この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示したものです。
- 世界保健機関(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC)、国立がん研究センター: 本記事における乳がんの基本的な定義、症状、危険因子に関する記述は、これらの国際的および国内の主要な公衆衛生機関が提供する情報に基づいています123。
- 日本乳癌学会: 日本における乳がん検診の推奨事項、診断プロセス、および治療に関するガイダンスは、日本乳癌学会が発行する最新の診療ガイドラインに基づいています46。
- 査読付き医学論文: 乳房の痛み(Mastalgia)とがんの関連性の低さや、良性乳腺疾患の評価に関する具体的なデータは、PubMed Centralなどで公開されている複数の臨床研究論文に基づいています578。
要点まとめ
- 乳房のしこりや痛みの大部分は、乳腺症や線維腺腫といった良性(がんではない)のものです。
- しこりの感触(硬さ、動き、痛みの有無)だけで良性か悪性かを自己判断することは不可能であり、危険です。新たに出現し持続する変化は、専門医の診察が必要です。
- かつての「自己検診」に代わり、現在は「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」が推奨されています。これは日頃から自身の乳房に関心を持つことです。
- 乳がんは早期に発見すれば、5年相対生存率が90%を超える治癒率の高い病気です。症状がない段階のがんを発見するために、定期的な検診が不可欠です。
- 乳房の症状に気づいたら、婦人科ではなく「乳腺科」または「乳腺外科」を受診することが、正確な診断への最短経路です。
乳房の変化に気づく「ブレスト・アウェアネス」という新習慣
乳房の健康を守るための考え方は、時代とともに進化しています。かつては「自己検診」という言葉が主流でしたが、現在ではより実践的で継続しやすい「ブレスト・アウェアネス」という概念が重視されています。
現代的アプローチ:厳格な「検診」から、しなやかな「意識」へ
かつての「自己検診(自己触診)」は、月に一度、決まった手順で乳房を調べる方法として推奨されていました9。しかし、その手技は煩雑で習得が難しく、かえって不安を増大させたり、継続が困難になったりするケースも少なくありませんでした10。この反省から生まれたのが「ブレスト・アウェアネス」です。これは特定の検査手技を指すのではなく、「乳房を意識する生活習慣」そのものを意味します10。厳格な「テスト」ではなく、日々の暮らしの中に溶け込んだ、より自然で持続可能な「習慣」として位置づけられています11。このアプローチの背景には、心理的な障壁を下げ、より多くの人が長期的に自身の身体に関心を持ち続けられるようにするという公衆衛生上の配慮があります。高いプレッシャーを伴う技術的な「テスト」ではなく、入浴や着替えといった日常の場面で「いつもと変わりないか」と意識を向けることで10、わずかな変化にも気づきやすくなるのです。これは、個人の診断能力に頼るのではなく、自分自身の身体への深い「慣れ」を通じて早期発見を促す、非常に合理的な考え方です。
ブレスト・アウェアネスの4つの柱
ブレスト・アウェアネスは、以下の4つの具体的な行動によって支えられています10。
- 自分の乳房の平常時を知る (Know Your Normal)
何よりもまず、普段の自分の乳房がどのような状態かを知ることが出発点です。乳房の見た目や感触は一人ひとり異なり、月経周期や妊娠、加齢によっても変化します2。この「自分にとっての普通」を知ることで、初めて「異常」に気づくことができます。 - 注意すべき変化を知る (Recognize the Signs)
どのような変化に注意を払うべきかを理解しておくことも重要です。これは自己診断のためではなく、医療機関を受診するべきサインを見逃さないための知識です10。 - 変化に気づいたら、すぐに行動する (Act Promptly)
何か普段と違う、持続的な変化に気づいた場合は、決して自己判断で放置せず、速やかに医療機関を受診することが極めて重要です。「次の検診まで待とう」と考えるのではなく、症状に気づいた時点が受診のタイミングです3。 - 定期的に検診を受ける (Get Screened Regularly)
