【医師監修】胎児の肺発達の全貌:5つの段階で解き明かす生命の奇跡と周産期医療の最前線
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【医師監修】胎児の肺発達の全貌:5つの段階で解き明かす生命の奇跡と周産期医療の最前線

出生の瞬間は、生命における最も劇的な移行の一つです。産声とともに、新生児の世界は不可逆的に変化します。それまでの9ヶ月間、胎児は羊水で満たされた環境に存在し、全ての酸素を胎盤と臍帯を通じて受け取っていました。この生命維持システムにおいて、肺は呼吸の役割を一切担っていません1。そして一瞬のうちに、このシステムは断ち切られます。かつては休眠状態で液体に満たされていた肺が、自ら広がり、空気を取り込み、生涯にわたるガス交換の全責任を即座に引き受けなければならないのです。この最初の呼吸は単純な反射ではありません。それは、単なる組織の芽が、人体で最も複雑な器官の一つへと変貌を遂げる、9ヶ月間にわたる精緻な生物学的交響曲の輝かしい集大成なのです3
この発達の旅路を理解することは、単なる学術的な探求ではありません。それは臨床的に極めて重要な意味を持ちます。日本では、約20人に1人の赤ちゃんが早産で生まれており、その割合は約5.7%で推移しています4。これらの乳児にとって、生存は「出生時に呼吸器がどの発達段階にあるかと密接に関連して」います5。最初の呼吸が成功するか否かが、新生児期の経過を即座に決定し、生涯にわたる影響を及ぼす可能性があるのです。したがって、胎児の肺発達の物語は、信じがたいほどの生物学的な精密さと、深刻な脆弱性の両方を内包する物語と言えるでしょう。
本稿では、この生命の奇跡について、段階を追って決定的な分析を行います。世界的に認められている5つの段階に沿って、肺をゼロから構築する設計図を探求します6。次に、この時間軸が中断された際に生じる呼吸窮迫症候群(RDS)のような臨床的課題に焦点を当てます。そして決定的に重要な点として、国際的なエビデンスと日本で実践されている特定の臨床ガイドラインに基づき、肺の成熟を支援するためのエビデンスに基づいた「行動計画」を詳述します。最後に、この初期発達が長期的に与える影響を探り、子宮内での出来事がいかに生涯の呼吸器の健康を形成しうるかを明らかにします。

この記事の要点

  • 胎児の肺発達は、胚芽期、偽腺期、管状期、終末嚢期、肺胞期の5つの明確な段階を経て進行し、出生時の呼吸能力を決定づけます。
  • 早産は、特に肺サーファクタント(肺の虚脱を防ぐ物質)の不足により、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の主な原因となります。
  • 母親への副腎皮質ステロイド(ACS)投与は、胎児の肺成熟を促進し、早産児の予後を著しく改善する極めて効果的な介入です。
  • 出生後のサーファクタント補充療法は、RDSの標準治療として確立されており、多くの新生児の命を救っています。
  • 胎児期の肺発達は、「健康と疾患の発達起源(DOHaD)」仮説の示す通り、成人後のCOPDなどの慢性呼吸器疾患のリスクに生涯影響を及ぼす可能性があります。

第1部:建築設計図 – 肺発達の5段階

肺の創造は生物工学の傑作であり、胚芽期、偽腺期、管状期、終末嚢期、そして肺胞期という、5つの明確かつ重複する段階を経て連続的に展開されます1。これらの段階間の境界は明確ではなく、発達は器官全体で完全に同期的には起こりません8。この生物学的なばらつきは、臨床的に深い意味を持ちます。同じ早期の在胎週数で生まれた2人の乳児が、なぜ全く異なる呼吸器系の転帰を辿ることがあるのかを説明する助けとなります。一方が発達の連続体においてわずかに先に進んでおり、決定的な構造的または細胞的な利点を持っている可能性があるのです。この理解は、生物学的な詳細を、新生児学における日々の臨床的ジレンマの解答として再定義します。

