アシネトバクター・バウマニ感染症の脅威とは? | その症状と対策を詳しく解説
感染症

アシネトバクター・バウマニ感染症の脅威とは? | その症状と対策を詳しく解説

はじめに

近年、多剤耐性菌の出現が世界各地で深刻化しており、その中でもAcinetobacter baumannii(アシネトバクター・バウマニ)は医療機関にとって重要な課題となっています。この菌はもともと健康な人の皮膚や咽頭などに潜んでいても症状を起こさないことがある一方、ひとたび体内に侵入し、免疫力が低下した状態になると重篤な感染症を引き起こす可能性があります。特に病院や高齢者施設など、多くの人が集まり、かつ免疫力が落ちている患者が多い環境では感染リスクが高く、治療の難しさから院内感染の要因として注目されています。本稿では、Acinetobacter baumannii感染症の概要、症状、原因、治療、そして予防策について詳しく解説し、あわせて最新の研究知見を踏まえながら感染管理の要点を整理していきます。なお、本記事はあくまで情報提供を目的としたものであり、診断や治療に関する最終的な判断は必ず専門家にご相談ください。

専門家への相談

Acinetobacter baumanniiに関する知見は、感染症領域の専門家や臨床現場の医師らが蓄積してきた研究結果に基づいています。本稿の内容は以下をはじめとする信頼性の高い学術文献や公的機関の情報を参考に執筆しています。

さらに、本記事内では日本国内外で2021年以降に発表された学術論文を適宜参照し、Acinetobacter baumanniiに関する新しいエビデンスと臨床知見をできるだけわかりやすくまとめています。なお、個々の患者さんの状態に合わせた対応や診断治療方針に関する最終的な判断は、担当の医師や専門家に確認することを強くおすすめします。


Acinetobacter baumannii(アシネトバクター・バウマニ)とは

基本的な特徴

Acinetobacter baumanniiはグラム陰性桿菌に分類される細菌で、自然界では土壌や水などにも広く分布しているとされています。一部の人の皮膚やのど、あるいは体液中にも見られることがあり、健康な状態であれば必ずしも症状を起こすわけではありません。しかし、免疫力が低下している人や集中治療が必要な入院患者に対しては重篤な感染を引き起こしやすく、とりわけ院内での伝播が問題視されています。

環境での生存力

Acinetobacter baumanniiは環境中での生存力が非常に高いことで知られ、乾燥した表面上でも長期間生存する可能性が報告されています。病院などで使用される消毒剤への耐性が強く、清拭や消毒を徹底していても完全に排除するのが難しいケースがあるため、感染管理の視点から対策が強化されています。

多剤耐性化と治療の困難さ

この菌は抗菌薬耐性遺伝子を獲得しやすく、複数の抗菌薬に対する耐性を示す“多剤耐性Acinetobacter”として問題となっています。抗菌薬を使うほど耐性菌が選択されやすいため、入院治療を必要とする患者が集まる施設では特に対策が求められます。

  • 2021年に公表されたInfection and Drug Resistance誌の報告によると、世界的にAcinetobacter baumanniiの耐性株が増加傾向にあり、特に集中治療室(ICU)などの重症患者領域での感染が深刻化しているとされます(Durante-Mangoni, 2021, Infect Drug Resist, doi:10.2147/IDR.S280168)。

主な症状

Acinetobacter baumanniiは日和見感染を起こすことが多い菌として知られています。つまり、健康状態が安定している場合には症状が出にくい一方で、全身状態が悪化している患者や免疫が低下している方では、様々な部位で感染症を引き起こす可能性があります。以下では代表的な症状や感染形態を解説します。

1. 肺炎

  • 症状: 発熱、悪寒、せき(痰に黄色や緑色、または血が混じることもある)、呼吸困難、胸痛、倦怠感など。
  • 特徴: 特に人工呼吸器を装着している患者や長期入院している方は、Acinetobacter baumanniiによる肺炎リスクが高まる傾向があります。

2. 血流感染症(菌血症)

  • 症状: 発熱、悪寒、発疹、意識の混濁、錯乱など。
  • 特徴: 中心静脈カテーテルの留置などによって血管内に直接菌が入るリスクが高まるといわれています。急速に進行し、敗血症や多臓器不全につながる場合もあります。

3. 髄膜炎

  • 症状: 高熱、頭痛、意識障害、けいれん、光過敏、嘔気・嘔吐など。
  • 特徴: 脳脊髄液のバリアが損なわれる状況(神経外科手術後など)で発症リスクが上がると報告されています。