ブレスト・アウェアネスは、マンモグラフィなどの定期的な画像検診を補完するものであり、その代わりにはなりません。日本では40歳以上の女性に対し、2年に1回の乳がん検診が推奨されています10。
注意すべき乳房の症状一覧
以下のリストは、WHO1、CDC2、国立がん研究センター3などの権威ある機関が挙げる、注意すべき症状を網羅したものです。
- しこり・厚み (Lump or Thickening): 乳房やわきの下(腋窩)に、これまでなかったしこりや部分的な組織の厚みを感じる。多くの場合、痛みを伴わない1。
- 皮膚の変化 (Skin Changes):
- 乳頭・乳輪の変化 (Nipple and Areola Changes):
- 乳頭からの分泌物 (Nipple Discharge): 母乳以外の液体が乳頭から出ること。特に、血液が混じったもの(血性)や透明な分泌物には注意が必要1。
- 大きさ・形の変化 (Change in Size or Shape): 乳房全体の大きさや形が変わり、左右非対称になる1。
- 腫れ (Swelling): はっきりとしたしこりがなくても、乳房の一部または全体が腫れる2。
- 痛み (Pain): 乳房の特定の部分に持続的な痛みがある2。
- リンパ節の腫れ (Swollen Lymph Nodes): わきの下や鎖骨の近くのリンパ節が腫れる。これは、乳房内の腫瘍が触知できるほど大きくなる前に、がんの広がりを示す最初のサインである場合もある13。
ここで重要なのは、早期の乳がんには自覚症状が全くない場合も多いという事実です1。この事実は、「症状のチェックは無意味なのか」という疑問を抱かせるかもしれません。しかし、ここにはより深い理解が必要です。症状がない段階のがんを発見するのがマンモグラフィなどの「検診」の役割です2。一方、「ブレスト・アウェアネス」は、検診と検診の間に発生する「中間期がん」や、マンモグラフィでは見つけにくいタイプのがん(高濃度乳房などで起こりうる)10を発見するための、もう一つの重要な安全網なのです。したがって、どちらか一方だけに頼る戦略は不完全であり、両者を組み合わせることで、最も包括的な防御が可能になります。
最も一般的な懸念:「しこり」の徹底分析
乳房の「しこり」は、乳がんの最も一般的でよく知られた症状です3。しかし、しこりに気づいたからといって、それが直ちにがんを意味するわけではありません。むしろ、冷静に知っておくべき事実は、発見される乳房のしこりの大部分は良性(がんでない)であるということです2。実際に、しこりを主訴として医療機関を受診したケースで、乳がんと診断されるのは約10%に過ぎないというデータもあります8。
良性のしこりの正体
乳がんと間違われやすい良性のしこりには、主に以下のようなものがあります。
- 乳腺症 (Fibrocystic Changes): これは病気というよりも、ホルモンバランスの変動によって生じる乳腺の良性の「変化」の総称です。特に30代から40代の女性に多く見られます3。月経前にしこりが硬くなったり、痛みや張りを感じたりし、月経が始まると症状が和らぐのが特徴です2。乳腺症が、がん化することはありません3。
- 線維腺腫 (Fibroadenoma): 10代後半から40代の比較的若い女性に見られる、最も一般的な良性腫瘍です3。触れると硬いゴムまりのようで、表面は滑らか、境界がはっきりしており、乳房内でよく動く(「ブレストマウス」と呼ばれることもあります)のが特徴です3。ホルモンの影響を受け、妊娠中に大きくなったり、閉経後に小さくなったりすることがあります14。急速に大きくならない限り、通常は治療の必要はありません3。
- 嚢胞 (Cysts): 乳腺症の一環として見られる、液体が溜まった袋状のしこりです2。表面は滑らかで、よく動き、痛みを伴うこともあります。超音波検査では、内部が液体であることが明瞭に確認できる「単純性嚢胞」は、明らかに良性と診断できます15。
- 乳管内乳頭腫 (Intraductal Papilloma): 乳管の中にできるイボのような良性の腫瘍で、血性を含む乳頭分泌の一般的な原因となります16。
