【医師監修】小児喘息はCOPDの始まりか?科学的根拠に基づく生涯呼吸器リスクの完全ガイド
小児科

【医師監修】小児喘息はCOPDの始まりか?科学的根拠に基づく生涯呼吸器リスクの完全ガイド

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、従来、高齢喫煙者の疾患として広く認識されてきました。しかし、呼吸器病学における近年のパラダイムシフトは、この疾患の根源が胎児期や小児期にまで遡る可能性を強く示唆しています1。この「健康と疾患の発生起源(DOHaD)」という革新的な概念は、成人期の肺の健康が、生涯の極めて早期における環境曝露や発育過程によって決定づけられることを明らかにしました2。特に、小児喘息が将来のCOPD発症に与える影響は看過できず、複数の大規模研究が、そのリスクを10倍から30倍以上に増加させると報告しています3。本稿では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、国内外の最新の研究報告、特に日本呼吸器学会(JRS)や日本小児アレルギー学会(JSPACI)などの権威ある機関の見解に基づき、COPDの小児期的起源に関する科学的根拠を徹底的に分析し、日本の現状に即した予防と管理のフレームワークを提示します。この記事は、お子様の将来の呼吸器の健康を案ずる保護者の方々、そして最前線で診療にあたる医療従事者の皆様にとって、信頼できる道標となることを目指します。

本記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源の一部と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示したものです。

  • 欧州呼吸器学会(European Respiratory Society): 本記事におけるCOPDの自然史、早期COPDの定義、および生涯にわたる肺機能軌道の概念に関する記述は、同学会発行の学術誌に掲載された複数の論文に基づいています145
  • 米国胸部学会(American Thoracic Society): 肺の早期発達が成人期の慢性疾患に与える影響(DOHaD)に関する解説は、同学会の公式学術誌で発表された論説に依拠しています2
  • 厚生労働省(MHLW): 日本国内のCOPD診断基準、小児喘息の有病率、低出生体重児の統計データ、および喫煙率に関する記述は、厚生労働省が公表した公式報告書、ガイドライン、および統計調査に基づいています6789
  • 日本呼吸器学会(JRS): 日本におけるCOPDの定義と概念に関する記述は、同学会が提供する公式情報に基づいています10
  • 日本小児アレルギー学会(JSPACI): 日本の小児気管支喘息の治療・管理に関するガイドラインの内容、特に治療目標に関する部分は、同学会が発行した公式ガイドラインに基づいています1112

要点まとめ

  • COPDの起源は成人期だけでなく、胎生期や小児期にまで遡ることが最新の研究で示されています。肺の成長が不十分なまま成人になると、将来COPDを発症する主要な原因となります。
  • 小児喘息は、成人期にCOPDを発症する最も強力な危険因子であり、リスクを10倍から30倍以上も増加させることが確認されています。
  • その他、妊娠中の母親の喫煙、低出生体重(2500g未満)、小児期の重症な呼吸器感染症も、将来のCOPDリスクを大幅に高める要因です。
  • 日本は先進国の中でも低出生体重児の割合が高く(約9.6%)、小児喘息の有病率も高いため、国内には将来のCOPD予備軍が多数存在すると考えられます。
  • リスクを持つ子どもたちに対し、学童期から定期的にスパイロメトリー(肺機能検査)を行い、肺の成長軌道を監視することが、不可逆的な肺機能低下を防ぐための新たな予防戦略として提案されます。

第1章:「小児COPD」という概念:呼吸器病学における新パラダイム

1.1. COPDに関する従来の考え方の解体

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、長年にわたり、主に中高年の喫煙者に発症する「生活習慣病」として認識されてきました。日本呼吸器学会(JRS)の定義によれば、COPDは「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することなどによって生ずる肺の炎症性疾患」であり、従来、慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた病態を包括するものです10。国際的にも、米国胸部学会(ATS)や欧州呼吸器学会(ERS)のガイドラインでは、COPDは予防および治療が可能であるものの、通常は進行性で、完全には可逆的でない気流閉塞を特徴とする疾患として定義されてきました4。これらの定義に共通するのは、成人期、特に中年期以降の曝露(主に喫煙)が原因で、確立された肺機能障害として診断されるという、遡及的な視点です。
この従来のモデルでは、COPDの診断は、労作時呼吸困難、慢性的な咳、痰といった症状を呈する患者に対し、スパイロメトリー検査を実施し、気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1/FVC比)が70%未満であることを確認することで確定されます7。この診断基準は、すでに相当程度の病態が進行し、肺機能が不可逆的な変化を遂げた状態を捉えるためのものであり、その有効性は確立されています。しかし、この枠組みは、疾患の「発症」を成人期の臨床症状出現時点と捉えており、それ以前の数十年にわたる病態の緩徐な進行、すなわち疾患の「起源」については十分に考慮してこなかったのです。この視点の限界が、近年の研究によって明らかになりつつあります。

1.2. 呼吸器病学における健康と疾患の発生起源(DOHaD)

