【科学的根拠に基づく】放射線治療中の食事 完全ガイド:専門家が教える「食べるべきもの・避けるべきこと」
がん・腫瘍疾患

【科学的根拠に基づく】放射線治療中の食事 完全ガイド:専門家が教える「食べるべきもの・避けるべきこと」

放射線治療は、がんとの闘いにおいて強力な武器ですが、同時に身体にとって大きな挑戦でもあります。治療期間中、多くの患者様やご家族が「何を食べたら良いのか」「何を食べさせてあげれば良いのか」といった食事に関する深い悩みに直面することは、ごく自然なことです1。この不安や疑問に対し、信頼できる情報を提供し、皆様の治療生活を支えることが、この記事の目的です。この記事は、日本の医療界をリードする国立がん研究センターや、放射線治療の専門家集団である日本放射線腫瘍学会 (JASTRO)、そして栄養指導のプロフェッショナルである日本栄養士会が示す指針を基に作成されています2345。さらに、国際的ながん治療の権威である米国のメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター (MSKCC) の知見も取り入れ、多角的で質の高い情報を提供します6。本稿の監修には、がん患者様の栄養管理を専門とするがん病態栄養専門管理栄養士が携わっています7。これは、提供される情報が医学的正確性と専門性を担保していることの証です。治療中の食事は、単に空腹を満たすためだけのものではありません。それは、治療を乗り越えるための体力を維持し、放射線によってダメージを受けた正常な細胞の回復を助け、そして何よりも患者様の生活の質 (QOL) を保つための、治療計画における極めて重要な要素なのです389。このガイドが、皆様にとって頼れる「味方」となり、安心して治療に取り組むための一助となることを心から願っています。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 国立がん研究センター: 本記事における、治療中の食事の基本原則、症状別の食事の工夫、栄養補助食品の考え方に関する指針は、同センターが提供する患者様向けの情報に基づいています3111629
  • 日本放射線腫瘍学会 (JASTRO): 放射線治療中の生活上の注意点、特に副作用管理に関する推奨事項は、同学会の公式見解を参考にしています420
  • 日本栄養士会: 食欲不振時のカロリーアップの工夫や、栄養補助食品の適切な使用に関する具体的なアドバイスは、同会の指針に基づいています5
  • メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター (MSKCC): 吐き気や味覚変化など、特定の副作用に対する国際的な食事療法の知見は、同センターの情報を参考にしています6
  • がん病態栄養専門管理栄養士: 本稿で提示される情報は、がん患者の栄養管理を専門とするがん病態栄養専門管理栄養士の知見によって裏付けられています78

要点まとめ

  • 治療中の食事は体力の維持と副作用の軽減に不可欠であり、特に「タンパク質」「エネルギー」「水分」の3つが重要です。
  • 症状が辛い時は「食べられるものを、食べられるだけ」を最優先し、体調が良い時は「主食・主菜・副菜」のバランスを意識する2段階のアプローチが有効です。
  • 吐き気、口内炎、食欲不振、下痢などの各症状に合わせ、食事の温度、硬さ、味付けを具体的に工夫することで、苦痛を和らげることができます。
  • 栄養補助食品は食事を「補う」ためのものであり、使用する際は必ず医師や管理栄養士に相談が必要です。
  • 重度の口内炎を防ぐためには口腔ケアが極めて重要であり、一人で悩まず、体重減少や食事が摂れない場合は速やかに医療チームに相談することが大切です。

第1部 放射線治療を乗り切るための食事の基本原則

放射線治療中の食事管理は、単なる「規則」の集まりではなく、ご自身の体調と向き合い、最適な「戦略」を立てるプロセスです。ここでは、その基本となる考え方と知識を解説します。