悪性のしこりの傾向
一方で、乳がんによる悪性のしこりには、統計的に以下のような傾向が見られます。一般的には、硬く、ごつごつとしており、境界が不明瞭で、周囲の組織に浸潤していくため、触ってもあまり動かないことが多いとされています13。また、多くの場合、痛みは伴いません17。しかし、ここで極めて重要な注意点があります。それは、しこりの「感触」は診断の決め手にはならないということです。多くの情報源が「硬くて動かない、痛みのないしこりはがんの疑い」と解説しますが、これはあくまで統計的な傾向に過ぎません。実際には、「柔らかく、丸く、痛みを伴う乳がんも存在する」ことが明確に指摘されています13。触診だけで良性か悪性かを判断することは不可能であり17、感触に基づいて自己判断することは非常に危険です。例えば、柔らかく動く、あるいは痛みを伴うしこりを「良性の特徴だ」と誤って解釈し、受診が遅れてしまう可能性があります。したがって、守るべき唯一のルールは、「しこりの性質(硬さ、動き、痛みの有無)にかかわらず、新たに出現し、持続するしこりは、すべて専門医による評価が必要である」ということです。行動を起こすきっかけは、しこりの「感触」ではなく、その「存在」そのものであるべきです。
以下の表は、医師が診断を進める上で考慮する、しこりの種類ごとの一般的な特徴をまとめたものです。これは自己診断のためのツールではなく、医療専門家がどのような点を評価しているのかを理解し、乳房の症状をより広い医学的文脈で捉えるための参考情報です。
特徴 | 乳がん(悪性)の一般的傾向 | 線維腺腫(良性) | 乳腺症・嚢胞(良性) |
---|---|---|---|
硬さ | 石のように硬いことが多い | 硬いゴムのような弾力 | 張りがあり、時に硬く感じる |
表面 | ごつごつ、不整 | 滑らか | 滑らか、またはぶつぶつした感じ |
境界 | 不明瞭 | 明瞭 | 比較的明瞭 |
動き | 周囲に固定され、動きにくい | コロコロとよく動く | よく動く |
痛み | 伴わないことが多い | 通常は伴わない | 伴うことが多い(特に月経前) |
月経周期との関連 | なし | 少ない | 強い(月経前に増悪、後に軽快) |
注意:この表はあくまで一般的な傾向を示すものであり、診断を確定するものではありません。いかなるしこりも専門医の診察が必要です。出典: 3
もう一つの大きな懸念:「痛み」と「腫れ」の科学
しこりと並んで、乳房の「痛み」や「腫れ」も大きな不安の原因となります。特に痛みは多くの女性が経験する症状ですが、その医学的な意味合いを正しく理解することが重要です。
乳房の痛み(Mastalgia)とがん危険性の真実
「乳房の痛みが、がんのサインなのでは?」という懸念は、非常によくあるものです。しかし、複数の臨床研究から得られた結論は明確です。乳房の痛みが唯一の症状である場合、それが乳がんであることは非常に稀です5。痛みを主訴とする患者における乳がんの発見率は3%未満であり8、ある大規模な調査では、痛みのみで受診した女性のがん発見率はわずか0.4%でした18。ここには、不安と医学的事実の間に大きなギャップが存在します。乳房の痛みは、女性の最大70%が生涯で経験するほどありふれた症状であり、乳腺外来を受診する最も一般的な理由の一つです8。これほど高い頻度で不安を引き起こす症状でありながら、単独で発生した場合の悪性度は極めて低いのです。このため、専門医による診察の主な役割は、他の異常がないことを慎重に確認した上で、患者を安心させることにあるとさえ言えます8。
乳房の痛みの種類を理解する
痛みの原因を探る上で、その性質を区別することが役立ちます。
- 周期的乳房痛 (Cyclical Pain): 月経周期に連動して起こる痛みで、通常は排卵後から月経開始までの1~2週間に強くなります。両方の乳房に感じることが多く、重苦しい、鈍い痛みとして表現されます。わきの下に痛みが広がることもあります5。これは女性ホルモンの正常な変動による生理的な反応です。
- 非周期的乳房痛 (Non-Cyclical Pain): 月経周期とは無関係に起こる痛みです。片側の乳房の特定の場所に限局することが多く、持続的または断続的に発生します。大きな嚢胞、乳管拡張症、過去の外傷や手術などが原因となることがあります5。