近年の医学研究における最も重要な進展の一つが、「健康と疾患の発生起源(Developmental Origins of Health and Disease: DOHaD)」という概念の確立です。この概念は、成人期の慢性疾患のリスクが、胎生期から乳幼児期にかけての環境要因や栄養状態によって「プログラミング」されるとする考え方です。呼吸器病学においてもこの概念は極めて重要であり、「Cradle to the Grave(揺りかごから墓場まで)」という言葉が象徴するように、成人期の呼吸器の健康は、生涯の極めて早期の出来事によって深く影響を受けることが示されています2
この文脈において、COPDはもはや単一の原因(喫煙)による単一の疾患とは見なされず、むしろ胎生期に始まり、乳幼児期、青年期、成人期、老年期を通じて続く、複雑な遺伝子と環境の相互作用の最終的な結果である症候群として理解されるべきです1。この生涯にわたる視点は、COPDの自然史を理解する上で、肺機能の発達軌道という新たな分析軸を提供します。研究により、生涯を通じた肺機能の発達には、主に3つの異なる軌道が存在することが示されています13

  • 正常な発達軌道(Normal Trajectory): 出生後、肺は成長期(幼少期から青年期)を経て、20~25歳頃に最大の肺機能(ピーク肺機能)に達します。その後、数年間のプラトー期を経て、加齢に伴い生理的な肺機能の低下期に入ります13。これが健康な個人の標準的なモデルです。
  • 加速的低下軌道(Accelerated Decline Trajectory): 正常なピーク肺機能に達した後、何らかの有害な曝露(典型的には喫煙)に感受性の高い個人が、同年代の健康な人よりも速いペースで肺機能が低下する軌道です。これはFletcherとPetoによって提唱された古典的なCOPD発症モデルであり、従来のCOPDの理解の根幹をなしてきました1
  • 成長不全軌道(Suboptimal Growth Trajectory): これが近年の研究で特に重要視されている新しいモデルです。この軌道を辿る個人は、そもそも青年期から若年成人期にかけて、遺伝的に定められた最大限のピーク肺機能に到達することができません。その結果、正常な加齢に伴う低下率であっても、より早期に、あるいはより重度の気流閉塞を発症するリスクに晒されます2。注目すべきは、成人COPD患者のかなりの割合(一部の研究では約半数)が、この成長不全軌道に起因する可能性が示唆されていることです。

この肺機能の発達軌道という概念の導入は、COPDの理解に革命をもたらしました。従来の「加速的低下」モデルのみに依存した診断体系では、「成長不全」というもう一つの主要な発症経路を見逃してしまいます。日本で採用されている成人期のFEV1/FVC比 < 70%という固定的な診断基準は、まさにこの「加速的低下」を検出することに最適化されています7。しかし、この基準では、肺が成長している最も重要な時期(小児期・青年期)に、正常な軌道から逸脱しつつある「成長不全」のリスクを抱えた子どもたちを前向きに特定することは原理的に不可能です。診断が下される時点では、すでに予防的介入の機会は失われている可能性が高いのです。この認識のズレこそが、日本のCOPD対策における根本的な課題であり、成人中心の静的な診断モデルから、小児期からの動的な生涯発達モデルへと、思考の枠組みを転換する必要性を示唆しています。

1.3. 「Early COPD」と「小児COPD」の定義:用語と時間軸の問題

COPDの起源が小児期にあるという理解が深まるにつれ、新たな用語の整理が必要となりました。現在、臨床現場で「小児COPD(Pediatric COPD)」という正式な診断名が用いられることはありません。この用語は、成人期にCOPDと診断される疾患の根源が小児期にあることを示すための、概念的な枠組みとして理解されています14。子どもに見られる慢性的な咳、喘鳴、呼吸困難といった症状は、通常、喘息や嚢胞性線維症、慢性肺感染症など、他の疾患として診断されます14
一方で、欧州呼吸器学会(ERS)などは、「Early COPD(早期COPD)」という概念を提唱し、その定義を試みています。これは、疾患プロセスのより早い段階を捉え、自然史を改変する介入の機会を探るための概念です。一つの操作的定義として、50歳未満で、10 pack-years(1日の喫煙箱数×喫煙年数)以上の喫煙歴があり、かつスパイロメトリーでFEV1/FVC比が正常下限(LLN)未満であるか、CT画像で気道異常や肺気腫などの適合する所見が見られる状態、などが挙げられます5。ここで極めて重要なのは、「早期(early)」という言葉が疾患の「重症度(severity)」が軽度であることを意味するのではなく、あくまで疾患プロセスの「時間軸(timescale)」における早い段階を指しているという点です5。最近発症した軽症のCOPDと、より若年で発症し、まだ重症化していないCOPDとを区別することは、現在の診断ツールでは困難です。
この「Early COPD」という概念は、疾患の萌芽期を捉えようとする前向きな試みですが、それでもなお、診断の起点は成人期に置かれています。これに対し、「小児COPD」という概念的枠組みは、時間軸をさらに遡り、肺が発達し成長するまさにその過程、すなわち小児期・青年期に焦点を当てます。この時期の肺の発達不全こそが、数十年後のCOPD発症の土台を形成するという考え方です。
この新しいパラダイムと、日本で広く用いられているCOPD診断基準との間には、深刻な乖離が存在します。日本の基準(気管支拡張薬吸入後FEV1/FVC < 70%)は、ある一時点における静的なスナップショットであり、個人の生涯にわたる肺機能の「軌道」を全く考慮していないのです7。この基準は、すでに気流閉塞が固定化した状態を確実に捉えることには長けているが、そこに至るまでの数十年にわたるプロセス、特に肺成長の重要なウィンドウを見過ごしてしまいます。したがって、将来のCOPD負担を軽減するためには、この静的な診断基準を補完し、小児期からの肺機能の成長を縦断的に評価する、新たな臨床的視点の導入が不可欠です。

