この記事の科学的根拠
この記事は、インプットされた研究報告書に明示的に引用されている、質の高い医学的エビデンスのみに基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、本記事で提示されている医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 厚生労働省: 手足口病の基本的な定義、症状、感染経路、および公式な登園基準に関するガイダンスは、同省が公開するQ&A1や「保育所における感染症対策ガイドライン」2に基づいています。
- 国立感染症研究所: 手足口病の原因となるウイルスの種類(コクサッキーウイルス、エンテロウイルス71など)、その特徴、および近年の流行状況に関する専門的な知見は、同研究所の報告3を主要な情報源としています。
- 米国疾病予防管理センター (CDC): 国際的な視点から、手足口病の症状、感染経路、および合併症に関する情報は、CDCの公開情報4を参考にしています。
- コクサッキーウイルスA6(CA6)に関する研究: 近年増加している非典型的な症状や、回復後に爪が剥がれる「爪甲脱落症」に関する記述は、東京都感染症情報センター5などの報告に基づいています。
要点まとめ
- 手足口病はウイルス感染症で特効薬はなく、ほとんどは自然に回復します。家庭でのケアは「水分補給」と「休息」が中心です。
- 口の中の痛みが強い場合は、しみない柔らかい食事(ゼリー、ヨーグルト等)を工夫し、脱水症状を防ぐことが最も重要です。
- 「高熱が続く」「ぐったりして元気がない」「嘔吐を繰り返す」といった症状は、髄膜炎などの重篤な合併症のサインかもしれません。ためらわずに医療機関を受診してください。
- 保育園への登園目安は「熱がなく、普段通りの食事がとれ、全身状態が安定していること」です。ただし、園の規則を必ず確認し、連携することが大切です。
- 予防の基本は「石鹸と流水による手洗い」です。原因ウイルスにはアルコール消毒が効きにくいため、物理的に洗い流すことが最も効果的です。
1. 手足口病とは?まず知っておきたい基本
手足口病は、その名の通り、口の中、手のひら、足の裏などに水疱(すいほう)性の発疹が現れることを特徴とするウイルス性の感染症です3。主に5歳以下の乳幼児を中心に流行し、特に夏場にピークを迎えることから、「三大夏風邪」の一つとして知られています2。この病気の重要な特徴は、原因となるウイルスが1種類ではない点です。そのため、一度手足口病にかかって特定のウイルスに対する免疫ができたとしても、別の型のウイルスに感染することで、再び手足口病を発症する可能性があります2。ほとんどの場合は発疹や軽い発熱のみで自然に回復する軽症の疾患ですが、ごくまれに髄膜炎や脳炎などの重い合併症を引き起こすこともあります。そのため、過度に恐れる必要はありませんが、「ただの夏風邪」と軽視せず、症状の経過を注意深く見守ることが重要です3。
1.1. 原因となるウイルス:なぜ何度もかかるのか?