- 乳房外の痛み (Extra-mammary Pain): 痛みが乳房にあるように感じられるものの、実際には胸壁の筋肉や肋骨、心臓、胆嚢などに原因がある場合です。特に、肋骨と胸骨の間の軟骨の炎症(肋軟骨炎、ティーツェ症候群)は一般的な原因です8。ここで役立つ一つの見分け方があります。もし痛みが乳房組織そのものではなく、肋骨や胸骨の上を指で押したときに再現される場合、それは乳房自体の問題ではなく、筋肉や骨格系の痛みである可能性が高まります。この情報は、医師に症状を伝える際にも非常に有用であり、がんへの不安を大きく軽減する助けになります。
腫れと痛みが危険信号となる場合
ただし、痛みや腫れが重要な警告サインとなる特殊なケースも存在します。
- 乳腺炎 (Mastitis): 乳腺組織の感染症や炎症で、痛み、腫れ、熱感、皮膚の赤みを伴います。発熱することもあり、授乳期の女性に多いですが、それ以外の時期にも起こり得ます5。通常は抗生物質による治療が必要です。
- 炎症性乳がん (Inflammatory Breast Cancer – IBC): これは稀ですが、非常に進行が速く悪性度の高い特殊なタイプの乳がんです。その症状は乳腺炎と酷似しており、乳房の広範囲な赤み、腫れ、熱感、そしてオレンジの皮のような皮膚の変化(毛穴が陥凹して目立つ状態)が特徴です16。重要な違いは、IBCは明確なしこりを形成しないことが多く、抗生物質に反応しない点です。持続する乳腺炎様の症状がある場合は、このIBCを鑑別診断することが極めて重要になります。
乳がんという病気への理解を深める
乳がんへの不安を乗り越えるためには、この病気そのものを正しく理解することが不可欠です。統計データは時に冷たく響きますが、そこには希望と行動への強い動機付けが含まれています。
乳がんの正体
乳がんは、乳房を構成する組織の細胞が、何らかの原因で異常に増殖を始める病気です1。
- 発生場所: 乳がんの約90%は、母乳を乳頭まで運ぶ管である「乳管」から発生します(乳管がん)。残りの多くは、母乳を作る「小葉」から発生します(小葉がん)3。
- 広がり方: がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっている状態を「非浸潤がん(in situ cancer)」と呼びます。この段階は早期であり、生命を脅かすことはありません1。がん細胞が乳管や小葉の壁を破って周囲の組織に広がり始めると「浸潤がん」となり、進行するとリンパ管や血管を通って他の臓器へ転移する可能性があります1。
数字で見る日本の乳がん
日本の乳がんに関する統計は、一見すると厳しい現実と大きな希望が同居しています。
- 罹患率 (Incidence): 日本人女性の9人に1人が生涯のうちに乳がんに罹患するとされています19。2021年には、約9万8千人の女性が新たに乳がんと診断されました20。この高い罹患率は、乳がんが決して他人事ではないことを示しています。
- 好発年齢 (Age Demographics): 日本の乳がんの特徴として、30代後半から罹患率が急増し、40代後半から60代にかけてピークを迎える点が挙げられます。これは、仕事や子育てで最も多忙な世代の女性を襲う病気であることを意味します19。
- 死亡率 (Mortality): 2023年には約1万5千6百人の女性が乳がんで亡くなりました20。生涯で乳がんにより死亡する確率は1.7%、58人に1人です21。
- 生存率 (Survival Rates): ここに最も力強い希望があります。乳がんは、早期に発見すれば極めて治癒率の高いがんです。診断されたステージ(病期)に関わらず、全体の5年相対生存率(他の死因による死亡の影響を除いた生存率)は92.3%と非常に良好です20。
この統計データは、「危険性は高いが、早期発見すれば予後は極めて良好」という、行動を促す強力なメッセージとして解釈できます。「9人に1人」という事実は、積極的な健康管理の重要性を物語っています。そして、その行動に対する報酬が、「99%以上」という早期がんの生存率なのです。この希望ある事実が、検診やブレスト・アウェアネスの実践への何よりの動機付けとなります。
