【医師監修】妊娠中に血小板が少ないと言われたら?原因・胎児への影響・出産方法のすべてを徹底解説
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【医師監修】妊娠中に血小板が少ないと言われたら?原因・胎児への影響・出産方法のすべてを徹底解説

定期的な妊婦健診で思わぬ診断結果を告げられることは、多くの不安を引き起こす可能性があります。時折報告される血液検査の結果の一つに「血小板減少」があります。多くの妊婦の方にとって、最初に頭に浮かぶ疑問は「これは一体どういう意味で、私と赤ちゃんにとって危険なのでしょうか?」ということでしょう。本稿の目的は、その懸念に真正面から向き合い、最初の数行で明確さと安心を提供することです。基本的に、血小板とは血液中にある極めて小さな細胞で、体の「救急隊員」のような機能を果たします。血管が傷つくと、血小板は迅速にその場所に集まり、初期の「栓」を形成して出血を止める役割を担っています1。したがって、「血小板減少症」という医学用語は、血液中のこれらの「救急隊員」の数が一時的に正常値を下回っている状態を指すにすぎません。国際的な医学的定義によれば、血小板減少症は、血小板数が1リットルあたり150×10⁹個(または1マイクロリットルあたり150,000個)未満に低下した場合に診断されます2。ここで直ちに強調すべき最も重要な点は、この状態が妊娠中には比較的一般的であるということです。統計によれば、妊婦の約7%から12%が、妊娠期間中のいずれかの時点、特に妊娠後期に血小板減少を経験します2。そして、その大多数のケースでは、これは母子双方にとって何ら危険を及ぼさない、良性の生理的現象なのです。この記事は、医療専門家の監修のもと、日本および国際的な最新の臨床ガイドラインを参照し、血小板減少の原因、注意すべき兆候、そして安全で健康な妊娠を確保するための効果的な管理方法について、包括的な視点を提供します。

本記事の科学的根拠

この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、実際に参照された情報源とその医学的指導との関連性を示すリストです。

  • 米国産科婦人科学会(ACOG): 本記事における妊娠中の血小板減少症の定義、診断、および管理に関する指針は、同学会が発行した診療実践速報に基づいています2
  • 米国血液学会(ASH): 妊娠中の血小板減少症に対する治療アプローチ、特に免疫性血小板減少症(ITP)と妊娠性血小板減少症(GT)の鑑別診断に関する記述は、同学会が発表した2013年の臨床実践ガイドに基づいています3
  • 日本産科婦人科学会(JSOG): 分娩方法の選択や硬膜外麻酔の安全性に関する日本の基準(例えば、経腟分娩で50,000/μL以上、帝王切開で80,000/μL以上という目標値)は、同学会が発行した「産婦人科 診療ガイドライン―産科編2023」を主要な根拠としています4
  • 難病情報センター: 免疫性血小板減少症(ITP)に関する詳細な情報、特に日本の指定難病としての位置づけや治療法に関する記述は、厚生労働省の支援のもと運営されている同センターの情報を参照しています5
  • The New England Journal of Medicine (NEJM): 妊娠中の血小板数の生理的変化に関する記述は、同誌に掲載された、健康な妊婦においても血小板数が自然に低下することを示した重要な研究に基づいています6

要点まとめ

  • 妊娠中の血小板減少は一般的(妊婦の7-12%)で、その大半(70-80%)は母子ともに安全な「妊娠性血小板減少症(GT)」です。
  • 血小板数が100,000/μL未満に低下した場合や、出血症状、高血圧など他の症状を伴う場合は、免疫性血小板減少症(ITP)や妊娠高血圧症候群などの精査が必要です。
  • 管理計画は原因によって大きく異なります。GTは経過観察のみですが、ITPでは安全な出産のためにステロイドやIVIgによる治療が必要な場合があります。
  • 分娩方法は、血小板数だけでなく産科的な適応によって決まります。日本のガイドラインでは、血小板数が一定の基準(例:経腟分娩で50,000/μL以上)を満たせば、経腟分娩や硬膜外麻酔も安全に施行可能です。
  • ITPの母親から生まれた赤ちゃんは、一時的に血小板が減少することがありますが、重篤な出血のリスクは非常に低く、必要に応じて安全な治療法があります。