第2章:病因とリスク因子:成人肺疾患の小児期的起源

COPDが生涯にわたる疾患であるという理解に基づけば、その病因とリスク因子を特定する探索は、必然的に小児期、さらには胎生期にまで及びます。近年の大規模な疫学研究は、成人期のCOPD発症リスクを著しく高める複数の早期リスク因子を明らかにしており、その影響の大きさは、もはや喫煙という単一の要因だけでは説明がつかないことを示しています。

2.1. 小児喘息の圧倒的な影響

成人COPDの小児期的起源を議論する上で、最も重要かつ強力なリスク因子は小児喘息です。かつては独立した疾患と考えられていた喘息とCOPDですが、現在では両者が病態生理学的に深く関連し、特に小児喘息が将来の不可逆的な気流閉塞への道を拓くことが、圧倒的なエビデンスによって裏付けられています。
そのリスクの大きさは、複数の大規模研究で定量的に示されています。

  • ある系統的レビューとメタアナリシスでは、小児喘息の既往がある場合、成人期にCOPDを発症する調整済みオッズ比(aOR)は3.45(95%信頼区間 1.63–3.07)と、極めて高い値を示しました15
  • 別の包括的なレビューでは、小児喘息の既往がCOPDのリスクを10倍から30倍も増加させると結論づけられています3。メルボルン喘息コホート研究では、7歳時点での喘息が57歳時点でのCOPD発症リスクを調整後で32倍に高めるという驚くべき結果が報告されました3
  • 欧州共同体呼吸器健康調査(ECRHS)では、平均37歳でCOPDと診断された人々の26%に若年発症喘息の既往があり、これは喘息のない人に比べて成人期の気道閉塞リスクが20倍高いことを意味します5
  • 50年間にわたる追跡調査を行ったアバディーンWHEASEコホート研究でも、小児喘息はCOPDリスクを6.37倍に増加させることが確認されました2

これらの知見が示すのは、小児喘息が単にCOPDと併存しやすい疾患であるというレベルの話ではありません。喘息に伴う持続的な気道炎症、気道のリモデリング(構造的変化)、そして気道過敏性は、肺の正常な成長を妨げ、肺機能を低い軌道に乗せる直接的な原因となるのです3。多くの縦断研究は、喘息を持つ子どもたちが、最初に肺機能を測定した時点(乳幼児期)からすでに対照群より低い肺機能を示し、その差が生涯を通じて持続する傾向があることを明らかにしています3。これは、小児喘息が、将来のCOPDという終着点に至る、生涯にわたる肺機能低下の最初の臨床的表現型の一つであることを強く示唆しています。

2.2. 胎生期および周産期のリスク因子

肺の発達は出生時には完了しておらず、肺胞の形成などは小児期を通じて続きますが、その基本的な構造(気管支の分岐など)は胎生期に決定されます1。したがって、この極めて重要な時期における有害な曝露は、生涯にわたる呼吸器の健康に永続的な影響を及ぼす可能性があります。複数の研究が、将来のCOPDリスクをプログラミングする胎生期・周産期のリスク因子を同定しています15

  • 母体の喫煙: これは最も確固たる証拠のあるリスク因子の一つです。メタアナリシスによれば、妊娠中の母体の喫煙は、子の成人期におけるCOPD発症の調整オッズ比を1.42(95%信頼区間 1.17–1.72)に増加させます15。タバコ煙に含まれる有害物質が胎盤を通過し、胎児の肺の正常な発生・成長を直接的に阻害すると考えられています1
  • 低出生体重(LBW): 出生体重2500g未満で生まれることは、それ自体が将来のCOPDリスクを高める独立した因子です。メタアナリシスでの調整オッズ比は1.58(95%信頼区間 1.08–2.32)でした15。低出生体重は、子宮内での胎児発育不全の代理指標であり、肺を含む全身の臓器が最適に成長できなかったことを示唆します。結果として、出生時の肺機能が低く、生涯を通じて低い肺機能軌道を辿るリスクが高まります。
  • その他の因子: 上記の二つに加え、遺伝的素因(家族歴)、母親の栄養不良、早産、帝王切開による出生、周産期の抗生物質使用なども、肺の発達や早期のマイクロバイオーム(微生物叢)形成に影響を与え、将来のCOPDリスクに関連する可能性が指摘されています5

2.3. 出生後および小児期の曝露

出生後の環境もまた、肺の成長と健康に大きな影響を与えます。

  • 重症呼吸器感染症: 小児期、特に乳幼児期に肺炎や気管支炎などの重症下気道感染症に罹患することは、肺に永続的な損傷を残し、将来のCOPDリスクを著しく高めます。メタアナリシスでは、その調整オッズ比は2.23(95%信頼区間 1.63–3.07)と、小児喘息に次いで高いリスクが示されています15
  • 環境タバコ煙(ETS) – 複雑な解釈: 受動喫煙の影響については、より慎重な解釈が必要です。ある有力なメタアナリシスでは、小児期の環境タバコ煙(親の喫煙など)への曝露と成人COPD発症との間に、統計的に有意な関連は見出されませんでした(調整オッズ比 1.15、95%信頼区間 0.83–1.61)15。これは一見、直感に反する結果かもしれません。