手足口病を引き起こす主なウイルスには、複数の種類が存在します。代表的なものとして、コクサッキーウイルスA群(CA16、CA6、CA10など)とエンテロウイルス71(EV71)が挙げられます3。これらのウイルスは、インフルエンザウイルスにA型やB型があるように、同じ「エンテロウイルス」というグループに属しながらも、細かい型(血清型)が異なります。一度いずれかのウイルスに感染すると、その特定の型に対する免疫は獲得できます。しかし、別の型のウイルスが体内に侵入してきた場合、その免疫は効果を発揮しない(交差免疫が不完全である)ため、再び手足口病にかかってしまうのです2。近年、日本国内の流行では特に以下の2つのウイルスが注目されています。
- コクサッキーウイルスA6(CA6): 従来の手足口病とは異なる非典型的な症状(後述)を引き起こすことが知られています2。
- エンテロウイルス71(EV71): 髄膜炎や脳炎といった中枢神経系の合併症を引き起こすリスクが、他のウイルスに比べて高いと報告されています2。
これらのウイルスの特徴については、後のセクションで詳しく解説します。
1.2. 感染経路:家庭や保育園でどう広がるか
手足口病は感染力が強く、主に以下の3つの経路で人から人へとうつります3。
- 飛沫感染: 感染者の咳やくしゃみ、会話などで飛び散ったウイルスを含むしぶき(飛沫)を吸い込むことで感染します6。
- 接触感染: 感染者が触れたドアノブやおもちゃなどにウイルスが付着し、それを別の人が触った手で口や鼻を触ることで感染します。また、発疹の水疱の中に含まれる液体に触れることでも感染します7。
- 糞口感染: 感染者の便の中に排出されたウイルスが、何らかの形で口から入ることで感染します。特に、おむつ交換の際に手洗いが不十分だと、この経路での感染が起こりやすくなります6。
保育園や幼稚園などの乳幼児が集団生活を送る場では、子ども同士の距離が近く、おもちゃの共有なども多いため、特に感染が広がりやすい環境です3。さらに、非常に重要な点として、症状が回復した後も、ウイルスは比較的長い期間、便の中から排出され続けます。その期間は2~4週間に及ぶこともあります2。このため、お子さんが元気になった後も、家庭内での感染予防、特に排泄後の手洗いを徹底することが不可欠です。
2. 子供の症状:典型的な症状から注意すべき非典型例まで
手足口病の症状は、原因となるウイルスの種類や個人差によって様々です。典型的な経過を知るとともに、近年増えている非典型的なケースについても理解しておくことが、早期発見と適切な対応につながります。
2.1. 潜伏期間と初期症状
ウイルスに感染してから最初の症状が現れるまでの潜伏期間は、およそ3~5日間です3。初期症状は一般的な風邪によく似ています7。
- 発熱: 感染した子どもの約3分の1に見られますが、38℃以下の微熱であることが多く、高熱が長く続くことはまれです3。
- 喉の痛み
- 食欲不振
- 何となく元気がない、不機嫌になる
これらの初期症状だけでは、手足口病と判断するのは難しいかもしれません。
2.2. 特徴的な発疹(水疱)
初期症状から1~2日経つと、手足口病の最も特徴的な症状である水疱性の発疹が現れ始めます3。
- 場所: 主に口の中、手のひら、足の裏や甲に出現します。お尻や膝、肘などに見られることもあります7。
- 見た目: 2~3mm程度の赤い点から始まり、中心が白く膨らんだ水疱になります。
- 感覚: 通常、強いかゆみは伴いませんが、特に口の中の発疹(口内炎)は痛みを伴い、食事や水分摂取を嫌がる原因となります2。
- 治り方: 水疱は数日で吸収され、通常はかさぶたにならずに消えていきます。跡が残ることはほとんどありません2。
2.3. 【要注意】近年増加中の非典型的な症状(コクサッキーウイルスA6型)
2011年頃から日本でも流行が報告されているコクサッキーウイルスA6(CA6)が原因の場合、従来の手足口病とは異なる「非典型的な症状」を示すことがあります2。保護者の方が戸惑わないよう、これらの特徴を知っておくことが重要です。
