多くの女性がピルの服用による体重増加を心配していますが、大規模な科学的研究では、ピルが直接的に脂肪を増加させるという明確な証拠は見つかっていません。体重の変化として感じられるものの多くは、ホルモンの影響による一時的な水分貯留(むくみ)や食欲の変化が原因です。本記事では、最新の科学的根拠に基づき、ピルと体重の本当の関係、日本独自のピル事情(OCとLEPの違い)、そして体重変化を感じた際の具体的な対処法について、専門家が詳しく解説します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 最も信頼性の高い大規模研究では、低用量ピルが臨床的に意味のある体重増加(脂肪の増加)を引き起こすという明確な因果関係は認められていません。12
- 多くの人が感じる「体重増加」の正体は、主にエストロゲンによる一時的な水分貯留(むくみ)や、プロゲスチンによる食欲の変化です。56
- 日本ではピルが避妊目的の「OC」(自費)と治療目的の「LEP」(保険適用)に分かれており、むくみにくいとされる「ヤーズ」はLEPに分類されるため、避妊目的のみでは処方されません。89
- ピルの副作用で最も注意すべきは体重増加ではなく、まれですが重篤な「静脈血栓塞栓症(VTE)」です。突然の足の痛みや息切れなどの初期症状を知っておくことが重要です。1415
体重変化に関する世界的科学的コンセンサス
「ピルを飲むと絶対に太る」という話を聞いて、服用をためらっているかもしれません。そのように心配されるお気持ちはよく分かります。多くの方が同じ不安を抱えていますが、科学的には、その心配は必ずしも正しくありません。その背景には、世界中の専門家が認める大規模な研究結果があります。2014年に発表されたコクラン共同計画の系統的レビューという、最も信頼性の高い研究手法の一つでは、49もの臨床試験を分析した結果、低用量ピルと体重の大幅な増加との間に明確な因果関係は見つからなかったと結論付けています。12
この科学的な結論は、体の中で起こる複雑なプロセスを、家庭での塩加減に例えると分かりやすいかもしれません。ピルに含まれるホルモンは、体の水分バランスを調整するシステムに働きかけますが、それは料理の味付けで塩をほんの少し加えるようなものです。一時的に味の感じ方が変わる(体がむくむ)ことはあっても、食材そのもののカロリー(脂肪)が増えるわけではないのです。つまり、多くの研究が示しているのは、ピルが原因で脂肪が大幅に増えることはない、ということです。34
このセクションの要点
- 最も信頼性の高い研究(コクランレビュー)では、ピルが臨床的に意味のある体重増加を引き起こすという直接的な証拠は見つかっていません。
- 多くの比較試験で、異なる種類のピル間やプラセボ(偽薬)との間で、体重に大きな差は認められませんでした。
体重変化のメカニズム:水分貯留と食欲の変化
ピルを飲み始めてから体がむくんで体重が増えた気がする、と感じる方は少なくありません。実際に、服用初期に一時的な「むくみ」や食欲の変化を感じることは体の正常な反応の一つです。しかし、その変化は脂肪の増加ではなく、多くは一時的なものです。ピル服用時に多くの人が感じる「体重増加」の正体は、脂肪の蓄積ではなく、主に二つの異なる生理的変化が原因です。56
一つ目のメカニズムは、ピルに含まれるエストロゲンというホルモンによる「水分貯留(むくみ)」です。これは、体が一時的に水分を保持しやすくなる状態で、服用開始後の数か月で自然に落ち着くことがほとんどです。二つ目は、もう一つのホルモンであるプロゲスチンが食欲にわずかな変化をもたらす可能性です。7 これら二つの作用は、体重計の数字に一時的な変化をもたらすかもしれませんが、体脂肪が直接増えるわけではないことを理解することが大切です。まずは3ヶ月ほど様子を見ながら、塩分を控えるなどの対策を試してみてください。
このセクションの要点
- 体重増加感の主な原因は、脂肪蓄積ではなく、エストロゲンによる一時的な「水分貯留(むくみ)」です。
- もう一つの原因として、プロゲスチンによる「食欲の変化」が考えられますが、これも生活習慣の工夫で管理可能です。
日本におけるピルの特殊な事情:「OC」と「LEP」
むくみにくいピルがあると聞いたのに、婦人科で処方してもらえなかった、とがっかりされたかもしれませんね。日本のピルに関する制度は少し複雑で、その背景を知ることが重要です。日本では、低用量ピルは使用目的によって二つのカテゴリーに厳密に分けられています。一つは避妊を目的とする「OC(Oral Contraceptives)」で、これは健康保険が適用されず、全額自己負担(自費診療)となります。もう一つは、月経困難症や子宮内膜症などの病気の治療を目的とする「LEP(Low-dose Estrogen-Progestin)」で、こちらは健康保険が適用されます。8910
この区別がなぜ重要かというと、含まれるホルモンの種類によってピルの選択肢が変わってくるからです。特に、水分貯留(むくみ)を起こしにくいとされる「ドロスピレノン」という成分を含む第四世代のピル(製品名:ヤーズなど)は、日本では治療目的のLEPとしてのみ承認されています。88 そのため、避妊だけが目的の場合、この種類のピルは原則として処方されません。これは、目的によって通れる道が決められている高速道路のようなもので、たとえ目的地が同じでも、乗っている「目的(治療か避妊か)」によって利用できるレーン(処方できるピルの種類)が法律で定められているのです。ご自身の目的に合った最適な選択肢を、もう一度医師と相談してみましょう。
自分に合った選択をするために
