お子さんの扁桃・アデノイド手術、本当に必要?― 保護者のための包括的医療ガイド
小児科

お子さんの扁桃・アデノイド手術、本当に必要?― 保護者のための包括的医療ガイド

お子さんの扁桃腺(へんとうせん)やアデノイドの手術を勧められたとき、多くの保護者の方が不安や戸惑いを感じることでしょう。「本当に手術が必要なのだろうか?」「もっと他の方法はないのか?」「手術のリスクは?」「免疫力は落ちないのか?」――次々と疑問が湧いてくるのは当然のことです。この記事は、そうした保護者の皆様が、確かな情報に基づいて最善の決断を下すためのパートナーとなることを目指しています。ここでは、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会や米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)などが公表している最新の診療ガイドラインや学術論文に基づき、お子さんの扁桃・アデノイド手術に関するあらゆる側面を、専門的かつ分かりやすく解説します123

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧は、実際に参照された情報源と、提示された医療ガイダンスとの直接的な関連性を示したものです。

  • 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会: この記事における診療ガイドラインに関する記述は、同学会が公表した複数の指針に基づいています1
  • 米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS): 反復性扁桃炎の基準(パラダイス基準)やOSASに対する手術の推奨など、多くの重要な指針は、同学会が発表した診療ガイドラインに基づいています34
  • 日本扁桃疾患研究会: 扁桃の役割や病巣感染に関する記述は、同研究会がまとめた「扁桃疾患診療の手引き」を参考にしています5

要点まとめ

  • 扁桃・アデノイド手術が検討される主な理由は「睡眠時無呼吸」と「反復性扁桃炎」です。特に、いびきや呼吸停止を伴う睡眠時無呼吸は、子供の成長や発達に深刻な影響を与えるため、最優先で対処すべき問題とされています。
  • 手術方法には、扁桃を完全に取り除く「全摘出術」と、組織の一部を残して痛みを軽減する「部分切除術」があります。睡眠時無呼吸の改善が目的なら、回復が早い部分切除術が有効な選択肢です。
  • 手術で扁桃やアデノイドを切除しても、他の免疫組織がその役割を補うため、長期的に体の免疫力が低下することはありません。
  • 手術は公的医療保険の対象であり、「高額療養費制度」や「限度額適用認定証」を利用することで、家計の負担を大幅に軽減できます。
  • 最も注意すべき合併症は術後出血ですが、発生率は低く、迅速な対応が重要です。出血のサイン(鮮血を吐く、頻繁に唾を飲み込むなど)が見られた場合は、直ちに病院へ連絡してください。

扁桃・アデノイドの基礎知識

手術について考える前に、まずは扁桃とアデノイドがどのような組織で、どのような役割を果たしているのかを正確に理解することが重要です。

扁桃・アデノイドとは?その役割

扁桃とアデノイドは、鼻や口から侵入する細菌やウイルスに対する最初の防御ラインとして機能する免疫組織です。これらは咽頭(のど)の周りに輪のように存在し、「ワルダイエル咽頭輪」と呼ばれる免疫システムを形成しています5。これには主に以下のものが含まれます。

  • 口蓋扁桃(こうがいへんとう): 一般的に「扁桃腺」と呼ばれるもので、口を大きく開けたときにのどちんこ(口蓋垂)の両脇に見えるこぶ状の組織です。
  • 咽頭扁桃(いんとうへんとう): 「アデノイド」として知られ、鼻の奥、のどの一番上に位置するため、口を開けても直接見ることはできません。

これらの組織は、粘膜関連リンパ組織(MALT)の一員として、体内に侵入した病原体(抗原)を認識し、それに対する免疫記憶を作り、体を守るための免疫反応を活性化させるという重要な役割を担っています6。しかし、この免疫機能には逆説的な側面も存在します。特に口蓋扁桃は、抗原を効率的に取り込むために「陰窩(いんか)」と呼ばれる無数の小さなくぼみを持っています。この構造が、かえって細菌の温床となりやすく、繰り返し感染を起こす「感染臓器」としての一面も持つのです6。このパラドックスを理解することが、なぜ体を守るはずの組織が問題を引き起こすのかを知る鍵となります。

成長と変化:なぜ子供の扁桃は大きく、いつ小さくなるのか?