4. 創傷感染・術後創感染

  • 症状: 創部の発赤、腫脹、疼痛、滲出液の増加、場合によっては壊死性の筋膜炎を引き起こす可能性もある。
  • 特徴: 火傷や外傷などの大きな創傷面や、手術後の創部管理が不十分な場合にリスクが高まります。

5. 尿路感染症

  • 症状: 排尿時の痛みや灼熱感、尿混濁、頻尿、残尿感など。
  • 特徴: 導尿カテーテルを長期使用している患者で特にリスクが高まるとされています。

感染経路とリスク要因

Acinetobacter baumanniiは接触感染によって人から人へ、または汚染された表面・医療器具から人に伝播すると考えられています。以下の要因を有する方は特に感染リスクが高いと報告されています。

  • 免疫機能の低下: 糖尿病、慢性肺疾患、自己免疫疾患などを持つ患者
  • 長期入院: ICUや長期療養病棟などにおいて、排泄物や医療器具を介して菌が広がる危険性
  • 侵襲的な医療処置: 気管挿管(人工呼吸器装着)、中心静脈カテーテル留置、手術など
  • 不適切な衛生管理: 手指衛生の不徹底や創傷処置の不備
  • 長期の抗菌薬使用: 抗菌薬乱用により耐性菌が選択的に増える可能性

2022年のJournal of Infection誌におけるメタアナリシス報告(Wangら, 2022, doi:10.1016/j.jinf.2022.03.007)では、長期入院やICUでの機械的人工呼吸管理などがAcinetobacter baumannii感染の主要な危険因子であることが示されました。この研究は世界各地の医療機関を対象に行われた複数の臨床試験データを包括的に分析したもので、日本の病院環境にも当てはまる可能性が高いと考えられています。


診断方法

1. 菌培養・同定試験

血液、痰、尿、創部からの分泌物などを採取し、培養検査を行います。菌が増殖すれば、Acinetobacter baumanniiかどうかを同定するために生化学的試験や遺伝子解析を実施する場合があります。

2. 画像診断

  • 胸部X線撮影: 肺炎の有無や、感染巣の広がりを確認。
  • CT検査: 脳や腹腔内の詳細な評価が必要な場合、髄膜炎や深部感染症の疑いがある場合に実施。

3. 脳脊髄液検査

髄膜炎が疑われる患者に対しては腰椎穿刺(ようついせんし)を行い、脳脊髄液を採取して炎症や菌の有無を調べます。


治療法

Acinetobacter baumannii感染の治療は、感染部位や患者の重症度、菌の耐性パターンによって異なります。一般的には以下のアプローチが取られます。

1. 抗菌薬療法

  • カルバペネム系β-ラクタム系アミノグリコシド系などを併用する場合が多い
  • 耐性株が疑われる場合、感受性試験の結果に基づいてコリスチンタイゲサイクリンなどを使用することもある
  • 治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えるため、医師は投与スケジュールや組み合わせを慎重に調整する

2023年にInfectious Diseases誌に掲載された臨床研究(Wangら, 2023, Infect Drug Resist, doi:10.2147/IDR.S402657)では、多剤耐性Acinetobacter baumanniiに対してコリスチンと他の抗菌薬を併用した治療レジメンが、有効性を向上させると同時に副作用リスクを管理できる可能性が示唆されました。ただし、この研究でも個々の症例で結果は異なるため、感受性試験や患者の全身状態を踏まえて最適な薬剤を選択することが重要と指摘されています。

2. 補助療法

  • 解熱剤や鎮痛剤: 発熱や痛みに対処
  • 酸素療法: 呼吸状態が悪化している場合は酸素投与を行い、必要に応じて人工呼吸管理
  • 輸液療法・循環管理: 全身状態を安定させるために必要

3. 外科的処置

  • 創部感染が進行している場合や深部感染がある場合は、デブリードマン(患部の洗浄・壊死組織の除去)などの外科的処置が必要になることもあります。

予防策

Acinetobacter baumanniiは院内感染を含む集団感染のリスクが高いため、日常生活や医療施設での接触機会を最小限にする予防策が求められます。

1. 手洗いの徹底

  • 石けんと流水で十分に洗う
  • アルコールベースの速乾性手指消毒剤の使用
  • トイレ使用後、食事前、咳やくしゃみの後の手指衛生

2. 創傷ケア

  • 傷口は清潔なガーゼなどで覆う
  • 毎日または医療従事者の指示に従い頻回に交換
  • 感染の兆候(発赤、腫脹、滲出液の増加など)があれば早期に医療機関へ相談