第1段階:胚芽期(在胎3~6週)– 基礎の構築

呼吸器系の物語は驚くほど早く始まります。在胎約22日(3週目)頃、後に消化管を形成する原始前腸の腹側壁に、呼吸憩室または肺芽として知られる小さな突出部が現れます1。この最初の出来事が、下気道全体の起源となります。その後、複雑なシグナル伝達プロセスがこの芽を前腸から分離し、前方に気管、後方に食道という2つの平行した管を形成します1
4週目の終わりまでに、肺芽は左右の一次気管支芽に分岐し、周囲の間葉(胎児の結合組織)へと外側に成長していきます。これは、今後数週間にわたり肺の成長を定義することになる分岐形態形成と呼ばれるプロセスの始まりを示します1。5週目の終わりには、これらの一次気管支芽が非対称に分裂し、二次気管支芽(右に3つ、左に2つ)を形成します。これらの二次気管支芽は、成熟した肺の「葉(よう)」を生み出す原始的な構造です1。この段階での最後の分岐は約6週目に起こり、将来の気管支肺区域の設計図となる三次気管支芽が作られます。分子レベルでは、この初期のパターン形成は、分岐プログラムを開始するために重要なSOX2やSOX9などの転写因子の精密な相互作用によって支配されています7。この段階の終わりまでに、喉頭、気管、肺葉の基本的な構造が確立されます。しかし、ガス交換が可能な構造は存在せず、この時点での出生は生命維持と両立しません。

第2段階:偽腺期(在胎5~17週)– 生命の樹への分岐

胚芽期に続き、肺は激しい構造的拡大期に入ります。「偽腺期」という名前は、顕微鏡下で見ると、発達中の肺組織が外分泌腺に似ており、密な立方形の上皮細管が周囲の間葉に分岐しているように見えることに由来します1。この段階では、分岐形態形成のプロセスが本格化します。三次気管支芽は繰り返し分裂し、広大な伝導気道のネットワークを生成します。16週目の終わりまでに、このプロセスによって呼吸器系の樹木構造の最初の約20世代が形成され、終末細気管支のレベルまでの気道が確立されます1
同時に、肺の他の重要な構成要素も形成されています。上皮細管を取り囲む組織である内臓側板中胚葉は分化し、気道と並行して分岐する肺動脈系を生み出します。この中胚葉はまた、より大きな気管支の軟骨輪や気道を囲む平滑筋も形成します1。近位(上部)の気道では細胞分化も始まり、円柱上皮細胞が表面に線毛を発達させます。これは後に肺から粘液を排出する小さな毛のような構造です1。偽腺期の終わりには、伝導気道の「樹」は本質的に完成しています。しかし、ガス交換が行われる「葉」、すなわち呼吸細気管支や肺胞はまだ発達していません。したがって、この段階で生まれた乳児は、酸素が血流に入るためのインターフェースがないため、生存することはできません1

第3段階:管状期(在胎16~26週)– 空気-血液関門の形成

管状期は、機能を持たない腺様器官から、呼吸の可能性を秘めた器官への極めて重要な移行を示します。この名称は、将来の気腔となる気道、すなわち「管」が広がることに言及しています9。前の段階で形成された終末細気管支は、今や最初の呼吸細気管支を生み出し、それがさらに芽を出して原始的な肺胞管を形成します。
この段階を定義する2つの重要な出来事があります。第一に、肺の血管網が爆発的に成長します。毛細血管が増殖し、薄くなる間葉組織に押し入るようにして、発達中の気腔の上皮と密接に接触します。これにより、ガス交換に不可欠なインターフェースである最初の原始的な空気-血液関門が形成されます9。第二に、そして同様に重要なこととして、気道を裏打ちする立方形の上皮細胞が、2つの高度に専門化した細胞タイプに分化し始めます8

  • I型肺胞上皮細胞: これらの細胞は平たくなり、将来の肺胞表面の95%以上を覆うほど薄く伸びます。その主な機能は、酸素と二酸化炭素の拡散距離を最小限にすることです。
  • II型肺胞上皮細胞: これらの細胞は立方形のままであり、出生後の呼吸に不可欠な物質である肺サーファクタントを生産する工場です。

この段階の終わり頃、II型細胞は最初の少量のサーファクタントを産生し始めます10。生存可能な空気-血液関門の形成とサーファクタント産生細胞の出現は、管状期の終わり(約24~26週)に生まれた乳児が、集中新生児治療を必要とするものの、わずかながらも生存の可能性があることを意味します。この段階は、生物学的な生存の閾値を示しています。

