【医師監修】妊娠中の血液検査完全ガイド:お母さんと赤ちゃんの未来を守る科学的根拠と日本の基準
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【医師監修】妊娠中の血液検査完全ガイド:お母さんと赤ちゃんの未来を守る科学的根拠と日本の基準

妊娠は、女性の人生における最も変化に富んだ、そして喜ばしい期間の一つです。この特別な時期に、母体と胎児の健康を守るために行われる数々のケアの中で、血液検査は極めて重要な役割を担っています。それは単なる臨床的な手続きではなく、お母さんの体と、その中で育まれる新しい命との間の「生命の対話」を可能にする、科学的かつ積極的な手段です。この対話を通じて、医療チームは妊娠期間中の安全を確保し、最良の出産を迎えるための準備を整えることができます。

この記事の科学的根拠

この記事は、明示的に引用された最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。

  • 厚生労働省: 日本における妊婦健診の標準回数(14回)や公的助成制度に関する記述は、厚生労働省の公式な基準と通知に基づいています47
  • 日本産科婦人科学会(JSOG): 新型出生前診断(NIPT)に関する倫理的枠組みや遺伝カウンセリングの重要性についての記述は、日本産科婦人科学会が定める指針に準拠しています36
  • 世界保健機関(WHO): 妊婦健診の国際的な推奨回数や必須検査項目に関する比較は、WHOの公式ガイドラインに基づいています434445
  • 米国産科婦人科学会(ACOG): 出生前遺伝学的検査の選択肢提供に関する米国の考え方や、特定の検査の推奨についての記述は、ACOGの診療ガイドラインを情報源としています3241
  • 米国疾病予防管理センター(CDC): 周産期の感染症スクリーニングに関する米国の徹底したアプローチについての記述は、CDCの勧告に基づいています4950

要点まとめ

  • 妊娠中の血液検査は、母体と胎児の健康状態を把握し、問題を早期発見・早期介入するための不可欠な「生命の対話」です。
  • 日本の妊婦健診は厚生労働省の基準に基づき約14回行われ、費用は公費助成で大幅に軽減されます710
  • 大規模な血液検査は主に妊娠初期・中期・後期の3回実施され、貧血、感染症、妊娠糖尿病などを体系的にチェックします1
  • 新型出生前診断(NIPT)は精度の高いスクリーニング検査ですが、確定診断には羊水検査などが必要です。日本では遺伝カウンセリングが必須とされています3436
  • 検査結果で基準値から外れても、それは治療やより注意深い管理への第一歩です。医師とよく相談し、指示に従うことが重要です。

第1章:生命の対話 なぜ妊娠中の血液検査は不可欠なのか

妊娠は、女性の人生における最も変化に富んだ、そして喜ばしい期間の一つです。この特別な時期に、母体と胎児の健康を守るために行われる数々のケアの中で、血液検査は極めて重要な役割を担っています。それは単なる臨床的な手続きではなく、お母さんの体と、その中で育まれる新しい命との間の「生命の対話」を可能にする、科学的かつ積極的な手段です。この対話を通じて、医療チームは妊娠期間中の安全を確保し、最良の出産を迎えるための準備を整えることができます。

母体の血液:胎児の生命線

お母さんの血液は、胎児にとって文字通りの生命線です。胎盤を通じて、血液は酸素と栄養を胎児に届け、同時に胎児から排出される老廃物を運び去ります1。この絶え間ない循環が、胎児の健全な発育の基盤となります。したがって、お母さんの血液の状態は、直接的に胎児の健康に影響を及ぼします。母体の血液に何らかの異常があれば、それは胎児への潜在的なリスクを示唆するサインとなり得ます。このため、定期的な血液検査によって母体の血液をチェックすることは、胎児の健康を守る上で不可欠なのです1

早期発見と積極的なケア

妊娠中の血液検査の第一の目的は、問題を「見つける」ことだけではありません。むしろ、潜在的なリスクを早期に「察知」し、深刻な事態に至る前に積極的に介入することにあります2。例えば、貧血の兆候があれば鉄剤の補充や食事指導を行い、胎児への酸素供給を最適化します1。血糖値に懸念があれば、食事療法や運動を通じて代謝環境を整えます3。このように、血液検査は単なる合否判定ではなく、母体と胎児にとっての最適な生理学的環境を維持・改善するための「健康最適化」のツールなのです。異常が見つかった場合でも、それは治療やより注意深い経過観察への第一歩であり、安全な妊娠・出産への道を確かなものにするための重要な情報となります1

あなたの身体と赤ちゃんとの「対話」

一連の血液検査は、妊娠期間を通じて行われる、あなたの身体と赤ちゃんの状態に関する構造化された「対話」と捉えることができます。各検査は、その時点での健康状態のスナップショットを提供します。これにより、医師や助産師は、一人ひとりの妊娠のユニークな物語を理解し、個別の状況に合わせた最適なケアを計画することができます4。この視点は、妊婦さんが単に医療指示に従う受動的な存在から、自らの健康管理に積極的に参加する主体的なパートナーへと変わることを促します。