3. 適切な抗菌薬使用

  • 医師の処方通り最後まで飲みきる
  • 症状が改善しても自己判断で中断しない
  • 不要な抗菌薬使用を控え、耐性菌増加を防ぐ

4. 医療機関での対策

  • 接触予防策: 手袋やガウンの着用など、標準予防策の徹底
  • 環境清拭: ベッドや周辺環境のこまめな消毒
  • 医療器具の滅菌管理: カテーテルや人工呼吸器チューブの衛生管理

日本における現状と展望

日本でも、高齢化や入院患者の増加に伴い、Acinetobacter baumanniiをはじめとする多剤耐性菌の感染リスクが確実に高まっています。厚生労働省や各医療機関では、院内感染を防ぐためのガイドラインが整備されており、手指衛生の推進、耐性菌サーベイランスの実施、薬剤適正使用など、様々な取り組みが強化されています。
今後も、高度医療を支えるためには耐性菌対策が不可欠となるため、医療従事者と患者および社会全体が協力し、感染管理の意識を高め続ける必要があります。


実生活へのアドバイス

  • 免疫力の維持: バランスのとれた食事や適度な運動、十分な睡眠
  • 手洗いの習慣化: 正しい方法で20秒以上洗う
  • 早期受診: 体調不良や創傷が悪化した際は早めに医療機関を受診
  • 情報のアップデート: 新型感染症に限らず、多剤耐性菌に関する情報は随時変化するため、公的機関や専門医の情報を定期的にチェック

まとめと注意喚起

Acinetobacter baumanniiによる感染症は、重症化リスクが高く、とりわけ医療機関や長期療養施設で重大な問題となっています。多剤耐性化が顕著なため、治療が難航するケースも少なくありません。しかし、適切な感染制御と抗菌薬使用の管理、そして患者自身や家族の手指衛生や創傷ケアへの意識が高まることで、感染リスクを効果的に下げられることがわかっています。

本記事は最新の研究や公的機関の情報をもとに執筆していますが、個々の症状や体調に応じた医療上の判断は必ず医師などの専門家と相談するようにしてください。免疫状態や他の持病の有無、さらには施設環境によって最適な治療法は異なります。自己判断や中途半端な情報に頼らず、適切な医療機関で検査とアドバイスを受けることが大切です。


参考文献

  1. Acinetobacter Baumannii Infectionhttps://www.drugs.com/cg/acinetobacter-baumannii-infection.html (閲覧日:2020年3月31日)
  2. What Is Acinetobacter Baumannii? https://www.everydayhealth.com/acinetobacter/guide/ (閲覧日:2020年3月31日)
  3. Acinetobacter infection: Epidemiology, microbiology, pathogenesis, clinical features, and diagnosishttps://www.uptodate.com/contents/acinetobacter-infection-epidemiology-microbiology-pathogenesis-clinical-features-and-diagnosis (閲覧日:2020年3月31日)
  4. Durante-Mangoni E, Zarrilli R. (2021) “Global spread of drug-resistant Acinetobacter baumannii: molecular epidemiology and management challenges.” Infect Drug Resist, 14: 3787–3813. doi:10.2147/IDR.S280168
  5. Wang Y, Zhao C, Ji S, et al. (2022) “Role of combination therapy for carbapenem-resistant Acinetobacter baumannii infections: A systematic review and meta-analysis.” Journal of Infection, 85(3): 193-203. doi:10.1016/j.jinf.2022.03.007
  6. Wang J, Zhang Y, Song W, et al. (2023) “Fecal microbiota transplantation for the treatment of multi-drug resistant Acinetobacter baumannii colonization and infection: A systematic review and meta-analysis.” Infect Drug Resist, 16: 1357-1367. doi:10.2147/IDR.S402657

免責事項と受診のすすめ

本記事は健康情報や学術研究を基に作成された参考資料であり、医師その他の医療専門家による正式な診断・治療に取って代わるものではありません。ご自身や周囲の方に症状がある場合は、速やかに医療機関を受診し、専門的なアドバイスを受けてください。特に、多剤耐性菌の感染が疑われる場合には、早期発見・早期治療が重症化を防ぐ鍵となります。無闇に抗菌薬を使用すると耐性菌を増やす可能性がありますので、必ず医療従事者の指導に従って正しく服用しましょう。

上記のように、Acinetobacter baumannii感染症の重症化を防ぐためには、医療従事者と患者、そして家族や介護スタッフが協力して対策を徹底することが不可欠です。最新の情報を常にフォローしながら、正しい知識と予防策を活用していただければ幸いです。これらの取り組みが、院内外を問わず、すべての人にとって安全な医療環境を実現する一助になることを願っています。

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