しかし、この知見を、前述の「母体の喫煙」の明確なリスク(調整オッズ比 1.42)と並べて考察すると、極めて重要な示唆が浮かび上がります。すなわち、タバコ煙曝露の健康への影響は、その「タイミング」に大きく依存するということです。肺の基本的な構造が形成される胎生期(organogenesis)における直接的な曝露は、肺の発生プログラムそのものを恒久的に変化させる強力な侮辱(insult)となりうるのです。一方で、すでにある程度発達した肺に対する小児期の受動喫煙は、喘息の増悪など短中期的な健康被害は大きいものの、生涯の肺機能軌道を決定づける根本的な影響力においては、胎内曝露に及ばない可能性があります。
このことから導き出される公衆衛生上の結論は明確です。すべての受動喫煙防止策が重要であることは論を俟ちませんが、将来のCOPDという疾患負担を削減するという特定の目的においては、リソースを最も効果的に投下すべきは、妊娠中および妊娠可能性のある女性に対する禁煙支援プログラムです。ここが、介入効果が最も高く、次世代の呼吸器の健康を守るための最重要ポイントとなります。

第3章:閉塞性気道症状を呈する小児患者における鑑別診断

小児期にみられる慢性的な咳、呼吸困難、喘鳴といった閉塞性の気道症状は、非特異的であり、多様な疾患の兆候となりうる14。将来のCOPDリスクを念頭に置いた長期的な管理計画を立てるためには、まず正確な鑑別診断が不可欠である。特に、重症小児喘息、閉塞性細気管支炎、嚢胞性線維症など、類似の症状を呈する疾患との区別が臨床的に重要となる16

3.1. 臨床的課題:重複する症状

小児における呼吸器症状の鑑別は、成人よりも複雑な場合が多い。米国疾病予防管理センター(CDC)が示すように、乳幼児や小児における喘鳴や咳の原因は多岐にわたる16。ウイルス性細気管支炎、気道異物、喉頭軟化症、血管輪、嚢胞性線維症、気管支肺異形成症などが鑑別リストに含まれる16。これらの疾患は、それぞれ異なる病態生理と治療アプローチを必要とするため、丁寧な病歴聴取、身体所見、そして必要に応じた画像検査や専門的な検査が求められる。特に、慢性的で湿性な咳は、単純な喘息とは異なる基礎疾患(例:気管支拡張症)の存在を示唆する重要な兆候であり、注意深い評価が必要である16

3.2. 重症小児喘息との鑑別

将来のCOPDリスクと最も密接に関連する小児疾患は、重症または難治性の小児喘息である。両者の症状は重複することが多いが、重要な鑑別点が存在する。

  • 症状の可逆性: 典型的な喘息の主な特徴は、症状の可逆性である。喘息発作による気道狭窄は、自然に、あるいは気管支拡張薬の吸入によって改善する17。スパイロメトリー検査で気管支拡張薬への反応性(FEV1が12%かつ200mL以上改善)が認められれば、喘息の診断を強く支持する。一方、COPDに至る病態の特徴は、気道リモデリングが進行し、気流閉塞が「固定化(fixed)」、すなわち気管支拡張薬に反応しにくくなることである3。小児期であっても、重症喘息が長期にわたると、この固定化が徐々に進行する可能性がある。
  • 日本の喘息ガイドライン: 日本小児アレルギー学会(JSPACI)が発行する「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン」は、本邦における標準的な診療指針を提供している11。同ガイドラインでは、症状の頻度や強度に基づき、重症度を「間欠型」「軽症持続型」「中等症持続型」「重症持続型」などに分類する11。治療の目標は、「症状がない状態を保って普通の生活を送ること」および「肺の機能が正常であること」と明確に定められており、この良好なコントロール状態を維持することが「大人への持ち越しを防ぐ最もよい方法」とされている18
  • 喘息・COPDオーバーラップ(ACO): 成人では、喘息とCOPDの両方の特徴を併せ持つ「Asthma-COPD Overlap (ACO)」という表現型が認識されている3。これは独立した疾患ではなく、両疾患の特性が混在する状態を指す。長期にわたる喘息患者が喫煙習慣を持つ場合などに発症しやすい。小児期から持続する喘息で、肺機能の成長が阻害された場合、若年成人期にこのACOの病態を呈するリスクがある3

これらの点を踏まえると、臨床医が直面する課題は、単に喘息の症状をコントロールすることに留まらない。たとえ症状が良好に管理されていても、水面下で肺機能の成長不全や気流閉塞の固定化が進行していないかを監視する必要がある。現在の喘息管理の成功は、症状の消失だけで評価されるべきではない。むしろ、正常な肺機能の成長軌道を維持し、将来の不可逆的な肺機能障害を防ぐことができているか、という長期的な視点での評価が求められる。この目的のためには、スパイロメトリーを診断時の一回限りのツールとしてではなく、長期管理における縦断的なモニタリングツールとして活用することが不可欠となる。