1.1. なぜ栄養が重要か:体力を維持するために

放射線治療を最後までやり遂げるためには、「体力」が不可欠です。そして、その体力の源となるのが、日々の食事から得られる栄養です。栄養状態と治療効果には密接な関係があります。十分な栄養を摂ることで、治療による体重減少や筋肉量の低下を防ぐことができます。体重と筋肉量を維持することは、治療の副作用を軽減し、予定通りに治療を継続するための重要な鍵となります10。体が衰弱してしまうと、治療の継続が困難になる場合もあるため、栄養管理は治療そのものと同じくらい重要視されています。また、私たちの体は、食事から得られるエネルギー(カロリー)とタンパク質を使って、日々の活動だけでなく、放射線によってダメージを受けた正常な細胞を修復しています3。治療中は、この「修復作業」に多くのエネルギーが必要となるため、普段以上に栄養を意識することが求められます。特に見過ごされがちですが重要なのが、「腸を使う」という概念です。たとえ少量であっても口から食事を摂ることは、腸の粘膜の健康を保ち、体の免疫機能を維持するために非常に大切です。腸には多くの免疫細胞が存在しており、1週間程度食事をしないだけでも免疫機能が低下すると言われています132。点滴だけで栄養を補給している場合でも、可能な限り口から食べる努力を続けることが、回復への近道となります。

1.2. 食事の3つの柱

治療中の食事を考える上で、特に重要となるのが「タンパク質」「エネルギー(カロリー)」「水分」の3つの柱です。これらを意識的に摂取することが、体力の維持と回復を支えます。

タンパク質:修復のための材料

タンパク質は、筋肉や血液、そして放射線で傷ついた細胞を修復するための基本的な「材料」です。治療中は特に需要が高まるため、毎日の食事で積極的に摂りましょう。豊富な食品には、肉類、魚介類、卵、牛乳・ヨーグルトなどの乳製品、豆腐・納豆などの大豆製品が挙げられます1

エネルギー:闘うための燃料

エネルギーは、体を動かし、治療と闘うための「燃料」です。エネルギーが不足すると、体は筋肉を分解してエネルギー源としてしまうため、筋肉量が減少し、体力が低下してしまいます。ごはん、パン、麺類などの炭水化物は、消化が早く、効率的にエネルギーに変わるため、治療中の主要な燃料源となります14。また、バターやマヨネーズ、油などの脂質も、少量で多くのエネルギーを補給できるため、食欲がない時に役立ちます5

水分補給:体の必須機能

水分は、体温を調節し、栄養素を運び、老廃物を排出するなど、生命維持に不可欠です。特に、発熱や下痢、嘔吐などの症状がある場合は、脱水症状に陥りやすいため注意が必要です。1日に最低でも2リットルを目安に、こまめに水分を摂りましょう10。水やお茶だけでなく、スポーツドリンクや経口補水液は、失われがちな電解質(ナトリウムやカリウム)を補給するのに役立ちます。また、スープや味噌汁なども良い水分補給源となります1

1.3. 体調に合わせた2段階の考え方:アプローチを調整する

治療中の体調は日々変化します。「常に完璧なバランスの食事を摂らなければ」と考える必要はありません。むしろ、その日の体調に合わせて食事のアプローチを柔軟に変えることが、ストレスなく栄養を確保する秘訣です。この「2段階の考え方」は、患者様が自身の状態に応じて最適な食事を選択するための、実践的で洗練されたアプローチです。

第1段階:症状が辛い時期

吐き気や口内炎、痛みなどで食事が困難な時期は、栄養バランスにこだわる必要は全くありません。この段階での最優先事項は、「食べられるものを、食べられるときに、食べられるだけ食べる」ことです1。目標は、まず少しでもカロリーとタンパク質を体に入れることです。工夫として、1日3食にこだわらず、5〜6回以上に分けて少量ずつ食べることで、胃への負担を減らし、食事の機会を増やすことができます1。アイスクリームやゼリーなど、自分が「食べたい」と思えるものを優先しましょう。この時期は、「食べることへの自信」を取り戻すことが何よりも大切です。

第2段階:体調が良い時期

食欲が少し回復し、症状が落ち着いてきたら、徐々にバランスの取れた食事へと移行していきます。この段階では、日本の伝統的な食事スタイルである「主食・主菜・副菜」を揃えることを目指しましょう3

  • 主食: ごはん、パン、麺類など。エネルギー源。
  • 主菜: 肉、魚、卵、大豆製品など。タンパク質源。
  • 副菜: 野菜、きのこ、海藻など。ビタミン・ミネラル源。