第4段階:終末嚢期(在胎24~38週)– 空気を迎えるための嚢の準備

終末嚢期において、肺は出生後の機能に向けて本格的な準備をします。気道樹の末端は劇的に拡大し、「終末嚢」と呼ばれる広く薄壁の袋を形成します。これらは成熟した肺胞の前駆体です9。これらの終末嚢の間の間質組織はさらに凝縮して薄くなり、毛細血管網は中隔壁内で洗練された二重層システムへと成熟します。これは隣接する各終末嚢に一層ずつ供給するもので、この配置によりガス交換に利用できる表面積が劇的に増加します9
終末嚢期を定義する生化学的な出来事は、II型肺胞上皮細胞によるサーファクタント産生の大幅な増加です。産生はそれ以前に始まりますが、在胎30週頃から大幅に増加し、34週以降に急速に増えます11。サーファクタントは脂質とタンパク質の複雑な混合物で、洗剤のように作用し、気嚢内の表面張力を低下させます。これがなければ、肺胞は呼気の終わりに毎回虚脱してしまい、呼吸が不可能に近いほど困難になります3。この段階での十分なサーファクタント産生は、早産児の呼吸器予後を決定する最も重要な単一の要因です。34週未満で生まれた乳児はしばしばサーファクタントが不足しており、これが新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の直接的な原因となります12。肺の成熟を促進するために設計された臨床的介入が、この重要な在胎期間を標的とするのはまさにこのためです。

第5段階:肺胞期(在胎36週~幼児期早期 約8歳まで)– 最終的な拡張

肺発達の最終段階である肺胞化は、妊娠後期に始まりますが、主に出生後に起こります。このプロセスでは、大きく単純な終末嚢が新しい壁、すなわち中隔の成長によって細分化され、多数のより小さく、より効率的なガス交換単位である成熟した肺胞が作られます。この中隔形成のプロセスは、肺の内部表面積を劇的に増加させます。
正期産の新生児は約2,000万から5,000万個の肺胞を持っています。これは成人数のほんの一部に過ぎません。新しい肺胞を形成するプロセスは、乳児期から幼児期早期にかけて急速に続き、最終的に約8歳までに成人数の約3億個に達します3。この長期にわたる出生後の発達期間は、感染症や大気汚染のような幼少期の障害に対する肺の脆弱性と、その驚くべき可塑性および修復・「追いつき成長」の能力の両方を浮き彫りにします。

表1:胎児の肺発達の時系列と主要な出来事

段階 在胎週数 主要な形態学的変化 主要な細胞レベルのイベント サーファクタントの状態 臨床的生存可能性/意義
1. 胚芽期 3–6 肺芽、気管、食道の形成。一次・二次気管支芽(肺葉)への分岐。 前腸内胚葉からの肺系統の特定。SOX2/SOX9の発現。 なし 生存不可能。基礎が築かれる。
2. 偽腺期 5–17 広範な分岐形態形成により終末細気管支までの伝導気道を形成。動脈系、軟骨、平滑筋の発達。 近位気道における線毛円柱上皮の分化。 なし 生存不可能。気道の「樹」は完成するが、ガス交換単位はない。
3. 管状期 16–26 気道の拡大。呼吸細気管支と肺胞管の形成。毛細血管の増殖による原始的な空気-血液関門の形成。 立方形上皮からI型(ガス交換)およびII型(サーファクタント)肺胞上皮細胞への分化。 産生開始、ただしレベルは非常に低い。 生存の境界線。この段階の後半では集中治療により生存可能。
4. 終末嚢期 24–38 終末気腔が大きく薄壁の終末嚢へと拡大。毛細血管網が二重層へと成熟。 II型肺胞上皮細胞の活動とサーファクタント産生が大幅に増加。 産生が本格化し、約34週以降に空気呼吸に十分な量となる。 生存可能性が向上。34週未満の出生ではサーファクタント不足によるRDSのリスクが高い。
5. 肺胞期 36 – 約8歳 終末嚢の細分化(中隔形成)による成熟肺胞の形成。ガス交換表面積の著しい増加。 全ての肺細胞タイプの継続的な増殖と成熟。 産生は成熟し十分な量。 正期産での生存可能性。肺胞化の大部分は出生後であり、小児期の脆弱性を示唆。

