【医師監修】妊娠中の異常なおりもの完全ガイド：水っぽい、黄色、緑色は危険なサイン？破水との見分け方

なぜ妊娠中におりものは増えるのか？まずは「正常なおりもの」を理解する

多くの妊婦さんが最初に気づく変化の一つが、おりものの増加です。不安に思うかもしれませんが、これは妊娠に伴う極めて正常な生理現象です。まずは、なぜおりものが変化し、どのような状態が「正常」なのかを正確に理解することが、異常を見分ける第一歩となります。²

赤ちゃんを守る「おりもの」の重要な役割

おりもの（医学的には帯下（たいげ）と呼ばれます）は、腟や子宮からの分泌物が混ざったもので、決して不要なものではありません。その主な役割は、腟内を清潔で潤いのある状態に保ち、病原菌の侵入を防ぐことです。腟内にはラクトバチルス属などの善玉菌が存在し、これらが酸性の環境を維持することで、外部からの細菌の増殖を抑え、子宮内にいる赤ちゃんを感染から守るという重要なバリア機能を持っています。²

ホルモン変化による、おりもの量の自然な増加

妊娠すると、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンの分泌が劇的に増加します。特にエストロゲンは、子宮頸管や腟からの分泌を活発にする働きがあります。これは、腟内の自浄作用を高め、上昇性感染（細菌が腟から子宮へと上がっていくこと）を防ぐための、体の自然な防御反応なのです。² そのため、妊娠前に比べておりものの量が増えるのは、体が赤ちゃんのいる環境を懸命に守ろうとしている証拠と言えます。量は妊娠週数が進むにつれてさらに増加する傾向があります。²

正常な妊娠中のおりものの特徴は以下の通りです。

• 量：妊娠前より明らかに増える。臨月近くになるとさらに増えることが多い。²
• 色：透明、乳白色（にゅうはくしょく）、またはクリーム色。下着について乾燥すると少し黄色っぽく見えることがありますが、これは正常な範囲です。⁶¹⁹
• 匂い：無臭、または少し甘酸っぱい（ヨーグルトのような）匂い。これは健康な腟内環境の証です。⁶
• 性状：妊娠初期は水っぽくサラサラしていることが多いですが、週数が進むにつれてネバネバとした粘り気のある状態に変化することもあります。²

これは異常？注意が必要なおりものの変化

正常な状態を理解した上で、次にどのような変化が注意すべき「異常なサイン」なのかを具体的に見ていきましょう。以下のチェックリストを参考に、ご自身の症状と比較してみてください。

【色で判断】黄色・緑色・灰色のおりものは感染症のサインかも

おりものの色は、健康状態を示す重要なバロメーターです。新鮮なおりものが明らかに普段と違う色をしている場合は注意が必要です。

• 黄色・緑色：最も一般的な感染症の兆候です。細菌性腟症、トリコモナス腟炎、クラミジア感染症、淋菌感染症などが原因として考えられます。⁶ ただし、下着の上で乾燥したおりものが薄い黄色に見えるのは正常なことも多いため、新鮮な状態の色で判断することが重要です。¹⁹
• 灰色：特に細菌性腟症（BV）に特徴的な色とされています。²

【色で判断】白いカッテージチーズ状のおりものはカンジダの可能性

白くポロポロとした、カッテージチーズや酒粕、おからに例えられるようなおりものは、外陰腟カンジダ症（VVC）の典型的な症状です。⁶ 妊娠中はホルモンバランスの変化や免疫機能の変動により、カンジダ真菌が増殖しやすくなります。¹¹

【色で判断】ピンク色・茶色・赤色の血が混じったおりもの

おりものに血が混じっている場合、その色や量、時期によって考えられる原因は様々です。自己判断は禁物であり、いかなる出血も医師への報告が必要です。¹

• 比較的心配の少ないケース：妊娠ごく初期の「着床出血」、子宮頸管ポリープからの出血、出産が近づいた時期の「おしるし」などがあります。⁶⁷
• 危険なサインの可能性：流産や早産（切迫流産・切迫早産）、胎盤の異常（常位胎盤早期剥離など）の兆候である可能性もあります。特に鮮血や持続する出血、腹痛を伴う場合は、直ちに医療機関への連絡が必要です。⁷¹

【性状・匂いで判断】泡状、強い悪臭

おりものの見た目や匂いの変化も重要な手がかりとなります。

• 泡状（あわじょう）：トリコモナス腟炎に非常に特徴的なサインです。⁶
• 強い悪臭（魚が腐ったような匂い）：細菌性腟症（BV）の最も顕著な症状です。トリコモナス腟炎でも同様の匂いがすることがあります。¹