なぜ妊娠中に血小板の数が減るのか?体の自然な変化への理解

妊娠中に血小板減少がなぜ一般的になるのかを理解するためには、母親の体が新しい生命を育むために経験する著しい生理的変化を認識することが不可欠です。血小板数の減少は、多くの場合、二つの自然で全く正常なメカニズムの結果として起こります。
第一のメカニズムは、血液希釈です。妊娠期間中、母親の体内の総血液量は著しく増加し、妊娠前と比較して最大で50%(1.5倍)にも達することがあります7。この増加は主に、血液の液体成分である血漿の量の増加によるものです。体は血小板を含む血球の産生も増やしますが、血漿の増加速度の方が速いため、「希釈」効果が生じます。これは、同じ量の砂糖をより大きなコップの水に溶かすと、砂糖の濃度が下がるのと同じ原理です。同様に、血液の単位体積あたりの血小板濃度も低下し、測定される数値が低くなります3
第二のメカニズムは、血小板の消費とクリアランスの亢進です。胎盤は、母体と胎児の間の物質交換において中心的な役割を果たす、複雑で活発な臓器です。胎盤を通過する血液循環の過程で、血小板の「使用」と消費が増加することがあります8。同時に、母親の免疫系も、古い血小板を循環から除去するクリアランスの速度を、通常よりわずかに速めることがあります3
これらの変化は病気の兆候ではなく、健康な妊娠における生理的な適応プロセスの一部です。ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)で発表された重要な研究は、合併症のない完全に健康な妊婦であっても、平均血小板数が非妊娠女性よりも低いことを証明しました。注目すべきことに、この減少は妊娠第一トリメスター(妊娠初期)からすでに記録されており、これが自然な生理的プロセスであるという見解をさらに強固なものにしています6

血小板減少の多様な原因:鑑別診断の重要性

妊娠中の血小板減少は多くの場合良性ですが、その原因を正確に特定することは、適切な管理を保証するための最も重要なステップです。医師は、この状態が生理的な変化によるものなのか、あるいは潜在的な病状の兆候なのかを判断するために、鑑別診断というプロセスを実施します。ここでは、最も一般的なものから稀なものまで、さまざまな原因について包括的に解説します。

最も一般的で良性の原因:妊娠性血小板減少症(GT)

妊娠性血小板減少症(Gestational Thrombocytopenia – GT)は、妊娠偶発性血小板減少症とも呼ばれ、妊婦に診断される血小板減少症の大多数、全症例の70%から80%を占める原因です9。これは除外診断であり、医師が他の病的な原因をすべて除外した後にGTであると結論づけることを意味します10。GTには、他の状態と区別するのに役立つ非常に特徴的な臨床的特徴があります。

  • 軽度の減少: GTにおける血小板数は通常、軽度に減少するのみで、多くの場合100,000/μL以上、ほとんどのケースで70,000/μLから80,000/μLを上回るレベルに維持されます3
  • 無症状: GTの女性は完全に無症状です。体調の変化を感じることはなく、あざができやすい、歯茎からの出血、皮膚の下の点状出血といった異常な出血の兆候もありません8
  • 出現時期: GTは通常、妊娠中期(第二トリメスター)の半ば、または妊娠後期(第三トリメスター)に初めて発見されます3
  • 既往歴なし: 妊娠前に血小板減少症の既往歴がないことが特徴です8
  • 産後の自然治癒: GTの最も重要な確認的特徴の一つは、出産後1〜2ヶ月以内に、いかなる治療介入もなしに血小板数が自動的に正常レベルに戻ることです10
  • 胎児への絶対的安全性: GTは胎児に何ら影響を及ぼしません。新生児の血小板減少のリスクを高めることもありません3

その良性な性質のため、GTは治療を必要とせず、血小板数が過度に低いレベルに低下しないことを確認するための定期的なモニタリングのみが行われます。

注意が必要な場合:より厳重な監視を要する原因

GTが最も一般的である一方で、血小板減少が、より綿密な管理が必要な別の医学的状態の早期警告サインである場合もあります。医師は、血小板数が100,000/μL未満に低下した場合や、母親に付随する症状がある場合に特に注意を払います。

免疫性血小板減少症(ITP)

免疫性血小板減少症(Immune Thrombocytopenia – ITP)、旧称:特発性血小板減少性紫斑病は、自己免疫疾患の一つです。ITPでは、体の免疫系が自身の血小板を攻撃・破壊する抗体を産生し、同時に骨髄での新しい血小板の産生を抑制することがあります11。ITPはGTよりもはるかに稀で、妊娠中の血小板減少症例の約1〜4%を占めるに過ぎません12。しかし、管理と予後の違いから、ITPをGTと鑑別することは極めて重要です。

