煙

禁煙目的で催眠療法に関心を持つ方は多いですが、科学的な評価は厳しいものです。2019年に発表された信頼性の高いコクラン・レビューにおいて、14の研究を分析した結果、催眠療法が他の方法や何もしない場合と比較して6ヶ月後の禁煙率を高めるという十分な証拠はない、と結論付けられています718。この分野での効果を謳うサービスには、慎重な姿勢が必要です。

2.4.2. 肥満・ダイエット

肥満やダイエットに対する催眠療法の効果についても、単独での有効性を証明する強力なエビデンスは不足しています。ただし、後述するように、他の治療法と組み合わせることで効果を高める可能性は示唆されています。

2.5. 他の心理療法との併用による相乗効果(認知行動療法など)

催眠療法は、単独で行うだけでなく、認知行動療法(CBT)のような確立された心理療法と組み合わせることで、その効果を増強する可能性があります。1995年に行われた古典的なメタアナリシスでは、CBTに催眠を加えた治療は、CBT単独よりも大幅に高い治療効果を示し、特に肥満治療においてその傾向が顕著であったと報告されています19。これは、催眠がCBTで学ぶ新しい思考や行動パターンを、より深く潜在意識に定着させる手助けをすることを示唆しています。

3. 催眠療法の安全性とリスク:知っておくべき注意点

催眠療法は一般的に安全な手法とされていますが、いくつかの注意点や潜在的なリスクも存在します。治療を受ける前に、これらを正しく理解しておくことが不可欠です。

3.1. 催眠療法は安全か?主要な研究の見解

2019年の疼痛管理に関するメタアナリシスや、2016年の安全性に関するレビューにおいて、適切に訓練された専門家によって実施される限り、催眠療法は安全な手法であるというのが一貫した見解です420。深刻な有害事象の報告は極めて稀です。しかし、「適切に訓練された専門家」という点が極めて重要になります。

3.2. 考えられる副作用やリスク

稀ではありますが、以下のような副作用が起こる可能性が報告されています1112

  • 頭痛
  • めまい、眠気
  • 不安や苦痛の増大
  • 偽りの記憶の形成

3.2.1. 偽りの記憶(False Memory)の問題

特に注意すべきリスクとして「偽りの記憶」があります。これは、暗示やセラピストの意図しない誘導によって、実際には起こっていない出来事をあたかも事実であったかのように思い出してしまう現象です。特に、トラウマの原因を探る目的で退行療法などを行う際に、このリスクが高まります。信頼できる専門家は、クライアントに特定の記憶を「植え付ける」のではなく、クライアント自身の内的なリソースを引き出すことに注力します。

3.2.2. 精神的苦痛の再燃

忘れていた、あるいは抑圧していた辛い記憶や感情が、催眠中に予期せず現れることがあります。専門的な訓練を受けたセラピストは、こうした状況にも適切に対処する能力を持っていますが、訓練が不十分な施術者の場合、クライアントを不必要に混乱させ、症状を悪化させる危険性があります。

3.3. 催眠療法が推奨されないケース

統合失調症や一部のパーソナリティ障害など、重篤な精神疾患を抱えている場合、催眠療法によって症状が悪化する可能性があるため、通常は推奨されません。また、幻覚や妄想といった症状がある場合も禁忌です。どのような治療法であれ、まずは医師や公認心理師による適切な診断と判断を仰ぐことが大前提となります。

4. 日本で催眠療法を受けるには?【完全ガイド】

日本国内で安全かつ効果的な催眠療法を受けたいと考えた場合、どのような点に注意すればよいのでしょうか。資格制度の現状から、信頼できる専門家の見つけ方、費用の問題までを具体的に解説します。

4.1. 日本における資格制度の現状:国家資格は存在しない

最も重要な点として、日本において「催眠療法士」や「ヒプノセラピスト」といった名称の国家資格は存在しません21。つまり、極端に言えば誰でも「催眠療法士」を名乗ることができてしまうのが現状です。そのため、セラピスト選びには細心の注意が必要です。

4.1.1. 「公認心理師」「臨床心理士」と催眠療法

信頼できる専門家を探す上での重要な指標となるのが、心理職の国家資格である「公認心理師」や、最も信頼性の高い民間資格とされる「臨床心理士」の資格を持っているかどうかです822。これらの資格を持つ専門家は、大学院レベルでの心理学の専門教育と厳しい訓練を受けており、催眠療法を他の心理療法と適切に組み合わせ、倫理観を持って安全に実践する能力が期待できます。

4.1.2. 民間資格:「日本催眠医学心理学会 認定催眠士」とは

催眠療法に関連する民間資格は数多く存在しますが、その質は玉石混交です。その中で、最も信頼性が高いと考えられる資格の一つが、1956年に設立された「日本催眠医学心理学会(JSH)」が認定する「認定催眠士」です2324。この資格を取得するには、医師、歯科医師、または臨床心理士等の資格を持ち、3年以上の学会正会員歴、厳しい研修や研究実績、指導者2名の推薦など、非常に厳格な要件をクリアする必要があります25。この資格の有無は、高い専門性を持つセラピストを見分けるための一つの重要な手がかりとなります。