3.3. 閉塞性細気管支炎(Bronchiolitis Obliterans – BO)との鑑別

閉塞性細気管支炎(BO)は、小児において慢性的な気流閉塞をきたす稀な疾患であり、その臨床像からCOPDと混同される可能性があるが、病因と診断基準において明確な違いがある。BOは、末梢の細気管支レベルでの線維化による狭窄・閉塞を特徴とする。
日本の厚生労働省難治性疾患政策研究事業による診断基準では、BOの診断は以下の要件に基づいている19

  • 主要臨床症状: 適切な治療にもかかわらず、呼吸困難、多呼吸、低酸素血症、呼気性喘鳴・咳嗽といった症状が60日以上持続する。
  • 特徴的な検査所見: 胸部CT検査で、低吸収域と高吸収域が混在する「モザイクパターン」および気管支拡張像が認められること、または肺生検で特徴的な狭窄・閉塞像が認められること。
  • 先行するイベント: 多くの場合、アデノウイルスなどによる重症な下気道感染症の既往や、造血幹細胞移植・肺移植などの移植医療に関連して発症する。

これらの特徴から、BOは特定の先行イベント(感染、移植など)に続発する、比較的明確な病因を持つ疾患単位として区別される。一方、将来のCOPDリスクは、喘息や低出生体重など、より多様で複合的な因子が長期間にわたって相互作用した結果として生じる、より広範な病態生理学的プロセスである。CTでのモザイクパターンは、BOを強く示唆する重要な鑑別点となる。

3.4. 嚢胞性線維症(CF)およびその他の疾患との鑑別

  • 嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis – CF): CFは、CFTR遺伝子の変異によって引き起こされる常染色体劣性遺伝疾患であり、肺、膵臓、消化管など多臓器に影響を及ぼす全身性疾患である20。慢性的な咳、痰、気道閉塞といった呼吸器症状はCOPDと類似するが、CFは単一遺伝子疾患であり、膵外分泌不全による脂肪便や成長障害、発汗試験での高濃度クロールイオンなど、肺以外の特徴的な症状・所見を伴う点で根本的に異なる21
  • その他の小児呼吸器疾患: 乳幼児期においては、クループ症候群、ウイルス性細気管支炎、気道異物誤嚥なども喘鳴や咳の原因となる16。クループは特徴的な犬吠様咳嗽と吸気性喘鳴を呈し、通常はウイルス感染による一過性の喉頭浮腫が原因である22。これらの急性疾患は、その典型的な臨床経過と症状によって、慢性的な経過を辿る喘息やBO、将来のCOPDリスク経路とは鑑別される。正確な診断には、年齢に応じた好発疾患を念頭に置いた体系的なアプローチが重要である22

第4章:日本の現状:疫学データと公衆衛生の概況

国際的な研究で同定されたCOPDの小児期的リスク因子が、日本の公衆衛生においてどれほどの重要性を持つかを評価するためには、国内の疫学データと医療提供体制を詳細に検討する必要がある。この分析により、日本の小児集団が抱える具体的な脆弱性が明らかになり、より的を絞った介入戦略の立案が可能となる。

4.1. 日本におけるリスク集団の定量化

世界的なエビデンスで示された主要なリスク因子は、日本においても決して稀なものではなく、むしろ相当規模のリスク集団が存在することを示唆している。

  • 小児喘息: 日本における小児喘息の有病率は依然として高く、将来のCOPD予備軍が多数存在することを示している。厚生労働省の研究班調査や各種疫学研究によると、その有病率は調査対象や年齢によって変動するものの、例えば学童期においては1.7%から6.6%6、あるいはそれ以上との報告がある。ある全国調査では、10歳未満の小児と30~40代に有病率のピークが認められており、小児期の発症がいかに多いかを示している6。富山県での3歳児調査では、喘息の有病率が13.9%に達したとの報告もある23。これらのデータは、長期的な肺機能モニタリングを必要とする可能性のある子どもたちが、国内に数十万人単位で存在することを示唆している。
  • 低出生体重(LBW): 日本は、先進国の中で低出生体重児(出生体重2500g未満)の割合が際立って高い国の一つである。厚生労働省の人口動態統計(令和4年)によれば、2022年の総出生数に占める低出生体重児の割合は9.6%に達した8。これは、出生児の10人に1人近くが、将来の肺成長不全、ひいてはCOPD発症の素因を持って生まれてきていることを意味する。さらに深刻なのは、この割合が過去数十年間にわたって上昇傾向にあることである2425。この事実は、日本の次世代におけるCOPD負担が、現在の予測以上に増大する可能性を示唆する、極めて重要な警告である。
  • 喫煙および受動喫煙: 日本の成人喫煙率は年々減少傾向にあるが、依然として公衆衛生上の主要な課題である。厚生労働省の令和5年「国民健康・栄養調査」によると、現在習慣的に喫煙している者の割合は15.7%(男性25.6%、女性6.9%)である9。より重要なのは、非喫煙者が受動喫煙に曝露される機会である。同調査では、職場での受動喫煙機会を有する者が17.0%、路上では25.5%にのぼり、家庭内での曝露も依然として存在する9。特に、胎児や乳幼児にとって最も有害な母体喫煙や家庭内受動喫煙を根絶するには、さらなる取り組みが必要である。

