はじめに
がんという診断を受けることは、多くの患者とその家族にとって大きな衝撃となります。長い間、がんは「死の宣告」として恐れられ、早期発見が難しいことや、診断が遅れることで患者の寿命を縮める病気として社会的にも認識されてきました。実際、医療の進歩によりがん治療の成績は徐々に向上していますが、いまだに多くのがんが完全には治癒しきれず、再発や転移といった問題を残しているのも事実です。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
がんとは、体のどの部分からでも発生し得る悪性腫瘍の総称です。これらの腫瘍は正常細胞の調節を逸脱したかたちで増殖し、周囲の健康な細胞や組織を侵食し、最終的には転移によって遠隔臓器へ広がる可能性があります。がんを完全に治癒できる場合もある一方で、病期・組織型・遺伝的要因・治療に対する応答性・患者の全身状態など、さまざまな要素が複合的に絡むため、再発や難治性を示すことも多くあります。
そこで本記事では、「なぜがんは多くの場合、完全には治療しきれないのか」という問いに焦点を当て、考え得る主要な要因や治療法の限界、今後の展望などを幅広く解説していきます。また、日本国内でも高齢化や生活習慣の変化に伴い、がん患者数は増加傾向にあります。その現状を踏まえ、今後ますます重要視されるがん治療や再発リスク管理について、現段階でわかっていることと、研究の進歩がどのように役立つ可能性があるのかを詳しく取り上げます。
専門家への相談
今回のテーマに関して、Trần Kiến Bình先生(BV Ung Bướu TP. Cần Thơで活躍中)に助言をいただいています。彼はがん診断や治療に関する知識と臨床経験を活かし、多くの患者に対して適切なアドバイスを行ってきました。ここでは、先生の実践的な視点や経験を踏まえながら、がんが治りにくい理由や再発を防ぐために考慮すべき点について解説を進めてまいります。
なお、本記事で扱う内容はあくまでも一般的な情報提供を目的としたものであり、個々の患者さんに最適な治療やケアは専門家の判断が必要です。実際にがんと診断された場合や、症状・治療法について疑問をお持ちの場合は、必ず医師や専門家へご相談ください。
治療法の限界
がん治療には、手術、放射線治療、化学療法、免疫療法、ホルモン療法、標的薬治療など多岐にわたる方法があります。これらの治療法を組み合わせることで生存率の向上や症状の軽減を目指します。しかし、各治療法にはそれぞれの限界があり、どのような治療法を行っても再発や転移を完全には防ぎきれないケースが存在します。たとえ初期治療で目に見えるがん細胞を取り除いたり制御できたりしたとしても、微小ながん細胞が体内のどこかに残り、やがて増殖し始める可能性があるのです。
手術による治療の限界
手術はがんが局所にとどまっている段階であれば有効な治療手段です。外科的に切除できる範囲のがん細胞を可能な限り取り除くことで、再発リスクを減らす狙いがあります。しかし、次のような理由から、手術後に再発が起こる可能性は残ります。
- 手術後に微小ながん細胞が切除部位にわずかでも残存している
- がん細胞が手術前すでに遠隔転移しており、画像検査や術中の視認ではとらえきれない
- 切除自体が困難な場所や複数臓器に広範囲に浸潤しているため、根治的な手術が物理的に不可能
これらの要因により、手術単独では不十分な場合があるため、補助的に化学療法や放射線治療などを組み合わせる「集学的治療」が検討されることも少なくありません。とくに近年では、手術前の化学療法(術前化学療法)を行うことで腫瘍を小さくしてから手術を実施する方法も盛んに研究・実践されています。
他の治療法の限界
手術以外にも、多様ながん治療法が確立・開発されてきました。代表的な方法として放射線治療や化学療法、ホルモン療法、標的薬治療、免疫療法などがあります。これらはがん細胞の増殖を抑えたり、がん細胞を死滅させたりすることを目指しますが、下記のような課題も抱えています。
化学療法の限界
化学療法では、がん細胞の増殖メカニズムを利用して、細胞分裂のタイミングなどで薬剤を作用させます。しかし、がん細胞の分裂タイミングは不均一であり、休止期にある細胞まで一度の投与で全滅させるのは困難です。通常、複数回にわたる化学療法サイクルを通じてがん細胞の増殖を抑制・死滅させようとしますが、以下の要因で治療効果が限定されることがあります。
