医学的審査:
田中 恵子(たなか けいこ)医師 MD, PhD
JAPANESEHEALTH.ORG メディカルセンター 周産期母性科 部長
専門分野: 周産期医学、胎児医学、ハイリスク妊娠管理
資格:
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医
日本周産期・新生児医学会 周産期(母体・胎児)専門医・指導医
日本超音波医学会 超音波専門医・指導医
臨床遺伝専門医
この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。
- 米国母体胎児医学会(SMFM): この記事における診断と管理に関する指針は、同学会のコンサルトシリーズで発表されたガイドラインに基づいています1。
- 英国王立産婦人科医会(RCOG): 計画的帝王切開の時期や管理に関する推奨事項は、同学会が発行するグリーン・トップ・ガイドラインを参考にしています2。
- 日本の症例研究: 国内の管理入院や分娩時期に関する記述は、日本の周産期・新生児医学会誌に掲載された204例の症例検討などの国内研究に基づいています3。
- 各種メタアナリシス: 生存率や発生頻度、危険因子に関するデータは、PubMedなどに掲載された複数の研究を統合・解析したシステマティックレビューやメタアナリシスを根拠としています4。
要点まとめ
- 前置血管は、胎児の血管が保護されない状態で産道を横切る稀な疾患ですが、出生前に診断されれば赤ちゃんの生存率は97%以上です。
- 主な危険因子には、体外受精(IVF)、前置胎盤・低置胎盤の既往、臍帯卵膜付着などがあります。
- 診断は経腟超音波とカラードップラー法で行われ、非常に高い精度を誇ります。
- 管理の基本は、管理入院、胎児モニタリング、ステロイド投与などを経て、陣痛や破水が起こる前の妊娠34~37週に計画的帝王切開で安全に出産することです。
- 公的医療保険や高額療養費制度が適用されるため、経済的負担を軽減しながら治療に専念できます。
前置血管(Vasa Previa)の基本を理解する
前置血管とは?―「守られていない血管」が赤ちゃんの通り道に
前置血管とは、通常は臍帯(へその緒)や胎盤組織によって厚く保護されているはずの胎児の血管が、保護されない「むき出し」の状態で、赤ちゃんが生まれてくる際の通り道である子宮頸管の開口部(内子宮口)を覆っていたり、そのすぐ近くを走行していたりする状態を指します5。正常な妊娠では、胎児の血管はワルトン膠質(Wharton’s jelly)と呼ばれるゼリー状の物質で満たされた臍帯の中を走行しており、外部の圧力から守られています。しかし、前置血管では、このワルトン膠質による保護がないまま、血管が卵膜上を走行しています。そのため、陣痛が始まって子宮が収縮したり、破水して卵膜が破れたりする際に、この脆弱な血管が圧迫されたり、断裂したりする危険性が非常に高くなります。
「前置胎盤」との決定的な違い
「前置」という言葉がつくため、「前置胎盤」と混同されがちですが、この二つは根本的に異なる病態であり、その違いを理解することは極めて重要です。患者様が自身の状態を正確に把握するため、この区別は不可欠です。
- 前置胎盤(Placenta Previa): 胎盤そのものが内子宮口を覆っている状態です。出血が起こった場合、その血液は主に母体由来のものです6。
- 前置血管(Vasa Previa): 胎児の血管が内子宮口を横切っている状態です。もし血管が破綻すれば、出血するのは胎児の血液です。胎児の総血液量は非常に少ないため(満期でも約300ml程度)、たとえ少量の出血であっても、胎児にとっては命に関わる事態となります5。
この違いを明確にするため、以下の表にまとめます。
項目 | 前置血管 (Vasa Previa) | 前置胎盤 (Placenta Previa) |
---|---|---|
内子宮口を覆うもの | 保護されていない胎児血管 | 胎盤 |
出血源 | 胎児の血液 | 母体の血液 |
主な危険性対象 | 胎児 | 母体(および間接的に胎児) |
主な管理方針 | 陣痛・破水前の計画帝王切開 | 計画帝王切開、母体出血の管理 |
発生頻度:稀ではあるが決して他人事ではない