4.2. 信頼できる専門家・医療機関を見分けるためのチェックリスト

以下の点を参考に、慎重に専門家や医療機関を選びましょう。

  • 資格: 公認心理師、臨床心理士、医師、歯科医師などの国家資格、あるいは日本催眠医学心理学会の認定資格を持っているか。
  • 所属学会: 日本催眠医学心理学会などの権威ある学術団体に所属しているか。
  • 説明の科学性: 治療の効果や限界について、科学的根拠に基づいて客観的に説明してくれるか。「何でも治る」「100%効果がある」といった非科学的な誇大広告をしていないか。
  • 治療目標の設定: あなたの悩みや目標について丁寧に聞き取り、具体的な治療計画を一緒に立ててくれるか。
  • 倫理観: 守秘義務やクライアントの自己決定権の尊重など、専門家としての倫理を遵守しているか。

4.3. 費用と保険適用について

4.3.1. 保険適用の実態:「心身医学療法」としての算定

催眠療法は、一部の医療機関において「心身医学療法」として保険適用が認められています9。しかし、診療報酬点数が非常に低く設定されている(初診時110点、再診時80点など)ため26、採算が合わず、保険診療で催眠療法を積極的に行っている医療機関は極めて少ないのが実情です。

4.3.2. 自費診療の場合の料金相場

そのため、ほとんどの催眠療法は自費診療となります。料金は施設やセラピストによって大きく異なりますが、一般的には1回のセッション(50分〜90分程度)で1万円から3万円程度が相場とされています27。治療を受ける前には、料金体系について明確な説明を求めることが重要です。

4.4. 日本の主要な学術団体:日本催眠医学心理学会

日本における催眠の科学的研究と適正な普及をリードしているのが「日本催眠医学心理学会(The Japanese Society of Hypnosis)」です2。この学会は、医師、歯科医師、心理学者などが集い、学術大会や研修会を通じて催眠に関する最新の知見を共有しています。日本の催眠研究の第一人者であり、現理事長を務めるのは、静岡大学の笠井仁教授です2829。同学会のウェブサイトなどを通じて、信頼できる情報を得ることができます。

よくある質問

Q1. 私は催眠にかかりやすいでしょうか?(被暗示性について)
催眠へのかかりやすさ(被暗示性)には個人差があり、これは比較的安定した個人の特性と考えられています。研究によれば、人口の約10〜15%は非常に催眠にかかりやすく、同様に約10〜15%はかかりにくいとされています。残りの大多数の人は、その中間の被暗示性を持っています。しかし、催眠療法の効果は、必ずしも催眠の深さと比例するわけではありません。浅い催眠状態でも、治療的な効果を得ることは十分に可能です12
Q2. 催眠中に自分の意に反することをさせられませんか?
いいえ、そのようなことはありません。これは催眠に関する最も大きな誤解の一つです。催眠療法は、クライアントの意思を尊重する治療的な協力関係の上になりたっています。あなたは催眠中も意識を保っており、自分の倫理観や価値観に反するような暗示は、無意識的に拒否します。あなたは常に自分自身をコントロールする力を持っています11
Q3. 催眠から覚めなくなりませんか?
催眠から「覚めない」ということはあり得ません。催眠状態は睡眠とは異なり、深い集中状態です。たとえセラピストが解催眠(催眠を解くこと)の指示をしなかったとしても、時間が経てば自然に普段の覚醒状態に戻るか、あるいはそのまま自然な睡眠に移行します。これは科学的に確立された見解です14
Q4. 1回で効果は出ますか?何回くらい通う必要がありますか?
必要なセッション回数は、問題の性質や深さ、個人の反応性によって大きく異なります。医療処置前の不安軽減など、特定の目的であれば1〜2回のセッションで十分な効果が得られることもあります。一方で、慢性的な痛みや長年の習慣の改善には、通常4回から10回程度のセッションが必要となることが多いです12。初回にセラピストと相談し、治療計画の全体像について説明を受けることが大切です。
Q5. オンラインでも催眠療法は受けられますか?
はい、近年ではオンラインで催眠療法を提供する専門家も増えています。ビデオ通話を通じて、対面と同様のセッションを行うことが可能です。自宅などのリラックスできる環境で受けられるという利点があります。ただし、オンラインで受ける場合でも、対面と同様に、セラピストの資格や専門性を十分に確認することが極めて重要です。

結論

催眠療法は、もはや「神秘」や「超常現象」の類ではなく、その効果とメカニズムが科学の言葉で語られる、確立された治療アプローチの一つです。特に、痛みや不安のコントロール、更年期症状の緩和といった分野では、その有効性を示す強力な科学的根拠が蓄積されています34。一方で、万能ではなく、禁煙のように効果が証明されていない分野も存在することも事実です7。日本国内においては、国家資格制度が存在しないという大きな課題があり、消費者は自ら情報を吟味し、信頼できる専門家を慎重に選ぶ必要があります。その際には、「公認心理師」や「臨床心理士」といった基盤となる資格や、「日本催眠医学心理学会」の動向が重要な判断材料となります2。この記事が、催眠療法に対する正しい理解を深め、皆様がご自身の健康のために賢明な選択をするための一助となれば幸いです。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格を持つ医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  28. 静岡大学学術リポジトリ. 退職教員の略歴・業績 笠井 仁. [インターネット]. [引用日: 2025年6月25日]. Available from: https://shizuoka.repo.nii.ac.jp/record/2001184/files/75_2-III.pdf
  29. researchmap. 笠井 仁 (Kasai Hitoshi) – マイポータル. [インターネット]. [引用日: 2025年6月25日]. Available from: https://researchmap.jp/read0018310
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