よくある不安に応える

血液検査やその結果に対して、不安を感じるのは自然なことです5。しかし、これらの検査は、現代の産科医療において標準的かつ安全なものであり、母子双方にとって計り知れない価値があることを理解することが重要です。検査は、不確実性を減らし、安心材料を提供し、最終的に最良の健康状態へと導くために設計されています6。この記事は、そのプロセス全体を解き明かし、あなたが自信を持って妊娠期間を過ごせるよう、正確で、信頼でき、そして心強い情報を提供することを目的としています。

第2章:日本の妊婦健診ジャーニー:標準スケジュールと費用

日本における妊婦ケアは、国が定めた手厚い制度に基づいており、その中心となるのが「妊婦健康診査(妊婦健診)」です。このセクションでは、妊婦健診の標準的な流れを理解し、特に血液検査がいつ行われるのか、そして関連する費用について具体的に解説します。このプロセスを事前に把握することは、安心して健診に臨むための第一歩です。

厚生労働省の基準:14回の健診が基本

日本の妊婦健診は、厚生労働省が示す「妊婦に対する健康診査についての望ましい基準」に基づいており、妊娠期間を通じて合計14回程度の受診が推奨されています7。この構造化されたスケジュールは、妊娠期間中の母体と胎児の変化を継続的に追跡し、リスクを早期に発見するための、日本の公衆衛生戦略の根幹をなすものです。この徹底したデータ収集とリスク管理へのアプローチは、日本の産科医療の質の高さを支える重要な要素です。
標準的な受診間隔は以下の通りです4

  • 妊娠初期〜23週まで: 4週間に1回
  • 妊娠24週〜35週まで: 2週間に1回
  • 妊娠36週〜出産まで: 1週間に1回

これはあくまで標準的なモデルであり、個々の健康状態に応じて医師の判断で健診間隔が調整されることがあります4

血液検査が行われるタイミング

この14回の健診の中で、大規模な血液検査は主に3回、妊娠の各ステージに合わせて計画的に実施されます1

  • 初期検査: 妊娠8週〜12週頃1
  • 中期検査: 妊娠24週〜28週頃11
  • 後期検査: 妊娠36週頃11

これらの検査は、妊娠の進行に伴って変化する母体の状態や、特定の時期に顕在化しやすいリスクを捉えるために、戦略的に配置されています。

費用の内訳と公費助成の活用

妊婦健診は原則として健康保険の適用外(自費診療)となるため、費用を心配する方も少なくありません。

  • 総額の目安: 妊娠期間全体での健診費用は、合計で10万円から15万円程度が一般的です1
  • 1回あたりの費用: 体重測定や血圧測定などの基本的な健診のみの場合は1回3,000円〜7,000円程度ですが、血液検査などが加わる日には1万円〜2万円、あるいはそれ以上の費用が必要になることがあります1

しかし、日本ではこの経済的負担を大幅に軽減するための公費助成制度が整備されています。

  • 妊婦健康診査受診票: 自治体の窓口に妊娠届を提出すると、「母子健康手帳」と共に「妊婦健康診査受診票(補助券)」が交付されます10。これを医療機関の窓口に提出することで、健診費用の一部または全額が助成されます。
  • 自治体による差: 助成される金額や回数、対象となる検査項目は、お住まいの市区町村によって異なります20。転居した場合は、新しい居住地の自治体で手続きが必要になることがあります。

この標準化された健診スケジュールと公費助成制度は、すべての妊婦が経済的な障壁なく質の高いケアを受けられるようにするための、日本の社会的なセーフティネットと言えます。この制度の背景を理解することは、患者が自身の受けるケアの価値を認識し、より積極的に健診に臨む助けとなります。

健診を受ける場所

妊婦健診は主に病院や診療所(クリニック)で受けることができます。助産所で出産を予定している場合でも、助産師と相談の上、妊娠期間中に数回は連携する病院や診療所で医師による健診(特に超音波検査や血液検査など)を受けることが推奨されています4

第3章:すべての土台となる妊娠初期の血液検査(妊娠4週〜15週頃)

妊娠初期に行われる血液検査は、全妊娠期間を通じて最も項目が多く、包括的なものです。この検査は、母体の基本的な健康状態を把握し、妊娠経過や胎児に影響を与えうる既存の疾患や体質、感染症の有無を確認するための「基礎調査」と位置づけられます。ここで得られる情報は、その後の妊娠管理計画全体の土台となります。

3.1. 血算(けっさん)- Complete Blood Count (CBC)

「血算」は「血球算定」の略で、血液中に含まれる主要な細胞成分である赤血球、白血球、血小板の数や状態を調べる基本的な検査です21

  • 貧血(Anemia)のチェック: 妊娠中は、胎児の発育と自身の循環血液量の増加に対応するため、通常よりも多くの鉄分が必要となります。そのため、鉄欠乏性貧血になりやすい状態です21。血算では、酸素を運搬するヘモグロビン(Hb, 血色素)の濃度や、血液全体に占める赤血球の割合を示すヘマトクリット(Ht)値を測定します21。妊娠中の貧血は、一般的にヘモグロビン値が11.0g/dL未満(後期には10.5g/dL未満)で診断され、動悸、息切れ、疲労感の原因となります14。早期に発見することで、食事指導や鉄剤の処方により、胎児への十分な酸素供給を確保し、分娩時の出血に備えることができます1
  • 感染症(Infection)のスクリーニング: 白血球(WBC)は、体内に侵入した細菌やウイルスから身体を守る免疫細胞です。白血球数が基準値より多い場合は細菌感染症が、発熱があるにもかかわらず白血球数が少ない場合はウイルス感染症が疑われます11
  • 出血傾向(Bleeding Tendency)の評価: 血小板(PLT)は、出血時に血液を固めて止血する役割を担います。血小板数が少ないと、分娩時に出血が止まりにくくなるリスクがあるため、事前の確認が重要です16