  • 発症時期: 遅れて出現することが多いGTとは異なり、ITPは妊娠のどの段階でも診断される可能性があり、妊娠第一トリメスターにおける血小板減少の最も一般的な原因です12。多くの女性は妊娠前からITPの診断を受けています。
  • 重症度: ITPにおける血小板数は非常に低いレベルまで低下する可能性があり、しばしば100,000/μL未満、場合によっては50,000/μLや30,000/μLをも下回り、出血リスクを高めます8
  • 胎児への影響: これが核心的な違いです。母親の自己抗体(抗血小板抗体)は胎盤を通過して胎児の循環系に入ることがあります。これにより、新生児に一時的な血小板減少(新生児同種免疫性血小板減少症)を引き起こし、分娩中および直後の赤ちゃんの出血リスクを高める可能性があります8

妊娠高血圧症候群関連疾患:妊娠高血圧腎症とHELLP症候群

血小板減少は、妊娠に関連するより深刻な全身性症候群、すなわち妊娠高血圧症候群、特に妊娠高血圧腎症(旧称:妊娠中毒症)とその最重症型であるHELLP症候群の一部である可能性があります。

  • 妊娠高血圧腎症 (Preeclampsia): これは、妊娠20週以降に高血圧(通常140/90 mmHg以上)と蛋白尿が出現することを特徴とする状態です13。血小板減少(100,000/μL未満)は、「重症型」の妊娠高血圧腎症を診断するための基準の一つです13
  • HELLP症候群: これは妊娠高血圧腎症の重篤な変異型であり、産科的緊急事態です。HELLPという名称は、その3つの主要な特徴の頭文字をとったものです:Hemolysis (溶血)、Elevated Liver enzymes (肝酵素上昇)、Low Platelets (血小板減少)10。妊娠高血圧腎症やHELLP症候群の警告症状には、低い血小板数だけでなく、持続する激しい頭痛、視覚の変化(かすみ目、光がちらつく)、右上腹部(肝臓領域)の痛み、吐き気や嘔吐などがあります14。この状態は即時の入院を必要とし、母子を救命するためにしばしば妊娠の終了(分娩)が必要となります10

その他の稀な原因

全体像を把握するために、医師が考慮するいくつかの稀な原因にも触れておく必要があります。

  • 偽性血小板減少症: 検査結果で血小板数が低いと出ても、それが真実ではないことがあります。これは検査室での現象で、採血管内の抗凝固剤(通常はEDTA)が血小板を凝集させることが原因で起こります。自動血球計数器はこれらの凝集塊を認識できず、偽って低い数値を報告します。医師は、別の抗凝固剤(クエン酸など)を含む採血管で再採血するか、末梢血塗抹標本を顕微鏡で確認することによって、これを容易に確認できます15
  • 二次性ITP: 免疫性血小板減少症が、全身性エリテマトーデス(SLE)のような他の全身性自己免疫疾患の現れである場合があります8
  • その他の原因: 特定の薬剤(ヘパリンなど)、ウイルス感染(HIV、C型肝炎)、または栄養欠乏(ビタミンB12、葉酸)も血小板減少を引き起こす可能性がありますが、これらはより稀なケースです8
臨床現場での最大の課題は、GTとITPの鑑別にあります。なぜなら、両者ともに除外診断であり、確定的な単一の検査が存在しないためです8。既存の抗血小板抗体検査は、これら二つの状態を信頼性高く区別するには感度も特異度も不十分です8。したがって、診断は通常、発症時期、血小板減少の程度、他の症状の有無を含む完全な臨床像を総合的に評価して下されます。鑑別が極めて困難であった症例報告もあり、最終的な診断は、出産後に血小板数が自然に回復して初めてGTであったと確定されることもあります16。以下の比較表は、主要な原因間の重要な違いを視覚的に要約したものです。