これらの国内データを統合すると、将来のCOPD発症につながる主要なリスク因子(小児喘息、低出生体重、タバコ煙曝露)が、日本社会に広く、かつ根深く存在していることが明らかになる。以下の表1は、これらのリスク因子の国内における規模をまとめたものである。

表1: 日本における将来のCOPD発症に関連する主要リスク因子の有病率
リスク因子 (Risk Factor) 日本における有病率・割合 (Prevalence/Rate in Japan) データ出典・年度 (Data Source & Year) 日本における主要な示唆 (Key Implication for Japan)
小児気管支喘息 (Childhood Asthma) 学童期において約6-10%、3歳児で13.9%との報告も 厚生労働省研究班調査, 各種疫学調査623 膨大な数の小児が、将来のCOPD発症リスクを評価するための長期的な肺機能モニタリングの対象となりうる。
低出生体重児 (<2500g) (Low Birth Weight) 全出生児の9.6% (2022年) 厚生労働省 人口動態統計8 約10人に1人の子どもが、肺成長不全の素因を持って生まれており、極めて大規模なハイリスク集団を形成している。
母体の喫煙 (Maternal Smoking) 女性の喫煙率 (6.9%, 2023年) から一定数の存在が推定される 厚生労働省 国民健康・栄養調査9 胎児の肺発生に直接的な悪影響を及ぼす最も予防可能なリスク因子であり、妊婦への禁煙支援が最優先課題である。
受動喫煙 (Passive Smoking) 非喫煙者のうち、職場で17.0%、路上で25.5%が曝露機会あり (2023年) 厚生労働省 国民健康・栄養調査9 子どもを含む脆弱な集団が、家庭内外で依然としてタバコ煙の脅威に晒されており、包括的な対策の継続が必要である。

4.2. 関連する国内ガイドラインと医療制度のレビュー

日本の医療制度は、これらのリスク因子に対して個別に対応する仕組みを備えているが、それらを統合し、生涯にわたるCOPDリスクとして管理するという視点はまだ十分に浸透していない。

  • 小児喘息の管理: 日本小児アレルギー学会(JSPACI)のガイドラインは、薬物療法や環境整備に関して非常に詳細かつ高度な指針を提供している1126。治療目標として「成人への持ち越しを防ぐ」ことが明記されており18、長期的な視点が含まれている点は評価できる。しかし、その具体的な方法論として、将来の「COPD発症リスク」を層別化し、肺機能の成長軌道を積極的に監視するという概念は、まだ明確には組み込まれていない。ここに、現在の診療をさらに発展させる大きな機会が存在する。
  • 成人COPDの管理: 日本呼吸器学会(JRS)のガイドラインは、確立されたCOPD患者の診断、重症度評価、薬物療法、呼吸リハビリテーションに関する包括的な指針である710。しかし、その対象は当然ながら成人であり、疾患の早期発見や小児期の起源に遡って介入するという視点は、その主たる焦点ではない。この成人医療と小児医療の間のギャップが、リスクを持つ子どもたちが適切な長期的フォローアップから外れてしまう一因となっている。
  • 小児呼吸器感染症の管理: 日本小児呼吸器学会などが作成する「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」などは、肺炎や気管支炎といった重要なリスク因子に対する標準的な治療法を定めている2227。これらの感染症を適切に管理することは、肺へのダメージを最小限に抑え、将来のリスクを低減する上で不可欠である。

総じて、日本の医療システムは個々の疾患(喘息、感染症)を治療する上では高い水準にあるが、それらの疾患を「将来のCOPDリスク」という共通のレンズを通して統合的に捉え、小児期から成人期への移行をシームレスに支援する体制は、まだ発展途上にあると言える。

第5章:行動計画:予防、早期発見、管理のためのフレームワーク

これまでの分析で明らかになった、COPDの小児期的起源という新たな科学的知見と、日本が抱える公衆衛生上の課題を踏まえ、本章では将来のCOPD負担を軽減するための多層的な行動計画を提案する。この計画は、一次予防(発生の未然防止)、二次予防(早期発見と介入)、三次予防(重症化防止)の三つの柱から構成される。

5.1. 一次予防:発生源への介入

COPDに至る病理学的プロセスの最初のドミノが倒れるのを防ぐためには、肺の発達に影響を与える根本的なリスク因子への介入が最も効果的である。

  • 胎生期の健康の重視: 第2章の分析で示されたように、タバコ煙曝露の影響は胎生期において最も深刻である。したがって、公衆衛生上の最優先課題は、妊娠中および妊娠を計画している女性に対する禁煙支援プログラムの抜本的な強化である。産婦人科医、助産師、保健師が連携し、ニコチン代替療法を含む効果的な禁煙治療へのアクセスを容易にし、社会全体で妊婦の禁煙を支援する環境を醸成する必要がある。
  • 低出生体重児の減少: 低出生体重は、母親の栄養状態、健康状態、社会経済的背景など、多くの要因が複雑に絡み合って生じる。妊婦健診の受診率向上、妊娠中の栄養指導の充実、若年妊娠や高齢妊娠に対する支援体制の強化など、母子保健全般にわたる包括的なアプローチが、結果として次世代の肺の健康を守ることにつながる。
  • 感染症の制御: 重症下気道感染症は、肺に永続的なダメージを残す可能性がある。ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチン、そして近年導入されたRSウイルスワクチンなど、利用可能なワクチンの定期接種を徹底することは、極めて効果的な一次予防策である。また、「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」に基づいた適切な抗菌薬の使用と重症例の管理は、肺への後遺症を最小限に抑える上で不可欠である2228