3.2. 血液型(Blood Typing)

血液型検査は、緊急時の備えと、母子間の血液型不適合によるリスクを評価するために不可欠です1

  • ABO式・Rh式血液型: 分娩時に予期せぬ大量出血が起こった場合、迅速かつ安全な輸血を行うために、正確な血液型(A, B, O, AB型およびRh+, Rh-)を事前に把握しておく必要があります1
  • 不規則抗体スクリーニング: これは特に重要な検査です。母体と胎児の血液型が異なる場合、母体の免疫系が胎児の赤血球を「異物」と認識し、それを破壊する抗体(不規則抗体)を産生することがあります。これを「血液型不適合妊娠」と呼びます12。最も知られているのは、母親がRh(-)で胎児がRh(+)の場合ですが、他の血液型抗原でも起こり得ます22。この抗体が存在すると、胎児が重度の貧血や黄疸(新生児溶血性疾患, HDFN)を起こす可能性があるため、陽性の場合はより厳重な管理が必要となります12

3.3. 感染症スクリーニング(Infectious Disease Screening)

妊娠中に母親が特定の感染症にかかると、胎盤や産道を通じて赤ちゃんに感染(母子感染)し、深刻な影響を及ぼすことがあります。このスクリーニングは、それを未然に防ぐための重要な防衛線です2

  • 梅毒(Syphilis): 法律で義務付けられている検査です。母親が感染している場合、妊娠初期に適切な治療(ペニシリン)を行うことで、胎児への感染(先天梅毒)を防ぐことができます1
  • B型肝炎(Hepatitis B): HBs抗原検査で、母親がB型肝炎ウイルスのキャリアかどうかを調べます。陽性の場合、出産直後に赤ちゃんに免疫グロブリンとワクチンを投与することで、95%以上の確率で母子感染を防ぐことができます2
  • C型肝炎(Hepatitis C): HCV抗体検査で、C型肝炎ウイルスへの感染歴を調べます。陽性の場合、赤ちゃんの感染リスクを評価し、出生後の適切なフォローアップにつなげます1
  • HIV(エイズ): HIV抗体検査を行います。母親が陽性であっても、妊娠中からの抗ウイルス薬の服用、帝王切開による分娩、人工栄養(ミルク)育児といった対策を講じることで、母子感染のリスクを1%未満にまで大幅に低減できます1
  • 風疹(Rubella): 風疹ウイルスへの免疫(抗体価)があるかを調べます。妊娠20週頃までに母親が初めて風疹に感染すると、胎児が心臓疾患、難聴、白内障などの障害(先天性風疹症候群)を持って生まれるリスクが非常に高くなります12。抗体価が低い(例:16倍以下など12)場合は、妊娠中の感染予防に細心の注意を払い、出産後にワクチン接種を受けることが推奨されます12
  • HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス): 日本の南西部などに比較的多いウイルスで、主に母乳を介して感染します。キャリアであることが分かれば、ミルク栄養を選択することで赤ちゃんへの感染を防ぐことができます1
  • トキソプラズマ(Toxoplasmosis): 生肉や加熱不十分な肉の摂取、猫の糞や土いじりなどを介して感染する寄生虫です。妊娠中の初感染は、胎児に水頭症などの影響を及ぼす可能性があります12。抗体がない場合は、妊娠中の予防策(肉の十分な加熱、ガーデニング時の手袋着用など)を徹底することが重要です13
  • サイトメガロウイルス(CMV): 多くの人が知らないうちに感染している一般的なウイルスですが、妊娠中の初感染は胎児に発育遅延や難聴などの影響を与えることがあります23。抗体がない場合は、特に上の子どもの唾液や尿との接触に注意するなど、衛生管理が勧められます。

3.4. 代謝・内分泌系スクリーニング(Metabolic and Endocrine Screening)

  • 血糖(Blood Glucose)とHbA1c: 妊娠前から存在する糖尿病や、妊娠を機に血糖値が上がりやすくなる体質(耐糖能異常)を早期に発見するための検査です11。空腹時血糖値が100mg/dl以上などの場合に、より詳しい検査が必要となることがあります26。HbA1cは過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する指標です11
  • 甲状腺機能(Thyroid Function): TSH(甲状腺刺激ホルモン)を測定します。妊娠は甲状腺に大きな影響を与え、機能低下症(甲状腺ホルモン不足)は流産や早産、胎児の脳発達への影響と関連します11。妊娠初期のTSHの望ましい基準値は2.5μU/ml未満とされ、異常があれば甲状腺ホルモン薬による治療が行われます11

これらの多岐にわたる検査は、一見すると複雑に思えるかもしれませんが、それぞれが母と子の健康な未来を守るための重要なピースです。以下の表は、これらの検査を一覧で確認し、その目的を理解するための手助けとなるでしょう。