出典: 各種資料を基に編纂1

第2部:臨床のるつぼ – 発達が中断されるとき

精緻な肺発達の連続性は脆弱です。発達プログラムが完了する前に出生が起こると、その結果は深刻なものとなり得ます。早産児が直面する臨床的課題は、中断された特定の段階における肺の未熟性を直接反映しています。

早産という挑戦:発達の時計との競争

早産は、機能的に不完全な器官を、まだ準備ができていない役割へと突き出します。生存と合併症の主要な決定要因は、肺がガス交換の準備ができているかどうかです3。「生存の閾値」という臨床的概念は、肺の発達段階に根ざしています。管状期の後半(約23~24週)以前の出生は、現代医学が支援できる限界の絶対的な縁にあります。これは、まさに空気-血液関門がまだ原始的であり、II型肺胞上皮細胞が意味のある量のサーファクタントを産生するには未熟すぎるためです1。日本では、低出生体重児の割合が9.4%(多くは早産児を含む)、早産率が5.7%であり、毎年何万もの家族と臨床チームがこの発達の時計との競争に直面しています415

新生児呼吸窮迫症候群(RDS):サーファクタント欠乏の直接的帰結

早産児が直面する最も一般的で直接的な呼吸器系の問題は、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)です。その原因は単純かつ直接的で、未熟な肺における肺サーファクタントの欠乏です14。健康な肺では、サーファクタントが肺胞の内面を覆い、呼気の終わりに肺胞が虚脱するのを防ぎます。十分なサーファクタントがないと、気嚢を覆う液体の高い表面張力により、肺胞は虚脱(無気肺と呼ばれる状態)してしまいます。虚脱した嚢を再び膨らませるためには、呼吸のたびに多大な努力が必要となり、進行性の肺虚脱、肺コンプライアンスの低下(硬さ)、そして圧倒的な呼吸仕事量の悪循環に陥ります14
RDSの臨床徴候は出生直後に現れ、この闘いの直接的な現れです。乳児は速く浅い呼吸(多呼吸)、肺の圧力を維持するために部分的に閉じた声門に対して空気を押し出そうとする際に聞こえる呻吟(しんぎん)、鼻翼呼吸、そして呼吸補助筋を使って呼吸するために見られる胸壁の陥凹を示します14。未治療のまま放置すると、増大する努力は疲弊、重度の低酸素血症、呼吸性アシドーシス(CO2の蓄積)、そして最終的には多臓器不全と死に至ります。この状態はまた、過度にストレスのかかった肺からの空気漏れ(気胸)や、不安定な血圧と酸素レベルに関連する脳室内出血などの合併症のリスクも伴います14

気管支肺異形成症(BPD):早産が残す慢性の遺産

RDSを生き延びた最も小さく、最も未熟な乳児の多くに、気管支肺異形成症(BPD)、または早産児慢性肺疾患として知られる慢性的な課題が現れます19。BPDは一般的な後遺症であり、出生体重1,000グラム未満の乳児の最大50%が罹患します19。BPDは根本的に、肺発達が停止した疾患です。早産児の命を救うために必要な介入そのもの、すなわち酸素補充と人工呼吸器が、まだ終末嚢期にある繊細な発達途上の肺を傷つける可能性があります。高濃度の酸素は肺細胞に毒性があり、人工呼吸器からの陽圧は脆弱な終末嚢を過度に伸展させ、損傷させる可能性があります。この損傷は、正常な肺胞化のプロセスを停止させ、結果として、より少なく、より大きく、より単純な肺胞を持つ肺、さらには炎症と線維化をもたらします12
これは、新生児医療における中心的かつ悲劇的なジレンマを明らかにします。RDSという急性問題に対する救命治療が、BPDという慢性的で消耗性の状態の主要な推進力となるのです。これは深刻な臨床的課題を生み出します:乳児を生かし続けるのに十分な呼吸補助を提供しつつ、肺の発達を停止させ、長期的な障害につながる損傷を与えないようにするにはどうすればよいか。この医原性(治療に起因する)サイクルは、新生児呼吸ケアの現代戦略全体を枠付けており、より穏やかな換気技術、積極的な補助の必要性を最小限に抑えるためのサーファクタントの早期使用、そして炎症を軽減することを目的とした治療に焦点が当てられています。BPDの長期的影響は大きく、小児期の再発性呼吸器感染症、喘息、そして成人期まで持続する恒久的な肺機能障害のリスクが高いことなどが含まれ、いかに幼少期の出来事が生涯の健康を形成しうるかの厳しい実例となっています12