子供の扁桃やアデノイドが大きいのは、多くの場合、病気ではなく生理的な現象です。これらの免疫組織は、様々な病原体に初めて遭遇する幼少期に最も活発に働き、その結果として大きくなります7。一般的に、口蓋扁桃は6~8歳頃に大きさのピークを迎え、その後徐々に小さくなっていきます8。アデノイドも同様に、6~7歳で最大となり、10歳を過ぎる頃から萎縮し始めると言われています910

このため、「成長すれば自然に小さくなるから、それまで様子を見ましょう」という考え方は、広く知られています。しかし、この「待つ」という選択肢が全ての子供にとって最適とは限りません。近年の日本の研究が、この通説に重要な視点を加えています。東京医科歯科大学が行った長期的な追跡調査によると、思春期において気道全体が大きく成長するため、扁桃やアデノイドが気道に占める割合は小さくなるものの、組織そのものが以前考えられていたほど劇的に縮小するわけではないことが示されました1112。これは、重度の睡眠時無呼吸など、今まさに症状に苦しんでいるお子さんにとって、自然な縮小を待つだけでは問題が解決しない可能性を示唆しています。自然な退縮は起こるものの、そのペースや程度は、深刻な症状を速やかに改善するには不十分かもしれないのです。この現実的な視点を持つことが、医師との対話をより有意義なものにします。

なぜ手術が検討されるのか?主な医学的適応

扁桃・アデノイドの手術は、子どもの健康と生活の質を向上させるという明確な目的のもと、根拠に基づいた基準に従って判断されます。その適応は、大きく分けて「睡眠中の呼吸の問題」と「重度で繰り返す感染症」の二つの柱に基づいています。

適応①:睡眠呼吸障害(SDB)と閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)

現代の小児耳鼻咽喉科領域で、手術が検討される最も重要な理由の一つが、睡眠呼吸障害(SDB)であり、その最重症型が閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)です。これは単なる「大きないびき」ではありません。肥大した扁桃やアデノイドが空気の通り道を物理的に塞ぐことで、睡眠中に深刻な問題を引き起こします。保護者の方が注意すべきサインは以下の通りです313

  • 夜間の症状
    • 習慣的で大きないびき
    • 呼吸が数秒間止まる(無呼吸)
    • あえぐような呼吸、息苦しそうな様子
    • 常に口を開けて寝ている(口呼吸)
    • 寝相が非常に悪い、何度も寝返りをうつ
  • 日中の症状
    • 朝の寝起きが悪い、頭痛を訴える
    • 日中の眠気、集中力の低下
    • 落ち着きがない、多動、攻撃的になるなどの行動上の問題
    • 年齢に比べて体の成長が遅い
    • おねしょ(夜尿症)が続く

OSASは、睡眠の質を著しく低下させ、体内の酸素不足を引き起こします。これが長期化すると、成長ホルモンの分泌不全、学習能力や認知機能への影響、さらには心臓への負担増大など、お子さんの心身の発達に深刻な影響を及ぼす可能性があります8。このため、扁桃・アデノイド肥大が原因のOSASに対して、手術(アデノイド・口蓋扁桃摘出術)は第一選択の治療法とされています14

適応②:反復性扁桃炎(パラダイス基準)

もう一つの主要な適応は、高熱を伴う扁桃炎を頻繁に繰り返す場合です。その判断基準として、国際的に広く用いられているのが、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)が提唱する「パラダイス基準」です3

  • 過去1年間7回以上 の扁桃炎、あるいは
  • 過去2年間、毎年5回以上 の扁桃炎、あるいは
  • 過去3年間、毎年3回以上 の扁桃炎

ここで言う「1回の扁桃炎」とは、単に喉が痛いだけでなく、医師による診察で、咽頭痛に加えて以下のいずれか一つ以上が確認された場合を指します:38.3℃以上の発熱、首のリンパ節の腫れや圧痛、扁桃の白い膿(滲出物)、A群β溶連菌の陽性反応15。この基準に満たない場合は、手術を急がず、慎重に経過を観察する「待機的観察(Watchful Waiting)」が強く推奨されます3。ただし、基準を満たさなくても、複数の抗菌薬にアレルギーがある、周期性発熱・アフタ性口内炎・咽頭炎・リンパ節炎を繰り返すPFAPA症候群である、扁桃周囲膿瘍を2回以上起こしたことがある、などの「修飾因子」がある場合は、手術が検討されることがあります3