避妊が目的の場合(OC): 健康保険は適用されませんが、複数の選択肢から医師と相談して選びます。費用は全額自己負担です。
月経困難症などの治療が目的の場合(LEP): 医師の診断に基づき、健康保険を使って処方されます。「ヤーズ」など、より新しい世代のピルも選択肢に含まれます。
リスクとベネフィットの比較と患者へのガイダンス
ピルについて考えるとき、多くの方が体重への影響を心配されますが、実は医学的に最も注意が必要なのは別のところにあります。それは、まれではあるものの、命に関わる可能性のある「静脈血栓塞栓症(VTE)」という副作用です。これは血管の中に血の塊(血栓)ができて詰まってしまう病気で、日本の医薬品を管理する公的機関であるPMDA(医薬品医療機器総合機構)も、このリスクを最重要視しています。1415
体重の変化は多くの場合一時的で健康への影響も限定的ですが、VTEは緊急の対応を要する可能性があります。そのため、「ピルを飲む=太る」という心配よりも、「VTEの初期症状を知っておく」ことのほうが、ご自身の安全を守る上で非常に重要です。このリスク管理は、天気予報を確認するのに似ています。普段は晴れていますが、まれに発生する台風(VTE)の兆候を知っておくことで、事前に対策を立て、安全を確保できるのです。1415
受診の目安と注意すべきサイン
以下の症状は、静脈血栓塞栓症(VTE)の初期症状の可能性があります。一つでも当てはまる場合は、直ちにピルの服用を中止し、救急医療機関を受診してください。
- 突然の足の痛み・腫れ、ふくらはぎが赤くなる、触ると痛い
- 急な息切れ、胸の痛み
- 経験したことのないような激しい頭痛、めまい、失神
- 舌のもつれ、うまく話せない、視覚の異常(ものが見えにくいなど)
よくある質問
ピルをやめたら体重は元に戻りますか?
多くの場合、ホルモンの影響による一時的な水分貯留(むくみ)が原因であれば、服用を中止すれば数ヶ月以内に元の状態に戻ることが期待できます。ただし、食欲の変化によってカロリー摂取量が増え、実際に脂肪が増加した場合は、服用を中止しただけでは体重は戻りにくいため、食生活の見直しや運動が必要です。
どの種類のピルが一番太りにくいですか?
科学的には、特定のピルが他よりも「太りにくい」という明確な証拠はありません。しかし、理論上は、抗ミネラルコルチコイド作用を持つドロスピレノン(DRSP)を成分とする第四世代のピル(ヤーズなど)は、水分貯留(むくみ)を起こしにくい可能性があります。ただし、日本ではヤーズは月経困難症などの治療目的(LEP)でのみ処方され、避妊目的(OC)では使用できません。
体重増加が心配な場合、どうすればよいですか?
まずは服用を始めてから3ヶ月間、体の変化を観察してみてください。多くの場合、初期の副作用は時間とともにおさまります。その上で、塩分を控えた食事を心がけ、定期的な運動を続けることが大切です。3ヶ月経っても体重増加やむくみが気になる場合は、ピルの種類が合っていない可能性もあるため、処方医に相談してください。
結論
低用量ピルと体重増加に関する科学的根拠をまとめると、ピルが直接的に脂肪を大幅に増やすという明確な証拠はありません。1 多くの女性が経験する体重の変化は、一時的な水分貯留(むくみ)や食欲の変化によるものであり、これらは時間とともにおさまったり、生活習慣の工夫で対応できたりすることがほとんどです。それよりも重要なのは、まれではあるものの重篤な副作用である静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクを正しく理解し、その初期症状を知っておくことです。14 日本独自のOCとLEPの制度についても理解を深め、ご自身の目的と体質に合った選択肢を、医師とよく相談して決めることが大切です。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
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- American Academy of Family Physicians. Cochrane Briefs – AAFP. [インターネット]. 2005. 引用日: 2025-09-15. リンク
- Gallo MF, et al. Combination contraceptives: effects on weight. The Cochrane Library. 2014. リンク [有料]
- Lopez LM, et al. Combination contraceptives: effects on weight. PMC. 2024. リンク
- なみクリ. 【医師監修】ピルの服用で太るってホント?その真相を分かりやすく解説! [インターネット]. 引用日: 2025-09-15. リンク
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- 日本産科婦人科学会編. OC・LEPガイドライン 2020年度版. [インターネット]. 2020. リンク
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA). 月経困難症治療剤ヤーズ配合錠による血栓症について. [インターネット]. 2014. リンク
- 厚生労働省. 月経困難症治療剤ヤーズ配合錠による 血栓症について. [インターネット]. 2014. リンク
- KEGG. 医療用医薬品 : ヤーズ (ヤーズ配合錠). [インターネット]. 引用日: 2025-09-15. リンク