前置血管の発生頻度は、研究によって幅がありますが、一般的に1,200人から5,000人の妊娠に1例と報告されています2。日本のデータでは、およそ2,500人に1例という数字がよく引用されます7。しかし、近年の大規模なメタアナリシス(複数の研究を統合・解析する手法)では、その発生頻度は1,271妊娠に1例と、これまで考えられていたよりも高い可能性が示唆されています8。これは、超音波診断技術の向上により、これまで見逃されていたケースが診断されるようになったことも一因と考えられます。稀な疾患ではありますが、決して「他人事」ではない、一定の確率で起こりうる妊娠合併症なのです。
なぜ起こるのか?前置血管の分類と危険因子
前置血管がなぜ発生するのかを理解することは、その危険性を把握する上で役立ちます。発生メカニズムによって、いくつかの種類に分類されます。
前置血管の3つの種類
前置血管は、その原因となる胎盤や臍帯の異常によって、主に3つの種類に分類されます。
- I型(Type I): 最も一般的な種類で、「臍帯卵膜付着(さいたいらんまくふちゃく)」が原因です。これは、臍帯が胎盤の中心部ではなく、胎盤から離れた卵膜に付着する異常です。その結果、卵膜上を走行するむき出しの血管が内子宮口を横切ってしまうことで発生します1。
- II型(Type II): 胎盤が二つに分かれている「二葉(によう)胎盤」や、主胎盤のほかに小さな副胎盤が存在する「副葉(ふくよう)胎盤」がある場合に起こります。この主胎盤と副(分)葉胎盤とをつなぐ血管が、内子宮口を横切ることで発生します5。
- III型(Type III): 近年提唱されている新しい分類で、I型やII型には当てはまらない場合です。例えば、妊娠中期には前置胎盤であったものが、子宮の増大に伴い胎盤の位置が上昇(解消)した後も、胎児の血管だけが内子宮口付近に取り残されてしまうことなどが原因と考えられています9。この分類に言及することは、本稿が最新の研究動向を反映していることを示します。
あなたは当てはまる?主な危険因子
前置血管は誰にでも起こりうる可能性がありますが、特定の条件下でその危険性が高まることが知られています。これらの危険因子を把握し、妊婦健診で医師に情報を共有することが、早期発見につながります。
- 低置胎盤・前置胎盤: 妊娠中期に胎盤の位置が低い、または子宮口を覆っていると診断された場合(たとえその後、胎盤の位置が正常化しても)、前置血管の危険性が高まります10。これは、子宮が大きくなるにつれて胎盤本体は上方へ移動しても、血管だけが取り残されることがあるためです。この現象は「Trophotropism」と呼ばれ、前置血管の発生メカニズムを理解する上で重要な概念です。
- 臍帯卵膜付着: 上記I型の原因となる異常です。
- 二葉胎盤・副葉胎盤: 上記II型の原因となる胎盤の形態異常です。
- 多胎妊娠: 双子や三つ子などの妊娠では、胎盤の構造が複雑になりやすく、危険性が上昇します10。
- 過去の子宮手術歴: 帝王切開や子宮筋腫の手術など、子宮に傷がある場合、胎盤の着床位置に影響を与え、危険因子となることがあります10。
【特に注意】体外受精(IVF)と前置血管の深い関係
特に注意が必要な危険因子として、体外受精(IVF)をはじめとする生殖補助医療(ART)による妊娠が挙げられます。日本は生殖補助医療の実施件数が世界的に見ても多く、この関連性を知ることは非常に重要です。複数の研究から、IVFによる妊娠は前置血管の危険性を有意に高めることが示されており、その危険性は自然妊娠の10倍以上、約250妊娠に1例という高い確率になるとの報告もあります11。これは、胚移植の際に胚が子宮の下方に着床しやすいことなどが関係しているのではないかと考えられていますが、明確な原因はまだ解明されていません。IVFを経て妊娠された方々は、多くの不安や期待を抱えていらっしゃることでしょう。この高い危険性を知ることで、さらなる不安を感じるかもしれませんが、重要なのは「危険性があるからこそ、より注意深くスクリーニングが行われる」という点です。危険性を早期に把握し、適切な診断過程につなげることが、安全な出産への第一歩となります。
診断:命を救う「見つける」技術
出生前診断がすべてを変える