その他の重要な適応:滲出性中耳炎、病巣感染、扁桃周囲膿瘍

  • 滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん): 肥大したアデノイドが、耳と鼻をつなぐ耳管を圧迫・閉塞することで、中耳に液体が溜まり続ける状態です。これにより難聴が生じ、言葉の発達に遅れをきたすことがあります。薬物治療で改善しない場合、アデノイド切除術が有効な治療法となります1617
  • 病巣感染(びょうそうかんせん): 扁桃自体はひどい症状を起こしていなくても、そこで起こる慢性的な炎症が引き金となり、体の他の部分に病気を引き起こす状態です。代表的なものに、IgA腎症や掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)などがあります。この場合、扁桃摘出は、原因となっている全身疾患の治療として行われます5
  • 扁桃周囲膿瘍(へんとうしゅういのうよう): 扁桃炎が悪化し、扁桃の周囲に膿が溜まる深刻な状態です。一度経験すると再発しやすいため、再発予防のために扁桃摘出が推奨されます3

かつては反復性扁桃炎が手術の主な理由でしたが、有効な抗菌薬の普及と、小児OSASが発達に及ぼす深刻な影響への理解が深まるにつれて、医療の優先順位は大きく変化しました。現代の医療では、「年に何回熱を出すか」という問い以上に、「夜、きちんと呼吸ができて、質の良い睡眠がとれているか」が、お子さんの将来の健康を左右する重要な判断基準となっているのです3

表1:手術適応の早わかりガイド
適応 主な症状・基準 受診を検討すべき時
睡眠呼吸障害 / OSAS ・大きないびき
・呼吸停止
・寝相が悪い
・日中の眠気や集中力低下
・成長の遅れ
症状が生活の質、学業、発達に影響を及ぼしている場合。
反復性扁桃炎 ・パラダイス基準を満たす頻回の扁桃炎 (例: 1年に7回以上)
・高熱、首のリンパ節の腫れなどを伴う
頻繁な欠席や体調不良で、日常生活に支障が出ている場合。
その他 ・滲出性中耳炎による持続的な難聴
・IgA腎症などの病巣感染症
・扁桃周囲膿瘍の既往
難聴が言葉の発達に影響している場合や、全身疾患の治療として医師から勧められた場合。

手術を決める前に:検査と診断の流れ

手術の決定は、慎重な診察と客観的な検査に基づいて行われます。保護者の方が診断プロセスを理解することで、安心して治療に臨むことができます。

耳鼻咽喉科での最初の診察

最初の診察では、医師がお子さんののどの状態を直接観察し、保護者の方から詳しい話を聞きます。このとき、いつからどのような症状があるのか、睡眠中の様子(いびきや無呼吸の頻度・程度)、日中の様子などを具体的に伝えることが非常に重要です。可能であれば、スマートフォンなどで睡眠中の様子を動画で撮影していくと、診断の大きな助けになります14

診断のためのツール:内視鏡、レントゲン、睡眠検査

  • 内視鏡検査(ファイバースコープ): 鼻から細く柔らかいカメラを挿入し、直接見ることができないアデノイドの大きさや、鼻の奥の空気の通り道の狭さなどを正確に評価します14
  • レントゲン検査: 横顔のX線写真を撮影し、アデノイドの大きさや気道がどの程度狭くなっているかを客観的に評価します14
  • 終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG): 睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の診断における「ゴールドスタンダード(最も信頼性の高い基準)」とされる検査です。病院に一泊し、睡眠中の脳波、心電図、呼吸の状態、血中酸素飽和度などを詳細に記録し、無呼吸や低呼吸の回数・重症度を客観的に評価します3。特に、2歳未満の低年齢児、肥満、ダウン症候群、頭蓋顔面奇形などの合併症を持つハイリスクな子供や、手術の必要性が不確かな場合には、この検査が強く推奨されます3

「経過観察」という選択肢

症状が軽度であったり、手術の適応基準を厳密には満たさない場合には、「待機的観察(Watchful Waiting)」が選択されます3。これは、何もしないということではなく、定期的に診察を受けながら、個々の感染症の治療を行ったり、呼吸状態が悪化しないかを注意深く見守ったりするアプローチです。

手術の実際:種類、方法、入院について

手術が決まったら、次に気になるのは具体的な手術方法や入院生活についてでしょう。近年、手術技術は大きく進歩しており、より安全で負担の少ない方法が選択できるようになっています。

手術の選択肢:全摘出術 vs. 部分切除術

扁桃の手術には、大きく分けて二つのアプローチがあります。どちらを選択するかは、お子さんの状態や手術の主な目的によって異なり、医師と相談して決めるべき重要なポイントです。

