この記事の要点
- 権威ある医学誌JAMAに掲載された研究では、顔の体操を20週間続けた結果、頬のボリュームがアップし、見た目年齢が約2.7歳若返った可能性が示されました3。
- しかし、上記研究は参加者が16名と少なく、対照群がいない「予備的研究」であり、その効果を科学的に証明するにはエビデンスが不十分であると指摘されています34。
- 日本の専門家の一部は、「表情筋を過剰に動かすことは、皮膚の弾性線維を傷つけ、シワやたるみをむしろ悪化させるリスクがある」と強く警告しています2。
- 最新の研究では、顔の体操は、シワの原因となる筋肉(額など)の緊張は「緩和」し、たるみを支える筋肉(頬など)の緊張は「高める」という、部位によって異なる効果を持つ可能性が示唆されています5。
- 安全に試す鍵は、「こする・引っ張る」といった摩擦を避け、過緊張な筋肉をリラックスさせ、弱った筋肉を優しく引き締めるという「正しい方法」を理解することにあります。
第1章:顔の体操に「効果あり」とする科学的根拠
顔の体操の効果を支持する議論の中心には、2018年に権威ある米国医師会皮膚科学会誌『JAMA Dermatology』に掲載された臨床試験があります3。この研究は、顔の体操が老化の外観に与える影響を評価した初の重要な試みとして、世界的な注目を集めました。
JAMA論文が示した「若返り」の可能性
この研究では、40歳から65歳の女性参加者が、専門家による32種類の顔のエクササイズ指導を受け、20週間にわたって実践しました。その結果、盲検化された(誰の写真か知らされていない)医師による写真評価において、統計的に有意な改善が認められました3。
- 頬のボリュームアップ:上頬と下頬のふっくら感が有意に増加しました。これは、加齢による顔の脂肪や筋肉の減少(ボリュームロス)を、筋肉の肥大によって補うことができる可能性を示唆しています6。
- 見た目年齢の若返り:評価者による参加者の平均推定年齢は、研究開始時の50.8歳から、20週後には48.1歳へと、約2.7年若く評価されるという驚くべき結果が示されました6。
- 高い参加者満足度:参加者自身も、評価された20の顔の特徴のうち18項目で改善を実感しており、結果に非常に満足していました6。
これらの結果は、顔の体操が単なる気休めではなく、顔の構造的な老化に対して、客観的な改善をもたらす可能性があることを示唆するものとして、多くのメディアで好意的に報じられました7。
第2章:知っておくべきリスクと「逆効果」という専門家の警告
JAMA論文の有望な結果の一方で、特に日本の美容皮膚科や形成外科の専門家からは、顔の体操の実践に強い警鐘が鳴らされています。その主張の根拠は、顔の皮膚と筋肉の解剖学的な構造にあります。
なぜ「逆効果」と言われるのか?表情ジワのメカニズム
額の横ジワ、眉間のシワ、目尻の「カラスの足跡」といった「表情ジワ」は、特定の表情筋が繰り返し収縮することによって皮膚に折り目がつき、それが定着することで形成されます8。この原理は、シワ治療に用いられるボツリヌストキシン注射(ボトックス®など)が、筋肉の動きを意図的に麻痺させてシワを改善するという事実からも明らかです9。
日本抗加齢医学会雑誌などで見解を発表している宇津木龍一医師をはじめとする一部の専門家は、この原理に基づき、「表情筋トレーニングはむしろ禁忌」であり、「熱心に行えば、シワ、たるみは悪化する」と断言しています2。体の筋肉とは異なり、顔の表情筋の多くは骨から皮膚に直接付着しています。そのため、表情筋を過剰に動かすことは、薄くデリケートな皮膚を直接的に伸縮させ、引っ張る行為に他なりません。この機械的なストレスが、皮膚の弾力性を担う弾性線維(エラスチン)を傷つけ、たるみを助長し、繰り返される皮膚の折り畳みが恒久的なシワとして刻まれる原因になる、というのが否定派の専門家たちの中心的な論拠です24。
表1:日本の専門家による「顔の体操」に関する見解の比較
肯定的な見解 | 否定的な見解 |
---|---|
血行を促進し、肌の健康をサポートする10。 | 表情ジワを悪化させる可能性がある2。 |
使われていない筋肉を活性化させ、衰えを防ぐ11。 | 皮膚を不必要に伸ばし、たるみの原因となる2。 |
筋肉を鍛えることで皮膚のハリが増し、たるみの軽減が期待できる10。 | 医学的根拠が乏しく、効果は証明されていない12。 |
自然で非侵襲的なアンチエイジング手法である13。 | むしろ「禁忌」であり、避けるべきである2。 |
出典:JHO編集委員会作成。各主張は参考文献に基づく。
第3章:【監修医の結論】私たちのバランスの取れた見解
JAMA論文の有望なデータと、専門家による深刻なリスクの指摘。この相反する情報を前に、私たちはどう判断すれば良いのでしょうか。JHO編集委員会は、これまでのエビデンスを統合し、以下のように結論付けます。
まず、JAMA論文は重要な示唆を与えてくれますが、参加者数が16名と非常に少なく、エクササイズをしない比較対照群も存在しないため、あくまで「予備的な研究(パイロットスタディ)」と位置づけられるべきです3。関連研究を網羅的に分析したシステマティックレビューにおいても、「顔の体操の有効性を断定するにはエビデンスが不十分であり、より質の高い研究が必要」と結論づけられているのが現状です4。