- 広範囲で大きな発疹: 手足口だけでなく、腕や脚、体幹、顔の周りなど、全身の広い範囲に発疹が出ることがあります。また、水疱が通常より大きく、治る際に茶色いかさぶたになることもあります2。
- 爪甲脱落症(そうこうだつらくしょう): これが最も保護者を驚かせる症状かもしれません。手足口病が治ってから数週間~2ヶ月後、手足の爪が根本から浮き上がり、自然に剥がれ落ちることがあります8。痛みは伴わず、下から新しい健康な爪が生えてくるため、医学的には心配のない一過性の現象です。
この「爪が剥がれる」現象は、CA6型による手足口病の特徴として知られており、未知の怖い病気ではありません。剥がれかけた爪を無理に剥がしたりせず、衣服などに引っかからないように絆創膏などで保護してあげましょう。
2.4. 症状の経過と回復期間
ほとんどの場合、手足口病の症状は7~10日程度で自然に軽快します3。発疹が消え、食欲と元気が戻れば回復期です。爪甲脱落症が起こった場合も、数ヶ月かけて新しい爪に生え変わりますので、焦らず見守ってください。もし爪の生え方などに心配があれば、小児科医に相談しましょう9。
表1:症状比較表
手足口病は、同じ夏風邪であるヘルパンギーナや、発疹の出る水ぼうそうと間違われることがあります。以下の表で主な違いを確認しましょう。
項目 | 典型的な手足口病 (CA16, EV71など) | ヘルパンギーナ | 非典型的な手足口病 (CA6) |
---|---|---|---|
発疹の場所 | 手のひら、足の裏、口の中が中心 | 口の中(主に喉の奥)のみ | 手足に加え、体幹、お尻、膝、肘、顔周りなど広範囲 |
発疹の様子 | 2-3mmの小さな水疱 | 口蓋垂周辺の小さな水疱・潰瘍 | 大きめの水疱、時に痂皮を伴う |
発熱 | 3分の1程度。38℃以下の微熱が多い | 突然の39℃以上の高熱が多い | 高熱を伴うことがある |
回復後の変化 | 特になし | 特になし | 数週間後に爪が剥がれること(爪甲脱落症)がある |
主な原因ウイルス | CA16, EV71など | コクサッキーA群ウイルス | CA6 |
3. 家庭でのケアと治療:子供の苦痛を和らげるために親ができること
お子さんが手足口病と診断されたとき、家庭での適切なケアが回復を助け、苦痛を和らげる鍵となります。
3.1. 基本的な考え方:特効薬はない、対症療法が中心
まず理解しておくべき最も重要なことは、手足口病はウイルスが原因の病気であり、インフルエンザのような抗ウイルス薬(特効薬)は存在しないということです3。治療の基本は、発熱や痛みといった辛い症状を和らげる「対症療法」と、十分な休息をとり、体がウイルスに打ち勝つのを待つことです3。
3.2. 食事の工夫:口の痛みを和らげる食べ物・飲み物
手足口病で最も子どもを苦しめるのが、口の中にできた水疱や口内炎の痛みです。この痛みにより、食事や水分を摂るのを嫌がることが多く、最も注意すべきは脱水症状です2。以下のポイントを参考に、食事を工夫してあげましょう。
- 形状: スプーンで楽に飲み込める、柔らかいものが適しています。お粥、ポタージュスープ、ヨーグルト、ゼリー、プリン、アイスクリームなどがおすすめです2。
- 温度: 熱いものはしみて痛みを増強させます。人肌程度に冷ましたものや、アイスクリームのように冷たいものが好まれることが多いです10。
- 味付け: 刺激の少ない薄味を心がけましょう。オレンジジュースのような酸味の強いもの、醤油やソースなどの塩辛いもの、香辛料の効いたものは避けてください2。
- 水分補給: 麦茶や湯冷まし、乳幼児用のイオン飲料(経口補水液)などを、一度にたくさんではなく、スプーンやストローを使って少量ずつ、こまめに与えることが脱水予防のポイントです2。
3.3. 発熱・痛みへの対処:解熱鎮痛薬の正しい使い方
熱が高くてぐったりしている場合や、口の中の痛みが強くて水分も摂れないような場合には、解熱鎮痛薬を使用することができます10。しかし、子どもに使用する薬には注意が必要です。
表2:日本で入手可能な子供用解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン製剤)の例