  • 口蓋扁桃摘出術(Tonsillectomy: TE): 扁桃をその被膜(カプセル)ごと完全に取り除く伝統的な方法です。感染の温床となる組織を完全に取り去るため、反復性扁桃炎や病巣感染に対しては最も確実な方法です。しかし、扁桃の土台となっている筋肉が露出するため、術後の痛みが強く、出血のリスクも相対的に高いとされています4
  • 被膜内扁桃摘出術(Intracapsular Tonsillectomy: CIT) / 扁桃切除術(Tonsillotomy: TT): 扁桃組織の大部分(例:90%以上)を切除するものの、筋肉を覆う被膜を温存する新しい術式です。被膜が防壁となって筋肉を保護するため、術後の痛みが大幅に軽減され、食事の再開も早く、術後出血のリスクも有意に低いことが報告されています1819。睡眠時無呼吸の改善を目的とする場合、組織を減量できれば十分なため、この方法が非常に有効です。ただし、ごくまれに、残した扁桃組織が再増殖し、症状が再発して再手術が必要になる可能性がゼロではありません20

この二つの術式の選択は、現代の扁桃手術における重要な判断点です。痛みが少なく回復が早いという短期的な利点を取るか、再発の危険性がないという長期的な確実性を取るか。この得失を理解し、「うちの子の場合は、どちらの方法がより適していますか?」と主治医に尋ねることが、納得のいく治療選択につながります。

表2:手術方法の比較:全摘出術 vs. 部分切除術
比較項目 口蓋扁桃摘出術 (TE) 被膜内扁桃摘出術 (CIT/TT)
術後の痛み 強い 比較的弱い
術後出血の危険性 相対的に高い 相対的に低い
通常食への復帰 遅い 早い
組織の再増殖・再手術の危険性 ほぼ無い 低いが可能性はある
最も適した適応 反復性扁桃炎、病巣感染 閉塞性睡眠時無呼吸

最新の手術器具:コブレーターとその利点

部分切除術(CIT/TT)の普及を可能にしたのが、「コブレーター(Coblator)」などの最新手術デバイスです18。コブレーターは、高周波エネルギーを利用して生理食塩水をプラズマ状態に変え、組織を低温で蒸散・分解します。同時に血管を凝固させて止血も行えるため、従来の高周波メスに比べて周囲組織への熱損傷が少なく、術後の痛みの軽減と治癒の促進に貢献します1821

日本での入院:期間と流れ

  • 麻酔: 手術は必ず全身麻酔下で行われます。お子さんは完全に眠った状態で、痛みを感じることは一切ありません。全身麻酔がお子さんの知能に影響するのではないかという心配をされる方もいますが、現代の麻酔技術は非常に安全性が高く、発達への悪影響はないことが証明されています7
  • 入院期間: 日本では、扁桃・アデノイドの手術は、安全を期して入院で行うのが一般的です。入院期間は病院の方針にもよりますが、おおむね1週間(7泊8日)程度が目安です14。これは、日帰り手術が多い米国とは異なる点です4
  • 手術時間: 手術そのものにかかる時間は短く、通常1時間以内に終了します22

術後の回復と家庭でのケア

手術の成功は、退院後の家庭でのケアにかかっていると言っても過言ではありません。保護者の方が正しい知識を持つことで、お子さんの回復を円滑に支援できます。

安全で効果的な痛みの管理

  • 推奨される鎮痛薬: 術後の痛みに対しては、アセトアミノフェン(商品名:カロナールなど)やイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用が国際的に推奨されています3。医師の指示に従って、定期的に服用させることが重要です。
  • 術中ステロイド: 術後の吐き気や痛みを軽減するため、手術中に1回、デキサメタゾンというステロイド薬を点滴で投与することが強く推奨されています3

食事、水分補給、活動の目安

  • 水分補給: 脱水を防ぐことが最も重要です。水やお茶、経口補水液、アイスキャンディーなどで、こまめに水分を摂らせましょう23
  • 食事の進め方: 術後は、のどごしの良いものから始めます。ゼリー、プリン、ヨーグルト、冷たいスープ、うどんなどから開始し、痛みの様子を見ながら徐々に柔らかい普通食に戻していきます。術後2週間程度は、硬いもの、揚げ物、香辛料の強いもの、酸っぱいもの(柑橘類ジュースなど)は、傷口を刺激して痛みや出血の原因となるため避けましょう9
  • 安静と活動: 術後数日間は家でゆっくりと過ごし、2週間程度は走ったり、激しい運動をしたりするのは控える必要があります24