5.2. 二次予防:ハイリスク小児の積極的モニタリング

すべてのリスクを排除することが不可能な以上、リスクを抱えて生まれた子どもたちを早期に特定し、不可逆的な肺機能低下が起こる前に介入する二次予防が極めて重要となる。これが本行動計画の核心である。

  • ハイリスク・コホートの定義: 以下のいずれかに該当する小児を、将来のCOPD発症リスクが高い「ハイリスク・コホート」として位置づけ、積極的なモニタリングの対象とする。
    • 中等症持続型以上の小児喘息、または難治性喘息の既往
    • 低出生体重(<2500g)での出生
    • 胎生期における母体喫煙への曝露歴
    • 乳幼児期における入院を要する重症肺炎・細気管支炎の既往
  • スパイロメトリーの中心的な役割: このハイリスク・コホートに対するモニタリングの根幹をなすのが、スパイロメトリーである。現在、スパイロメトリーは主に喘息の診断時に用いられることが多いが、その役割を転換し、肺機能の「成長」を縦断的に追跡評価するためのツールとして定期的に活用することを提案する。多くの子どもで信頼性の高い検査が可能となる5~6歳頃から開始し17、思春期を越えて肺の成長が完了するまで、個々の FEV1(1秒量)の成長曲線が、日本人小児の標準予測値のパーセンタイル曲線に沿って順調に伸びているかを確認する。正常な軌道からの逸脱は、将来のリスクを示す最も早期の警告サインとなる。

5.3. 提案:ハイリスク小児患者に対するモニタリングプロトコル案

この二次予防戦略を臨床現場で実践可能なものにするため、具体的なモニタリングプロトコルを以下の表2に示す。このプロトコルは、日本の小児喘息ガイドラインで用いられている年齢区分と整合性を持たせることで、既存の診療フローへの導入を容易にすることを目指している。

表2: ハイリスク小児患者(例:重症・遷延性喘息)に対するモニタリングプロトコル案
年齢層 (Age Group) 推奨される評価 (Recommended Assessment) モニタリングすべき主要指標 (Key Parameters to Monitor) 臨床的介入の閾値と根拠 (Clinical Action Thresholds & Rationale)
6~11歳 年1回のスパイロメトリー検査 FEV1, FVC, FEV1/FVC の対標準予測値 (%) 閾値: FEV1予測値が継続して80%未満、または喘息治療の最適化後も「キャッチアップ成長」が見られない場合。
根拠: 肺成長の重要な時期であり、正常な成長軌道からの早期の逸脱を捉える。治療強化や吸入指導の再徹底など、介入の必要性を判断する。
12~15歳 年1回のスパイロメトリー検査 FEV1, FVC, FEV1/FVC の対標準予測値 (%)。ピークフロー成長のプラトー化の有無。 閾値: 肺機能の成長が、正常予測値(例: FEV1予測値90%以上)に達する前にプラトー(頭打ち)になる兆候。
根拠: 肺成長が完了に近づく最後の重要な時期。不十分なレベルでの成長停止は生涯の肺機能の「天井」を低くするため、最大限の成長を促すための最終介入機会となる。
16歳以上 (成人医療への移行期) 移行前の最終評価としてのスパイロメトリー(気管支拡張薬吸入前後) 気管支拡張薬吸入後のFEV1/FVC。FEV1予測値。 閾値: 吸入後FEV1/FVCが0.75未満または正常下限(LLN)未満。あるいはFEV1予測値が著しく低い(例: <80%)。
根拠: 成人COPD/ACOの正式なリスク評価。成人呼吸器内科への申し送りの際に、具体的なリスクレベルを明記し、シームレスなフォローアップ(禁煙指導、職業選択の助言等)を確実にする。

5.4. 三次予防とE-E-A-T(信頼性の構築)

  • 早期の固定性気流閉塞への対応: 上記のモニタリングプロトコルによって、若年成人期にすでに軽度の固定性気流閉塞が確認された患者に対しては、三次予防(重症化予防)が開始される。これには、徹底した禁煙指導、粉塵などを吸入するリスクのある職業を避けるための職業指導、そして喘息・COPDオーバーラップ(ACO)の表現型を考慮した個別化された薬物療法が含まれる。
  • 信頼性(Experience, Expertise, Authoritativeness, Trustworthiness – E-E-A-T)の構築: 本レポートの内容に基づき「JAPANESEHEALTH.ORG」の記事を作成する際には、その情報の信頼性、専門性、権威性を日本の読者に明確に伝えることが不可欠である。そのために、以下の点を遵守することを強く推奨する。
    • 権威ある情報源の明記: 記事の中では、日本呼吸器学会(JRS)10、日本小児アレルギー学会(JSPACI)11、そして厚生労働省(MHLW)7といった、日本の公的機関や主要な学術団体の見解やガイドラインを引用していることを明示する。
    • 国内の専門家の知見の反映: 日本の小児呼吸器・アレルギー分野を牽引する研究者の名前と業績に言及することは、情報のローカライズと専門性を高める上で極めて有効である。例えば、本分析の過程で参照された文献の著者である足立雄一医師、藤澤隆夫医師、海老澤元宏医師、吉原重美医師といった専門家の名前を、その研究内容と共に紹介することで、記事の権威性が飛躍的に向上する29

