【専門家監修】男の子の育て方・新常識：ジェンダー平等な未来を築くための包括的ガイド

はじめに：「尊敬」を教えることから、「尊敬しあえる人間」を育てることへ

現代の日本において、男の子を育てるということは、多くの保護者にとって喜びであると同時に、複雑な課題を伴います。私たちは子どもに、強く、優しく、そして何よりも他者を尊重できる人間に育ってほしいと願います。しかし、その「尊重」とは具体的に何を意味し、どうすれば日々の生活の中で教えることができるのでしょうか。従来の考え方では、男の子に「女性を尊重するように」と、ルールとして教えることに重点が置かれがちでした。これは、尊重を主に女性の利益のために守るべき行動規範として位置づけてしまいます。
しかし、ユニセフなどが提唱する「ジェンダー変革的な子育て」という国際的な視点は、私たちに全く新しい地平線を示します⁵⁶。このアプローチの核心は、男女平等の根本的な原因に働きかけ、有害なジェンダー役割や規範そのものを変革することにあります。この考え方に基づけば、子育ての目標は、単に「害を与えない」男の子を育てることではありません。むしろ、有害なジェンダーの固定観念から解放された、感情的に豊かで、共感力に満ちた、一人の人間を育むことにあります。男の子自身を、「男は感情を見せてはいけない」「攻撃的でなければならない」といった「男らしさの箱（the man box）」の圧力から解放することこそが、真の目的です。他者、特に女性への尊重は、この深い人間的変容の過程で、ごく自然に、そして必然的に生まれてくる副産物となるのです。本稿では、この新しい哲学に基づき、男の子を真に尊重しあえる人間に育てるための、具体的な5つの柱を提案します。

第1の柱：自己肯定感と感情の言葉を育む

男の子を育てる上での最初の、そして最も重要な基盤は、彼らが自分自身の感情を理解し、健全に表現する能力を育むことです。「男の子でしょ、泣かないの」という言葉は、善意から発せられることが多いかもしれませんが、発達心理学の観点からは、子どもの感情的な成長に深刻な足かせとなり得ます¹⁰。ユニセフの育児ガイドラインでも、「女の子みたいに泣いて」といった表現を避けることが推奨されています¹⁰。感情を抑圧された子どもは、自分の気持ちを言葉にする語彙を持てず、フラストレーションを攻撃的な行動で示すしかなくなることがあります。これは、子育て相談フォーラムなどで多くの保護者が悩む点でもあります¹¹。
発達心理学の権威である内田伸子博士の研究は、子どもの内面世界を豊かにすることの重要性を強調しています⁹¹²。保護者にできる具体的なアプローチは、子どもの感情に名前をつけ、共感することです。例えば、「おもちゃが壊れて悲しいね」「お友達と遊べなくて、がっかりしたんだね」と声をかけることで、子どもは自分の内側で起きている漠然とした感覚が「悲しい」や「がっかり」という感情なのだと学びます。日本心理学会が発行する資料なども、このような感情教育、すなわち「心の知能指数（Emotional Intelligence）」を育むことの重要性を指摘しています¹³。感情を言葉にできる男の子は、自分の欲求を健全な方法で伝え、他者の感情も理解できる共感力の高い人間に成長する可能性が高まります。

第2の柱：共感力と他者の視点を育む

自己の感情を理解する力が育ったら、次のステップは他者の感情や視点を想像する「共感力」を養うことです。共感力は、人間関係の質を決定づける最も重要なスキルの一つであり、生まれつきの才能ではなく、日々の関わりの中で育まれる能力です。
絵本の読み聞かせは、共感力を育てるための非常に有効なツールです。物語の登場人物がどのような気持ちでいるかを一緒に考え、「この時、主人公はどうして泣いているのかな？」「もし君がこの子の立場だったら、どう感じる？」といった問いかけをすることで、子どもは自然と他者の視点に立つ訓練をします。また、日常の些細な出来事も学びの機会になります。例えば、公園で他の子が転んで泣いている時、「あの子、痛かっただろうね。大丈夫かな？」と一緒に心配することで、他者の痛みを自分のことのように感じる心を育てることができます。
このプロセスは、男の子が他者を単なる「対象」としてではなく、自分と同じように感情や考えを持つ「主体」として認識するために不可欠です。共感力が豊かであれば、相手が嫌がることをしたり、一方的な要求をしたりするのではなく、相手の気持ちを尊重した行動が自然にできるようになります。これは、将来、友人、パートナー、そして社会の一員として、健全で対等な関係を築くための基礎となります。

第3の柱：「らしさ」の呪いを解く

「男の子らしさ」「女の子らしさ」という言葉は、私たちの社会に深く根付いています。しかし、これらの固定観念は、子どもの無限の可能性に蓋をしてしまう「呪い」にもなり得ます。この問題の重要性は、個々の家庭レベルを超え、国の政策レベルでも認識されています。文部科学省は、幼児期における固定的な性別役割分担意識や無意識の偏見（アンコンシャス・バイアス）を解消するための研究を推進しています²¹⁴。お茶の水女子大学では、政府の委託を受け、保護者や教育者向けのジェンダー平等に関する教育プログラムが開発されています³⁴。これは、保護者が感じている「男の子を青色に限定したくない」という直感が、単なる個人的な好みではなく、国の教育目標や最先端の学術研究と一致していることを意味します。
それにもかかわらず、多くの保育園や幼稚園では、今なお持ち物の色を男女で分けたり、活動を性別で区別したりする慣習が残っているという研究報告もあります¹⁵¹⁶。保護者は、家庭においてこの「らしさ」の呪いを解く重要な役割を担います。具体的な行動として、国分寺市や島根県などが発行する「男女共同参画の視点による表現のガイドライン」が参考になります¹⁷¹⁸。これらは、以下のような点を推奨しています。