合併症のサイン:すぐに医師に連絡すべき時

出血: 最も注意すべき合併症です。術後24時間以内に起こる「早期出血」と、術後5日~10日頃にかさぶた(偽膜)が剥がれる時期に起こる「晩期出血」があります4。唾液に混じる程度の少量の黒っぽい血は問題ありませんが、口から鮮やかな赤い血が出る、あるいは血液を吐くといった症状が見られた場合は、時間帯にかかわらず、直ちに手術を受けた病院に連絡し、救急外来を受診してください24。頻繁に唾を飲み込む動作も、のどの奥で出血しているサインである可能性があります24

その他の危険なサイン: 38.5℃以上の高熱が続く、水分が全く摂れずぐったりしている(脱水症状)、呼吸が苦しそう、などの場合も、速やかに医師に連絡が必要です24

一方で、術後しばらく口臭が強くなったり、のどの傷口に白い膜(偽膜)が付着したりするのは、傷が治っていく過程で見られる正常な反応であり、感染の兆候ではありませんので心配いりません9

表3:術後ケアのタイムラインと要点
期間 手術当日 (Day 1) 術後2~4日目 術後5~10日目 (要注意期間) 術後11~14日目
痛み 中等度~強い 痛みが続く かさぶたが剥がれ、一時的に痛みが強まることがある 徐々に改善
食事 水分、ゼリー、アイスなど プリン、ヨーグルト、うどんなどの柔らかい食事 柔らかい食事を継続 様子を見ながら普通食へ
注意点 水分補給を最優先 指示通りに鎮痛薬を定期的に使用 晩期出血に最も注意が必要な時期。出血のサインを見逃さない 無理せず、体力の回復を待つ

手術の利益と危険性の徹底比較

最終的な決断のためには、手術によって得られる利益と、考えられる危険性を天秤にかける必要があります。

証明されている利益:睡眠、健康、発達の改善

  • 睡眠の質の劇的な改善: OSASの子供にとって、手術は気道を広げ、いびきや無呼吸を解消する非常に効果的な治療法です。これにより睡眠の質が向上し、成長ホルモンの分泌が正常化します25
  • 発達と行動の改善: 質の良い睡眠は、日中の集中力、学習能力、行動面の落ち着きを取り戻すことにつながります。手術後に学業成績が向上したり、多動性が改善したりする例も報告されています3
  • 感染症からの解放: 反復性扁桃炎に悩まされていた子供にとっては、頻繁な発熱やのどの痛み、それに伴う欠席といった循環から解放され、健やかな日常生活を送れるようになります6

危険性を理解する:出血、麻酔、その他の合併症

  • 出血: 前述の通り、頻度は低いものの最も重要な合併症です。発生率は数パーセントと言われていますが、万が一起こった場合には迅速な対応が必要です3
  • 麻酔の危険性: 現代の麻酔管理は非常に安全ですが、アレルギー反応や、術後の吐き気・頭痛などの軽微な合併症の危険性はゼロではありません26
  • その他の危険性: 術後の感染や、味覚の変化などがまれに報告されています26

よくある心配:手術で免疫力は落ちますか?

これは多くの保護者の方が抱く最大の懸念の一つですが、「扁桃・アデノイドを切除しても、長期的に見て体の免疫力は低下しない」というのが現代医学の結論です。ワルダイエル咽頭輪には、口蓋扁桃や咽頭扁桃以外にも、舌根扁桃や耳管扁桃など他のリンパ組織が存在し、切除された組織の役割を速やかに代償します。研究によると、術後に一部の免疫グロブリン値が一時的にわずかに低下することはあっても、それは臨床的に問題となるレベルではなく、やがて元に戻ることが確認されています。病気の温床となっていた組織を取り除くことで、むしろ体全体の負担が減るという側面もあります10

手術の時期についても、近年の研究から最適な「窓」があることが示唆されています。ある大規模なメタアナリシス(複数の研究を統合して分析した研究)によると、3歳未満の幼児は術後合併症の危険性が他の年齢層より高く、一方で7歳を過ぎると手術による改善効果がより若い子供に比べて穏やかになる傾向が見られました27。このことから、合併症のないOSASの場合、3歳から7歳頃が、手術の危険性と効果の均衡が最も良い「最適な時期」である可能性が示されています。