第3部:行動計画 – 奇跡を支えるエビデンスに基づいた介入

発達プロセスは脆弱ですが、医学はそれを支援するための強力なツールを開発してきました。切迫早産と新生児呼吸不全の現代的管理は、かつてはほぼ確実な死であった状態を、高い生存率を誇る状態へと変えた科学的勝利の物語です。

母親への副腎皮質ステロイド(ACS)投与:出生前の成熟促進

周産期医療全体において最も効果的な介入の一つが、母親への副腎皮質ステロイド(ACS)の投与です。早産のリスクがある母親に投与されると、ベタメタゾンのような副腎皮質ステロイドは胎盤を通過し、胎児の肺に直接作用します20。その主要なメカニズムは、II型肺胞上皮細胞を刺激して分化を促し、サーファクタントの産生と放出を促進することで、肺の成熟を加速させることです21
ACSの有効性に関するエビデンスは圧倒的です。対照試験の大規模なレビューでは、母親に投与された単一コースのACSが、新生児死亡のリスク、RDSの発生率と重症度、そして新生児の脳室内出血の発生率を著しく減少させることが一貫して示されています16。その効果は広範な在胎週数で見られ、初回投与から24時間以内に分娩が起こった場合でも認められます20
この強力なエビデンスは、世界中で明確かつ一貫した臨床ガイドラインにつながっています。本稿のための調査における重要な発見は、日本産科婦人科学会(JSOG)の最新の包括的な産科ガイドラインにはこれらの推奨が詳述されていない一方で、専門的な日本の新生児ガイドラインや医薬品の承認情報には明確に記載されていることです23。これは、臨床医が複数の情報源から情報を統合する必要があることを浮き彫りにします。統合された日本の「行動計画」を以下にまとめます。

表2:切迫早産における母体への副腎皮質ステロイド使用に関する日本の臨床ガイドライン概要

適応 対象在胎週数 推奨されるレジメン(薬剤、用量、経路) 主要な考慮事項 エビデンスグレード 出典ガイドライン
7日以内の早産リスク 24週0日~34週0日 ベタメタゾン 12mg、筋肉内(IM)注射、24時間間隔で2回投与 24時間以内に分娩が予測される場合でも推奨。重度の妊娠高血圧症候群では慎重投与。前期破水は禁忌ではない。 A(強く推奨) 新生児・乳児のintact survivalを目指すガイドライン;PMDA医薬品承認情報2324
26週未満での早産リスク 26週未満 上記と同じ より早期の在胎週数にもかかわらず推奨される。 B(推奨) 新生児・乳児のintact survivalを目指すガイドライン22

出典: 各種資料を基に統合21, 22, 23, 24

出生後のサーファクタント補充療法:救命的介入

ACSの投与が間に合わなかった、あるいは十分に効果的でなかった乳児に対して、出生後のサーファクタント補充療法は治療の礎です。この手技では、外因性のサーファクタント製剤(通常は牛や豚の肺から抽出されたもの)が、気管内チューブを介して乳児の肺に直接投与されます14。この治療は、欠乏している物質を補充することでRDSの根本原因に直接対処します。それは速やかに肺胞の表面張力を低下させ、肺コンプライアンスを改善し、呼吸仕事量を減少させ、酸素化を向上させます。
この治療の影響は変革的であり、RDSの重症度と関連死亡率の劇的な減少につながりました17。日本の臨床ガイドラインは、国際的なコンセンサスに沿って、サーファクタント補充療法にグレードA(強い推奨)を与えています26。現代の戦略では早期投与が重視されます。重度のRDSが発症するのを待つのではなく、RDSの診断がつき次第(理想的には生後30分から2時間以内)治療を行う「選択的」アプローチが、利益を最大化し、長期的で有害な人工呼吸器の必要性を減らす可能性があるため推奨されています2526