表1: 妊娠初期の主要血液検査項目一覧
検査項目 (Test Item) 主な目的 (Primary Purpose) なぜ重要か (Why It’s Important) 関連する疾患・状態 (Related Conditions)
血算 (CBC) 母体の貧血、感染の有無、止血能力(血小板数)を確認する。 胎児への酸素供給、母体の体力維持、分娩時出血への備え。 鉄欠乏性貧血、感染症、血小板減少症
血液型 (ABO/Rh) & 不規則抗体 緊急輸血への備えと、母子間の血液型不適合のリスクを評価する。 安全な輸血の確保、胎児の貧血や黄疸(新生児溶血性疾患)の予防。 Rh不適合妊娠、その他の血液型不適合妊娠
梅毒 (Syphilis) 母子感染を防ぐためのスクリーニング。 早期治療により、深刻な障害を引き起こす先天梅毒を予防できる。 先天梅毒
B型肝炎 (Hepatitis B) 母子感染を防ぐためのキャリア検査。 出生直後のワクチンと免疫グロブリン投与で、赤ちゃんの慢性肝炎化を防ぐ。 B型肝炎ウイルスキャリア、新生児B型肝炎
C型肝炎 (Hepatitis C) 母子感染リスク評価のためのスクリーニング。 出生後の赤ちゃんの適切な健康管理とフォローアップ計画に不可欠。 C型肝炎ウイルスキャリア
HIV (AIDS) 母子感染を防ぐためのスクリーニング。 妊娠中からの治療で、赤ちゃんへの感染リスクを劇的に低減できる。 母子感染
風疹 (Rubella) 免疫の有無を確認し、先天性風疹症候群のリスクを評価する。 妊娠初期の感染は胎児に重篤な障害を引き起こすため、抗体のない妊婦は感染予防が必須。 先天性風疹症候群
HTLV-1 母乳を介した母子感染を防ぐためのキャリア検査。 検査結果に基づき授乳方法(ミルク栄養)を選択することで、感染を予防できる。 成人T細胞白血病
血糖 (Glucose) & HbA1c 妊娠糖尿病や明らかな糖尿病のスクリーニング。 血糖コントロールは、巨大児や新生児低血糖などの合併症を防ぐために重要。 妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠
甲状腺機能 (TSH) 妊娠に伴う甲状腺機能異常をスクリーニングする。 母親の甲状腺機能は、流産・早産の予防や胎児の正常な脳発達に不可欠。 甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症

第4章:変化への適応 妊娠中期の血液検査(妊娠24週〜35週頃)

妊娠中期は、胎児が急速に成長し、母体の生理機能に大きな負荷がかかる時期です。この時期の血液検査は、妊娠という特別な状態に対する母体の「適応能力」を監視することに主眼が置かれています。初期の検査でベースラインを確立した後、中期検査では妊娠の進行に伴って新たに生じうる問題、特に代謝と血液の変化を捉えます。

4.1. 妊娠糖尿病(Gestational Diabetes Mellitus, GDM)

妊娠中期になると、胎盤から分泌されるホルモンがインスリンの働きを妨げる(インスリン抵抗性)ため、血糖値が上がりやすくなります15。妊娠糖尿病は、もともと糖尿病ではなかった人が妊娠をきっかけに発症する糖代謝異常です。自覚症状がほとんどないため、検査によるスクリーニングが極めて重要です。

  • スクリーニング検査(50g GCT): 日本の多くの施設では、妊娠中期に「50gグルコースチャレンジテスト(GCT)」が行われます15。これは、予約時間や食事に関係なく、ブドウ糖50gを含む甘い液体を飲み、1時間後に採血して血糖値を測定する検査です15。この結果が基準値(多くは140mg/dl)以上の場合、妊娠糖尿病の疑いありと判断され、より精密な検査に進みます1
  • 確定診断検査(75g OGTT): スクリーニングで陽性となった場合、「75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)」という確定診断のための検査が行われます。これは、空腹の状態で採血した後、ブドウ糖75gの液体を飲み、1時間後と2時間後に再度採血を行う検査です15。以下の基準のうち1つでも満たすと、妊娠糖尿病と診断されます。
    • 空腹時血糖値 ≥92mg/dl
    • 1時間値 ≥180mg/dl
    • 2時間値 ≥153mg/dl
  • 管理と影響: 妊娠糖尿病と診断されると、母体自身には合併症のリスク(妊娠高血圧症候群など)が、また赤ちゃんには巨大児、出生後の低血糖、将来の肥満や糖尿病のリスクが高まる可能性があります。管理はまず食事療法と運動療法から開始され、それでも血糖値が目標値(例:食後2時間値120mg/dl未満など)に収まらない場合は、インスリン注射による治療が必要となります15

この検査は、妊娠が母体の代謝システムにどれほどの挑戦を強いているかを評価するものです。これは個人の生活習慣の問題というよりは、妊娠に伴う生理的な変化が個々の体質と相互作用した結果であり、適切な管理によって母子ともに健康な出産を迎えることが可能です。