特に心配な2大状況の見分け方：破水・尿漏れと危険な出血

妊娠中の女性が特にパニックに陥りやすいのが、「破水」と「危険な出血」です。これらを正しく見分けるための具体的な比較ガイドを作成しました。

比較表：おりもの、尿漏れ、それとも破水？見分け方ガイド

「水っぽいおりもの」が大量に出ると、「破水かも？」と非常に不安になります。しかし、妊娠後期には膀胱が圧迫されて尿漏れも起こりやすくなります。以下の表は、それぞれの特徴を比較し、冷静な判断を助けるためのものです。破水は赤ちゃんが感染の危険に晒されるため、迅速な対応が不可欠です。²

比較表：心配ない出血と、すぐに受診が必要な出血

妊娠中の出血はすべてが危険な兆候というわけではありませんが、その違いを知っておくことが重要です。以下の表で、一般的な出血の種類と緊急性を要する出血の特徴を解説します。

おりもの異常を引き起こす主な病気

おりものの異常は、多くの場合、治療可能な感染症が原因です。ここでは、妊娠中によく見られる主な腟感染症について、その原因、症状、治療法を専門的な観点から解説します。

細菌性腟症 (Bacterial Vaginosis – BV)：特徴的な魚の匂い

細菌性腟症は、健康な腟内を保つラクトバチルス菌が減少し、代わりにガードネレラ菌などの様々な嫌気性菌が増殖する、腟内の細菌バランスの乱れ（ディスバイオーシス）です。⁶³⁷ 妊娠中は13.6%から25.9%の妊婦さんが罹患するという報告もあります。³⁰

• 症状：灰色がかった水っぽいおりもの、特徴的な魚の腐ったような強い匂い（アミン臭）が特徴です。かゆみは少ないことが多いです。⁶
• 妊娠への影響：早産、前期破水、絨毛膜羊膜炎などのリスクと関連が指摘されています。¹²
• 治療：日本産科婦人科学会のガイドラインでは、メトロニダゾール（内服薬または腟錠）やクリンダマイシン（腟クリーム）などが用いられます。¹⁷ 重要な点として、同ガイドラインでは、症状のない低リスク妊婦に対する一律の細菌性腟症スクリーニング（検査）は、その後の治療が早産予防に繋がるという十分な証拠がないため、推奨されていません。¹² しかし、症状がある場合は、不快感を和らげ、合併症を防ぐために治療が行われます。

外陰腟カンジダ症 (Vulvovaginal Candidiasis – VVC)：強いかゆみと特徴的なおりもの

カンジダは、もともと腟内に存在する常在菌（真菌）の一種ですが、妊娠によるホルモン環境の変化や免疫力の低下などによって異常増殖すると、症状を引き起こします。¹¹ 報告によると、妊婦の約30%がカンジダ菌を保有し、そのうち約10%が症状を発症するとされています。¹¹³⁰

• 症状：白くポロポロとした塊状（カッテージチーズ、酒粕、ヨーグルト状）のおりものと、外陰部の耐え難いほどの強いかゆみやヒリヒリとした痛みが特徴です。匂いはほとんどありません。⁶
• 治療：妊娠中は、赤ちゃんへの影響を最小限にするため、クロトリマゾールやミコナゾールなどの抗真菌薬の腟錠やクリームといった局所療法が第一選択となります。¹¹ フルコナゾールなどの経口抗真菌薬は、通常、妊娠中は使用を避けられます。³⁶

トリコモナス腟炎 (Trichomoniasis)：泡状のおりものと悪臭

トリコモナス原虫という寄生虫によって引き起こされる性感染症（STI）です。⁶

• 症状：黄緑色で泡立ったおりものと、強い悪臭が特徴です。外陰部の強いかゆみや痛みを伴うこともあります。⁶
• 妊娠への影響：早産や低出生体重児のリスクと関連があります。¹⁵
• 治療：メトロニダゾールの内服が標準的な治療法です。再感染を防ぐために、パートナーも同時に治療を受けることが不可欠です。⁶

その他の性感染症（クラミジアなど）

クラミジア感染症などもおりものの異常を引き起こすことがありますが、自覚症状が乏しい場合も多いです。妊婦健診の初期検査に含まれていることが多く、早期発見・早期治療が重要です。これらの感染症は産道感染によって赤ちゃんに影響を与える可能性があります。