• 外見や色の固定観念を避ける：「男の子だから青」ではなく、「あなたが好きな色を選んでいいんだよ」と伝える。人形遊びやままごと、ヒーローごっこなど、子どもが興味を持つ遊びを性別で制限しない。
• 職業に関する固定観念をなくす：「保母さん」「看護婦さん」ではなく、「保育士」「看護師」といった中立的な言葉を使い、どんな職業も性別に関係なく目指せることを示す¹⁸。
• 性格や行動の押し付けをやめる：「男の子なんだから我慢しなさい」ではなく、「辛いときは助けを求めていいんだよ」と教える。

これらの実践は、男の子が「男らしさ」という枠に自分を押し込めることなく、自分自身の本当の興味や感情、才能を自由に伸ばすことを可能にします。同時に、女の子も「女らしさ」から解放され、すべての人が自分らしく生きられる社会の基盤を築くことに繋がるのです。

第4の柱：同意と身体的自己決定権を学ぶ

「同意（コンセント）」という概念は、性的な文脈で語られることが多いですが、その本質は人間関係における基本的な尊重の原則であり、幼少期から教えるべき極めて重要なテーマです。これは、ユニセフが掲げる「子どもの保護」の枠組みにおいても中心的な要素です⁵。同意とは、「すべての人の身体は、その人自身のものであり、何をされ、何をされないかを決める権利がある」という考え方です。
この重要な概念を、子どもに分かりやすく教える方法は数多くあります。例えば、

• 遊びの中での同意：子どもをくすぐる時、まず「くすぐってもいい？」と尋ねる。子どもが「やめて」と言ったら、たとえ笑っていても、すぐにやめる。これにより、「『いいえ』は『いいえ』を意味する」という絶対的なルールを学びます。
• 愛情表現における同意：「ハグしよう」「キスして」と求める際に、子どもが乗り気でなければ無理強いしない。「今はそういう気分じゃないんだね、わかったよ」と受け入れることで、自分の気持ちが尊重される経験を積みます。
• 他者の境界線を尊重する：お友達が「そのおもちゃを貸したくない」と言った時、「そっか、今使いたいんだね」と、相手の「ノー」を尊重することを教えます。

これらの日常的なやり取りを通じて、男の子は自分の身体的自己決定権を認識すると同時に、他者のそれも尊重することを学びます。自分の「イエス」と「ノー」が大切にされる経験は、他者の「イエス」と「ノー」を大切にする姿勢に直結します。これは、日本政府が推進する性暴力防止の取り組みの根幹をなす考え方とも一致しており¹⁹、安全で健全な人間関係を築くための揺るぎない土台となります。

第5の柱：家庭における対等なパートナーシップ

子ども、特に男の子にとって、ジェンダー平等を学ぶ最もパワフルな教科書は、家庭の中にあります。言葉で「男女は平等だよ」と教えること以上に、父親と母親が対等なパートナーとして家事や育児を分担する姿を日常的に見ることの影響は計り知れません。ユニセフは、「ジェンダー変革的な子育て」において、父親が育児に積極的に関わることが子どもの発達に良い影響を与えることを明確に示しています⁵。
近年、日本でも男性の育児休業取得率は増加傾向にあり、社会全体の意識も変化しつつあります²⁰²¹。父親が当たり前のように食事の準備をし、洗濯物をたたみ、子どもの寝かしつけをする家庭で育った男の子は、自然と「家事や育児は性別に関係なく、家族全員で行うものだ」という価値観を内面化します。これは、将来彼らがパートナーシップを築く際に、相手を尊重し、責任を分かち合う対等な関係を築く力となります。
保護者は、以下のようなことを意識的に見せることができます。

• 意思決定の共有：家族旅行の計画や大きな買い物など、重要な事柄について父母が一緒に話し合い、決める姿を見せる。
• 役割の柔軟性：「これはお母さんの仕事」「あれはお父さんの仕事」と決めつけるのではなく、お互いの得意なことや状況に応じて柔軟に役割を交代する。
• 感謝と尊敬の表現：お互いの貢献に対して「ありがとう」「助かるよ」といった感謝の言葉を日常的に伝え合う。

家庭という最も身近な社会で対等なパートナーシップを目の当たりにすることは、男の子がジェンダー平等を行動レベルで理解するための、何にも代えがたい生きた教育となるのです。

よくある質問

結論：父親たちへの招待状 – ジェンダー平等のための最も重要な味方になる

この記事を通じて、男の子を育てるための新しい視点を提供してきましたが、最後に特別なメッセージを父親の皆様にお送りしたいと思います。日本の育児に関する言説は、歴史的に母親に偏りがちでした²²²³。しかし、時代は大きく変わり、父親が育児の「手伝い」ではなく、中心的な役割を担うことへの期待と社会的支援はかつてなく高まっています²⁰²¹。
UN Womenが推進するグローバルキャンペーン「HeForShe」が示すように、ジェンダー平等は女性だけの問題ではなく、男性が積極的に参加し、変革の主体となることで初めて達成されます⁷⁸。父親である皆様は、息子さんにとって最も身近で、最も影響力のある男性のロールモデルです。皆様が家庭で示す姿、パートナーに示す敬意、そして感情をオープンに表現する勇気は、息子さんが「男らしさ」の古い束縛から自由になり、真に他人を尊重できる人間に成長するための、何よりの贈り物となります。
皆様の存在は、単なる家族の一員に留まりません。それは、より公正で、より優しく、より平等な次世代を育むための、最もパワフルな力なのです。JapaneseHealth.orgは、この重要な旅路において、すべての保護者、とりわけ父親の皆様が力強い同盟者となることを心から応援しています。