4.2. 妊娠中期・後期の貧血

妊娠中期は、循環血液量が最大になる時期であり、血液が「薄まりやすく」なるため、初期には問題がなかった人でも貧血が進行することがあります28。そのため、この時期に再度、血算(CBC)による貧血のチェックが行われます。

  • 血算の再評価: ヘモグロビン(Hb)やヘマトクリット(Ht)の値を再度測定し、貧血の進行がないかを確認します。WHOの基準では、特に妊娠中期はヘマトクリット値が32%未満で貧血と定義されています28
  • 貯蔵鉄の評価(フェリチン): より詳細な評価として、「血清フェリチン」を測定することがあります。フェリチンは体内に貯蔵されている鉄(貯蔵鉄)の量を反映するタンパク質です28。ヘモグロビン値がまだ正常範囲内であっても、フェリチン値が低い場合は「かくれ貧血(潜在的鉄欠乏状態)」と判断でき、本格的な貧血に進行する前に鉄剤の補充を開始するなどの早期介入が可能になります。これは、胎児の鉄需要がピークに達する後期に備える上で非常に有益な情報です。

中期検査は、妊娠というダイナミックな変化の中で、母体が健康を維持できているかを確認するための重要なチェックポイントです。ここで得られた情報に基づきケアを調整することで、妊娠後期と出産に向けた万全の準備を整えることができます。

第5章:出産への最終準備 妊娠後期の血液検査(妊娠36週以降)

妊娠後期、特に出産が間近に迫った時期に行われる血液検査は、分娩という大イベントに向けた最終的な「安全確認(プレフライト・チェック)」です。この段階の検査は、分娩時および分娩直後の母子の安全を最大限に確保することに特化しています。目的は、分娩時の出血への備え、麻酔の安全性の確認、そして新生児への感染予防という、極めて実践的かつ時間的制約のある課題に対応することです。

5.1. 最終的な貧血と血小板の確認

分娩時には、生理的な範囲内である程度の出血は避けられません。母体がこの出血に十分耐えられる状態にあるかを確認するため、妊娠36週頃に最後の血算(CBC)が行われます3

  • 貧血の最終評価: ヘモグロビン値が低いままだと、分娩時の出血によって重度の貧血に陥り、産後の回復が遅れる原因となります。この検査で貧血が確認された場合は、出産までに鉄剤の静脈注射なども含めた集中的な治療が行われることがあります16
  • 血小板数の最終確認: 血小板は血液凝固の主役です。血小板数が著しく低い場合(血小板減少症)、分娩時の止血が困難になったり、帝王切開時の出血量が増加したりするリスクがあります16

5.2. 血液凝固機能の検査

特に妊娠高血圧症候群を発症している場合や、血小板数が少ない場合、あるいは帝王切開が予定されている場合などには、血液が正常に固まる能力があるかを調べる「血液凝固検査」が行われることがあります16

  • 麻酔方法への影響: この検査の結果は、麻酔科医が安全な麻酔方法を選択する上で極めて重要です。血液が固まりにくい状態にあると、背中に針を刺す硬膜外麻酔や脊椎麻酔(区域麻酔)を行った際に出血が止まらず、脊髄を圧迫する血腫を作るという稀ながら重篤な合併症のリスクが高まります。そのため、凝固機能に異常がある場合は、帝王切開の際に区域麻酔ではなく全身麻酔が選択されることがあります16

5.3. その他の後期スクリーニング(文脈理解のための補足)

血液検査ではありませんが、後期の包括的な安全確認の一環として、「B群溶血性レンサ球菌(GBS)」の検査についても触れておくことが重要です。

  • GBS検査: 妊娠35週から37週頃に、腟や肛門周辺の分泌物を綿棒で採取して行われる細菌検査です6。妊婦の15〜40%がこの菌を無症状で保菌しているとされ、分娩時に産道を通じて赤ちゃんに感染すると、新生児が重篤な敗血症や髄膜炎を起こすことがあります16。GBSが陽性と判明した場合は、分娩開始後から抗生物質の点滴を行うことで、赤ちゃんへの感染を効果的に予防できます16

このように、妊娠後期の検査は、目前に迫った出産というゴールに向けて、母子双方の安全を確保するための最終的な準備段階です。これらの「プレフライト・チェック」を一つひとつクリアしていくことは、安心して分娩に臨むための心強いプロセスと言えるでしょう。

第6章:高度な知見 出生前遺伝学的検査を理解する

近年の医療技術の進歩により、妊娠中に行われる血液検査の範囲は、母子の身体的な健康状態の評価に加え、胎児の遺伝学的な特徴に関する情報を提供するものにまで広がっています。この分野の検査、特に新型出生前診断(NIPT)は、多くの期待とともに、倫理的な課題や慎重な情報提供が求められる繊細な領域です。ここでは、その内容を正確かつ感受性豊かに解説します。

6.1. 出生前遺伝学的検査の進化

伝統的に、胎児の染色体異常のリスクを評価する方法として、母体血清マーカー検査(クアトロテストなど)や超音波検査が用いられてきました31。これらは、特定のタンパク質の濃度や胎児の身体的特徴から統計的なリスクを算出するものです。近年、これらに加えて、より精度の高いスクリーニング検査として「非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)」が登場しました34