いつ病院へ行くべき？判断の目安と受診のポイント

おりものの変化に気づいたとき、すぐに病院へ行くべきか、次の健診まで待ってもよいか、判断に迷うことがあるでしょう。ここでは、具体的な状況に応じた行動の指針を示します。

行動フローチャート：すぐ受診？様子見でいい？

以下のフローを参考に、ご自身の状況に最も近い行動を選択してください。

• 【緊急事態：すぐに救急車を呼ぶか、産院へ緊急連絡】
  • 鮮血のような多量の出血がある¹
  • 我慢できないほどの強い腹痛がある¹
• 【至急連絡：すぐに産院へ電話し、指示を仰ぐ】
  • 破水が疑われる（自分の意思で止められない水っぽい液体が流れ続ける）²
  • 出血が続いている、または量が増えている
• 【診療時間内に連絡：受診を相談する】
  • おりものの色が明らかに異常（黄色、緑、灰色など）⁶
  • おりものが泡立っている、または白い塊状である⁶
  • 魚の腐ったような強い悪臭がある¹
  • 外陰部に強いかゆみや痛みがある⁶
• 【次の健診で相談：様子を見てもよい可能性が高い】
  • 量は増えたが、色や匂いは普段と変わらない
  • 下着の上で乾燥すると少し黄色っぽくなる程度¹⁹
  • その他、気になるが急を要するとは思えない変化

重要：上記はあくまで一般的な目安です。少しでも不安や疑問があれば、遠慮なくかかりつけの産院に電話で相談してください。²⁵

受診の準備：医師に正確に伝えるためのチェックリスト

的確な診断を受けるためには、症状を正確に医師に伝えることが非常に重要です。受診前に以下の点を整理しておくと、診察がスムーズに進みます。

• 症状はいつから始まりましたか？
• おりものの色、量、匂い、性状（水っぽい、ネバネバ、ポロポロなど）は具体的にどのようなものですか？
• かゆみ、痛み（ヒリヒリ感）、腹痛、発熱などの他の症状はありますか？
• 最近、性交渉はありましたか？パートナーに何か症状はありますか？⁴⁴
• 過去に同じような症状を経験したことはありますか？

自分でできるおりもの対策とデリケートゾーンの正しいケア

感染症の予防や不快感の軽減のために、日常生活でできるセルフケアがあります。ただし、「やりすぎ」は逆効果になることもあるため注意が必要です。

下着の選び方と、おりものシートの賢い使い方

• 下着の素材：通気性が良く、肌に優しい綿（コットン）素材の下着を選びましょう。湿気がこもりにくく、細菌の増殖を防ぎます。合成繊維のタイトな下着は避けるのが賢明です。¹⁶ クロッチ（股布）部分が白い色の下着を選ぶと、おりものの色の変化に気づきやすいという利点もあります。²⁷
• おりものシート：不快感を軽減するために使用するのは問題ありませんが、こまめに取り替えることが絶対条件です。長時間同じシートを使い続けると、湿気で蒸れてしまい、かえって細菌やカンジダ菌が繁殖しやすい環境を作ってしまいます。¹

洗いすぎはNG！デリケートゾーンの正しい洗浄方法

清潔を保つことは重要ですが、洗いすぎは腟内の善玉菌まで洗い流してしまい、自浄作用を弱める原因になります。以下の点を守りましょう。

• 洗浄は外陰部のみとし、腟の中まで洗う「腟洗浄（ビデ）」は絶対にやめましょう。¹
• 洗浄剤は、無香料で刺激の少ない弱酸性のものを選ぶか、ぬるま湯で優しく洗い流すだけで十分です。
• 排泄後は、細菌が腟に侵入するのを防ぐため、必ず「前から後ろへ」拭くように習慣づけましょう。¹⁶

よくある質問

結論

妊娠中のおりものの変化は、あなたの体が新しい命を育み、守るために懸命に働いている証です。その多くは正常な生理的変化ですが、時には治療が必要な感染症や、注意すべき産科的異常のサインであることもあります。最も大切なことは、変化に気づいたときに一人で悩みすぎず、情報を鵜呑みにせず、専門家であるかかりつけの産婦人科医に相談することです。本記事で提供した知識が、ご自身の状態を客観的に把握し、不要な不安を和らげ、必要な時には適切な行動をとるための一助となれば幸いです。あなたのマタニティライフが、健やかで安心に満ちたものであることを、JHO編集部一同、心より願っております。