この3つを揃えることで、長期的な回復に必要な様々な栄養素をバランス良く摂取することができます。この理想形を目指しつつも、無理はせず、できる範囲で取り組むことが重要です。このように、体調という波に合わせて食事戦略を切り替えることで、患者様は混乱することなく、その時々の自分にとって最も効果的な栄養摂取法を実践できます。これは、画一的なルールではなく、個々の状況に寄り添った、真に役立つガイダンスです。

第2部 症状別・食事の工夫ガイド

放射線治療の副作用は、照射される部位によって様々です。ここでは、特に多く見られる症状ごとに対処法を具体的に解説します。ご自身の症状に合わせて、食事の工夫を取り入れてみてください。

2.1. 吐き気・嘔吐があるとき

特に腹部への放射線照射は、胃の粘膜を刺激したり、脳にある嘔吐中枢に影響を与えたりすることで、吐き気を引き起こすことがあります14

  • 食べるべきもの: 温かい食事は匂いが立ちやすく、吐き気を誘発することがあります。そうめんなどの冷たい麺類、ゼリー、冷奴、アイスクリーム、シャーベットなど、口当たりが良く、匂いの少ないものを選びましょう1。おかゆ、トースト、クラッカーなど、脂肪分が少なく、でんぷん質の食品は胃への負担が少ないです6。梅干しや酢飯など、塩味や酸味のあるものは、口の中をさっぱりさせて食欲を刺激することがあります1。また、ジンジャーティーや生姜飴には、吐き気を和らげる効果があるとされています6
  • 避けるべきもの: 熱いもの、脂っこいもの、揚げ物、甘すぎるものは胃に長く留まり、吐き気を悪化させる可能性があります6。香辛料の効いた料理や、匂いの強い食品も避けましょう1
  • 実践のヒント: 一度にたくさん食べず、少量ずつ数回に分けて食べましょう。食事中に多くの水分を摂ると満腹感が増し、吐き気につながることがあるため、水分は食事の合間に摂るようにしましょう6。治療の直前は軽めの食事にし、治療後数時間は固形物を控えることも効果的です1

2.2. 口内炎・喉の痛み・食道炎があるとき

頭頸部や胸部への放射線照射は、口や喉、食道の粘膜のように細胞分裂が活発な部分に直接ダメージを与えます。これにより炎症が起こり、痛みや飲み込みにくさ(嚥下困難)が生じます。これは非常に一般的で、患者様にとって辛い副作用の一つです13

  • 食べるべきもの: おかゆ、茶碗蒸し、卵豆腐、ヨーグルト、プリン、マッシュポテト、ポタージュスープなど、柔らかく、水分が多く、滑らかなものがおすすめです1。パサパサした食品は、ソースやあん、バターなどを加えてしっとりさせると食べやすくなります1。熱すぎるものや冷たすぎるものは粘膜を刺激するため、人肌程度に冷ましたものが最も負担が少ないです5。固形物が辛い時は、スムージーや市販の栄養補助飲料が貴重な栄養源です1
  • 避けるべきもの: カレーなどの香辛料14、柑橘類や酢などの酸味の強いもの6、濃い味付けの料理などの塩辛いもの14は避けましょう。また、せんべいや硬いパンの耳、生の野菜など、粘膜を物理的に傷つける可能性がある硬いもの、パサパサしたものも避けるべきです1。熱々のスープや氷入りの飲み物など、極端な温度のものも刺激になります15
  • 実践のヒント: 水分を飲むときはストローを使うと、口内の痛い部分を避けて飲むことができます18。飲み込みにくい場合は、市販の「とろみ剤」を活用しましょう14。また、口腔ケアを徹底することが症状の悪化を防ぐ上で非常に重要です18

2.3. 食欲不振・体重減少があるとき

吐き気や痛みといった身体的な症状に加え、治療への不安やストレス、だるさなどの心理的な要因が複雑に絡み合って食欲不振を引き起こします2

  • 食べるべきもの: 食事量が減っている時こそ、少量で効率よく栄養が摂れるものを選びます。料理にバター、生クリーム、チーズ、はちみつなどを加えるだけでカロリーをアップできます5。食べられる量が限られている場合は、エネルギー源となる主食(ごはん、パン)と、体を作る主菜(肉、魚、卵)を優先的に食べましょう3。間食として、一口サイズのおにぎり、チーズ、ヨーグルト、カステラなどを手元に用意しておくのも良い方法です1
  • 実践のヒント: 食事の時間を楽しいものにする工夫をしましょう。好きな食器を使ったり、景色が良い場所で食べるなど、環境を変えることで食欲が湧くことがあります22。「食べなければ」というプレッシャーはかえって食欲を減退させるため、無理に食べる必要はありません。食事の合間に、高カロリーの栄養補助食品を飲むのも良い方法です5