新生児医療のフロンティア:新たな治療法

研究は、RDS治療がBPDにつながるという悪循環を断ち切る方法を模索し続けています。有望な研究領域の一つは、治療法の組み合わせです。例えば、研究では、抗炎症作用を持つ吸入ステロイドであるブデソニドとサーファクタントの併用投与が探求されています27。その仮説は、サーファクタントがステロイドを肺の深部へ運ぶ媒体として機能し、そこでBPDの一因となる炎症を鎮めるというものです。いくつかの研究でBPDと死亡率の減少が示されていますが、エビデンスはまだ発展途上です。日本の臨床医にとって極めて重要なのは、ブデソニドの直接的な気管内投与は、現在この適応では国内で未承認であるという点です。その使用は、適切な倫理的承認とインフォームドコンセントを得た上での、正式な臨床研究の場に限定されるべきです27

第4部:生涯にわたるこだま – 健康と疾患の発達起源(DOHaD)

胎児の肺発達の重要性は、新生児期をはるかに超えて広がります。増え続けるエビデンスが、「健康と疾患の発達起源(DOHaD)」仮説を支持しています。これは、胎児期および乳児期に経験した環境が、個人の長期的な健康と成人期の慢性疾患リスクを「プログラミング」しうるというものです7。肺は、この原則の典型的な例です。

成人期の呼吸器疾患との関連

胎児の肺発達中の混乱は、生涯にわたる結果をもたらす可能性があります。早産、成長制限、その他の障害による最適ではない発達は、個人がより低い「ピーク」肺機能で成人期に入る結果となることがあります。肺機能は年齢とともに自然に低下するため、より低いベースラインからスタートすることは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの臨床的に重要な疾患の閾値に、より早期に到達することを意味します137。疫学研究は、幼少期の有害な出来事と、喘息、COPD、その他の慢性呼吸器疾患を発症する生涯リスクの高さとを一貫して関連付けています7
このエビデンスは、成人期の肺疾患に対する我々の見方を根本的に変えます。COPDのような状態は、単に喫煙などの成人期の生活習慣の結果ではなく、しばしば出生前に設定された生涯にわたる軌跡の集大成なのです。胎児の肺は、受けた障害の「記憶」を持っているように見えます。この記憶は、早産、栄養不足、汚染など、その構造、細胞構成、機能的能力そのものに刻み込まれ、何十年にもわたって呼吸器の健康に影響を与えます。

子宮内環境の役割

DOHaDの概念は、子宮内環境の極めて重要な役割に注意を向けさせます。いくつかの要因が肺の発達軌道に影響を与えることが知られています:

  • 胎児発育不全(IUGR):胎盤機能不全や重度の母体栄養不足など、IUGRにつながる状態は、胎児への酸素と栄養の供給を制限します。これは肺の発達を直接的に損ない、気道と肺胞の構造に恒久的な変化をもたらす可能性があります。このエビデンスは、胎児のストレスが一様に肺の成熟を促進するという古い単純な考え方に挑戦し、むしろ慢性的なストレスは有害であり、後の人生で慢性的な気流閉塞にかかりやすくする可能性があることを示唆しています28
  • 環境曝露:母親が環境汚染物質に曝露することの影響について、懸念が高まっています。研究によると、妊娠中に二酸化窒素(NO₂)や微小粒子状物質(PM2.5)などの汚染物質に高レベルで曝露すると、小児の肺機能が測定可能に低下することが関連付けられています29。曝露のタイミングが重要であるようです。一部のエビデンスは、肺が急速に拡大し、ガス交換単位を成熟させている終末嚢期(在胎24~36週)が、大気汚染の悪影響に対して特に脆弱な時期である可能性を示唆しています29