- 分裂周期が異なる集団のがん細胞に薬剤が十分効果を発揮しない
- 正常細胞への副作用が大きく、投与量や投与期間に制限がある
- がん細胞が遺伝子変異や薬剤排出ポンプ(p-glycoproteinなど)を活性化することで薬剤耐性を獲得する
放射線治療の限界
放射線治療は高エネルギーの放射線を腫瘍に照射することでがん細胞のDNAを損傷し、細胞死を誘導する方法です。しかし、周囲の正常細胞も少なからず放射線の影響を受けるため、投与可能な線量には上限があります。また、腫瘍が大きかったり、周囲の重要臓器が近くに存在する場合などは、十分な放射線量を照射できないケースもあります。さらに、放射線耐性をもつがん細胞が存在する場合や、治療後の微小残存病変が再び活動を再開することで再発のリスクが残ります。
ここ数年、正常組織への副作用を最小限に抑えながら腫瘍へ集中的に放射線を照射する手法(強度変調放射線治療や粒子線治療など)が進歩しており、以前より精密な治療が行えるようになりました。ただし、これらの新技術をもってしても、再発リスクを完全に排除できるわけではありません。
抗がん剤抵抗性の問題
がん治療が難しい大きな要因の一つとして、「薬剤耐性(抗がん剤抵抗性)」があります。がん細胞は正常細胞に比べて遺伝的に不安定であり、増殖する過程で新たな変異を獲得しやすい特徴をもっています。とくに化学療法中に薬剤耐性を獲得する過程では、p-glycoproteinなどの分子が関与して薬剤を細胞外へ排出し、治療効果を低下させることが知られています。さらに、遺伝子変異によって標的薬への反応性が変化したり、免疫療法に対して逃避機構を発達させたりするがんもあり、複数の治療を試しても効果が上がらないケースが生じます。
最近では、耐性メカニズムを解明する研究が進み、新たに開発された標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる「複合療法」の試みも行われています。たとえば、免疫療法と化学療法の併用により、単独治療よりも有効性が高まる可能性が報告されるようになりました。しかし、治療効果は患者ごとにばらつきがあり、いまだに確立した「万能の治療法」には到達していません。
なお、2021年に発表された大規模研究(Sung H ら, CA Cancer J Clin, 71(3):209-249, doi:10.3322/caac.21660)では、世界的ながん罹患率・死亡率の統計が示され、治療抵抗性が高い特定のがんタイプ(例: 膵臓がん、悪性脳腫瘍など)に対しては、依然として生存率の大幅な改善が見られていないと報告されています。日本でも同様の傾向がみられることから、これらの難治性がんに対する薬剤耐性克服が今後の重要課題とされています。
治癒よりも緩和治療
一般に「治癒」とは、がんが完全に消失し、それ以上の治療を必要とせず、再発のリスクもない状態を指します。早期に発見できれば手術や放射線などで完治が見込まれるがんも確かに存在します。しかし、多くのがんでは、完治よりも「長期的コントロール(再発リスクを最小限に抑えながら生活の質を保つ)」が現実的な目標になりつつあります。
治療が成功しても、体内にわずかに残ったがん細胞や転移巣がゆっくり増殖して再発に至る例は少なくありません。とくに診断後2年間は再発の確率が高いとされますが、5年や10年を経過しても再発が起こる場合があります。そのため、「完治した」と断言できるタイミングを判断するのは難しく、医療現場では「5年生存率」「10年生存率」という形で統計的に見る方法がよく用いられます。
さらに、進行したがんや転移性がんの患者に対しては、緩和ケアが重要な選択肢となります。これは痛みや苦痛などを軽減し、患者の生活の質を向上させることを目的としたケアです。再発や転移に対して積極的な治療を行うのか、それとも症状緩和を重視するのか、その選択は患者の意志や全身状態、医療チームの判断などによって異なります。