以下の表は、早期発見の重要性を視覚的に示しています。ステージが進むにつれて生存率が大きく低下することが一目瞭然です。
病期(ステージ) | 病状の目安 | 10年相対生存率 |
---|---|---|
I期 | しこりの大きさが2cm以下で、わきの下のリンパ節への転移がない状態。 | 99%以上 |
II期 | しこりが2cmを超え5cm以下、またはリンパ節への転移が疑われる状態。 | 約95% |
III期 | しこりが5cmを超える、または皮膚や胸壁にまで及んでいる状態。 | 約80% |
IV期 | 乳房から離れた他の臓器(骨、肺、肝臓など)への転移がある状態。 | 約40% |
出典: 22のデータを基に、一般的な生存率の傾向を記載。実際の数値は個々の状況により異なります。
乳がんの危険因子:何が影響するのか
乳がんの発症には、様々な要因が関わっていることが知られています。これらの危険因子を理解することは、自身の状況を客観的に把握する助けとなります。
変えられない危険因子 (Non-Modifiable Risk Factors)
これらの因子は、生活習慣の改善などでは変えることができないものです。
- 性別: 女性であること自体が、最大の危険因子です2。
- 加齢: 年齢とともに危険性は上昇し、乳がんの多くは50歳以上の女性で発見されます2。
- 遺伝的要因: BRCA1やBRCA2といった特定の遺伝子に変異があると、乳がんの発症危険性が著しく高まります。ただし、遺伝性乳がんは全体の5~10%程度です2。
- 家族歴: 母親、姉妹、娘といった第一度近親者に乳がんの罹患者がいる場合、危険性は高まります12。
- 既往歴: 過去に乳がんに罹患した経験や、非典型過形成(atypical hyperplasia)などの特定の良性乳腺疾患の診断を受けたことがある場合、危険性は上昇します12。
- ホルモン環境: 初経年齢が早い(12歳未満)、閉経年齢が遅い(55歳以降)、初産年齢が遅い(30歳以降)、出産経験がない、授乳経験がないといった経歴は、生涯で女性ホルモン(エストロゲン)にさらされる期間が長くなるため、危険性を高めます12。
- 高濃度乳房 (Dense Breasts): 乳腺組織の密度が高いタイプの乳房は、それ自体が危険因子であると同時に、マンモグラフィでがんが発見しにくくなるという側面も持ちます12。
変えられる可能性のある危険因子 (Potentially Modifiable Risk Factors)
生活習慣の改善により、影響を低減できる可能性のある因子です。
- 肥満: 特に閉経後の肥満は、危険性を高めます12。
- 飲酒: アルコール飲料の摂取は、量に比例して危険性を上昇させます2。
- 運動不足: 定期的な身体活動は、危険性を低下させる効果があります2。
- ホルモン補充療法: 閉経後の症状緩和のために、エストロゲンとプロゲスチンを併用するタイプのホルモン補充療法は、危険性を上昇させる可能性があります12。
- 経口避妊薬(ピル): 現在使用中または最近まで使用していた場合、乳がんの危険性がわずかに上昇する可能性が指摘されています。しかし、その危険性は使用を中止してから時間が経つにつれて減少すると考えられています6。
ここで重要なのは、乳がんの危険性を考える上で、変えられない因子、特に「女性であること」と「加齢」が最も強い影響力を持つという事実です2。さらに、乳がんと診断された女性の多くは、これらの基本的な因子以外に、特筆すべき危険因子を持っていません12。このことは、乳がんが個人の「生活習慣の失敗」や「遺伝的な宿命」だけで決まるものではなく、多くは偶発的に発生する病気であることを示唆しています。この理解は、「自分が何か悪いことをしたからだ」という罪悪感や、「どうせ遺伝だから仕方ない」という運命論から解放される助けとなります。そして、変えられない危険性を嘆くのではなく、誰にでもできる最も効果的な戦略、すなわち「早期発見」へと意識を向けることの重要性を浮き彫りにします。
変化に気づいたら:専門医への道筋と診断プロセス
乳房に何らかの変化を感じたとき、次にとるべき行動は明確です。それは、適切な専門医のもとで、科学的根拠に基づいた診断を受けることです。
何科を受診すべきか?