表1:妊娠中の主要な血小板減少原因の迅速比較表
特徴 妊娠性血小板減少症 (GT) 免疫性血小板減少症 (ITP) 妊娠高血圧腎症 / HELLP症候群
頻度 非常に一般的 (70-80%)9 比較的稀 (1-4%)12 血小板減少症例の約21%に関連17
発症時期 通常、妊娠中期/後期3 いつでも(妊娠初期の主要原因)12 通常、妊娠20週以降、特に後期13
血小板数のレベル 軽度 (通常 >70,000/μL)3 軽度から非常に重度まで様々 (<30,000/μLも)8 中等度から重度 (通常 <100,000/μL)10
他の症状 なし8 出血傾向(あざ、点状出血)の可能性18 高血圧、蛋白尿、頭痛、上腹部痛13
赤ちゃんへの影響 なし3 抗体が胎盤を通過し、新生児の一時的な血小板減少を引き起こす可能性 (約10%のリスク)5 早産、胎児発育不全のリスク19
治療 通常不要、経過観察のみ10 安全な血小板数を維持するために必要となる場合がある(ステロイド、IVIg)3 分娩が唯一の根本治療10
産後 自然に回復8 通常、持続する9 分娩後に症状は改善13

管理と治療の行動計画

潜在的な原因を理解した後、次のステップは行動計画に焦点を当てることです。医師が診断、モニタリング、そして状態を管理するために何を行うのか。このセクションでは、「何が」起こっているのかという説明から、「どのように」対処するのかというガイダンスへと移行し、日本および国際的な臨床ガイドラインに基づいた明確で証拠のあるロードマップを提供します。

診断とモニタリング:医師は何をするか?

診断とモニタリングのプロセスは、重要な兆候を見逃さないように、体系的に行われます。

  1. ステップ1:確認と除外
    • 全血球算定 (CBC): これは基本的かつ最初の血液検査で、血小板、赤血球、白血球の正確な数を提供します。他の血球系統をチェックすることで、骨髄の疾患や他の血液疾患を除外するのに役立ちます2
    • 末梢血塗抹標本: これは極めて重要なステップです。一滴の血液をスライドガラスに塗り、顕微鏡下で検査します。このステップにより、医師や検査技師は血小板の形態や大きさを評価し、最も重要なこととして、試験管内での血小板の凝集によって引き起こされる偽性血小板減少症を除外することができます3
  2. ステップ2:臨床的手がかりの収集
    • 病歴聴取: 医師は詳細な問診を行い、あなたの健康歴について尋ねます。重要な質問には、妊娠前に血小板減少があったか、家族に血液疾患の病歴があるか、何らかの薬を服用しているか、出血症状(あざができやすい、歯肉出血、鼻血)があるか、などが含まれます9
    • 身体診察: 医師は紫斑や点状出血などの出血の兆候を探すために全身を診察します。血圧測定と尿蛋白の検査は、妊娠高血圧腎症を除外するために必須です9
  3. ステップ3:継続的なモニタリング
    初期評価の結果に基づき、医師はモニタリングのスケジュールを立てます。GTが疑われる場合、血液検査は月に一度、そして出産が近づくにつれて週に一度繰り返されることがあります。ITPや他の状態が疑われる場合は、血小板数の変動傾向(安定しているか、徐々に減少しているか、改善しているか)を評価するために、より頻繁なモニタリングが必要になることがあります10

各状態に対する管理計画:目標と選択肢

管理計画は、特定された血小板減少の原因に完全に依存します。

  • 妊娠性血小板減少症 (GT) の場合:
    行動: 幸いなことに、GTはいかなる治療も必要としません。標準的なアプローチは「経過観察」です。医師は、定期的な妊婦健診であなたの血小板数をモニタリングし続け、それが安全な範囲内に留まり、異常な経過をたどらないことを確認します10
  • 免疫性血小板減少症 (ITP) の場合:
    治療哲学: 理解すべき重要な点は、妊娠中のITP治療の目標は、血小板数を「正常」レベル(つまり150,000/μL以上)に戻すことではないということです。むしろ、目標は、特に分娩中の母親の重篤な出血合併症を防ぐのに十分な、安全なレベルに血小板数を維持することです15。このアプローチは、血小板を増やすことの利益と、薬の潜在的な副作用とのバランスをとるのに役立ちます。
    日本の目標閾値: 日本の臨床実践ガイドラインによると、妊娠期間中(陣痛開始前)は、出血症状のない患者に対して、通常、血小板数を30,000/μL以上に維持することが目標とされます20。このレベルは、自然出血を防ぐのに十分であると考えられています。
    第一選択の治療法(妊娠中に安全):