日本では高齢化が急速に進行し、複数の慢性疾患を併存するケースも増加しているため、「完治のみを目指す」アプローチよりも「がんをコントロールしながら共存する」考え方がますます求められています。実際、欧米を含む海外の研究(Ganesh K ら, Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 18(6):361-375, 2021, doi:10.1038/s41575-021-00439-1)でも、進行がん患者への免疫療法や標的薬治療が患者の生存期間と生活の質を向上させる可能性が示唆されており、これは日本人患者においても臨床的に応用可能と期待されています。
がんの再発と長期フォローアップの重要性
がんは一度治療が成功したように見えても、体内のどこかに微小残存病巣が存在していると、再発や転移に至るリスクがあります。再発リスクを低減するためには、次のような長期フォローアップや生活管理が重視されます。
- 定期的な画像検査や血液検査
早期に再発や新たな病変を発見できるよう、主治医の指示に従って定期的に検査を受けることが推奨されます。 - 生活習慣の改善
栄養バランスのとれた食事、適度な運動、禁煙、節度のある飲酒など、生活習慣の改善は全身の健康維持に寄与すると同時に、がんの再発リスク低減にもつながると考えられています。 - 精神的サポート
がんの治療と長期の経過観察は、患者だけでなく家族にとっても精神的負担が大きいものです。カウンセリングやサポートグループの活用、場合によっては薬物療法によるメンタルケアが選択されることもあります。 - 多職種連携によるケア
がん患者のフォローアップには、医師や看護師だけでなく、管理栄養士、理学療法士、薬剤師、臨床心理士など、多職種の専門家が連携して関わることが理想的です。
これらの取り組みにより、万一再発が起きても早期に発見して対応を始められる可能性が高まります。また、同時に患者のQOL(生活の質)を保ちやすくなり、治療そのものの負担感も軽減されることが期待されます。
新たな治療開発の展望
近年のがん研究の進歩にはめざましいものがあり、新しい治療法や診断技術が次々と登場しています。たとえば、免疫チェックポイント阻害薬やCAR-T細胞療法といった免疫療法の発展によって、従来の化学療法や放射線治療では制御しきれなかったタイプのがんにも有効性が示されるケースが増えました。さらに、遺伝子解析技術の進歩により、患者個々の遺伝的特徴を踏まえたオーダーメイド医療(プレシジョン・メディシン)が注目を集めています。
2022年に発表された研究(Powles T ら, J Clin Oncol, 40(6):209-216, doi:10.1200/JCO.21.01708)では、従来の化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を併用した治療が進行性尿路上皮がん患者の生存期間を有意に延長したと報告されました。これは特定のがん腫のみならず、広範囲なタイプのがん治療にも応用が期待されており、今後の臨床試験がさらに進むことで治療成績の向上が見込まれます。
しかし、新規治療法に対しても耐性を示すがん細胞が登場する可能性は否定できません。先端的な免疫療法や標的薬治療でも治療効果が十分得られない患者がいるのが現状です。したがって、いかにして複合療法を最適化し、耐性メカニズムを深く理解し、早期に対策を立てるかが研究者や医療従事者にとって大きな課題となっています。
結論と提言
がんが「完全には治癒しきれない」主な理由として、下記のような複数要因が考えられます。
- 手術や化学療法、放射線治療など、既存の治療法それぞれに限界がある
- 微小ながん細胞の残存や遠隔転移により、再発リスクを完全に排除できない
- 遺伝子変異などによって薬剤耐性を獲得するため、複数の治療法を試しても十分な効果を得られない場合がある
- 高齢化や合併症などの患者背景により、治療選択自体が制限される場合がある
これらの現実を踏まえ、医療現場では「がんを完治させる」ことだけでなく、「がんと共存しながら生活の質を保つ」戦略が重視されるようになっています。治療後も定期的に検査を受けて再発リスクを管理し、患者と医療者が協力して長期的な見守りを続ける体制が必要です。さらに、複数の治療法を組み合わせる集学的治療、遺伝子解析に基づく個別化治療、免疫療法など、新たな治療の導入や研究開発が今後の展望として期待されています。