2.4. 味覚・嗅覚の変化があるとき

放射線が味を感じる味蕾(みらい)や匂いを感じる嗅細胞にダメージを与えることで、味や匂いの感じ方が変わることがあります。亜鉛不足が関係している場合もあります14

  • 食べ物の味が薄く感じる場合: かつおや昆布でしっかり取った出汁(だし)の旨味や、しそ、生姜などの香味野菜、ハーブやスパイスを効かせてみましょう5。レモン汁や酢、少量の砂糖やはちみつで味にアクセントをつけるのも効果的です。
  • 金属のような味や苦味を感じる場合: 赤身肉(牛肉など)は金属味を感じやすいと言われています。鶏肉や魚、卵、豆腐などを試してみましょう23。また、金属製の食器ではなく、プラスチックや陶器、木製のカトラリーを使うことも有効です23。料理に甘めのタレを少し加えると、苦味が和らぐことがあります23
  • 亜鉛を多く含む食品: 亜鉛は味蕾の再生に必要とされています。牡蠣、赤身肉(食べられれば)、チーズ、卵黄、ココアなどに多く含まれます。ただし、サプリメントで摂取する場合は、必ず事前に医師に相談してください5

2.5. 下痢があるとき (主に骨盤部・腹部への照射の場合)

骨盤部(子宮、前立腺など)や腹部への放射線照射は、小腸や大腸の粘膜を刺激し、腸の動きが活発になりすぎたり、水分吸収がうまくいかなくなったりして下痢を引き起こします18。このアドバイスは、特にこれらの部位に治療を受けている患者様にとって重要です。

  • 食べるべきもの (低繊維で消化の良いもの): 白米、おかゆ、うどん、そうめん、食パン、バナナ、りんごのすりおろしなど、腸に負担をかけにくい食品を選びましょう26
  • 避けるべきもの: 生野菜、きのこ類、海藻、こんにゃく、豆類、玄米などの繊維の多い食品は腸を刺激し、下痢を悪化させることがあります14。脂っこいもの、揚げ物18、乳製品(人による)18、香辛料、カフェイン、アルコールも避けましょう。
  • 実践のヒント: 下痢が続くと脱水症状になりやすいです。スポーツドリンクやスープ、味噌汁などで水分と電解質を十分に補給してください18。冷たすぎる食べ物や飲み物は腸を刺激することがあるため、常温に近いものを選びましょう21

第3部 放射線治療中の食生活を支えるキッチン

理論的な知識を日々の実践に移すための具体的な方法を紹介します。買い物から調理、栄養補助食品の活用まで、すぐに役立つヒントが満載です。

3.1. 買い物リスト:常備しておくと安心な食品

体調が優れない時でも、手軽に調理できる、体に優しい食品を家にストックしておくと安心です。

  • 乾物・常温保存品: 米、レトルトのおかゆ、そうめん、魚の缶詰(水煮など)、クラッカー、とろみ調整食品1
  • 冷蔵・冷凍品: 卵、豆腐、ヨーグルト、冷凍フルーツ、アイスクリーム、ゼリー。
  • 野菜・果物: バナナ、アボカド、じゃがいも、かぼちゃ。
  • 市販の便利品: 栄養補助食品(ゼリー・ドリンクタイプ)5、インスタントのポタージュスープ、市販の茶碗蒸し1

3.2. 簡単レシピと調理のコツ

ここでは、症状がある時でも作りやすく、食べやすい簡単なレシピを3つご紹介します。

  • レシピ1:究極の癒しおかゆ: 基本のおかゆに溶き卵や味噌、ほぐした鮭などを加えてアレンジ。一食分ずつ冷凍保存しておくと便利です1
  • レシピ2:栄養満点スムージー: 牛乳やヨーグルト、バナナを基本に、きな粉やはちみつを加えて栄養価をアップ。口内炎がある時は酸味の強いフルーツは避けましょう1
  • レシピ3:やさしいかぼちゃのポタージュ: かぼちゃと玉ねぎを柔らかく煮てミキサーにかけ、牛乳や豆乳で滑らかにします。鶏ささみを一緒に煮るとタンパク質も補給できます25