しかし、近年の研究は、この「効果か、逆効果か」という二元論に新たな視点を提供しています。2023年に発表された研究では、顔ヨガの実践後、顔の各部位の筋肉の緊張度を測定したところ、驚くべき結果が示されました5。
- 額や眉間など、表情ジワの原因となりやすい筋肉では、緊張度が有意に減少(リラックス)した。
- 頬や顎下など、顔を支えリフトアップに関わる筋肉では、緊張度が有意に増加(引き締め)した。
これは、効果的な顔の体操とは、全ての筋肉を無差別に「鍛える」のではなく、「シワの原因となる過緊張な筋肉はリラックスさせ、たるみの原因となる弱った筋肉は適度に引き締める」という、ターゲットを絞った神経筋の再教育である可能性を示唆しています5。この考え方に基づけば、顔の体操の恩恵を最大限に引き出し、同時にリスクを最小限に抑えることが可能になります。鍵となるのは、その『方法』なのです。
第4章:もし試すなら知っておきたい「安全な顔の体操」の原則
顔の体操を試してみたいと考える方のために、専門家の警告するリスクを最小化し、肯定的な研究が示唆する恩恵を得るための、安全な実践原則を以下に示します。
原則1:緊張させず、リラックスさせる
シワの主な原因は筋肉の過剰な緊張です。特に眉間や額、顎の食いしばりなど、無意識に力が入っている部分を意識的に緩めるエクササイズに焦点を当てましょう14。全ての動きは、筋肉の緊張を解きほぐすことを目的とします。
原則2:無理せず、優しく引き締める
頬など、重力に抗して顔を支える筋肉は、穏やかに刺激することが有効な場合があります15。しかし、「全力で」動かすのではなく、あくまで「意識を向けて、優しく」動かすことが重要です。筋肉痛になるほどのトレーニングは、顔には必要ありません。
原則3:摩擦を絶対に避ける
これが最も重要な原則です。エクササイズの際に、手で皮膚を強くこすったり、引っ張ったりする行為は、たるみやシワを直接的に作り出す原因となり得ます2。マッサージを行う場合は、必ず滑りの良いクリームやオイルを使用し、皮膚を動かさないように、あくまで下の筋肉に働きかける意識で行ってください。
第5章:顔の体操では「できない」こと
顔の体操に過度な期待を抱かないことも重要です。以下の点については、顔の体操だけで改善することは困難であることを明確に理解しておく必要があります。
- 深く刻まれた静的なシワ:表情を作っていない時でも見える深いシワは、真皮層の構造変化が原因であり、筋肉へのアプローチだけでは解消できません。
- 重度のたるみ:加齢により伸びてしまった皮膚や、それを支える靭帯(リガメント)の緩みが主な原因である重度のたるみを、体操だけで引き上げることは不可能です。
- 骨格の変化:加齢による頭蓋骨の萎縮も、顔のたるみの根本的な原因の一つです16。骨格レベルの変化は、体操では補うことができません。
これらの悩みに対しては、スキンケアや美容医療など、他のアプローチを検討する必要があります12。
第6章:シワに対する他のエビデンスに基づいた選択肢
読者の皆様に包括的で責任ある情報を提供するため、顔の体操以外の、科学的根拠が確立されたシワ改善の選択肢についても簡潔にご紹介します。
- スキンケア:紫外線対策(日焼け止め)がシワ予防の基本であることは言うまでもありません。また、レチノールやナイアシンアミドなどの成分は、シワ改善効果が科学的に認められています。
- 美容医療:ボツリヌストキシン注射は表情ジワに、ヒアルロン酸注入はボリュームロスや深いシワの改善に非常に効果的です917。その他、レーザー治療や高周波(RF)、高密度焦点式超音波(HIFU)など、様々な治療法が存在します。
これらの選択肢については、必ず専門の医師に相談し、ご自身の状態に合った最適な方法を選択することが重要です。
健康に関する注意事項
顔に痛みや皮膚疾患、顎関節症などの症状がある場合は、顔の体操を行う前に必ず医師または歯科医師に相談してください。エクササイズ中に痛みや不快感を感じた場合は、直ちに中止してください。
よくある質問
顔の体操は、どのくらいの期間続ければ効果が出ますか?
自己流でやっても大丈夫ですか?
顔の体操とマッサージは違うのですか?
結論
「顔の体操はシワに効くのか」という問いに対する答えは、単純な「はい」か「いいえ」ではありません。最新の科学的エビデンスを総合すると、「ターゲットを絞り、正しい方法で慎重に行えば、顔の見た目の印象を改善する可能性はある。しかし、不適切な実践はシワやたるみを悪化させる実際のリスクを伴う」というのが、現時点での最も誠実な結論です。
情報が溢れる現代において、最も重要なのは、一つの情報源を鵜呑みにせず、メリットとデメリットの両方を理解し、ご自身の体と向き合いながら、情報に基づいて賢明な判断を下す力(ヘルスリテラシー)です。この記事が、皆様にとってその一助となることを心から願っています。
本記事は、医学的知識の普及・啓発を目的とするものであり、専門的な医学的アドバイスを提供するものではありません。健康に関する懸念や治療に関する決定については、必ず資格を有する医療専門家にご相談ください。
参考文献
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