    • 副腎皮質ステロイド(例:プレドニゾロン): これは第一選択療法です。ステロイドは免疫系を抑制し、抗体の産生と血小板の破壊を減少させることで作用します3。一般的な懸念は胎児への影響ですが、プレドニゾロンは大部分が胎盤で代謝・不活化されるため、ごく少量が胎児に到達するのみで、比較的安全と見なされています5。医師は常に、効果のある最小限の用量を使用するよう努めます。
    • 免疫グロブリン静注療法(IVIg): この療法は、出産直前やステロイドへの反応が不十分な場合など、迅速に血小板数を増加させる必要がある場合によく用いられます。IVIgは、数千人の健康な献血者から精製された抗体を含む血液製剤です。患者自身の免疫細胞が血小板を破壊するのを「妨害」することで作用します3
  • 妊娠高血圧腎症 / HELLP症候群の場合:
    断固たる行動: 重症の妊娠高血圧腎症やHELLP症候群に対しては、妊娠が継続している限り、この状態を「治す」薬はありません。唯一かつ根本的な治療法は、分娩して胎盤を体外に出すことです。したがって、管理は母親の状態を安定させ(血圧をコントロールする薬や痙攣を予防する薬を使用)、母子双方にとって最も安全な分娩のタイミングを決定することに集中します10

分娩と産後期:母子の安全を確保する

出産予定日が近づくにつれ、分娩プロセスと赤ちゃんの健康に関する懸念がこれまで以上に切実になります。このセクションでは、血小板減少を抱える妊婦が最も関心を持つであろう現実的で重要な問いに、臨床実践ガイドラインに基づいて答え、明確で安心できる情報を提供します。

分娩方法:経腟分娩か帝王切開か?

一般的な誤解の一つに、血小板減少があると自動的に帝王切開が適応されるというものがあります。しかし、現実はそうではありません。
一般原則: ITPを含むほとんどの血小板減少のケースにおいて、分娩方法(経腟分娩か帝王切開か)の決定は、主に母親の血小板数に基づいて行われるわけではありません。むしろ、この決定は、胎児の位置(胎位)、赤ちゃんの健康状態、または母親の他の問題といった、通常の産科的適応に基づいて下されます3。言い換えれば、他に帝王切開の産科的理由がなければ、経腟分娩は完全に実行可能であり、しばしば優先される選択肢です。
分娩のための安全な血小板閾値(日本のガイドラインによる): 分娩中の過度の出血リスクを最小限に抑え、安全を確保するため、専門家は目標となる血小板閾値を設定しています。日本産科婦人科学会(JSOG)のガイドラインおよび関連文献によると、これらの閾値は以下の通りです。

  • 経腟分娩の場合、血小板数を50,000/μL以上に維持することが目標とされます20
  • 帝王切開、特に区域麻酔(硬膜外麻酔など)を計画している場合は、通常、より高い目標値である80,000/μL以上が求められます20

硬膜外麻酔(無痛分娩)は安全か?

硬膜外麻酔による無痛分娩が可能かどうかは、多くの妊婦にとって最大の関心事の一つです21
答え: 硬膜外麻酔は血小板減少症の女性にとっても安全であり得ますが、最終的な決定は分娩時の血小板数に依存します。主な懸念は、硬膜外血腫のリスクです。これは、麻酔針による出血が脊髄の近くに血の塊を形成するもので、非常に稀ではありますが、重篤な神経学的合併症を引き起こす可能性があります。このリスクを最小化するため、麻酔科医は最低限の血小板数を要求します。国際的に強力なコンセンサスとして、血小板数が安定しており、他の凝固異常がなく、抗凝固薬を使用していない患者において、70,000/μLから80,000/μL以上の血小板レベルが、硬膜外麻酔または脊髄くも膜下麻酔を安全に実施するのに十分であると見なされています3
行動へのアドバイス: もし無痛分娩を希望する場合は、産科医と麻酔科医の両方と早期にこの計画について話し合うことが重要です。彼らは協力し、あなたの血小板数や他の要因を考慮して、あなたにとって最大限の安全を確保するための最適なアドバイスと決定を下します。

産後の赤ちゃんのケア:何が起こるか?