調理のコツ: 圧力鍋やミキサーを活用すると調理が楽になります16。スープやお粥を小分けにして冷凍しておくと、体調が悪い時に調理の手間が省けます1

3.3. 栄養補助食品の賢い使い方

栄養補助食品は、治療中の栄養管理において心強い味方となりますが、正しく理解して使用することが重要です。使用を検討するのは、通常の食事だけでは必要な栄養を十分に摂取できない時に、食事を「補う」目的です。食事の代わりにするものではありません5。日本で入手可能な主な種類には、ゼリータイプ(カロリーメイトゼリーなど)、ドリンクタイプ(エンシュア・リキッド28、明治メイバランスなど)、粉末タイプ(エレンタール27など)があります5最も重要な注意点は、栄養補助食品を自己判断で使用・変更することは絶対に避けることです。必ず、主治医や管理栄養士に相談し、ご自身の病状や栄養状態に最も適した製品を推奨してもらいましょう512

表:症状別・食事早見表

体調が悪い時、すぐに参照できるよう、症状ごとのおすすめ食品と避けるべき食品を一覧表にまとめました。

症状 推奨される食品・調理法 控えるべき食品
吐き気・嘔吐 冷たい麺類(そうめん)、ゼリー、冷奴、おかゆ、クラッカー、生姜湯、酢の物 熱いもの、脂っこいもの、揚げ物、匂いの強いもの、甘すぎるもの
口内炎・喉の痛み おかゆ、茶碗蒸し、卵豆腐、ポタージュ、ヨーグルト、スムージー、人肌程度の温度、とろみをつけた料理 酸味の強いもの(柑橘類、酢)、香辛料、硬いもの(せんべい)、パサパサしたもの、熱すぎる・冷たすぎるもの
食欲不振 高カロリー・高タンパクなもの、一口サイズのおにぎり、カステラ、プリン、チーズ、栄養補助食品の活用 特になし(食べられるものを優先)24
味覚変化 出汁を効かせる、香味野菜(しそ、生姜)の利用、鶏肉・魚・卵、酸味や甘味で味に変化をつける 金属味を感じる場合は赤身肉、金属製の食器
下痢 白米、おかゆ、うどん、バナナ、りんごのすりおろし、白身魚、鶏ささみ 繊維の多いもの(生野菜、きのこ、豆類)、脂っこいもの、乳製品、香辛料、カフェイン

第4部 食事以外に大切なこと:総合的なケアと専門家への相談

食事は栄養管理の中心ですが、それを取り巻くケアや専門家との連携も同様に重要です。ここでは、食事の効果を最大限に引き出すための補完的なアプローチを紹介します。

4.1. 口腔ケアの極めて重要な役割

特に頭頸部へ放射線治療を受ける患者様にとって、口腔ケアは副作用の管理において最も重要な要素の一つです。口の中を清潔に保つことは、重度の口内炎や二次的な感染症を防ぐための第一歩です18。唾液の分泌が減少し、口が乾きやすくなる治療中は、細菌が繁殖しやすい環境になります。これが口内炎の悪化につながるため、積極的なケアが求められます。毛先が柔らかく、ヘッドの小さい歯ブラシを選び19、毎食後と就寝前に優しく磨きましょう19。また、刺激の少ないうがい薬やぬるま湯の食塩水で、1日に何度もこまめにうがいをすることが、口の中の乾燥を防ぎ、食べかすを取り除くのに役立ちます18

4.2. 専門チームに相談するタイミング:一人で我慢しないで

副作用を我慢する必要はありません。医療チームは、患者様の苦痛を和らげるための様々な手段を持っています。以下の様な「危険信号」が見られた場合は、決して一人で抱え込まず、すぐに主治医、看護師、または管理栄養士に連絡してください1617