6.2. NIPT:それが何か、そして何でないか

  • 仕組み: NIPTは、妊娠10週頃から実施可能な血液検査です。母親の血液中には、胎盤由来のDNAの断片(cell-free DNA, cfDNA)がごく微量に浮遊しています34。NIPTは、このcfDNAを次世代シーケンサーと呼ばれる技術で解析し、胎児が特定の染色体異数性(染色体の数の異常)を持つ可能性を評価します。主な対象は、21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーです34
  • 極めて重要な区別:スクリーニング検査 vs 診断検査: NIPTは非常に精度の高いスクリーニング検査(非確定的検査)ですが、診断検査(確定的検査)ではありません34。これは最も理解すべき重要な点です。「陽性」という結果は、胎児がその染色体異常を持つ可能性が「非常に高い」ことを示しますが、100%の確定診断ではありません。偽陽性(実際には異常がないのに陽性と出る)の可能性も存在します36
  • 確定診断の必要性: NIPTで陽性の結果が出た場合、診断を確定するためには、羊水検査や絨毛検査といった侵襲的な診断検査を受ける必要があります36。これらの検査は、胎児自身の細胞を採取して染色体を直接調べるため、確定的な診断が可能です。

6.3. 日本におけるNIPT:JSOGの倫理的枠組み

日本では、NIPTの提供は日本産科婦人科学会(JSOG)および日本産婦人科医会(JAOG)が定めた厳格な指針に基づいて行われています36。この枠組みは、単なる技術の導入ではなく、倫理的な配慮と妊婦への手厚いサポートを最優先する日本の慎重な姿勢を反映しています。

  • 遺伝カウンセリングの必須性: 日本の指針の核となるのは、検査の前後に専門家による十分な遺伝カウンセリングを受けることが必須であるという点です37。これは、妊婦とそのパートナーが検査の意義、限界、結果がもたらす意味を完全に理解し、熟慮の上で自律的な意思決定を下せるように支援するためのものです。このカウンセリング体制は、単なる手続きではなく、精神的なサポートを提供するセーフティネットとして機能します。
  • 対象となる妊婦: 当初、NIPTの対象は、高年齢の妊婦、染色体異常のある子を妊娠した既往のある妊婦、超音波検査などで胎児の染色体異常が示唆された妊婦などに限定されていました36。近年、その対象は広がる傾向にありますが、依然として遺伝カウンセリング体制が整った認定施設での実施が原則となっています40

6.4. 一般的なトリソミーを超えて

一部のNIPTでは、性染色体の異数性や、微小欠失症候群といった、より稀な遺伝学的変化についても調べることが可能です。しかし、これらの検査項目については、一般的なトリソミーに比べて陽性的中率(陽性結果が本当に陽性である確率)が低く、偽陽性の割合が高くなることが知られています35。そのため、米国産科婦人科学会(ACOG)などの主要なガイドラインでは、現時点で微小欠失症候群のルーチンなスクリーニングは推奨されていません41
出生前遺伝学的検査は、家族に重要な情報をもたらす可能性がある一方で、複雑な決断を迫ることもあります。日本のNIPT提供体制は、こうした検査の倫理的・心理的側面を深く考慮し、妊婦が孤立することなく、十分な情報とサポートの中で自らの道を決定できるよう設計されているのです。

第7章:グローバルな視点 日本の妊婦ケアの国際比較

日本の妊婦健診制度は非常に手厚いことで知られていますが、世界各国の基準と比較することで、その特徴や強みをより深く理解することができます。このセクションでは、世界保健機関(WHO)や欧米の主要な産科関連機関のガイドラインと日本の制度を比較し、日本の妊婦ケアが国際的にどのような位置づけにあるのかを明らかにします。

7.1. 世界保健機関(WHO):ポジティブな妊娠体験と受診回数の重視

WHOは2016年にガイドラインを改訂し、単なる疾病予防だけでなく、妊婦が「ポジティブな妊娠体験(positive pregnancy experience)」を得ることを新たな目標に掲げました43

  • 推奨受診回数: 周産期死亡率を減少させるエビデンスに基づき、推奨される最低限の健診回数を従来の4回から8回に倍増させました44。その内訳は、妊娠初期に1回、中期に2回、そして後期に5回と、出産が近づくにつれて頻度を増やすモデルです43。日本の14回という基準は、このWHOの最低基準を大きく上回る手厚いものです。
  • 必須の血液検査: WHOがグローバルな基準として必須と位置づけている血液検査は、梅毒と重度の貧血のスクリーニングです45

7.2. 米国産科婦人科学会(ACOG):遺伝学的検査の普遍的な選択肢提供

アメリカの産科医療の基準となるACOGのガイドラインは、患者の自律的な意思決定を尊重する姿勢が特徴です。

  • 普遍的なオファー(Universal Offer): ACOGの主要な方針は、妊婦の年齢やリスクに関わらず、すべての妊婦に対して、胎児の染色体異常に関するスクリーニング検査(血清マーカー検査およびNIPT)と診断検査(羊水検査など)の選択肢が提供されるべきである、というものです32。これは、検査を受けるかどうかの判断を妊婦自身に委ねる「普遍的な選択肢の提供」というアプローチです。
  • 構造的異常のスクリーニング: すべての妊婦に、妊娠中期(18〜22週)の超音波検査による胎児の形態異常スクリーニングを推奨しています32