乳房の症状を専門的に診療するのは、乳腺科または乳腺外科です3。女性の身体に関わることから婦人科を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、婦人科の専門領域は子宮や卵巣などの生殖器であり、乳房は専門外です23。婦人科で初期的なチェックが行われることはあっても、最終的な確定診断や治療は乳腺の専門家である乳腺外科医が担当します。したがって、乳房の症状で医療機関を受診する際は、迷わず乳腺科・乳腺外科を標榜するクリニックや病院を選びましょう。
診断の進め方:トリプルアセスメント
乳がんの診断は、通常「トリプルアセスメント」と呼ばれる3つの検査を組み合わせて、総合的に判断されます8。これは、診断の精度を最大限に高め、見落としをなくすための世界標準の考え方です。
- 臨床診察 (問診・視触診)
医師が症状や病歴、家族歴などを詳しく聞き取り、乳房やわきの下の状態を直接見て、触って確認します8。 - 画像検査
- 生検 (Biopsy – 細胞診・組織診)
これは、診断を確定させるための最も重要な検査です。画像検査でがんが疑われる部分が見つかった場合、注射針などを用いてその部分の細胞や組織の一部を採取し、顕微鏡で詳しく調べます。がん細胞の有無を直接確認できる唯一の方法です8。
このトリプルアセスメントは、単に検査を重ねているわけではありません。それぞれの検査が互いの弱点を補い合い、診断の確実性を高めるための、精巧に設計された「相互チェックシステム」なのです。例えば、触診でしこりが見つかり、超音波検査でそれが液体で満たされた単純な嚢胞ではないことが確認され、マンモグラフィで乳房の他の部分に異常がないかをチェックし、最後に生検で確定診断を下す。このように、各検査がパズルの異なるピースを提供し合うことで、全体像が明らかになります。このプロセスを理解することは、診断の道のりが慎重かつ徹底的に行われることへの信頼につながり、患者が安心して医療を受けるための助けとなります。
以下の表は、乳腺科を受診した際に経験する可能性のある主要な検査の概要です。事前に流れを知っておくことで、未知への不安を和らげることができます。
検査名 | 方法 | 目的 | わかること |
---|---|---|---|
マンモグラフィ | 乳房をプラスチックの板で挟み、圧迫してX線撮影を行う。 | スクリーニング、微細石灰化の発見。 | しこりの有無、石灰化の性状や分布。 |
超音波(エコー)検査 | 乳房にゼリーを塗り、プローブ(探触子)を当てて内部を観察する。 | しこりの性状評価、高濃度乳房の精密検査。 | しこりが固形か液体(嚢胞)かの判別、しこりの形や境界、血流の状態。 |
細胞診 | しこりに細い注射針を刺し、細胞を吸引して調べる。 | がん細胞の有無を簡易的に確認する。 | 細胞が良性か悪性かの推定。確定診断には組織診が必要な場合が多い。 |
組織診(針生検) | 細胞診より太い針を用いて、組織の一部を採取する。 | 確定診断。がんの性質(サブタイプ)を調べる。 | がんの有無(確定)、がんの種類(乳管がん、小葉がんなど)、悪性度、ホルモン受容体の有無など、治療方針決定に不可欠な情報。 |
出典: 8
よくある質問
乳房の痛みは、すべて乳がんのサインですか?
「ブレスト・アウェアネス」と、昔から言われている「自己検診」とは何が違うのですか?
良性のしこりが見つかった場合、切除する必要はありますか?
乳房の症状で病院にかかりたいのですが、何科を受診すればよいですか?