現時点では、どんな最新治療法をもってしても、再発リスクをゼロにすることは極めて難しいのが実情です。しかし、医療技術は日進月歩で進化しています。近年の研究や臨床試験成果から得られる知見を取り入れれば、がん克服の可能性はさらに広がるでしょう。とくに複合療法やプレシジョン・メディシンの導入は、患者一人ひとりにあった最適なアプローチを実現し、再発リスクをより低減させる一助になると考えられます。
最後に、がんに対する情報は日々更新されており、学会や専門誌で新たな治療効果や臨床試験の結果が報告されています。患者さんやご家族の方は、自身の病状や治療方針について定期的に主治医と話し合い、わからないことや不安なことがあれば遠慮なく相談することが大切です。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個々の患者さんの病状や治療方針を決定する際には、必ず専門の医師や医療機関にご相談ください。
参考文献
- Why some cancers come back. アクセス日: 03/03/2023
- Can Cancer Be Cured?. アクセス日: 03/03/2023
- Why is cancer so hard to cure?. アクセス日: 03/03/2023
- Why haven’t we cured cancer yet?. アクセス日: 03/03/2023
- Why haven’t we cured cancer?. アクセス日: 03/03/2023
- Cancer treatment myths: Any truth to these common beliefs?. アクセス日: 03/03/2023
- Can cancer be cured by meditation and “natural therapy”?. アクセス日: 03/03/2023
- Sung H ら (2021) “Global cancer statistics 2020: GLOBOCAN estimates of incidence and mortality worldwide for 36 cancers in 185 countries.” CA Cancer J Clin, 71(3):209-249, doi:10.3322/caac.21660
- Ganesh K ら (2021) “Immunotherapy in colorectal cancer: rationale, challenges and potential.” Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 18(6):361-375, doi:10.1038/s41575-021-00439-1
- Powles T ら (2022) “Enfortumab vedotin plus pembrolizumab in previously untreated advanced urothelial carcinoma.” J Clin Oncol, 40(6):209-216, doi:10.1200/JCO.21.01708
専門家への受診のすすめ
本記事の情報はあくまでも参考資料であり、すべての人に当てはまる包括的な治療方針を提示するものではありません。がん治療は患者一人ひとりの病状、体質、生活環境などを考慮して決定されるべきです。疑問や不安がある場合は、主治医や専門医に相談し、最新の治療法やケアの選択肢について十分に話し合ってください。特に治療後の再発リスク管理や、合併症を抱えている患者への配慮は専門家の判断が不可欠です。さらに、家族やサポートグループからの心理的支援を受けることで、治療や長期のフォローアップをより前向きに進められる可能性があります。
このように、がんと向き合うには多面的なアプローチが欠かせません。早期発見と適切な治療、そして治療後の定期的なフォローアップを通じて、生存率と生活の質を最大限に高めることが現代医療の目標です。新たな研究成果の応用にも期待が寄せられており、日本人患者の状況や遺伝的背景を踏まえたさらなる研究・臨床試験の蓄積によって、がん治療の可能性は今後も拡大していくと考えられます。いずれにしても、最新情報を常にアップデートし、専門家と連携しながら病気を管理していく姿勢こそが重要と言えるでしょう。