薬局で薬を選ぶ際の参考として、アセトアミノフェンを主成分とする市販薬の例を挙げます。これはあくまで例であり、購入・使用の際は必ず薬剤師に相談し、お子さんの年齢や体重に合った用法・用量を守ってください。
商品名(例) | メーカー | 形状 | 特徴 |
---|---|---|---|
小児用バファリンCII11 | ライオン | 錠剤 | 3歳から服用可能。フルーツ味で飲みやすい。 |
小児用バファリンチュアブル12 | ライオン | チュアブル錠 | 3歳から。水なしで噛んで飲めるオレンジ味。 |
ムヒのこども解熱鎮痛顆粒13 | 池田模範堂 | 顆粒 | 1歳から服用可能。子どもが好きなイチゴ味。 |
こどもパブロン坐薬13 | 大正製薬 | 坐薬 | 1歳から使用可能。嘔吐などで薬が飲めない時に便利。 |
キオフィーバ14 | 樋屋奇応丸 | 坐薬 | 1歳から使用可能。夜間の急な発熱などに対応しやすい。 |
3.4. 発疹(水疱)のケア
手足の発疹に対しては、特別なケアは基本的に不要ですが、以下の点に注意しましょう。
- 水疱は潰さない: 水疱を無理に潰すと、そこから細菌が入って二次感染(とびひなど)を起こす原因になります。また、水疱の中の液体にはウイルスが含まれており、感染を広げる可能性もあります15。
- 清潔を保つ: 皮膚は清潔に保ちましょう。
- 塗り薬について: 基本的に塗り薬は必要ありません。かゆみが強い場合は、医師から抗ヒスタミン薬の軟膏などが処方されることがありますが、自己判断での使用は避けてください。ステロイド軟膏は、ウイルス感染症を悪化させる可能性があるため、通常は使用しません2。
4. 重症化のサインと合併症:この症状を見逃さないで!
手足口病のほとんどは軽症で済みますが、ごくまれに重篤な合併症を引き起こすことがあります。特にエンテロウイルス71(EV71)に感染した場合にそのリスクが高いとされています3。保護者が冷静にお子さんの状態を観察し、危険な兆候にいち早く気づくことが何よりも大切です。
4.1. いつ病院へ行くべきか?受診の目安
以下の症状が見られた場合は、単なる手足口病の症状ではない可能性があります。夜間や休日であっても、ためらわずに医療機関(救急外来など)を受診してください。
表3:すぐに医療機関を受診すべき危険な兆候(レッドフラグサイン)
カテゴリ | 具体的な症状 |
---|---|
発熱 | ・38℃以上の高熱が2日以上続く3 ・一度熱が下がったのに、再び高熱が出る |
意識・様子 | ・ぐったりして活気がない、元気が全くない3 ・呼びかけへの反応が鈍い、視線が合わない3 ・眠ってばかりいる(普段の睡眠時間を大幅に超える)16 |
神経症状 | ・頭痛を強く訴える(言葉で訴えられない乳児では、激しく泣き続ける、頭を触られるのを嫌がるなど)3 ・嘔吐を何度も繰り返す3 ・けいれん(ひきつけ)を起こした15 ・手足に力が入らない、ふらふらして立てない |
呼吸・循環 | ・呼吸が速い、浅い、息苦しそうにしている3 ・顔色や唇の色が悪い(青白い、土色など) |
脱水症状 | ・水分を全く受け付けない ・半日以上おしっこが出ていない3 ・泣いても涙が出ない、口の中や舌が乾いている7 ・皮膚に張りがなく、ぐったりしている |
4.2. 主な合併症:髄膜炎、脳炎など
上記の危険な兆候は、以下のような重篤な合併症のサインである可能性があります。
- 無菌性髄膜炎: ウイルスが脳や脊髄を覆う髄膜に感染し、炎症を起こす病気です。発熱、激しい頭痛、嘔吐などが主な症状です。
- 脳炎・脳症: ウイルスが脳そのものに感染し、炎症を起こす、より重篤な状態です。意識障害やけいれんなどを引き起こし、後遺症が残ったり、命に関わったりすることもあります。
- 急性弛緩性麻痺: ポリオに似た、手足の麻痺が起こる状態です。
これらの合併症は進行が速いことがあるため、とにかく「いつもと様子が違う」「ぐったりしていておかしい」と感じたら、早期の対応が重要です。判断に迷った際には、全国共通のこども医療電話相談「#8000」に電話して、看護師や医師のアドバイスを受けることもできます3。
5. 登園・登校の基準:いつから行ってもいいの?