結論
本稿を通じて、乳房の腫れや痛みといった症状に関する包括的な情報を提供してきました。最後に、最も重要な点を改めて強調します。
- 乳房に生じる変化の多く、特にしこりや痛みは、良性(がんでない)のものです。
- しかし、症状の感触だけで良性か悪性かを自己判断することは不可能であり、危険を伴います。確実な答えを得る唯一の方法は、専門医による評価を受けることです。
- 「ブレスト・アウェアネス」は、日々の生活の中で自身の乳房に関心を持ち、変化に早期に気づくための強力な習慣です。
- 乳がんは、早期に発見すれば生存率が極めて高く、根治を目指せる病気です。
乳房の変化に気づき、不安を感じたこと。それは、ご自身の健康を管理する上での、重要かつ責任ある第一歩です。この解説が、その不安を冷静な知識へと転換する一助となれば幸いです。そして、知識を得た今、次にとるべき最も重要で効果的な行動は、乳腺科・乳腺外科の予約をとることです。この一歩を踏み出すことが、心の平穏と最善の健康状態を確保するための、最も確実な道筋です。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
- World Health Organization (WHO). Breast cancer. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/breast-cancer
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Symptoms of Breast Cancer. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.cdc.gov/breast-cancer/symptoms/index.html
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 乳がんについて. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/about.html
- 一般社団法人 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/
- Khan SA, Apkarian AV. Assessing and managing benign breast lesions leading to mastalgia: A review of 840 patients. Ann R Coll Surg Engl. 2002;84(2):97-101. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12124336/
- 日本乳癌学会. 【学会版解説】患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://minds.jcqhc.or.jp/summary/p00075/
- Salzman B, Fleegle S, Tully AS. Common breast problems. Am Fam Physician. 2012 Aug 15;86(4):343-9. [リンク切れの可能性あり]
- Sabel MS. Palpable breast lumps: An age-based approach to evaluation and diagnosis. Am J Manag Care. 2022 Oct;28(10 Suppl):S184-S191. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9575372/
- 認定NPO法人 J.POSH 日本乳がんピンクリボン運動. はじめよう!セルフチェック. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.j-posh.com/cancer/mammacheck/
- ブレスト・アウェアネスを広める会. 「ブレスト・アウェアネス」 って何?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://brestcs.org/archives/pdf/date3.pdf
- 大阪大学大学院医学系研究科 乳腺・内分泌外科学. 乳がんの早期発見をめざして~診断に必要な検査の特徴と目的を知ろう. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.nyugan-infonavi.jp/interview/osakauniversity_1.html
- Mayo Clinic. Breast cancer – Symptoms and causes. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/breast-cancer/symptoms-causes/syc-20352470
- American Cancer Society. Breast Cancer Signs and Symptoms. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.cancer.org/cancer/types/breast-cancer/screening-tests-and-early-detection/breast-cancer-signs-and-symptoms.html
- Nazario B. Breast Fibroadenoma. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024 Jan-. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535345/
- Kashyap V, Jabbour S. Breast Cyst. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024 Jan-. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK562196/
- Breast Cancer Research Foundation. Signs of Breast Cancer. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.bcrf.org/about-breast-cancer/signs-of-breast-cancer/
- 登戸ブレストケアクリニック. 胸のしこりを押すと痛い、良性・悪性の違い. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.noborito-breast.com/touch-symptoms/
- J, G. Breast pain: assessment, management, and referral criteria. Br J Gen Pract. 2020 Jul; 70(696): 358–359. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7384817/
- マイシグナル. 乳がんとは?|知っておきたいがん検診. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://misignal.jp/article/breast-cancer-symptoms-n-causes
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 乳房:[国立がん研究センター がん統計]. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/14_breast.html
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 最新がん統計. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
- 株式会社島津製作所. 乳がんを知ろう – 乳がんは増えている?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.shimadzu.co.jp/pinkribbon/learn/index.html
- 宇都宮セントラルクリニック. 乳がんの検査と治療は必ず乳腺科へ ~ 乳腺科と婦人科の違いは?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://ucc.or.jp/breastcenter/blog/breastsurgery
- 公益財団法人 日本対がん協会. 乳がんの検診について. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. Available from: https://www.jcancer.jp/about_cancer_and_checkup/%E5%90%84%E7%A8%AE%E3%81%AE%E6%A4%9C%E8%A8%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E4%B9%B3%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AE%E6%A4%9C%E8%A8%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6