7.3. 英国王立産科婦人科学会(RCOG)/ NICE:ガイドライン主導の体系的アプローチ

イギリスの国民保健サービス(NHS)は、NICE(国立医療技術評価機構)とRCOGの策定する詳細なガイドラインに基づいた、非常に体系的なケアを提供しています。

  • 構造化されたスケジュール: 初産婦の場合、標準で10回の健診が計画されています48
  • 初期検査の標準化: 妊娠10週までに行われる最初の予約健診(booking appointment)で、血算、血液型・Rh因子、そしてHIV、B型肝炎、梅毒の感染症スクリーニングが一括して提供されます48
  • 国民的スクリーニングプログラム: ダウン症候群、エドワーズ症候群、パタウ症候群のスクリーニングは、国のプログラムとしてすべての妊婦に提供されます48

7.4. 米国疾病予防管理センター(CDC):徹底した感染症対策

CDCは、特に周産期の感染症予防に関して、非常に厳格な勧告を出しています。

  • 妊娠ごとの必須検査: すべての妊娠において、HIV、B型肝炎、C型肝炎、梅毒のスクリーニングを最初の妊婦健診で実施することを強く推奨しています49
  • ハイリスク者への再検査: 感染リスクが高い妊婦に対しては、妊娠後期(28週以降)に特定の感染症(梅毒、HIVなど)の再検査を推奨しており、感染機会を逃さない徹底したアプローチをとっています50
表2: 日本と世界の妊婦健診ガイドライン比較
機関・国 (Organization/Country) 推奨される健診回数 (Recommended Visits) 主要な血液検査 (Key Blood Tests) 遺伝学的検査のスタンス (Stance on Genetic Screening)
日本 (MHLW/JSOG) 14回程度7 貧血、血液型、各種感染症(B/C肝、HIV、梅毒、風疹等)、血糖25 遺伝カウンセリング体制下で、特定の対象者を中心に実施36
WHO 8回以上44 貧血、梅毒45 各国の状況に応じた導入を推奨
米国 (ACOG/CDC) リスクに応じて(例:月1回→2週間に1回→週1回)31 貧血、血液型、各種感染症(B/C肝、HIV、梅毒)、血糖31 すべての妊婦にスクリーニングと診断検査の選択肢を提示(Universal Offer)41
英国 (RCOG/NICE) 初産婦は10回、経産婦は7回48 貧血、血液型、感染症(B肝、HIV、梅毒)、血糖(リスク者)48 国のプログラムとして、すべての妊婦に染色体異常スクリーニングを提供48

この比較から、日本の妊婦健診制度が、健診回数や初期検査項目の網羅性において世界最高水準にあることがわかります。特に、HTLV-1のような地域特有の疾患にも対応している点は、日本の公衆衛生のきめ細やかさを示しています。一方で、遺伝学的検査に対するアプローチは、患者の自律性を最大限に尊重する米国とは異なり、専門家による手厚いサポートと倫理的配慮を重視する、より慎重な姿勢をとっていることが浮き彫りになります。これらの違いを理解することは、日本の妊婦が自らの受けるケアの質の高さを認識し、自信を持つことにつながります。

第8章:あなたのアクションプラン:検査の準備から結果の理解まで

これまでの章で、妊娠中の血液検査の「なぜ」と「何を」について詳しく見てきました。この最終章では、最も実践的な「どのように」に焦点を当てます。検査当日の準備から、結果を受け取った後の対応まで、具体的なアクションプランを提示し、あなたが主体的に、そして穏やかにこのプロセスを進められるようサポートします。

8.1. 血液検査に向けた準備

適切な準備は、スムーズな採血と正確な検査結果につながります。

  • 食事(絶食): 血糖値や中性脂肪など、食事の影響を受ける項目を検査する場合、医師や看護師から採血前の食事について指示があります。一般的には、検査前8〜12時間は水以外の飲食物を控える「絶食」が求められます1。特に糖分を多く含むジュースや清涼飲料水は、血糖値に大きく影響するため避ける必要があります1。指示を必ず守りましょう。
  • 水分補給: 絶食の指示がない限り、採血前には十分な水分(水やお茶)を摂っておくことをお勧めします。体内の水分が満たされていると、血管が見つけやすくなり、採血がスムーズに進みます。
  • 服装: 腕をまくりやすい、袖にゆとりのある服装を選びましょう。
  • 持参するもの: 母子健康手帳、健康保険証、診察券、そして自治体から交付された妊婦健康診査受診票を忘れずに持参しましょう10