お子さんの体調が回復してきたときに、多くの保護者が悩むのが「いつから保育園や幼稚園に登園させてよいか」という問題です。これは、お子さん自身の健康だけでなく、他の園児への感染拡大を防ぐ観点からも重要です。
5.1. 厚生労働省のガイドラインに基づく公式見解
まず、基本的なルールとして、手足口病はインフルエンザのように「発症後〇日間は出席停止」といった法律で定められた明確な日数基準はありません17。厚生労働省が発行している「保育所における感染症対策ガイドライン(2018年改訂版)」が、公的な指針となります18。このガイドラインによると、登園を再開する目安は以下の通りです。
- 「発熱や口腔内の水疱・潰瘍の影響がなく、普段の食事がとれること」
- 「本人の全身状態が安定していること」18
この背景には、手足口病は症状が治まった後も数週間にわたって便からウイルスが排出されるため、急性期だけ登園を停止しても、集団内での流行を完全に阻止する効果は限定的であるという科学的な見解があります19。そのため、流行阻止よりも、お子さん本人の体調回復を最優先に考えるのが基本方針です。
5.2. 保護者が判断するためのチェックリスト
ガイドラインの指針を、ご家庭で判断しやすくしたものが以下のチェックリストです。
- [ ] 熱が下がっているか? (解熱剤を使わずに、24時間以上平熱で過ごせている)20
- [ ] 普段通りに食事がとれているか? (口の痛みがなく、いつもと同じ量を食べられている)18
- [ ] 十分な水分が摂れているか?
- [ ] 元気に遊べるか? (活気があり、普段通りの様子で過ごせている)18
- [ ] 夜、普段通りに眠れているか?21
重要なのは、手足に発疹が残っていても、上記の条件をすべて満たしていれば、原則として登園は可能であるという点です17。
5.3. 登園許可証は必要?園との連携の重要性
登園を再開する際に、「登園許可証(医師の意見書)」や「登園届(保護者が記入)」が必要かどうかは、法律で一律に定められているわけではなく、お住まいの自治体や、通っている保育園・幼稚園の方針によって異なります17。したがって、お子さんが手足口病と診断されたら、まずやるべきことは以下の2点です。
- 速やかに園に診断されたことを報告する。
- その園のルール(登園再開の目安、必要な書類の有無など)を確認する。
自己判断で登園させるのではなく、必ず園と連携をとることが、トラブルを防ぎ、皆が安心して過ごすために最も重要です。
5.4. 兄弟が感染した場合の対応
ご兄弟のひとりが手足口病にかかった場合、症状のない他のご兄弟の登園・登校はどうすればよいでしょうか。原則として、本人に症状がなく元気であれば、登園・登校は可能です17。ただし、家庭内でウイルスに接触しているため、3~5日の潜伏期間を経て発症する可能性があります。そのため、園には「兄弟が手足口病にかかっている」という事実を伝え、家庭でも園でも、体調の変化に注意深く観察することが望ましいでしょう17。
6. 感染予防:家庭と集団生活でできること
手足口病には有効なワクチンがまだないため、感染を予防するには日々の基本的な対策が非常に重要になります。
6.1. 最も重要な予防策:正しい手洗い
予防の基本中の基本は、流水と石鹸による徹底した手洗いです3。特に以下のタイミングでの手洗いを習慣づけましょう。
- 食事の前や調理の前
- トイレの後
- おむつを交換した後
- 外出から帰宅した時
- 鼻をかんだり、咳やくしゃみをしたりした後
ここで非常に重要なのは、手足口病の原因となるエンテロウイルスは「ノンエンベロープウイルス」という種類に属し、一般的なアルコールベースの手指消毒剤が効きにくいという点です15。新型コロナウイルスの流行でアルコール消毒が習慣化しましたが、手足口病に対しては過信は禁物です。アルコールで済ませるのではなく、石鹸を使ってウイルスを物理的に洗い流すことが最も効果的です。