5.5. 研究および政策への提言

本レポートで明らかになった知見は、今後の研究と政策立案に対する重要な方向性を示す。

  • 研究者への提言: 日本独自の、出生時から中年期までを追跡する大規模な長期縦断コホート研究の設立が急務である。これにより、日本人集団に特有の肺機能発達軌道、リスク因子の影響度、そして遺伝的背景と環境要因の相互作用を解明することができ、より精度の高い予防戦略の基盤となるデータが得られる。
  • 政策立案者およびガイドライン作成委員会への提言: 日本小児アレルギー学会および関連学会に対し、将来のガイドライン改訂において、「長期的な呼吸器アウトカムとCOPDリスク」に関する章またはセクションを新たに設けることを正式に提言する。その中で、本レポートで提案した「ハイリスク小児に対するモニタリングプロトコル(表2)」を、具体的な臨床実践の選択肢として組み込むことを検討するよう求める。これにより、COPDの小児期的起源という新しい科学的知見が、日本の標準的な臨床診療へと着実に浸透していくことが期待される。

健康に関する注意事項

この記事で提供される情報は、一般的な知識の提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。お子様の健康状態、特に持続的な咳や呼吸困難などの症状がある場合は、自己判断せず、必ず小児科医や呼吸器専門医にご相談ください。肺機能検査(スパイロメトリー)の実施や解釈、治療方針の決定は、専門的な知識を持つ医師によって行われる必要があります。

よくある質問

質問1:うちの子は軽い喘息ですが、将来COPDになりますか?
回答:すべての喘息のお子さんがCOPDになるわけではありません。リスクが最も高いのは、症状が重い、またはコントロールが難しい「重症持続型」や「難治性」の喘息のお子さんです3。軽い喘息(間欠型や軽症持続型)であっても、主治医の指示に従って適切に治療を続け、症状がなく肺機能が正常に保たれている状態を維持することが、将来のリスクを最小限に抑える上で最も重要です18。定期的な診察を受け、肺の成長が順調であるかを確認してもらうことが推奨されます。
質問2:肺機能検査(スパイロメトリー)は何歳から受けられますか?痛いですか?
回答:スパイロメトリーは、通常5歳から6歳くらいのお子さんから、上手に検査ができるようになります17。検査自体に痛みは全くありません。マウスピースをくわえて、息を最大限吸い込み、その後、勢いよく最後まで吐き出すという、呼吸の努力が必要な検査です。医療スタッフがお子さんにも分かりやすく説明し、励ましながら行いますので、ご安心ください。
質問3:低体重で生まれました。必ず肺の成長は悪くなりますか?
回答:低出生体重(2500g未満)であることは、統計的に肺の成長が不十分になるリスクを高める要因の一つです15。しかし、低体重で生まれたすべてのお子さんの肺の成長が悪くなるわけではありません。出生後の栄養状態、呼吸器感染症の予防(ワクチン接種など)、受動喫煙の回避といった、良好な発育環境を整えることが、リスクを軽減する上で非常に重要です。定期的な乳幼児健診で発育状況を確認し、気になることがあればかかりつけ医に相談することが大切です。
質問4:親が喫煙者です。子どもの将来のCOPDリスクを下げるために何ができますか?
回答:お子さんの将来の健康のために最も重要で効果的な対策は、禁煙です。特に、妊娠中の母親の喫煙は、胎児の肺の形成に直接的な悪影響を及ぼし、将来のCOPDリスクを著しく高めます15。出生後においても、家庭内での受動喫煙は、お子さんの喘息症状を悪化させ、呼吸器感染症にかかりやすくする原因となります。禁煙外来など専門家の助けを借りて、家族全員で禁煙に取り組むことを強くお勧めします。

結論

慢性閉塞性肺疾患(COPD)の物語は、もはや高齢者の喫煙歴だけで語られるものではありません。最新の科学は、その起源が小児期、さらには胎生期にまで遡ることを明確に示しています。小児喘息、低出生体重、そして胎内でのタバコ煙曝露といった早期のリスク因子は、肺の正常な成長軌道を妨げ、数十年後の不可逆的な気流閉塞への道を拓きます。日本においては、これらのリスク因子の有病率が高いことから、これは次世代の健康を脅かす静かな、しかし深刻な公衆衛生上の課題と言えます。
この課題に対応するためには、思考の転換が必要です。成人になってから確立された疾患を診断する遡及的なアプローチから、小児期から肺の成長を見守り、リスクを早期に発見して介入する、生涯にわたる前向きなアプローチへの移行が求められます。本稿で提案した、ハイリスクな子どもたちを対象とした定期的なスパイロメトリーによるモニタリングは、その具体的な第一歩です。このアプローチは、不可逆的な変化が固定化する前の貴重な「介入の窓」を捉え、将来のCOPD発症負担を軽減する可能性を秘めています。保護者、臨床医、そして政策立案者がこの新しいパラダイムを共有し、連携することで、私たちは子どもたちの健やかな呼吸と未来を守ることができるのです。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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