8.2. 検査結果の読み解き方:患者のためのガイド

検査結果の用紙や母子健康手帳に記載された専門用語や略語に戸惑うかもしれません。しかし、基本的なポイントを押さえれば、自分の状態をより深く理解できます。

  • 結果の記録: 検査結果は母子健康手帳に記録され、あなた自身の健康記録として保管されます。
  • 主要な略語の理解:
    • WBC: 白血球数 (White Blood Cell count)
    • RBC: 赤血球数 (Red Blood Cell count)
    • Hb/HGB: ヘモグロビン (Hemoglobin)
    • Ht/HCT: ヘマトクリット (Hematocrit)
    • PLT: 血小板数 (Platelet count)
    • TSH: 甲状腺刺激ホルモン (Thyroid-Stimulating Hormone)
    • HBs抗原: B型肝炎ウイルスの表面抗原 (Hepatitis B surface antigen)
    • HCV抗体: C型肝炎ウイルスの抗体 (Hepatitis C virus antibody)
  • 基準値との比較: 検査結果には通常「基準値」が併記されています。ただし、妊娠中は体内の水分量が増えるなど特殊な状態にあるため、非妊娠時の基準値とは異なる「妊娠期別の基準値」が用いられることがあります21。結果の解釈は必ず医師に委ね、自己判断しないことが重要です。
  • 医師への質問を準備する: 健診時には、遠慮なく質問しましょう。「この結果は、私と赤ちゃんにとってどのような意味がありますか?」「何か生活で気をつけることはありますか?」「次のステップは何ですか?」といった質問は、あなたの理解を深め、不安を解消する助けになります。

8.3. 基準値から外れた結果が出た場合:落ち着いて対応するためのステップガイド

「異常」や「要再検査」といった言葉を目にすると、誰でも不安になるものです。しかし、それはパニックになるべきサインではありません。

  • 第一に、落ち着くこと: 基準値から外れた結果は、多くの場合、確定診断ではなく、さらなる対話や調査の始まりを意味します1
  • 予想される次のステップ: 異常値が出た項目によって、次のような対応が考えられます。
    • 再検査: 日を改めて同じ検査を行い、結果が一時的なものでないかを確認します。
    • 精密検査: より詳細な情報を得るための追加検査(例:血糖のスクリーニングで陽性なら75g OGTT15)。
    • 専門医への紹介: 甲状腺の問題であれば内分泌内科医へ、といったように、専門家による評価と治療計画の立案。
    • 治療の開始: 貧血に対する鉄剤の処方など、シンプルで効果的な治療がすぐに開始されることもあります1
  • 指示に従うことの重要性: 医師からのフォローアップ指示(再検査、服薬、生活習慣の改善など)にきちんと従うことが、リスクを管理し、健康な状態を維持するために不可欠です1

よくある質問

Q1. なぜ妊娠中期や後期に同じ検査をまた受けるのですか?
A1. 妊娠はダイナミックに変化するプロセスだからです。妊娠中期には妊娠糖尿病が、後期には貧血が進行しやすくなるなど、時期によって現れやすいリスクが異なります。定期的なチェックは、これらの変化を的確に捉え、常に対応を最適化するために必要です28
Q2. すべての検査を受けなければなりませんか?
A2. 検査を受けるかどうかは、最終的にはあなたの選択です。しかし、ここに挙げられた検査は、母子双方の健康と安全を守るために強く推奨されるものです。もし特定の検査に懸念や疑問があれば、その理由を医師に伝え、十分に話し合うことが大切です。
Q3. 体調はとても良いのですが、それでも検査は必要ですか?
A3. はい、必要です。妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、B型肝炎などの多くの深刻な状態は、初期段階では自覚症状がほとんどありません2。症状が現れる前にリスクを発見し、対処することこそが、血液検査の最大の価値です。
Q4. 海外の友人は違う検査を受けていました。なぜですか?
A4. 第7章で解説した通り、妊婦健診の基本的な目的は世界共通ですが、具体的なプロトコルは各国の医療制度や公衆衛生上の優先順位によって異なります。日本の制度は、健診回数や検査項目の網羅性において世界的に見ても非常に手厚いものです。
Q5. クリニックと大学病院のような大きな病院で、検査に違いはありますか?
A5. 行われる標準的な血液検査の内容自体に大きな違いはありません。しかし、大学病院などの大規模施設では、検査結果が複雑であった場合に、母性内科医や内分泌専門医、遺伝カウンセラーなど、関連する専門家が院内に常駐しており、迅速なコンサルテーションや高度な管理を受けやすいという利点があります53

結論:健やかな未来のための、あなたと医療チームとのパートナーシップ

本稿では、妊娠中の血液検査の重要性について、その科学的根拠から実践的なアドバイス、さらには国際的な視点まで、包括的に掘り下げてきました。浮かび上がってきた核心的なメッセージは、妊娠中の血液検査が、単に問題を発見するための受動的な手続きではなく、母と子の健康を「最適化」し、最良の未来を築くための積極的かつ強力なツールであるということです。それは、刻々と変化するあなたの身体と、その中で育まれる新しい命との間の、科学に基づいた「生命の対話」に他なりません。
日本の妊婦健診制度は、厚生労働省の基準と日本産科婦人科学会のガイドラインに支えられ、世界でも類を見ないほど手厚く、体系的に構築されています。この制度は、すべての妊婦が安心して質の高いケアを受けられるように設計された、社会全体のセーフティネットです。
この記事を通じて得られた知識が、あなたを力づけ、検査に対する不安を和らげ、医療チームとのより良いコミュニケーションを促す一助となることを願っています。血液検査は、あなたと医療チームが、健やかな赤ちゃんの誕生という共通の目標に向かって協力し合う、重要なパートナーシップの証です。自信を持ってこの対話に臨み、素晴らしいマタニティライフをお送りください。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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