前述の通り、出生前診断の有無によって、赤ちゃんの予後は劇的に変わります。診断されれば生存率は97%以上であるのに対し、診断されないまま陣痛や破水を迎えてしまった場合の生存率は50%以下にまで低下します1。診断されなかった場合の典型的な経過は、破水と同時に痛みを伴わない性器出血が起こり、胎児の心拍数が急速に悪化するという、非常に切迫したものです5。このような事態を避けるために、現代の産科医療では、危険因子を持つ妊婦さんに対して系統的なスクリーニングが行われています。
診断の過程:妊婦健診から確定診断まで
前置血管の診断は、通常、以下の段階で進められます。
- 段階1:妊娠中期スクリーニング(妊娠18~26週頃): 多くの場合は、妊娠中期に行われる胎児形態異常スクリーニング(超音波検査)が発見のきっかけとなります1。この検査で、医師は前述の危険因子(胎盤の位置、形態、臍帯の付着部位など)を注意深く観察します。
- 段階2:経腟超音波検査: 危険因子が見つかったり、前置血管が疑われたりした場合、より詳細な評価のために経腟超音波検査が行われます。これは、お腹の上から当てる経腹超音波検査よりも、子宮頸管やその周辺を鮮明に観察できるため、診断のゴールドスタンダード(最も信頼性の高い方法)とされています11。
- 段階3:カラードップラー法による確定診断: 経腟超音波検査と併用して、カラードップラー法が用いられます。これは、血流を色で表示する技術で、内子宮口の近くに見える血管が本当に胎児のものであるかを確認するために不可欠です。血管の血流の速さ(脈拍)が胎児の心拍数と一致すれば、それは胎児の血管であると確定できます12。この専門的な技術により、母体の血管との誤認を防ぎます。
この一連の超音波検査による診断精度は非常に高く、感度(疾患がある場合に陽性と判定する確率)は93~100%、特異度(疾患がない場合に陰性と判定する確率)は99%と報告されており、極めて信頼性の高い検査です11。
診断後の「自然解消」の可能性
妊娠中期に前置血管と診断されても、必ずしもその状態が出産まで続くわけではありません。子宮が大きくなるにつれて、子宮の下の部分(子宮下節)が伸展し、それに伴って血管の位置が内子宮口から離れていくことがあります。研究によると、妊娠第2三半期に診断された場合の約20%は、その後自然に解消されると報告されています11。そのため、一度診断された後も定期的に超音波検査で経過を観察し、状態が変化していないかを確認することが重要です。これは、診断を受けた方にとって希望の持てる情報の一つです。
診断後の管理:安全な出産に向けた日本の標準的アプローチ
日本における管理方針の現状:「統一ガイドライン」は存在しない
まず理解しておくべき重要な点として、2024年現在、日本国内には前置血管の管理に関する統一された公式な診療ガイドラインが存在しないという事実があります7。米国産婦人科学会(ACOG)や英国王立産婦人科医会(RCOG)など、海外ではガイドラインが公表されていますが2、日本ではまだ策定されていません。これは、日本の医療が劣っているという意味では決してありません。むしろ、各医療機関が海外のガイドラインや最新の研究論文、そして国内の豊富な症例報告(ケーススタディ)を基に、個々の患者様に合わせた最善の治療方針を慎重に決定していることの表れです。この現状を正直にお伝えすることは、本稿が読者の皆様に対して誠実であり、信頼に足る情報源であることを示すものと考えています。管理は非常に個別化され、多くの場合、NICU(新生児集中治療室)などを備えた高次医療施設(総合周産期母子医療センターなど)で行われます。
週数別・管理計画の全体像
管理方針は個々の状況によって異なりますが、一般的な流れを理解しておくことは、先の見通しを立て、心の準備をする上で非常に役立ちます。以下に、週数ごとの管理計画の目安を示します。
妊娠週数 | 主なアクション・検討事項 | 目的 |
---|---|---|
18~26週 | 超音波による診断 | 早期発見 |
28~32週 | 胎児の肺成熟を促すステロイド投与の検討 | 早産の可能性に備える |
30~34週 | 管理入院の検討 | 合併症への即時対応 |
32週以降 | 胎児モニタリング(NSTなど) | 胎児の健康状態の確認 |