赤ちゃんの安全は最優先事項です。産後のケアは、母親の血小板減少の原因によって異なります。

  • 妊娠性血小板減少症 (GT) の母親の場合:
    これは最高のニュースです。GTは母親だけの状態であり、赤ちゃんには影響しません。あなたの赤ちゃんは血小板減少のリスクはなく、産後のケアは他のすべての赤ちゃんと全く同じように、正常に行われます3
  • 免疫性血小板減少症 (ITP) の母親の場合:
    赤ちゃんのモニタリング: 母親の抗体が胎盤を通過する可能性があるため、赤ちゃんは出生直後に血小板数の検査を受けます。これは通常、赤ちゃんの踵から少量の血液を採取して行われます。
    影響の割合と重症度: ITPの母親から生まれた新生児の約10%から14%が、一時的な血小板減少を経験する可能性があります15。しかし、両親を安心させるために強調すべき極めて重要な点は、赤ちゃんが脳内出血のような重篤な出血を起こすリスクは非常に稀であり、その発生率は1.5%未満と報告されていることです3。影響を受けた新生児のほとんどは無症状か、軽微ないくつかのあざが見られる程度です。この血小板減少は一時的なものであり、赤ちゃんの血小板数は数週間から数ヶ月以内に正常レベルに自然回復します。
    赤ちゃんへの治療(必要な場合): 赤ちゃんの血小板数が非常に低いレベルまで低下する稀なケースでは、小児科医および新生児科医は、血小板数を増やし、赤ちゃんを出血リスクから守るための効果的で安全な治療法(IVIgやステロイドの投与など)を用意しています15

注目すべき点として、医療実践の変化が挙げられます。かつて医師は、出生前に胎児の血小板を確認するために、経皮的臍帯血採取(PUBS)のような侵襲的な手技を試みることがありました。しかし、現代のガイドラインと医学的証拠は、これらの手技が利益よりもリスクをもたらすことを示しており、もはや推奨されていません3。現在、最も安全で効果的なアプローチは、赤ちゃんが生まれるまで待ってから検査することです。

よくある質問

質問1:血小板が少し低い(例:130,000/μL)と言われましたが、心配すべきですか?
血小板数が100,000/μLを上回っており、出血症状や高血圧などの他の異常がない場合、それは妊娠性血小板減少症(GT)である可能性が非常に高いです。GTは良性の生理的変化であり、母子ともに危険はなく、通常は特別な治療を必要としません10。ただし、診断は医師が行うべきですので、定期的な健診を続け、医師の指示に従ってください。
質問2:ITPと診断されています。赤ちゃんへの影響を減らすために何かできますか?
ITPの管理目標は、安全な分娩を可能にするレベルに血小板数を維持することです。医師が処方するステロイドやIVIgなどの治療を遵守することが、母体の出血リスクを管理し、間接的に赤ちゃんにとって安全な環境を整える上で最も重要です3。母親の血小板数と新生児の血小板数に直接的な相関関係は確立されていませんが5、母親の状態を安定させることが最善の策です。自己判断で治療を中断したり変更したりしないでください。
質問3:血小板を増やすために食事でできることはありますか?
妊娠性血小板減少症(GT)や免疫性血小板減少症(ITP)は、食事によって直接改善することはできません。これらの状態は、血液希釈や免疫系の反応といった生理的・病理的なメカニズムによるものであり、特定の食品の摂取で血小板数が増加するという科学的根拠はありません。ビタミンB12や葉酸の欠乏が血小板減少の原因となることはありますが、これは非常に稀です8。バランスの取れた食事を心がけることは全体的な健康にとって重要ですが、血小板減少の治療としては医師の医学的管理に従うことが不可欠です。
質問4:出産後、血小板数はいつ正常に戻りますか?
原因によって異なります。妊娠性血小板減少症(GT)の場合、血小板数は通常、出産後1〜2ヶ月以内に自然に正常値に戻ります10。これがGTの確定診断の根拠ともなります。一方、免疫性血小板減少症(ITP)は慢性的な疾患であるため、出産後も持続します9。妊娠高血圧症候群やHELLP症候群に伴う血小板減少は、分娩後に速やかに改善します13

結論

妊娠中の血小板減少は、多くの妊婦さんが直面する可能性のある一般的な状態です。しかし、その大部分は、母子ともに全く危険のない良性の「妊娠性血小板減少症」であることを心に留めておくことが重要です。鍵となるのは、正確な診断と、原因に応じた適切な管理です。あなたの主治医は、専門知識と経験を駆使して、血液検査、病歴、身体所見から総合的に判断し、最適なケアプランを立ててくれます。医療チームとのオープンなコミュニケーションを保ち、不安や疑問を率直に話し合うことで、あなたはより安心して、主体的にご自身の妊娠期間を過ごすことができるでしょう。定期的な健診を欠かさず、医師の指示に従うことが、あなたと未来の赤ちゃんの健康を守るための最も確実な道筋です。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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