  • 丸1日以上、食事も水分もほとんど摂れない。
  • 意図しない体重減少が続く(例:1週間で1〜2 kg以上)。
  • 痛みがひどく、食べるのが怖い、または全く食べられない。
  • 嘔吐や下痢が1日に何度も続き、止まらない。
  • 脱水症状の兆候(尿量が極端に少ない、口がカラカラに乾く、めまいがする)がある。

これらの症状は、薬物療法(痛み止め、吐き気止めなど)や、点滴による栄養・水分補給が必要なサインかもしれません。早期に相談することで、症状の悪化を防ぎ、体力の消耗を最小限に抑えることができます。

4.3. 新しい研究について:プロバイオティクスとn-3系多価不飽和脂肪酸

がん治療における栄養学は日々進歩しており、新しい研究が次々と報告されています。ここでは、注目されている2つの成分について、現在の科学的知見を慎重にお伝えします。このセクションの目的は、最新情報を提供することですが、同時に、未確立な治療法を自己判断で試すことの危険性を強調することでもあります。

  • プロバイオティクス: ヨーグルトなどに含まれる善玉菌であるプロバイオティクスが、放射線治療による口内炎の重症度を軽減する可能性を示唆する研究がいくつか存在します30。しかし、まだエビデンスは限定的であり、標準的な治療法として確立されているわけではありません。
  • n-3系多価不飽和脂肪酸: 青魚などに多く含まれるEPAやDHAといったn-3系脂肪酸は、強力な抗炎症作用を持つことが知られています31。そのため、がん治療中の炎症反応を和らげ、患者様の栄養状態やQOLを改善する効果が期待され、研究が進められています12。しかし、これもまだ研究段階の域を出ていません。

最も重要なメッセージ: これらの成分に興味を持たれたとしても、サプリメントなどを自己判断で摂取することは絶対に避けてください。サプリメントが治療薬の効果に影響を与えたり、予期せぬ副作用を引き起こしたりする可能性があります。必ず主治医に相談し、治療の妨げにならないかを確認した上で、その指示に従ってください。

よくある質問

症状が辛くて何も食べたくない時はどうすればいいですか?
栄養バランスは気にせず、まずは「食べられるものを、食べられるときに、食べられるだけ」を最優先してください1。アイスクリーム、ゼリー、冷たいそうめんなど、ご自身が「食べたい」と思えるもので構いません。少量でもカロリーと水分を摂ることが重要です。1日3食にこだわらず、数回に分けて少しずつ口にすることで、体への負担を減らすことができます。
サプリメントを自分で飲んでも良いですか?
自己判断でサプリメントを摂取することは絶対に避けてください。特定のサプリメントが、放射線治療の効果に影響を与えたり、予期せぬ副作用を引き起こしたりする可能性があります。プロバイオティクスやn-3系脂肪酸など、研究が進められている成分もありますが、まだ確立された治療法ではありません1230。使用したいサプリメントがある場合は、必ず事前に主治医や管理栄養士に相談し、安全性を確認してください。
どんな時に医療チームに相談すべきですか?
次のような症状が見られた場合は、我慢せずにすぐに医療チームに相談してください16。「丸1日以上、食事も水分もほとんど摂れない」「痛みがひどく食事ができない」「嘔吐や下痢が止まらない」「1週間に1〜2kg以上の意図しない体重減少が続く」といった場合です。これらは専門的な介入が必要なサインであり、早期に相談することで、より効果的な対策を講じることができます。

結論

放射線治療中の食事管理は、時に複雑で困難に感じられるかもしれません。しかし、この記事で紹介した原則と工夫を理解することで、日々の食事に対する不安は大きく軽減されるはずです。重要なのは、完璧を目指すのではなく、柔軟に対応することです。体調が優れない時は、まずカロリーとタンパク質を摂ることを最優先し、食べられるものを探す。少し楽になったら、主食・主菜・副菜のバランスを意識した食事に戻していく。そして、ご自身の症状に合わせて、食事の温度や硬さ、味付けを調整する。この繰り返しが、治療を乗り切るための力となります。そして何よりも、あなたは一人ではありません。主治医、看護師、管理栄養士といった専門家チームが、常にあなたを支えるために存在します。食事の管理は、患者様自身が治療に積極的に参加できる、パワフルな手段の一つです。このガイドを手に、自信を持って治療の道のりを歩んでいかれることを、心より応援しています。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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