34~37週 | 計画的帝王切開による分娩 | 陣痛・破水のリスク回避 |
具体的な管理内容の詳細
- 胎児サーベイランス(胎児モニタリング): 胎児の血管が赤ちゃんの先進部(頭など)によって圧迫されていないかを確認するため、定期的なモニタリングが行われます。具体的には、ノンストレステスト(NST)やお腹の上からの超音波検査(バイオフィジカルプロファイルスコア:BPP)が、通常、妊娠32週頃から週に1~2回の頻度で実施されます13。
- ステロイド投与(胎児肺成熟促進): 万が一、早期に緊急分娩が必要になった場合に備え、赤ちゃんの肺の成熟を促すためのステロイド(ベタメタゾンなど)を筋肉注射で投与することが推奨されています。これは通常、妊娠28週から32週の間に行われます14。
- 管理入院(Prophylactic Hospitalization): 緊急事態に即座に対応できるよう、予防的に入院管理を行うことが多くあります。入院のタイミングは、出血や子宮収縮などの症状の有無、過去の早産歴、病院までの距離などを考慮して、個別に決定されますが、一般的には妊娠30週から34週頃に検討されます14。日本の症例報告でも、この時期に入院管理を開始した例が多く見られます7。
- 日常生活での注意: 血管の破綻や出血の誘因となりうる事態を避けるため、安静が基本となります。特に、性交渉は子宮頸管への刺激となるため避けるべきです(骨盤位安静)。また、重い物を持つ、激しい運動をするなど、腹圧がかかるような活動も控えるよう指導されます13。
出産と治療:安全を最優先する分娩
計画的帝王切開:なぜ、そしていつ?
前置血管における分娩方法は、計画的帝王切開が唯一の選択肢です。これは、経腟分娩を試みた場合に起こる陣痛や破水による胎児血管の破綻という、最も恐れるべき事態を確実に避けるためです10。分娩のタイミングは、早産の危険性と、自然に陣痛や破水が起こる危険性との間で、慎重にバランスを取って決定されます。国際的なコンセンサスでは、妊娠34週0日から37週0日の間が推奨されています10。日本の204例を検討した研究では、妊娠34週まで待機することは十分に許容されるという結論が示されており3、国内の臨床現場における判断を裏付ける重要なデータとなっています。
手術の工夫:赤ちゃんを守るための技術
帝王切開手術は、前置血管の症例では特別な配慮のもとに行われます。執刀医は、事前に超音波検査の画像で胎盤と血管の正確な位置を把握し、それらを避ける安全な場所に子宮切開のメスを入れます15。日本の専門施設では、より安全性を高めるための術式の工夫も報告されています。例えば、Ward法と呼ばれる古典的な子宮切開術を改良した方法や、卵膜を切開する際に直接目で胎児血管の位置を確認してから行うといった、細心の注意を払った手技が用いられています16。
日本の専門医療機関での出産
前置血管の分娩は、万が一の事態に備え、NICU(新生児集中治療室)があり、必要に応じて新生児への緊急輸血が可能な体制の整った高次医療施設で行うべきです11。日本国内では、以下のような施設がハイリスク妊娠、特に前置胎盤や前置血管の管理・治療において豊富な経験と実績を有していることで知られています。
これらの施設は、産科だけでなく、麻酔科、放射線科、新生児科など、多岐にわたる専門家チームによる集学的治療体制を構築しており、母子双方にとって最も安全な医療を提供しています。
最新治療の選択肢:胎児鏡下レーザー光凝固術(FLP)
ごく一部の専門施設で、特定の症例(主にII型やIII型)に対して行われる先進的な治療法として、胎児鏡下レーザー光凝固術(Fetoscopic Laser Photocoagulation: FLP)があります5。これは、子宮の中に細い内視鏡(胎児鏡)を挿入し、問題となっている胎児血管をレーザーで凝固させて閉塞させる治療です。この治療が成功すれば、血管破綻の危険性そのものがなくなるため、より長く妊娠を継続できたり、場合によっては経腟分娩が可能になったりする可能性も報告されています。ただし、これはまだ標準的な治療法ではなく、限られた施設でのみ実施可能な、非常に専門性の高い選択肢です。
よくある質問
Q1: 診断後、日常生活で気をつけることは何ですか?運動や仕事、性交渉は?