日本における手術費用と公的医療保険制度

手術にかかる費用は、保護者の方にとって大きな関心事です。日本の優れた医療保険制度を正しく理解し、活用することが重要です。

手術にかかる費用の目安

医学的な適応があると診断された扁桃・アデノイドの手術は、公的医療保険(健康保険)の適用対象です28。したがって、窓口で支払う自己負担額は、総医療費の一部(通常は3割)となります。一般的な1週間の入院と手術を含めた総費用の自己負担額(3割負担の場合)は、病院や手術内容によって異なりますが、おおむね8万円~17万円程度が目安となります29

保護者のための高額療養費制度活用ガイド

たとえ3割負担でも、10万円を超える出費は家計にとって大きな負担です。そこで必ず活用したいのが「高額療養費制度」です。これは、1ヶ月(1日から末日まで)にかかった医療費の自己負担額が、所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた分が後から払い戻される制度です30

さらに便利なのが、「限度額適用認定証」を事前に取得しておく方法です。これは、この制度をさらに一歩進めたもので、退院時に多額の現金を支払う必要がなくなります。

  • 手続き: 入院・手術が決まったら、速やかにご自身が加入している健康保険の窓口(会社の健康保険組合、市町村の国民健康保険課など)に申請し、「限度額適用認定証」を発行してもらいます。
  • 使い方: 入院時にこの認定証を病院の窓口に提示するだけで、退院時の支払いが自動的に自己負担限度額までとなります。例えば、自己負担限度額が約8万5千円の方の場合、本来15万円支払う必要があっても、窓口での支払いは8万5千円で済み、後から還付申請をする手間も、一時的な高額負担もなくなります31
表4:高額療養費制度を使った医療費の計算例(一般的な所得区分の場合)
計算ステップ 限度額適用認定証がない場合 限度額適用認定証がある場合
総医療費 500,000円 500,000円
本来の自己負担額 (3割) 150,000円 150,000円
自己負担限度額の計算例* 80,100円 + (500,000円 – 267,000円) × 1% = 82,430円 80,100円 + (500,000円 – 267,000円) × 1% = 82,430円
病院窓口での支払額 150,000円 を支払い、後日、差額 (67,570円) の還付を申請。 82,430円 のみを支払う。
*自己負担限度額は所得区分により異なります。これは標準報酬月額28万~50万円の方の計算例です。

よくある質問

Q1: 手術に最適な年齢はありますか?

A: 科学的根拠に基づくと、合併症のない閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)の場合、3歳から7歳頃が、合併症の危険性が比較的低く、手術の効果を最大限に引き出せる「最適な窓」である可能性が示唆されています27。ただし、症状の重症度によっては、この限りではありません。

Q2: 子供の声は変わりますか?

A: 変わる可能性があります。特に、非常に大きな扁桃やアデノイドによって鼻にかかったような声(鼻声)や、こもったような声になっていた場合、手術で気道が広がることで、より明瞭で明快な、その子本来の声になることが多いです23

Q3: 全摘出と部分切除、どちらを選ぶべきですか?

A: これは手術の目的によって異なります。睡眠時無呼吸の改善が主な目的なら、痛みが少なく回復の早い「部分切除(CIT/TT)」が優れた選択肢です。一方、繰り返す扁桃炎や病巣感染が問題の場合は、感染源を完全に取り除く「全摘出(TE)」がより確実です。お子さんの状況に合わせて、主治医とよく相談して決めることが重要です。

Q4: 手術の効果はいつから実感できますか?

A: 呼吸に関しては、術後の腫れが引けば、多くの場合、速やかにいびきや無呼吸の改善が実感できます22。反復性扁桃炎の場合は、それ以降、高熱を伴う扁桃炎に悩まされなくなるという形で効果が現れます。

Q5: 手術以外の選択肢はありますか?

A: 症状が軽度な場合は、アレルギーに対する点鼻薬の使用や、経過観察が選択されます16。重度のOSASに対しては、CPAP(シーパップ)という鼻マスクを着けて空気を送り込む治療法もありますが、子供が装着を嫌がることが多く、継続が困難なため、手術が第一選択となることがほとんどです32

結論

お子さんの扁桃・アデノイド手術という決断は、保護者の方にとって決して簡単なものではありません。しかし、この決断は、お子さんの健やかな成長と発達を守るための重要な一歩となり得ます。この記事が、皆様の不安を和らげ、正確な知識を持って医師との対話に臨むための一助となれば幸いです。最終的な決定は、ご家族と医療チームとの協力関係の中で、お子さん一人ひとりの状況を十分に考慮した上で行われるべきです。適切に選択された子供たちにとって、この手術は睡眠の質、日中の活動、そして将来にわたる健康に、計り知れないほどの良い影響をもたらす可能性があります。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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