結論:知識から行動へ – すべての最初の呼吸を守るために

胎児の肺が、単なる組織の芽から生命を維持できる複雑な器官へと至る旅は、真の生物学の奇跡です。本稿では、この道のりを5つの複雑な段階を通してたどり、息をのむほどの精密さと内在する脆弱性のプロセスを明らかにしました。建築設計図が週ごとに築かれ、最終的に劇的な出生の移行に備えた器官へと至る様子を見てきました。
決定的に重要なのは、この理解が受動的なものではないということです。「奇跡」とは、私たちがただ傍観し、感嘆することしかできないプロセスではありません。私たちが積極的に支援できるプロセスなのです。何十年にもわたる研究に基づいて構築された臨床的行動計画は、発達のタイムラインが短縮された際に私たちが効果的に介入できる能力が高まっていることを示しています。成熟を促進するための母親への副腎皮質ステロイドの投与や、欠乏を治療するための出生後のサーファクタント補充療法というエビデンスに基づいた使用は、日本および世界中で数え切れないほどの命を救い、早産児の予後を変革しました。これらの介入は、深い科学的知識がどのように直接臨床行動に結びつくかを示す証です。
最後に、DOHaDの視点は、私たちにさらに広い視野を持つことを強います。最初の呼吸を守ることは、新生児の生存を確保することだけではなく、生涯にわたる呼吸器の健康を守ることでもあるのです。この認識は、NICUの壁を越えた公衆衛生上の焦点を求めるものです。それは、包括的な産前ケア、母親の健康の最適化、胎児発育不全の緩和、そして妊婦の有害な環境汚染物質への曝露を減らす努力の重要性を強調します。
この発達プロセスの謎を解き明かし続け、私たちの知識を賢明に適用することで、私たちはこの深遠な生物学的賜物のより良い管理者となります。私たちは、生命の奇跡の単なる傍観者から、すべての最初の呼吸が長く健康な旅の始まりとなることを確実にするための積極的な参加者へと移行するのです。

よくある質問

胎児の肺発達において、最も重要な段階はどれですか?
すべての段階が不可欠ですが、臨床的な生存可能性の観点からは、管状期(16~26週)終末嚢期(24~38週)が極めて重要です。管状期には、ガス交換に必要な基本的な「空気-血液関門」が形成され始め、サーファクタントを産生するII型肺胞上皮細胞が出現します9。終末嚢期には、サーファクタントの産生が本格化し、肺が空気呼吸に備えます11。この期間に早産となると、サーファクタント不足による呼吸窮迫症候群(RDS)のリスクが非常に高くなるため、この段階での成熟度が新生児の予後を大きく左右します。
なぜ副腎皮質ステロイド(ACS)は、赤ちゃんではなく母親に投与するのですか?
副腎皮質ステロイドは、早産のリスクがある場合に、胎児の肺の成熟を「前もって」促進するために投与されます。ベタメタゾンなどのステロイドを母親に筋肉注射すると、薬剤が胎盤を通過して胎児の血流に入り、胎児の肺に直接作用します20。主な目的は、II型肺胞上皮細胞を刺激して、出生後の呼吸に不可欠なサーファクタントの産生と放出を促すことです21。出生前にこの準備を整えることで、赤ちゃんが生まれた際の呼吸窮迫症候群のリスクと重症度を大幅に軽減できます16
早産で生まれた赤ちゃんの肺は、成長とともに「追いつく」ことができますか?
はい、ある程度は「追いつき成長」が可能です。肺の最後の発達段階である肺胞期は、出生後も幼児期早期(約8歳)まで続きます3。この期間に、肺胞の数が劇的に増加します。早産で生まれた赤ちゃんは、出生時に肺胞の数が少ない状態でスタートしますが、この出生後の成長期に肺が発達し、機能が改善する可能性があります。しかし、気管支肺異形成症(BPD)のような重度の慢性肺疾患を発症した場合、肺の発達が妨げられ、成人期まで続く肺機能の低下につながる可能性があります12。したがって、追いつき成長の程度は、出生時の未熟度や合併症の有無によって大きく異なります。
妊娠中の生活習慣は、赤ちゃんの肺の発達に影響しますか?
はい、強く影響します。「健康と疾患の発達起源(DOHaD)」の概念が示すように、子宮内の環境は赤ちゃんの生涯にわたる健康を左右します7。例えば、母体の栄養不足による胎児発育不全(IUGR)は、肺の構造発達を妨げる可能性があります28。また、母親が大気汚染物質(PM2.5など)に曝露することは、子どもの肺機能低下と関連があることが示唆されています29。健康的な食事、適切な体重管理、そして汚染物質への曝露を避けるなどの健全な生活習慣は、赤ちゃんの最適な肺発達をサポートするために重要です。
免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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