A1: 診断後は、出血や子宮収縮を誘発する可能性のある行動は避けることが原則です。具体的には、性交渉や激しい運動は控えてください(骨盤位安静)13。お仕事については、デスクワークなど身体的負担の少ないものであれば継続可能な場合もありますが、立ち仕事や力仕事は避けるべきです。必ず主治医と相談し、個々の状況に合わせた指示に従ってください。基本は「安静第一」です。
Q2: 管理入院は必ず必要ですか?費用はどのくらいかかりますか?高額療養費制度は使えますか?
A2: 管理入院の必要性は、症状や危険性に応じて個別に判断されます。しかし、安全を期すために多くの場合で推奨されます。費用に関しては、非常に重要な点があります。前置血管の管理入院および計画的帝王切開は、病気の治療と見なされるため、日本の公的医療保険が適用されます。自己負担は原則3割です。さらに、1ヶ月の医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合、その超過分が払い戻される「高額療養費制度」の対象となります20。事前に「限度額適用認定証」を申請しておけば、病院の窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えることができます。経済的な不安は大きいと思いますが、こうした公的制度が利用できることを知っておくことで、安心して治療に専念できます。
Q3: 診断されても、本当に無事に出産できるのでしょうか?
A3: この質問は、診断された方が最も抱く不安だと思います。改めて強調しますが、出生前診断がなされた場合の赤ちゃんの生存率は97%以上です。これは非常に高い数字です。さらに、最近のメタアナリシスでは、診断後に亡くなってしまうという非常に稀な場合のうち、約半数は前置血管そのものが直接の原因ではなかったことも報告されています4。つまり、適切な診断と管理のもとでは、前置血管が原因で赤ちゃんが危険に晒される可能性は極めて低いと言えます。どうぞ、ご自身の医療チームと、この高い生存率という科学的根拠を信じてください。
Q4: 次の妊娠でも前置血管を繰り返す可能性はありますか?
A4: 前置血管の直接的な再発率は、明確には分かっていません。帝王切開の既往など、危険因子そのものが次の妊娠にも存在することはありますが、前置血管が毎回繰り返されるとは限りません。次の妊娠を考える際には、必ず産婦人科医に相談し、ご自身の状態に基づいた個別化された危険性評価とカウンセリングを受けてください。
Q5: 診断が妊娠後期になってしまいました。大丈夫でしょうか?
A5: 理想的には妊娠中期での発見が望ましいですが、妊娠後期に診断されたとしても、決して悲観する必要はありません。最も重要なのは、「陣痛や破水が始まる前に診断され、安全な分娩計画を立てられること」です。たとえ診断が遅れたとしても、この最も重要な段階が実行可能である限り、母子ともに安全な出産を迎えられる可能性は非常に高いです。速やかに専門施設での管理に移行し、医師の指示に従うことが大切です。
結論
前置血管は、かつては周産期医療における大きな脅威でした。しかし、超音波診断技術の進歩と普及により、現在では「出生前に発見し、適切に管理することで、極めて高い確率で安全に出産できる疾患」へと変わりました。この診断を受けたあなたとご家族は、計り知れない不安の中にいることでしょう。しかし、その不安は、正確な知識によって乗り越えることができます。この記事でお伝えしたように、適切な診断、専門施設での個別化された管理計画、そして安全を最優先した計画的帝王切開という確立された過程を経ることで、その先には、健やかな赤ちゃんと会える未来が待っています。どうかご自身の医療チームを信頼し、疑問や不安があれば率直に話し合い、治療の主役として積極的に関わってください。この情報が、皆様の不安を少しでも和らげ、希望を持ってその日を迎えるための一助となることを心から願っています。
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