6.2. 環境の消毒
家庭内や保育施設などでは、環境を清潔に保つことも感染拡大防止につながります。
- 消毒場所: ドアノブ、手すり、電気のスイッチ、テーブル、おもちゃなど、皆が頻繁に触れる場所をこまめに消毒しましょう15。
- 消毒液: 手足口病ウイルスには、次亜塩素酸ナトリウム(家庭用の塩素系漂白剤を薄めたもの)が有効です。市販の漂白剤(塩素濃度約5%)を使用する場合、水1リットルに対して漂白剤の原液を10ml(ペットボトルのキャップ約2杯分)混ぜると、約0.05%の消毒液が作れます。
- 注意点: 消毒液は作り置きせず、その日のうちに使い切ってください。金属を腐食させたり、色物の布を脱色させたりすることがあります。使用する際は十分に換気を行い、直接皮膚に触れないようゴム手袋などを着用しましょう。人体には絶対に使用しないでください15。
6.3. 集団生活での注意点
- タオルの共用を避ける: 手拭きタオルやバスタオルは、個人専用のものを用意しましょう8。
- 食器やカトラリーの共用を避ける: コップやスプーンなどの共用も感染のリスクとなります。
- 咳エチケット: 咳やくしゃみをする際は、ティッシュや腕の内側で口と鼻を覆いましょう15。
6.4. ワクチンについて
2024年現在、日本国内で承認・使用されている手足口病のワクチンはありません3。海外、特に中国などでは重症化しやすいEV71に対するワクチンが開発され、実用化されていますが、日本ではまだ導入されていません2。そのため、現時点では日々の予防策を地道に続けることが唯一の防御策となります。
よくある質問(FAQ):保護者の疑問に専門家が答えます
Q1. 手足口病とヘルパンギーナ、水ぼうそうの違いは何ですか?
Q2. 大人もかかりますか?大人がかかると重症化しやすいですか?
Q3. 一度かかったら、もうかかりませんか?
Q4. 治った後に爪が剥がれてきました。大丈夫でしょうか?
Q5. 妊娠中に感染したら、お腹の赤ちゃんに影響はありますか?
Q6. 薬局で買える薬はありますか?
結論
お子さんの突然の体調不良、本当にお疲れ様です。看病による心身の疲労に加え、様々な情報に触れて不安な気持ちになっているかもしれません。最後に、この記事の最も重要なポイントをまとめます。手足口病はウイルス性の感染症で、特効薬はなく、ほとんどは7~10日で自然に回復します。家庭でのケアの中心は「水分補給」と「休息」です。口の痛みを和らげる食事の工夫で、お子さんの苦痛を軽減してあげましょう。「いつもと違う」「ぐったりしている」といった重症化のサインを見逃さないことが何よりも重要です。少しでもおかしいと感じたら、ためらわずに医療機関を受診してください。登園の目安は「熱がなく、普段通りに食事ができ、元気があること」です。ただし、園のルールを必ず確認しましょう。予防の鍵は、アルコール消毒よりも「石鹸と流水による手洗い」です。お子さんの病気と向き合う中で、保護者の皆様は決して一人ではありません。正しい知識は、不安を和らげ、お子さんを守るための最大の武器になります。そして、どうしてよいか分からなくなった時には、かかりつけの小児科医や、こども医療電話相談(#8000)など、頼れる専門家がいます。どうか一人で抱え込まず、周囲のサポートも活用しながら、この時期を乗り越えてください。この記事が、その一助となることを心から願っています。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
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